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ぼくは占い師じゃない

易のブログ……だったのですが、最近は白橋 升としての創作活動「遊星出版」の話題や日常雑記を綴っています。遊星出版のサイト(Googlesite)で作品を紹介しています。活動や作品の紹介はこちら(遊星出版公式サイト)→https://sites.google.com/view/yuusei-press

33:離為火または66:坎為水
を得たときは、裏卦をとってできた、
ペアそのものの意味も考えてみよう。


TP02


もしよければ、以下の意味も、
参考にしてくれればうれしい。


◎ 生命

新しい秩序
自分で自分を観る能力


◎ どうしてその意味?

水は命の源を象徴する。
火は、命という創造の成果を明らかにする。
火は、成長の結果、もともと水であった命から生じ、やがてそれは自分自身を照らし出す光となったものである。
水があってわたしたちはここにおり、火があってわたしたちは宇宙を識る。



ぜん


ものごとが、きわめてゆっくりと、過ぎ去っていく。
できることをすべてやっていないのだとしたら、
この時間を利用して足場をかためる。
できることをすべてやりおえているなら、
現在の展開はあなたのせいではなく、
これ以上どうすることもできない。
コントロールできないことで
むやみにイライラするのは、
時間の無駄であるばかりでなく、
心にとっても負担になる。

44:震為雷または55:巽為風
を得たときは、裏卦をとってできた、
ペアそのものの意味も考えてみよう。


TP01


もしよければ、以下の意味も、
参考にしてくれればうれしい。


◎ 呼吸

循環する動き
サイクル
周期


◎ どうしてその意味?

風が……動く。

全64卦の大成卦、32対のツイストペアの中心であり始まりにあるのは、
乾でも坤でもなく、もうこれ以上、
じっとしていることができずにあらわれたゆらぎ~風の動きである。
これががすべての始まりである。
やがてそのゆらぎはくりかえされる呼吸<いき>となり、
とぎれることのない息吹が、すべての原動力となった。

天と地の間は、其れ猶<ナ>お橐籥<タクヤク>のごときか。
虚しくして屈<ツ>きず。動きて愈々<イヨイヨ>出ず。

天と大地とのあいだのこの世界は
いわば風を送り出すフイゴのようなものであろうか。
からっぽでありながら、そこから万物が生まれ出て尽きはてることがなく
動けば動くほどますます多く出てくる。

(「老子」金谷治 講談社学術文庫 より)

サクラだけの話ではない。

いや~、うちのボンサイが花をつけまして!


ぼんさい2


今日は天気がいいので、思わずパチリ!
(おお~、自分で書いていても
身の毛がよだつほどの
手垢のついたいい回しだ)

ねっ、ねっ、いいでしょう、
ほらほら!

……

こういう記事は、
読まされるほうが一番ツカレル記事だ。

たとえばこういう、
ありがちなシチュエーションに似ている。

たいして親しくない同僚、もしくは上司に、
定期入れのなかの子供の写真を見せられ、

「なっ、なっ、カワイイだろう、
ほらほら!」

と、いわれる。

かわいい子もいる。

しかし。

正直、申し訳ないが
(いやほんと、ぱっと見ですまないけど!
将来はね、どうなるかわかんないし!)、
すぐにはそうは思えない……
こともあったりして。

そういうときは、

「あ、ああ……」

とか、

「は、はい……」

とか、
半笑いで答えるしかなかったりするのである。

なんか話がずれかけてしまっているが、

今、これと同じ目にあっているのがウチのカミサンだ。

前にも書いたが、
うちのカミサンがボンサイに示す関心といったら、
「ヤマザキパン祭り」以下である。

「ほらみろ花だ!花が咲いたぞ!」
「そうね」
「もうちょっとでマンカイだなあ、9分咲き位かなあ!」
「そうね」
「これさあ、秋になると実がなるんだよね!」

振り返ると、いない。

『食えない……けどね……』

冗談のつもりで言おうとしたセリフを、
思わず飲み込んでしまうのである。

こうしてGWはしずしずと過ぎていく。



しょうか


山のいただきをめざしていたはずが、
少々勢いがすぎて、虚空へ飛び出した。
いまならまだ、自分のあしもとをふりかえって、
本来の目的地にもどることができる。
行き過ぎに注意。
いまここで、思い切った行動なり決断をするには、少々時期尚早。
いま、ほんとうこれ以上の高みに昇ることが必要なのか、
自分自身によく問いなおしてみる。

○のっけからいいわけ

最初にちょっと、
予定変更の言い訳をさせてください。

「占い」のテーマ、前々回の書き込みで、
書きかけのノートからネタを引っぱってきて
これから連載します、といったことを書きました。
でまあ、つらつらとノートを眺めていたりしたのですが……

いかんせん、昔に書いたもので
(ちなみに日付を見ると2002年になっていました)、
もう考えなどが変わっているところがあまりに多いのと、
もうちょっと他に書いておきたいことがでてきたので、
過去のノートから持ってくるのではなく、
その、もうちょっと他に、
書いておきたい方のことを書いてみようかな、と。
ノートの方はそれからでも遅くないと思います。
いいでしょうか。
ごめんなさい。
(楽しみにしていた人は……
いないと思いますが(笑))


○ツイストペア

そこで、話はツイストペアです。

ツイストペアってなによ?
ケーブル?

