堕ちる日本 -4ページ目

堕ちる日本

民主党政権を早期解体に追い込み、腐敗メディアを追及するblog

野菜や魚が「国内産」とか「太平洋産」とか曖昧な表記になっててこわい
http://okanehadaiji.doorblog.jp/archives/6223930.html

韓国産の海産物が日本市場に大量に入り込んでいます
http://u1sokuhou.ldblog.jp/archives/50320043.html

確かに、うちの方のスーパーでも今まで見た事がない種類の韓国産の野菜が大量に持ち込まれています。以前はパプリカくらいだったんですが、最近いろんな韓国産野菜を見かけます。

この前家人がうっかり韓国産の白菜を買ったんですが、鍋に使おうと思って手に取ってみると、見るからに何かおかしい。色も状態も今までに見た事がないような白菜だったので、びっくりして産地を確認してみると韓国産でした。そのまま廃棄。

更に恐ろしいのが、韓国産の刺身が出回ってるんですよね。こちらは二重の意味で危ない。もともとの韓国の衛生管理問題に加えて、原発汚染の漁場でとれたものを日本に水揚げできないで、一旦韓国に回してる可能性が高い。わざわざ韓国産で刺身用の魚介類を確保しなければならない理由なんて他に考えつかないでしょう。いままで韓国産の刺身なんて見た事ないもの。更に上のリンクの記事にあるように漁場の表記を「太平洋」とかわざと曖昧にしてきている。

以下、食事中閲覧禁止。

イギリスとドイツが不衛生な韓国製ラーメンを輸入禁止 過去にねずみの頭部やゴキブリ混入の韓国メーカー
http://hamusoku.com/archives/6136356.html

フランス、イギリスに次いでカナダでも韓国産キムチ輸入禁止
http://kokuzou.blog135.fc2.com/?mode=m&no=1958

★ゴミ餃子や寄生虫キムチだけじゃない!韓国の恐るべき不良食品の数々!
http://blog.goo.ne.jp/pandiani/e/0754264a7c0584409b67d6ca2534ce24

普段でも韓国製の食品は怖くて食べられませんが、原発がらみの産地偽造に韓国がからむと問題は累乗的に深刻になります。

テレビ新聞は連日大本営発表で風評被害風評被害と連呼。福島の高校生だとかを引っ張り出してお涙頂戴し、汚染作物を日本中にばらまく手伝いをしています。それでも隠せないものは韓国産にまで偽装して売ろうということです。こんなことがまかり通っていいのか。

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血まみれの少女を無視する通行人、ネットで怒りの声 中国
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2835785/7944426

Outrage as bleeding China toddler left on street
http://sg.news.yahoo.com/outrage-bleeding-china-toddler-left-street-062238639.html
閲覧注意!

既にご覧になった方も多いと思いますが、想像を絶する中国の実態がここに映っています。

これはもう、道徳観念だとか人間の品格だとか、そういった次元の問題ではないと思います。

中国人ははたして人間なのか?

それが問われているんですよ。


この前の中国版新幹線の衝突事故もそうですが、彼らの考え方とやり方は、どう大目に見ても常人の感覚では理解できないと思います。あの事故の一部始終は、どんなに想像力が豊かな作家でも絶対に創作する事ができないほど異常な展開の連続でした。

特に私があきれ果てたのが、事故処理が全て終わって現場の封鎖が解除された後のことです。現場が出入り自由になった途端、大勢の野次馬が我先に事故の遺留品を漁り、全てを根こそぎ持ち帰ってしまったのです。いままで政府の事故対応を批判していた当の中国人たちがそれをやったんですよ。あれを見たら、もう彼らがどんな正論を言っても嘘にしか聞こえなくなってしまう。どんなにまともに見える人でも信用できなくなってしまう。

しかし理解しがたいことですが、一方では下のような光景も彼らの社会ではよく見られるのです。

中国の美徳 [中国反応]
http://shiichina.com/archives/6226925.html

この矛盾は何か。簡単に言えば、中国人には親類家族とごく近しい人物以外の他人をはっきりと区別して対応する価値基準があるからです。それが、数千年にわたって多くの民族が入り乱れ、互いに陰謀術策を競い合ってきた末裔の生きる為の知恵です。だから彼らは見知らぬ子供をひき殺しても何とも思わない。しかし身内に対しては涙が出るような献身を示す。


日本にとって中国は長い間唯一知る文明の先進国でした。しかし、彼の地の実態は、書物を通したり、高名な文人の亡命者と接しても決して伺い知ることは出来なかった。近代文明の受容によって日本人が多く大陸に渡航するようになるまでは。

明治維新から日中戦争までの様々な資料を見ていると、この間に我々日本人の中国に対する認識がどう変化していったのかがわかります。当初、日本人が敬意と畏怖をもって対していた中国。しかし、彼らとの接触が増えるごとに我々の感じていた尊敬と憧れは軽蔑と蔑視へと変化していきます。そしてそれがエスカレートした果てに日中戦争は起こった。

日本人が古来より憧れ続けた中国。知ってみるとそれは唇歯の国ではなかった。彼らには常識は通用しない。まともに話をするのは到底無理である。それが日中戦争当時、日本人が中国に対して出した結論だったわけです。

