「いやでも目は覚める」 (「アイロンのある風景」)
- 村上 春樹
- 神の子どもたちはみな踊る
家出中の女の子(=順子)と関西弁を話す中年のおじさん(=三宅さん)が海辺で焚き火を囲って話しております。そしてある約束をします。順子はしばしの眠りにつくことにします。その時の会話。
「少し眠っていい?」と順子は尋ねた。
「いいよ」
「焚き火が消えたら起こしてくれる?」
「心配するな。焚き火が消えたら、寒くなっていやでも目は覚める」
ロウソクとか焚き火っていうのは、なんていうか求心力がありますよね。
焚き火かぁ、・・・ 僕にとっての「焚き火」っていったいなんなのだろう・・・。
★★★★★★★★☆☆ 8点(短編集として)
村上春樹 「アイロンのある風景」(『神の子どもたちはみな踊る』 新潮社:2000年)
癒しの言葉
「癒し」っていうのはきっと脳がどれだけ心地よく動くか、っていうことにあるんだと思います。例えば前にも引用したけれど、
古池や 蛙飛び込む 水の音
っていう俳句を眺めた時に、静寂に包まれた古い池の石に小さな雨蛙が止まっている。その小さな蛙が水に飛び込んで、「ぽちゃっ」って音がなる。それから水の波紋がじわーっと広がっていく。
鮮やかな緑色と白色の蛙、苔の生えた石、透明に澄み渡った池の水、蛙が飛び込んだ後の波紋、蛙も見えなくなって波紋も消えて、また静かに佇む古池に戻ってしまう。そういうのが頭の中でひとつの映像となったら、それが癒しになるんだと思います。
別に雨蛙でもガマガエルでもなんでもいいんだと思います。ぼちゃって鳴ったのか、ぽちゃって鳴ったのか、どっちでもいいんだと思います。その時の気持が現れて、それが流れていくから癒しに繋がる気がします。
細部をできるだけ細かく想像すればするほど、癒しの効果も高まるのではないでしょうか??
心を打つ情景 (「焚火」 志賀直哉)
「焚火」(『小僧の神様・城崎にて』)★★★★★★☆☆☆☆6点
Kさんは勢いよく燃え残りの薪を湖水へ遠く抛った。薪は赤い火の粉を散らしながら飛んで行った。それが、水に映って、水の中でも赤い火の粉を散らした薪が飛んで行く。上と下と、同じ弧を描いて水面で結びつくと同時に、ジュッっと消えて了う。そしてあたりが暗くなる。それが面白かった。皆で抛った。Kさんが後に残ったおき火を櫂で上手に水を撥ねかして消して了った。
舟に乗った。蕨取りの焚火はもう消えかかって居た。舟は小鳥島を廻って、神社の森の方へ静かに滑って行った。梟の声が段々遠くなった。
よく「文章が巧い、文章が巧い」って言うけれども、僕には実際にはどこがどう巧いのか良くわからないことが多いのです。名文家と言われる人とそう呼ばれない普通の小説家との差なんてこれっぽっちもわからない。
でも、志賀直哉くらいまで突き抜けると、センスに乏しい僕にもさすがにわかります。志賀直哉の小説(内容)自体はそんなにまで好きなわけではないんですが、文章を読むと心地よくなります。とくにこの文章なんて・・・。
暗闇の中、薪が飛んでいく。闇の中に2本の赤い光が流れていく。それが水面で結びつく。その時にジュッと音が鳴る。花火なんかでもそうですけど、あの水につけたときの音って結構、心地いいですよね。そして薪が撒き散らした赤い情景は闇に吸い込まれていく。
最後のフクロウの声なんかでもそうですけど、本当に「ホーホー」言っているように感じるんですよねぇ。それが薄れていく感じっていうのはすごく切ないです。
この文には「動きの変化」があって「色の変化」があって「音の変化」がある。何度読んでも素晴らしい文章だなぁって思います。
芭蕉の
閑けさや 岩に染み入る 蝉の声
とか
古池や 蛙飛び込む 水の音
なんかに通じるような心地よさですよね。(この2つくらいしか芭蕉の句なんてしらないんだけど・・・)
★★★★★★★☆☆☆ 7点
志賀直哉 『小僧の神様 城崎にて』 (新潮文庫)より「焚火」
『白夜』(ドストエフスキー)
われわれは自分が不幸なときには、他人の不幸をより強く感じるものなのだ。感情が割れずに、かえって集中するのである。