と思われるかもしれませんが、そうではなくて……
一例をあげるとこんなのです。


TP01


ご覧のとおりの、44:震為雷と55:巽為風のペアですが、
お互いどうしが裏卦の関係になっています。
裏卦は、ある卦の各爻の陰陽を反転して得られる大成卦のことです。

これを、たとえば占って得られた本卦に適用すると、
その本卦の意味の背後関係、背景(バックグラウンド)、
裏の意味、隠された目的……といった意味合いになります。
タロットのスプレッドなんかにもありますよね、
「相談者も気づかない目的」とか。

ふつうの占断ではそのようにして裏卦をつかうわけですが、
これがなかなか意味深な示唆をあたえてくれることが多く、
個人的にはよく用いています。

そんなこともあって、あるときふと思ったのは、
このふたつの大成卦の「対(ペア)そのもの」に、
またべつの意味があるんじゃないか……
ということでした。

大成卦は全部で64パターンありますから、
64÷2で、32対のツイストペアがあることになります。
この32のペアに新しい意味をつけていったら、
おもしろいんじゃないか、と、そんなことを考えたわけです。

それで、ひとつひとつ時間をかけながら意味をつけてみました。
そうしたら、その作業中にあたらしくつけた意味以外に、
いろいろ興味深いことが出てきました。

その辺の話は、実は、このブログとは別に、
一冊の本にまとめました。

今、やってる
【通りがかりの人へのメッセージまたは……】
のシリーズで紹介中の大成卦の意味も入っています。

正直いってツイストペアあたりの話は、
まだ試論の域をでていません。


ハンドブック01


まったくの私家版で、ブカッコウな手作りコピー本です。
まあでも、文字どおりの私家版易経になったわけです。

ぼくのつたない話を聞いてくださった方々に
手渡しでおくばりして、メデタイことに、
もうほとんどなくなってしまいました。


ハンドブック02


もともと自分で使うために作っていたもので、
自由に書き込めるようにあえて片面コピーでつくりました。
(だから厚ぼったくなっちゃったんだ……)
アタマのページには、ご自分のお名前をいれていただく欄も
設けまして……名前欄はお遊びですが、
ほとんどノートブックといったノリですね。

ええと、話をツイストペアに戻しますと、

「これはなんでこういう意味なの?」

と、聞かれたことがありまして、
そのときはうまく答えられませんでした。

「こうだからこうなんだ!オレが決めたんだ!」

といったような、前時代的亭主関白的封建的な
コタエもありかとは思いますが、
時代も違うし、第一、それではあまりに乱暴&不親切な話です。

そういうわけで、32対のツイストペアの意味を、
その意味をつけるに至った理由を含めて、ひとつひとつ
ここでご紹介してみては、と思ったわけです。

え、それじゃあナニ、
その私家版易経とかを持っている人のためだけの話なの?

と、思われるかたもいるかもしれませんが、
そんなことはありません。

くりかえしになりますが、
占って得られた本卦と裏卦の関係は、
ほんとうに意味深なことが多く、
易を利用して、裏卦をとって判断するあなた!の
(って誰?ってハナシもありますが)、
解釈の参考にもなるかとも思いますので、
ご興味のある向きはよろしくおつきあいください。

また、ツイストペアのアイディアにひっぱられて出てきた、
周辺アイディアの話もできるかと思います。

では次回から。
ぼちぼちと。


※【通りがかりの人へのメッセージ~】
を楽しみにしている人(いるんかいな)へ

そろそろ「88:坤為地」のゴールも近くなってきましたが、
大成卦のご紹介、【通りがかりの人へのメッセージ~】の
シリーズもあわせて続けていきますので、
よろしくお願いいたします。

※「私家版易経」をお持ちの方へ
いちおう32のペアの意味づけは終わっているとはいえ、
その意味になった理由までちゃんと説明できるか、
まったく自信がありません。
このブログを続けていくプロセスで、
もともとつけた意味が変わることも
大いにあるかと思いますが、そのときはまあ…