しかし、日本の敗戦と中国の共産化による鎖国によって、この経験はほとんど忘れ去られました。それが今、中国の資本主義化によって再び私たちに突きつけられているんです。今生きている日本人のほとんどが戦前のことを知らない。しかし、これは同じことが繰り返されているだけなんです。列車衝突事故も、ひき逃げも、毒餃子も、違法コピーも、その他ありとあらゆる空いた口が塞がらない中国人が起こす騒動には既視感があるはずです。

中国人に常識が通用しないのは、彼らがまだ貧しく世間を知らないからではありません。文革によって道徳が衰退したからでもありません。彼らは100年前も1000年前も今と同じような、とても人間とは思えないことを繰り返してきたんです。

我々は先人の経験から学ぶべきです。しかし、それは前回のようにしろということではありません。なぜなら、前回日本が中国大陸へと進出していった過程は明らかに失敗の経験だからです。当時の日本人は、眠れる獅子と恐れていた中国の実態を知り、それでも彼らを利用しようと画策しました。悪人を悪人と知りながら利用する為に付き合う。それが結局日本があの戦争へと引きづり込まれていった要因です。

もし、日本が東学党の乱で朝鮮半島に介入しなかったならば。全ての間違いはそこから始まります。呼ばれもしないのに朝鮮にかかわり、それを足がかりに中国までわざわざ出向いていった果てに我々は何を得たのか。中国と朝鮮という想像を超えた負の倫理社会と関わっても何も良い事はありません。

しかしながら、現在の状況では、日本が中国と完全に離縁することは現実的に不可能です。だからといって、このままずるずると付き合いを深めていけば、やがては前回と同じような結果に至るでしょう。そして、今回の争乱の舞台となるのは中国大陸ではなく日本列島です。

日本は中国という厄介な隣人と付き合わなければなりません。しかし、その付き合い方によっては再び自滅することになるのです。前回の付き合いでは、世界は列強によるブロック経済と植民地政策による分割という条件下にありました。当時の日本にとっては中国大陸のみが唯一進出可能な地帯であり、その選択は避けて通れなかったのかもしれません。しかし、現代は違います。何も超絶な面倒を覚悟してまで中国に固執する必要はどこにもありません。前回の戦争で日本が列強から解放した第三世界にはどこにでも自由にアクセスすることが出来るようになったのですから。

いまこそ中国との関係を見直すべきです。日本がこれからも生き残っていくためには、我々はこの国が島国であるという利点をもっと活用すべきです。中国とは付き合わざるを得ない。しかし彼らとあまり深く関わってはならない。この原則を強く構築していくべきです。このまま中国との関係が深まり、彼らが日本の地を我が物顔で闊歩するようになれば、最初に見た女児のひき逃げ事件のようなことがこの日本で起こることになります。その時になって中国人を追い出そうとしても遅いんですよ。日本の道徳と常識は中国の非人間的な無法に塗り替えられてしまっているでしょう。そうなれば、泣き寝入りするしかなくなるんです。

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塾で勉強する以外、自分から勉強する事はまず無い
http://kosodatech.blog133.fc2.com/blog-entry-2147.html

・・・うーん、これ、本人たちは至極真面目に話してるんだろうけど、客観的に見ると想像を絶して絶望的な親たちというか家庭環境だよなあ。レスしている人たちも含めて。こういう家庭って今でも多いのだろうか。

ダイジェストなので省略されている書き込みがどうなのか不明だけど、一番不思議に思ったのが、対象のこの中三の子がいったいどういう子供なのか、その情報が全く出てこないこと。当の親も何も書かないし、反応している人たちも何も聞かない。これが不思議を通り越して空恐ろしい。省略された書き込みには少しはそういった話があるのだろうか。雰囲気的にないような感じを受ける。

これじゃ、育てようとしている動物が犬なのか猫なのかさえわからないのに、何かをやらせようとしているようなものだ。

小学生中学年程度までならば、どんな子に対しても、強引に正攻法で読み書きや算数を教え込まなければならないだろう。そういう時期はある。しかし、相手は中学三年生だよ?その子が普段どういうことをしているのか、何が好きなのか、どういう傾向があるのか、性格はどうなのか、それがわからないと判断のしようがないだろうに。何故それを誰も聞かないのだろうか。

こういう無目的に画一的な受験勉強をさせるのは意味がないって、もう何十年も前から言われ続けているはず。

このケースでは、子供のやる気を奪っているのは親本人だよ。人間は工場生産の画一製品じゃない。塾にやって、勉強しろと部屋に追いやって、志望校を上げるためだけに勉強を強いる。子供の成績で一喜一憂して、そのストレスを子供に当てる。そのくせ自分の子供のことをほとんど把握していない。

基本的に、子供が親の期待に反する態度を示すのは、何か不満があるからだよ。勉強しろって言ってるのにしないのは一種の反抗。本人は自覚していなくてもね。この人たちはそのサインを見過ごしてしまっている。親子関係が正常であれば、なにごとであれ子供は親の期待に応えようとしてがんばるのが自然なことなんだから。それでも本当に勉強に向かない子は言われても一切勉強しませんから。しぶしぶやる子は本当に勉強がしたくないわけじゃない。

