私は、シマさんにブログを勧め、シマさんは愛された。そして、私より先に今日、自らブログを閉じた。

私は、長いブログを書き殴って来た。作家気取りでただ好きに書き続けた。それにも関わらず、長いブログを読んで下さった忍耐強い方々に、膨大の感謝を捧げたい。ありがとう。

ブログを抜ける事は、私の表現の唯一の領域の貴重な1つを去る事に等しい。今更小説家でもないが、川端康成氏や三島由紀夫氏は、稚拙な文章を笑い飛ばしている事だろう。憧れを残す偉大な作家達・・。

一番短いブログになっただろうか(笑)。皆さん、本当にありがとうございました。このようなブログを読み、コメントを下さった。そして、そのお蔭でブログの友達になれた。忘れられない思い出だ。

どこで、自分をどう表現すればいいのだろう。でも、もう古稀もかなり過ぎた私。シマさんのブログの終わりは想定済みだった。きっとここで終結するだろう、と。シマさんのそう言う心が潔い。共に、楽しかった。また、コメントをして頂いた皆さんには、心から嬉しかったと申したい。

皆誠実な方々だった。ブログで仲良くなった人達。現実の場の何処かで、お目にかかる事があるだろうか。

私も、平成と令和との間でブログを終えたいと思う。皆さんの元にお礼の挨拶に行く気力がないが、最後にコメントを頂ける場を、暫く開けて置きたい。

シマさんにブログを勧めた私が、シマさんの幕引きに動かされながら、私もそんな気持ちになった。移籍は考えていたが、人の為にはなっていない我儘な、しかも余りにも長過ぎるブログを、もうこれ以上続ける訳には行かないだろう。日記はそんな性格を持つにしても、自分勝手なブログをそれでも読んで頂き、心から感謝の気持ちを伝えたい。いつまでも元気で。希望を失わないで。

平成と令和の交替が、もうカウントダウンだ。誰かが言った。まるで大晦日と新年のあの瞬間のようだ、と。
例えば、令和15年は西暦何年だろう。2033年か。
2025年は令和何年だろう。令和7年か。

どちらにしても、下2桁を考えたらいい話だ。もうお分かりだろうが、令和の時代が続く以上、その間のキーワードは「18」と覚えておけば、すぐに計算出来る。

令和30年は西暦何年か。30+18=48。2000にくっ付けて、(令和30年は)2048年。
2050年は令和何年か。50-18=32。2000は取っ払って、(2050年は)令和32年。

こんな計算をしなければならないのは日本だけだが、それだけの計算をしてもいい程の歴史の面白さがあると思う。そんな日本に育ったからだろうが、平成が去りゆこうとしている事には、期待感と共に、一抹の寂しさがある。

ヤフーのブログともお別れとなるが、この10年間、大変お世話になった。原稿用紙に毎日のように書く発想はなく、短い日記など私には三日坊主に過ぎなかった。だが、自分で好き勝手に、好きな時に、好きな長さ書けると言う楽しさと面白さは、ブログなくして有り得なかった。人間の喜びである表現の場を与えて頂いた事に、感謝したい。

色々な人と行き来をしたり、友達になったり、実際に会って活動する事になったり、そんな繋がりにも嬉しさが涌く。ブログが取り持つ縁と言う所だ。

力が抜けて行くようだが、二者択一しか、私にはない。今後やるかやらないか。短い文章に写真を入れてやれたらいいのだが、それは半分無理のようだ。私は、だらだら書いているその時間に喜びを感じる方なので、やるにしても、そんなに人は集まらないだろう。引っ越しして、また性懲りもなく駄文を連ねているかも知れない。


さっきまでハンガリーでの世界卓球を観ていた。日本勢は確実に勝ち進んでいるようだが、私が観たのは伊藤美誠の第2回戦。アメリカのチャン・リリーに4-1で勝った場面。夕方に行われる第3回戦が見ものである。中国の若手で、優勝をさらって行きそうな18才で、孫顚莎(ソンエイサ)と言う。世界ランキングは29位だから、伊藤美誠にとっては、先ずの第一関門と言えるだろう。(エイと言う漢字が見付からない。へんの部分はヒの下が禾だ)。

もう1つも第2回戦で、これは張本智和とスエーデンのパーションとの試合だった。これもいい試合だったが、4-0(11-5、11-7、11-7、11-7)で快勝。所が、こちらの時間で夕方から行われる第3回戦がまた難敵なのだ。対戦は2度だったかありながら、1勝もしていないポルトガルのフレイタスなのだ。

