先週のブログはお休みをいただき、伊勢神宮と熱田神宮へ行ってきました。
名古屋に住む相談者さんに矢場とんの味噌カツをご馳走になりました。とっても美味しかったです。


先々週のブログでは、私のブログの内容は厳しいと前科者や待ち人さんに思われていると書きました。
コメントをたくさんいただきました。その中でも読者の皆さんに読んでいただきたいと思ったコメントを抜粋します。
私のブログを厳しいと感じることが
「世間との溝」なのかも知れない
私は湯浅さんのブログに出会う前から、ダメなことはダメだと庇い立てしないスタンスでした。息子にはそれが不満だったようでうまくいっていませんが。
そんな私だから思うのかもしれませんが、湯浅さんのおっしゃっていることは「厳しい」ですか?世間一般の人のあり方として、わりと普通のことしか求めていないように感じます。
前科持ちや依存症者相手でなくとも普通のことです。それができなければ犯罪や依存に陥ることはなくとも、回りからは敬遠されることです。ちょっと過激すぎる意見かもしれませんね(苦笑)
「厳しい」と感じることが世間との溝なのかもしれないと、感じました。
私はこのように返信をしました。
私がブログでお伝えしている内容は決して厳しくないですが、前科を持つ者にとっては堅苦しく、そんなことを考えて生きている精神的余裕は無い。
待ち人さんにとっては自分の元へ帰ってくるだけで十分、共依存に陥り出所後の生活まで見通すことが出来ないと感じています。
世間一般の人の在り方として割と普通のことしか求めていない、コメント主さんの意見が「社会の大多数の意見」だとまず知ってもらうことが更生や回復に必須です。
私自身、元からこのような考えだった訳ではありません。薬が抜けて頭がクリアになり、現実を受け止めるようになって徐々に考え方が変化していきました。
コメント主さんの仰るように、厳しいと感じる前科者や待ち人さんは今の日本で上手く生きていくのは難しい。
自分がズレていることをまず認知しないと、更生も回復も進まないと私は思っています。
自分の感覚がズレているかも知れないと考えるきっかけやチャンスは、なかなか訪れるものではないと思います。
当然です。自分の人生が当たり前、または普通だと思って生きてきた方が殆どですから。
ここでアンラーン(unlearn)という考え方が役に立つと思います。(学び直し、学習棄却、学びほぐしと略されるそうです)
過去に学習した思考のクセや思い込みを手放し、初めて新たに成長する準備が整います。
自分の感覚がズレている事に気付いたのは刑務所
逮捕直前の私から、蜘蛛の子を散らすように人が離れていきました。
孤立して誰からも相手にされなくなり、唯一血が繋がっている母からは「このままではあの子に殺される」と言われ見捨てられ、刑務所へ行くことになりました。
刑務所まで落ちてやっと、自分の人生を真剣に振り返ってみようと思えるようになりました。
正確には服役することで自分の人生を振りかえざるを得ない状況に追い込まれたのです。
あんたズレてるよ!と誰かに言われ、素直に受け止められる人は少ないと思います。
自分がとことん痛い目を見て、初めて考え直す土台が生まれる。
中には刑務所へ行っても考え直す土台ができない人もいますが、そういう方は本当の意味で痛い目に遭っていないと私は考えます。
前科者が社会でやり直すには、他責することなく苦言を受け止める心の強さが必要です。
これは簡単に養えるものではありません。時間をかけてこれまでの人生を振り返り、弱い自分を知る、理解する必要があります。
情報量の多い外の世界で自分の人生を振り返るのはなかなか難しい。
ですから年単位の服役期間は絶好のチャンスなのです。
待ち人さんにはそのチャンスを奪わないで欲しい、自立・自律するきっかけを摘まないで欲しいと思います。
前科者に立ちはだかる壁
今日は西高童貞くんの身に実際に起きた出来事から、皆さんと一緒に前科者の更生が如何に難しいかを考えることができればと思います。
西高童貞くんは私のブログに何回か登場しています。Twitterはこちらです。
https://twitter.com/true_story0713
今年2月にわざわざ大阪から東京まで来てくれて、進藤さんの教会でお会いしたこともあります。
実に礼儀正しい好青年です。(写真一番右が西高くんです)
タイトル回収です。
彼がupしていたブログが、前科者に立ちはだかる一つの大きな壁です。
西高くんは賃貸物件を契約しようと申し込みをしましたが、実名報道をされているため、保証会社の判断で西高くんの名前で借りることができませんでした。
前科者に物件を貸すのはリスクでしかない
仮に私が犯罪とは無縁の大家だったらどうするか、考えます。
前科者に家を貸すのはリスクしかないと思うでしょう。
駅近や築浅の物件ならば尚更、わざわざ前科者に貸さずとも一般人に貸せばいいです。
家賃を滞納する一般人は一定数存在すると思いますが、その一般人と前科者を天秤にかけたとき果たしてどちらを優先するか。
いくら滞納をしたとしても、私は前科者より一般人を優先すると思います。
・もし詐欺の掛け子の拠点として使われたら?
・大麻の栽培に使われたら?
・何かしらの犯罪の私書箱代わりに使われたら?
私でもこれだけのリスクがパッと思い浮かびます。
事故物件になってしまった日には借り手がつかなくなり、相場よりも安く提供せざるを得なくなる。
そんなリスクは大家として絶対に追いたくありません。
前科者と聞いて想像すること
前科者と聞くと「また犯罪を犯すのではないか?」と想像する方が多いと思います。
昨年9月のブログに私はこう書いています。
な~にが生き直すだ!
二度あることは三度ある!
信じられない!
どうせまた同じことを繰り返すに決まっている!
世の中はこんな意見が多いでしょう。
このような意見が多い理由、今受刑されている方、元受刑者の方、答えられますか?
単純に再犯が多いからです。
前科者が再犯をしたとき、ニュースで「あの△△事件の犯人○○が再犯!」と大々的に取り上げられます。
このときの世間の反応は「あぁ、やっぱりねー」です。
再犯する人がごく一握りでも、それが大きく報道されれば大多数が再犯をするというバイアスがかかると思います。
こちらの指標は令和3年版 再犯防止推進白書よりお借りしました。
PDFを貼りますので興味のある方はぜひご覧になってください。
https://www.moj.go.jp/content/001341447.pdf
赤で囲った部分を見てください。平成15年から令和2年を見ると犯罪自体が約半分に減っており、初犯者数が大幅に激減していると書いてありますね。
2020年の再犯率は49.1%で1972年の調査開始以来最高となっています。
私を含め、前科者はどうせ再犯すると世間に思われています
そう思われている現実があって、出所という新たな人生がスタートします。
前科者は過去ではなく、頑張っている今を見て欲しいと思います。
皆さんは人を信用するにあたり何で判断をしますか?
身なり?
仕草?
言葉遣い?
お金を持っているか?
そんな上っ面ではなく、過去の経歴で信用するかしないかを決めませんか?
