どんよりと、空は灰色掛かって来た。今までの長い経験から、如何にも雨が降りそうだった。それでも、正午のちょっと前に出掛けた。バス停まで、降らないでくれと願いながら。

ポツリポツリと髪や頬にそれを感じる。その緩さが、軈て速くなる事は経験済みである。横断歩道を渡る前に、頭に感じられるようになった。右左から車が横断歩道を遮断する。私は、木の下を選んで、通り過ぎるのを待った。傘は小さな鞄に入っているが、ここで差したら濡れた傘を手で持ち歩かなければならない。ちょっと我慢して、高速バスの停留所に着いた。

バスが三宮に着くと、雨は上がっていた。新快速を暫く待って、大阪駅へと。環状線内回りの電車に乗り、次の駅が福島である。福島と言えば、私の場合ザ・シンフォニーホールを指す。

お蔭で卓球は出来なかったが、2時からの演奏を聴くのがまた楽しみなのだった。

「当日、本券を座席指定券にお引き換え頂く必要があります。座席指定券の引き換えは12:30から開始します」と言う券を、ホールで交換する為に並んだ。もう5、60人が並んでいる。この引き換えの券は、私の知り合いが送って来たものだった。つまり招待してくれたのと同じ事である。ならば、この並んでいる人達も、皆招待を受けているのと同じである。

私を招待してくれた女性は、この「オーケストラ千里山」の楽団員で、オーボエを吹いている。アマチュアであるが故に、団員は持ち出しなのだ。

チケットに交換した後モスバーガーで一度食べてみたくて、また福島駅のすぐ近くまで戻った。何だか人も多くて、すぐに食べられそうもない。仕方なく、ファミリーマートに入って、サンドイッチを食べる事にした。コーヒーは100円の、一番小さな紙コップを買った。

店の中にはカウンターがあり、5人位は座れた。そこで食べていると1時30分を過ぎようとしていた。またホールに戻ると、チケットに書かれた席に座った。前から3番目の席で、目の先は第2ヴァイオリンの人の靴の辺りにあった。

ハープは2台。すぐ右手にあった。2人の女性は、誰もいないステージで入念に弦の調整をしていた。2時が過ぎて、団員が入場して来た。頻りにオーボエを探したが、その配置の場所までは見る事が出来なかった。

被り付きみたいで、右側の私の目先は第2ヴァイオリンが、左に遠くは第1ヴァイオリンが見え、その隙間からチェロが見えるだけだった。ハープは首を右に曲げると、全くよく見えた。だが、後ろの楽器は見えなかった。

2階からなら、全体が俯瞰されただろうが、こんな前は佐渡裕さんのオペラのリハーサルで前から2列目の時以来だった。その時も今も、最前列は誰も座っていなかった。

初めから指導されていた客員指揮者井村誠貴さんが入場し勢いよく指揮棒を振ると、最初の音が出た。今日の演奏は、マーラーの交響曲第2番「復活」だ。第1楽章約23分、第2楽章約10分、第3楽章約10分、第4楽章約5分、第5楽章約35分。まあ80分程の大作である。

マーラーの曲は殆ど聴いていない私に、その奏でる音は新鮮だった。客演ソリストはソプラノが坂口裕子さん、アルトが福原寿美枝さん。と言っても、知る由もなかった。

ドイツ語で歌っているようだ。その中身の極1部だが、第3楽章の歌。

「お説教には感動しても、やつらはみんな元のまま! カニは横にと歩いているし、干物は太ったまんま、鯉は大食らいだ。お説教など忘れちまった。忘れちまった!」

どこで歌っているのだろう。姿が見えない。しかし、臨場感は中々のものだ。

4楽章の歌は、その1部だが、

「人は大いなる苦難の中にある! 人は大いなる苦痛のなかにある! それなら私は願う。むしろ天国にいたいものだ。それなら私は願う。むしろ天国にいたいものだと!」

第5楽章は圧巻だ。高い所にあるパイプオルガンの下に並んだ男女の合唱団の人数にも驚いた。多分だが、150人以上いたと思う。それまでじっとそこに座っていた出番のない合唱が、ここに来て凄まじい程の声を出した。人間の声は、ここまでの声量を発揮するのか。まるで第九のようにも感じられた。

