今日友人から、「どうして昔、一人で世界を旅するようになったの?」と質問された。
昔を思い出しながら、以下のようなことを話した。
きっかけは、18歳頃、高木正勝さんという映像作家・音楽家の作品と出会ったことだった。
私はそれまで長いこと、暗い暗い暗闇の中にいて、世界は恐ろしく感じられていた。
でも高木さんの作品を見て衝撃を受けた。
高木さんは世界中を旅して映像を撮影し、それを加工して音楽をのせて作品にしていた。
その作品から見える「世界」というところは、とても純粋で、なんとも懐かしく、美しかった。
私というフィルターを通して見ていた「恐ろしい世界」は、
高木さんというフィルターを通して見ると、「美しい世界」だったのだ。
同じ世界を生きてきたのに。
高木さんの作品は、「世界はとても美しい」と言う。
私は、
「なぜ、同じ世界を生きていて、こうも見え方が違うのだろう。
自分にもいつか、世界は美しいと言える日が来るのだろうか。
よし、高木さんが映像で残している国に全部行こう。」と思った。
それで、19歳の時、初めての一人旅でネパールに行った。
そこから人生が動き出した。
そんなようなことを話し、友人に当時の高木さんの作品をいくつかシェアした。
その後私たちは、以下のようなことを話し合った。
人の心を動かすのは、本当に開かれた心だけだということ。
高木さんは、ただ自分が本当に見て聞いた世界、感じた心を作品として残している。
そこに、人に感動を与えたいというような意図は全然感じられず、ただただ、自分が心から見たいから作品を作っているということが伝わってきた。
一生懸命熱中して遊ぶ子どものような心
仏教の宇宙論には、天界というところがある。
そこに、Nimmanarati(化楽天)と呼ばれるところがある。
そこのdeva(天使?)たちは、
自分の意志で美しい世界や対象を創り出し、それを楽しみ、
非常に長寿で、繊細な喜びを経験する・・・とされている。
友人がミャンマー語で調べると、そこではなんと、
心が生み出したいあらゆる音楽も創造することができるのだそう。
私たちは、高木さんは多分昔、Nimmanarati(化楽天)にいたのだろう、
というか今も半分そうだよね、と話した。
前世とか見たことないし、どちらかといえば懐疑的だけど、
色々と説明がつかないことって、前世からの業なのかも?と思って面白がっている自分もいる。



















