komikaruの創作箱 -2ページ目

komikaruの創作箱 -2ページ目

ホームピグアメブロ

芸能人ブログ人気ブログ

20Aug
- やっときた！！
  ２０２３年　８月２０日(日)どうも、久しぶりの日記投稿でございます！酷暑や大雨に突然のゲリラ豪雨で冠水等、色々ある夏ですが何とか過ごせているkomikaruでございます！話は変わりますが、少し前に発売された「ピクミン４」！！発売前の体験版をプレイ実況している方の動画を観ていて、「面白そう！」「やってみたい！」と思いまして給料が出てから買いまして、本日届きました☆今現在ポケモンSVをプレイ中なのですが、ピクミンもやりたくてウズウズし、ゼルダもやりたいししたいゲームが多くて時間が幾らあっても本っ当に足りん！！１日２４時間といわず４８時間にならんかな？いやそれでも足らんと思う！！ピクミン４のプレイ動画が配信される度に観て、「ピクミンめっちゃかわいい……！」「早くプレイしたい！」との想いを募らせてきましたが、今日手元に来たからにはプレイするしかないやろう！他のゲームも勿論進行しますけど、配分を考えてプレイして楽しんでやろうと思います！
04Jun
- 【ヒーロー×一般人　六話】
  　　「――ねえ！この間平和通り辺りで騒ぎがあったらしいんだけど、そこにＣ級６位のタンクトップタイガーがいたらしいじゃない！」　　「そうみたいね。でもやられて倒れてたらしいじゃない？別のヒーローが騒ぎ起こしてた犯人捕まえたらしいけど」　　「Ｃ級６位だからって大きな顔してるからやられたんじゃない？実力も大したことなかったりして」　日勤で病院に出勤していると、今日は前に起きた騒ぎの話で看護師達は盛り上がっていた。　アジサイはその現場に居合わせたが、サイタマと騒動を起こした張本人が居たこと以外は知らない。それにＣ級６位のタンクトップタイガーって……。　　(誰？その人)　ヒーローの人らしいが、アジサイはそんな名前聞いたこともない。まあヒーロー協会なるものの存在があっても特に興味もないので、どんなヒーローがいるのかさえ知らない。サイタマと弟子のジェノスがヒーローなのは知っているが。　　「相変わらずアジサイの居るこのナースステーションは噂話好きな人多いね～。今はタンクトップタイガーの話題？」　アキノがカウンターの向こう側からアジサイに話し掛けてきた。　　「そうみたい。私は別に興味ないし、そのタンクトップなんとか？って人か物か知らないけど、よく知らないし」　　「アジサイはヒーローとかに興味ないもんね。女性人気だとＡ級１位のアマイマスクかしら！まあイケメンだから仕方ないか！」　　「へぇー」　　「……本っ当興味ないわね……彼氏以外興味ないってこと？愛されてんじゃないのよ～彼氏ったら♡」　ウリウリと肘で突いてくるアキノをアジサイは頬を赤らめながら押し返す。　日勤が終わり帰宅途中の帰路、アジサイのスマホが音を立てる。画面にアキノの文字が。　　「……もしもし？どうしたのアキノ」　　《前に、気になってる人が居るって話したでしょう？その彼から告白されちゃって……！》　　「え！？良かったじゃない！おめでとう！」　　《ありがとう！今度の休み、ちょっと色々と話聞いてもらいたいと思ってて……予定空いてる？》　　「ちょっと待ってね。えっと……」　歩道の端に寄り、カバンの中を漁り手帳を探す。そんなアジサイの背後に蠢く黒い物体が触手をアジサイに向かって伸ばしていく。　　「……私は今度金曜日が休みなの。アキノは？」　　《本当！？私も金曜休みなの！ランチとおやつタイム兼ねてカフェ行かない？アジサイの好きそうなカフェ見つけたんだ♪コーヒーや紅茶が美味しくて、ケーキとかもお手頃で美味しいところなんだ！》　　「え、気になる！行ってみたい！」　　《じゃあ決まりね！時間は――》　アキノとの電話で背後に迫る蠢く物体と触手にアジサイは気付いていない。触手が左右からアジサイに絡みつこうとしたがバチッと弾かれた上に消滅する。　　『ギィィッ！？』　黒い物体は触手がダメならと口から体液を吐き出しアジサイに向けて放つ。だが体液も蒸発するように消えてしまう。　　『ギ……ギアアァアー！！』　アジサイを頭から食べようと口が大きく広がって丸飲みしようとするが、黒い物体は四方八方に飛び散り無残な姿へと変わる。　　「――金曜日の１３時に〇〇駅前だね？分かった！」　　《当日楽しみにしてるねー！》　アキノとの通話を切り、アジサイはようやく背後を振り返った。　　「……こんなに汚れてたかな？キレイにしないと歩き辛いよね」　飛び散った肉片や体液が虹色の光を纏い宙に浮く。そしてボォッと炎が一瞬燃え上ってキレイさっぱり消えた。　　「また怪物が増えてるのかな？サイタマくん大丈夫かな……」　先程自分も危うかったという割に平然としているアジサイは現在進行形で付き合っているサイタマの心配をするのであった。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　約束の金曜日、カフェにて――。　駅前でアキノと合流したアジサイは、アキノの案内でカフェへとやってきた。注文をし料理が来るまでの間他愛のない話をし、料理が来てから本題へと入る。　　「アキノが話してた人って、私達より一つ先輩の人だったよね？」　　「そう！無口であまり話さない人なんだけど、前に普段見ない優しい表情で迷子の子供に話し掛けてて……あんな優しい表情も出来るんだって思って……それからなんか妙に意識しちゃって……！」　話始めると少しずつ頬が赤くなっていく。　　「仕事中は仕事の話しかしないし、休憩の時にたまに話したりはしてたんだけど。まさか向こうから告白してくるなんて思ってもなかったからちょっと戸惑ったけど……でも「宜しくお願いします」って返事したの！」　先輩に告白された時のことを話すアキノは照れながらも嬉しそうだ。見てるこっちも嬉しくなる。　　「先輩、シグレと仲が良いらしくてアジサイのことも知ってたよ。シグレの恋路応援してたみたいだけど……アジサイに彼氏いるって知ってフラれたシグレのこと、肩優しく叩いて励ましたんだって」　　「そうなんだ。……私は見掛けたことないけど、シグレと親しいんだね。えっと……」　　「カナタ先輩ね」　　「関わらないから名前知らなかったんだ、ありがとう」　　「まあ仕方ないわよ。同じ看護師とはいえ階が違うんだから」　自分がいる階ならある程度の名前と顔は覚えているがそれは看護師限定。医者になると片手で数えられるくらいしか分からない。まあ、既婚者なのに看護師にちょっかいかけてるって良くない噂で知っているのが何人かいるが。　　「カナタ先輩、シグレとアジサイがくっつくと思ってたみたい。仲が悪いなんて話も聞いてなかったし、それなりに親しくしてるみたいな話聞いてたみたいだから」　　「……どんな話先輩にしてたんだか……」　　「結構ぞっこんなんだなあーって聞きながら思ってたみたいよ。だから諦めるにしてもまだ気持ちの整理出来てないみたいだから、まだウジウジしてるんだって」　　「…………」　アキノの話を聞きながらシグレがかなり自分のことを好いていてくれていたという事実を知るも、アジサイは素直に嬉しいとは思いつつも、少し複雑だった。　それは一般に普通の女性だからそう想ってくれているだけで、不思議な能力を有していると知ったら変わるかもしれないとも思う。サイタマは知っても「すごい」と感心してくれたが、万人彼みたいな反応をしてくれる訳じゃない。　疑り深いのも良くないとは思うが、これまで隠してきたのもそうだが叔父や叔母は恐れる視線を向けていたのもあって隠してきた。最低限の身内しかアジサイの能力は知らないし、勘繰りされたこともない。変に周りに根も葉もない噂や噂の一人歩きも嫌だし、知られない方がいい。　　（そう思うと、サイタマくんは本当に心が広いな……）　アキノの惚気話を話半分で聞いていたが、上手く相槌を打っていたらしく考え事をしていたとは思われずに済んだ。　　（…………どうして不思議な能力を持ってるんだろう。本当の両親がそんな能力持ってたから、とかなのかな）　リフレッシュの休みだった筈なのに、心の片隅にモヤモヤを残してアジサイは家に帰宅した。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　数日後の夜勤明け、アジサイは久しぶりにサイタマに会いに行く為に家へと向かっていた。　最近Z市を歩いていて、以前より中心地に人の姿が増えたことにアジサイは気付いた。サイタマの住む東のはずれになれば無人街となり、ライフラインは残っているもののゴーストタウンとなり、中心地と比べて格安で住めるらしい。　だが、怪人が彷徨いているところに好き好んで住む人はいないだろう。サイタマは格安だから丁度良いと言っていたが。　　（サイタマくんは強いから支障がないし、ジェノスくんも居るから問題ないか）　普通の人間なら近寄らないゴーストタウンに向かうアジサイも側から見れば変わり者だろう。しかし中心地から離れると人影は一気に減る為、アジサイがゴーストタウンに向かう姿など誰も見ていない。それに臆することなくスタスタと歩いてゴーストタウンに踏み入る姿は肝が据わっている。　ゴーストタウンを見回しながらアジサイは前と変わっていっている街に寂しさを感じていた。　怪人なんて今ほど彷徨いていなかった時は歩いているここも賑わっていたのだろう。一歩外に出るとあった通勤・通学する人達、子供を送り迎えする親、買い物する人々、仲良く歩く友人同士や恋人達、呼び込みをする店員、日常の喧騒も今はここにはない。　怪人とヒーローの戦闘痕か、壊れた建物、抉られたアスファルト、ボコボコの道路……まるで廃墟みたいな風景。　　（…………怪人なんて、何処からくるのかな……）　他の市にも怪人は出現しているようだし、その影響でヒーロー協会なるものが出来たのだろう。階級や順位はヒーロー達の向上心を煽るためなのか、はたまた自分の現状を理解させるためか。　　（人気、とか……人気者になりたいからヒーローになりたいとかあるんだろうな。姑息なことして誰かを貶めたり、実力とか隠して這い上がろうとする人もいるんだろうな）　サイタマは――人気とか、階級とかそんなものは気にしていない。「一発で倒せるヒーローになる」、それがヒーローを目指すきっかけになった想いだというし。純粋になりたいからなるといった彼は注目を集めたりとかはされていない。勿論評価してほしいからヒーローをやっている訳でもない。　　(なんか――普通の社会と大して変わらないな)　そんなことを考えているとあっという間にサイタマの住むマンションに着いてしまっていた。階段で上がってもいいのだが、能力で浮いて目的の階まで飛んで行く。サイタマの部屋の前にやってくると、箱が置いてあった。箱の中を覗き込むと昆布の欠片があるだけだった。　随分と大量に昆布を仕入れたのか……乾燥昆布ではなさそうだ。　箱のことはとりあえずおいておいて、部屋のチャイムを鳴らそうとしたが、ドアが開いてサイタマが顔を出してきた。　　「よお、アジサイ。仕事お疲れ」　　「うん、ありがとう。……いつも思うんだけど、チャイムとかノックするよりも前にドア開けるでしょう？私が来たって分かるの？」　　「ん？ああ、まあな。アジサイが来たなーって何となく分かるんだ」　　「何となくで分かるものなの？すごいねサイタマくん！」　　「勘だ、勘」　　(うーん……人が近付いてくる気配を感じるとかってことなのかな？でもすごいことだよね！)　そう内心関心しながらサイタマの部屋に上がるアジサイだが、玄関先の靴を見て何かに気付いた。　　「ジェノスくんいないの？何時も部屋に居たと思ったんだけど」　　「なんかヒーロー協会に呼び出されたっつって出てるぜ」　　「へぇ。呼び出しなんかもされるんだ――」　――ウウウウウウ！！　急にけたたましい警報のサイレンが響き始めた。　　《ヒーロー協会からお知らせします！緊急避難警報！災害レベル竜！やばいので逃げて下さい！巨大隕石落下まで21分！専門家の話ではＺ市は丸ごと消滅するとの事！可能な限り急いで遠くまで逃げて下さい！》　アジサイが外に出て空を見上げると、空に赤い光が見える。　　「落下まで21分なんて、そんな遠くまで逃げられるわけないじゃない！なんでもっと早く知らせないの！？遅すぎるにも程があるわよ！」　　「アジサイ、俺ちょっと行ってくるわ」　後ろを振り返ると、ヒーロースーツに着替えたサイタマが居た。　　「ヒーロー協会から呼ばれたっつってたのもこれなんだろ。ジェノスのとこ行ってくる」　　「…………うん。気を付けてね」　　「おう」　サイタマを見送った後、アジサイは自宅方面へと飛んで戻っていた。もう隕石落下まで5分は切っているし、避難誘導なんて出来はしない。避難するのがまず第一なのだが、アジサイの頭にその文字はなかった。　　「…………」　落下してくる隕石を見つめながらアジサイは来るべき時を待っていた。こんな巨大隕石、普通どうにも出来はしない。だからサイタマが“行く”と言ってたのを止めるのが当たり前なのだが、そうしなかったのは彼ならどうにかしてくれると思ってしまったからだ。だとするなら、その後起こりうることを想定して自分に出来ることは――防ぐこと。　　「隕石を砕いたのなら降ってくるのを防がないと大変なことになる。病院や最低限の施設だけでも守れれば……」　出来るか分からないがやってみないことには始まらない。　　「？」　スマホが音を立てた。画面を見ると、アキノからだった。だが直ぐに切れ、入れ替わりにシグレからの着信に変わる。それから次々と知り合いからの着信やメッセージが届きスマホは始終鳴りっぱなしだ。　　「…………大丈夫だよ。ヒーローが動いてくれてるから」　顔を上げると、巨大隕石に向かって熱線が放たれていた。しかし、隕石を押し返したり壊すまではいかなかった。きっともう隕石が落ちてくるというだけで何もかも終わったと逃げることすら諦めた人もいるだろう。迫りくる脅威をどうにか出来るわけがないと誰もが諦めて天を仰いでいるだろう。　だがアジサイは終わりだなんて思っていない。　何故なら――熱線が消えたその後隕石に向かう一つの影が見えたから。　　「――ねえ、サイタマくん――」　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　巨大隕石落下から3日。Ｚ市は隕石衝突による消滅は免れたが、分裂した隕石群により町全体に大きな爪痕が遺った。だがその中でも病院や薬局、スーパーに駅、学校、役所等の主要な建物は無事で、家を失ってしまった人の避難場として使われ、残ったのが奇跡と言われている。　　「――主要の建物が傷一つもなく残っているのは、アジサイが何かしたからなんだろう」　　「降ってきた隕石の欠片を防いだだけよ。町全体を覆えれば良かったんだけど」　アジサイがサイタマの元を訪ねたらサイタマは外回りで不在で、ジェノスだけが残っていた。帰ろうとしたのだが、茶を淹れてやるから残れと言われ、一先ず帰らずに残ることにした。テレビは相変わらず巨大隕石の話題で持ち切り。流石に飽きてきた。　　「……アジサイは知っているのか？世間の一部ではＺ市半壊の原因を作った人物として先生が悪役にされていること」　　「……知ってるよ。というより、目の当たりにしてきた……」　　「さっき話したことか？タンクトップタイガーとタンクトップブラックホールが市民を味方にして先生にヒーローをやめろと言い、その味方につけた市民の前で先生を懲らしめて人気を得ようとしたが失敗した、という」　　「あれがヒーローのすることなんだね。人を助けるとか関係なくて、ただ人気が欲しいだけで人を貶めてのし上がろうなんて……性根が腐ってるにも程がある。ヒーローだなんて片腹痛いわ」　ヒーロー協会に集まっているヒーローに幻滅したとジェノスに話すが、彼はただアジサイをジッと見て黙ったままだ。呆れの表情は次第に悲しいものへと変わる。　　「…………サイタマくんの思うヒーローとは全然違う……」　自身がヒーローになりたいと思ったこともないし、協会に入っている訳でもなく詳しいことは知らないから余り悪いように言うべきではないのかもしれない。それでも多くの市民から「やめろ」とか「消えろ」とか「出てけ」と言われるサイタマの姿に胸が痛んだ。その場で声を掛ければ良かったと思うが、その後直ぐに何処かへ行ってしまいとても声を掛けていい雰囲気でもなかった。これでサイタマがヒーローをやめるなんて言わないと良いが……。　　「サイタマくんが半壊の原因の一部だっていうなら、半壊を防げなかった私にも責任はある。サイタマくんだけ責められるのは……」　　「おそらく先生は、アジサイが建物を守ったことは口外しない。そうすればまずヒーロー協会から目を付けられる。それも踏まえて、自分だけ言われるのに止めていると俺は思うが」　　「…………」　　「周りがなんて言おうと、先生は自分の信念の元に動いているから気にしないだろう。それをちゃんと理解しているアジサイが傍に居るだけで救われると俺は思う」　　「そうだといいな。……私を好きになってくれたのもそうだけど、サイタマくんって本当優しい人……」　サイタマを想うと表情も心も柔らかくなる。彼に大切にされているのだと思うと安心する。隠し事も何もなく本当の自分で居られるというのはすごく楽で、サイタマをとても信頼していると改めて知る。　ジェノスと話していると玄関の方から音がした。サイタマが帰って来たようだ。　　「お、アジサイ。来てたのか」　　「訪ねた時サイタマくん居なかったから帰ろうとしたんだけど、ジェノスくんに引き留められて。お茶飲みながらゆっくりしてたところ」　　「お茶淹れてきますね、先生」　ハッとしてお茶を淹れに行ったジェノスを見送ってサイタマはアジサイの隣に腰掛ける。　　「ジェノスがアジサイ引き留めるとか珍しいな」　　「うん、少し驚いた。何言われるのかと身構えたけど、普通に話が出来てちょっと安心した」　　「何かしようとしても瞬殺で終わるだろ。ジェノスが修理行きになるのが目に見えてる」　　「先生。どうぞ」　ジェノスがサイタマにお茶を差し出し、それをサイタマが受け取って啜る。　　「アジサイは大丈夫か？」　　「うん。住んでるマンションも職場の病院も砕けた隕石が降るギリギリの範囲外で無事だから。今病院はてんてこ舞いだから連勤続きで、今日やっと休みになったの。サイタマくんが無事かどうか確かめようと思って今日は来たの」　　「仕事で疲れてんだろうから休んでていいんだぞ？……でもサンキューな」　嬉しそうなサイタマにつられてアジサイも嬉しくなって笑顔になる。　　「――先生。