今日の午前9時に姉から電話があった。

 「金曜日に電話をかけ、土曜日にも電話をした。大丈夫か」

 と、心配のあまり電話をくれたのである。

 実は、金曜日は仕事で出かけていたために、その人とのやり取りでてんわやんわであった。

 したがって、その人とのやり取りが終わった瞬間は電話はもういい、とカバンの中に入れてしまい、その後、今日まで電話は仕舞い込んだままであった。

 そりゃ心配してくれてうれしいが、生きているから心配ないと話した。

 それでも、あげたいものがるというのであった。

 なんと、一杯の野菜とトリの肉を持ってきてくれた。

 いま、野菜は大根と山芋しかなかったので、ありがたくいただいた。

 姉はわたしより3歳年上である。

 電話のお詫びを言って別れたが、クルマから電話だけは出てと言われた。

 反省の意を評して最敬礼した。

 金曜日は電車に乗っていたので、マナーモードにしていたためまるで電話などの音を聞くことはなかった。

 わたしにとっては平和であったが、今後は気を付けよう。

 本書は新潮文庫として平成20年4月1日に刊行された。

 城山さんの本は『毎日が日曜日』、広田弘毅を扱った『落日燃ゆ』、『官僚たちの夏』、石田礼助を取り上げた『粗にして野だが卑ではない』と、読んできたが、ご無沙汰していた。

 最近、娘さんの井上紀子さんの『父でもなく城山三郎でもなく』を読んだが、紀子さんご本人のことばかりで、途中で読むのを止めていた。

 父でもあり、小説家城山三郎でもありの視点で書いてもらいたかった。

 それもあり、城山さんに申し訳ないと、今回借りてきた本を読んだ。

 毎日が日曜日を書く動機になった背景や井深大さんからの電話で岐阜県の中小企業を取材した話などは面白かった。

 あっと思ったのは城山さんが二人ゼミナールと称して大学の恩師と会っていたことである。

 城山さんは大学の講師以外は文筆業で生き抜いていた人である。

 電車の中での児童の行ったり来たりする姿を見て心配したり、嫌いな都心に出かけることが4日間続き、義歯を破損するほど大けがをしてしまったりの話には共感を覚えた。

 城山さんは還暦のときにメモを書いた。

 (一)年齢に逆らわず、無理をしない

 (二)いやなことはせず、楽しいことをする

 (三)睡いとき寝、醒めたら起きる(昼夜を問わず)好きなものだけ食べる。但し午後八時まで

 (四)義理、面子、思惑をすてる。つまり、省事で通す

 (五)友人をつくり、敵をふやさない

 毎日が日曜日のわたしにとって、非常に参考になる。

 わたしはこの随筆を読んで、ひしひしと城山さんのお人柄に触れることができた。

 昨晩は散歩した。

 その疲れのせいか?

