震災から半年経って思うのは、
別に震災の前後で何かが大きく変わったわけではない、ということだ。
この6ヶ月間、本質的な構造は何も変わらず、
震災前からの悪循環が堂々巡りを繰り返しているだけ。
様々な社会制度の矛盾がより鮮明になってきた、というだけのこと。
確かに、三陸沿岸部における惨憺たる有り様が耳目を集めはするけども、
被災者たちを真に苦しめているのは、その惨状に内包された荒涼たる「歪み」なのだ。
でも、そうした社会の歪みは震災前から分かり切っていたこと。
今更、何か全く予期せぬ出来事が起きたかのように慌てふためくのは、
被災者であれ、誰であれ、実に滑稽というほかない。
震災直後、「大津波によって我欲を洗い流せ」などという舌禍事件が起きたが、
実際のところ、大津波が日本社会の限界を白日の下に晒してしまった。
朽木の厚い樹皮を剥いでみたら、腐臭を放つ芯部が剥き出しになったのだ。
そう、誰もが機能不全を承知しておきながら、
それを公然の秘密にしておき、その場凌ぎの情緒的安定だけを希求している。
臭い物に蓋をして、ひたすら悪臭が消え去るのを耐え忍んでいる。
結局、その幼稚な精神傾向は、今回の大震災においても見事に温存され、
約4,000時間強で全てが元通りに戻ってしまった。
元に戻らないとすれば、震災犠牲者の生命と、薄く透明に汚された郷土だけだろう。