おはようございます、一葉です。
こちらは総拍手94949に該当したスカイシー様からのリクエストの続きです。お楽しみいただけたら嬉しいです。
■ 森のクマさん~運命のお導き~ ◇7 ■
それはまるで示し合わせた合図のようだった。
寒さで意識を失って眠りについたキョーコだからこそ、現実を認識するには至っていないはずだった。なのに優しくノックされた背中から、幸せな気分が広がっていくのをキョーコは実感していた。
実はそのときキョーコが見ていた夢は、とても美しい国の光景だった。
それはひと目でわかる明らかな異世界。
どこまでも広がる美しい緑の森。
頬に触れる空気は甘く優しく
髪を揺らす風はいたずらに元気で
ここが妖精界ってやつなのね・・と、不思議なことにキョーコはその不自然さを全くの自然体で理解した。
まさしく夢の中の出来事にふさわしく。
「 どうぞ、こちらにお進みください 」
執事の衣装を身にまとった、南国の王子様をイメージさせる肌色の男性が、恭しくキョーコに頭を下げる。
彼が持ち上げた右手が静かに方向を指し示すと、見えていた景色が一変してキョーコの目前に廊下が現れた。
場面は変わってどうやら今度はどこかのお城の中らしい。
キョーコは何の疑問もなく、執事風の南国王子に一礼を捧げると、そのまま道なりに歩みを進めた。
気付けばいつの間にか自分は素敵なドレスを身にまとっている。
子供の頃に憧れた、童話の主人公のような華麗なドレスだ。
それで分かった。
これは夢に違いない、と。
だとしてもなぜ妖精界?その理由まではさすがに分からなかったけれども。
夢を見ている片隅で、これは間違いなく夢なのだとキョーコは理解できていた。
間もなく大広間の入り口と思しき大扉が現れ、キョーコは足を止めてそれを見上げた。
扉の表面には華奢で華麗で、かつ荘厳なデザインが刻み込まれている。
そのあまりの美しさにキョーコが見入っていると、先ほど廊下でキョーコに道を示してくれた男性が、いつの間に追いついたのか再びキョーコの前に現れた。
「 こちらでお待ちでございます 」
男性が大扉に手を伸ばす。
大扉はその大きさにそぐわず、実にすんなりと開け放たれた。
果たして。扉の向こうに居たのは、王様とお妃様。
二人は椅子から立ち上がるとキョーコを歓迎してくれた。
「 やあ、こんなところまで来てもらって済まないね 」
「 お会いできる日を楽しみにしていましたよ 」
キョーコはとんでもございません。そう言おうとしたけれど言葉が出てこなかった。
まるで喉に詰め物をされたみたいに声を出すことが出来ない。
困ってキョーコは眉を顰めた。
すると王様が少し寂し気な笑顔を浮かべた。
次にその隣でお妃さまが控えめに微笑まれた。
「 君はこの国の者ではないから話すことが出来ないんだ、すまないね 」
「 あなたにお願いしたいことがあってね、こうしていらしてもらったのよ 」
「 伝言を頼みたいんだ。リックからだと言えば分かる 」
リック?
リックって誰の事ですか?王様のこと?
「 違うわ。リックはあの子の大切な友人だった子よ 」
「 訳あって、もうこの国には居ないのだが 」
「 そう。いまは天界にね。だからこれは天使が伝えてくれた言葉なのだけど 」
天使?!
妖精界は天使ともお付き合いがあるんですか。すごい!!
「 どうかあの子に伝えてやってくれ。贖罪の時は過ぎた。これからはどうかお前らしい人生を。決して過去や後悔に縛られることなく生きてくれ、と。それがリックからの伝言だ 」
あの子って?
「 お前が妖精界に戻れるのはそのあとだ、とも伝えて欲しい 」
「 信じているわ、クオン。いつか再びあなたがこの地に戻ってきてくれることを 」
クオン?
クオンって、あのクマのクオンのこと?
そう言えばクオンは妖精界の王子様だって言ってた
あの言葉は本当だったのね!?
ううん、疑ったことなんて一度もなかったけれど。でも妖精界の王子様がなぜクマ?
「 おい、ここだ!奥に進むぞ 」
野太い声がいきなりキョーコの耳に届いた。
途端に場面は暗転し、足元にぽっかりと穴が開いたかと思うとキョーコはいきなり奈落に落とされた。
驚いて叫びそうになったけれど、喉の詰め物はどうやらまだあったらしい。その証拠にキョーコは思いのままに声を出すことが出来なかった。
「 本気かよ?本当にクマが女の子を・・・ 」
「 本当だって!行きゃあ分かるんだ、来いっ! 」
「 それが本当だとして、巣の中にいるクマを銃で駆除するのは無理だろう。だって女の子がいるかもしれないんだろ? 」
「 ・・・もう、とっくに殺されているかもしれん 」
「 巣の中でか?!あり得ないだろう、そんなの!そもそも襲う気なら巣に連れ帰る必要はないじゃないか。っていうか、それこそなんでクマが巣に人を連れ込むんだよ?やっぱりどう考えたって見間違いじゃないのか?! 」
「 あんな光景を見間違うか!理由など知らん!そのクマに聞け!最も、聞く時間はないだろうけどな 」
「 クマの駆除か。今年は多いな 」
落とされた奈落の底で、キョーコの耳に男たちの声だけが響いてくる。
クマと聞こえてキョーコは不安を覚えた。
クマ?それはクオンのことだったりしないわよね?
咄嗟に辺りを見回したキョーコの中で、不安が大きく広がった。確かにキョーコは目を開いているはずなのに、奈落の底は真っ暗で何も目に映らない。
いま、本当に自分は目を開けているのだろうか。そんな風に疑いたくなるほどの暗さの中で、キョーコは何度も瞬きを繰り返した。
大きく深呼吸をすると肺がいっぱいに膨らんだ。
ふと気づくと床が小刻みに揺れている。
不思議に思ったキョーコがそっと両手で床に触れると、床はまるで生えそろった春の芝生のように優しくふかふかとしていた。
まさかクマに抱っこされているなんて、キョーコは夢にも思っていなかった。
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クマさんの巣穴って見たことありませんけど、考え得る限り真っ暗ですよね、たぶん。
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