やっと実現した。チェリスト蘭奈さんとのデート。

と言っても、法然と親鸞程も歳の違う女性と、私の血迷う話ではない。

それは、甥の悠介と、三宮でベースとオカリナでコラボの練習をしている時の事だった。チェロを入れてトリオで演奏出来たらいいなと私は言った。

それまでに何度か蘭奈さんの演奏を聴きに行っていて、その前には偶然にも或る場所で、一緒に2曲程演奏する機会があった。プロのチェリストと私がコラボ出来るチャンスは、千載一遇としか言いようのない事でもあった。そこで知り合い、演奏の案内が送られて来たのだった。

そんなこんなで、メールで演奏の案内があった時、勿論電話で話したりした事はないが、「いつかランチでもしましょう」と言った気遣いが書かれていた。それは半信半疑だったが、知り合いになっている事を思えば、いつかそんな時が来ると思っていた。私は、兎に角一緒に演奏出来る機会が欲しかった。

夏に悠介と再び練習した時、彼もプロである以上、幾ら甥であっても私と本気でコラボをするとは思えなかった。それが、案外乗り気になってくれていた。これも先行き短い私への最高の気遣いだったろうと思う。

そこで彼に、再びチェロが入ったら面白いだろうね、と蘭奈さんの事を話した。「呼んだらいいのに」と言った。私としたらそう簡単な事ではなかった。何故なら、ランチの確約が出来ていない事と、そんな話受け入れてくれるかどうかの関門があって、まだ動き出してもいなかった。

「順序を追って行かないと」と私は言う。「先ずランチへの誘いが実現しないとどうにもならないし、その時どう承諾を取るかも問題だ。それがOKだったら一緒に練習出来るようになると思う」と言った。

悠介は「もし必要なら、チェロのパート譜は作るから」と言ってくれた。

11月26日、チェロ、フルート、ピアノの3人の演奏を阪急梅田の1つ手前の中津に聴きに行ったが、それも案内があった。その時私は意を決して「またランチでも」とメールに返事を書いた。すると、幾つかの日を聞いて来たのだ。それが12月8日に会う現実への発端となった。

12時に、JR三宮駅中央口の改札付近で待ち合わせた。今日になったのは、多分中津での大変な演奏が終わるまではと言う気があったのかも知れない。

「どこかいい所ある」

と聞いた。

「余り知らないけど、昨日は中華だったし、和食もいいかなと思って。ステーキなら、並ぶけどリーズナブルな所があるんですが」

「和食でもいいよ」

「和食だったらミントにありますけど」

「僕はカツなんかが好きで」

「私も肉は好きです。よく食べるから、和食もいいかなと思ったんです」

「ああ、何でも好きなんだね。じゃあ僕と一緒で、雑食かな」

「そうです」

と彼女は笑いながら言った。

「僕はトンカツが好きでこの近くの『あかちゃん』と言う洋食屋さんによく行ったんだけど、どこかに移ってしまってねえ」

「その名前は聞いたことあります」

「三宮センター街の地下にハヤシライスにトンカツの乗ったのがあるんだけど」

「そこに行きましょう。それ食べた事ないから」

と言う訳で、地下を通ってその店「金プラ」に入った。今日は満員に近く、でも席は確保出来た。ライスの上にカツが乗り、その上に孫亀、いやたっぷりと牛肉が乗った「カツハイライ2つ」と言って注文したものだから、彼女は聞き返した。「ああ、それはカツハヤシライスの事だよ」と私は答えた。

それにしても、想像する普通のルーではなく、デミグラスソースが肉を繋ぎ合わせているかのような少量のものだった。

美味しいと言ってくれて、雰囲気がある訳でもなく何の変哲もない店だったが、良かったと思った。それ以上に表裏のないポジティブな行動的な、それに自分から言ったが、体育会系の女性でもある事が分かった。

酒は好きそうだったが、昼間からは飲める筈もない。だが、焼酎も好きな様で、

「僕は芋が好きでね」

と言うと、

「私も好きです」

「麦よりも」

「ええ、麦よりも」

合わせてくれているのかどうかは分からないが、好きなものとか音楽はプロとアマチュアだが体育会系だとかはよく似ていた。肩に力は入らなく、どちらもよく喋る。気楽に話す事が出来た。だって、私の娘と同じ位の歳恰好だったからだ。

幾らランチだとは言っても、ではこれで、と言う訳には行かない。肝心な事はなに1つ話していなかったからだ。

「お茶でも飲もうか。まだ話していない事があるから」

と言って、彼女に言われるがままに、ヤマハ楽器の有る近くの西村コーヒーに入って行った。最初覗いた喫茶店は、煙草の煙がもうもうとしていた。

ここで愈々核心に触れなければならなかった。一緒にコラボして貰えるか。から始まって、悠介の事を話した。3人で練習出来るかと聞いた。それは、聞くまでもなかった。喜んで参加するとの返事だった。

シマさんの話をすると、奄美にも行きたいと言い、シマさんとも3人で話したいと言った。ダイビングの免許も取ったので、奄美の海で潜ってみたいとも言った。どこまで開放的な女性かと思った。

スロヴェニア放送交響楽団のコンサートマスターが、松方ホールで蘭奈さんと一緒に演奏するので聴きに行ったが、私にはスロヴェニアは意味深い国だったのである。

そのベンジャミン・ツィアフォーゲルさんが、12月の下旬に再来すると言う。26日に、或る会場を借りて演奏したりどんちゃん騒ぎをしたりして楽しむと言うのだ。私にも「オカリナ持って来ませんか」と誘ってくれた。急だったので即答は避けたが、触手の動く誘いではある。「シマさんも、三線持って来たらいいのに」と言った。

スロヴェニア! リュブリャーナ! と言うのが凄い。

話したり聞きたかったりした事が5つあると言って、私は饒舌になった。今度会う事があれば、その時は私が聞く番だと思った。チェロとオカリナのコラボ、更にベースを合わせた練習や演奏が出来る事になったのが、何よりの収穫だった。これで悠介にちゃんと報告も出来る。

まだ何よりも良かったのは、気楽に話せる女性だと言う事だった。つまり、気難しいのではなく気さくなチェリストだったのだ。

私は彼女に言った。

「今頃になってやっと、プロと言われる音楽家が如何に凄いかと言う事が分かりました」

「私と同じ位の年数やってるんでしょう」

「年数はね。プロが半年やったのと僕が20年やったのと同じ事ですよ。中味は比べようもなく、隔たりは考えられない位に深いんです」

私は心の中では反芻している。オカリナはオカリナの味を出せばいいし、私は私の演奏をすればいい、と。それで一緒にやってくれる人がいたら、それは人と人の出会いだと思う事にした。

「あ、今からレッスンがあります」

もう2時間半近くも、食べて飲んで、話していたのだ。飲んだのはコーヒーだけど。私はブレンドで、彼女はシナモンのスティックの入ったコーヒーだった。シマさんと一緒に会う事があれば、次は間違いなく焼酎だ。

蘭奈さんは、向こうに自転車が置いてあると言った。私は2時半の高速バスに乗り、彼女は自転車に乗ったのだろう。

バスからは、雲が見えた。迫り来る大きな雲の塊りが幾つも。デカいクジラのような雲。牛の形をした雲。こんな雲を初冬の空に見るとは思わなかった。行きの渋滞に反して、あっと言う間にバスは、私のバスストップで止まった。