今日メンテナンスで博士のところに戻るので明日戻ってきます」　突然ジェノスがそう割って入ってサイタマに話し掛けてきた。　　「おう。ちゃんと診てもらえよ」　　「はい」　９０度腰を曲げてキレイなお辞儀をしてジェノスは部屋を出て行った。　部屋に残ったアジサイとサイタマは暫く無言で無音が続く。２人きりなんて初めてでもないのに、急に２人きりになるのは少し慣れない。　　(――ど、どうしよう……！ジェノスくんが急にメンテナンスって言って出て行ったけど、元から予定されてた定期的なやつなのかな？それとも気を利かせて出て行ったとかなのかな？)　サイタマと会うのは久しぶりだし、出来れば２人でゆっくり出来たらいいな何て思っていたがジェノスが部屋に居るなら頃合いをみて出ようと思っていたのに……まさかの予想外で２人きりになってしまった。　内心慌てるアジサイの横からサイタマが手を伸ばしてきて抱き締めてきた。そしてアジサイの右耳を甘噛みしながら舌で輪郭をなぞり始める。　　「ふひっ！？」　　「ははっ。変な声出たな」　　「きゅ、急に耳……！」　　「アジサイ耳弱いからな」　サイタマの片手が服の上を這い出し、アジサイの胸に触れる。　　「…………ん？」　　「？」　胸に手を掛けたと思ったら急に声を出したサイタマを不思議に思っていると、背後に回って両手でアジサイの胸に触れる。　　「……アジサイ、また胸大きくなったか？」　　「え！？」　　「んーなんか……触った時の感じが違うっていうか」　　「…………少し前にサイズ調整で行った時、変わってて……」　サイタマは胸から手を放しお腹に手を回す。　　「付き合い始めてからこれで２回目くらいか？」　　「そ、そうだね。２０代にもなって胸が大きくなるなんて不思議だけど……」　　「まあ、俺が触ってるからか。柔らかいし触り心地良いからずっと触ってたくなるんだよな」　　「……サイタマくんも胸が大きい方が好きだったりするの？」　アジサイが質問するとサイタマは瞬きする。　高校生の時も看護学生の時も、同級生達が付き合っている会話を聞いていると「男なんて胸しか見てない！」等と叫ぶように愚痴っている人がいた。大きい人もいれば小さい人もいる。私は大きくも小さくもない中途半端でどっちとも言えなかった。だけどもし、これから付き合う人が出来て一緒に過ごす時間の中で男女の仲なら一歩踏み込んだこともするだろう。そうして胸が小さいか大きいかで付き合うことになったなんて真相は嬉しくないし傷付く。　サイタマがそうだとは言わないが、サイタマも男だし、理想というかこういう感じならいいかなとか……憧れはあるだろう。そういった会話はしたことがないから今初めて聞くことになるが、彼はなんて言うのだろう。　アジサイの質問にサイタマは一瞬考えるような素振りはしたものの答えたのは早かった。　　「俺胸が小さかろうが大きかろうがどっちでもだな。アジサイのだから触りたいだけで、知らねー女のなんて触る気ないぞ」　　「……学生の時、周りの子が「男は胸で判断してる」とか「胸しか見てない」とかって愚痴ってたから……サイタマくんもそういう理想というか、あるのかなーって……。周りそれなりに大きい子多かったし、自分のと比べてたりして凹んでたりしてたから」　　「巨乳好きとか思ってたのか？」　　「そういうわけじゃないけど！どうなのかなって」　肩に顎を乗せてきたサイタマは息を吐く。　　「さっき言ったろ？小さかろうが大きかろうがどっちでもって。アジサイのだから触りたいって」　　「…………」　　「あんまし触られるの嫌か？それなら控える」　　「い、いいよ！サイタマくんが触りたいだけ触っていいよ！……私だから、触りたいなら触りたいだけ……」　後半はボソボソと声のボリュームが下がったが、サイタマの耳にはちゃんと聞こえていた。無意識にそういうこと言うからこっちは色々と大変なんだけどな。　抱き締める腕に少し力を入れ、サイタマは苦笑を浮かべる。　　「時に大胆っつうのかそういう発言、気を付けた方がいいぞ」　　「え？どういうこと？」　　「あー……分からねーならいいや。アジサイの素直な気持ちだって受け取っとく」　　「？？」　何を言っているのか分からないと首を傾げるアジサイにサイタマは首筋に唇を落とす。そんなことにすら反応して体を震わせるアジサイに身も心も癒されていく。　　「……ジェノスは明日帰ってくるんだ。今日泊まっていくか？」　　「いいの？」　　「暫く会えてなかっただろ？アイツが居ないことなんて滅多にねーし、久しぶりに２人で過ごしたいだろ」　　「……明日休みだから、泊まっていく。私もサイタマくんとゆっくり過ごしたい」　アジサイの手が自分の手に重なる。温かくて小さな柔らかい手。撫でる動きを止めるようにアジサイの手を握る。　胡坐を搔いた膝にアジサイを抱え上げて横抱きに乗せる。見上げてくる目と目が合い、どちらからともなく顔が近付き唇同士が重なる。　　『…………』　黙って見つめ合う互いの目には相手がどう映っているのだろうか。付き合い始めたばかりではないのにまだ何処か初々しさが残るこのカップルはおそらくずっとこんな感じなのだろう。お互いに相手のことを想い、それは恋ではなく愛しみ合う“愛”――横槍すら入れない愛し合いっぷりと言える。　自身を偽ることもなく相手に見せられることも受け入れ合っていることも、信頼関係が出来上がっているからこそ出来ること。そんな支えがあれば何があっても大丈夫。精神的なことでも言葉に出して話せばそれだけで心が軽くなる。　こうして愛しい人が目の前でちゃんと生きて、自分を心配して来てくれる。それだけでも嬉しいことだ。　　(アジサイ見てたから知ってるよな。俺が他のヤツ等に言われてたところ)　だからこうして心配して訪ねてきてくれたのだろう。見られたくないところを見られたとは思うが、アジサイは失望せずに心配して来てくれた。きっとサイタマを貶めようとしたヒーローに対して怒っていただろう。あそこで入って来なかったのは正しい選択だと思う。サイタマ自身もそうしてくれて良かったと思っている。　　(あそこでアジサイが出てきてたら俺だけじゃなくてアジサイも標的にされたかもな。俺がなりたいヒーローを分かってくれてるから、本当は割って入りたかっただろうがよく耐えたな、アジサイ)　サイタマの外見で色々と言っていたアジサイの同期である看護師のシグレに強烈なビンタ2回をかました程だ。その後も暫く怒ってむくれていたし、宥めるのも一苦労だった。あんな姿を見れたのは嬉しかったが、今回そうしない選択を選んだアジサイの行動もサイタマにとっては嬉しいことだ。　そんな理解ある恋人が居てくれる、弟子が居る、だからあいつ等に言われたことなんてなんともない。自分の取った行動に後悔もしていないし、あれで良かったと思っている。　唇から、手から、抱き締めた腕から、鼻から、舌から、目の前に、腕の中に居る愛しい人の体温と匂いを感じることが出来る。この人を守ることが出来た――それが一番心がホッとする瞬間だ。　付き合い初めてから１年経ったくらいの時に一線を越えた。その時はまだ髪の毛があった頃だが、今も変わらず自分の言動で頬を染めて恥ずかしがるアジサイは変わらない。初めてじゃないのに何時も初めての時みたいにドキドキしてる。一緒に過ごして、会話をして、内に秘めていることも打ち明け合って、全てを曝け出して受け入れ合うことがすごく心地良くてもっとアジサイを好きになっていく。　恥ずかしがるのに時に大胆な行動を取るアジサイに刺激されて困ることもあるが、そんなのは嬉しい困りごとだ。きっとこの先彼女以上に愛せる人はいない。それがアジサイも同じだといいなと――サイタマは思う。　一組の布団で一緒に寝るこの瞬間も好きな瞬間の一つだ。顔に掛かる髪を指で払い、アジサイの寝顔を見つめる。　　「…………ありがとうな、アジサイ」　優しく頬を撫でると嬉しそうに手に擦り寄ってくる。そんなアジサイを微笑ましく見つめていたいが、ずっと起きている訳にもいかないので目を瞑る。　　――サイタマくん……好き……。　アジサイの寝言を聞きながらあっさりと眠りにつくが出来たサイタマだった。　　　　　　　　【ヒーロー×一般人　六話】　終わり
02May
- 新しい生活開始！！
  ２０２３年　５月２日どうも！komikaruでございます！実は４月２９日に引っ越しをし、ルームシェアを解消し一人暮らしすることになりました。本当は友人とルームシェアで暮らす話をしていたのですが、友人が急遽交際している彼氏と同棲をしたいと連絡があり、急に一人暮らしをすることが決まりまして。少しでも出費を抑える為、家具・家電付きの物件を探し、引っ越し先も住んでいる市内で決め、荷物等は友人が車を出してくれるとのことで業者に頼まず友人と二人で何往復かして無事に引っ越しを終えました！当日は片付けとか買い物とか……ちょっと疲れました(;^ω^)本っ当に車を出してくれた友人には感謝です！ガソリン代とその日のお昼奢りました＾＾引っ越し当日と次の日は最低限の物を揃える為の買い物でほぼ終わりました。暫くは生活しながら要るものを買う生活になると思うので、多少出費が多くなるかもしれませんがそれは仕方ないと買う時は考えながら出費していきます（笑）市役所や郵便局、免許センターに行って住所変更もしてきましたし、携帯とか住所変更がいるところにも連絡や問い合わせして連絡は済んだと思いますし、とりあえず少しは落ち着きました。GW前の引っ越しで連休なのは有難いですね。揃えたり生活リズムに慣れるのに丁度良いです！！そして何よりなにがいいかって――夜静かに寝れるってことが嬉しすぎる！！私を含め４人でルームシェアをしていたのですが、始めの方や暫くは互いに遠慮や気を遣っていたからか左程嫌だと思ったことはないのですが、次第に生活リズムのズレやシェアしてる人(主に1人に対して)への不満、騒音（テレビや話し声）が酷くなってきて、夜中々寝付けなくなってきて注意してから次第に空気が変わりました。注意して次の日くらいに、注意を促した2人の内1人が「うるさいって言ってたけど、そんなにうるさいかな？」――と悪びれもなく話していた言葉を聞いてもう諦めました。こいつは何を言っても無駄な奴だと、自分が良ければ周りのことなんて考えないのかもう知らん――と挨拶も声も掛けずフル無視で顔も見ることも止めました。もうどんな顔してたかも覚えてませんね。声も存在も嫌いになったのでどうでもよくなりましたから。話し合いの場を設けても参加する気ゼロ、改善しようと動く気もゼロ、自分のことに関しては動くくせにそれ以外は人任せ、自分が被害者面でことあるごとに親に電話、うち等に話通さず事後報告、それなのに自分は「大人だから」発言……草生えすぎて大草原になりそうやったわｗｗｗ一緒に住んで分かったことやけど、その人ヤバい奴やったわもう一生会うこともないやろうし、ルームシェアでの分割支払いとか最低限のやり取りが必要な間は残しておくけどそれも終わって何の連絡する必要無くなったら消すことにします。なにはともあれ、やっと地獄みたいな場所から解放されたので、一人暮らしに慣れつつ楽しみながら過ごしていこうと思います！！お金も貯めていかんとな！！
23Apr
- 「鈴の音が花を氷らせる　(十七)」
  　伊黒邸で柱稽古を開始して三日。本来なら稽古一日目で伊黒の羽織を多数切り付けていて稽古終了となっていたのだが、直ぐに終わりとはいかなかった。他の柱の時と同様数日稽古を付けてもらうことになった。　伊黒邸には自身の家から通っていて、稽古が終われば自分の家に戻り、朝を迎えたら伊黒邸に稽古に……そんな一日の流れを繰り返していた。元々伊黒とはある程度話はしても、それ以上でもそれ以下でもない間柄で、他の柱と違いあっさりとした関係であるが、吹雪はそれに対して特に思うところはない。　稽古三日目の稽古終わりに引き留められ、何故か甘露寺を交えての食事会へと連れて行かれた。　どうやら甘露寺から吹雪との稽古はどうなのかと質問をされ、「至って普通に雪代は熟している」とだけ話していたようだが、休憩中は何を話しているのか、稽古終わりにはどうしてるの等色々と質問されていたらしく、返答に困り果て仕方なく食事会という流れになったそうだ。　　「――今日は楽しかったわ！まさか吹雪ちゃんも一緒だなんて思ってもなかった！」　　「雪代と喋り足りないと言っていただろう。俺にあれこれ聞くより本人に直接聞いた方が早いからそうしただけだ」　甘露寺と伊黒が話すのを二人の後ろから吹雪は眺めていた。よく二人が話している姿は見かけていたし、特にどうと思ったことはない。だが……。　　（あ――そうか、この二人……）　確か甘露寺と伊黒は文通をしていたはず。よく話す程度に仲が良いだけとも受け取れるが、伊黒は甘露寺を悲しませるとか甘露寺が望んでいることは優先しろとか……気に掛けている言動が窺える。　　（自覚があるかは分からないけれど、きっとお互い想い合ってるんだろうな……）　それなら二人の食事会に参加していた自分はお邪魔だったのではないか。それに今も二人仲良く話しているし、このまま去った方がいいだろう。それに……二人を見ているとふと冨岡の事が頭をよぎった。今彼は何をしているのだろう。　　（二人のお邪魔しないように去って義勇さんの様子を見て帰ろう――）　悟られないよう気配を消してその場から立ち去り、宙に氷の足場を発生させながら冨岡の屋敷まで移動を開始する。　　「吹雪ちゃん！今度は私、と……？」　後ろを振り返ってみると吹雪の姿はなく、甘露寺は辺りを窺う。　　「吹雪ちゃん？吹雪ちゃーん！」　　「……雪代のやつ、甘露寺になんの断りもなく帰るとはいい度胸だ！明日地獄を味合わせてやる！」　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　冨岡の屋敷前に降り立った吹雪は屋敷内に冨岡の気配を感じ、門前で声を張る。　　「――義勇さん！雪代です！中に入っても宜しいですか？」　声が聞こえたのだろう。気配が動いて門前に向かって来る。扉が開き、冨岡が姿を見せる。　　「……吹雪」　　「訪ねて大丈夫でしたか？柱稽古でお忙しいとは思ったのですが、義勇さんの顔を見たいと思って……」　　「大丈夫だ。……上がっていくといい」　　「はい、お邪魔致します」　中に案内され、居間でゆっくりとお茶と甘味を味わっていると冨岡が吹雪の顔をジッと見つめてくる。それに気付いた吹雪は慌てて弁解をする。　　「稽古で何かあったわけではありませんから！本当に義勇さんの顔を少し見に来ただけで、本当に！…………あ、あの……だ、だめでしたか……？」　　「いや」　いつになく早い反応で即答する冨岡に驚きつつも吹雪は安心した。甘露寺や伊黒を見ていたら会いたくなったなんて――そんなことは恥ずかしくて言えないが。　合間があれば会いに来るとは言っていたが、柱稽古は今までと違い合間が出来る程優しいものではない。もう日が沈んでいるとはいえ、稽古の疲れを癒しに誰もが家に真っ直ぐに帰ると思うが、吹雪はそんな中でも冨岡の元に顔を見せに来てくれた。　しかも――。　　――あ、あの……だ、だめでしたか……？　そんなことをしょんぼりとしながら言う吹雪の姿は初めてだった。近付き難い雰囲気を醸し出していた知り合った当初、話すようになって少しずつ心を開いてくれていることは感じつつもまだ何処か距離を取ってこちらを窺う素ぶりを見せていた。　しかし、柱稽古の前。互いに想い合っていることを打ち明けてからは冨岡の事を受け入れたこともあるのか以前にもまして可愛らしくなったというか。先程のもそうだが、あんなことを言われたらひとたまりもないかもしれない。……事実、冨岡も即座に反応してしまった。自分ではなく他の男性と親しくなっていて今の姿を見せていたらと思うと、それはそれで気持ちの良いものではなく不快だ。　吹雪が湯呑みに手を伸ばしたのに合わせ冨岡も吹雪の手に手を伸ばし、重ねる。ビクッとした吹雪だったが手を引っ込めたりはしなかった。顔を見るとほんのりと頬を染めて目線を泳がせていた。　……ああ、本当に可愛らしいな。　　「……生きて戻って、本当の意味で終わりになったら吹雪の生家に行こう」　　「え？」　　「吹雪の両親、家族に話がある」　　「……家族の墓前に、ですか……？」　　「ああ」　鬼との戦いが終われば鬼殺隊はもう必要ない。家族、大切な人の仇である鬼が居なくなれば誰もが“復讐”なんて縛りから解放され、それぞれの道を歩んで行けるようになる。鬼を倒すことだけに生きていくつもりだったなら、その後どうしていいのか分からなくなりそうだが生きていれば何とかなるだろう。吹雪も冨岡も――ただの女性と男性になる。　鬼殺隊が解散となった後のことなんて冨岡には分からないが、ただ一つはっきりしていることがある。それは吹雪と共に生きていく事。それだけは決めている。　吹雪は自分の存在は人ではないから、冨岡と居ても迷惑しか掛けないから離れようとするだろうが離すつもりはない。例え自分が人の身でなくなろうとも吹雪と添え遂げたい。　　「それと……改めて烏天狗に話もしたい」　　「天狗さんにもですか？」　　「以前会った時に話はしたが、改めて話をしたいと思っている」　冨岡が烏天狗に何を話したいというのか分からず首を傾げる吹雪の姿に、家族の墓前や烏天狗に自分が何を言おうとしているか知った時彼女がどんな反応をするのか――その時が楽しみだと思う冨岡だった。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　次の日、吹雪が伊黒の元を訪ねると昨日急に姿を消した事にご立腹で、「甘露寺に謝れ」といつになく殺気立って稽古を付けられた。とはいえこてんぱんにされた訳ではないので、上手く誤魔化して宥めることは出来た。そしてもう十分だろうと次の柱の元に行くようにと許可を貰った。　伊黒の次に訪ねた柱は風柱の不死川。不死川の屋敷に辿り着き、音のする方へと歩を進める。おそらく道場の方だとは思うが――。　　「…………(えっと……伊黒様とはまた違った処刑場かしら……)」　括られているわけではないが、木刀で叩かれて気を失ってるのがその場に倒れている鬼殺隊員が沢山いる。……これは後で顔とか腫れるやつだな。　　「――来たかァ。雪代」　倒れ伏している隊員達が足元に転げている中立ち尽くしている不死川が吹雪を振り返る。　　「訓練は単純だ。俺に斬りかかる単純な打ち込み稽古だ。まあ、雪代には何の心配もいらねェだろうがな」　　「打ち込み稽古ですね。分かりました。不死川様に一本入れたら終わり、というものでもないのですよね？」　　「そうだな。雪代には俺が満足するまで稽古に付き合ってもらうぜ。他の奴のところでも何日かいたんだろ？」　　「そうですね。四〜五日は稽古を付けて頂いてました」　　「なら俺もそのくらいの日数でいくぜェ。