トランペットを吹く4人の女性がパイプオルガンの両横に立った。この音も大きく響いたが、合唱の声量には叶わなかった。勿論パイプオルガンも第5楽章の後半で覚醒した。

「おお、痛みよ! すべてを貫き通すものよ! お前より私は逃れ去ったのだ! おお、死よ! すべてを支配するものよ! 今やお前は敗れ去ったのだ!」

ハープの音がこれ程明瞭に聴こえた事はない。すぐ間近で、ここまで聴こえた。よくぞこんな前の席になれたと思った。全体の動きは見えなかったが、音はまるで室内楽団のような音で聴こえた。

アマチュアなどでは決してなかった。素晴らしい演奏に感動した。指揮者の体の動かし方に、その凄さを思った。この80分を、ずっと指揮棒を振っていたのだから。よくぞ倒れなかった事だと言うのが、私の感想だった。

当日券を1,500円で買った者も、前売券を1,000円で買った者もいただろう。でも引き換え券を貰っていた者も少なくなかっただろう。これだけのオーケストラの人数と合唱団の人数を考えても、誰にも演奏料が入ったとは思えない。そんな持ち出しの演奏を聴いた。だが、その感動は強く心に染み込んだ。

終わった。拍手が起こった。長い間起こった。私も手を叩いた。いつまでも、いつまでも、叩いた。ちょっと休んでまた叩いた。きっとアンコールはないと思った。それでも叩いた。5分やそこらは叩いていたように思う。良かった。素敵だった。マーラーとはこんな作曲家であり指揮者であったと感じる事が出来た。私との歳の差は85年だが、凄い仕事をして来た人なのだと思わずにはいられなかった。

惜しみない拍手を送り、王将の餃子屋さんに入った。今日は家で飲む事にしていたから、ここでは生ビール1杯と、餃子1人前、それと唐揚げで早々にこの店を後にした。

青空が見えている。三ノ宮に快速が着いた時、走っても高速バスには間に合わないと思った。それで快速に乗ったまま垂水駅まで行き、バスに乗る事にした。この方が、若干早く家に着く。

帰るや否や、出雲の妹が全体の漁業の会長をしていたと言う人の友達から、普通の値段より安く買ったのどくろの干物を今朝送ってくれていたのを、グリルで焼いた。友達が浜田に帰った時にしか手に入らない。干物と言っても、まるで生もののような干物だった。朝届いていたので、冷蔵庫に入れていなければ、腐ってしまったかも知れない代物fだった。

白く柔らかい身のまま、皿に乗せた。これがのどくろかと、感動のようなものを覚えた。焼酎のお湯割りを作ると、早速口に入れた。何だ、これは! それは、口の中で甘く蕩けた。まるでバターが溶けるような感じだった。こんな食感は、魚で感じた事はない。テニスの錦織圭選手が、松江に帰ると必ずと言っていい程食べると言うのどぐろである。

彼が食べるのはこんな干物ではないだろうが、それでも高価な魚だ。それに比例して、またそれ以上に美味い魚だと分かった。沢山送ってくれた訳ではないが、誕生のお祝いをしていなかったから、これは贈り物だと、嬉しい事を言ってくれた。味の開きも数匹あってそれも1尾食べた。のどくろの比ではなかったが、それはそれで味わいがある。

いつまでも冷蔵庫に入れて置けない。冷凍庫に入れて保存する程量もない。とすれば、明日もう1度食べる喜びが出来た。こんな味だったかと、今更ながらのように舌に覚えさせた。こうなると、いつか煮付けとか焼き物にして食べてみたいと言う欲望が、ムラムラと湧いて来た。

のどくろって、口を開けたのどの辺りが黒いので、のどくろと言うんだってね。
細い体が黒いロングドレスをより美しく見せる女。知っている者は知っている。あのTVのカラオケバトルが繰り広げられ、女王に君臨している女。100点を出した事もある、あの女に会えるのだ。

新妻聖子。彼女の生の声を聴きたかった。

ザ・シンフォニーホールで、私のバースデーイヴに行われた大ホール。それは満員に近かった。「めざましクラシックスin OSAKA 2017」。

松本蘭はヴァイオリン。高嶋ちさこ12人の1人として3年間の活動をした後、ソロ活動を開始した。ミス着物を受賞した美人である。吉田翔平(ヴァアイオリン)。松本有理(ヴィオラ)。山内俊輔(チェロ)。松本亜紀(ピアノ)。

