さて、中学三年生になった。
僕はテニス部で活躍していた。
どちらかというと、うまいほうであった。
郡大会で優勝し、2チームが県大会へ行った。
おしくも、県大会では初戦敗退で、上には上がいるものだと
想ったものだ。
そこまでは良かった。
そのころ、皇太子殿下、今の天皇陛下がご結婚の運びとなった。
美智子妃殿下との馴れ初めが、軽井沢でのテニスがきっかけであった。
そこで空前のテニスブームがおこって、吉井中学のテニス部に
女性はゼロであったが、続々と女子生徒が入部したいと言ってきた。
今まで男子生徒だけでのびのびやってきたのが、
誰が指導するのか困ってしまったものだ。
僕も数名指導してみた。
しかし、テニスをしようとする子はみな可愛い子であった。
女性に免疫がなかったので、僕は手とり、足とりして
楽しみながら教えるなどできないのであった。
また、そのころ毎日小学生新聞に投稿して、作文が
掲載されたところ、全国から女子中学生のフアンレターが
吉井中学に殺到し(3通)、先生から
白井、もてるのうと渡されたものだ。
そもそも、文章を書くようになったきっかけが、神宮先生と言って
先生との日記のやり取りであった。
白井君の文章は真実味があって、赤裸々で面白い
素晴らしいとおだてられて、はまってしまった。
やがて受験戦争の真っただ中へ突入していくときに、
私の文章は毎日毎日勉強の進め方など、受験一本になっていき
先生をしてあわてさせて、勉強以外も目を向けるよう
毎度書かれたが、面白いのは受験勉強であり
自己管理をして一日5時間以上寝るものは受験に破れたり
と大書して、12時に寝て4時に起きて勉強した。
(ただし、昼寝はした)
そんな勉強ずけの毎日がつずってある、当時の日記を
見れば今でもあきれてしまう。