根を上げるなよ？」　　「はい。宜しくお願い致します」　稽古を始める前に吹雪に木刀を手渡し、程よい距離を空けて双方構える。　意識のある隊員達は吹雪の身を心の底から案じた。女性相手とはいえ不死川が手加減をする筈がないし、男の自分達ならまだいいが、あんな色白で綺麗な顔が腫れたりするのを純粋に見たくない。身体中に痣が出来るのも流石に止めてもらいたいが、訓練であれば致し方ないと諦めるしかない。……普通に女性相手に傷を付ける行為そのものをやめて欲しいというのが倒れ伏す隊員達の総意ではあるが。　緊張が走る吹雪と不死川の間に木刀同士がぶつかる乾いた音がした。それから目で追うのも難しい速さで木刀を交え、二人が動き、互いに交わし合い攻め立てる。と、吹雪が不死川の喉に向けて突きを繰り出した。直撃したかと思われたが寸でのところで木刀の柄部分で防ぎ突かれた勢いで後方に吹っ飛ばされるが、地面を滑るようにして止まる。　　「……やっとまともな打ち合いが出来そうだなァ」　　「買いかぶり過ぎですよ」　そうは言いつつも涼しい顔で不死川相手に互角でやり合っている。　　｟こ、この人も化け物だ……｠　自分達は見るも無残な痣に腫れた顔だが、吹雪がそんな姿になることはないと隊員達は心の中で呟いた。次元の違う打ち合いが目の前で繰り広げられ、自分達はいつ次の柱の元へ行くことが出来るのか現実逃避するように気を失ったふりを続けることにした隊員達であった。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　休憩無しの打ち込み稽古だったが、吹雪は平気だった。烏天狗との修行に比べればなんてことはないし、足場の悪いところでやることが多かったから平坦はかなりやり易かった。　不死川から「今日はここまでだ」と言われ帰り支度をしていたのだが、不死川に屋敷内へと付いて来るよう言われた。屋敷内の一つの部屋に通され「待ってろ」と言われたので待っていると、抹茶とおばぎの匂いがした。そして目の前にそれらが出され、不死川の前にも同じものがある。　　「あ、あの……？」　　「やるよ。打ちっぱなしだったからな」　あ、休憩なしでやってたからお詫びにってことかな……？　　「宜しいんですか？」　　「あァ」　　「ではご相伴させていただきます」　その返答に満足したのか、不死川はおはぎを食べ始める。その姿に微笑ましさを覚えながら吹雪もおはぎと抹茶を頂く。　　「美味しいです。ずっと動きっぱなしだったのでより美味しく感じますね」　　「…………悪かった」　　「いえ、謝ってほしいわけでは……」　　「……他のヤツは打ちっぱなしでいいが、雪代は昼抜けていいぜ。昼飯用意しといてやる」　　「大丈夫です！他の隊員達が稽古しているのに私だけそんな……！」　　「同じ隊員とはいえ女の雪代にまで強いることじゃねェ。身体共に休むことも必要だ。いらねェからって稽古に出ようもんなら引っ込めるぞ」　　「……分かりました」　吹雪の返答に満足したのか、残りのおはぎを口の中に放り込む。その様子を眺めていた吹雪は小さく肩を落とす。　おそらく弟の氷弥の件で気を遣ってのものだとは思うが、本当にもう大丈夫だというのになんだか妙な気分だ。無理をして元気な姿を見せていると思われているのだろうか。　　　(本当に大丈夫なんだけどな……)　無理をしているわけではない。ちゃんと踏ん切りを付けてこうして柱稽古に参加していて、宇随も時透も甘露寺も伊黒も気にはしていたかもしれないが不死川みたいに「ちゃんと休め」と言うことはなかった。……いや、無一郎は無理していると分かれば止めると言っていたか。　　(心配してくれるのは嬉しいけれど、ちょっと複雑……)　抹茶を口にしてそんなことを考えていると、不死川が吹雪の隣に移動してきた。　　「……弟のことは聞いてる。残念だったな」　　「その事を気にして、休息を取れと仰ってるんですね。ちゃんと気持ちの整理は出来ていますし、自暴自棄になっているわけでもありません。ですから大丈夫なのは本当です」　　「それは見れば分かる。雪代が無理してねーことくらい。……だがなァ、周りが言わねーと休むこともしねェのは確かだろ？だからそうしたまでだ」　不死川は吹雪の頭をガシッと優しく掴みぐりぐりと押さえ付ける。　　「それで丁度いいだろ」　　「…………」　　「あァ？なんか言いたそうな顔だな」　　「いえ。やはり不死川様は優しいお兄さんですね。弟の玄弥くんにも同じように接してあげれば、不死川様の気持ちも伝わり易いと思います」　吹雪は頭に置かれた不死川の手を取り、もう片方の手も添えて両手で包み込み不死川の目を見ながら言った。　　「私は弟が幸せに生きてくれるなら嫌われてようが憎まれてようが良かった。だけど、弟は「ずっと謝りたかった、一緒に暮らしたかった」と最後に言ってました。やっとしこりが無くなって歩み寄れたのが弟が消える間際……もっと早くこうなっていれば――後悔しました。自分を責めました」　吹雪は両手に少し力を入れた。　　「ですが……周りの方々や家族のおかげで前を向いて立ち上がることが出来ました。要らないお節介だとは思います。ですが、不死川様は同じ鬼殺隊に弟の玄弥くんがいます。近くに大事な家族が居て、生きているんです。溝があるなら早目に埋めて歩み寄ってあげて下さい。私みたいにならないんでほしいんです！」　つい熱が入りぐっと不死川に詰め寄ると不死川は身体を硬くし少し動揺する。　　「おい」　　「先程私に接したように玄弥くんと話してあげればちゃんと伝わります。彼も不死川様と話したくて鬼殺隊に入隊したようですし、ちゃんと話して――」　　「分かった！分かったから距離！！」　　「え？……も、申し訳ありません！つい熱が入ってしまい……」　不死川が吹雪の隣に居たこともあり、吹雪と不死川の顔の距離は拳二つ分の間。吹雪は不死川の手を離し少し距離を取って頭を下げる。不死川は頭を下げる吹雪に少し背を向けるようにして左胸に手を当てて呼吸を整えていた。　　(し、心臓にわりィ……！)　あんな至近距離で吹雪の顔を見たのは初めてだ。いつになく心臓の鼓動が速くて耳辺りが煩い。それに身体も熱い。　　「本当に申し訳ありません！あの……」　　「大丈夫だ。また明日も稽古なんだ。さっさと帰ってゆっくり休め。器はそのままにしとけ、俺が片しとく」　　「は、はい」　吹雪は申し訳なさからそそくさと部屋から立ち去っていく。　　「――ふうぅー…………」　部屋から吹雪が遠ざかった途端、不死川は手を後ろに投げ出して天井を仰いだ。頬や耳にかけて赤みが差しており、舌打ちをする。　　「急に詰めてくんなァ……」　吹雪と知り合ってからある程度離れた距離でしか見てこなかった彼女を、至近距離で見る日がくるとは思ってなかった。外観から大人しそうにみられることが多いが、言うことは言うし男顔負けの実力で、基本表情が読みにくくて近寄りがたい雰囲気を出しているから距離を取られることが多い。だがそれなりに親しくなると笑顔を見せてくれるし、しっかりしているようにみえて案外抜けていたり意外な一面も見られる。それあってかこっちが少し心配になるくらいだ。　色白で薄い水色髪だが白髪に思われることがほとんど。凛としている時は綺麗さが目立ち、少し抜けていたり笑顔を見せる時は可愛らしさがあって普段との違いで吹雪に好意を持つ者もいるらしい。筆頭は周りも認めている程の心酔っぷりの小平真一隊員。……まあ、殴られても蹴られても嬉しさで悶絶する彼には少々引くことはあるが。　吹雪が綺麗さも備えた可愛らしい女人なのは不死川も認めている。遠目で見ていても目を引く程だ。話すこともあり意外と抜けているのを目の当たりにした時は呆然としたものだ。こいつ大丈夫なのかと。それがきっかけでついつい気にして目で追っていたり、何かに巻き込まれてそうな時は偶然を装って話し掛けたこともある。　それに自分と似た境遇がより吹雪に対して親近感を抱かせた。似た者同士理解が出来る、それがいつしか不死川の内側に吹雪を植え付け特別視する要因になった。　　「…………」　今でも心臓の鼓動が治まらない。もう少しあのままの近距離に居たら自分が吹雪になにかしていたかもしれない。自分の手に優しく触れた吹雪の手の感触が消えない。温かくて、柔らかかった。自分を心配そうに見つめる吹雪の瞳は綺麗だった。頭に触れた時に触れた髪は艶やかで指通りがいいのではと思う程さらさらだった。そしてなにより――いい匂いがした。落ち着く優しい匂いが。　　「クソッ……！」　今自覚してなんになると不死川は思った。吹雪のことを異性として好いていると分かってどうすると思うが、自覚した途端欲が湧いてくる。独り占めしたい――自分がただの人間の男だというのがよく分かる独占欲だ。まさかそんな感情を自分が持つとは……。　　(今どうこうする気はねェ……何もかも終わって俺が生きてたらでいいだろうが)　最終決戦に向けての柱稽古中だ。意識を逸らすな、集中しろ。　もう一度長く息を吐き、自身を落ち着かせる。これで大丈夫だ。食器を片し、すべきことをして床に入った。　そして次の日、稽古を始めたはいいがやはり吹雪の姿を見ると揺らぐものがあり、時に射抜かれるような衝撃に座り込むこともしばしばあり、吹雪に心配される不死川であった。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　稽古帰り、帰路についていると吹雪の家がある方向から冨岡が歩いてくるのが見えた。吹雪が声を掛けると冨岡は一瞬驚いたような表情になるが、直ぐに柔らかな笑みを浮かべる。　　「義勇さん、どうしてここに？」　　「……吹雪と話したいと思った」　　「それで私の家に？」　頷く冨岡はスゥッと手を差し出してくる。その手と冨岡の顔を交互に見る。　　「……帰るんだろう？」　　「……は、はい」　遠慮がちに冨岡の手に自分の左手を重ねる。冨岡を見れば静かな表情をしていても瞳は真っ直ぐ吹雪を見つめている。その視線に耐えられず吹雪は視線を這わせて頬を染める。冨岡が優しく手を握って歩き出し、吹雪は冨岡の横に並ぶ。　会話が無くてもとても居心地がいい。二人の足音だけが夜の静けさに響き、繋いだ手から冨岡の温もりが伝わってくる……それだけで満たされていく。　吹雪の家に着き、お茶を淹れて話をしながら寛いでいると冨岡がいきなり言った。　　「……泊まってもいいだろうか？」　　「え？」　聞き返した吹雪だったが、冨岡はそのまま黙り込んでしまい返事はなかった。　急にどうしたのかと思ったが、来客用に一組は布団を用意しているし泊まるのは全然構わないのだが、冨岡が着れる着物が無い。　　「泊まるのは構いませんが、義勇さんに合う着物が……」　　「あるので問題ない」　手に持っていた荷物はそういうことだったのか。用意がいいな。　　「ではお風呂の準備と床の用意もしますね」　　「……沸かすのは俺がしよう」　　「でも」　　「火傷したら大変だろう」　自分に任せればいい――そう言わんばかりに外へと出て行く。冨岡が率先してやると言っているのに止めるのも申し訳ないと思い、お風呂は冨岡に任せて吹雪は床の準備をしに寝室に向かった。　冨岡は器用な人だ。お風呂を沸かすのも上手で丁度良い温度を保ってくれている。　　「……義勇さん。良い湯加減です」　　「……そうか」　外からホッとしたような冨岡の声が聞こえてきた。格子戸の向こうに冨岡が居るので少し気恥ずかしいが、そこは耐えて身体や髪を洗い、湯舟に浸かる。　温かいお風呂ってなんでこんなに気持ちが良いのだろう……そんなことをふわふわした心地で考えていると、冨岡が話し掛けてきた。　　「……吹雪」　　「はい、なんですか？」　　「…………一緒に、入らないか」　　「入る……？」　　「……湯船に」　湯船……一緒に……入る……。単語を並べると冨岡が何を言いたいのか分かった。分かった途端にお湯で温まった身体が更に体温を上げる。　　「えっ！？あああの、そ、それはこ、こん、混、浴、というこ、こここことですか！？」　　「……そうだ。今ではなくて、今度屋敷に来た時に」　　「…………」　　「驚かせてすまない。吹雪が嫌でなければ」　　「……い、嫌ではありません。その……気恥ずかしいと言いますか……」　　「……俺もだ」　　「…………」　　「…………」　それからお互いに黙ってしまったが、暗黙の了解で双方嫌ではないから承諾したようなものだと雰囲気で分かる。何も言わなくても相手のことが分かると、母様も言っていたことがあるがこういうことなのだろうか……？　　（義勇さんは雰囲気や表情とか手とか……そういうところにも出るから分かるのかな）　小さなことでもこんな幸せに感じられる日がくるなんて……生きていれば何があるかわからないとは言うが、今正に自分で体感している。　　（母様……こんなこと思うのは不謹慎かもしれないけれど、本当に私幸せだよ……）　この先待っている戦いの前にこんな気持ちになるのは、その反動になる出来事があるかのような気もする。だが例えそうでも、悔いがないようにそれまで生きることは出来る。　皆の待ち望んだ決戦の舞台だ、その舞台に悔いは要らない。その為に一瞬一瞬生きることを吹雪は心に誓った。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　翌朝、早朝に目が覚めて外の空気を吸おうと町まで外に出るとまだ人の姿は見えなかった。泊まった冨岡も隣でまだ眠っていたし、戻ってお茶でも飲んで寛ぎながら冨岡が起きるのを待っていようかなと思っていると――。　　「――早いですね、吹雪さん」　急に声を掛けられて振り返った先には胡蝶しのぶが居た。　　「おはようございます、しのぶ様。しのぶ様も朝早くにどうされたのですか？」　　「少し外の空気をと思ったものですから。ふふ、吹雪さんに会えるなんて嬉しいです。良かったら少し一緒に歩きませんか？久しぶりに会えたことですし」　　「はい。私で良ければ」　胡蝶と二人で朝早くの町並みを歩く。橋の真ん中で早朝の柔らかな陽射しを浴びる。とても穏やかで心地良い時間だ。　　「柱稽古の方は如何ですか？」　　「今不死川様と稽古中です。柱の方々と手合わせなど初めてですから、良い刺激になっています」　　「それは良いことです。吹雪さんは早く稽古が終わってしまいそうですね」　　「四～五日は柱の元で稽古しています。他の隊員との稽古もあるのに時間を割いて頂いて申し訳ないと思いつつも嬉しく思っています」　吹雪の言葉に胡蝶は微笑み、昇っている太陽を見つめる。柔らかい朝日が身に染みるようで、隣に立つ吹雪を見る。　初めて見た時から思っていたが、同性ながら吹雪の綺麗さには見惚れてしまう。朝日を浴びて光る淡い水色髪、色白の肌、キレイな所作、無表情でも目立つ顔立ちは微笑むとそれは女性でもドキリとしてしまう。此処最近の吹雪は以前より表情豊かになりより魅力的になった。それに儚そうな外観に反して鋭く男にも負けない力ある剣技、柱にならないのが勿体ない。　胡蝶を始め他の柱もお館様も同じことを思っているが、無理強いはせず甲のまま柱同等の働きをしてくれている。それだけでも大きな働きで鬼殺隊に貢献してくれている。　　(貴女に“鬼殺隊”なんてものは似合わない……それは今でも思っています。変わり始めた貴女を見るようになってからはより――貴女には普通の女性として幸せに生きてほしいと願っています)　鬼との最終決戦目前、この戦いが終われば全員鬼への恐怖も恨みも憎しみも落ち着き、鬼に怯えて生きなくてもよくなる。全員生き残れるかは分からないが、生き残った隊員には幸せになってほしいと心から思っている。　　(冨岡さん――吹雪さんを宜しくお願いしますね――)　分かりにくいが蝶屋敷に吹雪が居る時は「怪我をしたのか？」と心配し、吹雪と顔を合わせると声を掛けて色々と気に掛けているようだった。それに今では下の名前で呼んでいるようだし、仲良くなっているようで安心している。冨岡が生き残ったなら吹雪を幸せにしてあげてほしい。家族を殺され、父親を、弟を、鬼舞辻に鬼にされ自ら斬る運命にあっても尚顔を上げて生きようとする吹雪を。　　「……お互い悔いのない戦いにしましょう。柱稽古頑張ってください。それと……冨岡さんのこと宜しくお願いしますね」　　「え？」　　「ふふっ。冨岡さんが吹雪さんを気に掛けているの知ってますから」　胡蝶の言葉に吹雪の頬が赤らんで目線を下げる。あら、こんな表情をさせるなんて……冨岡さんやりますね。　吹雪の反応を見て大丈夫だと確信した胡蝶だった。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　胡蝶と別れて家に戻ると、廊下の向こうから冨岡が姿を見せた。眠そうな目をパチパチさせながら吹雪に近付いて来る。　　「……出掛けていたのか」　　「はい。少し外の空気をと思ったものですから」　　「……もう稽古に行くのか」　　「いえ、流石にまだ早いので行きません。私これから朝ご飯の用意をしますから、義勇さんはゆっくりしていてください」　横を通り過ぎようとしたら後ろから急に抱き締められて引き止められる。　　「っ！？び、びっくりした……ど、どうしたんですか？義勇さん……」　　「…………」　冨岡はただ黙って吹雪を抱き締めたまま。まるで吹雪が居ることを確認するように、噛み締めるように目を瞑る。　　「……すまない。もう少しこのままでいさせてほしい」　　「……は、はい」　冨岡に抱き締められながら吹雪は思った。　距離が縮まっていく度に触れられたり、抱き締められたり、手に触れてきたり、相手の存在を確かめることが多いなと吹雪は思った。温もりや形を確かめるようにゆっくりと触れられる時はこちらの羞恥が勝るが、もしかしたら冨岡は触れるという行為が好きなのかと。今まで自ら進んで触れてこようとするのは家族以外いなかったから、最初は抵抗があったが、冨岡の触れ方が優しくて、愛おしそうに触れるものだから冨岡になら触れられてもいいかなと……受け入れてしまう。　　(義勇さんのことをお慕いしているから、そう思うのかもしれないけれど……)　この先何度だろうと何年と月日が経っても慣れることはないのだろう。　吹雪がそんなことを考えている時、冨岡は今自分の腕の中に吹雪が居ることに安心していた。　朝目が覚めると隣で寝ていた筈の吹雪の姿がなかった。冷たくなっていた布団から察するにかなりの時間が経っていることが分かる。探そうと寝室を出たところで吹雪が戻ってきて玄関先で音がした。廊下を進んで角を右に曲がると、吹雪が居た。　朝ご飯の用意をしようと通り過ぎる吹雪を引き留めるように後ろから抱き締め、冨岡は吹雪がちゃんと居ることを確かめたくなった。服越しでも伝わる体温、匂い、ちゃんと居る――。　　