もう、短いブログにしちゃう。明日は、卓球行かずに麻雀だし。

世界で一番短い手紙が、

「?」「!」ですね。

「元気?」 「元気!」

「売れてる?」 「売れてる!」

「儲かってる?」 「儲かってる!」

何とでも言えて妙だ。でもやっぱり、こんなに短いブログ? は、私には無理無理!


阪急中津駅と言えば、三ノ宮駅から十三まで行き、各駅に乗り換えて次の駅だ。その次は梅田である。

少し速めに行き、「レ・ヌーヴォレ中津」を探した。前以て下調べをして置かないと、2人の友達諸共、路頭に迷う。チラシの裏の地図通りに歩いてみた。駅の北側、右手にサンクス。左手は公園だ。そこをほんの少し歩くと右手にP。その角を右に曲がると両側に煙草店と西田工業があり、その間を北に上がると右手に「レ・ヌーヴォレ」があると記してある。これなら駅からは3分位だ。

すぐに右手に食堂があり、ここで昼飯を食べようと、安易に考えていた。しかし、行けども行けども、右手にホールらしきものがない。「大阪市北区中津3-10-7」と書いてある。右を見るのだが、3丁目はそうでも、9番地の表示しか見当たらない。段々不安になって来た。

随分先に行った所からまた元に戻ろうとした。その先に、後姿がとても若い女性が歩いていた。聞こうか聞くまいか。この辺に住んでいる人なら、分かるのではあるまいか。歩みを速めてその女性を追った。

声を掛けたら不審者と思われないだろうか。

「すみません」

まだ何も悪い事していないのに、すみませんと先に謝るのはどうしてだろう、などと思いながら声を発した。その女性は歩みを止め、こちらを向いた。その辺は狭い路地のようだ。おお、綺麗! 若い女性であった。

「この辺に、レ・ヌーヴォレと言う音楽ホールはありませんか」

「よく分からないのですが」

「この辺にお住まいではないのですか」

「いえ、この辺と言えばそうですが」

私は、チラシを見せた。

「ここなんですが。3丁目10と書いてあるのに、その10番地が見当たらないんです」

女性はチラシをじっと見ていた。

「これがその場所の住所ですね」

「そうです。お急ぎではないのですか」

「いえ、そんな事はないです」

駅へ向かっている事だけは確かだった。しかし、一緒に探してくれた。それに、とても親切に。

スマホを出して場所まで調べてくれているが、詳しくは出て来ない。

「この辺りのようですが」

「お急ぎのようなのに・・」

そうして、遂にその場所が分かった。昼飯を食べようとしていた食道のすぐ隣りだった。金文字で、「Le Nuvole中津」と上部に大きく表示してあるではないか。余りにも近いので、完全に見過ごしていたのだった。

「ありがとうございます。一宿一飯ではないですが、本当に助かりました。友達と中津駅で待ち合わせをしているのですが、下見をして置かないとと思って」

「ここを左にでも右にでも中津駅には行けます」

それは分かる。すぐだ。

「左に曲がれば高架がありますが、それを潜らずに右に行けば駅です」

何と親切なんだろう。こんな女性と出会うなんて、きっと前世で出会っていたかも知れなかった。こんな賑やかな街に挟まれた中津と言う賑やかではない町の中で出会った女性の、親切だった。私がもう50歳若かったら、イチコロだっただろう。今は分別があると思うが、それでも魅力を感じる女性だった。

「忙しい所をすみませんでした」

「いいえ」

ああ、こんな人がまだいるのだ。

2時からのコンサートで、シマさんことYさんとK君とは中津駅の改札口辺りで1時15分に会う事にしていた。もう、食堂に入って食べる程時間はなかった。12時55分だった。サンクスで海老2尾が入った弁当を温めて貰って、公園のベンチで食べた。ものの5分で終了。甘ったるい濃い味で、これならサンドイッチの方がまだ良かったなと、別のベンチでそれを食べている女性を見て思ったものだった。

公園の銀杏の木が、美しく黄葉している。

まだ来ていないだろうと思ったが、駅の階段を上がってみた。2人共私が電車から降りて来ると思っていたのだろう、改札口の外から内側を見ていた。

まだレ・ヌーヴォレに入るには早過ぎる。3人で、演奏の済んだ後飲む店を物色した。結局駅前の2軒と、公園の先の1軒があるだけだった。実は、飲み会にだけは参加したいと言っていた医者のS君が4時半頃に来るので、4人で飲む店を探していたのだ。1駅終点に行けばそこは梅田だが、全く知らない町で飲むのもいいかと思っていた。

