long island sound -23ページ目

東京病院

4時頃体育館に行こうと、ホストファミリーのアパートを出かけた。外に踏み出すと身体が軽く感じて、交叉点で青信号を待っていたらついに走り出したくなった。最近寒い日々が続いているから、身体を動かさないと、と強い風に押されながら自分に言い聞かせた。交叉点の向こう側には、救急車のような自動車が、警備の制服を着ていた人々に囲まれて待機していた。消防庁の車だったらしい。人の群がりを避けるよう、道の反対側に渡って行くことにした。


青になったら傍に待っていた中年女性に先駆けて走り出した。店が軒を連ねていた緩やかな坂道を軽快な足取りで乗り越えて、大きな病院の前に来た。広い駐車所の前に立っているサインは「東京病院」という。ホストファミリーのお母さんのことを思い出したが、あまり気にかからなかった。病院の棟から上を見上げたら、透き通った秋空が見えた。下がりかかっている夕日のオレンジ色の光に染まった雲をみて感動した。カメラを持って来なかったことを後悔したが、この間雲について思ったことは、あの時は思い出さなかった。

救出

近代文学の講義には早く着いたが、時間になっても教授はなかなか来ない。立って歩いている時は心強い気持ちになるけど、座ると何故か弱気になる。頭を机の上に載せて窓の外を眺める。今日東京は曇りだ。


20分程経つと、カジュアル服の男性(大学院生だろう)が講義室に入って、休講になったと述べた。が、これを機会に皆に調査への参加を頼んだ。協力するかどうかは自由だが、僕は勿論参加することにした。


調査のトピックは「援助行動と後ろめたさ」。後ろめたさという単語が知らなかったので、辞書を引いてみる。


うしろめたい【後ろめたい】

① あとの事が気にかかる。こころもとない。

② やましいところがあるので気がひける。「前にも迷惑をかけているので頼むのが-・い」


殆どの問いは、誰かに頼まれたが断る時の気持ちについてだった。例えば約束へ急いでいる最中に友人になくした財布を一緒に探して欲しいと頼まれたとか、よく授業をサボる知り合いに「ノートを貸して」と頼まれたとかといった時に、断ってからどんな気持ちになるかという問いは多かった。そして、もしあなたが実際に頼まれたらどうするかという質問もあった。僕は、嫌いな人に頼まれる場合でも、大きな負担になる場合でも、「絶対に手伝ってあげる」という選択肢に丸を付けた。


それは、僕は優しいからとか、良い人だからとか、全くそういう訳ではない。子供の頃から、僕は自分のことを最低の人間だと思い込んでいる。そしてそれを口実にした。どうせ最低だから、無責任で人を傷つけることも、嫌なことがある度に逃げることも当然だろう、と。


では何故頼まれたら絶対に手伝ってあげるのか。それは、自分を助けるよりも、他人を助ける方がずっと簡単だから。

赴任

この頃余り更新していない理由は数多くあるが、その中の大きなのは忙しいからだ。もう一つは、まずやりたいことがあったんだ。忙しいのはこれからも同じだが、この間やりたいことを一つやってしまった。


夕べ携帯に電話が入った。この間受けた面接の結果で、僕を採用してくれたビリヤード店の店長だった。今夜の9時から、六本木店で深夜のシフトを働くことになる。持っていくものは、黒の革靴、黒い靴下、黒のベルト、無地の白いTシャツと、後ノートと通帳と印鑑。印鑑はないが、靴下と靴はホスト・ファミリーから借りて、ベルトとTシャツは家庭教師と会ってから買いに行く。


僕は今まで何人もの人々の力を借りてきた。そして今晩、借りた靴を履いて、しっかりと恩を返す。

自惚れ

うちの大学では来週、学園祭が催される。僕が属している文学会は堀江敏幸という有名な作家を招待するから、色んな準備でこの頃は結構忙しい。その上、ホストファミリーに勧められてスピーチコンテストに出場することになって、せっかく皆歓迎してくれたから主催している部にも入った。面倒くさい時もあるけど、サークルに入って沢山の新しい友達に出会えて嬉しい。でもサークルとは週に一回ぐらいしか部員が集まらなくて、親しくなる機会がなかなかない。今度編入したら、練習の多い体育系の部に入ろう。