ライブで観られるが、あと数時間で放映される。これからの数日が楽しみだ。


昼までに色んな学びがあったので、目の前の「かっぱデミタス100」と言う、小さな小さなカップの黄桜の酒を見乍ら、平成最後になるだろうブログを書いている。何でそんな酒が置いてあるの? それは、おいおい分かるように書こうと思う。

朝8時15分に家を出た。近く(1.2キロ先)のクリニックに月1回薬を貰いに行く為だ。

交番の前を通るのだが、必ずと言っていい程、私がクリニックに行く時は多分嘱託だろう婦警さんがいて、目を合わせないようにして通り過ぎようとすると必ず声がする。「おはようございます」。今までっずっとそうで、きっとまたと思っているとそうなってしまう。私は無意味に答える。「おはようございます」。返事をしなかったからと言って逮捕はされないが、何だか変な気持ちになる。

だが今日は違った。2人いて、1人は嘱託の男。もう1人は、長い赤い色の棒を持った現職の警察官だった。あの棒でやられたらどうしよう。このビニール傘で応戦出来るだろうか、などと思いを巡らせながらその前を通ると、案の定「おはようございます」と、太い声がした。嘱託の方だ。黙っている訳にも行かず、私も挨拶をしながら男の顔を見た。細い男だったが、眼光が鋭いのを感じた。本当はそんな事なかったかも知れない。

8時半からクリニックは開く。それまでに普通3、4人は並んでいるが、診療は9時からになる。

途中、美しい躑躅の低木が続いているが、この桃色が余りにも美しく、ガラケイに収めた。クリニックに近くなると、向こうから夫婦と思しき人がやって来て、クリニックに入って行った。何人来ているか分からないが、2人より後になる事は確かだった。

大抵6、7人は来ているが、待合室に入るとさっきの夫婦の他は1人だけだった。今日は早く済むと思った。

血圧を測るので呼ばれた。いつもは、最後に上と下を言われるのを黙って見ていたが、今日は途中から口を開いた。

「よく分かりますね」

えっと言うような顔をして、看護師は答えた。

「途中で音がするんです」

長い間分からなかったことが氷解し、納得した。学ぶことがまだ一杯ありそうな気がした。


順調に、先生のマイクの声がした。私は診察室に入って行った。

「大分、暑くなりましたね」

と先生が言う。

「そうですね。今日は躑躅が綺麗でした。桜はあっと言う間に終わりました」

「暑くなると、トイレにも余り行かなくなるでしょう」

そう聞かれた。この前、夜に何度も起きると言って、医院を紹介されていた。多分、何か言われるだろうと構えた。

「行きましたか」

「いや、まだ行っていません」

「行った方がいいですよ」

そう来たか、と思った。ワンクッション置いて攻めて来た。流石だと思った。また、勉強になった。

今日は、受付兼会計で呼ばれる前にすぐに行って聞いてみた。

「診察が終わったら、すぐに会計は出来るんですか」

と聞くと、

「出来ますよ」

と言われ、

「いつも呼ばれてからか、10分位待ってから支払いをしますが」

すると、

「ごめんなさい」

と、とても悪かったと言うように言うから、驚いたのは私の方で、

「そんな事ないですよ。そんなものだと思っていたし」

「すみません、お呼びしなくて」

「いやいや、そんな事・・」

と言いながら、こちらが恐縮してクリニックの戸を開けて出た。と言うのも、計算出来たら呼ばれるものとずっと思っていて、以前は「何故だ」と思いながらも50分位待った事があったからだ。呼ばれるまで待つ習慣が付いていたのだろう。今度から、終わればすぐにこちらから行けば、すぐに帰れると言う事を学んだ。

薬局で薬を貰うと、帰りにお寺の入口に書かれた文を見た。「優劣はない。ただ違うだけ」。これは難しい。確かにそうだが、これを見た人が、等しくそう思うとは限らない。人に欲望がある限り、また自己中心の性格をもっている限り、それは解釈が違って来よう。だが、素直に見返すと、その文字は素直に入って来る。意地を捨て、開放されて行くなら、随分見方も行動も違ったものになるだろうと思った。これも学びなのだ。


クリニックにはNHKの「きょうの料理」と言う雑誌が置いてあり、私はそこに着くと先ずその雑誌を観る。今日は4月号と5月号があり、私は9時前まで5月号を20分間観ていた。1つだけレシピを暗記して帰るのだが、覚え切れるものではない。でも、必死で5月7日に放映されるレシピを覚えた。たったこれだけがどうして覚えられないのだと、諦め乍ら自分を叱咤激励して覚えた。


