絵本の外の王子様 ◇おまけ2 | 有限実践組-skipbeat-

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 お付き合い頂きまして有難うございます。一葉です。

 先日完結しました、くりくり様リクエストのおまけ2をお届けです。こちらのお話でラストとなります。


 お愉しみ頂けたら嬉しいです。


 前話こちらです↓

 絵本の外の王子様<1 7> おまけ



■ 小さな君との大きな約束 ■





「 こんにちは 」


「 あら、キョーコちゃん。お母さんはいまお客様がいらしたから席を外しているわ。でも一人で平気よね? 」


「 はい、一人で行けます。お邪魔します 」



 僕が勤める法律事務所に、最近ひどく場違いな小学生が頻繁に出入りするようになった。




 キョーコちゃんと話をするまでの僕は


 あの子の存在は自分より先に最上を手に入れた男がいる…ということの生きた証にしか見えず、頭のどこかで強く彼女を疎んでいたような気がする。


 最上の娘がうちの事務所を出入りするようになってすぐ、なぜ最上が急にそんなことをし出したのか、事務所を代表して僕が尋ねた。



「 最上 」


「 はい 」


「 どうして急にこんな事をし出した? 」


「 はい?どこか打ち合わせと違う箇所がありましたでしょうか 」


「 そっちじゃなくてあっちのことだ 」



 とか聞いておいてなんだけど、僕はこのとき最上がこの質問に答えるとは正直思っていなかった。

 何故なら彼女は僕の人生史上において、もっとも複雑によじれて絡みまくった知恵の輪みたいな小難しいタイプの女性の代表格であったから。



 だけど僕の予想に反し、彼女は素直に口を開いた。

 それは8年ほど前のあれが影響してるのだろうとすぐに思った。




 実は8年ほど前、最上は彼女が孕んだと知った途端に忽然と姿を消した男との間に出来た子の出産意思を表明し、所長を始めとする職場の全員から反対されたという過去がある。


 誰からの説得も彼女は頑として意思を曲げず、結果、最上は認知されなかった子を一人で出産。周りの理解を一切得られぬままその子を育て始めた。



 当然、甘えのきかない仕事状況となることは最上自身が一番覚悟していたに違いない。

 その証拠に出産後、職場に復帰をした最上は以前にも増して仕事に精を出していた。


 事務所の人間で最上の娘の顔を見に行ったのは所長だけだったと思う。誰の許しもなく最上がこれをするとは思えないから、許可は貰っていたのだろう。


 しかしながら、今さらながら事務所に甘えるこの行為について、彼女自身にはきっと思う所があったのだ。


 だから恐らく誰に聞かれても正直に答えようと決めていて、だから最上は僕の質問に躊躇を見せず、よどみなく答え始めたのかも知れない……と、僕は最上の告白を聞きながらそんな事を考えていた。



「 ……そんな訳で、ご迷惑をお掛けしていることは重々承知の上ですが…… 」



 僕の知らない間に

 どこの馬の骨と出会ってどんな流れで体を許したのかは知らないけど


 最上曰く、たった一回きりの情事で孕んだ子供を産み育てるなど完全に僕の想定外。



 神はこれ以上、僕に何を耐え忍べというのか。

 ……ま、それ自体は嫌いじゃないから別にいいけど。



「 最上さん。3番にお電話です 」


「 はい、かしこまりました 」


「 ……いいよ。事情は分かった。電話が終わったらすぐお客様のところに戻って 」


「 はい。ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありません。失礼します 」




 だが、その頃の僕は若かった。


 事情を知ったとはいえ最上の娘を疎む気持ちに変わりなく、あの子の体に流れる血の半分は僕が知らない男のものだと考えるだけで忌ま忌ましいと強く思う。



 少女に罪はないけれど、いま彼女が事務所を出入りすることが最上の肩身をどれだけ狭くしているか。それを分かっているのかどうかを確認したくて僕はキョーコちゃんへ足を向けた。



