
中一日を経て再び東京。
今回の旅は緊急でした。

本日は、みおみお(如月未緒さん)も一緒に旅に出ます。
というのも、先日お話しした関根明子さんの葬儀に出席するためです。
最初はクルマで行こうと思ったんです。
それこそ愛知県内のときメモラー(ときめきメモリアルのファンのこと)を乗っけて
みんなで一緒に弔いの気持ちを伝えようと考えて、Xで募集もしました。
が、そのあとの有志による「関根明子さんを偲ぶ会」に出席するとか、
たまたま翌日に東京のBNIメンバーのイベントにも参加できそうなところから、
新幹線で行くことにしました。

葬儀会場に先立ちまして、まずは靖國神社の英霊にご挨拶。

英霊に旅の無事を祈るとともに、
関根明子さんの御霊を無事に天へ送り届けていただきますよう
併せてお願いしました。

そして、明治神宮です。
葬儀会場は新宿駅からバスが出ているそうなので、
ルート的には通り道だったり。

明治神宮は、靖國神社と違い外国人観光客がたくさんいらっしゃいます。
みなさんがみなさん、明治天皇陛下に敬意を払っていただければ良いのですが、
ただの観光地として訪れるのは勘弁して欲しいかなと思ったりします。
こちらでも、明治天皇陛下に関根明子さんの御霊をよろしくとお願いしました。

新宿駅からは結奈様に加えて、みおみおも装備。

葬儀会場に到着しました。
喪主である柴田秀勝様のご厚意で一般の方も参列できるようにしていただいてます。
雨が降りしきる中でしたが、実際にこの看板を目にしますと、
『ああ、嘘じゃなかったんだなぁ』と。
ぶっちゃけ、父親の葬式ですら泣かなかったし、
親族の葬式も「行かなきゃならない」気持ちでの参列でした。
実は先日、私の家のリフォームをしていただいたお友達も亡くしておりましてね、
そっちは都合が付かず葬儀に参列できませんでした。
でも、この葬儀は特別でした。
そもそも、私はただひとりのファンでございましてね、何か特別な関係じゃないわけです。
なのに訃報を聞いて、矢も盾もたまらず、豊橋から駆けつけようと決意しました。
『みおみおに命を吹き込んでくれてありがとう』と思うと同時に、
『もう二度とあの声を聞くことができないんだな』という淋しさ。
それと、ライブでのお姿がね、印象に残りすぎでさ、
それでこれかよ!元気そうだったじゃない?
ということは、かなり無理をされていたのか・・・。
そういう嬉しい反面、無理をさせてしまったのかという複雑な気持ちが絡み合ってね。
とかく、あの日の夜(8月3日)は泣きましたよ、実は。

一般参列用の列には、テレビモニターが設置され、
生前の関根さんの映像が流れていました。
先日のライブも含めて、プライベートなお姿も拝見することができました。
葬儀がはじまるまえに、関根明子さんを紹介するアナウンスがありました。
そこで、「ときめきメモリアルの如月未緒役」と耳にしたとき、
さすがにこみ上げるものがありました。
一緒に参列したメモラーさんも、
涙をこらえる方もいらっしゃれば、既に泣いている方もいらっしゃる。
私は散々泣きましたので、ここでは泣かないと。
とかく、みおみおと一緒に関根さんにお礼が言いたい!ただそれだけ。

祭壇には、関根明子さんの遺影、そしてそれを取り囲むようにたくさんのお花。
実は、私もお花を出させてただきました。それを確認することはできませんでしたが。
そして、みおみおのアートボードやら、たぶんファンアートと思われるモノ、
ぬいぐるみも捧げてありました。

最後のお別れです。結奈様も一緒にご焼香させていただきました。
焼香を終えると、そのままスタッフに促されるまま会場を後にしました。
お礼と弔いの気持ちをしっかり伝えることはできたかと思います。
ただ、喪主の柴田秀勝さんにご挨拶できなかったのは悔やまれます。
というか、して良かったのか分からなかったのです。
関係者に囲まれていらっしゃいましたので、
そこをかき分けて赤の他人があいさつして良かったのか。
でも、一緒に参列したメモラーさんは、しっかりあいさつをされていましたので、
『あいさつして良かったのか・・・』と、後で知りました。
さらに後発組から聞いた話によると、
最後まで参列した方は、棺への献花&出棺も見送ることができたとのこと。
それを聞いて、
自分の弔いの気持ちって、所詮その程度だったのか、と自分を責めました。

そんな複雑な思いを抱いたまま、
いつもの摸糊奈さんでみおみおと一緒に一杯やりました。

実はしばらくして、一緒に参列したメモラーさんも、いらっしゃっいまして、
葬儀でのしくじりとかざっくばらんにお話しすることができて、
気持ちの整理を付けることができました。
関根明子さん、お疲れ様でした。ゆっくりお休み下さいませ。