「青じそと黒ごまのそぼろご飯」

4人分 (お米は2合)

材料 豚のひき肉200g
    Ⓐ しょうゆ 大さじ3杯
       さとう 大さじ2杯
           みりん 大さじ1杯

    卵4個
    Ⓑ さとう、酒 各大さじ2杯
       しお 少々

    青じそ 20枚
    黒ごま 大さじ2杯

作り方 
 1.Ⓐをフライパンで熱し、ひき肉を入れて中火で、汁気がなくなるまで竹べらで混ぜながら煮る。
   ※私が作ったのでは、ひき肉から出た油は蒸発しないから、ひき肉を引き上げるタイミングを考えないと焦      げると思えた。
 2.ボールに卵を割り入れ、Ⓑを入れて混ぜる。フライパンに入れると弱火にして、箸3~4本でそぼろになる    ように混ぜる。
 3.炊飯器に炊きあがっているご飯に1.を入れ混ぜ、2.も黒ごまも入れて混ぜる。粗熱が取れたら細く刻んだ
   青じそを入れて混ぜる。
   ※熱いと青じその色が変わると言うが、その時は、そぼろご飯の上に乗せるように書いてあったと思う。

これで作って食べてみたが、作ったらすぐに食べるようお勧めする。かなり美味しいと思う。時間を置くと、パサパサし出すからだ。青じそは10~15枚でもいいだろう。甘いのが好みでないなら、砂糖を少し減らすのもいい。


クリニックは全て、1時間で終わった。今日行っておいて良かったと思った。薬が明日で切れるからだ。2ヶ月に1回行けばいいようにしてくれないかなと思うが、あんまり薬が溜まると、飲まない日が出てくる恐れもあるだろう。それも勉強(笑)。


目の前に黄桜の、小さな小さな100mlのカップがある。料理に大さじ2杯を使った残りであったのだ。昼間っからどうかと思い、今までお預けをしておいたのだ。ぐいっ! ああ、一瞬で終わるだろう。飲むなんて感覚じゃない。新幹線が喉を過ぎるようなものだろう。

なんだかなあ。待てと言われてじっと食べ物を見つめている犬を思い出す。TVで何度か観たのだが、それはそれは切ないのだ。

次は世界卓球のライブが17時からBS7で。18時55分からテレビ大阪7で22時まである。その前に水戸黄門の、

「この紋所が目に入らぬか。ここにおわすをどなたと心得る。さきの副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ。一同頭が高い。控え居ろう」

を水戸黄。

9時過ぎたら家を出た。空は青く、気持ちのいい日。今日は1時から始まる用事がある。

1時間もあったら、大阪へは行ける。だが、貧乏性の私は幾らだって待つ方がいい。遅刻は、学生時代まででいい。

兎に角、大阪駅まで新快速に乗った。今まで歩いた事のない地下を歩き、梅田に着いた。大坂メトロ御堂筋線なかもず行に乗り、心斎橋で乗り換え。長堀鶴見線門真南行に乗ると松屋町で降りた。つまり、よしゅうホールに行くのだ。

松屋町1番出口を出、高速道路の下の橋を渡る。カフェミモザを右手に見ながら右折。黄色い、中華味一番、一風亭を見ながら左折。右側3つ目のビルが、モリビル。これは、パソコンから得た唯一の情報。

大した事はないのだが、高速道路の下を渡ると思った私は、どんどん先へ歩んだ。カフェミモザなんて何処にあるんだ。不安になった私は、後戻りしてよしゅうホールに電話した。橋の事を言っていたが、橋らしいものは、私には分からなかった。

大通りの向こうに渡った。そして、混乱の中、高校生らしき2人の女性に会った。

「よしゅうホール知っていますか」

「分かりません」

「ならば、一風亭と言うラーメン屋さんを知りませんか」

「知りません」

私は怪しい人なのを勝手に自認しているのか、恐る恐るしか聞く事は出来なかった。情けない昨今だ。

そのまま、また後戻りをした。自転車で、そう急いでいるのでもない女性に出会った。子供を乗せる席がある。きっと、幼稚園か何処かに連れて行った後なのだろう。聞くかどうか迷っていた。