でも、わずかながら、この中学三年生の女の子の親の書き込みから見える情報がある。それは、この子が親に言われてから勉強しに部屋に行っていること。この情報は重要だよ。つまり、この子は最初から部屋にこもり籠りっぱなしの最悪の状態ではないんだよ。たぶん居間やダイニングで本を読んだり電話したりテレビを見たりゲームをやったりしてるんだろうけど、それは無意識のうちに親と一緒に居たいと思っている証拠。本人に自覚はなくても何か親に相談したいことがあるんだと思う。それは進路のことかもしれないし、別のことかもしれない。本人も何が相談したいのかわかってないかもしれない。中学三年生というと、自分の考えていることが今一言葉にならない歯がゆい時期。そこからうまく情報を見つけ出してあげるのが大人の役割なんだよ。ただし質問攻めにしちゃ駄目だけど。

もう、いい加減こういう絵に描いたような画一的な学歴志向しかできない親はいなくならないといけない。そうじゃないと日本そのものがおかしくなってしまう。今の教育とその先にある企業の在り方は、高度成長期に大量の人間型部品が必要だった時代のものだよ。受験勉強も就職も今のやり方をこれ以上続けては絶対にいけない。だって、今のやり方で生み出される人材って、要するに従順で問題を起こさないだけの使いやすい奴隷でしかないんだから。そういう人材は戦後復興期に天才たちが築いた企業を維持するための能力しかないんだよ。彼らは自分たちでは何も生み出せない。過去の遺産に寄生することでしか生きていけない。

大学の勉強をおろそかにしてまで、揃いのスーツを着て、決まりきった礼儀作法を身につけて、同じような受け答えを覚えて、そんな冗談みたいな新卒の就職活動に失敗すれば人生負け組。この狂ったシステムの下敷きになっているのがここで話題になっている高校受験でしょ。併願私立ってなんだ?推薦ってなんだ?高校の進学資格は国の統一試験を作ってそれで決めるべきだよ。底辺私立なんて全てなくすべき。勉強が出来ない子供は高校に行かなくてよし。だれでもかれでも推薦推薦って、おかしいでしょ。推薦なんて本当に優秀で貴重な才能の持ち主だけに与えるべきです。問題児じゃない=推薦って発想がおかしい。

私たちが望む望まないにかかわらず、今までの教育システムは間もなく完全に使い物にならなくなります。企業は今までのような新卒採用を止めて、従順なだけの日本人の採用を止めて外国人を優先してとるようになる。そういう時代が来ているのに、これから大人になる子供たちの親が旧態依然とした発想で子供を教育しようとしている。このギャップの被害に当人たちが気がつくのは、そう先の話ではないでしょう。いや、おそらく子供たちは既に気がついているんですよ。親が説く社会の仕組みとやらが現実とは違ってきていることに。

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日本で宋・欧陽修の書簡…中国で「盗んだ」、「韓国でなくて幸い」
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=1006&f=national_1006_125.shtml

徐福行時書未焚
逸書百篇今尚存
令厳不許伝中国
拳世無人識古文

まさか千年の時を超えて本人の言葉が繰り返されるとはね~。

それにしても、日本が盗んだ、はひどいんじゃないか?保管しておいたことに涙を流して感謝されてもいいくらいだろ。そういう不見識なことを言った連中は、この欧陽修本人の日本刀歌を知らんのだろうか、中国人なのに。彼の国の人心の凋落は嘆かわしい限り。


まあ、古代中国にしろ古代ギリシャにしろ、外部の人間はちょっと夢見過ぎですね。

日本人は今の中国人と中共は嫌いだけど昔の中国は嫌いではないとか、そういう話をよく聞きますね。でもね、冷静によく考えてみてください。古代中国って本当に今の中国と違ってまともだったのだろうか?ってね。確かに唐の時代の一時期、天下太平で都では鍵をかけずに外出できたなんて記述は残ってますよ。極一時期だけど。でも、そういう記述よりも圧倒的に多く残っているのが、日本人があちらに渡って現地の風物に辟易している場面だったり、逆に日本にやってきた中国人が日本人の社会規律に驚いている様だったりするんですよ。それが繰り返し繰り返しいろんな書物に書かれている。

特に戦前に日本人が中国に渡ったころの資料を調べてみてください。たくさんあるから。それを読めば、今の中国人がひどいのを全部文革のせいにするのは明らかに間違いだとわかります。連中は昔から想像を超えてひどいんですよ。本当に。

思うに、一民族の習性というものは、何千年という時を隔てても案外そう簡単には変わらないんじゃないでしょうか。千年前も二千年前も日本人はやはり現代の日本人とどこか共通した価値観を持ち、同じように行動をしていた、そしてそれは中国人もおそらく同じなんですよ。

