今何していると思う? 22時30分過ぎているけど、今家に辿り着いて「きらめきの島奄美」を飲んでいる。
こんな日が来るなんて、誰が想像しただろうか。私には、1年の内のベストスリーだった。それはベストワンかも知れなかった。また、「奄美」に手が伸びる。チーズにも手を伸ばす。シマさんが持って来ていたものを、1個だけ持ち帰っていた。焼酎に合うではないか。
マカデミアを開けた。9個しか入っていないナッツ入りのチョコレートだ。徐に黒糖焼酎に手を伸ばす。もう3分の1もない。シマさんは言った。
「もう今日は飲まないでよ」
そんな訳がない。私は、ブログを書きながら飲み続ける。
5時30分に、そごうの前で会う事にしていた。相手はシマさんだ。渋滞していたバスが45分掛かって、三宮東に着いた。時間帯の問題だが、普通なら25分ちょいで三宮に着く。それで、会ったのは約束の時間ジャストの5時30分だった。
今日の集合は、18時だった。余り何も分からないまま、プロの集団の会に、臆せずに参加した。
今又、焼酎に手が伸びる。
チョコレートにも手が伸びる。
人数も分からない。誰が来るかも分からない。しかし、自分の食べるものをコンビニで買って、会場KR&ACへと急いだ。6時からだが、まだ3人しかいなかった。鄭重な挨拶を受けた。この会場は、本来は会員制なのである。
まあ、後ろの席に座った。6時になっても、そんなに集まって来ない。だが、35人の席が用意されていた。安い会費で、スナックは用意すると言っていた。自分のものを用意したらいいと言う事だった。
シマさんは配慮からピロシキを買っていた。ローソンに入り、彼はおにぎりを2個買った。私は、サンドイッチを買った。
シマさんは「きらめきの島奄美」を持って来ていた。私は、約束通り、水と紙コップを持って行った。
段々集まり出して、結局演奏を始めたのが、7時だった。当然だが、プロが演奏し出した。3曲演奏しただろう。フルートの演奏だった。もう、これだけで今日の会費以上の演奏に思えた。乾杯の飲み物は、ベンジャヤミン・ツィアフォーゲル氏の奢りだった。餃子あり、向こうにはスナックどころか、凄い食べ物が置かれていた。こんな会費でこれだけの食べ物は、尋常ではない。
シマさんとビールをチョイスし、それから乾杯となった。時間は7時。
どうも蘭奈さんが仕切っているようだ。スープを配ったり、皆に何か説明しているようだった。
また、私は焼酎に手を伸ばす。マカデミアにも手を伸ばす。
隣りの2人の女性と親しく話す破目になった。1人は、フルートを習っているとい言った。1人は、ピアノをやっていると言った。
シマさんも私も、始まるまではそのテーブルなどのアレンジに違和感を覚えていた。だが、段々慣れて行く。赤ちゃんを連れて来た人もいた。だが、その人こそ、ベンジャミンさん(ヴァイオリン)の伴奏者だった。河合由夏さんと言って、素敵な演奏をした。
ベンジャミンさんの演奏は、それはそれは素晴らしかった。蘭奈さんも交えて、トリオで演奏した。ヴァイオリン、チェロ、フルート・・。はっきり言って、この演奏は1万円位の値打ちがあった。
蘭奈さんが、シマさんの所にやって来た。彼が演奏する事になった。前に出た彼は、完璧と言っていい演奏をした。当然、拍手喝采だった。こんな演奏、聴いた事もなかっただろう。だが、プロ集団や聴衆の心の中には、しっかりと奄美の演奏が残って行ったに違いない。
彼は、大きな仕事をなし終えたのだった。もうガヤガヤして打ち解けている中、彼の演奏が始まると皆集中して聴いていた。蘭奈さんは素敵な女性だと思う。彼に三線を持って来るように言っていて、演奏する場を忘れずに作ってくれたからだ。
私はもう、お呼びがなかったら演奏はしなくてもいいと思っていた。だが、8時30分。蘭奈さんは私に、もう時間がないからと演奏を促した。躊躇するのは愚の骨頂だ。前に出て、簡単な話をしてから演奏を始めた。6曲考えていたが、1曲演奏出来たから凄い事だと思う。
「リュブリャーナの青い空」「愛の讃歌」「ボレロ」「春の海」「神話」「タイスの瞑想曲」。だが、1曲で十分な雰囲気だった。徐に、AG管を持ち出して、「愛の讃歌」を吹いた。プロの中に、私が唯一のアマチュアだと言って・・。
「リュブリャーナの青い空」は、ベンジャミンさんの歓迎の積もりで用意していたが、彼はオーストリアの人だった。スロベニア放送交響楽団所属のコンマスで、てっきりスロベニア人だと思っていた。
シマさんと、黒糖焼酎をこそこそ飲んでいたので、私は赤鬼だった。だが、やらなければならない。ここで失敗したら、蘭奈さんも私を見限るだろう。
コンマスは、柱に凭れて聴いている。シマさんの時もそうだが、珍しい楽器なのだろうか、ガヤガヤがなくなり、ちゃんと聴いてくれている。
ライブは間違ったり変な所があったりするものだが、そんな事はどうでも良かった。最後までやる事こそ重要なのである。シマさん共々、かなりの拍手は頂いたと思う。
帰る途中、「素敵でした」と言ってくれる人もいた。嬉しい事に違いない。席に着いても、「良かったです」と言ってくれる人もいた。
その後、ベンジャヤミンさん達カルテットの演奏があり、その後ベンジャミンさんの「タイスの瞑想曲」の演奏があった。「タイスの瞑想曲」や「チャールダッシュ」を、私も下手ながら吹く事があるが、ヴァイオリンではよく聴く曲だ。被らなくて良かった。
もう9時に近かった。ベンジャミンさんは私達の所にやって来た。「きらめきの島奄美」を飲みたいと言う。ストレートで。かなり強そうだ。
彼は、ずっとスロヴェニア人かと思っていたが、交響楽団はスロヴェニアでの仕事だと言った。オーストリア人だったのである。
「アイ ハヴ ビーン ウオンティング トゥー ミーチュー フォー ロング タイム」と言ってから、握手したのはもう10回近くにもなった。力強い握り方だった。腕力もありそうで、また素晴らしい男だとの印象を持った。
もう色んな人と話をした。英語で話すのは、ベンジャミンさんだけだった。
「メイ アイ コール ユー ベン?」
「OK」
「オー、コール ミー ヒロ、ノット ヒーロー」
と言った。
いい男だが、演奏はプロ中のプロだ。そんな雰囲気の中に、シマさんと私はいたのだ。こんな3時間は、1年間の中でも、凄い時間だと思った。
ベンジャミンさんとまた会う機会があった時、私やシマさんの顔は覚えてくれている事だろう。10回近くも握手に応じてくれる男なんて、そうざらにはいないからだ。こんな交わりなんて、あっていいの? と言う事が先に立つ。
蘭奈さんは言った。私の演奏に、
「感動しました」
と。
まさかとは思うけれど、適当な言葉と思いたくはなかった。何故なら、1度偶然にもコラボする機会があった時、やっぱり、感動したと言うような事をメールで送ってくれた事があった。社交辞令かも知れないが、その一言の余韻を次に繋げたいと思う。
ああ、もう「きらめきの島奄美」が少なくなっている。チョコレートも2個しかない。いやー、ほんとに凄い3時間を過ごす事が出来た。そして、この瓶に入った「きらめきの島奄美」の残りを、私がゲットしたのだった。