「あのお、ちょっとお尋ねして良いですか」

「ええ」

「初めてよしゅうホールに行くんですが、分かりますか」

「老人ホームか何かですか」

「いえ、音楽のホールですが」

「近くにラーメン屋さんで一風亭と言うのがあるんです」

その女性は、スマホを取り出して調べ始めた。

「いいんですよ、忙しいのに」

「いや、今は暇ですから。どちらから来られました?」

「ああ、神戸です」

「私、元町には何度か行った事があります」

「そうですか。三ノ宮だったら私が案内出来たのにね」

など言いながら、遂には道路の向う側に渡り、ついて行ってくれた。

駅から5分とあるにしては、私には中々見付けにくい場所だった。橋とは、これだったのだ。右を見ると、ラーメン屋さんの黄色い看板がすぐに見えた。そこまで辿り着くと、左にすぐ、よしゅうホールと書いてある建物があった。

「ありがとうございます。分かりました」

11時半から開くそのラーメン屋さんに入った。日替わりを注文して食べながら、高校野球を観ていた。マーボー豆腐は甘く、一番美味かったのは半チャンラーメンだった。ここで時間を費やす事も儘ならず、そこを出ると、商店街を歩いた。もう端午の節句の武者飾りなどが、数軒並んでいた。

12時を過ぎてよしゅうホールに戻ろうとラーメン屋さんの側に来た時、見たような顔に出会った。オカリナママさんだった。

「昼を食べに行ったんだけど、おにぎりのようなものしかなくて」

12時半から開場なので、少し周りを歩いた。半近くなって戻ると、リハーサルも終わっていたようだった。ホールに入ると、まるで電線の雀の様に皆座っていた。私は横に長く設定された会場の左端に座った。後ろの方に、目立たぬように。

4組のオカリナ演奏と、それの指導が始まった。日本オカリナコンクールの審査員の1人、エミリアーノ・ベルナゴッツィさんの指導だ。

○12人による「ペルシャの市場にて」

何処をどう吹くとよくなるか。

装飾音をしっかり出す。難しい所は、ゆっくり練習する。午前中30回。昼30回。午後30回練習する。「ドレミーレドシソー」、イントネーションを大事に、最後の音を終えに上げるイメージで(下がらない)。ビブラートがかかっていなくてとても良い。ちょっとでも指が穴に掛かると、音が取れない。何処に拍があるか分からないような吹き方は良くない。ゆっくり出来なければ、速くしても出来ない。一緒に吹き合う。一緒に聴き合う。家で、ゆっくりから練習しよう。

○釘宮さん「ある晴れた日に」

ブレスをここでやって、後続ける。フラットが6個ついている。そんな演奏したくないよね。歌の場合は歌詞を大事にする。よく表現出来ている。タンギングが「・・・・」と同じ調子。これを、表現を加えて変化させて吹く。

「何処に住んでいるの」 (エミリアーノさん)

「それは関係ありません」 (小林理子さん)

○山本さん「さくらさくら」

完璧。何も言う事ない。コンサートのよう。ビブラートが綺麗。イントネーションもいい。僕に教えて欲しい。

「でも何か?」

この曲を知らないので分からないけど、ソロにはとてもいい。最後が下がらない。「ミ」を飲み込んで、なくなっている。

○オカリナを始めて6ケ月の人。ワークショップでの曲を吹く。

今回のワークショップの曲を吹く。高い音はしっかり。息を吸える所で、しっかり吸う。低い音は優しく優しく。イタリア語では2分音符は「ウノドゥエ」と吹くが、「ソーソー」では「ソーソ」で終わっている。

○植田さんのグループ7人

どの音もはっきりと。やさしい曲ではない。低い音は、長めに刻む。

大体どの演奏も30分は掛かった。つまり2時間半の熱血指導。ちゃんと、音が変わるから不思議だ。約2時間半の、長い指導だった。「オカリナ七重奏団ゴブ」の中心に位置するエミリアーノさんの素晴らしい指導を目の当たりにした。通訳も居るが、理子さんのイタリア語も達人の域で、その場で対話をし、即時に彼の言葉を翻訳して伝える。大したものだった。

指導が終わると、皆はアルトCオカリナで、「FRATELLO SOLO SORELLA LUNA」(ブラザー・サン・シスター・ムーン)を理子さんの指揮で吹いた。大体70人位で、男性は7人だ。狭い部屋は、むんむんする。