(最近、吹雪が居なくなるようなそんな気がして不安になることが増えた)　修行に行くと置手紙を置いて行った時はまだ良かった。七日後にまた会える――だから吹雪が戻ってきた早朝、会える気がして吹雪の家に行くとちゃんとそこに吹雪が居た。それだけでも安心だが、ちゃんと自分の手で触れないと落ち着かなくて吹雪に触れて確かめる。頬に、髪に、手に、身体を抱き締めてようやく安心出来る。……それでつい、口吸いするのは許してほしい。　　(まさかここまで、求めるなんてな……)　初めて会った時、儚げでいつの間にか消えてしまいそうだと思った。それからはあまりそんなこと感じたことはないが、今ではその通りになるのが怖い。鬼殺隊に所属しているのだから、鬼との戦闘で命を落とすなんて当たり前に等しい現実。実力があってもより強い鬼と出くわして終わることだってある。それは柱を始め鬼殺隊員全員覚悟の上だ。冨岡も吹雪も。　　(覚悟を決めていても、可能性があるなら望んでしまう。この先も吹雪と一緒に居たい)　その前に吹雪がいなくなりそうで、会える時は顔を合わせてこうして触れて確かめたい。大切な人がいなくなるのはもう……。　祝言の前に鬼から自身を守ってくれた姉の蔦子、鱗滝左近次の元で修行していた時に仲良くなった友達の錆兎、そして鬼殺隊入隊後、柱になってから出会った吹雪。　話すようになったのは吹雪が背後から抱き着いてきたことがきっかけ。冨岡の後ろ姿が吹雪の兄に似ていて、兄にしていた癖が冨岡を見て発動し、それで毎度行っては土下座して腹を切って詫びようとするのを止めるというのが冨岡と任務に当たる際の恒例だった。落ち着いているからあまり表情を崩さないと思っていたが、話すようになって少しずつ表情を崩してくれるようになった。微笑んだり恥ずかしがったり照れたり、とても可愛らしくて愛らしい一面、しっかりしているのに何処か抜けているところも、容姿で辛い目に遭ってきたのにそれでも人に優しく出来て、抱え込んで人に上手く甘えられない不器用なところも、幼い頃から妖と親しくしていたのもあって人でなくなってしまっても、それ全てひっくるめて冨岡は吹雪を好きになった。　吹雪が慕っている妖の烏天狗の元へ修行へ行く前、吹雪と両想いであることが分かって今までの関係よりも深い仲になった。だからなのか、以前よりも吹雪に対して愛情が増している。ただの惚気だと言われればそうなのかもしれないが、本当のことを言っているだけなのだから惚気でもなんでもいい。　大切な人に変わりないのだから――。　　「――あの、義勇さん……」　控えめに声を掛けてきた吹雪が身動ぎする。　　「朝ご飯の準備をしたいので、そろそろ……」　　「……すまない。安心したものだから」　離れがたかったのだが、朝ご飯の準備をしたい吹雪の気持ちも考えるとずっと引き止めるわけにもいかない。腕の中から解放し吹雪の手を引き台所まで連れて行く。　　「俺も手伝う」　　「いいんですか？」　頷くと吹雪は嬉しそうに笑い返してくれた。話し始めた当初には見せてくれなかったこの笑顔を、冨岡は守っていきたいと思った。鬼との最終決戦が終わり、自分が生きていたら吹雪の家族の墓前と烏天狗に改めて報告したいことがある。出来ればこの先吹雪が他の男性と親しくなることがないようにと思う。　吹雪が知るのは自分だけでいい……先が長かろうと長くなかろうと、これは自分勝手な我儘だが出来ればこの先自分だけを慕い愛していてほしい――。　こうして一緒に朝ご飯を作る時間さえ共有するのは自分だけでいいと、自分の中にあった独占欲に意外だと思いながらも隣に居る吹雪を好きになった時点で他者に嫉妬したり、それなりの感情を持っていたんだなと頬が緩む。味噌汁の味見をしようとする吹雪が小皿に注いだ味噌汁を冨岡に差し出してきた。　　「義勇さん、味見お願いします」　目を瞬かせていると吹雪が微笑むので、小皿を受け取り味見する。　　「……美味い」　嬉しそうにする吹雪の頭を軽く撫で、朝食の準備を進める。　　何気ないことでもこうして吹雪と一緒に過ごせることが冨岡は嬉しく思う。決戦前の短い時間でも何気ない時間をこうして過ごして共有したい。　今日も打ちっぱなしの稽古を不死川とすると話す吹雪に「そうか」と返事しつつ、内心不死川に少し嫉妬する冨岡であった。　　　　　　　　「鈴の音が花を氷らせる　十七」　終わり
- 「鈴の音が花を氷らせる　(十六)」　小話
  　これは吹雪が柱稽古に参加して直ぐの頃の出来事。宇随の元で基礎体力の稽古を始めたばかりの頃、とある人物もそこに居たのだ。とある人物とは言わずもがな――。　　(――ゆ、雪代さん不足で死にそうっ……！！)　柱稽古が始まってから、小平はまだ宇随のところで止まっていた。ここ最近吹雪を見掛けることもなく日々が過ぎ、稽古のキツさよりも吹雪不足でどうにかなりそうで仕方がなかった。　自分と同じタイミングで稽古を始めた隊員達が少しずつ次の柱の元に進む中、小平は置いてけぼりにされ宇随にしごかれていた。疲れ果てて動けず地面と仲良くしていたが、聞き覚えのある声に意識が引き戻され顔を上げた。　　(――はっ！！あの後ろ姿は――)　白髪と間違われる程色素の薄い水色髪、周りとは違う一本下駄を履いているのはあの人だけ――。　　「――雪代さあぁ～んっ！！」　地面と同化しているくらい仲良くしていたのが嘘のよう。小平は吹雪の背中に飛びつこうとしたが、あっさりと避けられ背中に踵落としを食らい地面にめり込む。宇随や嫁三人、他の隊員達は目を見開いて事の成り行きを見守る。　　「あ、愛の鞭……ですか……？」　　「…………気持ち悪い」　　「久しぶりのその辛辣……！やっぱりいいですね！」　　「……こひら隊士、でしたか？世迷言言える元気があるなら稽古に励んだらどうなの？」　　「頑張れば何かしてくれますか！？抱擁とか一番は接吻と――」　背中に吹雪の片足が置かれ、小平の言葉はより地面にめり込むと同時に遮られた。　　「宇随様。この隊士は元気が余ってる上に言動がおかしいのでより稽古を付けてあげてください。私は稽古の続きをして参りますので」　軽く一礼をして稽古の続きを再開した吹雪を見送り、宇随は地面に埋まる小平を見下ろす。　　「おい。生きてんのか？」　　「はい！生きてます！雪代さんの手厚い歓迎に身が捩って仕方なくて……！！」　　「…………(コイツ、バカなのか……？それにキモい)」　何故か吹雪に心酔しているようで、物理的な攻撃もどうやらこの隊士にとってはご褒美らしく嬉しそうだ。吹雪はえらく毛嫌いしているがそんなこと全く気にしていない様子。　　(さっきまで地面と同化してたくせに、吹雪見た途端に元気になりやがった。元気が残ってるなら遠慮なくしごいてやるか)　ニヤリと嫌な笑みを浮かべながら宇随は小平を地面から引っ張り出す。　　「そんだけ元気あるなら再開しねぇとな？てめぇだけ一番遅れてんだぞ？――吹雪の言ってた通りみっちりしごいてやる」　その言葉に小平の顔は引き攣った。　――その結果、再び地面と同化する程疲れ果てた小平であった。　※次の柱の元へ行けたのは炭治郎が次の柱の元へ行く許可を貰ったのと同時であった。　　　　　　　　「鈴の音が花を氷らせる　(十六)」　小話　　　終わり
22Apr
- 個人情報って一体なに？
  ２０２３年　４月２２日どうも、久しぶりの日記投稿になります。昨日職場で自分的にはモヤッとしたので上司に相談もしたのですが、認識の違いに少し嫌になりました。職場にあるパソコンにログインする際にそれぞれパスワードがあります。それと、代表的な立ち位置でメール受信出来るその人のアドレスもあり、３月で退職した方の引継ぎの形で私がそのメルアドを持ってます。営業の方全員もしくは支店長が時折販促物をお願いする際にメールに要件を送ってきます。私は自分に依頼されるから対応するようにお願いしますって聞いてそのつもりでいたのに昨日他の方に依頼をし、ログイン出来ないから私がログインして対応をしました。「他の人でもログインしてメール見れるようにパスワードと、そのメール見る際に入るパスワードも書いて置いといて」と支店長には言われたのですが……。要は私がログインする際のパスワードを晒して置いといて、誰でも入れるようにってことになります。正直私は誰でも好きに入って色々といじられるのは気持ちが悪いと思ってしまったので、その旨を上司に相談したら「見られるのが嫌だって、見られたら困るものでも保有してるんですか？それは公私混合ですから仕事と割り切ってパスワード書いて置いといて」簡単に要約するとそう返事されました。職場のパソコンに見られて困るようなもの保有なんてしてないですよ。動画やそんなもの自分の携帯で観るし、態々職場のパソコンにそんなもの残す奴がどこにおんねん。自分の勤務表とか経費精算とか、そういうのって個人情報じゃないんですか？？仕事以外でログインしないとはいえ、人のパスワードでログインしている以上その人の情報が見れるってことなのに「見られて困るようなもの保有」してる？勤務表とかそういうのは見られたくないやつじゃないの？？仕事だけでしかログインしないって、興味本位で色々探られて見られるかもって思うのも公私混合？パスワードの意味ってなに？？個人情報ってこの会社にはないのか……そう思いました。誰もそんなことしないと思ってるのか、そんな人は居ないと思ってるのかそもそも個人情報と思ってないからそんな発言するんだろうなと思いますが。そんなことしないなんて確証もないし、私はそこまで周り信用してません。そういうことがあり、年内か来年にはこの会社辞めるな――そう思いました。この件を上に話したことにより対応が変わったとか苦痛に感じるとか思ったら、辞める時期決めて次の仕事探して辞めます。パスワードフルオープンでどうぞログインしてください？？普通に嫌やわ！！個人情報と思ってない個人にしろ会社にしろ認識の違いに嫌になった昨日でした。
04Mar
- 「鈴の音が花を氷らせる　十六」
  　夜が明け陽が昇ると同時に吹雪は起きて生家を去る準備をした。烏天狗や妖の皆にも挨拶を済ませ、鬼殺隊本部へと向けて出立する。　移動の間、不思議な気持ちだった。　鬼舞辻を討つ気持ちの昂ぶりとは違うこの気持ちをどう言えばいいのか、正直分からなかった。いよいよ最終局面に到達してあと少しで解放されることに期待する高揚感か、烏天狗との手合わせの昂りが尾を引いているのか……冨岡に会えると思うと嬉しいから気が急いているのか――。　吹雪が家に戻ってきたのはまだ人々が動き出す前。起きている人もいるだろうが、まだ外を歩く人はいない。　門を開けて玄関先に立ち、扉を開ける。七日間留守にしていただけだが、住み慣れた場所に戻るとやはり落ち着く。　　「さて、とりあえずお茶でも入れて――」　　　ガラッ――。　玄関の戸が開いた。振り返ると……冨岡が立っていた。え、なんで義勇さんが。　　「ぎ――」　冨岡に声を掛けようとしたが思いの外早い動きでこちらに近付いてきて抱きすくめられる。　　「…………あ、あの…………義勇さん……」　　「…………」　ゆっくり解放されたと思ったら冨岡の両手が吹雪の両頬を覆い、瞳を覗き込んでくる。久しぶりに見る冨岡の顔が至近距離であるため吹雪の顔が朱に染まる。　　「…………た、ただいま戻りました。……義勇さん」　　「…………無事に戻ったか、吹雪。……おかえり――」　柔らかな微笑を浮かべたと思ったら端正な顔が近付いてくる。何の言葉を発する前に冨岡に唇を塞がれ、近くの壁に追いやられる。　　「――っ……義勇、さん……」　　「……吹雪……」　互いの額が合わさる。吹雪は腰が抜けるかと思ったが、冨岡に支えられていて床に崩れるのはなんとか防がれた。　　「…………」　　「…………」　何も言葉を発さなくても額から、腕から、手から感じる互いの体温に浸るように双方沈黙したまま。先に動いたのは冨岡で、再びゆっくりとした動作で吹雪を抱き締める。　　「……義勇さん、どうして此処に？」　　「…………吹雪が戻ってきた気がした。だから様子を見に来た」　　「そうだったんですか。……まだ朝早いですから、時間があるならお茶でも――」　用意します――と言い終える前に体が宙に浮いた。横抱きにされて奥の部屋に連れて行かれ、戸が閉められる。台所が近い部屋に入ったので、直ぐ動けるように態々運んでくれたのかと思い下ろされるのかと思ったが……。　　「？あの、義勇さん。お茶を淹れるので下ろしてもらえると」　　「…………」　冨岡は吹雪の顔を見つめるだけ。静かな視線なのに逃してくれなさそうな鋭さも感じる。心臓が耳元で鳴っているのではと思う程ドクドクと早鐘を打っている。　　「後でいい――」　畳に下ろされながら口吸いされ冨岡が覆い被さってきた――。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　冨岡がお風呂の用意までしてくれて、今吹雪が入浴している。鎖骨や首周りには虫刺されのような赤い痕があり、吹雪はそれに触れる。　　(……ちょっと思ったより多い、かな……)　帰って来てからこんな激しい歓迎を受けるとは思わなかったうえにそもそも冨岡が家に来るなんて予想すら出来なかった。てっきり屋敷で待っているのだとばかり。　　(…………)　いや、今ここで色々思考するよりも冨岡に直接聞く方がいいか――そうしようと決め吹雪は風呂から上がる。　隊服に身を包み居間に顔を出すと、冨岡がお茶を淹れているところだった。　　「すみません、義勇さん。お茶を淹れて頂いて……」　　「構わない」　スッと目の前に差し出され、冷ましながら一口飲む。温かいお茶に身も心も解れ、つい笑みが零れる。冨岡を見やると、何時もの無表情で湯呑みを見下ろしていた。　　「……義勇さん。今鬼殺隊はどのように動いているのですか？」　　「……吹雪は知らなかったな」　冨岡から修行に立ってからの詳細を聞かされる。　産屋敷邸で開かれた緊急柱合会議で「柱稽古」が行われると決まった。柱より下の階級の者達が柱を順番に巡って稽古をする……宇随、甘露寺、無一郎、伊黒、不死川、悲鳴嶼、そして冨岡……胡蝶は柱稽古には参加しないらしいが、既に始まっていて吹雪も直ぐに参加することになるだろうと、冨岡は話した。　そして、“痣”なるものが出現した者は痣が出ている状態を保つ為の訓練もしているという。柱は特にその痣が出る状態になれるようにとのことだ。　　「痣、ですか……」　　「吹雪はその兆候はみられないのか？」　　「ありません。そもそも柱ではありませんし、私が会得した呼吸も正しい派生というわけではないでしょうから、可能性は低いと思います」　私には出ないと思いますよ～と、言う吹雪を冨岡は静かに見つめる。緊急柱合会議の際、吹雪の鎹鴉が弟が居た町での鬼との戦闘の際に「日輪刀が赫く染まっていた」と報告した。痣らしきものは出現していなかったが、日輪刀が赫くなっていたというなら痣とは違う何らかの変化が吹雪にあったということ。となると、日輪刀が赫くなった状態を保てるようにするのが吹雪の課題ということか……？　しかし吹雪自身がその変化に気が付いていない。どうして赫くなったのかなんて本人も分からないだろう。弟の為に女鬼を斬る――その気持ちだけで一杯一杯だったろうし、それ以外あの時は考えていなかっただろう。　どんな要因で日輪刀が赫くなるのかは分からないままだが……とりあえずこれから吹雪は柱稽古に参加することは決定事項だ。　　「……直ぐに柱稽古に参加するのか？」　　「まず戻ったことを報告してきます。おそらくその後直ぐに柱稽古だとは思いますが……義勇さんの稽古は悲鳴嶼様の後ですか？」　　「……そうだな」　　「では、それまでは余り顔を合わせられそうにないですね。義勇さんの稽古に辿り着くまで待っていてください」　　「ああ」　　「もし屋敷に行けそうな時間があれば顔を出せるようにします。柱稽古、頑張りますね」　膝に置かれた手に冨岡が触れてくる。顔を見ると優しい微笑を浮かべてくれる。吹雪も釣られて微笑み返し、暫しの時間だったが冨岡との時間を吹雪は噛み締めた。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　産屋敷邸に赴き、修行から戻ったことをお館様に報告したかったのだが、代わりにあまねが姿を見せた。お館様である産屋敷耀哉は病状の悪化で姿を見せることが不可能になり、代わりに妻であるあまねが姿を見せたとのことらしい。お館様の現状を理解した後すぐさま柱稽古に参加することになった。　柱稽古第一の試練は宇随による基礎体力向上――。　宇随が稽古している場所に着いたのだが――。　　「――遅い遅い遅い遅い！！何してんのお前ら意味わかんねぇんだけど！！」　早速宇随の怒号が響き渡っていた。　　「まず基礎体力が無さすぎるわ！！走るとかいう単純なことがさ、こんなに遅かったら上弦に勝つなんて夢のまた夢よ！？」　竹刀を片手に地面に倒れ伏す隊員達に檄を飛ばす。　　「ハイハイハイ！！地面舐めなくていいから、まだ休憩じゃねぇんだよもう一本走れ！！」　竹刀でシバかれている隊員達は上半身裸でかなり痛そうだ。そんな姿を見ていると何だか可哀そうに見えてくる……。　　「どうしようもねぇな、質が悪い！」　体力の無い隊員達に憤慨する宇随の後ろ姿を見つめていると、振り返った宇随がようやくこちらの存在に気付いた。　　「よォ！吹雪じゃねぇか！なんだ？戻ったのか」　　「ご無沙汰しております、宇随様。少し前にこちらに戻ってきました」　　「てことは、柱稽古に参加しに来たってことだな？お前のことだ、どうせ難なくこなして終わるんだ。暫く稽古したって大したことねぇだろ」　　「次の柱のところに行っても良いかどうかを判断して言い渡すそうでが、故意に長居させるのは止めて下さいね？あまりに理不尽なものなら引っ叩きます」　　「笑って言うことかよ……ったく、良い度胸してんな相変わらず。俺の嫁になるか？」　　「なりません」　きっぱり断る吹雪に宇随は何処か嬉しそうな顔をしている。よく分からない人だ。　早速稽古に参加する吹雪だが、他の隊員と比べても疲れを一切見せない。一本下駄で同じ様に走っているのに顔色一つ変えずに走り終えてしまうので、他の隊員達は「化け物なのか！？この人！？」と顔に文字が見える表情で吹雪を見ていた。男性でもあまりの辛さに吐いたり倒れる隊員も居る中、吹雪は涼しい顔で走って行く。　倒れ伏す隊員達の中で一人立ち尽くす吹雪に宇随は溜息一つ付く。　　「……前から気になってたが、お前体力や筋力どうなってんだ？身体能力割といいやつが鬼殺隊には集まってる方だが、男にも勝るその器用さ何処で身に付けた？」　　「…………何処でと聞かれましても……」　身に付けた――思い当たる節は烏天狗との修行だが、それ以前より母様に兄妹の中でも身体能力は高い方だと言われたこともある。