どんよりと、空は灰色掛かって来た。今までの長い経験から、如何にも雨が降りそうだった。それでも、正午のちょっと前に出掛けた。バス停まで、降らないでくれと願いながら。
ポツリポツリと髪や頬にそれを感じる。その緩さが、軈て速くなる事は経験済みである。横断歩道を渡る前に、頭に感じられるようになった。右左から車が横断歩道を遮断する。私は、木の下を選んで、通り過ぎるのを待った。傘は小さな鞄に入っているが、ここで差したら濡れた傘を手で持ち歩かなければならない。ちょっと我慢して、高速バスの停留所に着いた。
バスが三宮に着くと、雨は上がっていた。新快速を暫く待って、大阪駅へと。環状線内回りの電車に乗り、次の駅が福島である。福島と言えば、私の場合ザ・シンフォニーホールを指す。
お蔭で卓球は出来なかったが、2時からの演奏を聴くのがまた楽しみなのだった。
「当日、本券を座席指定券にお引き換え頂く必要があります。座席指定券の引き換えは12:30から開始します」と言う券を、ホールで交換する為に並んだ。もう5、60人が並んでいる。この引き換えの券は、私の知り合いが送って来たものだった。つまり招待してくれたのと同じ事である。ならば、この並んでいる人達も、皆招待を受けているのと同じである。
私を招待してくれた女性は、この「オーケストラ千里山」の楽団員で、オーボエを吹いている。アマチュアであるが故に、団員は持ち出しなのだ。
チケットに交換した後モスバーガーで一度食べてみたくて、また福島駅のすぐ近くまで戻った。何だか人も多くて、すぐに食べられそうもない。仕方なく、ファミリーマートに入って、サンドイッチを食べる事にした。コーヒーは100円の、一番小さな紙コップを買った。
店の中にはカウンターがあり、5人位は座れた。そこで食べていると1時30分を過ぎようとしていた。またホールに戻ると、チケットに書かれた席に座った。前から3番目の席で、目の先は第2ヴァイオリンの人の靴の辺りにあった。
ハープは2台。すぐ右手にあった。2人の女性は、誰もいないステージで入念に弦の調整をしていた。2時が過ぎて、団員が入場して来た。頻りにオーボエを探したが、その配置の場所までは見る事が出来なかった。
被り付きみたいで、右側の私の目先は第2ヴァイオリンが、左に遠くは第1ヴァイオリンが見え、その隙間からチェロが見えるだけだった。ハープは首を右に曲げると、全くよく見えた。だが、後ろの楽器は見えなかった。
2階からなら、全体が俯瞰されただろうが、こんな前は佐渡裕さんのオペラのリハーサルで前から2列目の時以来だった。その時も今も、最前列は誰も座っていなかった。
初めから指導されていた客員指揮者井村誠貴さんが入場し勢いよく指揮棒を振ると、最初の音が出た。今日の演奏は、マーラーの交響曲第2番「復活」だ。第1楽章約23分、第2楽章約10分、第3楽章約10分、第4楽章約5分、第5楽章約35分。まあ80分程の大作である。
マーラーの曲は殆ど聴いていない私に、その奏でる音は新鮮だった。客演ソリストはソプラノが坂口裕子さん、アルトが福原寿美枝さん。と言っても、知る由もなかった。
ドイツ語で歌っているようだ。その中身の極1部だが、第3楽章の歌。
「お説教には感動しても、やつらはみんな元のまま! カニは横にと歩いているし、干物は太ったまんま、鯉は大食らいだ。お説教など忘れちまった。忘れちまった!」
どこで歌っているのだろう。姿が見えない。しかし、臨場感は中々のものだ。
4楽章の歌は、その1部だが、
「人は大いなる苦難の中にある! 人は大いなる苦痛のなかにある! それなら私は願う。むしろ天国にいたいものだ。それなら私は願う。むしろ天国にいたいものだと!」