それが終わると、エミリアーノさんの演奏が始まった。最初の曲が私が作曲した「モンゴルの少女」だった。ピアノ伴奏は藤田紗登美さん。髪が、まるでルノワールの絵に出て来る少女のようだった。私の解釈と違い、イタリアの陽気な気分が混ざっていた。参考になったのはもとより、素晴らしいものだった。

皆に紹介するものだから、私は立たなければならなかった。イタリア語など「チャオ」しか知らない私だったが、「ブラーボ」と「グラッチェ ミッレ」とは言えた。これから、少しでもイタリア語を覚えられたらなと思ったが、古稀を過ぎた頭に、どの位詰め込めるだろうか。

「オンドリとメンドリ」の後、奥様のソプラノ歌唱が始まった。ピアノとオカリナの伴奏で。美しい声だった。

ソプラノは、最後に「故郷」を3番まで歌った。言葉はおかしい所もあったが、それは歌声で十分にカバー出来た。
1番の歌詞だけ、後から皆が歌った。

理子さんは、もう時間がないからと言ったが、周りの人の要望で演奏した。エミリアーノさんと2人のデュエットだった。

最後に、エミリアーノさんは「1本締め」をしようと言う。パン! 皆の柏手が響いた。すると「三々七拍子」をしようと言った。最後の最後は「万歳三唱」を、と。私は、乗ってるなと思った。

随分な時間になり、飲み物と食べ物が用意してあると言う。残れる人は残るように理子さんは言う。私は、帰ろうと思った。オカリナママさんに、帰る旨を伝えた。だが、理子さんは、残るように言った。ワンコインでの、親睦会に参加する事となった。

これがまた楽しかったのである。唐揚げだと思ったのがクロワッサンだった。アサヒスーパードライの缶は、結構置いてあった。これこれ。これさえあれば、私は帰る理由がない。

エミリアーノさんと私は急接近した。また、他の人とも話し始めた。それもこれもビールの所為。エミリアーノさんは面白くて明るい。イタリアは、そんな人物を作る国なのだろうか。楽譜を上げたのが縁かも知れないが、それはハグと握手に繋がった。

まあ、私も喋ったし、奥さんにもマークされ、メールアドレスを差し上げる羽目になった。「イタリア語で送るから、翻訳機で日本語に変換して」と。やっぱり、「モンゴルの少女」の所為だ。もう「イタリアの少女」にしようか、などと、本気じゃなくて思った。

「モンゴルの少女」は、イタリアや韓国やその他の国で演奏しているとエミリアーノさんは言った。この曲が好きだと言った。或る人からも、この楽譜が欲しいと言われた。

「10月はイタリアで演奏会をするけど、来れる人は何人いるかな」とエミリアーノさん。10人所ではない人が手を上げた。彼は私にも「是非来て」と言った。私は「無理だ」と返した。「行くなら5年後かな」と言った。そう易々と行ける訳がない。

写真をエミリアーノさんと撮った。私にもこんな笑顔があったのだと思える顔に写っている。大体、写真を撮られるのは苦手なのだ。エミリアーノさんは役者だし、人を楽しくさせる能力を持っている。奥さんも入れて3人でも写した。何故かは分からないが、こんなに親しくなれるとは。そんな時はいつでも思う。きっと昔、何処かで、何らかの形で出会っていたのではないだろうかと。

そりゃあ、イタリアには行きたいし、オカリナの元祖、ドナーティさんの住んだ所、また像をみてみたいと思うから。

5時半になろうとしている。充実したひと時だった。こうして後も残ったから、楽しい発展があった。歳は関係がないのかなと、ちょっと思ったりした。それとも、少し若く見えるのかも知れないと思ったり。古稀を過ぎても、はしゃいでもいいと思えた26日の思い出だ。
2月27日(水)

安い電気カーペットの上に、正方形の炬燵が乗っている。炬燵自身の電熱器は全く用をなしてはいない。暖かいのはいいが時々お尻が熱くなり、その調整に困る時がある。寝転んだ時にはオンドルみたいに体全体が暖かいので、うっかり眠ってしまっても寒くて震えるなんて事はない。

私の後ろには何故か昔伯父の家で使われていたアップライトのピアノがあり、ピアノの蓋の部分と私の背中が向かい合っている。こういう形の時に向かい合うとは言わないのだろうが、その空間的距離は約30センチ程だ。

炬燵に正対しているとどうしても猫背になる。同じ姿勢で疲れて来ると体を反らせ2本の腕でそれを支えるのが常だ。暫くしてまた元の猫背に戻れる時はいいが、ふっと眠りに入る時があって支えていた腕が急に緩む。すると頭が丁度ピアノの蓋の所に行き、後頭部がゴツンと音を立てる。痛い時もあれば反射的に極少の痛みで戻れる時もある。電車の中の隣の人にぶつかるあの感じだが、あれは不思議と、軽業師のように元に戻り繰り返す。

