紫源二の啓示版 -14ページ目

原生林の深海に打ち寄せる波

ぼくはとても無口

何もしゃべれない

でもいろいろなことを感じている

瞑想したり

逃げ出したり

そのうちに

見知らぬ山の中にいて

何百万もの木々が風に揺れる音をきいていた

誰もいない

何もしないのに

何万キロも旅をして

たった一人で

エネルギーの波が打ち寄せる

海原

原生林の深海に

浮かんでいた

超心理学的理論の証明を兼ねた実験的小説とサイコドラマの上映

1,
実は、洗脳されることは気持ちいいことについて。

2,
快と不快は同じコインの表と裏。

3,
苦痛は快感になり、快感は苦痛になる。

4,
洗脳、ブレイン・ワッシュと、パブロフの犬について。

5,
反射は思考よりも原初的であることについて。

6,
意味と生存本能について。

7,
言語的意味より先に本能があったことについて。

8,
生体電気の実験が可能であることについて。

9,
生体電気の刺激により、記憶が甦ることについて。


上記のような章立ての、
『実験的小説』書いたら面白いかもしれない。

そして、各章に、実験的インプロビゼーション的な曲をつける。

散文を底流にした、シナリオを作成して、上記の曲を背景に演劇化する。

哲学的、実験パフォーマンス。

実際に心理学的、サイコセラピー的な効果を発揮して、観客に影響をダイレクトに与える。

エネルギー体験

昔はよく、アストラルのエネルギー体験をした。
身体がエネルギーに感電したみたいになって、波が打ち寄せるみたいに、周期的に振動する。
そのうちに見えないものが見えてきて、音が聞こえてくる。
あっちの世界に行ってしまう。
でも部屋もガンガン振動している。
そんなことってありえないよね。

今日はメタメタ

(今日はメタメタでした。帰りに明け方24時間スーパーに寄ってすぐ食えるものをたくさん買ってさっき食べた。うまくもないし健康にも悪そうなものばかり大量にたべて。レンジで温めた弁当。マズイ焼き鳥。干からびたキャベツのサラダ。とりあえずは空腹感は満たされた。日が登ってくるのと同時に眠ります。寝てる間にアストラル体は分離させて勝手に遊ばせます。もう一人の自分。最近はアストラルでたくさんのネコたちに囲まれているみたい。なぜなのか分からないが。たぶん何の楽しみもなくなってしまったのを知っているのは見知らぬネコばかり。なぜか気にして集まってきてるみたい。エピクロスのアタラクシアはアストラル世界では貫けないらしい。ネコたちに邪魔されて。あとは植物。プラント🪴と親しくお話ししている。それから誰にも見せない絵を描いている。そのうちに誰にも見せない展覧会を開くつもり。)


銀座は入ると出られない。タクシーだらけ。

それから赤坂の急な坂道。

昔のフィアットならエンストするくらいの急勾配。

メンタルのバランスが崩れた。

メンタルがめちゃめちゃ脆い。

アストラルのエネルギー体を意識しすぎ。

もっと鈍感になればいいけど。できない。


人生の結論


人生をぶつ切りにして並べ替えると完璧になるかも


あちらから帰って来たお土産


表現としては出来が悪かったかも


もう一度やり直そう


魂の故郷

魂の故郷


忘れていた


そこにすべてがある


宝が埋まっている場所を描いた地図を持っているとしたら、そこに行ってみない手はないはず。

なぜそれに今まで気づかなかったのか?

宝の地図は持っているのに。

宝を実際に掘り出そうとしなかった。

つまり、

今までずっと、時間を無駄にしてきたということ。


 

 

 


雪が降り、通行止めの高速

雪が降っていると昔のことを思い出す。

今は午前3時。
まだ外では雪がしんしんと降ってるみたいだ。
(窓を開けて見ないから分からないが…)
今テレビで午前3時の気象情報をやっている。
東京につながる高速道路はほぼ通行止め。
東北自動車道も通行止めとニュースで言っていた。

それを見て思った。
東北自動車道か。
最近ではほとんど走ったことがないな。
でも、思い出がある。

二十歳の頃、宝石のセールスをやっていた。
会社の車で、仙台のデパートの支店に宝石を売りに行った。
いつもはチームで行くのだが、そのときはなぜか私一人だった。
会社の秘書課から、今日泊まる宿屋の住所を渡された。
たぶん、電話番号も。
もう詳しいことは忘れてしまった。