レ・ヌーヴォレに入って暫く待った。音響は良さそうだが、どんなに考えても50人は入らない部屋だった。勿論満員だ。

私とシマさんはチェリストの崎元蘭奈さんを知っている。今日の演奏はフルートの川端裕美さんとピアノの橋本尚さんの3人だった。それでも15分の休憩を挟んで、2時間の演奏だった。ピアノは、リストも弾いたベーゼンドルファーで、橋本尚さんは、その音の一端を再現してくれた。

3曲だったが、最初はフルートとピアノで「プロコフイエフ フルートソナタ ニ長調 Op.94」。2番目はチェロとピアノで、「ラフマニノフ チェロソナタ ト短調 Op.19」。最後は「カプースチン フルートとチェロの為のピアノトリオ 作品86」だった。これはジャジーな面白さがあった。

この部屋の音響は良く、3つの楽器が、その音質を遺憾なく発揮していた。アンコールには「ダッタン人の踊り」を演奏した。崎元蘭奈さんが出演するので聴きに来たが、美しい音色を奏でていた。彼女は、決してチェロを離さないと思う。何故なら、チェロに魅入られた女だと思ったからである。

先ず、この3人の演奏を、私はオカリナで再現出来ない。それは、音楽に生きて来た者と、趣味でやっている者との大違い。プロと素人の、また月とスッポンの違いからである。


5時前にS君がプラットホームからの階段を降りて来た。更に階段を降りた所に2軒の居酒屋がある。大きそうな居酒屋に入った。かなりの席があるが、たった1人飲んでいる人がいた。先ずは生ビール。その後は更に生ビールを飲む者、焼酎も芋と麦とに分かれた。

相撲のテレビが放映されている。ちらちら観はしたが、明日は麻雀の予定で観る事が出来ない。13日間ずっと観続けて来たのに、14日目はこんな状態で、明日は全く観られない。明後日の新聞でしか、知る由もないだろう。

いつしか人も増え、6時前には満員状態になった。広々と取られたテーブル席も何か古民家を想像させ、土間を思わせた。高架の下の店とは思われなかった。手慣れた風の小太りのおじさんが殆ど1人で注文を聞き、品を運んだ。

カウンターも離れた先にあり、先程のコンサートは小さな部屋に50人近い聴衆が詰め込まれていたが、ここは人数は30人位とそれより少ないものの、広々とした空間の席は集落を彷彿とさせた。ここでコンンサートがあってもおかしくない集団となった。ただ目的が違うけど・・。静かに聴くのと、飲んで食べて騒ぐのと、ね。

ドテ焼き、肉じゃが、焼き鳥、コロッケ、おでん・・。どれを取っても美味い。甘めなものもあったが、私にはお袋の味を感じさせてくれた。お袋の料理は、本当に美味かった。私は、今でもそれら様々な味を思い出す。今でも、お袋のコロッケを探し回っている位だ。玉子焼きは甘かった。私にはそれが玉子焼きだったのである。

だが、最近は砂糖を入れない卵焼きを作る。ダイエットもそうだが、出来た玉子焼きに、シェフが使うようなケチャップを垂らして食べる。これも又美味い。味の改革である。時たま、砂糖を入れて食べる時がある。それこそお袋の玉子焼きだ。

4人は同年齢だ。色んな話をしたが、覚えていない。無理に思い出さなくても、とても楽しいひと時だった事は覚えている。7時過ぎに店を出た。それぞれの家路を辿る。三ノ宮からの高速バスの待ち時間があり過ぎる。電車に乗った。垂水駅からはバスで帰った。そして、ちょっとだけオカリナの練習をして、その後ブログを書いている。全くタイトルの内容を書いた訳でもなかった。

やや酔ってはいるが、その瞬間瞬間が生きている事を確認させるのだと、しみじみ思う昨今だ。若くなりたかったら、歳を忘れる事だ。そして、生涯青春だと思う事。ポジティブに生きる事。

私の好きな、今懸命に練習している「メモリー~キャッツ~」にある、記憶が曖昧な為に勝手に思い込んでいる一節。「今夜の事を思い出に渡して、明日を生きよう」。ああ、自由とは、解放される事ではないか。勝手気儘ではなく、心が解き放たれる自由を感じて生きたい。