不況になると口紅が売れる -6ページ目

不況になると口紅が売れる

~遊びゴコロで、世界を救おう!~

フジテレビジョンではこの秋の番組改編に先立ち、「フジテレビ系列局とBSフジだけしか映らないテレビ受像機」を開発し、大都市部に在住する一人暮らしの若年層に無料配布する予定である。

 

かつて視聴率三冠王の座を誇ったフジテレビも、2017年3月期通期の視聴率ではゴールデンタイム(19時から22時)とプライムタイム(19時から23時)の双方で10%を切っており、その凋落ぶりは甚だしいものがある。

むろんこの背景には、ネットの浸透や深刻な若者のテレビ離れがあるが、実は地デジ化の際に「8チャンネル」が新聞のテレビ欄の一番端に追いやられたことが視聴率低下の遠因になっているという見方もある。

つまり視聴局の選択など、そのくらいのコモディティにすぎない、というわけだ。

そこで、強引に自局のみの視聴に誘導する、今回のアイデアに繋がったものと考えられる。

 

開発コストは一台あたり5,000円程度に抑えたため、「30万台無償供与しても視聴率に跳ね返ってくるのであれば数年後には元が取れる」(フジテレビジョン幹部)という計算が成り立つらしい。

「番組内容をもっと面白くするとか、別のところに知恵を使ってほしい」という批判はあるものの、テレ東を除く他局も追随を狙っているという噂もあり、民放各局のサバイバル合戦はますます過激化しそうな気配である。

 

 

 

※なおお気づきとは思いますが本記事は全くのフェイクですので、笑い飛ばして頂ければ有難いです。

 

介護職の不足は、深刻さを増してきている。

いまやフィリピンなどの外国人労働力を動員しつつあるが、それでもまだまだ足りないという声を聞く。

筆者が勤務する大学のキャリア開発センターでは、3月になるとほぼ毎日、介護系企業の人事の方が訪ねてくる。

 

そこで、だ。

本質的な解決策にはならないだろうが、あのケアワークウエアのデザインを刷新するという手はないものか、と思う。

いまのウエアは、機能性には優れているのだろうけど、やはりどうみてもカッコ悪いんじゃなかろうか。特にパンツ。

「これを着たい」「あの仕事をしている人はすごい」「専門家である」と思わせるようなデザインに変えられないものかと…。

 

もちろん仕事柄、ちゃらちゃらしたデザインはまずかろうが、見栄えだけでなく、社会的意義や誇りを感じられるウエアに変えていく余地は十分ありそうだ。

 

航空会社のCAだって、やってる作業は飲食店のホールスタッフとさほど変わらない。

だから本当は作務衣や、ジャージの方が動くためには機能的なはずである。

しかしCAの仕事に憧れる要因のひとつは、やはりあのユニフォームにある。

あのユニフォームでサービスされるからこその有難み、というものもある。

 

介護とファッション、というと、患者ばかりに目が向けられがちだが、介護士側のモチベーションを高めるファッション改革は不可欠であろう。

 

もっとも、厚労省が国策として推進したりすると、失敗しそうだが(笑)。

中学・高校で使ったノートを、卒業時になかなか捨てられない、という人もいると思う。

 

ノートにはそれなりの思い出やエネルギーが注ぎ込まれているからであり、卒業したら何の役に立たないと知ってはいても、あっさり捨てる気にならない気持ちもわからないでもない。

しかしこうしたノートなぞは、引っ越しやら大掃除やらでまとめて捨てられるのがオチである。

 

そこで、3年間勉強したノートを全てお預かりし、スキャンして抜粋、編集する。

本人が描いたいたずら書き、イラストなどは優先して掲載する。

一部教科書や学校・先生の写真も織り交ぜて、一冊のオリジナル本として製本してあげる。

この一冊があれば、3年間の学習履歴がわかる、という本である。

 

学校は「卒業アルバム」をつくるが、それは「目に見える部分の成長」を映した写真集に過ぎない。

そうではなく、「目に見えない部分の成長記録」があってもいい。

まあ、将来役には立たないと思うが、相当のよき思い出になるはずだ。

 

同窓会のサプライズみやげとしての需要も、あるかも?