小さなことでいいです。想像してみてください。
いつも待ち合わせに遅れてくる友人で例えましょう。
友人は遅刻してばかりで待ち合わせでは自分がいつも待たされる。そんな友人が今日は時間通りに着いた。でも、だからって次も早く来るとは限らない。今回たまたま早く来たんだろうな。
こういうことは前科がある無し関係なく人間関係で日常的に起きていて、その人なりの物差しで人を信用する・しないを決めていると思います。
これが罪名は違えど前科となったとき、どうなるでしょう。
前科のある人間が「過去ではなく今の自分を見てください」と訴えたとします。
刑に服し罪は償いました。だからと言ってすぐに現在を見て、信用することができるでしょうか?
西高くんは今回の出来事を受け入れ、他責していません
僕の名前で賃貸を借りれない。日本はおかしい。
もっと刑務所を出所してきた人間を支援しろという話ではなく、こういう事もあるから前科なんてない方がいいという事実です。
西高くんは自分の過ちのせいでこうなったことを、素直に受け入れています。
彼には私を含め、前科者の仲間がいます。
悪い仲間ではありません。
壁にぶち当たっても再犯という誘惑に負けず、外の世界で踏ん張る仲間がいます。
実名報道をされデジタルタトゥーが残っても、一生懸命生きる前科者の仲間が居ます。
そして私も西高くんもその仲間たちも、自業自得で今のような人生を送っていることを十分に理解しています。
このブログを読んでくださる皆さんに知っていただきたいです
自分の犯した過ちと引き換えに、
家が借りられません。
クレジットカードが作れません。
銀行口座が作れません。
安易に海外旅行に行けません。
他にも言い出したらキリがありませんが、
私たちは現実から逃げず、再犯をしないという生き方を選択しています。
そういう生き方をしている前科者がいることを、少しでも多くの方に知っていただきたいです。
そして日本がほんの少しでもいい、一発アウトではなく、真剣にやり直そうとしている前科者に対して寛容になれる日が来ることを願い、私はこれからも活動を続けていきたいと思います。
この西高くんのブログが、今まさに犯罪を犯している真っ只中の人たちに届くことを心から願います。
前回と前々回のブログでは、待ち人卒業後にありがちなことを二週に渡って書かせていただきました。
自分と同じ境遇の人がいる、自分だけが辛いんじゃない、そう知ることは勇気や希望になると思います。
私自身、立川拘置所で進藤龍也牧師の講話を聞いて、「こんなクソみたいな自分でもやり直せるかもしれない」と勇気をいただいた一人です。
参考書を買っただけで勉強をした気になる
私がこのブログで一貫してお伝えしているのは、行動を起こし続けてほしいと言うことです。
勉強をするのに参考書やテキスト、問題集を買いますよね?
私は参考書を買っただけで勉強をしたような気になってしまう残念なタイプの人間です。(苦笑)
当たり前ですが、買っただけでは勉強になりません。
参考書を開いて、読んで、問題を解いて、実際に勉強という行動を起こすことで内容が頭に入ります。
私のブログも同様で、読んだだけで理解したような気にならず、実際に行動に起こしていただきたいと思います。
碧の森のHPに依存症者の家族は何処に連絡をすればいいか記載しています。
ぜひ一読していただき、一読するだけでなく電話をする・問い合わせをする・実際に足を運ぶといった行動を起こしてください。
公判にはお金をかけるのに、出所後や退院後にお金をかけられないのはなぜ?
以前こちらのテーマでブログを書いたことがあります。
少しでも減刑をしたい・自分の主張を聞き入れて欲しいから私選弁護人をつけるのに、出所後のケアになぜお金をかけられないのでしょう。
受刑中に差入れや面会をするお金はあるのに、無理をしてでも捻出しようとするのに、出所後の更生・回復に対してお金をかけないのはなぜでしょう。
依存症の病院も同様です。入院にお金をかけたのに、その後の通院や自助グループへの参加に積極的にならないのはなぜでしょう。
湯浅の言ってることは厳しい!うるさい!いちいち細かい!
前科者、待ち人さん、待ち人を卒業した皆さんの多くの意見はこれだと思います。
いちいち厳しすぎない?そんなの考えてたら疲れちゃう、もっと肩の力を抜いて楽に生きたっていいじゃん。
分かります。私も出来ることならばそう生きたいです。
楽して生きたい。逃げたい。動くの超面倒。刑務所で罪は償ったんだから堂々と生きたい。依存症や刑法、ハームリダクションのうんちくをあれこれ愚痴りたい。過去をさっさと忘れて今をエンジョイしたい。旦那にあれこれ言われたくない。
皆さん勘違いをされているかもしれませんが、私も上記のように思うことがあります。
じゃあ湯浅が思ったように生きればいいじゃん?好きに生きればいいじゃん!疲れないの??
はい。疲れます。
じゃあ、なんで疲れるような生き方してるの?
今の日本が前科者に寛容ではないことを痛感しているからです。
社会が前科者を排斥したがることを知っているからです。
何か事件が起これば「一生刑務所へぶち込んどけ!」といった意見が必ず出てきます。
そういう意見を見る度に、この人たちは刑務所がどんな所か全然知らないんだろうなと思います。
一生ぶち込んだとして、その受刑者の衣食住はあなたが支払う税金で賄われるんですよ、と。
被害者、被害者家族、加害者家族への攻撃も酷いです。
自宅や名前、勤務先まで晒られてそれまでの暮らしが一変します。
私の意見は決して厳しくないと断言します
「今の日本で」前科者が生きるのは本当に難しいことなのです。
私のブログの内容を厳しすぎると思うようでは、社会に出たらすぐに潰れてしまうと思います。
社会から排斥されたくないと少しでも思うならば、犯罪を犯したことのない人以上の努力と忍耐を続ける必要があります。
ぬるま湯で前科者や依存症者が「辛いね、嫌だね、これからどうしようね」と自己憐憫に浸る暇があるなら、更生と回復に全力を注いでほしいです。
私は本名も顔も出して活動をしています。前科があっても服役しても、私は今を一生懸命生きています。
法を犯すという一線を越えてしまった以上、人一倍の努力が必要なのです。
これまで犯罪を一回も犯したことのない人以上の忍耐と努力が、前科者には絶対に必要だと私は考えています。
努力しても報われないことなんてしょっちゅうです。もちろん失敗もします。やったことのない事柄に挑戦するのは苦しいです。
泣きます。辛いです。なんで私が……と思うこともあります。
でも絶対に投げ出しません。
コツコツ努力を続ける私の姿を見せることで、国民の皆さんが「こんな元受刑者もいるんだな」と、前科者への偏見が少しでも減ればいいなと思っています。
偏見を0にできないことは分かっています。
私の活動的には0になることが理想ですが、被害者の方が居る以上、少しでも減れば御の字です。
犯罪被害者と加害者の架け橋になることはできないか。
最近はその想いも強く、今後は被害者の方のお話を聞く機会も増えていくと思います。
厳しさに慣れた方が後々楽です!
