2月27日(水)
私の後ろには何故か昔伯父の家で使われていたアップライトのピアノがあり、ピアノの蓋の部分と私の背中が向かい合っている。こういう形の時に向かい合うとは言わないのだろうが、その空間的距離は約30センチ程だ。
炬燵に正対しているとどうしても猫背になる。同じ姿勢で疲れて来ると体を反らせ2本の腕でそれを支えるのが常だ。暫くしてまた元の猫背に戻れる時はいいが、ふっと眠りに入る時があって支えていた腕が急に緩む。すると頭が丁度ピアノの蓋の所に行き、後頭部がゴツンと音を立てる。痛い時もあれば反射的に極少の痛みで戻れる時もある。電車の中の隣の人にぶつかるあの感じだが、あれは不思議と、軽業師のように元に戻り繰り返す。
性懲りもなく、今宵もその憂き目を見た。焼酎を飲んでいたから、気持ち良く意識が遠退いて行ったのだろう。昨今1升瓶でスーパーで買って来る比較的安くて美味い「古秘」と言う芋焼酎を飲んでいる。
前のが醒めたので、また湯割りにして持って来た。
今日は用事があるので、朝から甲斐甲斐しく動いた。深夜便を聴いていたから眠いのは仕方がないとして、6時15分の携帯の音が鳴るまで待って止め、そのまま起き上がった。
7時には何十枚ものA4の封筒を配って貰う為に、2人の家に届けた。勝手に門扉を開けて置いて行くのだが、1人の家は門扉にも鍵を掛けているので開けられない。仕方なく門扉の上から封筒の入った紙袋を落として行こうと思った。だが、やや落とすには高い。隣りの車庫の扉もしっかり閉まっていて、思案の末やや低いその引き戸みたいな扉の上から、中の封筒が散乱しないように落とした。ぼとっと音がしたが、内側の壁に凭れた。
朝食も済ませ、8時前に出発の三宮行きバス停まで急いだ。もう並んだ人が乗っている最中だった。私も何とか乗れたが、ゆとりを持って出掛けた筈が5分早く出発した。こんな事今までにはなかった事で、運転手に何故か聴いてみようと本気で思った。だが、ワンクッション置く事を学んだ私は、腕時計を見た。まだ9時前ではなく8時前で、時刻が違うのは当然の事だった。
約1時間の、時間の見間違いをしていたのだ。それでなくても30分は余裕を持って時間を決めていたので、待ち時間を思うとぞっとした。
そんな時に限って、新快速にすぐに乗れる。10時半に、JR伊丹駅直ぐのコンビニ前で会う事になっていた。尼崎駅からは乗り換えて、宝塚線か福知山線の快速に乗る。乗れば伊丹駅はすぐだが、普通の塚口行きに乗るとそこで降りなければならず、伊丹の手前で降りなければならない。
まだ9時頃で、改札の内側に本屋があり、そこで時間を潰す事にした。何を思ったのか、もう伊丹に着いているものと安心していた。相手との約束の時間は決して過ぎないようにとの思いが、私を1時間も早くここまで運んでいたのだ。
欲しい本が何冊かあったが、立ち読みする中で値打ちが値段の半分もないと思えたりする事が多かった。そんな判断は人それぞれだから勝手だが、私には高すぎる方が目立った。
今もう少しで読み終わろうとしている中に直木賞作家真藤順丈の「宝島」がある。何故かこの本は間が空いても飽きさせず、いつでも読みたい気持ちを保たせるものだった。文芸春秋には絶対に載せないだろうだけのページ数があった。541ページで完結している。値段は2,000円弱だ。
そうこうしている内に、有り難い事に時間は少しずつ過ぎる。
初めての女性と会うのだが、時間だけは守らなければと、所謂プレッシャーなるものが私の内にあったと思われる。もう10時だ。そろそろ改札を出ようと思った時、ここが尼崎駅だと知った。耄碌したのかと焦った。すぐに塚口行きの普通に乗り込んだ。「この列車は、2分程停車します。今暫くお待ちください」という社内放送がなければ、後はとんでもない事になっていただろう。