日本こそが中華文明の正当な後継者であり、現代中国は己の持っていた美徳を失って野蛮人に戻ってしまった哀れな宗家である。確かにそういう一面はあるでしょう。しかし、今と違って当時の日本と中国はそれこそ命がけで渡航しなければならないような距離関係にあったんです。そしてそこを行き来していたのは両国家の中枢メンバーですよ。現代日本の一般人が中国に観光なり仕事で行くのとはわけが違う。

当然、国家の最上層階級同士ならば、そうそうおかしな騒動は起こさないでしょうし、まともな話も通じるでしょう。まあ、朝鮮の場合は大臣クラスでも話にならない有様だったようですが。まがりなりにも歴代中国王朝は史上最大級の帝国ですからね。そしてその首都ですから。蛮族の住む未開の半島とは違います。

中華文明の特徴はその徹底した道徳追求の姿勢にあります。中国ほど正義や秩序や儀礼を口やかましく唱え続けた文明は他にないでしょう。道徳的には相当ストイックと言われるキリスト教圏でさえも、バイブル以外の聖典はほとんど専門家のためのものでしかありません。ところが中国ではありとあらゆる道徳のための哲学書が庶民の間で読み継がれてきました。それは何故か。

その理由は、ようするに、それだけ口やかましく言い続けないと道徳が維持できないほど生来民度が低いからなんですよ。だから逆に文面上の道徳観念が発達したんです。

日本は、その中国の必死で道徳を説き続けなければならないという現地の切実な実態から、書物の知識だけを持ち帰ったんです。いわば中華文明の奇麗な部分だけを継承したのが日本なんですよ。そこのところをちゃんと意識して考えないと、妄想的に古代中国を過大評価して真実を見ないことになってしまいます。


で、実はギリシャも全く同じなんですね。東洋にとって中国が文明の発祥の地であるのと同じように、ギリシャはヨーロッパ文明のプロトタイプです。西洋文明が秀でる、徹底した理詰めの思考の原型は全てギリシャにある。

では、古代ギリシャ人は皆聡明で理知的な連中だったのか。今のギリシャのゴタゴタを見ると、どうも疑わしいとは思いませんか?古代ギリシャ人もまた、現代ギリシャ人と同様に怠惰で無責任で強欲で恥知らずだったんじゃないのだろうかと。だからこそ、ギリシャ哲学のような理性が徹底的に喧伝されなければならなかったんじゃなかろうかと。

ところで、ギリシャの哲学者というと偉人哲人ということになってますが、実は彼らの多くは今でいうところのニートですよ。ニート。まともに仕事してなかった人がとても多い。それが当時は2chなんか当然ありませんから、日がな一日どーーーーでもいいようなことを、ああでもないこうでもないと考え続けたり、人に屁理屈の論争ふっかけたりして遊んでいただけです。しまいには、往来でマスかいて、これぞ哲学!、とかやりだしてカミさんにぶちのめされる始末。まあ、ようするに人間のクズですな。

まあ、思想と人格は全く別のものですから。人格的に完璧でも思想はからっぽっていう無価値な木偶よりは、人格破綻してても光るものを持っている人物の方が存在意義があります。

脱線しましたが、それはともかく、人は自分に欠けるものを欲する一面があるということです。ある人曰く、アメリカが自由と平等を頑強にプッシュするのは、彼らの社会に案外自由な表現権がなく、また平等とはほど遠い階級格差が存在するからだとか。あるいは、戦前の日本がさんざん勇ましい態度を誇示したのは、日本人には生来度胸がないからだとか。

そう考えると、徳に満ちた中国本来の姿とか、理性の人ギリシャ人、なんてのがただの幻想に過ぎないのは納得できますね。問題はその幻想、外部の人間だけじゃなくて、実は当の本人たちもかなり信じちゃってるんじゃないかと。中国人なんか、あと何十年かして豊かな中国が定着すれば中国人の民度は日本に追いつくだろうとか無邪気考えてるみたいですね。それはどうかな~w ギリシャもギリシャで、今回の失態は不慣れからくるもので、今の混乱さえ乗り切れば、またドイツフランス並みのリッチな生活を満喫できるとか信じてるみたい。いまやEU全体から、ふざけんなこの寄生虫って足蹴にされかかってるのに。阿呆だろw

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先ほどのエントリーの朝鮮文明の本質について、まとめ。

日中韓の三カ国の文明の性質の違いを一言で言い表すとすれば、

日本は吸収の文明
中国は反復の文明
朝鮮は交代の文明

ということになる。

本来は日漢鮮とでもすべきだが、便宜上よく使われる日中韓をタイトルとした。

日本は外から来たものを取り込み、それを全く別のものに変えてしまう。
中国は同じことを延々と繰り返すのが大好き。
朝鮮は新しいものを受け入れる際に過去を捨て去る。


日本については既に耳タコだろうが、この民族は外部のものごとを自身に都合の良い形に変えて吸収し作り替えてしまうことに長けている。これ以上の説明は避ける。


中国の場合は、あそこは原則的に唐の時代が文明の頂点であり、以降は支配者が入れ替わるだけで同じことを繰り返している。今の共産党政権もそのいくつかあった王朝の一つに過ぎない。

