例えば、令和15年は西暦何年だろう。2033年か。
2025年は令和何年だろう。令和7年か。
どちらにしても、下2桁を考えたらいい話だ。もうお分かりだろうが、令和の時代が続く以上、その間のキーワードは「18」と覚えておけば、すぐに計算出来る。
令和30年は西暦何年か。30+18=48。2000にくっ付けて、(令和30年は)2048年。
2050年は令和何年か。50-18=32。2000は取っ払って、(2050年は)令和32年。
こんな計算をしなければならないのは日本だけだが、それだけの計算をしてもいい程の歴史の面白さがあると思う。そんな日本に育ったからだろうが、平成が去りゆこうとしている事には、期待感と共に、一抹の寂しさがある。
ヤフーのブログともお別れとなるが、この10年間、大変お世話になった。原稿用紙に毎日のように書く発想はなく、短い日記など私には三日坊主に過ぎなかった。だが、自分で好き勝手に、好きな時に、好きな長さ書けると言う楽しさと面白さは、ブログなくして有り得なかった。人間の喜びである表現の場を与えて頂いた事に、感謝したい。
色々な人と行き来をしたり、友達になったり、実際に会って活動する事になったり、そんな繋がりにも嬉しさが涌く。ブログが取り持つ縁と言う所だ。
力が抜けて行くようだが、二者択一しか、私にはない。今後やるかやらないか。短い文章に写真を入れてやれたらいいのだが、それは半分無理のようだ。私は、だらだら書いているその時間に喜びを感じる方なので、やるにしても、そんなに人は集まらないだろう。引っ越しして、また性懲りもなく駄文を連ねているかも知れない。
さっきまでハンガリーでの世界卓球を観ていた。日本勢は確実に勝ち進んでいるようだが、私が観たのは伊藤美誠の第2回戦。アメリカのチャン・リリーに4-1で勝った場面。夕方に行われる第3回戦が見ものである。中国の若手で、優勝をさらって行きそうな18才で、孫顚莎(ソンエイサ)と言う。世界ランキングは29位だから、伊藤美誠にとっては、先ずの第一関門と言えるだろう。(エイと言う漢字が見付からない。へんの部分はヒの下が禾だ)。
もう1つも第2回戦で、これは張本智和とスエーデンのパーションとの試合だった。これもいい試合だったが、4-0(11-5、11-7、11-7、11-7)で快勝。所が、こちらの時間で夕方から行われる第3回戦がまた難敵なのだ。対戦は2度だったかありながら、1勝もしていないポルトガルのフレイタスなのだ。
ライブで観られるが、あと数時間で放映される。これからの数日が楽しみだ。
昼までに色んな学びがあったので、目の前の「かっぱデミタス100」と言う、小さな小さなカップの黄桜の酒を見乍ら、平成最後になるだろうブログを書いている。何でそんな酒が置いてあるの? それは、おいおい分かるように書こうと思う。
朝8時15分に家を出た。近く(1.2キロ先)のクリニックに月1回薬を貰いに行く為だ。
交番の前を通るのだが、必ずと言っていい程、私がクリニックに行く時は多分嘱託だろう婦警さんがいて、目を合わせないようにして通り過ぎようとすると必ず声がする。「おはようございます」。今までっずっとそうで、きっとまたと思っているとそうなってしまう。私は無意味に答える。「おはようございます」。返事をしなかったからと言って逮捕はされないが、何だか変な気持ちになる。
だが今日は違った。2人いて、1人は嘱託の男。もう1人は、長い赤い色の棒を持った現職の警察官だった。あの棒でやられたらどうしよう。このビニール傘で応戦出来るだろうか、などと思いを巡らせながらその前を通ると、案の定「おはようございます」と、太い声がした。嘱託の方だ。黙っている訳にも行かず、私も挨拶をしながら男の顔を見た。細い男だったが、眼光が鋭いのを感じた。本当はそんな事なかったかも知れない。
8時半からクリニックは開く。それまでに普通3、4人は並んでいるが、診療は9時からになる。
途中、美しい躑躅の低木が続いているが、この桃色が余りにも美しく、ガラケイに収めた。クリニックに近くなると、向こうから夫婦と思しき人がやって来て、クリニックに入って行った。何人来ているか分からないが、2人より後になる事は確かだった。
大抵6、7人は来ているが、待合室に入るとさっきの夫婦の他は1人だけだった。今日は早く済むと思った。
血圧を測るので呼ばれた。いつもは、最後に上と下を言われるのを黙って見ていたが、今日は途中から口を開いた。
「よく分かりますね」
えっと言うような顔をして、看護師は答えた。
「途中で音がするんです」
長い間分からなかったことが氷解し、納得した。学ぶことがまだ一杯ありそうな気がした。