フジテレビアナウンサーの軽部真一がMCを勤めた。元々太ってはいたが、今はやや太っている体型をしていた。まあ、よくテレビで観たことのある男だった。

第1部

1.アイネ・クライネ・ナハトムジーク第1楽章 モーツァルト

2.交響曲第9番第4楽章『歓喜の歌』 ベートーヴェン

3.ノクターンOp.9-2 ショパン

4.ハンガリー舞曲第6番 ブラームス

5.歌劇「ウィリアムテル」序曲より”スイス〉軍隊の行進” ロッシーニ

皆、料理人のように、長い白い帽子を被っていた。

第2部

6.ザパティアート サラサーテ

7.ウエスト・サイド・ストーリー・メドレー バーンスタイン

~ ヴォーカルゲスト 藤澤ノリマサ ~

8.伝えなくちゃ

9.希望の歌~交響曲第九番~

~ スペシャルゲスト 新妻聖子 ~

10.I LOVE YOU

11.I Will Always Love You

12.天地の声

13.ツィゴイネルワイゼン サラサーテ

楽しく聴かせて貰った演奏だった。だが、圧巻は新妻聖子。私から見れば、この松本蘭を凌ぐ程の美人。それもあるが、歌が、顔が、姿が、輝いている。私は、新妻聖子を観に来たといってもよかった。

松本蘭はヴァイオリンを弾く。赤いドレスで・・。村松亜紀はライトブルーのドレスでピアノを弾く。だが、黒いドレスの新妻聖子には、叶わなかった。と、私は勝手にそう思っている。黒はそんな感じのする色なのだ。テレビでは、テレビから流れる音でしか声は聴かれない。その場に居合わせた葉加瀬太郎などは、今私がここで聴いているような声で聴いているのだ。私がそんなに感動していなくても、そこに居合わせた人達は、うっすらと涙を浮かべてさえいる程感動しているのだ。

初めて生で聴く声は、もう驚き以外の何ものでもなかった。単なるファンでしかなかった新妻聖子は、その表現力、声量、容姿、それらは天の与えたものだった。見下ろす私の同じ場所に、彼女はいた。そうでなければ意味がなく、同じ場所の酸素を吸ってこそ、それは命を共有出来る。

演奏を聴く筈のステージが、この3曲に釘付けになった。なんと素敵な歌手だろう。2003年に、5,000倍のオーディションを突破して、『レ・ミゼラブル』でエポニーヌ役で初舞台を踏んだ。天は、天才を新妻聖子に与えたのだった。

双眼鏡は、しっかりと彼女の白い肌と黒い衣装のコントラストを捉えた。これから、テレビでも、彼女の声を聴く時に、違った捉え方が出来ると思った。

アンコールでは、「見上げてごらん夜の星を」だった。演奏者も、藤澤ノリマサも新妻聖子も、軽部真一も出て来た。そして、歌った。改めて、いい歌だと思った。


今日は私のバースデーイヴだ。もう誕生祝いなどしなくなって久しい私は、明日の72歳の前日を、演奏会の帰りに祝った。祝うって、大した事ではない。飲みたかっただけだ。福島の辺りにある店に入った。結構人が入っていた。

ワインを飲む積もりで、ビールは止めにした。赤ワインのボトルがお得だと言うので、720mlの、チリ産のものを注文した。赤白合わせるとかなりの量のワインがある。酸味の利いた、やや辛口の赤ワイン。あんまり嵩んでもいけないので、あては適量なものを注文した。

従業員と言うか、彼や彼女がとっても愛想が良くて気持が良い。ある女性の従業員は、あての説明をしてくれた。名前が「かめ」だったので、「そんなに頭の回転が良いのに、どうしてうさぎじゃないの」と言った瞬間、赤ワインのグラスを倒してしまった。それは白く縦縞の入った夏服の左側に、どう仕様もない程零れて赤く染まった。

トイレで洗おうとした。女性の従業員が、コップに炭酸を入れて持って来てくれた。これで洗うと、よく落ちると言った。そのように服に零しながら、もみ洗いをした。少しずつ薄くなって行くようだった。最後の炭酸で、本当に薄くはなったが、もう一息だ。もう1杯、コップに炭酸を貰った。かなり賢明に洗った。コップの炭酸がなくなった頃、もういいか、と思った。絞ったが、まだびしょびしょだった。しかし、あら不思議、殆ど赤い色は見受けられなかった。