前科者や依存症者は100%壁にぶち当たります。
予め厳しい環境に慣れておいた方が、問題が起こったとき簡単に心が折れなくなります。
だからこそ、このブログでは「甘やかさない支援、自立・自律ができる支援をしてください」とお伝えしています。
中にはその道で(ヤクザや半グレで)食っていく、と言う方もいらっしゃるでしょう。
一生依存行為を続ける方もいらっしゃるでしょう。
そういう方はそういう方で、我が道を突き進めば良いと思います。
被害者の方とお話をしました
一日一分でいい、被害者のことを考えてほしい。
被害者の方がおっしゃったこの言葉で、今日はブログを終わります。
薬物で服役された皆さん。薬物は被害者が居ない犯罪だと言われますが、あなたの家族やパートナー、友人、職場の関係者は被害者です。
私はこの言葉を重く受け止め、考えることをやめず諦めず、これからも進んで行きたいと思います。
後日改めてブログにまとめます。
来週はブログをお休みします
16日(金)のブログはお休みさせていただきます。
次回更新は23日(金)の予定です。
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前回のブログでは、待ち人を卒業した相談者Mさんに実際に起きていることを書きました。
このブログを書いている現時点でもお二人の変化は目まぐるしく、Mさんは精神的に大変疲弊しています。
Hさんの声を直接聞くことは出来ていませんが、恐らく焦り、苛立ち、憤りがあると思います。
Mさんは長らく碧の森のカウンセリングから離れていましたが、凍結される前の依存症子アカウント(Twitter)から、私はお二人の仲睦まじい様子を見ていました。
なぜ一緒に住むことになった?
お二人が一緒に住むことになった理由は、Hさんが保護会を出ることになり、同居せざるを得ない状態になったからです。
ここで強調したいのは「同棲」ではなく「同居」だということ。
MさんがHさんと人生を共に歩むには、Hさんがあらゆる意味で独立することが大前提です。
あらゆる意味での独立とは、社会人としての基本も含まれます。仕事をする、給料の中でやり繰りをするのは最低限クリアしなくてはなりません。
Hさんは依存症者ですので、定期的に依存症の病院や自助グループへ通うことも独立に含まれます。
一人で生活するスキルをHさんは身に着ける必要があります。
一人で生活が出来ないようでは、誰かと人生を歩むなんて夢物語です。
MさんはHさんが家を見つけるまで、一時的に同居をすることにしました。
今日は洗い物をやってくれる?
煙草買ってくれるならやるけど。
お二人が同居を始めてすぐ喧嘩が起こりました。
「今日は洗い物をやってくれる?」とお願いしたら「煙草買ってくれるならやるけど」と答えたHさん。
Mさんは当然怒ります。誰が聞いてもMさんに対する思いやりや配慮がありませんよね。
HさんはMさんの家に居候の身です。親しき中にも礼儀あり、夫婦でもカップルでも言っていいことと悪いことがあります。
もしかしたらHさんは軽い冗談のつもりで言ったのかも知れません。軽口です。
満期から6年が経過した私も、空気を読まずに軽口をたたけば夫は不機嫌になると思います。
例えばですが、夫との何気ない日常の中で「よく私の出所を待ってられたよねぇ~」とか、「受刑者だったことなんてもう忘れたわ~」とか、服役したことをまるで他人事かのように振舞ったり、過去を忘れたようなことを言えば、夫は怒るでしょう。
出所後どれだけ真面目に仕事をしようが回復をしようが、「私に(俺に)散々迷惑をかけてきたくせに何言ってんの?」となるのが人だと私は思います。
同居するとイネイブラー・共依存になりやすい
イネイブラー、イネイブリング、共依存って何?と思われる方も多いと思いますので、どういう意味か改めて書いていきます。
イネイブラー
→本人に自覚がないまま、依存症の類を助長する人のことを指します。例えばアルコール依存症の夫の吐瀉物や排泄物を片付ける等の世話をする。ギャンブル依存症者や薬物依存症者の借金の肩代わりをする。当事者のあらゆる不始末の尻ぬぐいをすることです。
イネイブリング
→依存症の人の世話を焼いたり尻拭いをしたりすることによって、依存を続けやすくしてしまう行動のことです。
共依存
→自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存していて、その人間関係に囚われている状態を指します。「人を世話・介護することへの愛情=依存」、「愛情という名の支配=自己満足」です。共依存者は相手から依存されることに無意識のうちに自己の存在価値を見出し、相手をコントロールし自分の望む行動を取らせることで自分の心の平穏を保とうとします。
イネイブラーもイネイブリングも、依存症当事者に自立してもらいたい、まともになってもらいたいという責任感からくる行動だと思います。
・我が子の借金は親が返済しなければ!
・パートナーのだらしなさは妻である(夫である)自分の監督不行き届きだ!
分かりやすく書くとこのような責任感です。
ですがそれ故に、当人は酒を断つ・ギャンブルを止める、薬物を止めるきっかけや底つきを得ることができません。
以前Aさんから学ぶこと、Aさんから学ぶこと#2、母と女の葛藤というブログを書きました。
このブログに登場するAさんのお父様がまさに共依存、イネイブラー状態に陥っています。
お父様の思考はこうです。
Aの息子を(小学校4年生)里親に出すわけにはいかない、里親に出せば可愛い孫と二度と会えなくなるし、Aが可哀そうだ。体力的にも辛いけれど自分がAの代わりに孫の面倒を見る。
Aさんの思考はこうです。
お父さんが面倒を見てくれるなら息子が里親に出されることはないだろう。とりあえず嫌なことは先送り、お父さんが何とかしてくれる。
イネイブリングの観点で言うと、お父様はAさんの息子さんの面倒を見るべきではなかった。
お父様が良かれと思って取った行動がAさんを堕落させ、結果的にAさんの息子さんは里親に出されます。
お父様がイネイブリングをしなかったらどうなっていた?
これ、気になるところですよね。
・イネイブリングをしてもしなくても、Aさんの息子さんは里親に出されていたと思います。
・イネイブリングをしてもしなくても、Aさんはまた刑務所へ戻っていたと思います。
え?結果が同じならイネイブリングしたっていいじゃない!そう思う方もいらっしゃるかも知れません。
短期的な結果に変化はありません。
長期的な目で見てください。
我が子を、パートナーを、いつまで黒子のように操りますか?いつまで尻拭いを続けますか?
あなたが死ぬまで?ではあなたが死んだあと、当事者はどうやって生きるのでしょう?
あなたが今起こしているその行動、お子さんやパートナーのためになりますか?
将来の幸せに繋がると、自信を持って言えますか?
分かっていても離れられない、
イネイブリングがやめられない
こうして文字にすれば、イネイブリングも共依存も良くないことだと頭では分かる。
でも実際に行動に移すことは本当に難しいです。
HさんとMさんの最初の躓きは、同居をしたことです。
保護会は長く居られる場所ではありません。それはお二人とも重々理解していたはずです。
必ず立ちはだかる問題が見えているのに、その問題の対処を先送りにしてしまったツケは、遅かれ早かれ必ずやってきます。
行く所に困ったなら家に来れば?愛する人への対応としては、正しい。
依存症者や前科者に対しては、甘い。下手をすると転落です。
出所直後の気持ちを思い出して!