中国人の繰り返しを好む性質は、違法コピーや模倣品に対する価値観にも強く反映されている。彼らは人のアイデアをぱくることを再利用のための賢い行為くらいにしか考えていない。むしろ原作のリスペクトとすら感じている面がある。盗用は彼らにとっては一種の反復なのだ。

彼らの借用盗用引用の徹底ぶりは漢詩を見ればよくわかる。漢詩という文芸はその相当な部分が過去の作品からのインスパイアーで成り立っている。他の文明の文芸作品にも似たような傾向はあるが、漢詩は特に再利用の頻度が異常だ。漢詩では作品のどの部分が何の再利用なのかを知っていることが重要な前提知識となる。そしてその借用の巧妙さを競い合う。結果として、漢詩は唐の時代に最盛期を迎えその後同じようなものを延々と作り続けるだけのループにはまり込んでしまった。

我々が一般に悪い事と受け取っている盗用行為は、中国人にとっては身に染み付いた悪意のない反復作業であることがある。彼らにとっては先人の知恵を再利用することが文明の基本原理であるからだ。


では、朝鮮の文明はいかなる文明か。私も最近ようやく見えてきたが、朝鮮文明の本質は入れ替えの文明である。この点を理解すると彼らの行動パターンとその長所および問題点がすとんと腑に落ちる。

朝鮮半島という立地は古くから紛争の絶えない宿命にあり、民族、言語の入れ替わりも激しかった。半島南部には古くから日本人が多く住み、北部からはツングース系の諸民族が入れ替わり南下してくる。そして西からは海を越えて漢民族の難民が押し寄せる。更に時に大陸深部からは騎馬民族も襲来する。現代朝鮮人は李氏朝鮮より前の民族とは人種構成が大きく異なると考えた方が良い。

このような状況で長期間にわたって特定の民族がその固有の文明を維持するのは大変に困難である。そこで何が起こったか。朝鮮人は支配者が入れ替わる度にその歴史をリセットしてきたのだ。中原の支配下では漢民族の一氏族として振る舞い、ツングース系が強い時はその派閥を王座に受け入れる。日帝に支配されれば自らを日本人と名乗りその権利を主張し、日本が負けた途端に別人となり手のひらを返す。

彼ら朝鮮人にとって、新しい体制への移行は旧体制の全面的な否定を必要とする。そのためには道理が曲がろうがそんなことはどうでも良い。あらゆる嘘が正当化され歴史が捏造される。これを半万年も繰り返してきたのが朝鮮の歴史だと言える。

朝鮮人の日本へのいわれのない恨みだが、実はこれは日本に対してだけのものではない。過去に支配された民族に対しても全く同じような態度を示している。満州族などがそうだ。面白いように今の日本に対する言動と同じようなことを言っている。

朝鮮人が歩んできたこのような歴史が彼らの精神に与えた影響は計り知れない。彼らの最大の問題は己の本当の姿、つまりアイデンティティの欠落にある。自分たちが本来何者であるのか、どうあるべきなのか、それが全くわからないのだ。常に過去を消し去り全てを入れ替えることを繰り返してきたことで全てが失われてしまっている。

その空白が招く葛藤が彼らの異様なまでの空虚な自尊心を生む。全く根拠のない空想でこしらえた歴史と誇りが必要とされる。そしてまた、自分が特別な何者かでありたいという欲求が爆発する。

朝鮮人は何故自ら創氏改名を要求したのか。そして何故同じ名字があれほど多いのか。何故作り物の家系図に執着するのか。何故韓国では改名申請が異常な数あるのか。何故海外移住を切望するのか。何故信じがたい率の人が美容整形を受けるのか。何故通名を使うのか。

経済面では韓国の強さの源である容赦ない切り捨て感覚。サムソン、ヒュンダイ栄えて国滅ぶ。大財閥に全ての資源を集約し、中小企業のことは全く顧みない。彼らが切り捨てるのは過去だけではない。必要のないものは今現在、いや未来でも切り捨てる。なかったことにする。どかっと一度に大量の金と人材を集めてギャンブルまがいの商売をすることにこれほど躊躇しない民族も珍しい。まるで池の飛び石を行き先を決めずに飛んでいくようなことをする。

朝鮮人には背負うべき過去がない。あるのは自尊心を保つために捏造した虚構の神話だけだ。だから失うものは何もない。今を生き延びるためならば何をしても許される。そういう生き方を彼らはしている。駄目になったらまたなかったことにして総入れ替えしてしまえば良いのだ。

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【韓国】ソウルからヨボセヨ 不便な漢字離れ
http://kimsoku.com/archives/6126548.html

へー、こういう現象が起きてるのか。面白いなあ。

日本語の場合も、漢字が言葉として入ってきた年代の違いによって、呉音、漢音、宋音(唐音)などと音読みに違いがあります。特に江戸時代以降に仏教用語として輸入した漢語は現代中国語の発音とほとんど同じものがあり、たまたま中国人の耳に入ると驚かれたりしますが。

日本語でもこれから中国の地名や人名を現地音で呼ぶようになるかもしれませんね。日本語の場合は漢字を使っているために日本の漢字の読み方を維持したいという保守力が働きますが、韓国の場合は漢字が廃れているので現地音での使用が加速される傾向があるのでしょう。