じゃあ、本題の「自惚れ」に入るが、前述のスピーチコンテストの為に、出身地の写真を持って来るように頼まれた。写真を撮るのが好きでニューヨークを溺愛(?)しているものの、古いパソコンを取り出してマイ・ピクチャを開いてみると、保存しているのはマサチューセッツと日本の写真ばっかり。ニューヨークの写真もあるけど、その殆どは昔の携帯で撮ったもので、どっちもぼやけていて使えそうな映像は一つもない。 寧ろ圧倒的に多いのは、自分の顔の写真だ。普通撮るのは好きで撮られるのは嫌な僕だが、鏡代わりに携帯で撮った映像を使って見た目をチェックしたのはしばしばだ。その他、退屈を潰す為に撮った写真と、飲み会とかで友達が撮ってくれた写真を含めて、なかなか豊富なギャラリーができた。


自分の見た目は結構醜いと思うけど、昔の僕の写真を見ていたうちに魅力を感じた。特にumassでの最後の日々は凄い。不規則な生活に伴った最悪な体調と不潔な格好と、顔にぽつぽつと隆起しているニキビに、何故か感動してしまった。


彼の頑張っている様子に憧れている訳じゃない。大体あの頃、本当に頑張っていたかどうかさえも疑問だ。性格も最悪だったし、いい所は一つも思いつかない。それでも、彼は魅力的だと思う。


思いっ切り自慢しているように聞こえるかもしれないけど、実は自分がその彼と同じ人だとはとても思えない。自分がどれ程変わったかに驚愕していると言うより、真っ赤の他人を見ているという錯覚に陥っているぐらいだ。


とはいえ、殆ど変わっていないところもある。昔の問題は解決していないままだ。でも、それは以前と変わってないものとは感じないで、ただ二人が偶然共通している欠陥だとしか思えない。それでも、彼の方がずっと勇ましくて格好いい。日本に来て、自分を改善しようと思ったのに、本当は創造したイメージから遠ざかっているばかり。問題から逃げているばかりか、そもそも何が問題で何が理想だったのか分からなくなってきた。一方、彼は自分が何をしたいかきちんと分かっている。


彼は今の僕を見たら、何を言うのだろう。想像もつかない。

教科書を読むだと?preposterous!

今日法律学と西洋政治史の二つの講義に行った。どっちも客員教授がなさっている授業だ。法律学は全学共通科目で、アメリカで100番台のクラスを取る様な軽い気持ちで入ったのに対して、法学部に附属している西洋政治史の初講義に参加したら、「100人の君たちの中に20人程度は失格する。残る者の中に50人位はDを取って、Aを取る者は10人も過ぎないだろう。」と教授に脅かされた。


うちの大学で交換留学生が一般学生用のキャンパスで講義に参加するのは滅多にないが故に、履修登録を提出する前に、参加する授業の先生一人ひとりの承諾を得なければいけなかった。特別扱いはして欲しくないけど、一応事情を先生に説明して、参加することを認めてもらえるから喜んで挨拶し回った。メインキャンパスで勉強する外国人の中でも西洋人は僕一人位だし、おまけに余計に目立つ金髪の人間で、何の断りもなく授業に参加したら道に迷った観光者だとか勘違いされそう程だ。先生と少し話をしたら、一応日本語が通じることを証明して、お互いに少し安心する。それから経済学と文章構成法の教授方みたいに授業中で僕に質問してくださる先生も少なくないから、仮に正規学生になったとしてもまだ挨拶をした方がいいだろう。


ちなみに法律学の先生との初対面で、余り良い印象を受けなかった。僕が参加することに関してOKだったし、特にこれといったものはなかったが、何となく気まずかった。僕はそんなどうでもいいことで人を尊敬しなくなりがちな餓鬼だから、無意識のうちにあの先生の授業を舐め始めてしまった。でも、いくら全学共通科目とはいえ、日本語で行われる講義だから、油断したらすぐに分からなくなって困る。必死に聴く西洋政治史だって、このままだと絶対に失格する20人の一人になるに違いないと思う。日本の大学でも成功できる自信はあるけど、決してアメリカで通っていた大学のような簡単なものではない。


今の時期にできることは、参考文献を読んで、毎週真面目に講義に臨むぐらいだ。自分で選んだ細胞生物学の巨大な教科書や先生に推薦された立憲主義に関するハードカバーを手元に置いて一章一章自分の言葉でまとめてパソコンで保存する。西洋政治史の枠組みとして使われた英語の教科書をamazon.comから注文して、それが届いたら翻訳でもしようかと思っているのだ。


問題は、先生に薦められた書物でも、その殆どは試験範囲にならないものばかりだ。専門用語を身につけて基礎をきちんと習う為には非常に便利だが、もし学期の中間になってもまだ不安だったら先生に相談をせざるを得ないだろう。でもそれに至るまではできるだけ自分の力でやっていきたい。