紫源二の啓示版 -13ページ目

2年前(2022年)3月10日。 『じぶんの頭で考えろ!』

3/10の夢(政治家に喝を入れている夢)

へんな夢の話し

大きなジャムの瓶と大きなガラスのコップを持ってバスに乗ってどこかへ向かっていく。
なんだか政治家のオフィスがたくさん入っているビルのようなところに入っていく。
ある政治家のオフィスに入ると、びびったその政治家がスタッフに取り囲まれている。

「このジャムの瓶? これはね、あとで食べようと思って持ってきた。」
重たそうなその瓶になぜかその政治家がすごくびびっているからそう説明した。
「オマエ、何びびってんだよ! いくじがないなぁ。バカヤロウ! 相手はもっとびびってんだぞ!」
と私がその政治家に喝を入れている。
その政治家一人を、大勢の他の政治家が脅しているのだ。
なんだか、いまの自⚪︎党みたいに。

「オマエも根性なくて、弱虫で、びびってばかりいるけど、相手はもっと弱っちいんだぞ! 分かるか?」
そいつの魂はまるで1ミリもないほど小さな根性しかないのが見えるけど、その政治家を脅している他の大勢の政治家の魂はもっと小さいのが私には見える。

「いいか、あいつらのところに行ってこうやるんたよ! 見てろ! 実演して見せるから」
と私が言うと、そいつが座っている机の上に持っていたガラスコップを叩きつけて大声で怒鳴る。
「舐めてんじゃねーぞ! コノヤロウ!」

その政治家はビビって、もんどり打って床に転げ落ちる。
それを見た私は、そいつの股に禁的の蹴りを一発喰らわす。

「いいか、こうやってやるんだ。わかったか? 何オマエびびってんだよ? 相手はオマエよりももっと弱っちいんだからな。ビビることはないんだよ。こうやってやってこいよ。いいな。わかったか?!」
と捨て台詞を吐いて出ていく。

(私は何しにあんな政治家のオフィスに行ったのだろうか? 大きなジャムの瓶と、大きなガラスコップを持って。)

自民党の裏金問題の言い訳弁論大会(?)を見ていたので、こんな夢を見たのかもしれない。

3/15の夢(特殊な電気装置)

ちょっと複雑な夢の話し

電気的波動を発生させる装置を開発して、リアルタイムで実験している夢。

電気的波動を発生させる装置は2つある。
1つはバックグラウンドで持続的に周期波動を発生させる。
もう一つはバックグラウンド電気周期波動に合わせて、ピークのスパーク波動を発生させる装置。

それぞれにサイン、コサイン、タンジェントなど、ウェーブの形状を設定できる。
また、周期のサイクルの長さを設定できる。
そして、電気信号と振動の強さを設定できる。

第一のサイクル電気信号と第二のスパーク信号の、それぞれ3つの変数を調整することによって、ほぼ無限の電気信号振動を作ることができる。

そして、この装置の素晴らしいところは、この電気信号の波動グラフをリアルタイムでプリントアウトできることだ。

この電気装置を人体に接続する。

するとリアルタイムでさまざまな治療効果と、脳内の意識変化が起きる。

被験者を使ってリアルタイムでインタヴューしながら、プリントアウトした波形のデータを分析して、治療効果と意識の拡張の機能効果を発生させる電気的波動を特定できる。

その実験を私がリアルタイムで行っていて、たくさんの見物者がいる。

私は自分の直感でこの装置の変数を調整している。

電気は強度、波形、周期でできている図形として私に認識できる。
2つの装置があり、1つはバックグラウンド波形、もう一つはスパーク電流を流す装置。
スパーク電流によって、“覚醒”が起きる。
でもバックグラウンドの持続的な波動とうまく組み合わせないと“覚醒”は起きない。
それをうまく被験者の個性に合わせて調整するにはオペレーターの腕がよくなければならない。

なぜか私には直感的に、この装置の調整のやり方がわかる。
この装置は、リアルタイムで調整しながら、開発されている。
しかも、リアルタイムで実験と開発が公開で行われている。
私が開発者なのだろう。
たくさんの見学者がいる。