宝石が詰まったカバンを積んで、東北自動車道をニッサンのローレルのターボで走った。
車のテープデッキに、サービスエリアで買ったオリビア・ニュートン・ジョンの新譜のカセットをかけて、爆音で鳴らしながら。もちろん制限速度をオーバーして走った。
(もう時効だからいいだろう。)

夕方を過ぎて、現地に着く頃はすっかり日も暮れて真っ暗だった。

その頃の私の常で、住所を聞いても、そこが何処にあるのかも分からぬまま、私は目的地に向かう。
カリフォルニアを放浪していた頃からの習性だ。
今考えると、考えられない。
インターネットもスマホもない時代。もちろんグーグルマップもない。
しかも地図もない。
もちろん、カーナビもない。

でもなぜか、目的地に辿り着く。

詫びた温泉付きの小さな旅館だった。
夕飯の時間も過ぎていた。
風呂だけ入って寝た。

翌日、デパートの支店の小さな駐在所のようなところに行った。
そこの責任者に挨拶すると、私が持って行った宝石以外にも、金庫に宝石があるという。

金庫から出した宝石一式も持って、その責任者をローレルに乗せて、お得意様の家にさっそくセールスに出かけた。

お得意様の家は車で山道を走り、それでも辿り着かない。
ずいぶんと辺鄙なところに来てしまったと思った。

私はセールスが苦手だ。
セールストークができない。
嘘がつけない。
宝石が何故こんなに高額なのか分からない。
もちろん、頭では分かる。
ルビーはどこで獲れて、どれだけ希少価値があるか。
ダイヤモンドの産地はどこで、どうやってその価格が決められているのか。
一通り研修で習った。
でも、なぜ、宝石にそんなに高いお金をかけて買おうとするのか?
その心理が分からない。
たとえば、そのころ流行っていたアフリカのブッシュマンは、日本のテレビに出演するために来日して、帰りにお土産に奥様にビー玉を買ったとテレビでやっていた。
宝石は高くて買えないから、奥さんには、綺麗なビー玉を買ったと言っているのをウツミミドリが聞いていて、「あら、素敵!」と感動していた。
その頃見たテレビの話である。

そんなことで、私は宝石よりも、ビー玉をお土産に買って帰るアフリカのブッシュマンの気持ちに共感するような男だったから、高価な宝石は一つも売れないまま、夜、宿に帰った。
たった一人で。
そして会社に売り上げ報告の電話だ。
「0でした」
電話先の総務部の女性がいった。
「マルね。明日、助っ人が行くから」

翌日、詫びた宿にやってきたのは、毎月の売り上げがトップクラスの三十代半ばのKという男だった。
彼は車ではなく、なぜか電車でやって来た。

私はなんか救われた気がした。
私一人では何もできない。
ぜんぜん売れもしない。
一人でこんな詫びた宿に泊まっていてもつまらない。

やってきたKは何故か私のことを知っていた。
「その後、あのユダヤ人はどうなったの?」
と馴れ馴れしく聞いてくる。
「え? 何のユダヤ人?」
とびっくりして言うと、
「お前、カリフォルニアでユダヤ人と放浪してたんだろ?」と言う。
詳しく聞くと、会社の週報に私の手記が出ていたらしい。
手記というか、社長に提出する日報に書いたことだ。
日報は毎日社長に提出することになっている。
毎日の売り上げ報告を兼ねているが、私は売り上げは悪かったが、その日のこととか、その日考えたこととか、いろいろなことを長々と書いて社長に提出していた。
今思えばおかしなことをしていたものだと思うが、二十歳の頃、そのほかの誰とも自分を比較する対象がない自分にとっては、それが当たり前のことだと思っていた。
いや、当たり前とすら思ってもいなかった。
ただ、そうしていただけだ。

それが社員の紹介として掲載されたらしい。
なんだか恥ずかしかった。

Kは私のことを変人でも見るような態度で接した。
でも、親しみを込めて。

Kは自己紹介を始めた。
自分は昔レーサーをしていた。
自動車のF2とかなんとかいう有名なレースがあるらしい。
私は詳しくないので判らなかったが、F1以外にも自動車のレースがあるとのこと。

そのレースではトップ1、2を争うレーサーだった。
「俺の名前を言えば知らないやつはいないよ」と言っていた。
たしかに、その名前は私も聞いたことがある気がした。

「俺のブレーキテクニックの右に出るものはいなかった。カーブギリギリまでブレーキを踏まない。今度教えてやるよ」

仙台の出張はすぐに終わった。
会社から帰ってこいと指示があった。
よくわからないが、売り上げも上がらないのに、宿に泊まっている経費は出せないということのようだ。Kが来たのも私を連れ戻す役目だったのかもしれない。