2週に分けて書いたこのブログは、依存症者・前科者とそのパートナーの多くが陥りがちなことだと思います。
あなたの人生と、あなたの大切なご家族やパートナーの人生を、どうか長期的な目で見てください。
今のあなたがやっていること、本当に本人のためになりますか?
HさんとMさんがこれからどうなるか分かりません。
私と夫もこれからどうなるか分かりません。
このブログでは私の生い立ちから受刑生活、出所後に起きた問題や考え方の変化、日々起きていることをリアルにお伝えしているつもりです。
私がこのようなブログを書けているのは、受刑生活があったからこそです。
人は長い年月をかけて変化していくものです。
HさんもMさんも「そう言えば昔こんなことがあった」と思う日は必ず来ます。
そのときお二人が一緒に居るか、違うパートナーと一緒に居るかは分かりません。
私とHさんとMさんの3人でお会いした昨年9月、HさんはMさんの目を真っ直ぐ見てこう言いました。
「Mちゃん、本当に待っていてくれてありがとう。」
あの言葉に決して嘘はない。
Hさんの曇りのない目を、私は実際に間近で見ています。
あのときの言葉を、気持ちを、Hさんが思い出してくれることを心から願います。
たとえどんな結果になろうとも、後悔しない人生を送りましょう。
今日もこうして当たり前のように文字を読めることに感謝をし、1日を過ごしていただきたいです。
前科者座談会、11日(日)と16日(金)開催です
①11日(日)10:00~約2時間
②16日(金)19:00~約2時間
言いっぱなし聞きっぱなしの自助グループとは違い、座談会ではディスカッションをします。
前科者ならではの悩みを前科者同士で共有し、前向きに問題と向き合ってみませんか。
お申し込みは座談会専用LINE公式アカウントからお願いいたします。
前回のブログでは、母が私を虐待していたころの年齢と私の年齢が同年代になってきたと書きました。
今日は相談者さんが実際に直面している問題、待ち人卒業後の出来事について書いていきます。
相談者さんと彼と出所直後にお会いしました
出所した男性をHさん、待ち人の女性をMさんとします。
3人でカラオケボックスへ行きました。
今後起こるであろう問題について、待ち人視点と元受刑者視点(依存症者視点)でそれぞれお話をさせていただきました。
Mさん(元待ち人さん)に対してお話したことは以下です。
努力していることを褒めてもらいたい気持ちがHさんに必ず出てきます。これまでHさんがMさんにしてきた仕打ちを考えれば褒める気分になれないかも知れません。
昔より良くなった部分は、褒めなくてもいいので認めてあげて欲しいです。
出所後も甘やかさずにHさんが自立できる支援を続けてください。
これから必ず考え方のズレは生じます。Mさんは「Hさんに傷つけられた、苦労をさせられた」という思いから腹立たしさと苛立ちが起こり、Hさんには「これだけ変わったんだから少しぐらい認めてくれてもいいじゃないか」という気持ちが出てきます。
そのときにお互いが歩み寄れるのが一番ですが、これはお二人の一生の課題になると思います。
Hさん(元受刑者)にお話ししたことは以下です。
MさんはHさんの受刑前、Hさんの言動で散々傷付き、嫌な目にたくさん遭い、あらゆる尻拭いをしています。
Hさんがどれだけ回復と更生をしても、喧嘩をしたりMさんの嫌がることをすれば過去の記憶はすぐによみがえります。過去のHさんのやらかしは決して消えることはありません。
これだけ俺頑張ってんのに!努力してんのに!Hさんの努力が報われないことも出てくるでしょう。
でもよく考えてみてください。元々Hさんがしっかりしていれば服役することはなかったわけですから、全てHさんの責任だということを忘れないでください。
逃げたくなることもあるかも知れないけれど、元受刑者同士支え合いながら更生と回復に向けて頑張っていきましょう!
他にも色々とお伝えしましたが、待ち人と元受刑者のズレは必ず起こることを知っていただきたかったので、そこに重点を置いてお話ししたと記憶しています。
Hさんに気の緩みが出てきました
Hさんはお酒が好きです。Mさんは本音を言うとHさんにお酒を飲んで欲しくない。理由は服役前のHさんが「お酒でやらかした」過去があるからです。
3人でお話をして5ヶ月後、とある自助グループでMさんとHさんにお会いしました。
その自助グループはミーティングのあとに居酒屋へ行くことがありました。グループの主催者はHさんを飲みに誘います。
飲みに行かないで欲しい……と願ったのはMさんです。
私も誘いをはねのけて欲しいと思いましたが、HさんはMさんの顔色を伺いながら結果的に1時間だけ飲みに行きました。
HさんがMさんの顔色を伺うのは、飲酒をMさんが良く思っていないとHさんが理解している証拠です。
顔色を伺いながらも「このくらい大丈夫だよね?」と考えること自体が気の緩みです。
誰かのためにやめる、という認知は危険です。
読者の方の中には「お酒を飲んで欲しくないなら直接言えばいいのに、止めればいいのに」と思う方もいらっしゃると思います。
ここでMさんが「Hさん飲みに行かないで!私はお酒が入っているHさんは嫌い!」と言うのは簡単なんです。
MさんはHさんが自主的に「お酒をやめる」と決意しないと意味がないことを良く理解しているから、何も言わずに送り出しました。
MさんがHさんをがんじがらめにするのは簡単。いわゆるコントロールです。
コントロールされたHさんはやがて「Mちゃんの言うこと聞いてやってんのに!」となります。
私で例えます。
私は出所後にタバコを吸うようになりました。
それを夫が激しく咎め、「ふざけるな!俺のために止めろ!」と言ったとします。
私は自分のためではなく夫のためにタバコを止めます。しばらくはそれでもいいでしょう。
些細な喧嘩で過去のことを掘り返され、タバコを吸ったことを持ち出されれば、「あんたのために止めてんのに何で私が今あれこれ言われなきゃいけないんだよ!」となります。
誰かのために薬物、ギャンブル、飲酒、性的逸脱行為、自傷行為、窃盗、食べ吐き、買い物を止める。
初めのうちはそれでも良いと思います。
他人軸だといつか必ず「あなたのために止めてあげているのに」となります。
自分のために止める。
そのように考え方を変えないと、依存症からの長期的な回復は無理です。
MさんもHさんもお互いを尊重していました。
Mさんの腹の中は決して面白くない。過去の嫌な思い出もあるから出来るならばお酒とタバコは止めて欲しい。
でもHさんの考えや気持ちを尊重したい。いつかHさんが自ら気付く日が来る。
そう信じてHさんのやりたいことを応援していました。尊重していました。
Hさんも慣れない昼間の仕事を頑張りながら通院、自助グループへの参加を続け、保護会で生活をする日々を送ります。
保護会とは:保護会の正式名称は更生保護施設です。身元引受人が居ない場合、保護会が身元引受人となる場合があります。保護会の規則は厳しく、揉め事を防ぐために飲酒は不可、門限も決められています。刑務所の社会版、ある程度の自由が利く集団生活を送ることができます。
帰りを待っていてくれたMさんの期待に応えようと、今までやったことのない事柄に挑戦するHさん。
Hさんが保護会に居る間、喧嘩をしながらもその都度乗り越え、お互いを慮り、乗り越える度にお二人の絆が深まっていったと私は感じています。
お二人の関係が変化したのは、HさんがMさんの自宅に住み始めてからです。
保護会を6ヶ月で退所することになり、お二人は同居を始めます。
お二人の物理的な距離が一気に近くなります。嫌な部分も良い部分も、見たくない部分も目に入ります。
別居をしていたからこそ保っていられた境界線。
同居しながら互いに境界線を引くことは非常に難しいです。
知らないうちに踏み越え、気付いたら踏み込まれている……。
来週に続きます。
今日のブログはMさんに掲載の許可を取っています。
前回のブログでは、相談者さんのお話やブログのコメントからたくさんの気付きを得て、私も一緒に成長させていただいていると書きました。
誹謗中傷は別ですが、苦言や批判も自分を成長させる宝です。
母の命日が近付いています
母が亡くなったのは2017年6月4日です。今年で6年が経過しようとしています。
早いです。本当に早いです。
そしてもっと前に亡くなったような気がします。
多分その理由は、留置期間と服役期間を合わせて約2年4ヶ月、仮釈放から母の死まで約7ヶ月、計2年11ヶ月間一切顔を合わせることがなかったからです。
母は服役前の留置場、拘置所、刑務所ともに一切面会に来ることはありませんでしたし、公判の情状証人になることもしませんでした。
出所後もどこにいるか分からず、会えたと思ったら棺桶に入っていました。
私の知っている母はそこにはいませんでした。
幼少期は恐怖からとても大きく見えていた母ですが、棺桶の中で小さく、冷たくなっていました。
あんたは人間じゃない!