恋人が帰ってくるのをひたすら待ち続ける純粋可憐な女の子に、橋を偶然に通りかかった電車男のような男が恋をする物語です。はらはらどきどきの心温まる??リアリズムの恋愛小説です。
不幸の(感情の)共有が幸福の(感情)共有よりもはるかに求心力があるっていう体験したことないですか? だからおそろしいことに不幸な人間が集まるとおそろしいほどのパワーを身につけるんだと思います。
もう一つ、
誰にとってもこの瞬間の彼女をだますくらい楽なことはなかったにちがいない。それにどんな人間でもこうした瞬間には、たとえどんな慰めの言葉にも喜んで耳をかし、自分を納得させる片影でもあれば、たまらなく嬉しい気持になるものなのだ。
まだ帰ってこない恋人を待ち続ける女とそれを励まし続ける彼。そろそろ諦めの気持がでてきた彼女は疑心と闘っている。そんなときに男は優しい言葉をかける。
僕はこの小説をたぶん中学二年生くらいの頃に読んで、それが初ドストエフスキー体験でした。それからあれやこれや読み漁りました・・・
評価:★★★★★★★☆☆☆ 7点
『白夜』 (ドストエフスキー)たぶん集英社だったと思う
「おかしな男の夢」―幻想的な物語― ドストエフスキー
自殺を考えていた「おかしな男」が眠った時に夢を見た。その夢の中で彼は宇宙をさ迷った。そして太古の地球を思わせる星に辿りついた。そこに住む人々(?)の描写です。
彼らはまるで子供のように快活で陽気であった。彼らは自分たちの美しい森や林をいつも歩きまわっていた。彼らはお気に入りのすばらしい歌をうたっていた。彼らは自分たちの木々の実とか、自分たちの森でとれる蜂蜜とか、自分たちの愛する動物の乳のような、軽い食物しか口にしなかった。彼らは自分たちの衣食のためにはあまり気を使わず、ほんのわずかしか働かなかった。彼らにも恋はあって子供も生まれた。
おかしな男は夢の中で、地球の叡智、科学を教えることによって、この星の人々を堕落させます。そして夢は終わります。
ふと目覚めた彼は自殺を思いとどまり、「生きる」ことを始めます。そして彼が夢で見た星の生活を伝道しようと心がけます。
ちょっと残酷な童話のような、とても面白い物語です。50頁くらいの短編なので、ドストエフスキーを好きな人も、嫌いな人も、ちょっと難しそうだなぁって勘違いしている人も、きっと楽しめると思います。
★★★★★★★☆☆☆ 7点
ドストエフスキー『作家の日記4』(ちくま学芸文庫:1997)
「突き抜けろ」(中村 航) (『I LOVE YOU』より)
- 伊坂 幸太郎, 石田 衣良, 市川 拓司, 中田 永一, 中村 航, 本多 孝好
- I love you
「突き抜けろ」 中村 航 ★★★★★☆☆☆☆☆ 5点
大学生の大野は同じ大学の恋人とルールを定めて交際を続けている。月水金に電話をする。土曜日にデートをする。交互に電話をかける。金曜日に電話をかけた方がデートのプランを決める。そして半年経ったら(12月になったら)セックスをする。
11月のデートの後、運河の脇のベンチで月明かりに照らされながら彼らはキスをする。その時運河でぼら(鯔)がたて続けに跳ねる。それを見た彼女が声を上げる。
「どうして? どうしてこんなに跳ねるの?」
「満月だからだよ」と僕は言った。
彼女は嬉しそうな表情で僕を見た。満月の下、僕を見る彼女がとても可愛いかった。
そしてそのときふと大野は「あること」を実感する。それは、とても気持が良くて、甘ったるくて、優しい実感だった。
この小説は二つの話、A:「僕と彼女の話」とB:「僕と(同級生)坂本と(坂本の先輩)木戸さんの話」の二つが絡まりあいながら進行していきます。いい具合に力が抜けた感じの小説なので、読みやすく面白いです。
このシーンはかなり印象的で、この場面だけ妙に時間の流れがゆるやかになって、きれいに情景が浮かび上がってきます。文章のリズムもいいのでとても読みやすい。「満月」の夜に、ぼらが運河で踊るなか、彼はある啓示を受けます。とっても素晴らしい。