実は日本人が海外に出て行って一番困るのが中国の人名地名歴史だったりします。知ってるはずのものがまるっきり別の音になりますので、知識がまるで役に立たない。ゼロから覚え直ししなくてはならない。なので、一概に韓国の中国語固有名詞現地音化を馬鹿にしない方がいいと思いますよ。できれば学校では今までの読み方と現代中国語での読み方を同時に教えた方が良いでしょう。

数十年前に安直に漢字を廃し同音同綴異義語を爆発的に作ってしまった朝鮮語は、大学等の高等教育で英語の助けがないとまともに意味が通じる文章が書けないという大問題を抱えています。最近ではその問題を解消するために漢語から固有語への置き換えを進めているようですが、なかなか難しいようですね。

いっそのこと、韓国の公用語を英語にしてしまえばよいのに、という嘲りさえも聞きますが、それ実はすごく良い選択肢なんじゃないかと思ったり。いや、もし韓国が国語を英語にしてしまった場合、これ日本にとっては脅威ですよ。人口5千万でG20加盟の英語圏の産業国が突然隣に誕生するわけですから。

実際問題中国でのビジネスも英語で十分通用しますから、漢字が読めないハンデよりも母語が英語っていう事の方がよっぽど有利でしょう。

そのかわり、自国の文化を全て失うことにはなりますが。

と、そんなことを考えていたら、どうも朝鮮の歴史ってまさにこれの繰り返しなんじゃないかと思えてきたんですね。嘗ては中国の属国として漢字文化を全面的に受け入れて、自分たちの言葉を卑下して封印し、文化そのものがほとんど中国化してしまったり。日本語と朝鮮語が文法的にこれだけよく似ていて地理的にも近いのに、何故基本的な語彙がほとんど一致しないのかとか。あるいは最近の朝鮮かぶれの企業マスコミが何故必要もない社内英語公用語化とか言い出したのかとか。

なにが言いたいのかというと、よく、日本は外から新しいものを取り入れて全く別のものに作り替えてしまう文明だと言われますよね。では朝鮮半島は一言で言えばどういう文明なのか。朝鮮の場合は、外から新しいものを受け入れて今まであったものをそっくり消し去って新しいものに入れ替えてしまう、そういう文明なのではないかと思うのです。そう考えると彼らの行動原理がいちいち納得がいくんですよ。

中原の勢力が強い時代には漢化し、北方騎馬民族が強い時代にはそれと同化し、日本に占領されれば完全に日本化する。その度に以前の記憶を全てリセットすることを繰り返してきた。それが朝鮮人の文明の本質なのではないでしょうか。韓国人の本国での異常な名前変更申請の数とか、在日の通名とか、今までの自分を否定して別のものになりたいという、朝鮮人特有の異様な欲求の源泉はここらへんにあるのではないかと。

そう考えると、韓国が国語を英語に切り替えるという選択肢は十分あり得るのではないかと。もともと己の文化を捨てることを繰り返してきたわけですから、守らなければならないものもほとんどありませんしね。「捨て身の思い切りの良さ」、なんとなくこれが韓国そして朝鮮人の本質のような気がしてきました。捨てた命ならどんな悪事を働いても罪の意識はないんでしょうね。

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所謂、芸能人、有名人など、メディアそれも主にテレビでの露出を通じて知名度を得、それを糧に生活をしている有象無象のこと。その中には、己の素性を隠す彼の国の眷属も少なくない。

これら、元を正せば、本邦においては、芸ごとと色事を生業とする身分の者たち。すなわち俗に河原乞食と呼ばれた卑賤の出のことをいう。

彼らの存在は常に娯楽とともにあり、娯楽ゆえにその存在が許されてきた。遊びである。

ところが、ここ最近、この本来忌むべき輩がまるで国民の代表であるかのような顔で歩き回り、富と権力を欲しいままにしている。その活動は遊びの範囲を逸脱するばかりか、もはや特権階級化さえしている。その原動力はテレビだ。

テレビという媒体は、どこの馬の骨ともつかない河原者を祭り上げ、一種の神様にしてしまう力がある。政治について、あるいは経済について、全くなんの知識も常識も持たない底辺芸人がしたり顔で政府を批判し社会について意見をする。そしてそれがテレビを通じて連日延々と日本中にばらまかれている。

最近のある世論調査によると、日本の総理大臣に相応しい人物は誰か、という問いに対する答えで一番となったのが、タケシだそうだ。日本国民は完全に狂ってしまっている。

芸人が政治経済についてテレビで討論をするのは、文明国ではおそらく日本だけだろう。他の国であればそのような番組と配役はとうてい許されるものではない。とんでもない話だ。

戦後日本は自由と平等の価値を神聖視しすぎた。全ての社会には生来の階級が存在するべきであり、それが秩序をもたらす基本原則だ。アメリカを始め西洋の貴族制や王政を捨てた国家でも、目に見えない階級意識と規範は厳として存在する。その節度と常識が今の日本にはない。