酷い母親!と思われる新しい読者の方がいらっしゃるかも知れません。
私が逮捕される直前の母は人工透析を週3回、4時間受けていました。
そんな母を平手で殴り、髪の毛を持って引きずり回しました。
お前の育て方が悪かったから今の私がここにいる。恨むならてめぇの過去を恨め!私を産んだことを後悔しろ!
そう言うと母も負けじと言い返してきます。「あんたは人間じゃない!」
幼いころに母から受けてきた暴力やネグレクト。
私はこれでもかと思いっきり仕返しをしました。思い知れ!どれだけ痛いか実際に味わえ!私が受けた痛みはこんなもんじゃない!
「人間じゃない?そんな私を産んだのは他でもないお前だろ?じゃあお前も人間じゃねぇよなぁ!?」
あの頃の私は、自分が受けた痛みと歪んだ復讐心を一緒くたにしていました。
私がおかしな道へ進んだことと、母の虐待・ネグレクト・両親の教育方針は全く別の問題です。
私はこのままじゃあの子に殺される
そう夫に言い残し、母は居場所を知らせることなく私の前から消えました。
正確には私から「逃げた」のですが、今なら分かります。
母は私から逃げざるを得なかったのです。
殺されると思っている人間の面会や情状証人になる人は、居ません。
私は母から捨てられて当然の仕打ちをしたのです。
私に虐待をしていた頃の母と
大体同じ年齢になりました。
私は12月で44歳になります。私に辛く当たっていた頃の母と大体同じ年齢になりました。
命日が近いなー、6月4日は日曜だから午前中に霊園へ行ってやるか。
そんなことを考えながらお風呂で髪の毛を洗っていました。鏡に映る自分を見ます。
歳を取りました。最近はあらゆる面で衰えを感じています。
でも43歳で白髪が一本もないのは有難い。今後白髪が生えてきたらカラーリングせず、近藤サトさんみたいなグレーヘアーになれればいいな。
…………遺伝か。
思い出します。私が小学生のころ、母は白髪が無いことを私に自慢していました。
母に白髪が生え始めたのは55歳を過ぎてからだと記憶しています。
「あんたは私と髪質が似ているからきっと白髪は生えないわ、感謝しなさいよ」
感謝ね。
そうだね、私はお母さんに似て肌はきめ細かいし、白髪はないし、首にシワが一本もない。そこは感謝してる。
あれだけ憎んだ母から
受け継いだものがたくさんある
母が私に激しいネグレクトをしていたのは40代。私も同じ年齢となりました。
母は40歳~55歳くらいまでが一番荒れ狂っていたと思います。
私は小学生から17歳くらいまで、母の逆鱗に触れないようビクビクしながら生活していました。
どれだけ顔色を伺って生活しても母の「逆鱗スイッチ」がどこにあるのか全く分からないので、結局いつも酷い仕打ちを受けていました。
母の閉経は早かったので、恐らく私も早く閉経するでしょう。
子どもを持つ気のない私にとって生理は煩わしい以外の何物でもありませんので、今すぐにでも閉経してほしいです。
白髪がないこと、肌のキメ、早めの閉経。これは気に入っている部分。
幼いころあれだけ嫌いだった母の嫌な部分も、両方受け継いでいるなと思います。
私と母は紛れもなく、血がつながっているんですよね。
母と同年代になって
子どものころの親は自分にとって絶対的な存在でした。
正しくて、当たり前を教えてくれる存在で、全てでした。
碧の森を始めて3年、現在43歳。
相談者さんのお話を聞いてきて、完璧な親など存在しないし、どんな親御さんも悩みながら子育てをして来たことが分かります。
お母さんもきっと悩んだだろうな。
私をどう育てていいか分からなかったんだろうな。
自分も虐待を受けてきたから、それが正しいと思ったんだろうな。(世代連鎖が起こった)
幼少期から30代中盤まで、恨みに恨んだ母。
服役中に散々自分の人生の振り返り、棚卸しをした現在、お母さんへの恨みの気持ちはなくなりましたか?と問われれば、完全に0になったわけではありません。
私が受けた心の痛みや傷は記憶に深く刻まれ、一生残り続けるからです。
過去の私と今の私の大きな違いは、慮る、想像することができるようになったこと。
母は私と言葉を交わす直前に亡くなったので、答えを聞くことは一生叶いません。
ですがそれもまた母からの宿題、プレゼントなんだろうなと思います。
あんたは一生をかけて考え続けなさい!