私は皆に説明しながら、実験と開発と被験者の治療と意識の拡張を同時に行っている。
 
誰か出資してくだされば、このような装置を実際に開発できるかもしれないが、まずそんな人はいないでしょう。

18才くらいの頃にあった不思議な出会い

村上春樹の短編読んでたら思い出した。

私にもあった不思議な出会い。18才くらいの頃の。

でももうあの歳には戻れないし、あの年齢のあの人には絶対に出会えないのだろうな。

あの年齢のあの人に会ってみたいけど、あの人がもし生きていたとしても私と同じようにもう歳をとっているはずだし。


18才の頃、近くの個人商店の小さな本屋でばったり出会った女性。

彼女は私に声をかけてきて、なぜか喫茶店で話をした。

それから、街を歩いているとちょくちょく彼女と出会った。その度に喫茶店で話をした。

お互いに名前もどこに住んでいるのかも分からなかった。偶然出会うと、何故か親しく話をした。

それも、とても不思議な話しばかりだった。

彼女は何故か死にたいみたいだった。

なぜか街を歩いていると出会った。

(話したことを書けば、村上春樹の短編みたいになるかもしれないけど、ちょっとむずかしいな。哲学的過ぎて。笑)


答えの書いてある本を探して本屋に行っても、絶対に見つからない。

それよりも、同じように答えを探し求めて本屋に来た人と一瞬に、自分はいったいどんな答えを求めて彷徨っているのか、お互いに探求し合った方がいい。


何を探しているか分からなければ、それを見つけることもできない。

 

 

 


春一番の日は瞑想状態

春一番
すごい風ですね
ぼーと暖かくて
眠くなると
瞑想してるみたいで
インドとか思い出します
初めて瞑想したときのことを

またそこに
(初めてのときに)
行ける
(戻れる)
のが瞑想
 
 

2024年の春一番が吹いて

春一番が吹いて
生暖かくて
ぼーとしてると
このまま
一日中ぼーとできたら
どんなにいいかと思う

その一日が一年になり
その一年が一生になり

つまり
一生ぼーとしたまま終われば
どんなにいいかと

つまり
ぼーとしたまま何もしない

すべてが曖昧なまま

すべてが無意味のまま

すべてが無価値のまま

なんの達成もなく

なんの欲望もない

なんの思考もない

なんの行為もない

意味もない

記憶もない

時間もない

自分もない

他人もない

何もない

そんなふうに生きたい
 
 
 

フィレンツェの市庁舎と自らの思考を否定する若者

私はフィレンツェの市庁舎で結婚式を挙げた。
ヴェッキオ宮殿だ。
遠い昔、私はフィレンツェにいたような気がする。
(でもそんなことはどうでもいい。)
結婚式を挙げた後、フィレンツェ市民のバッチを貰った。

この地球では、ルネッサンス以前は、市民は自分の頭で考えることができなかった。
教会の権威とスコラ学が言っていることだけが正しかった。
それが、ルネッサンス以降、個人は自分の頭でものごとを考えることができるようになった。

思考する個人が、神の威を借りた教会のドグマに勝るようになった。

思考することは大切である。
何が真であるか、個人は万人に備わった良心と理性によって、自ら考えることができる。

ところが、1960年代以降、西洋文明の最終地であるアメリカの若者たちが、自らの思考を否定し始めた。
インド哲学の影響だ。

宇宙意識と一体になるためには、思考を捨てなければならない。
あなたはエゴだ。
エゴを捨てなければあなたは悟ることができない。
悟るとは真理に目覚めること。
エゴであるあなたは、偽りの世界にいることに気づいていない。
あなたは、思考の奴隷になっている。
つまり、〈わたし〉というエゴは、脳の思考に操られているロボットであるにすぎない。

というわけだ。

そうやって、アメリカに辿り着いた西洋近代思想の若者たちは、“瞑想”を始めた。
思考を断ち切り、自ら考えることをやめて、一瞬で到達できる悟りを求めて、目をつぶり、感覚を閉ざして、自らを否定し始めた。

その後、自ら考えることを辞めた若者たちはどこに行ったのか?

ルネッサンス発祥の地、フィレンツェで考えた。

フィレンツェの市庁舎とは、市民が自ら考えて民主的な政治を行うことのできる自由の象徴でもある。

ところが日本の市庁舎はどうだろうか?

戦後の日本、民主主義をアメリカからほぼ強制的に押し付けられて建てられた市庁舎。
市民自らが、革命によって勝ち取った民主主義ではなく、アメリカの占領軍の総司令官という“権威”によって与えられた日本の民主主義と地方自治。
そしてその象徴である市庁舎。
そこには、なんの精神性もない。
ただの堅苦しい“規則”があるだけだ。

アメリカは戦後、若者達が“権威”に対抗して立ち上がった。
ベトナム戦争に反対して、反戦平和、Love & Peace を叫んで髪を伸ばし、歌を歌って…、

そして、瞑想し始めた。

自らのエゴを否定するために。

自らの思考を否定した若者たちは、その後、どうなったのだろうか?

