短く、短く、短くね。そうっと書いて、ソフトに終わろう。5月最後の日。それは、明日から6月である事を指し示す。

速く、速く、時はどうしてこうも速く過ぎるのだろう。その瞬間を、自分の意志が素早く捉える。それが、「今」なのだ。

凄い合奏団と巡り合った。2時から、芸術文化センターの大ホールでの演奏。12人のヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、そしてチェンバロ。入りは9割弱と言った所だ。たった1人、女性のヴァイオリニストの緋色のドレスが、黒装束の11人の男の中で異彩を放つ。双眼鏡はちゃんと持って来た。

完璧な技巧と音楽性は、超一流のアンサンブル。各所で高い評価を得た者達が新たに結成した「新イタリア合奏団」。

休憩前の前半はバッハの曲「管弦楽組曲第3番ニ長調(序曲、エール、ガヴォット、ブーレ、ジーグ)」。これは素敵だ。最後まで期待が持てる。最初の音で直感した。

次は、「3つのヴァイオリンのための協奏曲ニ長調(アレグロ、アダージョ、アレグロ)」。余は満足じゃと、時の将軍は日本一の扇を掲げた事だろう。尤も、世界で有数の合奏団ではあろうが、世界一の扇がない。国連の旗を振っても仕方がないではないか。地球国の扇がないのである。

休憩の後は、イタリアの曲が並んだ。

ロッシーニ(ガンバロ編):歌劇”セビリアの理髪師”より「フィガロ」「中傷」「テンペスト」

ヴェルディ:歌劇”椿姫”より第3幕への前奏曲

カタラーニ:セレナテッラ

プッチーニ:菊の花

エンニオ・モリコーネ:映画”ニュー・シネマ・パラダイス”より「愛のテーマ」

              映画”ミッション”より{ガブリエルのオーボエ」

ニコラ・ピオヴァーニ*映画”ライフ・イズ・ビューティフル”よりメイン・テーマ

ルイス・バカロフ:映画”イル・ポスティーノ”より「ホエン・ラブ・カムズ・バイ」

ニーノ・ロータ・フェリーニ組曲「道」「アマルコルド」「8 1/2」

そして拍手は鳴り止まず、アンコールに突入。勿体ぶる様子もなく、最後の曲の延長のように2曲を演奏した。一端引っ込んでも、すぐに出て来る所が好感が持てる。アンコールの2曲目は、下手に消えても1人だけ、戸口に姿が見える。これも演出だろうと思った。

最後に消えるコントラバスの男が調子良さそうな男で、会衆に手を振ったり、オーバーなジェスチャーをして見せてくれていた。コントラバスをステージに倒して行く物だから、皆はアンコールがあるのを察した。2曲が終わると、コントラバスも持って消えた。分かり易かった。

1曲目はヴィバルディ「四季」より”夏”の第3楽章だった。これは夏の嵐と名付けられている如く、迫力のある超速の曲。超絶技巧の部類に入るだろう。感動頻りだ。

2曲目も超絶技巧で、ボッケリーニの「シャコンヌ」だった。どちらの曲にしても1人が兆速の演奏をするだけでなく、ヴァイオリンは皆、揃えて演奏する。これは矢張り凄いとしか、言葉を持ち合わせていない。

全く大満足の演奏に酔いながら、次に酔う店を探した。少し離れた所に「和民」がある。そこで生ビールでちょっと痛い感じのある喉の消毒をした。焼き鳥や辛い唐辛子たっぷりの唐揚げ、ミョウガの肉巻きを食べて、最後は焼きおにぎり。これは五目飯だったとあって、心にも胃にも残った。飲めば飲む程加算されて行く物がある為に、生ビール2杯で我慢した。

捉え得た「今」と言う点が、また次の点をリサーチして、膨れ上がった点が繋がって行く。痩せ細った線を、これらの太った点で繋ぎ、少なくとも痩せていない線にしようと力んでいる。それが「今」だし、「今」は不思議な生き物だ。

凄い演奏を聴いてオカリナでそのように吹こうなどと、畏れ多い事は考えない。だが、そんな凄さを目の当たりにして、今の自分がまだまだ甘えていると思わせられるだけでも、とてつもなく素敵な刺激を貰う。それが明日からの自分に繋がるかどうかは分からない。何の変化もないのかも知れない。だが、私の「今」に揺さぶりを掛け、震わせる何かが入り込んだ事だけは確かである。

そろそろと、そろそろと、やっと「今」を閉じる事が出来た。