「 お邪魔するよ 」


 最上の部屋に行くと、キョーコちゃんは本棚に収まっているファイルの背表紙を真剣に眺めていた。


 ランドセルを背負っている…というよりは、どちらかというとランドセルが子供の背におぶさっているという感じだったけど、僕の声に反応してこちらに視線を移したキョーコちゃんは、僕を認めたと同時にとても小学生とは思えない丁寧なお辞儀をしてみせた。



「 こんにちは。こちらこそお邪魔しています 」



 大人の目を気にして振る舞っているのだろう事はその一瞬で見て取れた。

 それはなんて不思議な感覚だっただろうか。


 このたった一瞬が、少女の体に流れている得体の知れない男の存在をかき消した。


 小学校低学年とは思えないほどしゃっきりとした受け答えをしたこの子の後ろに、僕は最上の姿だけを見つけていた。



「 ……君は、いま幾つだっけ? 」


「 7才です 」


「 7才か…なら仕方ないのかな。一人で留守番が出来なくても 」


「 いえ。留守番ぐらい一人でも平気です。でも、学校が終わったら毎日ここに来なさいってお母さんが言ったので…。

 あの、私、なるべく邪魔にならないようにしますから、お母さんを怒らないで下さい 」


「 キョーコちゃんは随分しっかりしているんだな 」


「 そんなことないです。ただ、お母さん、私が子供っぽいのをひどく嫌うので… 」



 そのセリフで察する。

 つまり今のキョーコちゃんは、お母さんに嫌われないように振る舞っているだけなのだと。


 どんなに小さな子に見えても、必ず何かを考えているものなのだと改めて知った気がした。



「 ところで、お母さんの仕事のファイルの背表紙なんか見ても面白いものなんかないだろう?何を見てた? 」


「 そんなことないです。勉強になります 」


「 勉強? 」


 それはなんて最上の娘らしい言葉。

 自然と自分の口に笑みが浮いた。


「 例えばどれが? 」


「 えっと……たとえばこれ……デベォプメント? 」


「 developmentだよ 」


「 これって日本語じゃないですよね? 」


「 そうだね、英語 」


「 やっぱり?!やっぱり英語だったんだ!!これ、藤道さん、これは?こっちはなんて読むんですか?!意味は?! 」


「 technical assistance技術援助。なに?キョーコちゃんは英語の勉強がしたいの? 」


「 はい!したいです!!だってそれが出来るようになれば蓮くんちの子に……っ……!! 」



 一瞬、花開いた笑顔はけれどすぐに萎れていき

 勢いを失くした最上の娘を前に僕は柔らかく微笑む。


 きっとこれがこの子の素なのだと察して。



「 蓮くんっていうのは、君の家の隣に住んでいた蓮くんのこと? 」


「 ……っっっ?!!藤道さんは、蓮くんを知っているんですか? 」


「 会ったことはないけど間接的に少しだけ。最上から…さっき君のお母さんから話を聞いたから。なに?蓮くんちの子に…のあとは? 」


「 私、16歳になったら蓮くんちの子になるって約束していたんです。でも、もうダメかも。だって英語が出来ないから 」


「 英語? 」



 ああ、その蓮くん。アメリカに引っ越したんだっけ?

 けど、ダメって自分で言う割には少しも諦めていないんじゃないか?この子。



「 英語の勉強がしたいならお母さんにそうお願いしてみれば? 」


「 ……出来ないです 」


「 どうして?君のお母さんは決して反対したりしないと思うけど?なぜなら最上自身が勉強大好きって部類だし 」


「 ……しないかも知れないけど、でももし英語が出来るようになって私が蓮くんちの子になったら、お母さんが一人ぼっちになっちゃうから 」


「 でもキョーコちゃんは勉強したいって思っているんだろう? 」


「 したい!!………でも、お母さんを寂しくさせたくない。

 英語を習いたいって言ったら、きっとお母さん、悲しい顔をすると思う。だからお願いできない 」



 子供には子供の正義がある。



 それが、大人のように世間の目がどうとか、体裁がどうとか、損得がどうとか、そんなものを無視してただ自分の心の中の純真な計りにかけて出された答えの優しさにどうしようもなく心を打たれる時もある。