烏天狗にも一本下駄を履きこなす体幹や身体能力の高さが備わっているのは生まれ持ったものだから大切にするようにと言われた。　その時は小さかったのもあって言葉の意味は理解出来ていなかったが、今となっては特に気にも留めていなかった。元柱である宇随がこういうのだから、良いということなのだろう。　　「身に覚えがねぇってことは生まれ付きってか？恵まれたもんだな、お前」　　「……そうかもしれませんね」　　「それにしたってコイツ等が不甲斐なすぎてどうしようもねぇな。ちったぁ吹雪見習え！」　　『見習えと言われても……』　言葉を発するのもやっとの様子で地面に寝そべる隊員達は返答する。そんな隊員達に宇随は大仰な溜息を付くしかなかった。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　第一の試練は三日で終わり、次の柱の元へと行く許可が下りる。幾ら走らせても疲れもしない吹雪に宇随は居座らせる必要性がないと言い、さっさと次へ行けと言われてしまった。……宇随を満足させる為の試練ではないと思うのだが……そうは思いつつも、吹雪は声に出さず頭を下げて宇随の元から去って次の試練へと向かう。　第二の試練へ向かう為無一郎邸へ。　無一郎邸の稽古場へと行くと、多くの隊員達が素振り稽古や打ち込み台に打ち込む稽古をしていた。肝心の無一郎の姿が見えないが。　　「――吹雪。戻ったんだね」　後ろから声が聞こえてきて振り返ると、無一郎が居た。　　「いつ戻ったの？」　　「四日程前でしょうか。戻って直ぐに柱稽古に参加しましたので」　　「……弟が居たんだってね。任務の事は聞いた。……それから今まで会ってなかったから、心配してた」　　「……心配してくださってありがとうございます。私は大丈夫ですから」　　「本当に……？」　心配そうに無一郎は吹雪の顔を覗き込んでくる。前より少し年相応な顔付き、になった気がする。感情が読めなかった前よりも表情が豊かになったように見えるからだろうか。　吹雪は微笑を浮かべ無一郎に話し掛ける。　　「はい。気持ちの整理も付いていますし、これから自分がどうすべきかも分かっています。……間違えません。大丈夫です」　　「…………――うん。いつもの吹雪で安心した。だけど無理してると思ったら無理矢理でも休ませるし、止めるから」　　「はい」　今現在修行している隊員達が落ち着いてから吹雪は無一郎に稽古をつけてもらう。向き合うと、無一郎は嬉しそうに頬を緩める。　　「なんだか吹雪と手合わせなんて新鮮だね。一緒に任務をしたことはあっても、稽古なんてなかった」　　「そうですね。鬼殺隊で稽古を付けてもらった事自体ないので、柱稽古は新鮮です」　　「僕は高速移動の稽古を付けるから。……吹雪には必要ないと思うけど」　　「いえ。隊員全員稽古を付けられているのですから、ちゃんと見て頂いてから必要ないかは判断してください」　　「そうだね。――じゃあいくよ」　構えた無一郎の顔付きが変わる。吹雪も竹刀を構え真っ直ぐ無一郎を見据える。双方構えて向き合うと緊張感が漂い、他の隊員達も固唾を飲んで見守る。　双方同時に床を蹴り竹刀同士がぶつかる。それからは他の隊員達の目には動きが見えず、吹雪と無一郎だけの世界で打ち合いが繰り広げられ、激しい音が稽古場には響き渡るのみであった。　二人とも後方に飛び退き構えを正す。すると無一郎が構えを解き、笑顔を浮かべる。　　「――やっぱり何も言う必要はないね。筋肉の弛緩と緊張の切り替えは滑らかに出来てる。それに伴う足腰の動きも連動しててばっちりだね。……本来なら次の柱のところに行く許可を出すんだけど、もう少し此処に居て。もう少し吹雪と一緒にいたい」　　「分かりました。無一郎くんの許可が下りたら次の柱の元に行きます」　　「もう少し稽古するよ。加減とか気にせずに出来る相手殆どいないから」　　「私も柱の方と手合わせなんてもう二度とない機会ですから、多く手合わせ出来るのは有難いです」　再び双方構え直して手合わせを始める。その光景を隊員達は次元の違う人達のやり取りのように見ていた。　　「霞柱と普通に渡り合えてる……すごいなあの人！」　　「吹雪って……もしかしてあの人、甲の雪代吹雪じゃないのか！？」　　「えっ！？柱と同等の実力があるっていう、あの？……でも確か冷たい人だって……」　稽古場の端でコソコソと話す隊員達に無一郎が近付いて行く。　　「――ねえ、話してる暇があるなら素振りしなよ。素振りが終わったら打ち込み台が壊れるまで打ち込み稽古だよ。分かってるの？」　吹雪に対しては笑顔や柱とはいえ年相応の表情を見せていたが、今は真顔で落差がすごい。言い終えると吹雪の元へと戻り、「ごめん、続けようか」と手合わせに戻っていった。　自分達は一体もう何日居るのだろうか――考えても埒が明かないので気にせず隊員達は素振り稽古に戻ることにした。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　無一郎邸での稽古初日、稽古が終わって自宅に戻ろうとしたのだが場所はあるから泊まっていってと言われた。断ろうとしたのだが、吹雪が断るのを察してか言う前に無言の懇願の意を込めた目でジッと目を見つめられた。　……すごく断りにくい……。　――結局吹雪は無一郎邸に泊まることにした。まずは稽古で汗をかいたのでさっぱりするためにお風呂に入ることにした。　　「…………」　自身の家のと違い広いお風呂というのもいいものだ。ゆったりと足を伸ばし長めに息を吐く。　　(……天狗さんとは違って命のやり取りまではいかなくても、研鑽された剣捌きや動きは流石柱とあってすごい。柱と手合わせなんて最初で最後だろうし、盗めるものは盗んでものにしないと……)　柱最年少とはいえ実力は本物だ。烏天狗とは違う剣捌きはつい目で追ってしまう。　　(天狗さんの速さに慣れてると速くても遅く見えるのは仕方ないか。というか、天狗さん本気出してないから本来の速さが分からない……。人と妖だと限界も違うだろうし、そもそも比べる対象にするのがおかしい)　吹雪にとって“師”と呼べるとなるとやはり烏天狗になるだろう。鬼殺隊の入隊試験、鬼舞辻との最終決戦に向けての修行もそう、こうして柱稽古をしていてもやはりどこか――少し物足りなさを感じてしまう。それは烏天狗がそれほどの腕を持っているという証拠だ。それに慣れているということは自分の限界を知るも超えるも烏天狗と同等の相手でなければいけないということ。　そうなると、柱稽古は吹雪にとって準備運動のようなものになってしまうということで――。　　(…………)　……いやいや！自分の腕前が柱を超えてる？そんなわけがないだろう。烏天狗相手の時は刀を握って相手をしたりもしたが、雪女の能力を利用しての異質な手合わせが大部分を占めていたし、急に剣技に変わったりもあったがやり方が違うのだ。　　(…………妖相手に修行する時点で発想が人ではないのかな……？)　いざという時に思い浮かぶのが烏天狗なのは仕方ないか。小さい時から何かと頼って一緒に過ごすことが多かったのは人より妖だし、母様が生きていた時は母様を頼っていたが、亡くなってしまってからは頼れる相手も限られていたし。　　(…………――うん。仕方ないってことにしよう！きっと天狗さんがすごいだけなのよ、きっと！)　あまり深く考えることを放棄した吹雪は「烏天狗がすごいから仕方ない」と纏めて気にしないことにしたのであった。　――言わば、ドツボにはまってしまう程面倒なのが分かり諦めたのである。　お風呂を出て脱水所を出ると無一郎が壁に凭れていた。吹雪が出てくるのを待っていたらしく、吹雪の姿を捉えると壁から離れて歩み寄ってきた。　　「少しはゆっくり出来た？」　　「はい。たまには広いお風呂も良いものですね」　　「気に入ったなら何時でも来てくれていいよ。いっそのこと此処にずっと居てくれてもいい」　　「無一郎くんが不在の時に来るわけにはいきません。許可もなく上がることは不法侵入と変わりません」　　「吹雪ならいいよ」　　「いえ、そういうわけには……」　ふと、今更ながら吹雪は不思議に思った。　知り合ってから割と直ぐに無一郎は吹雪に心を許してくれている素振りが見て取れていた。前は他人に興味無さそうだったが、上弦の肆・伍との戦闘で記憶を取り戻してからは表情が豊かになって笑顔を見せるようになった。今の方が年相応な感じがして良いと思うが、それは吹雪に心を許しているのとは別だろう。記憶を取り戻す前から吹雪に気を許していたのは話せるからだろうか。　　「…………あの、前から不思議に思っていたのですが……無一郎くんはどうして私にそこまで信頼を置いてくれるのですか？鬼殺隊としての腕を認めてもらえているのは嬉しいですが、私は――」　「人ではないので」――と言おうとしたが無一郎の左手が吹雪の口を覆う。　　「――それ以上は言わなくていい。人じゃないとか、そういうのは僕にとってどうでもいいんだ」　無一郎の左手が離れ解放されたが、不思議そうに首を傾げる吹雪に無一郎は微笑を浮かべる。　　「吹雪がどうしてそんなこと言うのかは分からないけど……どんな理由があるにしろ、僕はちゃんと吹雪を見てるから。優しくて、頑張り屋で、しっかりしてるのに何処か危なっかしくて、鈍くて、料理上手で、はっきりと気持ち言えて、動物に懐かれやすくて、可愛くて、綺麗だ」　　「？？」　　「僕がどうしてこんなこと言ってるのか、分かってないでしょ？……全てに決着がついたら話すよ。今はまだ違うと思うから」　無一郎は左手を吹雪の頬に添えて軽く撫でる。　　「吹雪は綺麗だ。本当に」　　「え？あ、え、えっと……あ、ありがとうございます……？」　　「ふっ。なんで聞くの？」　初めて見る優しい微笑みに吹雪は目を瞬かせた。無一郎くんってこんな表情もするんだ……。　　「――なに呆けてるの？吹雪の料理、食べたい」　頬をツンツンされて吹雪ははっとする。　　「そう、でしたね。これから作るので少しの間待っていてください」　　「手伝えることあるなら手伝うよ」　歩き出した吹雪の横に並んで無一郎も付いてくる。以前と違いよく口を利くようになって明るくなったのではと感じさえする。大切なものを取り戻した今、これが本来の時透無一郎なのかもしれない。側を歩く様が弟の氷弥のような気がして、懐かしさを感じ目の奥が少し熱くなったが、何とか堪え無一郎に手伝ってもらいながら晩ご飯の準備をするのであった。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　無一郎邸に四日居させてもらった吹雪は、次の柱の元へ行く許可を貰った。もっと居て欲しそうな雰囲気を言葉にも出していたが、ずっと此処に居させておくわけにもいかないと渋々な感じで無一郎から許可を言い渡された。柱としての責務を果たそうとするその姿を宇随にも見習ってほしいと思ったのは内心だけに留めておく吹雪であった。　※つまらないとか面白くないとかで吹雪を長居させようとした理由に呆れたので、居て欲しいけど柱稽古だから……と自分の気持ちより務めを果たそうとする無一郎に関心したので、柱としての姿は無一郎の方が好感が持てると思ってしまったから。　第三の試練の為甘露寺邸に出向くと、養蜂をしている為家の周りには蜜蜂が飛んでいる。以前頼まれ物を届けに来た際に何匹か吹雪の頭にとまったのと同様、今回も何匹か吹雪の頭や肩にとまる。甘露寺邸の玄関先には甘露寺が居て、吹雪の姿を捉えると頬を赤らめて大きく手を振ってくる。　　「吹雪ちゃん！我が家へおいでませ！」　　「ご無沙汰してます。蜜璃様」　　「本当に久しぶりね！里帰りしていたのよね？……大丈夫なの？」　そう問い掛けてくる甘露寺の表情は曇っている。上弦の肆と伍が倒されたことも吹雪の近況も合わせて全ての柱に行き渡っているだろうし、触れてはいけないのかもしれないが心配して声を掛けてくれるのは嬉しいことだ。　　「はい。大丈夫です。心配して頂きありがとうございます」　　「……吹雪ちゃんがそう言うのだから大丈夫なんだよね。みんな心配してたのよ？」　　「ご心配お掛けしました。気持ちの整理も兼ねて里帰りしましたので」　　「ゆっくりお喋りしたいところだけど、今は稽古だもの。終わったらたくさんお話しましょう！」　案内される道中、養蜂をしているから巣蜜をパンに乗せて食べると超絶おいしい、バターもたっぷり塗って三時には紅茶も淹れてパンケーキも作るから楽しみにしてて！――と良い笑顔で言われた。聞き慣れない言葉が飛び交っていて大半理解出来ていないが、甘露寺が嬉しそうに言うのだから良いものなのだろう。　甘露寺の稽古は柔軟なのだが、吹雪は身体が柔らかく甘露寺から訓練を受ける必要もなかったが、折角だからととりあえず一通りのものを受けることになった。変わった服装で訓練を皆受けていたが、吹雪はその服装を嫌がったので隊服で受けることに。音楽に合わせて踊ることもしばしばあり、柔軟は地獄、殆ど力技によるほぐしであった。柔軟される隊員の悲鳴に他の隊員は震えていた。　何とか一日が終わり、吹雪は甘露寺に捕まり暫く屋敷に泊まることになった。今現在甘露寺とお風呂に入っていて、疲れを癒していた。　　「――やっぱりお風呂って気持ちいいわね！吹雪ちゃんと一緒に入れるなんて嬉しいわ！」　　「……そうですか？」　　「ええ！お話は出来てもお風呂なんて機会なかったじゃない？だからこうして裸の付き合いが出来るのって嬉しいじゃない！」　　「……そういうもの、ですか？」　お風呂なんて子供の時は親とか兄妹で入ったことはあっても他人と入ったことなど吹雪にとっても甘露寺が初めてかもしれない。……有無を言わさずの強引っぷりではあったが。　――ふと、甘露寺の視線に気付き声を掛ける。　　「……あの、どうされたのですか？」　　「吹雪ちゃんってお肌白くてキレイね。それに……着痩せするのかしら？意外と胸も……」　遠慮なく両手で甘露寺は吹雪の胸を揉む。　　「！？？な、なにするんですか！？」　隠すように甘露寺に背中を向けた吹雪であったが、それが良くなかった。今度は背後から両胸を掴まれて揉まれる。　　「！！？」　　「吹雪ちゃんって胸大きいのね！私と同じくらいか、もしかしたら私より大きいかしら？」　　「やめてください！！」　　「え～いいじゃい少しだけ♡触り心地いいんだもの♡」　　　――　十分くらいの攻防の末　――　甘露寺はどうやら吹雪の胸を触ることを気に入ってしまい、一先ず止めてはくれたが恥ずかしがる吹雪の姿も「可愛い♡」としか言わない。……甘露寺と一緒にお風呂にはもう入らないと密かに心の中で決めた吹雪であった。　お風呂の攻防で癒されるどころか逆に疲れてしまい、吹雪は溜息を付いた。用意された部屋で落ち着いていると、吹雪の鎹烏がピョンピョン跳ねながらやってきた。　　『カァー！吹雪！稽古ハ順調ミタイダナ！』　　「そうね。特に問題もないわ。……そうではないところで問題あるけれど」　話終えた途端、ジッと鎹烏を見つめガシッと両手で捕まえて触診を始める吹雪。鎹烏は暴れはしないものの首を傾げる。　　『ナンダ！』　　「……あなた、少し肥えたんじゃない？私が生家で天狗さんと修行してる時妖達から色々貰って食べてたでしょう？」　　『ギクッ！』　　「私の鎹鴉だから良かったけど、ただの烏なら達磨みたいに丸々に肥えさせて食べられてたかもしれないわよ？なにがどうあれ根っこは妖なんだから」　畳の上に置くと肥えたと言われたのがショックだったのか、座って体を丸めてしまった。普段喋る口調は気の強そうな感じだが、意外と打たれ弱いらしい。声を掛けたがずっと丸まっているので放置して床に入って眠りについた。　――朝起きたら布団の上に移動して眠っていて、その日は「運動ダ！」と言って動き回っていた吹雪の鎹烏であった。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　甘露寺の屋敷には五日滞在し、そして次の柱の元へと行く許可をもらった。　次の柱稽古は伊黒邸にて。屋敷の前に居た伊黒に吹雪は頭を下げる。　　「おはようございます、伊黒様」　　「雪代か。甘露寺とは楽しそうに稽古していたようだな。雪代とどうだのなんだのと聞いている」　　「そうですか」　　「……色々あったようだが聞いてないことにしておいてやる」　若干視線を逸らしてそう言う伊黒に吹雪は察した。なにまで話しているんだあの人は！！　伊黒に稽古場まで案内される間甘露寺が伊黒に何を言ったのかと羞恥を覚えていたが――着いた先の光景にそれはあっさり消え去ってしまった。　　「…………伊黒様。これは斬新な処刑場ですね」　稽古場には柱に括り付けれた大勢の鬼殺隊員達がいた。　　「何をすればこのようなことになるのです？」　　「……まあそうだな。――弱い罪、覚えない罪、手間を取らせる罪、イラつかせる罪という所だ」　伊黒のその言葉に再び隊員達に目を向ける。全員顔が青ざめていて共通した感情や雰囲気を漂わせている。　“頼みますから当てないで！！”――…………なんとなく、稽古の内容が理解出来た。　吹雪には何の説明もしないまま木刀を手渡してきて稽古が開始される。吹雪なら状況や手の竹刀から察せられるだろうといきなりぶっつけ本番だが、並べられた隊員達の間を縫って伊黒が吹雪に攻撃してくる。異様に曲がる伊黒の太刀筋でも上手く受け止め、受け流し吹雪も反撃する。　無一郎の時との稽古もそうだが、こうして手合わせをするのがやはり一番好きだと吹雪は思った。烏天狗とは違う太刀筋、技、動き、相手が強いとか弱いとか関係ない。手合わせという状況が高揚感を与える。その高揚感から無意識に吹雪は笑みを浮かべる。　――休憩中。　吹雪は自身の鎹烏に餌を与えている。その様を伊黒はジッと見つめていた。　　「…………」　先程の稽古中、雪代が笑っていた。今まで見たことのない戦闘を楽しむかのような不敵な笑みだった。それに時折背筋が冷える殺気を目に宿す。前までそんなことなかった筈だが、生家に修行へ行った七日間……その間に彼女に何かあったのだろうか。鎹烏とじゃれつく様は動物相手に見せる穏やかな表情の時の雪代で特に変わった様子はない。　　(よく「人ではないので」と言うのと関係あるのか？実のところ雪代の事はあまり知らないからな)　嫌いではないから話はするが、過去も鬼殺隊に入隊するきっかけも、ただ最近弟を鬼にされ亡くしたと聞いている。しかも雪代自身で弟を斬ったようだが。　　「――雪代」　俺が声を掛けると不思議そうな顔でこちらを振り返ってくる。　　「……何があったのか詮索はしないが、自分を見失うなよ」　　「え……」　　「さっきの稽古で普段の雪代では見ない一面が垣間見えた。雪代なのか別の奴かは知らないが、無意識に現れているなら気が抜けている証拠だ。その緩みを叩き直してやる」　　「…………」　目を瞬かせる雪代だったが、クスクスと笑い出す。　　「――すみません。まさか伊黒様がそのようなことを仰るとは思っていなかったので」　　「ふん」　　「…………大丈夫ですよ」　その言葉に導かれるように雪代の顔を見ると、今までで一番眩しい笑顔を浮かべていた。　　「――私、今のこの鬼殺隊に居れて良かったです」　特に変わりばえのない素直な気持ちを雪代は述べただけの筈なのに、伊黒は何故か別れの言葉のように聞こえてしまった。いや、自分がそんな風に受け取ってしまったのか……不思議な感覚を覚えつつも伊黒は気にすることを止めた。　――それは、これから先のことを感じ取っての第六感的なものだったのかもしれない。　　　　　　　　「鈴の音が花を氷らせる　十六」　終わり