第5楽章は圧巻だ。高い所にあるパイプオルガンの下に並んだ男女の合唱団の人数にも驚いた。多分だが、150人以上いたと思う。それまでじっとそこに座っていた出番のない合唱が、ここに来て凄まじい程の声を出した。人間の声は、ここまでの声量を発揮するのか。まるで第九のようにも感じられた。
トランペットを吹く4人の女性がパイプオルガンの両横に立った。この音も大きく響いたが、合唱の声量には叶わなかった。勿論パイプオルガンも第5楽章の後半で覚醒した。
「おお、痛みよ! すべてを貫き通すものよ! お前より私は逃れ去ったのだ! おお、死よ! すべてを支配するものよ! 今やお前は敗れ去ったのだ!」
ハープの音がこれ程明瞭に聴こえた事はない。すぐ間近で、ここまで聴こえた。よくぞこんな前の席になれたと思った。全体の動きは見えなかったが、音はまるで室内楽団のような音で聴こえた。
アマチュアなどでは決してなかった。素晴らしい演奏に感動した。指揮者の体の動かし方に、その凄さを思った。この80分を、ずっと指揮棒を振っていたのだから。よくぞ倒れなかった事だと言うのが、私の感想だった。
当日券を1,500円で買った者も、前売券を1,000円で買った者もいただろう。でも引き換え券を貰っていた者も少なくなかっただろう。これだけのオーケストラの人数と合唱団の人数を考えても、誰にも演奏料が入ったとは思えない。そんな持ち出しの演奏を聴いた。だが、その感動は強く心に染み込んだ。
終わった。拍手が起こった。長い間起こった。私も手を叩いた。いつまでも、いつまでも、叩いた。ちょっと休んでまた叩いた。きっとアンコールはないと思った。それでも叩いた。5分やそこらは叩いていたように思う。良かった。素敵だった。マーラーとはこんな作曲家であり指揮者であったと感じる事が出来た。私との歳の差は85年だが、凄い仕事をして来た人なのだと思わずにはいられなかった。
惜しみない拍手を送り、王将の餃子屋さんに入った。今日は家で飲む事にしていたから、ここでは生ビール1杯と、餃子1人前、それと唐揚げで早々にこの店を後にした。
青空が見えている。三ノ宮に快速が着いた時、走っても高速バスには間に合わないと思った。それで快速に乗ったまま垂水駅まで行き、バスに乗る事にした。この方が、若干早く家に着く。
帰るや否や、出雲の妹が全体の漁業の会長をしていたと言う人の友達から、普通の値段より安く買ったのどくろの干物を今朝送ってくれていたのを、グリルで焼いた。友達が浜田に帰った時にしか手に入らない。干物と言っても、まるで生もののような干物だった。朝届いていたので、冷蔵庫に入れていなければ、腐ってしまったかも知れない代物fだった。
白く柔らかい身のまま、皿に乗せた。これがのどくろかと、感動のようなものを覚えた。焼酎のお湯割りを作ると、早速口に入れた。何だ、これは! それは、口の中で甘く蕩けた。まるでバターが溶けるような感じだった。こんな食感は、魚で感じた事はない。テニスの錦織圭選手が、松江に帰ると必ずと言っていい程食べると言うのどぐろである。
彼が食べるのはこんな干物ではないだろうが、それでも高価な魚だ。それに比例して、またそれ以上に美味い魚だと分かった。沢山送ってくれた訳ではないが、誕生のお祝いをしていなかったから、これは贈り物だと、嬉しい事を言ってくれた。味の開きも数匹あってそれも1尾食べた。のどくろの比ではなかったが、それはそれで味わいがある。
いつまでも冷蔵庫に入れて置けない。冷凍庫に入れて保存する程量もない。とすれば、明日もう1度食べる喜びが出来た。こんな味だったかと、今更ながらのように舌に覚えさせた。こうなると、いつか煮付けとか焼き物にして食べてみたいと言う欲望が、ムラムラと湧いて来た。
のどくろって、口を開けたのどの辺りが黒いので、のどくろと言うんだってね。