炭酸の勉強をさせて貰ったが、そう言う教育も受けている店だと思い、感心と感謝だった。

新妻聖子は声量があり過ぎて、マイクの音量をかなり絞っていたらしかった。黒のロングドレス。細い体。それは、大きな妖精だった。素晴らしい歌声を、間近に聴き、その記憶はもう離れる事はないだろう。

実際に見なければ、その本当の凄さは分からない。71の私は、明日72になっても、歳を跨いであの黒い妖精の姿を忘れる事はないだろう。それと一緒に、零れたとは言えグラスの少量だ。ボトルを全部空けて、快速電車と高速バスは、月夜の私を家へと運んだ。
短く、短く、短くね。そうっと書いて、ソフトに終わろう。5月最後の日。それは、明日から6月である事を指し示す。

速く、速く、時はどうしてこうも速く過ぎるのだろう。その瞬間を、自分の意志が素早く捉える。それが、「今」なのだ。

凄い合奏団と巡り合った。2時から、芸術文化センターの大ホールでの演奏。12人のヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、そしてチェンバロ。入りは9割弱と言った所だ。たった1人、女性のヴァイオリニストの緋色のドレスが、黒装束の11人の男の中で異彩を放つ。双眼鏡はちゃんと持って来た。

完璧な技巧と音楽性は、超一流のアンサンブル。各所で高い評価を得た者達が新たに結成した「新イタリア合奏団」。

休憩前の前半はバッハの曲「管弦楽組曲第3番ニ長調(序曲、エール、ガヴォット、ブーレ、ジーグ)」。これは素敵だ。最後まで期待が持てる。最初の音で直感した。

次は、「3つのヴァイオリンのための協奏曲ニ長調(アレグロ、アダージョ、アレグロ)」。余は満足じゃと、時の将軍は日本一の扇を掲げた事だろう。尤も、世界で有数の合奏団ではあろうが、世界一の扇がない。国連の旗を振っても仕方がないではないか。地球国の扇がないのである。

休憩の後は、イタリアの曲が並んだ。

ロッシーニ(ガンバロ編):歌劇”セビリアの理髪師”より「フィガロ」「中傷」「テンペスト」

ヴェルディ:歌劇”椿姫”より第3幕への前奏曲

カタラーニ:セレナテッラ

プッチーニ:菊の花

エンニオ・モリコーネ:映画”ニュー・シネマ・パラダイス”より「愛のテーマ」

              映画”ミッション”より{ガブリエルのオーボエ」

ニコラ・ピオヴァーニ*映画”ライフ・イズ・ビューティフル”よりメイン・テーマ

ルイス・バカロフ:映画”イル・ポスティーノ”より「ホエン・ラブ・カムズ・バイ」

ニーノ・ロータ・フェリーニ組曲「道」「アマルコルド」「8 1/2」

そして拍手は鳴り止まず、アンコールに突入。勿体ぶる様子もなく、最後の曲の延長のように2曲を演奏した。一端引っ込んでも、すぐに出て来る所が好感が持てる。アンコールの2曲目は、下手に消えても1人だけ、戸口に姿が見える。これも演出だろうと思った。

最後に消えるコントラバスの男が調子良さそうな男で、会衆に手を振ったり、オーバーなジェスチャーをして見せてくれていた。コントラバスをステージに倒して行く物だから、皆はアンコールがあるのを察した。2曲が終わると、コントラバスも持って消えた。分かり易かった。

1曲目はヴィバルディ「四季」より”夏”の第3楽章だった。これは夏の嵐と名付けられている如く、迫力のある超速の曲。超絶技巧の部類に入るだろう。感動頻りだ。

2曲目も超絶技巧で、ボッケリーニの「シャコンヌ」だった。どちらの曲にしても1人が兆速の演奏をするだけでなく、ヴァイオリンは皆、揃えて演奏する。これは矢張り凄いとしか、言葉を持ち合わせていない。

全く大満足の演奏に酔いながら、次に酔う店を探した。少し離れた所に「和民」がある。そこで生ビールでちょっと痛い感じのある喉の消毒をした。焼き鳥や辛い唐辛子たっぷりの唐揚げ、ミョウガの肉巻きを食べて、最後は焼きおにぎり。これは五目飯だったとあって、心にも胃にも残った。飲めば飲む程加算されて行く物がある為に、生ビール2杯で我慢した。