兎に角、ドアが閉まる前に降りて、次に来る快速に乗った。
伊丹駅に着いて、指示通りのコンビニの前に着いたのが10時10分頃だった。10時30分が待ち合わせ時間。安堵で胸の閊えが下りた。
交番の前にはバス停があり、バスが来るとその後ろはよく見えない。ひょっとしてその女性は車で来ているのかどうか。私は、バスが止まる度にバスの後ろまで歩いた。また戻り、その繰り返しだ。その女性の顔も分からなければ車の特徴すら分からない。
腕時計の針が30分を指した。1台のチョコレート色の軽自動車が止まった。中から女性が出て来て、お互いが相手の名前を言うのが重なった。乗り込むと、すぐに動き出した。
ピアノのある部屋に通されて、そこで簡単な挨拶や、3月末の打ち合わせをした。いつもはS.Sさんがオカリナの伴奏をして下さるのだが、今回は生徒さんの約1週間に渡るピアノ発表会が私の演奏と重なるので、この女性を紹介して頂いた。首が半分繋がったと思った。
30分位で切り上げて帰ろうと思っていたが、演奏曲のテンポなどの調整や練習で、終わったのが12時だった。私にしたら様子が分かったのでとても安心出来た。後は私次第。結局は全て自分次第なのだ。何と言ってもS.S
さんだってこのMさんだって、私を遥かに超えたプロなのである。
犬のトリミングをしているので迎えに行くのが12時過ぎと言う事で12時まで練習などをして貰えた。やっぱりS.S
さんが言っていたように、素敵な女(ひと)だった。
伊丹と言えば白雪酒造がある。そこに向かって歩き出してすぐ、女性ばかりが15人位並んでいた。私は野次馬の様にそれを横目に過ぎようとした。それが「食パン」の販売だと気付いた時、これはチャンスだと思った。白雪は止めにして、そこに並んだ。
〖食べた人全てが笑顔になる魔法の「生」食パン。2019年2月15日JR伊丹駅前にGrand Open! 「生」食パン発祥の店。高級「生」食パン専門店〗「乃が美」。垂水の同じような店「春夏秋冬」を思い出した。並ぶと、何個欲しいか聞かれた。大抵の人が1個、または2個。私も1本お願いした。
1本(2斤)が税抜きで800円だ。それでも、日本のおいしい食パン名品10本に選ばれている。また、パン・オブ・ザ・イヤー2016金賞にも選ばれている。
手にした後、急に思い出した。Mさんのお宅にコートを忘れて来たのだ。やっちまった。これって私の性格からか認知症の兆しなのか。兎に角電話して、伊丹駅まで持って来て貰う事になった。初対面の方に送り迎えして貰った上に忘れ物をしてもう1度出向いて貰った事。どじにも色々あれど、このどじは大失態である。「ごめんなさい」と謝るのが精一杯だった。
三ノ宮に着くとバス停まで行った。まだ20は分はある。急に喜兵衛のカツ丼が食べたくなり、さんちか迄歩いた。満腹にはなったが、久し振りに美味いと思えた。
バス停に戻ると次のバスだったが後15分ある。それに乗って家路へと。
シマさんのブログで知ったが、この22日23日、彼は大阪に行っている。阪急グランドビルで、奄美のシマ唄と講演だ。もう1組は著名な若い女性。踊りもシマ唄もお墨付きだ。満員で、20脚椅子を足したそうである。私は27日に伊丹に来ている。何だか、微妙な重なり具合が面白い。(最近また復活したシマさんの27日と28日のブログを見たら、様子がよく分かると思う)。
どじは幾らでも踏むが、どじに始まってどじに終わった1日だったように思われる。
もうこんな時間(0時50分)。焼酎もすっかりなくなって、幸い後頭部をピアノに打ち付ける事はない。もう1杯「古秘」を飲んで、安心して微睡んで行こう。