 

 

子供にとって否が応でも行きたくないのは歯医者である。

 

しかし小学生のころ、近所の歯医者に嬉々として通っていた思い出がある。

薄汚れた建物に老婆の女医がひとり、という歯科。

何をされるかわからない器材の数々と、そしてあの独特の匂い!!

その怪奇じみた雰囲気たるや、相当なインパクトであった。

そんなところに子供が一人で行きたがったのはほかでもない。

待合室に楳図かずおの漫画本が何冊も置いてあったからだ。

「赤ん坊少女」「猫目小僧」「へび女」「笑い仮面」…。今考えてもワクワクするぜ。

もっともやたら空いていたので、1回に読める分量が少なくて残念だったが(笑)。

 

子供のころ、病院の待合室に置いてあった本が、意外な出会いにつながったという人もいるかも知れない。

「ノンタン」とか「かいけつゾロリ」なんかは、病院で読んだのが最初だったという読者も多いはずだ。

 

そもそも、ゴルフの本ばかり置いてある街医者など、絶対に信用できない。

漫画にしても「ナニワ金融道」とか、医師の偏狭な趣味を押し付けるような本を置くのはどうかと思う。(「ナニワ金融道」のファンの方、ごめんよ!)

 

不安や苦痛を緩和するために、患者さんに待ち時間をどう過ごしてもらいたいと感じているのか、それを示すのが待合室のライブラリではないか。

なぜなら患者にとって、診察時間よりも待っている時間の方が圧倒的に長いのだ。

そこへの配慮が圧倒的に足りていない、と感じるのは私だけだろうか。

 

出版社がコンソーシアムをつくり、「小児科の待合室においてほしい本・ベスト100」などをまとめて提案したらよいと思う。

あとは眼科も。普通の本じゃなくて、目に優しい本とか…。

心ある医師であれば、受け入れてくれるんじゃないかな。

 

 

 

昨年はオリンピックもあり、アスリートへのインタビューがテレビをはじめとするマスコミを賑わした。

その際、必ずといってよいほどインタビュアーが訊ねていたのは「どんな気持ちで試合に臨みましたか?」である。

ホント、バカなんじゃないかと思う。

 

「どんな気持ち」ったって、「絶対勝つぞ」とか「落ち着いていこう」とか、そんな気持ちぐらいだろうし、そもそもそれを訊ねて何を知りたいのか、さっぱりわからない。

要するにこれは、何でもいいから喋ってくれ、というインタビューにすぎない。

多少でいいから、選手や試合の固有に事情に踏み込んだインタビューができないものか、と思う。

インタビュアーの勉強不足、経験不足という問題だけではない。

こうしたインタビュー自体が選手や視聴者を舐めている、と感じるのだ。

 

テレビ離れの理由のひとつとして、「報道の言葉が劣化している」ことも意識しなければならないと思う。

「街の人に聞きました」とか、ね。虫唾が走るんだけど…。

現にテレビ局は、「報道」と銘打つ番組を外注のプロダクションに丸投げして流しているわけだし、アナウンサーの採用基準は顔かたちとタレント性である。

記事の元ネタは通信社からの配信だし、たまに独自取材するといってもタイアップ(PR会社経由の情報提供)だったりなわけで…。

 

ネットの記事を「フェイクが多い」「ウラを取っていない」「見ている範囲が狭い」などと批判する前に、自分たちがやるべきことは山ほどある。

すべてを視聴率という「ポピュリズム」に起因させて逃げてきた体質から生じた鬼子が、この「どんな気持ちで」インタビューなのだと感じる。

 

ただしかし、テレビが報道機関として認められたのは、社としての見識からではなく、事実をそのまま伝えられる臨場感からであった。

佐藤栄作総理が「新聞社は出ていけ。テレビだけ残れ」と命じた記者会見(1972)がターニングポイントであったと指摘する人もいる。

それ以来、テレビは報道機関としての本質的な努力をしてこなかった、ということかな。

 

あ、それから以下のフレーズもついでに止めてほしいですよ(笑)。

「試合を振り返っていかがでしたか?」

「応援してくれた方に一言お願いします」