捉え得た「今」と言う点が、また次の点をリサーチして、膨れ上がった点が繋がって行く。痩せ細った線を、これらの太った点で繋ぎ、少なくとも痩せていない線にしようと力んでいる。それが「今」だし、「今」は不思議な生き物だ。

凄い演奏を聴いてオカリナでそのように吹こうなどと、畏れ多い事は考えない。だが、そんな凄さを目の当たりにして、今の自分がまだまだ甘えていると思わせられるだけでも、とてつもなく素敵な刺激を貰う。それが明日からの自分に繋がるかどうかは分からない。何の変化もないのかも知れない。だが、私の「今」に揺さぶりを掛け、震わせる何かが入り込んだ事だけは確かである。

そろそろと、そろそろと、やっと「今」を閉じる事が出来た。
いい天気だ。

だらだら汗が流れるような不快感はなく、Sさん宅に集合した。10時が約束の時間で、Sさん夫婦(S.Sさん)、シマさん夫婦、オカリナママさん夫婦、そらの陽さん、Nさん(ギター)、そして私の9人が集った。

12時過ぎまでは雑談。オカリナママさんは、いつでもワインや日本酒やビールを持って来てくれる。有難い限りだ。シマさんは自家製の梅ジュースを持って来て、水を加えて飲んだ。酢の匂いが体に良さそうだ。そらの陽さんは「島のナポレオン」を持って来た。何処で手に入るのだろう。私はお気に入りの、ローソンにある「はみでるバーガー」を、今朝ローソンを3店回って数を揃えた。

もう飲む事にして、ワインや焼酎や梅ジュースをそれぞれの胃に、ちょびちょび流し込んだ。昼からBBQになったら演奏どころではないので、分かれて「みかんの咲く丘」をS.Sさんのピアノ伴奏で楽しんだ。打楽器を鳴らす者もいた。ハーモニーが綺麗で、それだけで気持ちがいい。

次は「上を向いて歩こう」に挑戦だ。A3の楽譜が3枚ある。私は譜面立てに置いたが、これではやり難い。女性陣は、床に横に並べて吹いている。それもそうだと、この曲は諦めた私は、1人思っていた。

それからが圧巻で、オカリナママさんがピアニカを吹き、Nさんがギターで伴奏をした。昨日何処だったかで演奏して、3年生の1人の児童を泣かせる程の演奏をしたそうだ。それは「花は咲く」だ。弦の上を巧みに動く指。それを右手の指が爪弾く。それにピアニカが乗っかって、感情まで表現する。繊細な音が響き渡る。最大の武器は、美しいビブラートだ。皆、その気持ちを感じ取りながら聴いていた。

次の「ラ・クンパルシータ」の迫力には、驚かされた。2人で、何処ででもやれると思った。オカリナママさんに、オカリナとピアニカのどちらを取るか聞いてみたい気もした。

結局3曲演奏を聴かせてくれた。

誰かが、私のTシャツがいいと言った。オカリナがあしらわれたTシャツは娘が作ってくれたものだが、欲しいと言ってくれた。驚いた私は、慌てて注文を取った。シャツの色、胸の前の3つのオカリナは同じ色だが、その色も決めて貰った。何と8枚も承った。きっと恵那の娘も吃驚だろう。もともと私への4枚のプレゼントで終わる筈のものだったのである。気に入って貰えて嬉しい限りだ。

Sさんが肉の買い出しに出掛けていた。帰って来ると、庭でのセッティング。外は結構日差しがきつく、Sさんに帽子を借りて被り、首にはNさんが持って来ていた日焼け止めを塗らせて貰った。これで心配はなくなった。

野菜も準備して貰っていて、それらと共に肉やモツを並べた。タレに浸けて食べると、それはそれは美味しい味がする。先ずはビールで乾杯だ。それからは、日本酒とかワインとか。誰かが、あんまり上等のワインを飲むと、次からランクの落ちたワインは飲めないと言うような事を言った。

私の場合はレベルが低過ぎるのかも知れないが、随分前にでっかい瓶に入った安い赤ワインを買った事があった。これで何日も飲めると喜んで飲んだが、この不味さは稗のご飯を食べるようなものだった。とは言え、稗だけの、いや混じったものでさえ食べた事はない。そのワインは、ドクドクドクと流しを流れて行った。3桁の値段だったが、それでも勿体なくて悲しくて仕方がなかった。