最近は母にそう言われているように感じています。
会う予定の4日前に母が死んだことにも、必ず意味がある。
これは私にとって都合の良い解釈ですが、それでいいと思っています。
都合の良い解釈をすることで、自分が成長できるのならそれでいい。
6月4日は最近の気付きや想いを、母へ報告して来ようと思います。
相変わらずTwitterは凍結中です
よっこい症子アカウントが凍結解除の妨げになっている可能性があるとアドバイスをいただき、アカウントを削除しました。
今後アカウントを作成するか分かりません。また進捗をお知らせできればと思います。
前回のブログでは、前科者や依存症者はすぐに答えや結果を求めがちだと書きました。
待つことが苦手。コツコツ積み上げ続けることも苦手。
1段飛ばしで階段を駆け上がって誰よりも早く目的地に到着しているかと思いきや、自分よりも先にゴールしている人がたくさんいる。
あれ?スタートダッシュしたはずなのになんで遅れを取っているんだろう。
ブーストをかけますが持久力はなく、長期戦に向かない。やがて息切れしてギブアップ。
私の人生はずーっと、ずーっとこんな感じでした。
勝手にスタートダッシュをして勝手に息切れして、音を上げるのも早い。
逃げて投げ出し続けた結果、刑務所へ行くことになりました。
過去を思い返しても、幼いころから全てのことから全力で逃げてきました。向き合わずに見ないフリをしてきました。
見ないフリをしてきたツケは本当に大きくて、今になって苦しい思いをすることがたくさんあります。
相談者さんの声を聴いて
最近カウンセリングをさせていただいた相談者さんのことを考えます。
相談者さんが努力をして、自分を見つめて、気付きを得て変化していく様子を見るのはとても嬉しいです。
ここで言う変化とは、方向性が明らかに変わったことを指します。
・恨みの気持ちから赦しや埋め合わせへ
・可哀そうと思うことをやめて自立・自律を促す支援へ
・相手に向いていた矢印が自分に向くようになり、自分軸へ
こう文字にしてみても、どれもすごい変化だと思いませんか?
湯浅さんのおかげです
そう言ってくださる方が、有難いことにたくさんいらっしゃいます。
その言葉を聞くと嬉しいですし、やり甲斐を感じますし、この仕事を続けて本当に良かったなと思います。
人は必ず変われることを、皆さんが体現してくれる、私に示してくれる。
皆さんの変化を感じることが、どれだけ私の勇気になるか。
そのことに皆さん気付いていないかも知れないなと思って、今日のブログを書いています。
そんな皆さんに、声を大にしてお伝えしたいことがあります。
私は何もしていません。
皆さんが私を見つけてくれただけで、私は何もしていないです。
私を見つけてくれて、ブログを読んでくれて、気付いて、悩んで、勇気を持って一歩踏み出したのは、私ではなく皆さんです。
私はただブログを書き続けているだけです。
何とかしたい!変わりたい!状況を変えたい!そう強く願い行動を起こしたのは、他でもない相談者の皆さんです。
皆さんが多くの方と出会いながら、時間をかけて少しずつ変化していく姿を見ることは、私の生き甲斐となっています。
他人と比べず、過去の自分と今の自分を比べてください
これも何度もブログでお伝えしていますね。
不思議ですが、今の私は誰に何を思われてもどうでもいいと言うか、人の顔色を伺ったり、嫌われたくないという気持ちがなくなりました。(好きな人は別です笑)
ブログを書いていてもそうです。私はバックボーンの無い一人の人間です。誰にも忖度しなくていいし、世の中全員に気を使う必要はありません。
どこかの企業に属していれば発信できる内容も限定されていくでしょうし、言いたいことが言えなくなってしまう可能性もあります。
私の発信を気に入ってくれる人も、見たくもないと毛嫌いする人も、色々な意見の人が居ていい。
私は今のスタンスをとても気に入っています。
過去と比べたらなんて生きやすいんだろう。
アダルトチルドレンや依存症から回復を続けると、とっても生きやすくなります。
回復や成長の姿勢を
相談者さんから学んでいます
相談者さんだけではなく、コメントをくださる皆さんからも学ぶことがあります。
自分の立ち位置で思うことも考えることも変わると以前のブログで書いたことがありますが、色々な立場の方の率直な意見は私の宝です。
宝なんて大袈裟でしょ?そう思う方もいらっしゃるかも知れません。
受刑前の私は宝をどんどん処分していました。見たくないものは目に入れない。聞きたくないものは聞かない。
見たくないものや聞きたくないものが「宝」の一つであったと、今なら分かる。
相談者さんにとって、私のブログを読むことやカウンセリングは耳の痛いものだと思います。
耳の痛い事柄を決して投げ出さず、真摯に向き合ったから今の変化を手にした。そのことに自信を持ってください。
私は皆さんの変化から多くのことを学んでいます。勇気をいただいています。私も頑張ろうと思えます。
私はこれからも、皆さんからたくさんのことを学びたいです。
これからも決して後ろ向きにならず、前を向いて、一緒に歩き続けてくださると嬉しいです。
皆さんと出会えたことは、私の一生の宝物となるでしょう。
皆さん、私を見つけてくれて本当にどうもありがとうございます。
前々回のブログは心療内科に通い始めて4年が過ぎ、過敏性腸症候群の調子が改善されてきたこと、色々な人に会いに行けることは決して当たり前ではないと書きました。
前回のブログは、座談会の公式LINEアカウントを作成したと書きました。
登録をいただいた皆さん、チャットを送ってくださった皆さん、本当にありがとうございます。
碧の森座談会の公式アカウントは、あくまでも座談会専用です。
それとは別に「碧の森 公式LINEアカウント」を作成しています。
こちらのアカウントは5月中旬から発信を始める予定です。
これまで碧の森をご利用いただいた相談者さんに対して、GW明けに個別にLINEやメールでお知らせをさせていただきます。どなたでも登録可能、ウェルカムです。
コンサルタントさんの意見
碧の森のHPはコンサルタントさんと一緒に3ヶ月かけて作成しました。
利用規約・特定商取引法・申し込み方法以外は全て、私自身が考えた言葉です。
以下の2つで説明していきます。
あなたがやっていること、本当に本人のためになりますか?
その差入れ、本人の更生に本当に必要ですか?
誰でも理解ができて、短文で、尚且つ印象に残り、疑問を投げかける文章を書く。
これ、簡単なようで結構難しいです。
まず、私が伝えたいと思っていることを全て書き出します。
その中からコンサルタントさんが「私が一番伝えたいと思っていること」をヒアリングしながら見つけ出し、この短いフレーズが採用されるという工程です。
全て書き出す作業がまず大変です。
書き出した後は「なんでこう思ったの?」から始まり、「何を、誰に、どうやって伝えたいの?」へ続き、「どうしてそれを湯浅さんが伝える必要があるの?」まで発展していきます。
まさに5W1Hです。これがブレたときに人は必ず迷走します。
5W1Hとは、
When:いつ
Where:どこで
Who:誰が
What:何を
Why:なぜ
How:どのように
元々明確であった私の5W1Hを、コンサルタントさんはもっと細分化してくれます。
コンサルタントさんの意見は身内の夫よりも的確です。弱点をズバリ言ってくれます。
身内というフィルターは、ときに甘さを生むものです。
LINE公式アカウントを導入してみては?