現代日本は、最も最下層の人間が最も優遇されている歪んだ社会を構築している。働かずに生活保護を受けている人が、必死に最低賃金労働で食いつないでいる人よりも多くの金を受け取っている。一人では生きていくことが出来ない障害者が、何人もの健常者を無償で奉仕させ普通学校に皇帝のようにして通う。不法入国した外国人が永住権を得、更に参政権まで要求する。日本人を拉致するスパイを養成している学校が日本政府に補助金を要請する。

これら全てのあべこべは、テレビという偶像崇拝のための窓が作り出した宗教の洗脳の結果だ。

例えば、普段そこそこ常識があると思っていた知り合いがいたとする。しかし、そのいい年をしたまともな人が、ある日町に有名人が来るから見に行くとはしゃいでいる。そして、帰ってきて、その有名人を間近で見たとか握手をしてもらったとかを嬉々として語る。しかし、有名人と言っても銀幕の大御所なんかではない。聞けば、たけし軍団のタレントだ。狂ってるだろ?完全に洗脳されてるんだよ、テレビによって。まさにアイドル、つまり偶像崇拝が出来上がってる。カルトに洗脳されている人たちにとっては、あのたけしが社会福祉でかこってるような連中でさえ拝む対象になるわけだ。

どんな生まれでも、テレビに出るだけで金が稼げる、有名になれる、果ては政治家になれる。こんなふざけたことをいつまで許すのか。


まず、テレビで政治や経済に関する発言を出来る人物にきちんとした資格を要求すべきだ。電波を使って多くの人々に国の未来を左右することを語るには、それ相応の知識と責任ある立場が必要だ。例えば、株や金融商品の勧誘業務を行う者は証券外務員資格に合格しなければならない。政治や経済の基本的な仕組みさえ理解していない芸人に公共の電波で己の意見を発することを許すべきではない。

次に、一定時間以上テレビでの露出がある人物の政治活動を全面的に禁ずるべきである。テレビでよく見かける有名人が選挙応援や政治と関係ある講演などを行ってはならない。当然、被選挙権も剥奪すべきだ。テレビに出ている人間は立候補できない。



日本人は無宗教であるという。我々の多くは特定の絶対神を持たない。しかしそれは裏を返せば、あらゆる神様を何の疑いもなく受け入れる寛容さを備えているということでもある。教会で結婚式をあげるのに葬式は仏式であったり、かと思うと地鎮祭はやらないわけにはいかない。自分の都合の良い部分だけ、各宗教をつまみ食いする。それは日本人が古来から受け継いできたアニミズム、八百万の神々、万物に神が宿るという考え方から自然に起こる現象だ。しかし、その来るもの拒まずの無防備な精神が、いまテレビというカルトに利用されている。つけこまれている。

テレビに出ている人間を無意識に神格化し崇拝する。この邪教が現代日本に蔓延し社会の腐敗を招いている。しかも、その崇拝している対象は、こともあろうに本来娯楽でのみ無礼講として顔出しが許されていた最下層民であり、またそのうちの少なくない数が例の隣国の犯罪者の子孫でもある。紳介の件でも明らかなように彼らはもともとカタギではない。悪党を拝むような宗教は完全な邪教である。

韓流騒ぎもそうだが、テレビがこういった異常なプッシュを仕掛けてくる理由はなんだろうか。それは結局被差別階級のルサンチマンによる社会転覆への熱望だろう。乞食を王様に見せてしまう魔法の箱を使い、最も卑しいものが君臨する彼らにとっての理想郷を築き上げる。その計画の段階は既にかなりのところまで進んでいる。我々は一刻もはやくこの異常に気づき、汚物を洗浄しなければならない。テレビという洗脳システムを一度完膚なきまでに破壊する必要がある。

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「ゲーム課金で月5万使うのは普通。他の趣味と同じ」「ネットゲームやめたプレイヤーが罪悪感持つように作れ」…開発者が講演
http://blog.livedoor.jp/nekokan2011/archives/4539068.html

速やかに、法律を作ってこのような商売を規制すべき!

もはや人間のやることじゃないよ。

オンラインゲーム開発者糞すぎワロタwwwwwwwwwww
http://blog.livedoor.jp/kinisoku/archives/3045678.html

「超強い課金武器」を直接販売するのではなく
「超強い武器の合成を成功させるためのアイテム」を販売するんです。

一応無料のユーザーでも、
その超強い武器を作るための素材は集まるけれど成功率が0.01%という感じで。

でも中には「これ無料で成功したよ」という人が掲示板にいて「あ、成功するんだ」
という希望を持たせることです。


このアイテム課金などの悪質な商売を広めたのは韓国製のネットゲームです。それが今もっと露骨な形で携帯ゲーム業界を席巻しつつある。

そろそろ韓国製ネトゲを規制すべき
http://ameblo.jp/izow/entry-10512861340.html

詳細は上に以前書いたとおり。

朱に交われば赤くなる。朝鮮人と関わると精神が汚染されます。これは本当に恐ろしい現象です。彼らには倫理観というものがないんですよ。本当に。いかにずるをして人より上に立つか、それを子供のころから叩き込まれて育つんですから。嘘をついて当たり前、汚いことをするのが賢い、そういう価値基準を何百年もかけて熟成してきた民族です。