 この時の僕が正にそれで

 母親の最上を案じて自分の欲望を抑えようとする少女のそれに僕はひどく感動していた。



 キョーコちゃんの体には確かに僕が知らない男の血が流れているのかもしれない。

 けれど僕はこう考えようと思った。



 キョーコちゃんの体の中に流れる血の半分は、最上のものなのだと。



 そう考えればこそこうして会話をすることも出来るし、最上の血を引いた娘なのだと思えばこそキョーコちゃんのいじらしさが愛おしいと思う。


 なにより僕はハッキリ英語を学びたいと言ったキョーコちゃんのその姿勢に最上の姿を見ていた。


 自分が知らない男のことなどどうでもいい。この子はこんなにも最上の娘じゃないか。



「 じゃあ、キョーコちゃん。こういうのはどうだろう?

 英語は僕が教えてあげる。そしたら16歳になったときキョーコちゃんは蓮くんのお家の子になれるだろ 」


「 …で、も……お母さん… 」


「 うん、そうなるとね、君のお母さんが一人ぼっちになっちゃうよね。だからキョーコちゃんが蓮くんちの子になるとき、僕に君のお母さんをくれるっていうのはどう?いわば交換条件 」


「 交換条件… 」


「 そう。交換っていうのはね、自分の大切なもの同士を取り換えるってことなんだ。キョーコちゃんはお母さんが大切だろう?僕もね、長く学び取って来た英語はとても大切なものなんだ。そんなお互いの大切なものを取り換えるんだ。

 でも僕はキョーコちゃんに約束する。僕は君のお母さんを決して寂しくさせないって 」


「 藤道さんは、お母さんを寂しくさせない? 」


「 させないよ。もしキョーコちゃんが僕にお母さんをくれたらお母さんと僕は仕事場も一緒、お家でも一緒。僕はいつでも最上のそばに居られる 」


「 そしたら…そしたらお母さん、寂しくない?!キョーコ、蓮くんちの子になれる?! 」


「 そうだね。ただし、ただ教わるだけじゃダメだ。僕は結果が伴わない勉強に無駄な時間をつぎ込む気はない。キョーコちゃんがダメな生徒だったら英語の勉強はやめにする。

 どう?ちゃんと自分の力で話せるように努力する?そうならないと蓮くんちの子にはなれないよ 」


「 やる!!藤道さん、教えて、英語!!キョーコやる!! 」



 自分のことをキョーコと呼んだキョーコちゃんは7才らしい笑顔を浮かべた。


 子供っぽいのは嫌いだと言った母親の胸中を思い、きっと無理して背伸びをしていたのだ。


 子供には子供の正義がちゃんとある。

 なにより、僕の言葉で子供らしさを取り戻したキョーコちゃんが可愛いと思った。






 毎日毎日、必死に英語を学ぼうとするキョーコちゃんは真剣で


 それはもちろん自分の為でもあっただろうけど、それ以上にもしかしたら彼女は母親のことも思っていたのかも知れない。


 自分が英語を頑張ることで、僕がいつまでも最上のそばに居てくれることを信じて。



 時は流れ、娘はすくすく成長し

 高校にも無事入学。


 弁論大会に出場できるほど堪能になった英語力。

 そして彼女はただ王子様の到着を待つだけのお姫様ではなかった。


 彼女の努力と根性は感嘆するほど清々しかった。



「 藤道さん。お母さんとはいつ仲良くなる? 」


「 キョーコちゃんが心配しなくても大丈夫だよ。僕なりの方法でちゃんと攻めているから 」


「 本当に?!私、16歳で別の家の子になるんだから、それまでにお母さんと仲良くなってくれないと困る!! 」


「 大丈夫。約束はちゃんと果たす。だからキョーコちゃんも頑張れ。優勝してアメリカに行って、蓮くんの所に押しかけるんだろう? 」


「 うん、頑張る!! 」



 そうして幼かった君と交わした約束は


 やがて大きな幸を生む。


 






     E N D


タイトルで中身がバレちゃうと思って「おまけ2」で誤魔化していました(笑)

お付き合い頂きましてありがとうございました。



⇒小さな君との大きな約束・拍手

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