- 『儚きことは、なんとやら　(八)』
  　本丸を出た第二部隊は監査官の言っていた１５９０年の聚楽第の洛外へとやってきた。皆キョロキョロして辺りを見ていると、マントを纏った何者かが第二部隊の前に姿を現した。　和泉守兼定は藍姫の式神を庇うように前に立ち、対峙する。　　「来たか……。いい覚悟だ」　どうやら藍姫の元を訪ねてきた監査官らしい。監査官は部隊の面々を定めるように見た後続ける。　　「現状、この聚楽第は敵に占拠されている。その中心にて北条氏政なる存在が確認された。が、これが正史でない以上、当人であるかどうかは瑣末なこと。歴史の修復の糸口を見つける。まずは、洛外を突破せよ」　指示をした後去るのかと思ったが、部隊の中に紛れる式神に目を止める。　　「……本人、ではないのか」　　「んなわけねーだろ。これは主が寄こしてる式神……見張りっつーかなんつーか……」　　「他の審神者と違って積極的なのは確かなようだ。自由な上に問題児……問題視しない辺り優秀さを買っているというわけか。顔色を窺う辺り政府にとっても重要な審神者だという認識にも間違いはない。“くれぐれも失礼のないように”……そう釘を刺されている」　　「何を政府に吹き込まれてるか知らないけど……」　和泉守の後ろに居た式神が前に出てくる。　　「私は自分のやりたいようにやってるだけ。他の審神者だってそうでしょう？それとも、式神まで飛ばして刀剣男士や現地を知ろうとするのに問題でもあるの？実際に目にしないと見えないこともある……ただ任された本丸でじっとするだけが審神者ではないと私は思うだけよ。報告するならなんとでも報告してくれていいわ。気にしないもの」　　「勘違いだけはしないでもらいたい。問題児――そう言ったのは君がやっていることへの問題視ではなく、そう言うことで周りに牽制するためだ。贔屓せず、ちゃんと君を見ているから余計なことを仕出かそうとするな、と……“ある人”の頼みだそうだ」　監査官の言葉に式神は訝しい表情を見せる。　　「では――」　監査官は消え、第二部隊と式神だけが残される。　　「ま、なんだ。何時も通りすればいいってことだろ？ならなんの問題もねー！だろ？主」　　「ええ。まずは洛外突破よ」　刀剣皆頷き、行動に移る。全員やる気に満ちてうずうずしているようだ。　　「おっと……早速手厚い歓迎のようだぜ？」　先に進もうとして早速時間遡行軍が現れた。部隊を囲うように前後からの挟み撃ちにされる。　　「――はっ！それで囲んだつもりかよ！」　和泉守が先行して打刀を斬り付ける。短刀が宙を飛んで式神を狙ってくるが、物吉貞宗と大和守安定に阻まれる。距離を空けたところから突っ込んできそうな槍に山姥切国広が駆け、攻撃を上手く交わして背後から止めを刺す。進行方向の前方は乱藤四郎と鯰尾藤四郎の兄弟連携で次々と切り伏せられていく。　　「こっちは倒したよ！突っ切れば洛外突破だよ！」　乱の声に皆続き、最後の一体を斬り伏せて和泉守も皆の後を追い駆ける。　　「…………」　洛外を突破しようとしている部隊を監査官は建物の影からジッと見つめる。　　「……なるほど。ご活躍のようだ」　洛外を突破した一行は次の場所にへとやってきた。特に変わりばえはしていないと思うが、強いて言えば町中に踏み入れた感じがする、といったところだろうか。　　「洛外突破したよね？あの監査官は？」　乱の声に全員辺りを見回していると、足音が聞こえてきた。　　「……洛外での新たな情報はなし。これより洛中へと入る。洛外と違い、洛中は一本道ではない。戦いながら道を切り開き、聚楽第の入り口へ辿り着け」　言いたいことだけ言って再び監査官は姿を消す。消えたといっても付かず離れずの距離で部隊の動きを見ているのだろう。　　「あの監査官、居ないようにみえて何処かで僕達のこと見てるんだね。あ、でもそっか……政府に報告するのか」　　「そうね。監査官が優良だったと判断して上げれば政府もそれで承認するでしょうし、調査が終われば報酬も出るらしいから審神者は殆ど特命調査に応じてるみたい。……沖浩宮がご丁寧に教えてくれたわ」　　「主には甘いんだね。そんなことして大丈夫なのあの人」　　「大丈夫みたいよ。隠密行動は沖浩宮の十八番だし、何より私のご機嫌取りは全部任せられるそうだから」　　「お世話係みたいだね……」　大和守と式神が話をしているのを少し距離をおいて山姥切は聞いていた。政府や沖浩宮といった単語を耳にするとつい聞き耳を立ててしまう。　　(あまりこういうことはいけないとは思うが、つい主に関わることには敏感になっているな)　とはいえ今は特命調査中。切り替えの為に辺りを見回す。少し霧がかっていて視界が良くない。　　「……固まって動くより、二手に分かれる方がいいかもしれねーな」　和泉守がそう山姥切に声を掛けてきた。　　「時間遡行軍の強さの程度が知れねーなら下手に分かれねー方がいいかとも思うが、この部隊の練度なら二手は可能だろう。お前もそう思うだろ？山姥切」　　「……何故、俺に問う？隊長は和泉守だ」　　「そりゃあ最終的には俺が仕切るが、隊員の意見を聞いた上での判断の方が効率いいだろう？――で、山姥切ならどうする？」　　「……和泉守と同じ意見だ。一本道でないなら手分けをして辺りを捜索する方が効率がいい。だがそれが危ういという状況になれば他の手を考えるまで――俺の意見はそれだけだ」　　「ありがとうよ。場数踏んでると説得力が違うぜ」　　「なんだそれは……」　和泉守は山姥切の肩を叩き去って行った。　　「――よし！二手に分かれて洛中の捜索だ！大和守、鯰尾と乱連れて向こうを頼む。物吉は主の守り、俺と山姥切が先行して捜索する」　　「了解！何かあれば知らせるよ！」　大和守を先頭に鯰尾と乱が続いて捜索を開始する。動き出したのを見送ってから和泉守達も動き始める。　　「よし、俺達も行くぞ。……式神でも多少戦えるからって時間遡行軍と戦おうとすんなよ、主。俺等に任せて見物してるだけでいんだからよ」　　「分かってるわよ。余程の事情がない限りはそうする」　　「主様のことは僕に任せてください。お守りします」　　「おう。任せたぜ物吉」　和泉守が先頭、間に式神と物吉を挟んで後方に山姥切の態勢で動き始める。　監査官の言う通り、一本道ではなく幾らか道があり洛中は少し複雑だ。進んでいけば霧も晴れていき、時間遡行軍を倒しつつ半分進んだ辺りで大和守達と合流して休憩を挟み、再び二手に分かれて洛中攻略を進める。　襲い掛かってくる時間走行軍を切り伏せ、刀を鞘に収める山姥切を見つめる視線が一つ。　　「…………」　　「……ん？」　　「…………」　　「……なんだ。……見られていたのか？」　視線に気付いた山姥切が監査官の姿を一瞬捉えた。だが直ぐに視線も感じなくなり姿も見えない。　　「どうしたの？まんばくん」　　「……いや。監査官に見られていたような気がしたんだが」　　「…………」　式神の視界を通して本物である藍姫にもそれは共有される。　　「…………本丸に来た時もそうだったけど、妙にまんばくんを気にする？ような素振りが見えるわね。もしかしてまんばくんとゆかりある刀剣かしら……？」　確か山姥切国広は足利城主長尾顕長の依頼で打たれた『山姥切の写し』……とは言われてるけど、その関連であるのがあの監査官だとしたら、まんばくんの元になった山姥切……とか？　　(審神者になったって刀剣の事はあんまり詳しくないし、予想とはいえ分からない以上考えるのは止めよう。後で分かるかもしれないし)　お茶を飲み、少し息を付いた藍姫だった。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　「――なかなかの手際だな。聚楽第内部への進軍を確認。聚楽第の最深部には通常の城郭と同じく、本丸がある。敵を排除し、本丸を目指せ」　洛中を攻略し次の場所――聚楽第内部へと移った。洛中では二手に分かれていたが、ここではそうはしない。無事に大和守達と合流も出来、聚楽第内部の捜索をしようと部隊が動き出そうとしていたのだが、監査官の姿があることに気付いた山姥切が足を止める。　　「…………」　　「まだ、指示でもあるのか」　　「……実力を示せ」　　「……なに？」　　「がっかりさせるな」　　「言われなくとも」　言い終えると監査官は姿を消す。やり取りを見ていた式神が山姥切に歩み寄る。　　「監査官としての責務とは別に、まんばくんに何か想うところがあるみたいね、あの監査官」　　「見ていたのか？」　　「さっきの事だけじゃなく、洛外でも洛中でもそう。この部隊の査定をしつつもまんばくんを特に気にしてるのも見受けられていたし。貴方にゆかりある刀剣で間違いないんじゃないかな」　　「かもしれないな」　　「あんまり気にしてないみたいね」　　「あの監査官がどうであれ、今はあんたのための刀。大事なことはそれくらいだな」　去り際にそう言って山姥切は歩き出す。虚を突かれたが、式神の頬が緩む。　聚楽第内部の捜索も難なく進み、次第に最深部である本丸が見えてきた。洛外と比べて敵の数も多く、強さも上がっているようだ。だが部隊の面々は苦戦することなく切り伏せていく。本丸まで部隊全員怪我なく来れたのは皆の腕前が高いお陰だ。　本丸に辿り着くと監査官が居た。　　「――よくここまで来た。聚楽第の中心部、本丸だ。最上階まで強力部隊との三連戦となる。気を引き締めて行け」　監査官の言葉に和泉守が声を上げる。　　「っしゃ行くぜ！！気合入れろよお前ら！！」　　「やる気十分なのは良いけど、空回りしないでよ」　　「しねーよ。……主、号令頼むぜ」　和泉守の言葉に式神は前を静かに見据える。　　「――これより、最深部に進軍し時間遡行軍を排除する！！進めー！！」　式神の言葉に和泉守を先頭に部隊が本丸内部に攻め入る。階を上がると敵の第一陣と部隊が接触し、戦闘が開始される。　物吉を除く五振りが前に出て戦っているが、漏れた何振りかが後方に居る物吉に襲い掛かってくる。自分から離れるよう式神に言うと、表情が変わり敵の脇差や打刀相手に速攻で倒し、宙を飛び回る短刀も難なく倒していく。だが暗がかりの中から大太刀が姿を見せ物吉に斬り掛かる。　いきなりだったから受け止めきれず、物吉は体勢を崩して弾き飛ばされた。そこに山姥切が入ってきて大太刀と対峙し斬り伏せる。　　「大丈夫か！？物吉！」　　「山姥切さん……ありがとうございます。助かりました……」　手を差し伸べてくれた山姥切の手を取り立ち上がる物吉は式神を振り返る。　　「大丈夫ですか？主様？」　　「私は大丈夫だけど……物吉は？」　　「僕は大丈夫です。軽傷もしていませんし。山姥切さんが直ぐに助けてくれたので」　　「……本丸の私と五感を共有しているといっても式神だし、仮に斬られたとしても式神が消えるだけだから大丈夫よ。痛覚が共有されるだけで」　　「例え式神だとしても主様は主様です。歴史を守ることもそうですが、なにより主様が居ないと僕達刀剣男士は存在出来ません。式神でも主様のことは守り通してみせます。それは僕ではなくてもそうすると思います」　物吉は山姥切に視線を向ける。山姥切は式神を真っ直ぐに見つめ、口を開く。　　「物吉の言う通りだ。式神であれ主には変わりない。守れなければ歴史を守る以前の問題だと思うが。……あの時みたいなのはごめんだ……！」　苦虫を噛み締めた山姥切の表情に式神は自身の左肩に触れた。あの時のことは刀剣達に強烈な印象を残したようだ。　　「――おい！！大丈夫なら先行くぞ！！」　その声に式神達は和泉守達の元に駆け寄る。　　「連戦だっつってたからな、気ぃ緩めるなよ！！」　階段を駆け上がり上階へと向かう。階段を登り切った途端に山姥切が式神の背中を押して部屋の中央に突き飛ばす。　　「っ……！――まんばくん！？」　　「大丈夫だ！主はそこにいろ！」　階が変わった瞬間に時間遡行軍が天井から降ってきて襲い掛かってきたようだ。それを庇って山姥切は式神の背中を押し、振り被られた打刀からの攻撃を受け止める。隙のある山姥切に薙刀が襲い掛かってくる。　　「！？」　打刀を押し返し薙刀の攻撃を後方に飛び退いて避ける。打刀と薙刀から攻撃を仕掛けられ、全てを防ぐことが出来ず切り傷を負う。　　「それじゃ死んでやれないな」　薙刀の攻撃を上手くかわし腹部を斬り付け、振り被った打刀に下からの切り上げで真っ二つにする。　部屋の中央に居る式神に大和守が駆け寄ってくる。　　「主！こっち！」　大和守は式神の手を引っ張って壁際に走り、壁と自身の背後の間に式神を匿い飛んでくる短刀の時間遡行軍を斬り伏せる。　　「和泉守！こっちは終わったよ！そっちは？」　　「乱が最後のヤツを倒した！先に進めるぞ！主は無事か！？」　　「大丈夫！――主、次の階で最後だよ」　　「うん。乱とまんばくんが軽傷か……二人とも大丈夫？」　　「僕は大丈夫だよ！」　　「俺も大丈夫だ」　　「――これより、最後の決戦となる。心してかかれ！」　次の上階へと繋がる階段の前に監査官がいた。階段前から横にズレて部隊に行くよう促す。　　「……次が最後だな。お前ら準備はいいか？」　和泉守の言葉に全員力強く頷く。それを確認した和泉守を先頭に階段を駆け上っていく。　階を上がると時間遡行軍が待ち構えていた。ここに来るまでに戦った奴らとは雰囲気も見て分かる強さの違いを感じる。だがそれに臆することなく刀剣達は構える。　　「……ここにいるので全部か？」　　「ええ。今のところはね」　式神の言葉に和泉守は柄を握る手に力を入れる。　　「増えたらそん時は教えてくれ」　　「ええ」　　「よぉし……いっちょやってやろうじゃねーか！！」　刀剣達と時間遡行軍が動き出すのはほぼ同時だった。正面からぶつかり合い、敵数体がやられる。敵の槍の攻撃に乱が軽傷を負うが、負けまいと反撃し身軽に蹴散らす。　部屋が薄暗く闇に紛れていたのか新たに出現したのか、薙刀が後方で見つめる式神に襲い掛かってくる。だが薙刀の刃は式神に届かず結界に弾かれる。次の瞬間には青白い光を纏う式神の左手が薙刀の心臓辺りを突き抜けて風穴をあける。　薙刀は靄になって消えていく。　　「……本人じゃなくて良かったわね。薙刀で三枚おろしが出来るか試してみようなんて言ってるわよ」　式神とはいえ戦闘力は本人に負けない。時間遡行軍の目に式神がどう映っているのかは分からないが、刀剣達より殺(や)れそうだとは判断されているのかもしれない。　遠目に式神が時間遡行軍を倒したのを見ていた乱がホッと胸を撫で下ろした次の瞬間、太刀が襲い掛かってきた。油断していた為上手く交わせず弾かれる。　　「――酷いよ……こんなにするなんて……！」　中傷を負い顔を顰める乱だったが、直ぐに顔付きが変わり構え直す。　　「僕を好き勝手したんだ！好き勝手される覚悟はあるよね？」　自分より体格の大きい太刀相手に怯むことなく挑み、あっさりと勝利を搔っ攫う。太刀は乱の真剣必殺で倒された。　手を焼きながらも順調に優勢へと傾いていたが、山姥切に大太刀と脇差二振りが仕掛けて防戦を強いられていた。他の刀剣達も助けに入ろうとはするが、邪魔をされて近付けない。　大太刀の強い一撃に片膝を付いた山姥切に脇差が容赦なく斬り掛かってくる。大太刀の攻撃を防いでいるのでかわせず、脇差の刃が背中を足を斬り付ける。止めと言わんばかりに大太刀が横から刀を振ってくる。瞬時に反応して刃が少し腕に食い込む程度に抑えられたが、飛ばされ床を転がる。　　「……血で汚れているくらいで丁度いい……！」　中傷を負い痛みに顔を顰め、頬に出来た切り傷から血が頬を伝う。　弱った好機を逃さず大太刀とや脇差が畳みかけてくるが、山姥切の瞳に闘志が漲り、構える。　　「――俺の真価、とくと味わえ！お前の死をもってな！」　鬼気とした気迫で二振り相手に各々一撃で倒し、刀を鞘に納める。　山姥切と乱の姿に続くように他の刀剣達も時間遡行軍を斬り伏せていき、敵は居なくなった。部隊が勝利したのを見届け、監査官が声を上げる。　　「――状況終了。これより規則に従い、評定に入る。…………聚楽第中心部における強力な敵部隊との戦闘に勝利。また、行軍中における敵の調査及び排除について期待以上の成果。監査官としてこの事実を報告させてもらう。ここに改めて、本作戦における当初の成果を確認。以上、帰還せよ」　監査官の言葉に部隊の面々は式神に視線を向ける。　　「……みんな、お疲れ様。此処を出て本丸に帰還しよう」　　「よし！全員外に出るぜ！山姥切、乱、大丈夫か？」　和泉守の言葉に山姥切と乱は顔を顰めつつも微笑を浮かべながら「大丈夫」と返事をした。乱には鯰尾が、山姥切には大和守が傍に付いて歩調を合わせて下の階へと降りていく。　　「…………また、会うことになるか――」　部隊が下りて行ったのを確認し、フードを抑えながら監査官が呟いた。　何か聞こえた気がして監査官の方へと視線を向けた式神だったが、そこに監査官の姿は無かった。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　聚楽第から帰還した部隊を最初に出迎えたのは主である藍姫だった。式神はポンッと煙となって消え、紙は藍姫の元へと戻っていき懐に収まる。　　「――みんな、おかえりなさい！」　刀剣達に笑顔でそう言うと、両手を広げる。すると鯰尾が藍姫の元へと駆け、腕の中に飛び込んでいき抱き付く。　　「ただいま！主！」　鯰尾に続いて乱、大和守、物吉、山姥切と一振りずつ藍姫と抱擁を交わし合う。そして……。　　「……おい、毎回“これ”するのかよ……」　　「もちろん。みんなが無事に帰ってきてくれたことへの感謝だから。和泉守まだ照れてるの？」　　「俺以外にも戸惑いみせる奴も居るだろうが！……まあ、応えてやってるんだからいいだろ！」　若干頬を染めて藍姫と抱擁を交わし、和泉守はそそくさと本丸内へと進んで行った。　先程の抱擁は、合戦場や催し物で戦へと参加した際に本丸へと戻ってきた刀剣達に藍姫が必ず行うこの本丸での労りと感謝を込めてのお約束のようなものだ。