 今日はだるくて起き上がれなかった。

 夏は嫌いではない。

 いままで夏バテなどしたことはないのに。

 3キロ弱の散歩で夏バテとは。トホほほである。

 昨晩も気になる事業店をのぞいだ。

 相変わらず、休日の多い陶器屋さんは本日も休日であった。

 やたらと受講生が多かった塾は、なんと見慣れた女性講師と二人しか受講生はいなかった。

 見慣れた風景になったとはいえ、大丈夫なのかと逆に心配になった。

 店を開けない陶器店、まじめに店を開けている塾。

 この二つが気がかりになったのか。本日夏バテでダウン。

 人の心配などしている余裕はないのにと長嘆息。

 今日も東京は夏日。

 ところが、ニュースを見てびっくり。

 広島市安佐南区と安佐北区で死者がでた。

 午後3時までには死者が27人もいた。

 そのうち、救助に当たっていた消防の司令補が一人土砂の犠牲になったらしい。

 黙祷。

 わたしは、ニュースを見ていて、広島市長、広島県知事は何をやっているのかと感じた。

 ニュースは政府しか追っかけていない。

 地方自治を追いかけていながら、こんなときは政府の動向しか見ない。

 ホント、記者の節操とは何なのかと問いかけたい。

 レベルの低さにあきれる。

 それにしても消防は地方自治の担い手である。

 報酬はどのぐらいかは興味はないが、つねに表に出ない地方自治の担い手であろう。

 命を懸けて他人の命を救う使命がある。

 それに見合うだけの待遇をしてもらいたいとわたしは強く思う。

  本書は2009年1月10日に文春文庫として刊行された。

作品は映画化されていた。映画を観てから原作を読んだことになる。

  読んで驚いたのは、映画のままの登場人物であったことである。

  主人公はまほろ駅前で便利屋を開業している多田啓介。バツイチで自動車の営業をしていたのだが、いまは多田便利軒の主に納まっている。

  仕事ぶりはまじめで、業務拡張を考えている。

  そこに、高校時代に因縁のある同じバツイチの行天春彦が入り込む。

  春彦はまるでやる気はないのだが、洞察力があるので、啓介の行動力を助ける。

  この二人が便利軒に仕事を依頼しにくる人びと助けるわけである。

  この二人を中心にして物語は展開するわけなのだが、しをんさんの人間描写は的確にして精確。物語に引き込んでいくわけである。

  今年の秋には『まほろ駅前狂騒曲』と題して続編が映画化される。

  人間には妙なきっかけで巡り会いがあり、その縁が強すぎて離れられなくなることがある。

  三浦しをんの世界は、人間の魅力を語ることにより物語に引きずり込むという魔性があるような気がする。

 暑いと思っていると残暑見舞いをいただいた。

 知人は今年から北海道在住を決めた人間である。

 きれいな利尻山の写真つきであるのでいっそう涼しくなった。

 まして19日から利尻島で仕事をするとのこと。

 北海道に行きたいと思う気持ちを掻き立ててくれる罪深い残暑見舞いでもある。

 残暑見舞いと一緒に9月の上旬に東京に行くと言っていた友人からのはがきも届いた。

 姪御さんが結婚するのでその式に参加とのこと。前日に会えるらしいので喜んで返信メールを出した。

 昨年、姉から新品の大きい鍋とフライパンをもらったが、使い方が悪いせいかかなり傷んでしまった。

 2か月前から近くのスーパーでは1000円購入ごとにシールをくれていた。

 説明では一定の枚数をそろえれば両手鍋、フライパンなどを71%引きで購入できるという。

 集めましたね、65枚。

 最近知ったのだが、なんと毎朝7時から営業しているというので、今日は朝の8時に出かけて行き、両手鍋とフライパンを購入してきた。

 早起きは三文の得の言葉があるが、先着50名にプレゼントの保冷パックまでいただけるという幸運にも恵まれてしまった。

 7月末にはパソコンメールの契約期限が切れてしまった。

 そこで時代劇が観れるケーブルテレビにインターネットともども入ることにした。工事は23日であるので楽しみが増える。

 

 本書は新潮文庫として昭和26年7月5日に刊行された。

 長年夢に見、憧れていたフランスを訪れた熱気が伝わる力作である。

 筆者がなにゆえ、4年滞在したアメリカを後にリヨンまで出かけたのか。

 本人に聞いてみないとわからないが、フランスはパリを見たとたんに筆者は舞い上がる。

 フランス人の詩を読み、文学を読んでフランスに恋い焦がれた筆者はパリとリヨンで女に恋することを控えて歩き回る。

 日本人が洋行できたのは裕福であることが前提だが、日本を出たいと考える日本人は多かったようで、筆者はアメリカで知り合った日本人と出会う。

 そういった出会いの描写にしろ、フランスの風光に対する描写は見事なものである。

 わたしは荷風は単なる女好き、遊び好きな男性と思っていた。

 わたしが荷風を知ったのは小学生の時に見た女性に囲まれた荷風の写真である。週刊新潮に掲載されていた記憶がある。

その筆力、物事のとらえ方に見直さざるを得なかった。

 これで、岩波書店『荷風全集』に取り組むきっかけをつかんだと喜んでいる。何で全巻買い揃えようと考えたのかはまったく記憶にないのだが、これでつじつまが合ったわけだ。

 昨晩は三人会をおそばやさんでやった。

 やるためには口実が必要になる。

 口実は一つの職場に10年間いたことに対するお祝いとした。

 三人で会うことは初めてである。

 そば屋にしたのは日本酒とそばを楽しみ、寛げるからである。

 おいしいつまみが出るし、最後は冷たいそば。

 日本酒は小さいおちょこで飲む分、過ごさないでいい。

 話しはどうしてもこれからの生き方についてであった。

 仕事、遊び、趣味をどう自分の生き方に入れ込むのか。

 尽きない。深い。広い。

 啓発された。

 そして、本日の昼は流しソーメン。

 茹で方によってはソーメンは伸びないので、うまい。

 わたしは流しソーメンは初体験であった。

 箸で止め、掬い取り啜る。

 いい調子で食べに食べてしまった。

 これで2日間涼に触れることができたので明日からがんばれそうである。

 気持ちのいい風は吹いてくれているが、陽射しの輝きは真夏を放っている。

 風鈴が20,30秒ごとに鳴ってくれてはいるのだが、セミの鳴き声がそれを打ち消してくれている。

 涼は真夏の光とその光を受けている蝉の声に隠されているのだ。

 この夏の盛りに、高校野球は本日も花盛りである。

 スタンドにはベンチに入れなかった球児がたくさん声をからし続けている。

 最近はこれらスタンドにいる球児や生徒と一体になった野球がもてはやされている。

 清々しい考え方だけれども、わたしはスタンドから応援する球児たちの思いを想像する。

 「レギュラーになれなかったのは自分が未熟だから」

 「まだ、あと1年ある。来年こそ」

 彼らにあるのは夢と希望であることを願って、わたしはスタンドで応援する彼らにがんばれと声援を送る。

 リーンとか細いが、風鈴の音が響く。

 そういえば、本日は終戦記念日。

 この平和な日常がかくも長きにわたって続いてきたのはだれのおかげなのか思いをいたし、暑さになど負けないように凛としなければと思うのだが、今日は熱中症の患者が多いだろうとも思ってしまう。

 本書は中公文庫として2011年9月25日に刊行された。

 筆者は歌人である。

 わたしは千年ごはんのタイトルに引かれた。

 千年もの長い歴史を背負ったごはんをこの筆者がどのように書いているのか舌なめずりをしたのである。

 その舌なめずりを、筆者はみごとに筆の力で満足させてくれた。

 ごはん、蜜柑、この筆者にかかるとなんでもおいしくなる。

 筆者は一話について自分の歌で締める。

 その歌がおいしいのである。

 発句がいい。

 締めもいい。

 ひさしぶりに、お話と歌とが腹中を豊かにしてくれた。