インキュベーター社長日記 | インターウォーズ株式会社 吉井信隆のブログ -42ページ目

「藤田嗣治と平野政吉」


エコール・ド・パリの時代の画家たちの描く絵が好きで、旅先で時間があるとその時代の絵があると聞くと、よく観に行く。


 日本で生まれ、フランスで画風を確立し、戦争に出逢い、戦争画を描き、晩年、フランス人の国籍を取得し、チューリッヒで人生をまっとうした藤田嗣治は、独自の画法で、この時代の世界を代表する画家として多くの素晴らしい作品を残している。


過日、秋田にある「平野政吉美術館」で、藤田嗣治の多くの作品を観た。


中でも、「眠れる女」と、藤田嗣治が51歳の時、平野政吉の米蔵で大壁画を15日間で完成させたと言われる「秋田の行事」は素晴らしい作品で、今も余韻が残っている。



藤田嗣治が集めたと言われる無名の絵画は、素晴らしい作品が多く、倉敷にある大原孫三郎と、児島虎次郎の関係に通じる。


本気の思いを共有した人と人とが、出逢うといつの時代も、本物が生まれる。


自分の色で




 過日、我が家に娘の友達がロンドンから来た時、次ぎのことを思った。海外で育った人や外国人の人は、自分の意見をストレートに表現する方が多い。日本人は、子供の頃、感性を持って夢を語っていた子達が、何故か大きくなるにしたがいと自分の思ったことや夢を語らなくなる。

人が本来持っている個性を活かし、大人になれないものなのだろうか? いつの間にか、日本は主体的に生きることがおさえられ、草食性などという言葉が生まれる社会になった。自分の想いを枠の中に押し込め、最初は息苦しいと感じていたことが、時間が立つうちに感じなくなってしまう。

本来、人は十人十色だから面白い、そして、自分の色が出せた時に輝く。そして、多色が合わさった時、独自の美しい色に変わる。

成熟社会のヨーロッパの人達は、自分なりの感性や価値で、ライフスタイルを貫いている。

昨年、ヨーロッパに訪れた際、人がそれぞれの座標軸を持って生きている姿に触れ、「他人との幸福比較対象でない多様な生き方」を感じた。

日本では座標軸の共有を求められるので、周囲の目を気にして、他人と自分を比べ、他人に嫉妬する社会を感じる。ヨーロッパのような個々の座標軸同士が常にぶつかり合う社会は時には疲れると思うが、自分の色を失さないで生きるスタイルは、輝いて見える。

自分を硬くし、個性を閉じ込めているのは周囲ではなく、本当は自分自身であることに一人でも多くの人が気付き、心を開放して、精神を質入れすることなく、人生のCEOとして、主体的に自分らしく生きる未来でありたいものだ。



第150回 「営業力のある人」

ある会で、「営業力のあるビジネスが上手な人」の人間像の本質を、誤解している人が多いように思った。


「言葉上手」「勧誘」「自己利益」「したたか」といった理解をしているのでは、ないだろうか。


本質を勘違いしていると思う。


多くの営業力を持った経営者とお付き合いしてきたが、商売や営業上手な人達は、例外なく「信頼できる人」だ。


相手の利益になることを提案してくれるプロの人達だからだ。


信頼できるビジネス上手な人達は、こちらの話をしっかり聞き、その後「問題解決してくれる世話好きな人」だ。


目先の自分の利益だけを求めるのではなく、相手の利を優先し、本当に喜んで貰うことで自分の利につなげる人達だ。


さまざまなリスクに投資をする。


特に、人に投資支援をする人が多い。


一見メリットがないことにお金をかけ、損をしていることもある。


そのことが将来に大きな価値をもたらし果実となることがある。


様々なセミナーやパーティに参加することも、顧客の利益を考え損をすることも、投資である事には変わりない。


一方、日々夜中も休日も関係なく、気合いや根性で攻め立てる営業の人達は、相手に嫌われても関係なく、相手の現状や利益は無視して自己の利益だけを求め、自分本位で物事を考える人達が多い。


日曜の夜、家族で夕食時に、不動産会社の営業マンから電話がかかってきた。


「新たないい物件が出たので買わないか」との内容であった。


「今、夕飯を食べているので」と言ってもおかまいなしで説明してくる。


顔の見えないこんな人から、間違っても、住宅を買おうとは思わない。


相手の利益になる提案のない人達は、信頼されずリピート顧客を創れず、結局淘汰されていく。


営業力のない人は、投資感覚がなく、「買って欲しい」と思うのは、自分の理屈であり、目の前の数字だけを追いかけている。


失脚する経営は、相手に利益をもたらさず、自分達がリスクをとらないビジネスモデルで経営判断をしていることが多い。


企業も個人も、相手の利益になる提案をすることによって、自らの利を生まなければ、ウィンウィンの関係を構築できずやがて淘汰される。


 一代で資産を創った人は、リスクに挑戦し、投資を顧客に向けている。


 「投資をしない、学ばない、努力をしない」ではなく、人や相手企業や社会の利益を考え、投資行する人が、ビジネスが上手く、営業上手な人であり名経営者になっていると思う。


 人は、会社と社会と時代に役に立って、はじめて人としての喜びを感じる。


自らの考えで主体的に活動し、貢献してこそ、存在を感じ、人生を豊かにすることができる。


 一人ひとりが本気で相手に対し尊厳を持って提案していく、「営業力のある人」が、会社を変え、社会を変えてゆく。


吉井信隆のブログ-サイン

「叱りの変化」


過日、小石川植物園で散歩していた際、花梨が落ちていたので、近くに遊んでいた子供に、取ってあげたら、神経質そうなおじさんとおばさんに、「そんなことしたら、駄目よ!汚いし、何考えているの!!」と、叱られた。また、最近、見かけた光景だが、私の住まいの隣は公園なので、犬の散歩コースになっており、犬が吠えていたら、近くを通ったお巡りさんに、「あの犬を処分しろと!」と、太ったおばさんが訴えていた。

そして、過日在る会であった社長さんが、マーケットと自分の会社の管理職が駄目だから、業績が悪くなり、銀行もあてにならないと嘆き、こんにゃく首相や官僚が、アホだから、どうしょうもない!!と、叱られてしまった。

気持ちが悪くなり、自分も人のせいにするようなことは、言わない様に努力しようと、心に誓った。


子供の頃、隣のおじいさんによく御宮の屋根に登ったり、様々なやんちゃの事をして、よく叱られた。でも、何故か、怖かったけど、愛情があった。

最近、なんか変だな~と思うのは、私だけだろうか?





「恕」

日本人は、かつて、道徳心が高く、各国の皆さんから高く評価されていた国民だったと聞く。

私たちの先人は、「論語」を社会生活に取り入れていた。


孔子は、最も大切なことを恕だと言っていたという。


恕とは、思いやりであり、思いやりとは、自分がして欲しくないことは人にしないこと、と説いている。

そして、恕とは、許すことにある。


最近の社会に必要なのは、恕の心のように思う。