何でも、そこそこのものにしないといけないと言う事が分かったのである。何でも実行と学習だ。

何を喋ったり話したりしたか忘れたが、美味いワインだった事だけは今日の記憶に納まった。

もう2時半が近づいて来た。今日も又、楽しい時を過ごせたし、そんな場を提供して貰った。有難い事この上ない。こんな素敵な集いに感謝し、心を打ち震わせられる今を大事にしたい。結局、人と楽しく集まれる事が最大の喜びだ。

またきっと、いい日が訪れるようにとの願いを胸に仕舞い込んだ7人は、S宅を後にした。

オカリナママさんの旦那さんは歩いて先に帰った。すると4人は坂の上に歩き、シマさん夫婦はバスに乗るのが常だ。私はそらの陽さんと王子公園駅まで坂を下る事になる。だが、どこか喫茶店に入りたかった。6人は、今日は特別だが、坂を下る事になった。

途中のカフェに入って、私は「氷水はありますか」と聞いた。「氷水」? それは子供の頃に、癖になる程口に上せていた「カキ氷」の事だったのである。考えてみれば変だが、「イチゴの氷水」で通じていた昔が偲ばれた。

ないけれど、冷たいスムージーはあると言った。マンゴーや抹茶のものが人気だと言ったが、私はヨーグルトのものにした。850円は自分では高いと思ったが、それにした。結構ストローで吸い上げると冷たさが染みる。沢山胃に入れてしまって、それは泣きたくなるほどに耐えなければならなかった。

反対側の横には、4人が座っている。こちらはシマさんと私。暫くして、抹茶のスムージーがオカリナママさんの手元に届いた。美味いかと聞くと、美味いと満足そうに答える。そっちが正解だったかもと思った。まあ、これも一時の楽しみだ。

王子公園駅に着くと、私達4人は三宮迄、2人は東へと分かれた。三ノ宮からは高速バスに乗って家へと向かった。ちょっと酔いが来たのか、バスの中では白河夜船だった。
5月19日(金)

18日の夜11時頃に娘の旦那が恵那から着いた。6時には家を出ていたと言うから、もう少し早く着いていたのは明らかだ。結局の所、渋滞に巻き込まれていたと言った。

私のいる部屋のテーブルに、旦那と私と娘の簡単な料理を並べた。私と彼は、この時の為に買ったキリンラガーを飲んで、焼酎の「芋職人」も買っておいた。

風呂から上がる彼を待って、早速飲み始めた。あさりのしぐれ煮を持って来てくれた。王将の餃子と唐揚げは、既に買ってある。後は五目煮や梅干をあてにした。

そこそこ飲んで、芋焼酎に苺を3個入れ、下に青々としたほう葉を敷いた。とても綺麗だったので、携帯の待ち受け画面にしようと思った。とても鮮やかな、グラスに苺。面積を広く取ったほう葉。それは驚きの画面となった。

食べ終わると、3人で習字を始めた。以前1度3人で書き回した事があったから、初めてではない。半紙を100枚程買って置いたら良かったと思ったが、こんな時間だ。A4の印刷用紙に書く事にした。彼は燻製(主にチーズの)を作っているので、「燻す」は彼が提案した文字だった。

「おお、上手くなってるじゃない。上手に書けてるねえ」

と言い、私は前衛が好きだから(恰好いい事言ってぇ)、そんな自由な形の字を書いた。色んな字を書いて遊んだ後、彼が、商品の名前と値段を書いてくれと言った。売る時に並べて置くそうな。幾つかの種類の色の画用紙があった。それにべっとりした墨を筆に浸けて、どんどん書いて行った。

氷も売ると言うので、何枚書いた事だろう。A3サイズよりもっと大きなつるつるした紙1枚には、「氷」と書いた。まるで前衛の芸術みたいな文字になった。これが一番のお気に入りとなった。彼は、額縁に入れると言った。そう言ってくれるだけで、嬉しいようなこそばゆいような気がする。

3時半を回った。

「もう寝よう」

と言ったのは矢切の渡しではなく、流石の私だった。

5時に目が覚め、トイレに行った。6時10分にはけたたましく携帯の音楽が鳴り、私はそれで起きなければならなかった。10時から、8月26(土)、27(日)にある文化ホールでのオカリナフェスティバルの会議があるからだった。これで寝てしまったらアウトだが、眠くて仕方がなかった。

