おはようございます、一葉です。
こちらは総拍手94949に該当したスカイシー様からのリクエストの続きです。
お楽しみいただけたら幸いです。
■ 森のクマさん~運命のお導き~ ◇3 ■
第一声は今でも鮮明に覚えてる。
その時の光景を思い出して、キョーコは愉快にクスッと笑った。
『 うわぁぁぁぁっっっ?!にににににに人間んんんっっ?!ちちち近づいてきちゃダメだぁっっっ!!!! 』
たぶん、川の水を飲みに来ていたのだろう彼が、私の気配に気づいて振り向いたとほぼ同時にそんな風に叫んで、それこそ引き波より早く確実に5メートルは後ずさったのがもうめちゃくちゃ可愛らしかった。
『 ・・・え・・・・・って、ふふっ。なにそれ、かっわいい 』
彼は大きな犬だった。
いや、少なくとも幼かったその時の自分の目には、そうとしか映らなかった。
彼は少しばかりずんぐりむっくりとした、黒くて大きな犬だった。
『 犬?!犬なわけないでしょう!? 』
『 そうよ、キョーコちゃん!この辺に野犬なんて一匹だっていないはずなんだから。それはクマよ、クマだったのよ!! 』
森の小川に言葉が通じる犬がいた・・・と、旅館で仕事をしている比較的若い仲居さんたちに嬉々として報告したら、皆がみんな青い顔をしてそれはクマだと口を揃えた。
『 違うわ、可愛いワンちゃんだったわ!!私、その子とおしゃべりしたのよ 』
『 キョーコちゃん。そのぐらいの歳頃だと夢を見たくなっちゃう気持ちも分かるけど、いつまでも絵本の世界と現実をごっちゃにしていちゃダメよ 』
『 そうよ、そもそも犬が喋れるわけないじゃない。それはクマだって同じだけどサ。それより、どんなに小さくてかわいく見えても野生の動物に近づいたら危ないのよ、もう行っちゃダメよ? 』
『 ・・・・違うもん。危なくなかったもん。夢じゃないもん、本当だもん 』
彼は、濃褐色の毛がふさふさしていて、後ろ足2本で立って歩くことも出来る犬だった。そう。私は当時、彼を犬だと信じ切っていた。
違うって、本人すら言っていたのに。
『 ・・・え・・・・・って、ふふっ。なにそれ、かっわいい、大きなワンちゃん 』
『 ワンちゃんじゃない! 』
『 えー?ワンちゃんでしょう?だってこんなにふわふわモフモフじゃない♡ 』
『 くぉらぁぁ、近づくなって言ったのに断りもなく抱き付くな!俺は、クマなんだからな! 』
『 クマ?そうなの、クマって名前なのね♪ よろしくクマちゃん』
『 ちっがーう!!俺の名前はクオンだ!そして俺は犬じゃない 』
『 あら。私はキョーコよ、可愛いワンちゃん 』
『 ワンじゃねぇ! 』
「 ふふふふふ・・・・・ 」
そんなやり取りを鮮明に思い出してキョーコの頬がほころんだ。
なぜかしら。
なぜこんなにも優しい思い出を私は今の今まで忘れていたのだろう。
出会ってから秋になるまで何度となく、それから私は彼に慰められて来たというのに。
ただ、そうか、とキョーコは思った。
ドングリを拾い集めながら合点がいった。
いま自分がこうして、居ても立っても居られずドングリを拾い始めたのは、心のどこか深くでずっと彼のことを忘れず覚えていたからに違いない。
だから。
ここではないどこかの山で
冬眠していただろうクマが、人里に降りたがために射殺されたというニュースを聞いて、深く心が痛んだのだ。
なんでそんな、と思ったのだ。
きっといま、私は胸の奥深くで祈っているのだろう。
このドングリを拾いながら
どうか、せめて彼は無事でありますように、と。
・・・・・・・・祈ったって、意味なんて無いかもしれないけれど。
なぜなら平地にはまだこんな風に秋の気配が残っているけれど、山はとうの昔に冬にまみれてしまっていて、クマたちはみんな冬眠している季節になっている。
私がこんな事をしたってたかが知れているだろう。
それでも。
それでも、もしかしたら
こんなことが、少しでも助けになれるかもしれないと信じたい。
今さら遅いかもしれないけれど
でもいま自分が出来ることは、こんなことぐらいしかないから。
これで、助かる命がもしあるのだとしたら。
こんな自分でも救える命があるのだとしたら。
いま、自分が出来ることをしたい。
せめていまこの目に映る分のどんぐりだけでも拾い集めて持って行きたい。ううん、絶対に持って行こう。
明日にでも。
やさしい思い出がある、あの懐かしい山の中に・・・。
それからキョーコはただ黙々とどんぐりを拾い集めた。
公園内に落ちているどんぐりの数はそれこそおびただしい数で、とてもじゃないけどキョーコが一日で拾いきれるような量ではなかった。
だからキョーコのどんぐり拾いはこのあとずっと続いた。それは辺りが真っ暗に暮れるまで終わりになる事はなかった。
⇒森のクマさん4 へ
このお話が誕生したきっかけは、うちの近所の公園でした。
私のお散歩コースの一つなのですけれど、最近、その公園に植わっている大木のほとんどがどんぐりの木だったことが判明したのです。
それに気づいた時には本当にびっくりしたんです。だって信じられないほど多くのどんぐりが公園内の芝生を埋め尽くしていたのですから。
そのどんぐりはハトやスズメが毎日食べていますけど、小高く盛られた山肌にはまだまだたくさんのどんぐりが転がっていました。
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