こんにちは、うるまです。
前回記事では、”いじめ”を経験した中学の頃の話をしています。↓↓↓
さて本日は、2011年3月11日に発生した東日本大震災のお話をさせていただきます。
2009年8月〜2011年3月まで中国の上海に住んでいたので、この東日本大震災の日、実は私は日本にいませんでした。
私がこのことを知ったのは、震災発生から2日後のことでした。
当時、中国のローカルニュースでもその様子は連日放送されており、そこで津波や災害の様子を目にしました。映画やアニメでしか見たことがなかった様子が、現実として起こっていました。しかし、日本と中国、物理的な距離もあって現実味を感じることができず、自分事としては捉えられていなかったと思います。
そして私は、この東日本大震災を通じてあることを学びました。
それは”先入観や偏見をもってはいけない”ということです。
一見東日本大震災とは無関係のように思われると思いますが、当時、日本人である私は中国の上海にいました。言い換えると”中国の上海で私は東日本大震災を経験した”ということになります。
そこで私が学んだことは、震災の怖さや日本のチームワークというものではなく”先入観や偏見をもつことは、自分の可能性を狭めてしまう”ということだったのです。
今でも覚えているエピソードがあります。
2011年の東日本大震災が発生した数日後に、現地の果物屋へ母親と買い物に行きました。そこの中国人の店員さんが、私たちが日本人であることに気付いて声を掛けてくれました。
「加油、日本加油!」
”加油”とは日本語で「頑張れ」という意味です。その方は東日本大震災のニュースを見て、日本人である私たちに「頑張れ、日本頑張れ」と励ましの声を掛けてくれたのです。
この時ほど私は自分が日本人であることを実感したことはありません。その時にようやく「この震災は自分の国で発生した出来事なんだ」と強く感じたことを覚えています。
その当時は尖閣諸島問題などもあり、私は中国に対してあまり良いイメージをもっていませんでした。しかし、それは国対国の話であって、「中国人」に対する先入観に塗り替えることは間違いだと私は気付くことができました。
果物屋の店員さんが私たちに励ましの声を掛けてくれた時、そこには「日本と中国」という国と国の対立や国境は存在しておらず、ただ”人”としての暖かさや優しさだけで溢れていました。
私はこの東日本大震災でのエピソードや現地での生活を通じて、本当の国際交流というのはお互いの損得から外れた場所にあると感じました。
私は国と国の関係性を変えられるほどの力をもっていません。だからこそ私たちにできることは、私たちと同じように普通に暮らす人々との、血の通った関係を大切にしていくことではないでしょうか?
私は当時中国にいたからこそ、子供ながらにこのような学びを得ることができました。これからも先入観や偏見で判断するのではなく、自分で見たこと・感じたことを大切にして生きていきたいと思います。そして、この経験を周りの人に伝えていくことが、日中友好のために私にできることだと思っています。
「我很喜欢中国和日本。(私は中国も日本も大好きです)」
最後までご覧いただき、ありがとうございました。