短刀や脇差、打刀の一部は喜んで主に飛び付くが、大太刀、槍、薙刀、太刀の面々は少々戸惑いや恥ずかしさがあるのか決意をしてから主と抱擁を交わしている刀剣が多い。和泉守もその反応をする一振りで、慣れることなく恥ずかしがっている。　　「慣れてくれてもいいのになぁ」　頬を掻きながら呟いた藍姫だが、表情は笑っていて怪我を負った刀剣達の手入れの為に急いで手入れ部屋へと駆けて行く。藍姫が駆けて行った反対側の回廊の角で、和泉守が壁に凭れて立っていた。　　「…………ったく……人の気も知らねーでよ……」　頬の赤みを増した和泉守が天井を見上げていた。抱擁を恥ずかしがるのには藍姫が知らない要因が絡んでいるようだが、それを藍姫が知る日が来るのかどうか――息を付き、髪をかき上げながら和泉守は己の部屋へと向かって回廊を進んで行った。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　―　手入れ部屋　―　中傷を負った山姥切と乱の手入れで藍姫は数時間手入れ部屋に居た。今は山姥切の手入れが終わり、調子を聞いていたところであった。　　「刀も綺麗になったよ。まんばくんの頬や背中も足の傷もちゃんと治ってる。調子悪いとかはない？」　　「ああ。ありがとう、主」　藍姫が笑顔で山姥切に両手を広げて見せると、一瞬戸惑いを見せつつも山姥切は応え、藍姫と抱擁を交わす。　　「お疲れ様、まんばくん」　　「……ああ……」　解いて離れると藍姫は立ち上がり、手入れ部屋を出ていく。　　「私は執務室に居るから、何かあったら顔を出して」　　「ああ、分かった」　微笑を浮かべて藍姫が手入れ部屋を去っても、山姥切は直ぐに去らなかった。自分の両手を見つめ、軽く握る。　　「……労りと感謝、か……」　合戦場や催し物で部隊を派遣した際に帰還した刀剣達と抱擁をするようになったのは、この本丸が発足して割と早かった時だった。まず初期刀である自分だけだった時、合戦場に行くことになって中傷か重傷だったか……ボロボロになって帰還した時主は俺の姿に目を見開き、泣きながら手入れをしてくれた。修復し終わった時に泣いて抱き付いてきたのが始まりだったかもしれない。　それから刀剣が増えていっても、最初の頃はボロボロになって帰還することが多かったから主は泣きながら手入れをし、回復してから抱擁を交わしていた。いつしか泣くことは無くなったが、俺がボロボロになって帰還した時の姿が強烈だったのか、怪我をしてもしてなくても本丸に帰還してくれた刀剣達に「おかえり」と言って本丸前で出迎え、手入れ部屋行きとなった刀剣達には修復し終わるともう一度抱擁するようになった。　　――暫くは見慣れなかったな……部隊として成り立つようになっても、それなりに本丸として機能し出しても、みんながボロボロになって帰還する姿……。本丸に帰ってきてくれてありがとうって、お疲れ様って労りと感謝の気持ちを伝えたくて出迎えた時に抱き締めるって、最初ボロボロになって帰還したまんばくんの姿見て決めたの。手入れ部屋行きの刀剣達には手入れが終わった後もう一度抱き締めるっていうのも、再度ありがとうって伝えるためにそうするって決めてするようにしてるの。　何故抱擁するのかと聞いた時、主がそう話してくれた。　刀剣男士となって人の体を得て、主と抱擁を交わすことになるなんて驚きだ。刀だった時には経験することのないことだったが、人の体を得たことで主と会話をし、食事をしたり、抱き締められたり……大事にされるというのを身をもって体感するとなんだか擽ったい。それ以上に胸の辺りが温かい――。　　「…………」　主の温もりを感じるあの瞬間は言いようのない気持ちになる。恥ずかしいのに満たされたように幸せで……。　　――独り占めしたい。　そんな想いが湧き上がってくる。どうしてそんなことを思うのか、分からない。だが自分でもどうしていいのか分からなくなる時がある。この感情の動きは一体何を意味しているのか……。　　「どうしても分からないのなら主に尋ねればいい」　手入れが終わったのだからいつまでも戦装束でいるのもあれだ。内番着に着替えに部屋に戻ろう――山姥切は手入れ部屋を後に回廊を歩いて行く。　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　聚楽第の特命調査を終えた藍姫の本丸に、調査結果が優良である通達と共に政府から報酬が送られてきた。その中に刀が一振りあり、その刀に触れると桜の花弁が吹雪人の姿が浮かび上がる。　　「――俺こそが長義が打った本歌、山姥切。聚楽第の作戦において、この本丸の実力が高く評価された結果こうして配属されたわけだが……さて」　声は聚楽第の際に訪ねてきた監査官と同じ声、あの時はフードを目深に被っていたから顔は見えなかったが……。　　（まんばくんそっくり……）　髪色と分け目が違うだけで山姥切国広と瓜二つの容姿に魅入る藍姫に首を傾げる。　　「どうしたのかな？そんなまじまじと見て」　　「あ、ごめんなさい。まんばくんとそっくりなものだから、つい」　　「あぁ……」　　「……貴方、聚楽第の時の監査官？そのままこの本丸の配属になったの？」　　「そうだ。山姥切長義、備前長船の刀工、長義作の刀だ」　刀剣――山姥切長義の紹介に「なるほど」と納得していると、執務室に足音が近付いて来る。　　「主。今――」　噂をすれば……執務室の襖を開けたのは山姥切国広だった。　山姥切が執務室の襖を開けた先には、見慣れない姿があった。その人物が振り返り、目が合うと細める。　　「……おや、まさかこの本丸に来て最初に顔を合わせるのが偽物くんとはね」　　「……写しは、偽物とは違う」　妙な空気になりすぐさま藍姫が二振りの間に入り山姥切に話し掛ける。　　「聚楽第での報酬で刀が一振りあったの。それが山姥切長義。皆にも新しい刀剣が来たこと報告する必要があるから、急で申し訳ないけど大広間に全振り集まるように伝えてくれる？」　　「……分かった。直ぐに動こう」　踵を返して執務室を去って行った山姥切を見送り、藍姫は長義を振り返る。　　「……今の流れで察しはつくと思うけど、貴方のことをみんなに紹介する為にこれから大広間に行くわよ」　　「今の会話だけで偽物くんとの関係性が分かったということかな？」　　「同じ山姥切……大方山姥切の本物と偽物の確執、というところ？貴方は自身が山姥切の本歌だと自信があるようだけど」　　「自信もなにも、俺が本歌だ。偽物くんもいずれ理解することだよ」　自信に満ちた長義の態度に、これは何を言っても聞き入れないだろうと判断して藍姫はそれ以上何も言わないことにした。とにかく今は長義のことを皆に紹介して今後の対応をするしかない。長義が来たことによって問題が起きなければいいが、何か波乱がありそうだ。　そんな一抹の不安を胸に藍姫は長義を連れて大広間へと移動する。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　大広間に刀剣全振りが集まったのを確認し、藍姫は長義を伴い一段高くなっている大広間の中央に上がる。　　「――特命調査、「聚楽第」に出陣した部隊のみんなお疲れ様です。みんなの活躍が評価され、政府から報酬が送られてきました。その報酬の中に刀剣が一振りあり、その刀剣が彼「山姥切長義」です」　　「山姥切長義。備前長船の刀工、長義作の刀だ」　長義はそれだけで十分だと判断したようで、それ以上言わない。紹介としてはそれで充分だと藍姫も思ったので後を引き継いで話を続ける。　　「来たばかりだから分からないことも多いと思うし、長義が慣れるまでみんな何かと気に掛けて色々と教えてあげてもらいたいの。七日間は近侍を長義にお願いしようと思うので、ある程度慣れてきたと判断したら今まで通り二日間での日替わりに戻そうと思います。内番には七日間が終わってから組み込もうと思うから、長義と一緒に内番に当たった刀剣はそれぞれの内番のやり方を教えてあげて下さい。　　聚楽第の調査については、期間内継続して調査をすることは可能なので、新たに部隊を編成して調査と時間遡行軍の残党が居れば殲滅をお願いしようと思います。何か質問があればどうぞ」　大広間を見回したが、挙手もないので特に聞きたいことはないと判断し、藍姫が手を叩く。　　「――はい！新しい刀剣の紹介はこれで終わり！内番に当たってる刀剣のみんなは戻ってね。待機組の刀剣達はこのまま大広間に残ってもらって、新たに部隊を編成したら知らせに戻ってくるから編成された刀剣達は聚楽第に出陣してもらいます。先程出陣した刀剣達は本丸で自由に過ごしてね」　藍姫の言葉に内番や当番に当たっている刀剣達が動き出す。待機組はその場に残り談笑を始める。　　「主。俺は直ぐに執務室に戻った方がいいのかな？」　　「直ぐじゃなくてもいいわ。話したい刀剣もいるだろうし、落ち着いてからでも大丈夫よ。出陣する部隊編成にそんな時間は掛からないし、また大広間に戻ってくるから。その後一緒に執務室に戻ってもいいし」　　「分かった」　藍姫が大広間を出て行くのを見届けると、近付いてくる気配を感じて振り返る。山姥切国広だ。　　「俺に何か話でもあるのかな？偽物くん」　　「聚楽第での監査官はお前だったのか？」　　「そうだと言ったら？」　　「そうか。ただの確認だ、気にしないでくれ」　　「俺がこの本丸に来て自分の立場を危うく感じたのかな？主にとっては初期刀で信頼されているようだが、俺が来たことで主の認識も変わるだろう」　　「主はちゃんと向き合った上で俺達のことを評価し信頼している。逸話などでその刀剣に先入観は持たない」　　「……随分と自信あり気じゃないか。審神者とて所詮は人間、正しい評価をされているならそうだと認識するはずだ。お前がなんて言おうと」　　「暫く主と過ごせば分かる」　言うだけ言って山姥切は大広間を後にする。自分の存在に臆することもなく寧ろ堂々としているのが気に食わない。　　「…………“山姥切”と認識されるべきは俺なんだ。そうだと主も理解するはずだ。幾ら政府が顔色を窺う程の審神者だとしても人格者というほどでもないだろう」　時の政府はあの一件以来、藍姫の様子を酷く気にして顔色を窺っている。他の審神者にはそんなことないのに何故藍姫に対してだけそんな対応をするのか……彼女が歴史ある家の出だからか？それにしたって年寄りまでもが一挙手一投足にビクビクしながら様子見など明らかにおかしい。　　(まあ、この本丸に来た以上主がどんな人間か見極めてやろう。俺が仕えるに相応しいか――)　大広間に残った刀剣達は談笑していたり眠りこけていたりと、緊張感の無い面々に長義は静かに溜息を付いた。　　　　　　　　(九)　に続く
03Mar
- 「鈴の音が花を氷らせる　(十五)」小話
  　今の山を住処にして直ぐの頃、山頂を縄張りにしている雪女とは何度か殺り合い(やりあい)を繰り広げた。お互いに決着が付かず立ち退く気も互いにない、殺せないのなら機会を窺い隙を見せたら始末する腹だったが、いつの間にか始末する気も無くなり好きにやらせていた。　基本雪女が山頂から下りてきて烏天狗にちょっかいを掛けてくることが殆どだ。烏天狗は相手をするのも煩わしいが、戦ったところで決着が付かないのも面倒で、適当にあしらって相手をしていた。　　「いつの間に下っ端増やしたの？弱い奴住まわせて妖増やさないでよ。こっちに来ようものなら遠慮なく消すわよ」　　「勝手に住み着くだけだ。好き好んで増やしているわけではない」　　「ふーん……」　ジロリと雪女が見下ろすと身を震わせて茂みに消えて行ってしまう。　　「行き場の無くなった奴等でしょうね。大して強くもないし害がない奴等だけど、増えすぎると逆にあいつ等狙って他の妖が来るわよ？人間は殆ど来ないんだからこんな山奥」　　「……余所者は消す。害を与えないのなら好きにさせておけば良いだけのこと。勝手に出ていくも住み続けるも好きにさせている。問題があるのなら直接私が始末するだけのこと……それで充分であろう」　　「……放任、ね～……他の烏天狗と違ってちょっと優しすぎるんじゃない？大抵自分の縄張りに入った奴は誰であろうと消すのがまともなのに。あんた変わってるわねぇ」　宙に浮いて烏天狗の周りをウロウロして雪女は顔を覗き込む。　　「――雫一滴でも人間味があるなんて、変な妖」　悪戯な笑みを浮かべてそういう雪女を無視して烏天狗は山の中を歩いて行く。無視されても雪女は気にも留めず袖口で口元を隠しクスクスと笑いながら雪原へと戻って行った。　それからは何時も山頂から下りてきては烏天狗にちょっかいを出しては帰っていきの繰り返し。烏天狗から雪女に近付くことは一切なかった。何を楽しんで烏天狗にちょっかいを掛けているのかは不明だが、雪女は楽しんでいるようだ。　山奥には妖しかいない。稀に人間が遭難して迷い込むことがあるが、人間を喰らうことが好きな妖が喰らって終わり。特に変わり映えのないそんな日々が過ぎるだけ……だからなのか、雪女が起こした“あれ”はこの山に居て一番の騒ぎだった。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　「…………」　巨木杉の天辺から景色を一望する。自らの住処の様子見も含めて丑の刻にこうする事が烏天狗の日課だ。いつも周りは小物妖怪が騒がしくしているせいで騒々しい。なので一人になれるこの時や静まっている時は唯一楽になれる限りない時間だ。　　「陽が昇る頃に吹雪は鬼殺隊本部の住処に戻るだろう。それを見届けなければな」　向こうに戻れば鬼の始祖との決戦に備えるのだろう。此処に来たのもその為、確実に鬼舞辻を消す為。　　「…………」　――ようやく、鬼の恐怖や怒り、憎しみから解放される時が近付いてきた。鬼殺隊の皆はそれを夢見て入隊し、仇を討つ為に入隊し、刀を手にした。　吹雪だってそうだ。　父親を鬼にし家族を殺した奴を討つ為に鬼殺隊に入隊した。弟まで鬼にされ、より討つ気持ちが高まったことだろう。それが終わればやっと敵(かたき)とか鬼とかそんなものから解放されて自由になれる。それでやっと自分の人生を歩んでいける。　　「人でなくなってしまった以上、まだまだ辛いことはあるだろうがな」　鬼がこの世から消えたら吹雪はどう生きていくのだろう。冨岡と一緒になって生きていくのだろうか？戻ってきて妖達と共に生きるのだろうか？一箇所に留まらず各地を転々とするのだろうか？……いや、確実に生き残れる保証が出来ない以上、期待に胸を膨らませる想像は止めておこう――烏天狗は思考を止め、ただ一面に広がる暗闇に目を向ける。　日の出と同時刻に吹雪は生家を後にし、烏天狗の住処に来て、巨木杉の天辺に居る烏天狗に笑顔で手を振って挨拶して戻って行った。他の妖も見送りをし、手を振りながら吹雪は住処から去って行った。　　「――氷柱(つらら)。お前の娘は立派な剣士になった。例えどんな結末になろうと、吹雪を見守ってやってくれ……」　後はもう、祈ることしか出来ない。　無事に、体の一部を無くしていたとしても、ただ生きていて欲しい――それが烏天狗の今の願いだ。　　　　　　　　「鈴の音が花を氷らせる　(十五)　小話」　終わり
01Jan
- ２０２３年迎えました！
  ２０２３年　１月１日――新年、明けましておめでとうございます！！去年も色々あった年ではありましたが、無事に新年を迎えられて嬉しい限りです！こうして新年を迎えられたわけですけど、私自身年末・新年感ゼロで新年迎えてしまってるのが現状です（笑）28日が仕事納めだったんですが、年末感も感じられず、職場でよく話してる人とプチ忘年会をして年末を過ごしたと言えば聞こえは良いですけど、片付けをしつつ年末が過ぎ、好きなことをして年明けを迎えた、というのが現実で（笑）2023年はどんな年になるんですかねぇ私にとって去年はまあ色々あった年ではあるんですが、今年は去年より少しは「良いこと」があった年と言えたらいいですかね。勿論自分で動かないと良いことは来ないのも事実なので、どうしたいか、それをはっきりとさせて動ける年にしたいと私は思います。――それはそれで、創作の手を進めたいのも事実……。
05Nov
- 無事に携帯使えるようになりました
  　無事に機種変が終わってなんとかまた携帯を使えるようになりました！　今はまだ使い方に慣れてなくて普通に扱えないけど、その内普通に使えるようになると思います　前より少し縦も横も長くなってズボンのポケットとか絶対無理だと思って、首から提げる紐や仕事の時に持ち歩くのに　良いかと思ってケースも買いました！　ただ一番に感動したのは――ゲームや動画、大きい画面で観たりするのっていいな！！　　あまりに急な機種変だったので、携帯代は分割払いにしました！　……お金貯めるの、頑張らんとあかんな……。
03Nov
- 明日急遽機種変に行きます
  　日記への投稿なんて何時ぶり……？　もう空け過ぎていつが最後だったかも忘れました！！（笑）　現在使用している携帯のストレージが一杯でほぼ使えない状況になりました……。　しかもゲームに取られてるっていうね！　まあ、急に色々ゲーム始めちゃったから……。　ショップに行って話を聞くと、機種変するしかないと言われました。　使用してる携帯の容量を変更出来るならそれでいいと思っていたのもありますし、機種変するつもりで行ってないので　ゲームの引継ぎもなにもしてないので急にはね！　なので、急遽明日機種変します！　急とはいえ仕事が休みに出来て良かったホンマ　了承してくれた上の人本っ当にありがとうございます！！<m(__)m>
23Sep
- 『儚きことは、なんとやら　(七)』ショートストーリー
