コンドルが悠々と、芸文センター阪急中ホールの天井付近を気流に揺られながら滑空している。コンドルは、滅多に羽をばたつかせない。ホールに、飛べるだけの気流がある訳はないが、私が操縦しているのだ。
またまた2階の最後尾の1つ前の席だ。だから、私もコンドルになって俯瞰しているのである。
外は雨。7時になると、黒い女豹が、4人のミュージシャンを引き連れて登場した。女豹は寺井尚子。言わずと知れたジャズ・ヴァイオリニスト。ピアノは佐山雅弘。ベース金子健。ドラムスが荒山諒。パーカッション松岡”matzz”高廣の面々だ。寺井尚子はこれらの猛者を組み込んだ。誰1人を取っても、日本を代表するア-ティストと言っていいだろう。
寺井尚子の肌が現れている部分は、両の腕と首と顔だけだ。後は、足の靴まで黒い。ベルトも黒いが、ふわっとして太いのがポイントだ。ポニーテールの女豹は、プログラムもない中、パフォーマンスを心掛けながら、先ずは[Tango pour Claude(リシャール・ガリアーノ)」の演奏。長いが、トップバッターの曲としては、最初から惹き込んで行った。
「今日は、ノンストップでやります」
と言って、喝采を得た。休憩がないから、延々と楽しめる。
「大丈夫ですか」
会場にどっと笑いが溢れた。トイレ休憩がないのだ。
「月の光(クロード・ドビュッシー)」をジャズでやるのだ。もう、上手い。ドラムスとパーカッションの掛け合いも素晴らしいが、ベースが引き立っている。ピアノは凄過ぎた。
「チェリキー(レイ・ノーブル)」と書いているが、知らない曲だ。そもそも、ジャズが楽しく素敵だと思えるようになったのが最近の事だからである。ホール巡りも大分になるが、それがなかったら、ジャズ所かクラシックだって全く分からなかった事だろう。
「Same Old Story」。これはピアノの佐山雅弘の作曲である。知る由もないが、これがまたジャズになっている。これから演奏されて、知られる曲になるだろうと思った。
寺井尚子のヴァイオリンは、私達を包んでくれる。どんなに難しい曲や速い指遣いでも、そんな事を全く感じさせない演奏をする。凄いとか素敵だとか素晴らしいだとか、そんなものをとっくに超越して私達を惹き込み楽しませてくれる。それを、この4人がまた凄いテクニックで彼女を支えているのだ。最強の演奏だと言っていいだろう。
「フラジャイル(スティング)」。「Alone Together(アーサー・シュワルツ)」。共に知らないが楽しい。凄いミュージシャンが集まったものである。
「ブエノスアイレスの冬」。アストル・ピアソラに、こんな曲があるのだ。あの有名な曲にどこかメロディが似ているところがある。それが彼の曲の良さであって、それでいいのではないだろうか。
ここで「きよしこの夜(フランツ・グルーバー)」が奏でられた。ジャズ風のこの曲も、基本的に「きよしこの夜」には違いないので、それはそれで楽しめるものだった。だが、この曲に関しては、もっと純粋な、美しいストリングスを聴きたい。これは勿論私見である。
「これで最後の曲になります。本日は本当にありがとうございました。皆さんのパワーを頂き、明日からまた生きていきます」。
最後は流石「Spain(チック・コリア)」。かなり長い間アレンジ曲が流れ、あの冒頭のメロディが中々出て来ない。もうないかと思っていると、早速始まった。ヴァイオリンを、いとも簡単に弾く。ジャズにする楽しさみたいなものを、ここではどっぷりと感じさせて貰った。
アンコールは、2曲。「星に願いを」と「St.トーマス」だった。「星に願いを」は私も練習している。普通のものと少しジャズっぽいものを。早く帰ってオカリナで吹いてみたいと思った。
寒い雨の中を、三宮に向かった。阪急電車の特急は、すぐに三ノ宮駅に着いた。横断歩道を渡る。雨は「ボレロ」が18分演奏されるとしたら、11、2分の辺りの強さ位だろうと思う。横断歩道と言えど、雨の溜まっている所も在る。傘を差しながら、ビチャッと踏んでしまう。片方の靴の中に水が入ってしまった。
もうバスは来ていて、最後に乗った。そのままなら、ずっと後ろの席に行くだろう所だ。いつもこの時は、素早い判断が求められる。一番前の席に座っている人の隣りに座った。この方が、降りる時に頗る便利なのである。
すぐにバスは発車した。かなりの雨、久し振りの雨の中、バスのスピードは速かった。降りると傘を差しながら、水溜りを避けて歩いた。そのまま、1点だけ残された家の明かりの中へと入って行った。
「Hyogoクリスマス・ジャズ・フェスティバル2016」は、
12月 4日 渡辺貞夫オーケストラwithデイヴ・グル-シン
12月13日 寺井尚子クインテット
12月16日 アトリエ澤野スペシャル ロベルト・オルサートリオ
12月17日 北村英治カルテット
12月23日 山中千尋withラズロ・ガードニー
12月25日 アロージャズオーケストラ&日野皓正withマリーン
と続く。年金暮らしでなかったら、全部聴きに行ったと思う。まあ、毎年1つずつで結構だ。今までに聴いたものもある。渡辺貞夫、寺井尚子、北村英治、アロージャズオーケストラがそうだ。来年は来年で、また考える事にしよう。
温野菜がテーブルの上にあった。それで焼酎を飲む事にした。ついこの間、たまにはいいだろうと買った少々高い芋焼酎だ。「霧島」の白。白は黒より高い。
俯瞰しながら飛んでいたコンドルは、最後には女豹の前に降りたって、しっかりと目を見ていた。同じステージと言う地面に立って見つめた女豹の美しさは心から滲み出て、自信に溢れるものだった。
対峙をしたなど表現はきついが、コンドルの気持ちは既に呑み込まれていた。女豹の怪しい立ち居振る舞いに・・。またそのパフォーマンスには、到底太刀打ち出来るようなものではなかった。ただ傍に近付いて、その妖艶な姿と表情を見ていた。こんなに近くにいるのに、女豹はコンドルを襲う気配も見せなかった。コンドルなど、目に入っていなかったのだろうか。
コンドルは、最上階まで上ると外に出た。殆ど動かさなかった羽を羽ばたかせながら、上空へと舞い上がって行った。雨に打たれ濡れながら、それでもぐんぐんと上昇して行った。気流に乗りながら、羽を預けて大空を颯爽と滑っている事が恋しくて。それにまた、滑空しながら、眼下に見える世界を俯瞰していたい為に・・。