順調に、先生のマイクの声がした。私は診察室に入って行った。
「大分、暑くなりましたね」
と先生が言う。
「そうですね。今日は躑躅が綺麗でした。桜はあっと言う間に終わりました」
「暑くなると、トイレにも余り行かなくなるでしょう」
そう聞かれた。この前、夜に何度も起きると言って、医院を紹介されていた。多分、何か言われるだろうと構えた。
「行きましたか」
「いや、まだ行っていません」
「行った方がいいですよ」
そう来たか、と思った。ワンクッション置いて攻めて来た。流石だと思った。また、勉強になった。
今日は、受付兼会計で呼ばれる前にすぐに行って聞いてみた。
「診察が終わったら、すぐに会計は出来るんですか」
と聞くと、
「出来ますよ」
と言われ、
「いつも呼ばれてからか、10分位待ってから支払いをしますが」
すると、
「ごめんなさい」
と、とても悪かったと言うように言うから、驚いたのは私の方で、
「そんな事ないですよ。そんなものだと思っていたし」
「すみません、お呼びしなくて」
「いやいや、そんな事・・」
と言いながら、こちらが恐縮してクリニックの戸を開けて出た。と言うのも、計算出来たら呼ばれるものとずっと思っていて、以前は「何故だ」と思いながらも50分位待った事があったからだ。呼ばれるまで待つ習慣が付いていたのだろう。今度から、終わればすぐにこちらから行けば、すぐに帰れると言う事を学んだ。
薬局で薬を貰うと、帰りにお寺の入口に書かれた文を見た。「優劣はない。ただ違うだけ」。これは難しい。確かにそうだが、これを見た人が、等しくそう思うとは限らない。人に欲望がある限り、また自己中心の性格をもっている限り、それは解釈が違って来よう。だが、素直に見返すと、その文字は素直に入って来る。意地を捨て、開放されて行くなら、随分見方も行動も違ったものになるだろうと思った。これも学びなのだ。
クリニックにはNHKの「きょうの料理」と言う雑誌が置いてあり、私はそこに着くと先ずその雑誌を観る。今日は4月号と5月号があり、私は9時前まで5月号を20分間観ていた。1つだけレシピを暗記して帰るのだが、覚え切れるものではない。でも、必死で5月7日に放映されるレシピを覚えた。たったこれだけがどうして覚えられないのだと、諦め乍ら自分を叱咤激励して覚えた。
「青じそと黒ごまのそぼろご飯」
4人分 (お米は2合)
材料 豚のひき肉200g
Ⓐ しょうゆ 大さじ3杯
さとう 大さじ2杯
みりん 大さじ1杯
卵4個
Ⓑ さとう、酒 各大さじ2杯
しお 少々
青じそ 20枚
黒ごま 大さじ2杯
作り方
1.Ⓐをフライパンで熱し、ひき肉を入れて中火で、汁気がなくなるまで竹べらで混ぜながら煮る。
※私が作ったのでは、ひき肉から出た油は蒸発しないから、ひき肉を引き上げるタイミングを考えないと焦 げると思えた。
2.ボールに卵を割り入れ、Ⓑを入れて混ぜる。フライパンに入れると弱火にして、箸3~4本でそぼろになる ように混ぜる。
3.炊飯器に炊きあがっているご飯に1.を入れ混ぜ、2.も黒ごまも入れて混ぜる。粗熱が取れたら細く刻んだ
青じそを入れて混ぜる。
※熱いと青じその色が変わると言うが、その時は、そぼろご飯の上に乗せるように書いてあったと思う。
これで作って食べてみたが、作ったらすぐに食べるようお勧めする。かなり美味しいと思う。時間を置くと、パサパサし出すからだ。青じそは10~15枚でもいいだろう。甘いのが好みでないなら、砂糖を少し減らすのもいい。
クリニックは全て、1時間で終わった。今日行っておいて良かったと思った。薬が明日で切れるからだ。2ヶ月に1回行けばいいようにしてくれないかなと思うが、あんまり薬が溜まると、飲まない日が出てくる恐れもあるだろう。それも勉強(笑)。
目の前に黄桜の、小さな小さな100mlのカップがある。料理に大さじ2杯を使った残りであったのだ。昼間っからどうかと思い、今までお預けをしておいたのだ。ぐいっ! ああ、一瞬で終わるだろう。飲むなんて感覚じゃない。新幹線が喉を過ぎるようなものだろう。
なんだかなあ。待てと言われてじっと食べ物を見つめている犬を思い出す。TVで何度か観たのだが、それはそれは切ないのだ。
次は世界卓球のライブが17時からBS7で。18時55分からテレビ大阪7で22時まである。その前に水戸黄門の、
「この紋所が目に入らぬか。ここにおわすをどなたと心得る。さきの副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ。一同頭が高い。控え居ろう」
を水戸黄。