性懲りもなく、今宵もその憂き目を見た。焼酎を飲んでいたから、気持ち良く意識が遠退いて行ったのだろう。昨今1升瓶でスーパーで買って来る比較的安くて美味い「古秘」と言う芋焼酎を飲んでいる。

前のが醒めたので、また湯割りにして持って来た。

今日は用事があるので、朝から甲斐甲斐しく動いた。深夜便を聴いていたから眠いのは仕方がないとして、6時15分の携帯の音が鳴るまで待って止め、そのまま起き上がった。

7時には何十枚ものA4の封筒を配って貰う為に、2人の家に届けた。勝手に門扉を開けて置いて行くのだが、1人の家は門扉にも鍵を掛けているので開けられない。仕方なく門扉の上から封筒の入った紙袋を落として行こうと思った。だが、やや落とすには高い。隣りの車庫の扉もしっかり閉まっていて、思案の末やや低いその引き戸みたいな扉の上から、中の封筒が散乱しないように落とした。ぼとっと音がしたが、内側の壁に凭れた。

朝食も済ませ、8時前に出発の三宮行きバス停まで急いだ。もう並んだ人が乗っている最中だった。私も何とか乗れたが、ゆとりを持って出掛けた筈が5分早く出発した。こんな事今までにはなかった事で、運転手に何故か聴いてみようと本気で思った。だが、ワンクッション置く事を学んだ私は、腕時計を見た。まだ9時前ではなく8時前で、時刻が違うのは当然の事だった。

約1時間の、時間の見間違いをしていたのだ。それでなくても30分は余裕を持って時間を決めていたので、待ち時間を思うとぞっとした。

そんな時に限って、新快速にすぐに乗れる。10時半に、JR伊丹駅直ぐのコンビニ前で会う事になっていた。尼崎駅からは乗り換えて、宝塚線か福知山線の快速に乗る。乗れば伊丹駅はすぐだが、普通の塚口行きに乗るとそこで降りなければならず、伊丹の手前で降りなければならない。

まだ9時頃で、改札の内側に本屋があり、そこで時間を潰す事にした。何を思ったのか、もう伊丹に着いているものと安心していた。相手との約束の時間は決して過ぎないようにとの思いが、私を1時間も早くここまで運んでいたのだ。

欲しい本が何冊かあったが、立ち読みする中で値打ちが値段の半分もないと思えたりする事が多かった。そんな判断は人それぞれだから勝手だが、私には高すぎる方が目立った。

今もう少しで読み終わろうとしている中に直木賞作家真藤順丈の「宝島」がある。何故かこの本は間が空いても飽きさせず、いつでも読みたい気持ちを保たせるものだった。文芸春秋には絶対に載せないだろうだけのページ数があった。541ページで完結している。値段は2,000円弱だ。

そうこうしている内に、有り難い事に時間は少しずつ過ぎる。

初めての女性と会うのだが、時間だけは守らなければと、所謂プレッシャーなるものが私の内にあったと思われる。もう10時だ。そろそろ改札を出ようと思った時、ここが尼崎駅だと知った。耄碌したのかと焦った。すぐに塚口行きの普通に乗り込んだ。「この列車は、2分程停車します。今暫くお待ちください」という社内放送がなければ、後はとんでもない事になっていただろう。

兎に角、ドアが閉まる前に降りて、次に来る快速に乗った。

伊丹駅に着いて、指示通りのコンビニの前に着いたのが10時10分頃だった。10時30分が待ち合わせ時間。安堵で胸の閊えが下りた。

交番の前にはバス停があり、バスが来るとその後ろはよく見えない。ひょっとしてその女性は車で来ているのかどうか。私は、バスが止まる度にバスの後ろまで歩いた。また戻り、その繰り返しだ。その女性の顔も分からなければ車の特徴すら分からない。

腕時計の針が30分を指した。1台のチョコレート色の軽自動車が止まった。中から女性が出て来て、お互いが相手の名前を言うのが重なった。乗り込むと、すぐに動き出した。

ピアノのある部屋に通されて、そこで簡単な挨拶や、3月末の打ち合わせをした。いつもはS.Sさんがオカリナの伴奏をして下さるのだが、今回は生徒さんの約1週間に渡るピアノ発表会が私の演奏と重なるので、この女性を紹介して頂いた。首が半分繋がったと思った。

