吹けば飛ぶよな家具屋のおやじ

吹けば飛ぶよな家具屋のおやじ

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僕の散歩道では3カ所でわんちゃんに吠えられる。

獰猛そうなわんちゃんの家は避けるようにしている。

 

白くてスピッツのようなかわいい犬のいる家の前は通るのである。

最初は余りに家の中から吠えるのでそうっと気づかれないように歩いて居た。

しかし最近は吠えてもらいたくて通るようになった。

 

もう1年以上吠えられているから覚えてくれたと思うが、相変わらず一生懸命になって吠えまくるのである。

そこで僕は白いハンカチを出して振ることにした。

するとますます吠えるのである。

 

西側の窓の下を通る時にはカーテンを開けて吠えまくる。

さらに進むとサンルームに移動して吠えまくる。

やがて僕が角を曲がると曲がった方が見える窓に移動して吠えまくるのである。

 

僕は最後に思い切りハンカチを振った。

すると一層激しく吠えるのである。

 

いつまでもかまっていたいが僕も行かなければならない。

僕の姿が消えるとぴたっと吠え方は終了するのである。

他の家のわんちゃんは姿が見えなくなっても吠えるので少し寂しい。

 

さらに進むと前方から柴犬を連れたご婦人が来る。

僕はわんちゃんの顔を見ながらこんにちわと言うとご婦人は答えてくれるが、わんちゃんは自分のことかとしっぽを振りながら僕に近づいてくる。

ご婦人は慌ててわんちゃんを引っ張るのである。

 

この地方は圧倒的に柴犬は多い。

柴犬の顔は皆同じようで見分けが付かないがなぜかみんな顔見知りのような気がしてくる。

 

わんちゃんは僕は子供の頃から大好きだった。

おばあちゃんの家に行った時には大喜びのわんちゃんが迎えてくれていつも楽しみだった。

 

わんちゃん好きは僕の人相に現れているらしく散歩するわんちゃんは皆寄ってくるのである。

僕もニコニコしながら愛想を振りまく。

 

今日も僕はわんちゃんとの出会いを楽しみに歩いて居る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駐車場には毎日大量の落ち葉が飛来するようになった。

毎日毎日落ち葉の清掃をしている。

 

ある日、国道の植え込みの木を蹴ってみた。

すると大量の落ち葉が降ってきた。

しかし、まだまだ葉っぱは大量についていて絶望的になる。

 

すると思い出すのはイエローハットの創業者鍵山先生の言葉である。

先生は掃除の神様と言われて居るが、やはり落ち葉との戦いがあった。

「掃いた後の落ち葉の美しさよ」

先生も止めどなく毎日落ちてくる落ち葉をこう詠んで励みにした。

 

僕も美しいなあと思いながら掃いている。

しかし、掃き集めた落ち葉が風でヒューと駐車場に散らばると

むっとするが、考え直してありがとうございますと追いかける。

 

そんな毎日だった11月も終了の本日、

最後まで葉っぱをつけていた木にもう葉っぱはなかった。

足で蹴っても何も落ちてこなくなった。

 

するとなんだか寂しいのである。

来年また元気に若葉をつけてくれよな。

 

 

散歩道には今、菊の花が満開になっている。

 

農村部の民家や畑の間を歩いて居ると、菊の花が各家の前や畑に

咲いていて見事である。

 

昨年を思い出して確かあそこにあったなあと回り道をして行ってみた。

果たして今年も咲いている。

昨年は手入れをしているおじさんがいたので話しかけてみた。

見事ですねえ,と言うとうれしそうであった。

今年はいなかったが手入れをきちんとして居るのが見て取れる。

 

手入れをしない家もある。

すると不思議と咲いていても美しくない。

不思議である。

 

さらに織田家の墓の横に行ってみると、今年も咲いている。

ちょうどいたおじさんに、今年もきれいに咲きましたねえと言ってみると、うれしそうにほっといても咲くねえと答えてくれた。

 

菊の花は手入れをすればするほどきれいに咲くらしい。

これは見事だという家もある。ほっておくと雑草のようになる。

 

先日、ララン藤岡に行って菊花展を見た。

これが市長賞だよと言うおじさんがいたので見てみた。

 

これが菊かと言う手入れの仕方である。

盆栽のように見事であった。

芸術作品にも成る菊の花であった。

 

各作品には出品者の名前も入っていてこんなにもたくさんの人が丹精込めて一年がかりはおろか何年もかけて作品をつくるのである。

菊の花はまるで人格を表すかのように咲いていたのである。

 

僕はというとまだまだ未熟な一年生である。

昔お袋が植えてくれた菊の花が2種類残っていて今咲いている。

もっと増やさねばならないと思って居る。

 

そういえば僕のおじいさんは菊づくりの名人だった。

僕もおじいさんになって今から始めようとする。

いつだって勉強をするのには遅すぎる事はないと誰かが言っていたのを思い出しながら。