ごめんなさい。

もともと書いてあった意味を直すか、
そのままにしておくか、あるいはご自分でひらめいた意味をとるか…
ご判断はおまかせします。
なんといっても、お渡しした瞬間から、
「あなたの」私家版易経なのですから。



旅


山から山へ移ろいゆくあかりは、
旅人が彼の行く道をかざすあかりである。
心細い状況だが、はじめからおわりまでのすべてが
完全に最初から決まっている旅はない。
その道には危険もあるし、
全体としてはつらい道のりとなる。
しかし、それでもなお、
コスモスのはたらきを信じて、
フローに身をまかせることが、
結局は目的地への一番の近道である。

生まれて初めて、
「盆栽」の面倒を見始めた。

2月の終わりごろ、
深大寺境内近くの植木屋で買ってきたもの。
同じく境内近くのソバ屋の「十割そば」より、
やや安い値段だった。

というより、ソバが高いんだ。

ウマかったけど。

動物は、
インコと熱帯魚のベタ以外飼ったことはないが、

植物は、
鉢植えが各部屋にひとつずつある。
こういうひとたちは、
カミさんがどこからかもらってくるのだが、
もらってくるクセに、もらってきたご当人は、
ぜんぜん植物に興味がないときている。

そんなわけで、日々の水やりとか、
ごくたまにの肥料やりとかは、
いきおい、ぼくがやることになる。

けっして才能のせいではないと思うが、
日当たりとか気温とかの環境の恩恵で、
こいつらがまた良く育つ。

結婚したときに、
助手席にちょこんと乗ってやってきた青年の木に至っては、
常磐ハワイアンセンターばりに(ちょっとオーバー)
天井まで届きそうな勢いになったのでやむなく剪定。

ともあれ、よく育ってくれると気分のいいもので、
それに乗じて……

いや、それでも、植木屋のおばさんに、

「これ面倒見るのカンタンですよねっ、ねっ、ねっ」

と、何度も念を押して、
買ってしまったのがこの盆栽なのである。

枯らしたらカワイソウだと思って
何度も念をおしたわけだが、
おかげさまで、
今のところ順調に育っている。


ぼんさい


写真ではよくわからないかもしれないが、
最近になって新芽がいっせいに芽吹いた。

こういうところを見るとはやりウレシイ。

春である。
震である。
東なのである。
日、いずるんである。

まあ、しかし……
ブログにボンサイの写真載せて
よろこんでいるってのも……

なんかちっと、
オレもヤキがまわってしまったかな、
と感じる、
今日この頃だったりするのでした。
ちゃんちゃん。

Data----------

【やきが回る】
頭のはたらきや腕前などが衰える。ぼける。
もと、刃物などを焼くのに、火加減が行きわたりすぎて、
かえって切れ味がにぶるの意。
転じてすっかり古ぼけたさまになるの意になり、
さらには、衰える、ぼけるの意をも表すようになった。
(「美しい日本語の辞典」小学館2100円 よりまるうつし。
   ↑あ、これおもしろい本デスヨ)

【シロシタン】
5月初旬白色の花をさかせ、早秋には赤い実に色づく。
冬の到来まで赤い実を楽しめる。

○水やり
鉢底まで水がしみるまでたっぷりかける
12月~2月:3日に1回
3月~4月:1日に1回
5月~9月:朝夕2回
10月~11月:1日に1回

○肥料
2月、6月、9月の年3回、
化学肥料、油粕等少量。

(買ったときに鉢にささってた札から一部抜粋)

なんか、
ウラナイと関係ないことばかり
書いてますが……

テーマ=ギャラリーも、
新設したはいいが、
記事が一本だけ。
まあさびしい限り。

そういうわけで、
もうちょっと追加してみようと。

撮った写真を整理していたら、
ことのほか空の写真が多かった。

自分では意識していないが、
いつも口を開けて、
空を見ながら歩いているらしい。
(ばかまるだし)

今回の主役はコレ↓

ベイビーホルガ

以前に紹介したトイカメラですね。
(土井カメラじゃないですよ)

朝、出がけに空を見上げていることが多いらしく、
これもそんなときの一枚。
holga19
12月ごろ撮ったものだけれど、
巨大宇宙船が夜明けと共に、宇宙港に向かって、
しずしずと降りていくように見えて……
撮ったんだと思う。