30分位で切り上げて帰ろうと思っていたが、演奏曲のテンポなどの調整や練習で、終わったのが12時だった。私にしたら様子が分かったのでとても安心出来た。後は私次第。結局は全て自分次第なのだ。何と言ってもS.S
さんだってこのMさんだって、私を遥かに超えたプロなのである。

犬のトリミングをしているので迎えに行くのが12時過ぎと言う事で12時まで練習などをして貰えた。やっぱりS.S
さんが言っていたように、素敵な女(ひと)だった。

伊丹と言えば白雪酒造がある。そこに向かって歩き出してすぐ、女性ばかりが15人位並んでいた。私は野次馬の様にそれを横目に過ぎようとした。それが「食パン」の販売だと気付いた時、これはチャンスだと思った。白雪は止めにして、そこに並んだ。

〖食べた人全てが笑顔になる魔法の「生」食パン。2019年2月15日JR伊丹駅前にGrand Open! 「生」食パン発祥の店。高級「生」食パン専門店〗「乃が美」。垂水の同じような店「春夏秋冬」を思い出した。並ぶと、何個欲しいか聞かれた。大抵の人が1個、または2個。私も1本お願いした。

1本(2斤)が税抜きで800円だ。それでも、日本のおいしい食パン名品10本に選ばれている。また、パン・オブ・ザ・イヤー2016金賞にも選ばれている。

手にした後、急に思い出した。Mさんのお宅にコートを忘れて来たのだ。やっちまった。これって私の性格からか認知症の兆しなのか。兎に角電話して、伊丹駅まで持って来て貰う事になった。初対面の方に送り迎えして貰った上に忘れ物をしてもう1度出向いて貰った事。どじにも色々あれど、このどじは大失態である。「ごめんなさい」と謝るのが精一杯だった。

三ノ宮に着くとバス停まで行った。まだ20は分はある。急に喜兵衛のカツ丼が食べたくなり、さんちか迄歩いた。満腹にはなったが、久し振りに美味いと思えた。

バス停に戻ると次のバスだったが後15分ある。それに乗って家路へと。

シマさんのブログで知ったが、この22日23日、彼は大阪に行っている。阪急グランドビルで、奄美のシマ唄と講演だ。もう1組は著名な若い女性。踊りもシマ唄もお墨付きだ。満員で、20脚椅子を足したそうである。私は27日に伊丹に来ている。何だか、微妙な重なり具合が面白い。(最近また復活したシマさんの27日と28日のブログを見たら、様子がよく分かると思う)。


どじは幾らでも踏むが、どじに始まってどじに終わった1日だったように思われる。

もうこんな時間(0時50分)。焼酎もすっかりなくなって、幸い後頭部をピアノに打ち付ける事はない。もう1杯「古秘」を飲んで、安心して微睡んで行こう。
朝、寒いなと思って窓を開けた。滅多に見ない、雨より軽い小さな綿埃が舞っていた。望んだ純白ではない。灰色寄りの薄汚れた雪片だった。それでも、心は歓喜した。玄関を開けて、震えを待たせて、ほんの少しその綿埃を被った。雪だ。懐かしい、雪だった。

それはすぐに止んでいた。

午後からは、コンサートを聴きに出かけた。プロフィールを1行ずつ書いて行くけれど、何処で、誰だと言い当てられるか。そんな事、知った事か、と叱らないで・・。


①香川県出身。

②東京藝術大学卒業。

③同大学院修了。

④現在、大阪芸術大学(演奏学科)教授。

⑤指揮者チョン・ミョンフンや、テノール歌手ホセ・カレーラスなどの世界的音楽家たちと共演。

⑥2008年ニューヨークのカーネギーホール公演にてアメリカデビュー。

⑦2013年映画「北のカナリアたち」で第36回日本アカデミー賞・最優秀音楽賞を寿賞。

⑧デビュー15周年の2015年には、パリ・オペラ座公演を成功させ、国内外を問わず、精力的に活動している。

⑨全日本社寺観光連盟親善大使を務める。


何処で分かりましたか。分かりませんか。どっちでもいいのです。もっと情報を? もう分かるでしょうね。

番外情報。

使用楽器:ストラディヴァリウス(1715年製作、大阪芸術大学所蔵)