今回そう提案をしてくれたのはコンサルタントさんです。
実は碧の森のHPを作成した際にLINE公式アカウントの運用をした方がいいと言われましたが、私が乗り気ではなかったのです。(当時はLINE@です)
その理由はTwitterである程度の発信をしていたことと、宣伝自体を私があまり好まないからです。
今回Twitterアカウントの凍結を受け、どのSNSもいつ制限に遭うか分からないなと感じました。
発信方法を分散させる必要が出てきました。一つのツールが潰れても困らないようにするにはどうすればいいだろう……
久しぶりにコンサルタントさんに連絡を取り事情を説明し、LINE公式アカウントの運用を始めることにしました。
答えを探すことを諦めない
LINE公式アカウントの運用にあたり、HPを変える必要が出てきました。
その話し合いの中で、コンサルタントさんにこう言われました。
湯浅さんは答えを出すのが早すぎます。これは嫌、これは面倒、これはやりたくないで片付けるのは簡単です。答えを探そうとすることを諦めないで続けてください。それが碧の森の相談者さんのためでもあるし、何より湯浅さんの学びになるんだから。
答えを探そうとすることを諦めないで続けるって、しんどいです。
探している間は答えが出ないのですから。
冒頭に書いた碧の森を立ち上げる際の作業。
誰でも理解ができて、短文で、尚且つ印象に残り、疑問を投げかける文章。これ、簡単なようで結構難しいです。
まず、私が伝えたいと思っていることを全て書き出します。
全て書き出すことに何の意味があるの?コンサルタントさんが考えた方がいいものが出来上がるのに。
2年前はこう思っていました。
湯浅さんが全てを書き出したからこそ、あのフレーズが出来上がったんでしょ?
コンサルタントさんはそう言いました。
全てを書き出したからコンサルタントさんが「これ!」と思う言葉を見つけてくれた。
何だよ!と思いながらも言葉を出し尽くした結果、碧の森が出来上がったのです。
答えを出すことを諦めたらどうなるか?
柔軟性がなくなり、視野が狭くなり、自分の意見を押し通し、考え方が偏ってしまうでしょう。
私にとってコンサルタントさんとの打ち合わせは、カウンセリングのようなものです。
HPを作成する「だけ」なら、ここまで踏み込んだ話はしないかも知れません。
私がブレることなく活動をしているか、しっかり見てくれる人がいるのは本当に有難いことです。
前科者や依存症者、ACはすぐ答えや結果を求めがちです
答えや結果、すぐに欲しいですよね。
知ってるなら教えてよ!って思いますよね。
それだときっと、身に(実に)ならないと思います。
悩んで悩んで絞り出した答えが自分を成長させていくのだと、今回のコンサルで改めて思い出すことができました。
人生は思い出しては忘れ、この繰り返しです。
思い出させてくれる人が自分の周りに居ることは、とてもとても幸せなことだと思います。
Twitter、別アカウントで仮復活してみました
アカウント名は「よっこい症子」です(笑)
いつまた凍結されるか分かりませんので低浮上です。ギャグアカウントだと思っていただければ幸いです。
https://twitter.com/izonshouk0
魔力が暴走したマヒャドをくらってガチガチに凍っています。
— よっこい症子 (@izonshouk0) May 2, 2023
自然解凍されたらラッキーくらいのノリと低浮上がモットーです。
今日は前科者と元受刑者の皆さんにご報告があります。
座談会の公式LINEアカウントの運用を始めました!
こちらは「碧の森 座談会」の公式LINEアカウントです。
URLはこちら↓
参考までに、友達登録をするとこのようなメッセージが届きます。
前科者座談会を月2回、試験的に開催しています
これまで何度もSNSやブログで前科者座談会の紹介をしてきました。
前科者座談会って何?と思われる方もいらっしゃると思いますので、改めて簡単に説明させてください。
前科者、元受刑者にしか分からない苦しみ、辛さ、生きづらさがあります。
・出所後、あるいは執行猶予後、どう生きて行けばいいか?
・就職の際に職場に前科を打ち明けたか?
・出所後の人間関係が上手くいかずに悩んでいる
・困っていることはあるが相談相手がいない
前科者の性別や家庭環境によって悩みは様々だと思います。
それぞれが抱える悩みを前科者みんなで考え、ディスカッションをし、気付きを得ながら乗り越えていく。
前科者座談会では、犯罪を犯す前より前向きな人生を送ることを目標としています。
座談会に少しでも興味のある方は
ぜひ友達登録をしてください!
LINEのアカウントを知られたくない人はたくさんいらっしゃると思います。
友達登録をするだけなら、私にアカウントを知られることはありません。
チャットを送ると、登録名とアイコンは表示されますのでご注意ください。
毎月1日、公式アカウントから開催日時を告知します
これまではTwitterで告知をしていましたが、Twitterアカウントの凍結解除の見通しがたちません。
今後はLINE公式アカウントから開催日時のお知らせをさせていただきます。
前科者・元受刑者の皆さんの登録を心よりお待ちしております。
待ち人座談会と
待ち人卒業後座談会
今後、碧の森の座談会では「待ち人座談会」、「待ち人卒業後座談会」も開催する予定です。
不思議ですが、待ち人が終わったらブログをぱたりとやめてしまう人が多いと思います。
幸せだからブログで吐き出す必要がなくなった方もいらっしゃるでしょう。
その逆で、大切な人に振り回されたり、犯罪行為に走りそうになったり、また塀の中へ戻ってしまった方もいらっしゃるでしょう。
喧嘩が絶えない、次々と問題が起こるという方も多いのではないかと思います。
そのような方たち同士、同じ立場同士で語り合う場が必要だと私は考えています。
待ち人座談会、待ち人卒業後座談会を開催する際は、改めてこちらで告知させていただきます。
待ち人さん、待ち人が終わった方も、公式アカウントへの登録をしていただけると幸いです。
拡散のご協力をお願いいたします!
私はこれまでブログを書いてきて、拡散のお願いをしたことは一度もありません。
Twitterの凍結もあり、私には拡散をするツールがFacebookとInstagramしかありません。
このブログを読んでくださる皆さん、昔からの読者さん、拡散にご協力いただきたいです。拡散の方法は皆さんにお任せいたします。
LINE公式アカウントのリンク、ブログのリンクをTwitterで拡散していただきたいです。もちろんリブログでも大歓迎です。
皆さんの力を貸してください!
