建水だって高い!
建水話の続きですが、脇役ですから、値段も安いかというと、そうでもない。 新道具屋で見る稽古用の建水は、他の道具より割安ですが、建水といえども、高額なものも当然あります。前回触れたカネの建水では、南蛮砂張建水が、大正12年の若狭酒井家の入札で、1万6千2百円に 売れた記録があると言います。当時の大学卒の初任給が50円ですから、現代に換算すると凄い金額です。名物はカネだけではありません、陶磁器の建水でも記録があります。もともと陶磁器製は、水指や杓立と同じく、竹台子の考案以来、カネのものに代わり使用されたと言いますが、その歴史は古く、あの珠光が、南蛮瓶の蓋(かめのふた)の建水を所持しており、それは後に堺の奈良屋が所持した時には、五百貫の値がついたと言います。同時代の山上宗二の記録によれば、当時、天下の三茶碗と呼ばれた名碗の値が、二千から三千貫とされていますから、それとくらべれば安値でも、なかなかの高評価と判ります。そして利休の所持したという黄瀬戸の建水は、昭和2年の紀州徳川家の入札で、なんと1万8千9百円で売れたと言いますから、陶磁器でも高い建水はあるものです。そこで、陶磁器の建水について整理して考えてみると、まず発生は先に書いた様に、カネのものの代理で始まり、やがて、その形状を写したのでしょうが、カネよりは形も色も変化に富み、その点が喜ばれたと考えられます。ただ、やはり脇役として、あまり目立ちすぎるものは敬遠されたと見え、地味な感じのものから使われ出したと見えます。その代表が、珠光も使ったという南蛮で、その風合いや味わい、火色が喜ばれ、特に生焼けの土器に近いものは、ハンネラと呼ばれて珍重されました。甕の蓋を転用したり、水を汲む器を転用したりというものですが、ちょうど良い大きさのものが上手に見立てられたのです。海外ものの陶磁器で、建水に使われたものは、朝鮮のものでは、内渋と呼ばれた、渋紙色の釉薬が掛かった合子形で平たい底の品が有名ですが、数が少なく、私は茶会で見たことはありません。刷毛目とか粉引の小鉢を転用する向きもあると聞きますが、これも未経験。中国産では、香炉や小鉢から転用して青磁も使われると物の本にありますが、高級感のある青磁が建水に使われることなんてあるのかしら。染付の建水は案外数があるそうで、そういえば我が家にさえ一つあるくらいですから、そうなのでしょう。古染付から、南京染付、新渡染付と、いろいろありますが、胴紐、口紅と呼ぶ褐色な釉薬が線で掛かっているのが喜ばれますが、まず、香炉、鉢からの転用で、中には本当の骨吐からの再生もあるようです。染付の最高級品の祥瑞にも、水玉とかの建水があるそうですが、日本から建水として発注された品ではなく、やはり見立てなのだそうです。これも私は実は見たことがありません。建水に転用しようと思えば出来る大きさの器は、何とか見つかるものらしく、安南やオランダなどの建水もあると聞きますが、これまた未見です。いずれにせよ、海外産の陶磁器の建水は、唐銅などカネのものと違い、茶の湯道具として作られたものではなく、茶人の見立てが優れていたという結果でしょうか。続きは次回に。 萍亭主