この小説「突き抜けろ」(中村航)は、恋愛小説のアンソロジー『I LOVE YOU』の中の一編です。
超売れっ子男性作家6人が、恋愛に纏わるお話を一作ずつ書き下ろしています。
この作家たちの本は過去に一度も読んだことがなかったので、ちょうどよい機会だと思い入門書の気持で読んでみました。幾つかの作品に(僕としては大きく)失望したんですが、この「突き抜けろ」は(個人的には)気に入りました。(他にも2つほど面白いのはありました)
『池袋ウエストゲートパーク』や『いま、会いにゆきます』が好きな人はかなりお得な本だと思います。
評価:★★★★☆☆☆☆☆☆ 4点(全作品で)
引用:『I LOVE YOU』(著:伊坂幸太郎・石田衣良・市川拓司・中田永一・中村航・本多孝好 祥伝社:2005年)、「突き抜けろ」(著者:中田航)
「正しいことって何?」 (『スプートニクの恋人』より)
- 村上 春樹
- スプートニクの恋人
小学校教諭の僕と教え子の母親との会話。不倫の関係を終わりにしよう、と僕が切り出す。離れるのは辛いことだけど、「これは正しいことじゃない」と僕はいう。その後の母親のセリフ。
「正しいことって、いったいどんなことなの? 教えてくれる? 正直なところ、なにが正しいことなのかわたしにはよくわからないのよ。正しくないのがどんなことか、それはわかるわ。 でも正しいことって何?」 (太線部は本文では傍点)
村上春樹さんの小説は長短編ともに結構好きなので、有名なものはだいたい(6割くらい)読んでいると思います。で、この小説は僕が好きなものの一つです。内容はそれほど印象的だったわけじゃないんですが、文章がほんとうに素晴らしくて、何度読んでも(3,4回は読んだと思う・・・)「うーん」って唸ってしまいます。
だからいくつも印象的な文章があるんだけれども、今日は『スターウォーズ』にちなんでこの文章を選びました。きっとアナキンも「何が正しくないことなのか」は(きっと)わかっていたけれども「何が正しいことなのか」はわからなかったんじゃないかと思います。
★★★★★★★☆☆☆ 7点
引用:村上春樹 『スプートニクの恋人』(講談社:1999年)
悪いのは誰?( 『STAR WARS episode3』)
『スターウォーズ エピソード3』
アナキン・スカイウォーカー対オビ=ワンの超絶決闘シーン。
(セリフはうろ覚え)
オビ=ワン:「パルパティーンは悪なんだ」
アナキン:「違う、悪いのはジェダイだ」
さて、このときのアナキンの本心は?
① パルパティーンの話も一理あると思い、本心からジェダイの教義が間違っていると思っている
② パルパティーンが悪いとわかっているが、自分を信頼してくれなかったジェダイを認めたくない
③ 悪に走ってしまった以上、もはや悪になるしかない
④ 良心の呵責を感じていて、その感情を合理化し、自分の正当性を自分に言い聞かせるために嘘をついた
またまた最前列での観賞。しかもど真ん中。本当にスクリーンしか見えないくらいだったので、首はカナリ疲れたものの、臨場感抜群!! おそろしいほどの立体感を感じてきました。
★★★★★★☆☆☆☆ 6点
相田みつを 体験
多くの人に薦められてはいたけれど、今までなかなか縁がなかった相田みつをさんの詩集を読んでみた。
うん、しみじみしちゃいました。ファンが多いのもわかる気がする。
ただいるだけで
あなたがそこに
ただいるだけで
その場の空気があかるくなる
あなたがそこに
ただいるだけで
みんなのこころが
やすらぐ
そんな
あなたにわたしも
なりたい
ぼくもいつかそうなれたらいいなぁって思いました。
まあこういう人は天性のものもあるんだろうなぁ。
パンセ
323 ひとは決して人を愛さない、ただ特性を愛するだけである。したがって職や役のために尊敬される人々を軽蔑してはならない、なぜなら人は借り物の特性のためにのみ愛されるのである。
さて、これは真実でしょうか??
パスカル『パンセ』から・・・・