どうぞよろしくお願いいたします。
前回のブログでは、国家資格キャリアコンサルタントを取得した経緯を書きました。
前回、前々回とたくさんのお祝いコメントをいただきました。あたたかいお言葉、本当にどうもありがとうございます。
私は2017年5月3日に満期を迎えています
私は2016年10月26日(水)に仮出所し、2017年5月3日(水)に満期を迎えました。
満期からそろそろ丸6年。月日が経つのはあっという間です。
仮釈放中に選挙がありました。
夫にだけ投票所整理券が届いたとき、私はまだ受刑者の身分なんだと自分を激しく卑下したことも、懐かしい思い出となりつつあります。
選挙前に届く投票所整理券。
普通に生活をしていれば整理券を見るのは当たり前。届くことに何の疑問も感じないでしょう。
私は選挙権があることを幸せだなと思います。その理由は、
自分が日本国民だと国から認められている証拠だからです。
仮釈放中に選挙がなかったら、きっとこんなふうに感じることはなかったと思います。
夫の名前だけが印字されている整理券の宛名を見て、自分が社会から置いてけぼりにされているように感じました。
受刑前は当たり前だったことが当たり前じゃなかったんだと、社会に戻ってから気付きます。
月1回の病院通い
私は月1で心療内科と内科に通っています。
以前からブログに書いていますが、私は過敏性腸症候群です。受刑中に症状が出始めました。
その要因はたくさんあり、元々お腹が強い方ではないこと、人の顔色を伺いながら生きてきた成育環境、思考のクセ、過去の自分が汚いモノ=便と結びついている、閉所恐怖などが挙げられます。
現時点では、内科的治療(漢方薬の服用)と精神的治療(カウンセリング)、両方で寛解できればいいなと考えています。
前は完全に治したい!と思っていたのですが、このような完璧主義が自分を追い込み、身体の異変を引き起こしていることを出所後に学びました。
適当の「適」は適度の「適」です。あまりにも適当な人はどうかと思いますが(笑)、
適度に手を抜き、適度に休み、適度に仕事をし、適度にサボることも大切かなと思います。
ネイリスト試験を受けているころ
ネイリスト試験を受けているころは、下痢と腹痛との闘いでした。
その当時マンションに住んでいたのですが、エレベーターで1階まで下りて急にお腹が痛くなるなんてしょっちゅうでした。
家にいる間は全然平気なのに、一歩外に出ると腹部に違和感を感じます。電車も車も乗るのに一苦労です。
受刑前は公共交通機関を使うことはあまりなく、主に車で移動をしていました。お恥ずかしい話ですが43年間生きてきて、バスに乗ったのは10回あるかないかです。
過敏性腸症候群の症状も無かったので、高速の渋滞もたまに乗る電車も、何とも思っていませんでした。
出所後は家を出れば腹痛と下痢。そんな状態で首都高は走れませんし、トイレの付いていない電車には怖くて乗ることができませんでした。
この生活はものすごく不便で、人と一緒に行動をすることが怖くなっていきます。
「人と一緒に居るのにお腹が痛くなったらどうしよう……」、この考えがグルグルし始めたらもう止まりません。
こんな生活は嫌だ、何とか治したいと思い、初めて大腸カメラの検査を受けます。
でも内科的な疾患は見つかりません。医師は漢方薬を処方し、「精神的な問題かもしれないから心療内科の受診も検討してください」と言いました。
このときから半夏瀉心湯という漢方薬の服用を続けています。
昨日は心療内科の受診日でした
過敏性腸症候群の内科的治療は漢方薬で十分。
では心療内科で何をするかですが、1ヶ月間に起きた出来事、症状や気持ちの変化を伝えるのが主です。
昨日は国家資格キャリアコンサルタントに合格したことを伝えます。
キャリアコンサルタントを取って何をするの?と聞かれたので、今後の見通し、やること、私の人生目標をお伝えします。(時期が来たらブログでご報告します)
診察と言うより、先生と世間話をするために通っているような感覚です。
この世間話は私にとって新鮮で、新しい知識を得られて、これをやってみよう!挑戦してみよう!探してみよう!様々なきっかけを与えてくれます。
4年の間に、先生との時間は「診察」から「何かと出会える時間」に変化していきました。
私の挑戦をずっと聞いてくれました
私は先生に多くの報告をしてきました。
ネイリスト検定の合格、アロマテラピー検定の合格。このころから少しずつではありますが、下痢と腹痛が減ります。
元受刑者だから出来ることがあるんですと熱弁してみたり、産業カウンセラー養成講座でたくさんの人と出会い刺激をもらえて楽しいと報告したこともあります。
産業の筆記試験に3回も落ち、自分は勉強ができないのだと真剣に悩んだこともありました。こう勉強すればいいよ!というアドバイスもいただきました。
産業の筆記を受けるころには下痢も腹痛も激減しますが、電車はグリーン車、車移動では高速道路を避けることに変化はありません。
産業の試験に受からないであろうと知ったとき、悔しいし理不尽だけど、社会の意見として受け入れるとお話したのは、つい最近です。
そして今回、国家資格キャリアコンサルタント合格の報告。
先生は出所後の私の挑戦を、医師と言う立場からずっと見てくださいました。
4年が過ぎて
「湯浅さんがここに来るようになってもうそろそろ4年が経つんだね。症状もだいぶ改善されているね。」
……4年か。もう4年も経つのか。
あんなに下痢と腹痛に悩まされていたのに、過去と今を比べると圧倒的にその頻度は減っています。
カルテによると2019年9月が初診だそうです。4年前は病院へ通うときもお腹を壊していました。
今はグリーン車を使わなくても、15分程度の時間なら普通電車に乗れるようになりました。首都高も渋滞がなく短い距離なら乗れるようになりました。
最近神奈川県へ行くことが多いですが、「誰かと」「一緒に」「どこかへ行く」、「誰かと会う」ことは
私にとって決して当たり前のことではないし、ましてや簡単なことでもないのです。
4年前の湯浅静香は家を出ることさえ難しかったのですから。
人はゆっくり変化するものだと思います
ブログの冒頭にこう書きました。
夫の名前だけが印字されている整理券の宛名を見て、自分が社会から置いてけぼりにされているように感じました。
投票所整理券が届かないようなことをしでかしたのは、他ならぬ私自身です。
そこで卑屈になるのはおかしい。だって私はそれだけの犯罪を犯したのだから。事実をしっかり受け入れる必要があります。
この事実を、タイムマシーンに乗って過去の自分に伝えたとします。
「そうか!私が悪いんだ!」と瞬時に理解し、切り替えて生きていけるでしょうか?
現実を直視して勝手に疎外感を感じ、ときには卑屈になって、再度これまでの人生を振り返って、噛み砕いて腹に落とし込み、
今の活動をしようと決めて、動き始めて、やっと答えが見えてきたような気がする程度になるまで、7年弱かかっています。
腹痛と下痢に関して言えば、4年前より格段に良くはなっています。
4年の年月が経っても、まだ長時間の普通電車での移動、高速道路の移動はできません。
言い方を変えます。
4年間行動を続けることで、気兼ねなく人と食事をしたり、神奈川県までグリーン車で行けるようになりました。
私は弱いです。
弱いからこそ、勇気を持って一歩踏み出し、挑戦を続けています。
今は卑屈になることも減り、色々な人と出会う機会に恵まれ、繋がるご縁に心から感謝しています。
私は普段からブログで「このご縁に感謝します」と書きます。その理由は、
4年前の私のままなら、皆さんと実際に会うことは叶わなかったと本気で思うからです。
当たり前じゃないんです。選挙権があることも、こうして出かけられるようになったことも、電車や高速に乗れるようになったのも、当たり前じゃない。それはとても幸せなことなんです。
今日のブログは湯浅の出所後、ひねくれて卑屈でヘナチョコで、外に出ることもできなかったころのお話でした。
LINE公式アカウントの運用を始めます!
Twitterの凍結解除の見通しが立ちませんので、LINE公式アカウントの運用を始めます。
またブログでお知らせさせていただきます。










