今日も朝は、
私の森(って言うても、実際はベランダの草木なんやけどな)
の水やりから始まった。
鉢はペットボトル、
朝顔とふうせんかずらのネットは、
捨てるはずやったハンガーラックに
手作りのTシャツの紐結んで作った手作り。
誰がどう見ても「森」やない。
「無心になれてる」って言うほどでもなくて、
実際は頭の中、結構忙しかった。
「土、乾いてるから今日はこれくらいかな」
「この葉っぱ枯れてるし取っとこ」
「そろそろ肥料あげる時期かな」
「あ、木、大きなってきたな」って、
目の前のことを見て、
その都度やることをやってるだけ。
でも、この「見て、その都度やることをやる」だけが、
多分「今ここ」ってことなんやろな、
と水やりしながらふと思った。
難しいこと考えんでも、
目の前を観察して、
今すべきことをする。
それだけで、もうやれてる。
体も、ほんまはこれと同じでええはずやのに、
私らは平気で後回しにしてまう。
「今日はしんどいけど、とりあえずこれ終わらせな」
「疲れてるけど、まだやることあるし」って、
先のことや「ちゃんとせな」の方にばっかり気を取られて、
今の自分を観察すること自体、忘れてしまってる。
体との対話も、実はこれと同じやった
教室では、
自分の体と対話する時間を取ってもらってる。
心の中でええから、
体に話しかけてあげてって。
どこか痛いとこない?
今どれくらい体が重い?
この動き、しんどない?
頑張って力んでない?
圧、強すぎひん?
腕、だるなってない? って。
草木を観察して「土乾いてるな」って気づいて水やるのと、
体を観察して「今日はここが重いな」
って気づいて緩めてあげるのと、
結局まったく同じことやったんやなって、
今日ようやく腑に落ちた。
観察して、応じる。
それだけのことが、
体に対してはなかなかできてへんかった。
無心になろうとせんでもええ。
ただ、目の前の状態を観察して、
応じてあげること。
それが「今ここ」で、
それだけで、
ちゃんと応えられるようになるんかもしれん。
「今ここ」ができにくい人って、
気づかんまま、
ずっと力の入りっぱなしになってること多い。
先を気にして考えて、
今何を考えて、今何を感じているのか、
今のこの瞬間の自分を置き去りにしがち。
こういう人は緊張体質とか、
過緊張状態にあるって言われるんよ。
この過緊張状態の根っこはこっちにまとめてあるよ。
そんな過緊張状態の人が
体をゆるめて疲れを取る教室の体験会をしています。