2人は午後から、結婚式をした友の数日遅れの堅苦しくない披露宴の準備の為に、三宮へ向かう事になっていた。そのままどこかで1泊し、もう家には帰って来ないらしい。

10時から会議があった。この日のメインは、抽選だ。あらゆる所からエントリーがなされていても、ボタンを押せば抽選は一瞬の内にに終わった。


午後は、気になっていた絵画を観る為に、大阪まで。あべのハルカス美術館は16階にある。パンフレットを見ると、開催日が4月4日だったから、それを覚えていたのだ。5月28日で終わる。

やっぱり好きな人がいるんだなと思える程、観て回っている人達がいるものだ。誰の絵か早く言え、と言う声がする。

「マティスとルオー」展だ。サブタイトルは「『マティスとルオー友情の手紙』刊行記念」とある。これからも分かるように、生涯家族ぐるみの交流を続ける程の長い友情を保っていた。この書簡集は買わなかったが、この2つの個性が美術の時間に教科書で見ただけの数点の絵を、よりくっきりと際立たせてくれた。

コロリスト(色彩画家)のアンリ・マティス(1869-1954)、宗教画家のジョルジュ・ルオー(1871ー1958)。そこまで固い友情で結ばれている事は知らなかった。直筆の書簡とその翻訳を読みながら、絵を観て回った。何しろ本物が140点も観られるのだから、足を運んだもの勝ちみたいな気になった。

沢山あり過ぎて、到底脳裏に定着はしなかったが、その絵の雰囲気はしっかりと染み込んだ。

通天閣の近くの路地で串カツ屋さんに入った。余りにも多い串カツ屋さんに魂消乍ら、確か「てんぐ」と言う名の店に入った。生ビールと串カツはよく似合う。ああ、似合うじゃなくて、合うだな。こう言う事がないと、外出はつまらない。

5月20日(土)

数日の日記(ブログ)を1度に書こうと思うと、こうして日付けを書いてから書き始めるのがいいと思う。いつの事かが明瞭になるからだ。しかし、最大の欠点が、文章が恐ろしく長くなる事だ。私は書く時はだらだら長くても、書けるだけ書きたい。その結果、殆ど読んで貰えない。読んで貰いたい為に書くのか? 書く事で読んで貰うのか? どっちも!

Ki君が、確認の電話を掛けて来た。昼頃だった。6時に山陽電鉄の別府(べふ)駅で会う為である。Ki君はこんな時随分早く来る。それが分かっているから、私は30分早く来ようと思って家を4時半に出た。

滅多にないが、娘に貰ったサングラスを掛けてみようと思った。人からは私の目元が余り分からない類のものだ。白内障の手術に依って眼鏡なしではっきり見えるから、サングラスは度なしで掛けられるのだ。いつもは新聞や楽譜など近くも見るので、下部に度の入った眼鏡を掛けている。

別府駅近辺は、静かな佇まいだった。誰も来ていない。ファミマに入って、ビタミンなど11種が入ったゼリー状のものと、うこんのドリンクを買って飲んだ。その斜め前のバス停に座った。何だか普通のバスより小さいバスがベンチの前に止まって扉を開いた。私が乗らないものだから、暫くして出発した。

15分前に駅からKi君とO君がやって来るのが見える。私には全く気付かない。さっき私の前を過ぎてファミマの前に止まった車に近付いて行くようだ。私が立ち上がってそちらに行くと、ちょっと驚いたようだった。気が付かなかったがその車にはHさんが乗っていて、運転はO君の息子さんがアッシー君を頼まれているようだった。

5人の乗った車は、とある研修兼食堂の建物に着いた。1度来た事がある。Kikさんが待っていた。これで男が5人。6人の席が用意してある椅子に5人は座り、きっと華やかになるだろう空いた席の女性を待った。結論はその通り、とても和やかな賑やかなものになった。

軈て仕事を終わった女性、Mさんがやって来た。やっぱり5人の中に現れた唯一の女性は、美しく輝いていた。それに、白い衣装が男達を清純にするのだった。それはそうだ。男は全員古稀っているから、そんなオジンから見ると年齢は元よりかなりの開きがあり、とても若々しかった。

結局話が弾み、「もうお仕舞ですが」と言われる9時まで3時間も、食べ、飲み、喋り続けていた。しょうもない話だが、美味しい芋焼酎「くじら」を飲んでいたものだから、「もうくじら」と言った。自分自分で、お湯割りとかロックとか、好みに作った。ボトルは2本目になっていた。