 
 
 

自分で見る夢に似ている音楽

今たまたまテレビで、ピアノを独奏する映像と音が流れていた。

とくに有名なクラッシックの曲でもない。

すごく正装した女性が上手にピアノを弾いているのだが、ぜんぜん面白くない。
私にとっては。

もちろんテレビにでるくらいだから、上手いのだろう。
間違えたりしないし、抑揚をつけたり、ためをつけたり、強弱をつけたりして、上手く演奏している。

でもつまらない。

なぜ、音程を間違ったらいけないのだろう?
なぜ、リズムを間違ったらいけないのだろう?

間違わない演奏がうまいのか?
間違わない音楽がいい音楽なのか?

逆に、とても制約されたつまらない音楽のように感じる。

そう思って私が作った音がある。

音程を間違えたら間違えたままに。
リズムを間違えたら間違えたままに。
そのまま音楽が展開していく。

できた音を聞いてみたら、自分で見る夢に似ていると思った。
なかなかいい。
(自画自賛)
(たぶん誰も賛同しないだろう。)
(でも、それでいい。)

夢の中では、奇想天外なストーリーが展開していく。
辻褄が合わない。
支離滅裂だ。
それなのに、それを不思議にも思わない。
目を覚まして生活しているときの現実の常識が通用しないからだ。
否、“常識”など夢の中には存在すらしない。
だから、なんでも起こり得る。

音楽も夢に似ている。
時間と伴に経過していく。
時間と供にストーリーが展開していく。
もしそこで、現実世界のように、“常識”という“制約”を掛けたら、夢は自らのストーリーを展開できなくなる。
音楽もそれと同じではないか?

間違った音符を弾かないように、リズムを間違わないように、
それらすべては音楽にとっては“制約”でしかない。
“制約”を外した音楽は、どうなるのだれうか?
それはただの“雑音”か?
間違えた“失敗作”か?
では、夢とは、間違えた現実か?
デタラメの雑音か?
失敗作か?

夢で見た支離滅裂なストーリーを、意味のあるものに解釈できるのも、人間の才能だ。
結局は、この“無意味なことを意味のあるストーリーに再構築する人間の能力”こそが、芸術を創造(想像)する才能ではないかと、私は思っている。

そんな音楽を作ってみたい。

私は常日頃、そんなことばかり考えている。

https://youtu.be/xEvxmv13cYk?si=5oUyXqAOIvK2oVWx


冬の寒い朝のことを思い出す

最近よく、子供のころのことを思い出す。
たぶん幼稚園にも入っていないころのことだ。

寒い冬の朝。
起きると母親が私の服を着替えさせてくれた。
私はひとりで服を着ることもできなかった。

とても寒くて、パジャマを脱がされるのが嫌だった。
それから、下着の上からもう一枚着ると、下着の袖がめくれ上がって気持ちが悪い。
そんなやり方をする母を憎んだが、必ず後から、めくれ上がった下着のそでを引っ張って、直してくれた。

母はすぐに石油ストーブに火をつけた。

寒い冬の朝。
毎日同じように、私は母親に着替えさせられるのを憎んだ。
 
 
 

今日はメタメタでした

今日の日記


(今日はメタメタでした。帰りに明け方24時間スーパーに寄ってすぐ食えるものをたくさん買ってさっき食べた。うまくもないし健康にも悪そうなものばかり大量にたべて。レンジで温めた弁当。マズイ焼き鳥。干からびたキャベツのサラダ。とりあえずは空腹感は満たされた。日が登ってくるのと同時に眠ります。寝てる間にアストラル体は分離させて勝手に遊ばせます。もう一人の自分。最近はアストラルでたくさんのネコたちに囲まれているみたい。なぜなのか分からないが。たぶん何の楽しみもなくなってしまったのを知っているのは見知らぬネコばかり。なぜか気にして集まってきてるみたい。エピクロスのアタラクシアはアストラル世界では貫けないらしい。ネコたちに邪魔されて。あとは植物。プラント🪴と親しくお話ししている。それから誰にも見せない絵を描いている。そのうちに誰にも見せない展覧会を開くつもり。)


銀座は入ると出られない。タクシーだらけ。

それから赤坂の急な坂道。

昔のフィアットならエンストするくらいの急勾配。

メンタルのバランスが崩れた。

メンタルがめちゃめちゃ脆い。

アストラルのエネルギー体を意識しすぎ。

もっと鈍感になればいいけど。できない。