日本人が日本人であり続けるために、日本の良い部分を守るために、絶対に朝鮮人みたいな真似はしてはいけない。そのためには早い段階で毒の芽を摘み取ってしまう法規制が必要です。携帯ゲームはもはや完全な悪です。これを放置してはならない。

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政治とは、世の中のあらゆるものごとに対し、区分けというルールを決めることである。

例えば税金。所得税ならば、年収何百何十万までの人は幾ら幾らの税率で所得税を納めることと決める。収入の段階をいくつか定め、収入にあわせて支払わなければならない税額を分別する。更に各種控除などの追加ルールを設ける。

税金だけではない。我々の社会は全てが区分けされることで機能している。学校も商売も個人も企業も全てはその組織や個人が在するところの国が定めたルールがあって、そしてそれを皆が意識共有し遵守して初めて社会生活が成り立つ。

この区分けのために必要なことは、どこでその区分けの線引きをするかということだ。そしてそれを決めるのが政治の最も原始的で根本的な存在意義であり仕事である。

線引きのための仕組みは国によって様々な形態がある。日本のような議会制民主主義国家もあれば、独裁者が統治する国もある。しかし、どのような国家形態においても、線引きのための共通する基準がある。それは、できるだけその国家社会の主要勢力の利益を損ねないように線を引くということだ。

情勢を見誤り、間違った線引きを行うことはもちろん害悪だ。しかしまた、線引きの基準を決められずに問題を放置する政治も社会を破壊する。

政治とは線を引く作業である。言い換えれば、それは、何を切り捨てるかを決めることでもある。何故ならば、社会構成要素の全てを平等に扱えば、その社会は本来切り捨てるべき部位による負担と損害を被ることになるからだ。それは許されることではない。


震災後、原発事故問題に対して日本政府が行うべきだったのは、まさにこの線引きの決断である。放射能に汚染された地域のどこまでで作物の生産を許可すべきか、それを明確にそして早期に決めるべきだった。それは言い換えれば、誰が内部被曝によって放射能で汚染されるのかという線引きだ。福島東部中部および近隣県の一部地域の農産物を全面的に作付け禁止にすることで、この放射能汚染は東北南部と北関東だけに閉じ込めることが可能だった。しかし、問題地域の作物の生産移動販売を許してしまえば、日本全国に放射能の汚染が拡散することになる。民主党政権の無策によって全ての日本人が内部被曝のリスクを抱えることになってしまった。

我々が本当に取るべき道は、全ての日本人が原発事故の放射能汚染リスクを分かち合うことだろうか。福島の農家という一部の人たちのために、日本国民全てが死ぬことだろうか。今回のように何か問題があった場合、被害拡大を最低限に押さえるための線引きを行うことこそが政治の役割ではないのか。


政治家には3つのタイプが存在する。ひとつは、いままで上に書いてきた線引きを行う職人型。もうひとつは利権のことしか考えていないヤクザ型。小沢一郎が典型だ。今ひとつは因縁をつけて利益を引き出すことが政治だと思っているクレイマー型。サヨク議員のことだ。

小沢の取り巻きと社会党の残党、それらが結託している民主党には、この延々と実直に線引きを続けることこそが政治の本来の姿だと理解している人材がほとんどいない。これが福島原発事故対応が今のような惨状になっている理由だ。現場で動いている人間は既存のルールややり方以外の方法を取ることが許されない。新しい状況にあわせた対応策が政府から示されなければ、目の前で毒物が全国に拡散されていくのを指をくわえて見ているしかない。

民主党政権には政策を決める能力がない。何故なら、ヤクザ屋と職業サヨクにそんなことは関係がないから。彼らが政策と称しているものは単なる票集めのためのエサであり、それ以外は前例のコピーか思いつきでしかない。

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ここのところNHKが震災関連のニュースにからめて必ずといってよいほど韓国への企業移転を持ち出してきて気持ち悪い。

どれだけ買収されてるんだよ。

リーマンショックを日米の支援でなんとかディフォルトせずに乗り越えた韓国だが、その対策もここにきてかなり厳しくなってきている。ギリシャが崩壊すればEUはあてにならなくなるだろうし、なにより状況が変わったのはアメリカがドル安容認へと舵を切ったことだ。そして日本は震災で手一杯。今のタイミングで何かが起これば韓国経済を助けてくれる国はないかもしれない。

ヒュンダイやサムソンなどの財閥が儲けている一方で韓国国内は技術も資金も空洞化している。まずはインフレが一番怖い。更にデモやストライキが頻発し治安も危うくなるだろう。このタイミングで日本の企業をミスリードして韓国へ誘致するなど、良心があるなら絶対に出来ないはずだ。もっと安全な国が他にいくらでもある。

フジテレビに対するデモは地味ながらボディブローとして強烈な効果を生んでいる。しかしそれはフジが民放だからだ。スポンサーさえ引きはがせば民放は崩壊する。それを今回のデモは教えてくれた。だが、NHKの場合はその戦法は効かない。国民から強制的に資金を徴収できる電波ヤクザにはもっと直接的な攻撃が必要だ。

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