私が加古川で2月23日に、寿大学で演奏をさせて頂いた時の慰労会をしようと決まったらしく、私とKi君に声を掛けてくれたのだ。女性のMさんも呼んでいると言っていた。3か月後の慰労会ではあるが、Mさんも忙しかったので、この日になったそうである。

Mさんがメインゲストで、私はサブゲストだなんて、最初からこの乗りだから面白い事この上もない。でも、私も思う。やっぱりMさんはメインゲストだ。性格の良い、笑顔の良い、男には垂涎の的の素敵な女性だからである。

Mさんに皆会いたかったのか、兎に角飲みたかったのか、やっぱりそれは「どっちも!」だろう。

すき焼きの肉がどんと出て来たが、最初から分からない事があった。卵も2つしかないのだ。

「すき焼きは2人の為のものですから、2人で食べて下さい」

と、自称後期高齢者だと言っている、ここでは私達とそんなに違わないが先輩格のHさんが言った。肉は上等だが、6人でも食べられる量があった。皆で食べたらいいと思ったのは私もMさんも同じだった。Mさんはすぐにすき焼きの鍋奉行をしてくれたが、手慣れたものだった。こんなに美しく野菜や豆腐などを配置できるのかと感心した。

6つの深い小皿に盛られ、大きな肉がそれぞれに乗った。

どれだけ面白い話が飛び交った事か。Mさんも明るく、その場は盛り上がる上にも盛り上がる。メモしていないので、もうどんな話だったか忘れてしまっている。Ki君が話し出すと、それもまた面白い。

Ki君はカラオケに行きたくて仕方がない。Mさんにも行こうと誘う。Mさんはこの後友達とカラオケに行くと言った。それは仕方のない事だが、次の機会に必ず行く事になった。次がある? それは、余りにも楽しくて、このMさんを囲んだ会を、今後不定期に続けようと言う事で合意した。

9月に加古川の他の会から演奏して欲しいと言って来ているそうで、その日の演奏後に先ずは集まる事になった。Ki君待望のカラオケは内定した事になる。

その次は、Mさんの誕生日を祝って集まろうと言う所まで、話は進んだ。

飲んだので忘れたが、誰だったかまた演奏して欲しいと言った。それも来年の事だが、もう1つも来年に決まっている。加古川にこんなにも縁が出来たのかと不思議な程だ。まるで準加古川市民になったようだった。

お気に入りのポポロオカリナを1本、鞄に入れていた。他の部屋に誰も居ないので吹かせて貰った。1曲が2曲となったが、最初はMさんに捧げる「虹の彼方に」を吹いた。飲んでいるのに、全く震えるような息が上がるような事がなかった。また、この部屋はとてもよく響く、オカリナ冥利に尽きるような部屋だった。

2曲目は、皆にと言って、「津軽のふるさと」を吹いた。兎に角、喜んで貰える事が最大の喜びだが、正にその通りの筋道を辿った。

送って貰ったKi君と私は、別府駅で電車に乗った。

「カラオケ行きたいな。歌いたいな」

とKi君は何度か言った。Mさんの混じったカラオケボックスで、今度は一緒に歌えるだろう。そう思う事で特にKi君には、希望が生まれた事だろう。

5月21日(日)

もうこの辺で筆を、いや指を止めようと思う。TVは、美しい声でオペラを奏でている。もう終わるが、その後は卓球が待っている。昨日も暑かったが、今日も外に出ると暑くなっている事だろう。昨日の昼頃のKi君の電話で、

「今日は暑いね」

とKi君が言ったが私はそれと反対だったので、

「寒いよ」

と言ってしまった。彼は外の暑気を感じていたのだろう。私は、Tシャツ1枚で部屋の中。本当に寒かったのだ。その後ジョギングに出てKi君の言った事が、その通りだと分かった。首をじりじりと焦がそうとしている真昼の太陽に、タオルを持って出れば良かったと、日焼けするだろう首を感じ乍ら速足で歩いた。

ついこの前までピーピー豆の花が咲き、薄い鞘が生っていた。太く膨らんだらそれで笛を作って鳴らそうと思っていたが、もう、花も豆も無かった。いつしか、鶯の声も聞かれなくなっていた。