川井郁子さんでした。300年前のヴァイオリンでねえ。流石にその音は凄かった。


11日午後2時から、4時まで。

朝川朋之、ハープで参加。オルガニストでありパイプオルガンも弾く。プロのタップダンサーでもあると言う。

ウエスト弦楽合奏団の演奏と共に、

川井郁子が奏でる「シンフォニック バレンタインコンサート ~シネマ・ファンタジー~」が始まる。

1st ヴァイオリン 3人。2nd ヴァイオリン 2人。ヴィオラ 2人。チェロ 2人。コントラバス 1人。ピアノ 1人。総勢13人の演奏だ。そんな、広範囲に考えるとピアノも、ハープも、どちらも含めて、華麗なるストリングスのバレンタインの贈り物だった。

PROGRAM

第1部

 1.ニュー・シネマ・パラダイス (エンニオ・モリコーネ)
 2.ロミオとジュリエット (ニーノ・ロータ)
 3.シェルブールの雨傘 (ミシェル・ルグラン)
 4.慕情 (サミー・フェイン)
 5.ムーンリバー (ヘンリー・マンシーニ)
 6.お熱いのがお好き (ハリー・ルビー/ハーバード・ストサート)
 7.タラのテーマ (マックス・スタイナー)
 8.エバー・グリーン (バーブラ・ストライサンド)
 9.愛の讃歌 (マルグリット・モノー)
10.ラスト・エンペラー (坂本龍一)
11.シンドラーのリスト (ジョン・ウィリアムズ)
12.ジョーズ (ジョン・ウィリアムズ)
13.スターウオーズ (ジョン・ウィリアムズ)
14.追憶の海~「北のカナリアたち}より~ (川井郁子)

休憩

第2部

 1.サウンド・オブ・ミュージック~ドレミの歌 (リチャード・ロジャース)
 2.君をのせて (久石 譲)
 3.宇宙戦艦ヤマト (宮川 泰)
 4.ひまわりの約束 (秦 基博)
 5.ホール・ニュー・ワールド (アラン・メンケン)
 6.So in Love (コール・ポーター)
 7.踊るリッツの夜 (アーヴィング・バーリン)
 8.America (レナード・バーンスタイン)
 9.エル・チョクロ (アンヘル・ビジョルド)
10.リベルタンゴ (アストル・ピアソラ)

アンコール

   チャール・ダーシュ


1階だったけどずっと後ろの方で、ドジしちゃったんだよ。「馬鹿な私」じゃなくて「馬鹿な俺」って、こんな時に言うんだな。何と、顕微鏡じゃなくて、双眼鏡を忘れて来たのだ。何しに来たんだろうと思った途端、眠気が刺して来て、眠っては皆の拍手で起きた。右の法令線の上にある黒子が見えないじゃん。私にも、右の法令線の同じ位置に黒子みたいなのがあって喜んでいたのに・・。

1部でドレス。2部で着替えたドレス。2部の後半では真っ赤なスリットの入ったチャイナ服のようなドレス。エル・チョクロ、リベルタンゴ、チャール・ダーシュでは必見のドレスだった。残念至極だった。

家に帰ってからどうしたかって? 分かるかなぁ? 

作り置きのレモン水を飲んで、発泡酒を飲んで、紅茶を飲んで、また発泡酒を飲もうとしている状態だ。テレビは、「歌のゴールデンヒット歴代歌姫ベスト100シングル総売り上げ枚数をランキングあなたが好きな歌姫は何位か!? 「あなたはなんいか」と入力すると何と、「あなたは何烏賊」って出て来て、すぐに直した。

シンフォニーホール近くでちょっとビールを飲んで帰ったので、このテレビは途中からしか観ていないが、懐かしい番組だった。だったと書いたが、まだやっている。夜7時から11頃までやるようなので、まだまだ続いている。

今山口百恵が終わりコマーシャル。次のランキングを観たらこの長ったらしいブログは閉じる事にしよう。12位は大黒摩季(「いちばん近くにいてね」)だ。11番は中森明菜(「少女A」「十戒」)だって。

ああ、発泡酒の事だけど、米倉涼子が盛んに宣伝しているAsahi極上<キレ味>。昨日半ダース買っていたので、それを飲む。流石に結構な味で、安くて美味い(笑)。

私はコーヒーブラック党だが、紅茶もパックを買って来て飲んだら、これがまた美味い。コーヒーを止める訳ではないが、紅茶もいいもんだと来たもんだ(笑)。それにしても、目と鼻の先にある本箱の本達と戯れている双眼鏡が恨めしい。