これも朝。
holga-20.JPG
ファンタジーの世界に出てくる地図が、
空いっぱいに描かれていた。
白い雲は陸地、青い空は海。

世界地図はそのまま、
駐車場の水たまりに落ちて、
holga-21.JPG
かくて大地は、
天のことわりを映し出す。

ピントもシャッタースピードも
なにもない。
いつもホコリだらけの
プラスティックレンズを、
holga-22.JPG
きまぐれに
天使が覗き込む。

中央右下に謎の棒状物体が……
holga23
オモチャの目の悪ふざけかUFOか。

そんなわけで、本日、
これまで。

ではまた。

「大人の科学」を買ってきた。

学研の「科学」だから、
当然組み立て式の付録がついている。
というよりも、フロクがメイン。

むしろ本の方がフロクで……
昔はこれを学校で組み立てると先生に怒られた。
うちに帰ってからやれ!と。

そもそもガッコーは勉強道具以外、
持ってくることは許されていなかったので、
先生や父兄からクレームがついたのだろう、
箱には、
「かならず家に帰ってからはこをあけましょう」
と、書いてあった。

大人っていうのは、
ずいぶん勝手なことをいうもんだ、
と思った。
こんなものをアサイチで売りつけておいて、
一日開けないで持っていろなんて、
子供にとっては拷問に等しい。

「大人の科学」にも、
たぶん冗談のつもりなんだろうが、
「かならず家に帰ってからはこをあけましょう」
と書いてある。
これを買ったぼくのようなオッサンは、
上司の目を盗んでオフィスで開けてはいけない、
というわけだ。

帰り道、喫茶店によって開けるのは?
そんなことするならウチまでガマンしよう。

飲み屋でみんなで開けよう!
やめたほうがいい。
こわすか、部品をなくすのがオチだ。

この学研のムックを、
目にしたり手にすると、いつも思い出すのは、
おじさんがいつも教材を配っていた、
学校の、便所の前の渡り廊下だ。

畑を焼いた煙か、朝霧か。

校庭のスミにあたるそこは、
ちょっとモヤがかかったような雰囲気で、
そんな日は、息をすると、
湿ったカビくさい空気が肺に入ってきた。

どういうわけか、
思い出すシーンはいつも小雨模様で……
雨でも走り出したくなるくらいうれしかった。
300円だか400円が入った集金袋をふりまわして叫んでいた。

「今日、ガッケンくんだよ!ガッケン!」

ガッケンの代金は、
おこずかいとは別だったのである。

今回買ったのは、
投影式万華鏡というやつで、
去年の10月頃にでたもの。
組み込んだ万華鏡の像を手近の壁などに映せる。


カレイドプロジェクター


付いていた豆電球では
どうせ暗いだろうと思って、
アキバに高輝度の発光ダイオードを買いにいった。

ご存知のとおり、
秋葉原も「アキバ」となって、
ずいぶん様変わりしてしまった。

まあでも、駅に近いガード下の
パーツ銀座はいまだ健在で、
雰囲気も昔と変わっていない。
高校のころよくウロウロしていた。
限られた予算でマイコンのパーツを、
必死になって探していたりした。
近くの手ごろな飲食店を知らなくて
そのころ初めて、
吉野屋の牛丼っていうのを食べた。

パーツを買ってうちに帰り、
豆電球のソケット部分を分解して、
付属のリード線にLEDをハンダ付けしたものを組み込んだ。
「コレ、単三2本くらいの電源なら抵抗いらないっす」
というガード下の兄ちゃんの言葉を信じて抵抗は入れない。

ハンダ付け。

何年ぶりだろう。
20Wと30Wのハンダゴテと、
コテの簡易スタンドと、松脂入り糸ハンダ。
一式、おせんべいの缶箱にちゃんと入っていた。

この中に入っていたのは何年前の、
どこの空気だったんだろう。
ちょっとしたタイムカプセルである。
よく捨てずに取ってあったものだ。

ハンダ付けをしているとき、
いつもおふくろと一緒にいたことを思い出した。
おふくろは当時趣味でアートフラワーの教室をやっていて、
そのための材料だか見本だかを、せっせとつくっていた。
ぼくは学校から帰ると、
マイコンのケーブルだとか、
カセットやテレビやフルキーボードとの
インターフェースをせっせと組み立てていた。
(ちなみにそれは学校の勉強とは
まったく関係のない行為だった)

アートフラワーも布にクセをつけるためにコテを使う。
似たようなことをふたりで黙々とやっていたのだ。

何か話してはいたのだろうが、
内容までは覚えていない。

多分、他愛もないことだったのだろう。

糸ハンダに練りこまれた松脂のにおいは、
そんな白っぽい午後を思い出させた。

建売新興住宅の2階、
階段上がったすぐわきの狭い洋室。


カレイド像


高輝度の白色LEDを組み込んで、
暗がりで白い紙に映すと、こんな感じになる。
いっぺん、見てみたいとは思っているが、
別に夜中、UFOを見上げて撮った写真ではない。

そんなわけで、今と昔を、
でたりはいったりの
二日間でした。