普段は滅多にないこと。というか、今までに一度もないことだったが、帰りは、私のローレルにKと2人で一台の車に乗って帰った。
一人のセールスマンには必ず一台の車が割り当てられている。
でも何故かそのときは、Kは車に乗って来なかった。
だから、帰りは元レーサーのKと一緒に、一台の車に乗って帰った。

なぜか深夜だった。
東北自動車道をニッサンローレルのターボに乗った2人。

Kは私に
「運転のし方知ってるか? 教えてやるよ」
と言って、まずは、ハンドルを垂直にして下に下げた。
腕を伸ばし気味にしてハンドルが握れるくらいにシートを後ろにずらした。

ほとんど車らしい車が走ってもいない深夜の東北自動車道の追い越し車線を、Kはローレルのターボを突っ走しらせた。
ライトを上向きにして。

たまに前を走る車がいると、はるか彼方から慌てて左車線に車線変更していく。
まるで、路上駐車している車を追い抜いているみたいに、一瞬で追い越していく。

あっという間に次のインターチェンジを通過する。
スピードメーターの警告音は鳴りっぱなし。
何キロで走ったのかは言わないことにする。

「お前もやってみるか?」

次のインターチェンジで運転手を交代した。
ハンドルとシートを調整していざ出発。

アクセルを踏み込むと、ターボエンジン独特の音が唸りを上げる。
一気に加速して、ノロノロ運転の左車線の車を次々と追い越していく。

「もうそのくらいでいいだろう」
とKは言うが、私は収まらない。
どんどん加速を続けていくと、クラッチが切れた。

「クラッチが空回りする」と言うと
「リミッターだよ」とKは言う。
「もうそのくらいでやめとけ」

また次のインターで交代。

今度はブレーキテクニックを教えてくれた。

トラックの後ろギリギリにつけて走るK。
「これが風の抵抗をゼロにして走るテクニック」

とても真似できない。

(すべて40年以上も前の時効のお話し。)

今日は雪道。車両も通行止め。
深夜のお伽話でした。

2月3日。 夢のはなし。

2月3日。
夢のはなし。

富士山🗻が爆発するのではなくて、富士山🗻そのものが空中に飛び上がる。
そして、そのまま地面に落下。
すごい衝撃。
その衝撃で富士山がバラバラになる。
それが大量の土となって飛び散る。
すごいスピードで土が押し寄せてくる。
どんな防波堤(壁)でも止められない。
土が激流のようになってすべてを押し流していく。
私は壁を必死で押さえているが、大量の土の激流を受けてあっけなく流されてしまう。
でもなぜか、とてもいいことのように私は感じる。
富士山なくなっちゃうのはよくないけどね。
土の激流ですべてがなくなっちゃうのはなにかとても潔ぎよくてスッキリする。
いらないもの、くだらないものが土で浄化されて、綺麗さっぱり。
今朝見た夢のお話しでした。

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聖なる山、ヒマラヤの麓で暮らす素朴な人々の貧しく美しい村。

一方で、聖なる山、富士山の麓にはびこる、驕り高ぶった人間の作ったコンクリートジャングル。

富士山が少しだけ身震いすれば、がん細胞は浄化される。
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富士山が飛び上がって地面に落下する。

つまり、富士山が地団駄を踏む。
もう我慢ならないと言って。

富士山が横綱の土俵入りのように四股を踏む。

大地は揺れて浄化される。

水ではなくて、お土ですべてを浄化する。

お土による禊ぎ。
祓い清め。
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お伽話(a)

世界連邦政府の倫理会議で、全会一致で、この世に善も悪もない、すべての価値は相対的だという決議が可決されました。

その翌日。世界連邦の中の最貧の共和国であるN国は、今まで密かに備蓄していた核兵器ミサイル(複数)の発射ボタンを押しました。

そのミサイルは、各々、世界各地の核兵器基地に飛んでいきました。

このようにして、“無意味”な星の一つは、宇宙から忽然と消えました。
 
 
 
 
 

王さまは裸?

化けの皮が剥がれたキツネ、またはタヌキ。

中に誰もいない城を守るブリキの兵隊。


「王さまは裸だった」と言うけれども、そもそも「王さまは王さまですらなかった」。(笑)