  　聚楽亭の特命調査に部隊を派遣した後、藍姫本人は執務室で仕事をしながら式神を通して部隊の様子を見ていた。　　「――ぬしさま。宜しいですか」　近侍の小狐丸が執務室へとやってきた。入室を許可すると、大きめのお盆を手に部屋の中へと入ってきた。　　「暫く籠られると思うので、昼食とお茶と茶菓子をお持ち致しました。有事に備えて動けるよう、私もこちらに待機致します」　　「ありがとう。……お昼は「持っていって」って言われたの？」　　「ええ。式神を遣っている間はこの部屋に籠られるのでしょう？過去に食事を抜くことが多かったと歌仙から聞きました。心配だから持って行って欲しいと言っていましたよ」　　「……事実だからなんとも言えない……」　当時のことを思い出しているのか藍姫は苦笑して頬を掻く。　　「丁度良い頃合いですので昼食を頂いてはいかがです？冷めないうちに」　　「そうね。いただくわ」　クルッと椅子を回転させて立ち上がり、伸びをする。休憩スペースにいき、小狐丸が用意してくれた昼食と向き合う。　　「お茶は熱いですから、お気をつけ下さい」　　「ありがとう。――いただきます！」　昼食を頬張る藍姫を眺める小狐丸は頬を緩める。美味しそうに食べる姿を見ると、見てる方も嬉しくなると歌仙や燭台切が言っていた。それに頬張っている時の主は小動物みたいだとも言っていた。　――以前主が教えてくれたんだ。「はむすたー」という小動物が頬袋という箇所に食べ物を貯めるそうでね。その様子を映像で見せてくれたんだけれど、その時の姿が頬張っている主と同じだと思ってね。　――僕もその時歌仙くんと一緒だったんだけど、同じことを思ったよ。美味しそうに食べる姿が「はむすたー」みたいで、可愛らしいってね。　例えで動物や物に例えるのは比喩だと分かっているが、そんなに「はむすたー」というのと藍姫の頬張る姿が被るのだろうか。　不意に本棚に目を向けると、動物図鑑が目に入った。興味本位で本棚に近付き図鑑を手に捲ってみる。小動物の類いを見つけ目当ての動物を探す。　　(――おや、これが……)　図鑑のやや中間辺りに目当ての探し物が載っていた。種類も多く大きさも違ったりと思っていたより藍姫達にとっては馴染みある小動物のようだ。ネズミの類いのようだか、ゲージで飼育するのが一般的で愛嬌ある姿が人気らしい。頬袋に食べ物を貯め込んだ姿も載っていて、今昼食を食べている藍姫と見比べてみる。　　(……言われてみれば、少々似ているやもしれませんね)　モグモグと口を動かす様が似ていてついクスッと笑ってしまう。　そんな小狐丸の様子を見ていたのか、藍姫が声を掛けると図鑑を本棚に戻し向かい側に座り藍姫と向き合う。　　「何か面白いものでもあった？」　　「ええ、まあ」　ニコニコとする小狐丸に首を傾げていると、ふと彼が言った。　　「ぬしさまは愛らしいですね」　　「はあぁっ！？」　予想外の発言に藍姫の顔がジワジワと赤くなっていく。　　「な、なに急に……！」　　「ふふ」　小狐丸はそれからもニコニコしているだけでそれ以上は何も言わない。とはいえなんだか気恥ずかしくて藍姫は昼食を早く済ませようとペースを上げる。　　(より「はむすたー」らしくなってしまわれて)　普段凛としている姿を見ることの方が多いが、ちょっとした言葉で動揺したり赤くなったりする反応はなんとも可愛らしい。主に対してそんなことを想うのはどうなのかと思うが、そう感じて想うのだから仕方がない。　審神者である藍姫に呼び起され、刀剣男士として顕現し人の体を得た。人としての肉体は得ても食事などは必要ない。だが肉体を得て得られるものや感じられるものがあることを知った。藍姫を「愛らしい」と思うのも肉体を得て「心」というものがあるからだ。　　(不思議なものです……なんと温かい……)　穏やかなこの気持ちをどう言葉にすればいいのか分からないが、主である藍姫の事は好きだ。好意、と呼べるものなのだろう。　昼食の片付けで執務室を離れていた小狐丸が戻ると、藍姫はモニターとにらめっこをしていた。　　「ぬしさま、難しい顔をされていますが何かありましたか？」　　「ん？ううん、特になにかあったわけじゃないよ。……あの監査官、どんな刀剣だろうなって考えてただけ。妙にまんばくんに挑発的というか、なんというか……まんばくんと縁ある刀剣なのかな」　式神を通して聚楽亭の様子を視ていて気になったという。今のところ特に問題もなく特命調査は進んでいるらしいが。　　「その監査官がどのような方かは存じませんが、山姥切は大丈夫でしょう。極ていなくともぬしさまの刀剣として揺らぎはないと思います。もし気落ちしているようであれば、ぬしさまが励ましてあげれば直ぐ元気になりますよ」　　「そうね、その必要があればね。……でも、励ましなんてなくても大丈夫よ。まんばくんは一人の力でも立ち直れる強さがある。それは刀剣全員あると思ってるから、私が力になるのは最終手段的な感じかな。全てに私が必要と思うほどみんなを信じてないわけじゃないから」　あぁ――その言葉をどの刀剣が聞いても自分と同じことを思うだろう。“信じられている”……それはちゃんと自分自身と向き合って、見て、逸話とかそういうものを抜きにして目の前にいる「その刀剣」を信頼してくれている。自分の刀剣だからなんて過信じゃない、自分の目で見ているからこそ言える言葉に嬉しくて仕方がない。　小狐丸は自然と藍姫に歩み寄り、背後から優しく抱き締める。　　「小狐丸……？」　　「……先程の言葉が嬉しかったものですから……皆、私と同じことをすると思います」　藍姫の左手が上がり小狐丸の頭に触れる。撫でられるのが心地良く、藍姫の頭に擦り寄る。　　「柔らかいね、小狐丸の髪」　今の気持ちをどう言えばいいのか分からない。抱き付く力を少しだけ強めてもっと藍姫に近付く。　　「ありがとう。審神者として、主として今良いか悪いか分からないけど……みんなに受け入れられてるってだけでも励ましになってる」　　「ぬしさまはよくやっています。私達刀剣皆に対して真摯に向き合っておられる。気難しい者もおりますが、皆ぬしさまを慕っております」　　「ふふ。そうかなぁ～」　クスクスと嬉しそうにする藍姫に小狐丸は頬を緩める。　少し前まで一週間も寝込んでいたなんて思えない。鬼気迫る戦いぶりを見せたあの姿さえも嘘のように感じてしまうが、事実である。目の当たりにした刀剣達に改めて話を聞いても、普段の藍姫からは想像出来ない戦いっぷりだったと皆口を揃えて言う。　藍姫のおかげで助かったが、もしあの時藍姫が戦う術を持っていなければこんな穏やかな一幕は来なかっただろう。　義兄妹の沖浩宮から観せられたあの映像で、言葉にはしないが皆より強くなりたいと思っているようだ。主を守るため、皆を守るため……二度とあんな目に遭わせないために――苦しい想いをしないために。　藍姫を心配して審神者部屋を訪ねて見た光景はずっと消えない。横たわり眠る主、心配そうに見つめる刀剣達、今にも起きそうなのに起きないもどかしさ・焦燥感・不安……。　だからこそ改めて感じるこの本丸での日常の大切さ、藍姫の存在の大きさ。　　――強くなりたい――。　今この腕の中にある温もりが消えることのないよう、小狐丸は胸の内で決意した。　　　　　　　　(七)　ショートストリー　　終わり
23Jul
- 「鈴の音が花を氷らせる　(十五)」
  　烏天狗に修行を付けてもらってから三日が経った。鬼殺隊の最終戦別へ向かう前まで付けてもらっていた時とは格段に違い、鬼相手よりも命のやり取りを感じた。あの時も手加減してくれていたわけではないが、やはり烏天狗は強い。　焚火を眺めていると後ろから軽く頭を小突かれた。　　「……疲れたのか？」　　「天狗さん。……ううん、大丈夫。ちょっと考え事してただけ」　吹雪の向かい側に腰を下ろした烏天狗は狩ってきた猪の肉を焼き始める。自分で狩ると言ったのに「休んでいろ」と言ってさっさと狩りに行ってしまった。気遣ってのものか単に世話焼きかは分からないが、妖といえど妖らしくない人間らしさに吹雪は苦笑を浮かべた。　　「あの時よりも強くなったな、吹雪。鬼相手だと腕も上がるといったものか」　　「それもあるのかもしれないけれど、やっぱりもっと強くなりたいって思うからなのかもしれない。鬼舞辻を倒すには幾ら強くなっても損はないし」　　「……そうか」　　「父様も氷弥も守れなかった……だけど今度は――義勇さんやみんなを一人でも多く守ってみせる！」　　「…………」　決意を示す吹雪を見つめながら烏天狗は器用に猪肉を焼く。その様子を見てふと吹雪は聞こうと思っていたことを思い出した。　　「そういえば、ずっと聞こうと思ってたんだけど、天狗さんの剣技は独学で学んだものなの？それとも師匠みたいな妖がいたの？」　　「師……そうだな。同じ烏天狗から授かったものだ。剣技は受け継げても強さまでは個体差があるが」　　「そうだったの。妖にも継承みたいなものがあるなんて意外ね。その烏天狗は此処にはいないの？」　　「いない。ここではないどこぞの山の主にでもなっているであろう。その烏天狗から剣技と此処の主を任されたのでな。……良い具合に焼き上がった。食べるがいい」　　「ありがとう……いただきます」　焼きたてで熱いので冷ましながら少しずつ齧り付いて食べる。いいかんじに塩味が効いていて美味しい。……いつの間に塩なんてふったのだろう。　ガサッ、ガサッ　吹雪の背後の茂みが揺れる。「吹雪～！木の実や山菜持ってきたぞ～！」妖達が籠一杯に抱えてやって来た。褒めてと言わんばかりに吹雪の周りを跳び跳ねる。「……そのまま食べれる木の実はいいが、山菜は生では食せないぞ」烏天狗が籠から山菜だけを取り出し、用意している鍋に刻みながら放り込んでいく。　　「妖のように丸飲み出来るわけではないのだぞ。吹雪を想って採ってくるのは構わないが」　　「烏天狗の旦那は細かいなぁ～。大丈夫だろう」　　「大丈夫ではない！馬鹿者！」　人間のようなやり取りに吹雪は肩を震わせて笑う。烏天狗と小物妖怪は顔を見合わせ嘆息する。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　一方その頃、冨岡は――。　　「…………」　産屋敷邸で開かれた緊急柱合会議は終わり、岩柱の悲鳴嶼行冥の提案により「柱稽古」という名の合同強化訓練が始まる。柱より下の階級の者が柱を順番に巡り、稽古をつけるというもの。元柱の宇随も加わり、まず宇随による基礎体力向上、次に甘露寺による地獄の柔軟、次に時透による高速移動の稽古、続いて伊黒による太刀筋矯正、不死川による無限打ち込み稽古、悲鳴嶼による筋肉強化訓練。　鬼殺隊隊士だけではなく、柱も数多の隊士を次から次へと相手していくことで体力向上が見込まれ、そこから“痣”が出る条件である心拍と体温の上昇も期待されている。痣が出たとされている炭治郎、甘露寺、時透は常に痣が出ている状態を保つ様に訓練していき、その過程で得た情報は隊全員に伝達・即共有で隊全体の力を上げていくという来る戦いに備えられる――というわけだ。　吹雪は戻ってきてから柱稽古に合流することになるが、瞬殺で終わりそうなのでそれぞれの柱の稽古に二日か三日励むのがいいのではと本人の知らない水面下で話が決まっている。最終的にそれぞれの柱が決めて良いということになり、稽古に掛かる日数はバラつきがでそうだ。　――だが、冨岡は柱稽古をつける気はない。　　(俺は――周りとは違う――)　立場的には水柱となっているが、冨岡本人は自身を水柱とは思っていない。まだ吹雪の方が柱となってもいいと思う。　彼女が鬼殺隊の最終戦別を受けた年、生き残ったのは吹雪だけだった。無傷で疲弊した様子もなく涼しい顔をしていたらしく、どれだけの鬼を斬ったかは不明だが、炭治郎が遭遇した手鬼には遭遇せずに選別を終えている。異様な早さで甲までのぼり詰め、本来なら柱となっている実力者だが本人が柱になることを望まず甲のままだ。「人ではないので」――彼女は決まってそう言って断っている。　　(吹雪が「人でない」のを理由に断るなら、俺は最終戦別で何もせずに生き残っただけの腑抜け……)　吹雪にはそんな想いを抱えていることは話していない。彼女がどう思うか分からないが話せば情けない奴だと思われ幻滅されるだろうか……？　　「…………(だが、吹雪も柱稽古には参加する。俺が稽古をつけないことを不思議に思うだろう)」　吹雪が戻るのは二日後だ。それまでに吹雪にどう説明しようか考えなければならない。　――と、そんな時だった。　　「ごめんぐださーい。冨岡さーん」　突如屋敷に響いた炭治郎の声。冨岡の元を訪ねてきたようだ。　　「こんにちはー。すみませーん」　炭治郎の呼びかけに応じることなくジッとしてやり過ごそうとする。何も応答がなければ諦めて帰るだろう、と。　　「義勇さーん、俺ですー。竈門炭治郎ですー。……こんにちはー、じゃあ入りますー」　……入ります？いや……帰りますだな。聞き間違いだ……。　と、思ったが炭治郎が稽古場にヒョコッと顔を出してきた。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　冨岡が炭治郎に昼夜問わずつきまとわれ話しかけまくられている頃、吹雪は山を下り生家へとやってきていた。家族四人が眠る墓の傍にもう一つ墓を作り、そこに亡骸の代わりに氷弥が残した着物を埋め、それぞれの墓前に花と線香を供え手を合わせる。　　「…………おかえりなさい、氷弥。そして――ただいま。母様、父様、兄様、小雪」　生家の傍に作った家族の墓。此処を離れて四年……月日はあっという間だ。ほぼ鬼殺隊としての任務とその為の修行ばかりで、戦いに明け暮れた日々は非日常だ。決して一般の女性が過ごす日常とはかけ離れているが、吹雪は後悔していない。　腰に差している母氷柱の日輪刀を鞘ごと抜き、少し刀身を抜き見つめる。　　「…………四年前のあの日から母様の刀は使ってないけど、手入れをして形見として大切にしてるよ。母様と同じ水の呼吸を極められたら使っていたかもしれないけれど……私、水の呼吸は使えても極められなかったみたい」　当時の修行を思い出し吹雪は苦笑する。　水の呼吸を使える素養はあっても極められなかった。鍛えてもそれは変わらず、下級は倒せてもそれ以上となると通じない。それでは鬼舞辻を倒せない――だから自分に合った呼吸を見つけることにした。水を含む基本となる他の呼吸である雷・風・炎・岩も試してはみたが、素養はなく無理だった。最終的には友人である雪女から着想を得て“氷の呼吸”を確立した。水の呼吸よりも体に馴染み扱いやすい。　　「彼女と同化してるからなのか、元からその素養があったか……細かいことはおいといて、そのお陰で鬼殺隊の最終戦別も突破出来て入隊出来た。その後はがむしゃらに任務に打ち込んでたから階級が“甲”になってたのも分からなかったわ。柱にならないかと声は何度も掛かったけど……私はならなかった。私は人じゃないから鬼殺隊の上官になれる立場じゃない。大半の柱の方々は柱になることを望んでいたみたいだけど」　母の形見を腰に差し戻し、両手の掌を上に向けると冷気が舞い上がり幾つもの氷柱が形成される。更に分裂し数が増え形を変えながら宙を浮遊する。　　「……雪女の影響か、こんな芸当が出来るようになった。普通の人には出来ないことが出来る、傷を負っても治る、私はもう人間じゃない……」　宙を浮遊する氷の結晶が弾け散り、吹雪に降り注ぐ。　　「こんなだから、極力人と関わるのは避けるようにしてた。見た目もあって避けられることが多かったし、誰も関わってこないだろうと思ってたけど鬼殺隊の人達は違った。普通に話し掛けてきて、からかったり言い合ったり笑い合ったり――初めて“普通”に話し掛けてもらえたの」　家族にこれまでのことを話して聞かせる。四年前のあの日から今まで悲しくて、苦しくて、辛いことだけじゃなく楽しくて、嬉しくて、良いこともたくさんあったんだと伝える。家族がいなくて正直寂しい時もあったが、弟の氷弥の存在が支えでもあった。　だが氷弥ももう居ない――大切なものが失われていく、その苦痛に耐えるのにも疲れもう死ねたら楽になるのに……そう本気で思った。　　「――でも、あの人のおかげで自暴自棄にならなくて済んだの。いつも助けてもらってばかりで……」　　――チリン、チリリリリリン、チリチリン　日輪刀の鍔にぶら下がる鈴がやけに音を立てる。いつもそんな鳴らないのに……。　　「……義勇さんのこと詳しく話せって言うの？」　　――チリン、チリン　まるで「そうだ」と言っているようだ。気まぐれにしか鳴らない鈴だが、会話のような反応をするのは初めてだ。とはいえ、冨岡のことを墓前とはいえ家族に話すのは少し気恥ずかしいものだ。特定の人物を家族に話したことは一度もない。　吹雪は少し考えた後、冨岡のことを家族に話すことにした。　　「……助けてくれるその人は冨岡義勇っていう人なの。後ろ姿が兄様に似てて、いつもやってたみたいに後ろから抱き着いてしまったのが最初の出会いだった。最初はあまり関わらないものとばかり思ってたんだけれど、一緒に任務に携わることも多くて、彼は私が抱き着く癖を分かってて許してた。普通初対面で背後から抱き着かれたら引くでしょう？でも何故か……義勇さんは引かずに許してくれた」　思い返しても実に恥ずかしい記憶でしかない。会って抱き着いてしまう度に何度土下座をして謝ったことか……腹を切って詫びようとすればその都度止められ羞恥で消えてしまいたいと思うには十分過ぎる出来事だ。　だが吹雪を責めることもなく、避けるわけでもなく、何も言わずにされるがままだったのは単に同情していたからなのではと思っていたが……。　　(分からない――あの時そう言ってたな、義勇さん)　冨岡に抱き着く行為を止めようと自制してからある時言われた、「最近しなくなったな」――という発言。訳を話すとしなくなった事自体を寂しいと言っていたが…………もし自惚れてもいいとしたら、何時から吹雪のことを「好き」と思っていたかは分からないが少なからず好意があったから許してくれていたのだろうと思うと少し嬉しい。　　「義勇さんは例え好意が無かったとしても優しい人だから許してたのかもしれないって思うの。言葉足らずで誤解されてしまうところがあるけれど、物静かで内に秘めているものは篤く努力家な人。何気ない言葉が私には何度も刺さっていつの間にか心に入り込んで……いつしか惹かれて、お慕いするにまでなった。信じてみたい――いつか裏目に出て傷付くだけに終わってしまうと思っていたのに誰かを好きになれる日がくるなんて……嘘みたいだよ、母様……」　ハッキリ言って“人”であるなら良い終わり方といえるが、吹雪はもう人ではなくなってしまった身。それなのに冨岡は吹雪のことを「好き」と言ってくれた。　鬼殺隊に入隊してから戸惑うこともあったがようやく人らしい生を歩めている気がする。月日が経つごとに人でなくなっていくのに、ようやくというのも可笑しな話だ。しかもこれから鬼舞辻との決戦を迎える鬼殺隊としては最終の山場……生か死か、どのような結末を迎えるかも分からないのが怖いところだ。吹雪も冨岡もどうなるか分からないというのに――。　　「多くの人に生き残ってほしいけど、でも一番は義勇さんには生き残って幸せになってほしい。私のことはどうだっていい。生き残ろうが死のうが義勇さんが無事なら…………気持ちは凄く嬉しいけど、人じゃない私が義勇さんの隣にいるのはやっぱり良くない。私のことは忘れて……ちゃんと幸せを掴んで生きてほしい。私の一番の願いは――彼が幸せに生きてくれることだけだから」　人を信じたいのに信じたくない。認めてもらいたいのに認めてもらえない。生きていて良いことなんて何もない――そう思ってたが冨岡を始め鬼殺隊に入隊してから生きていて良かったと思えた。そう思わせてくれた人達には生きて欲しいが……冨岡の隣に誰かが居ると思うと、幸せになってほしいと思った反面複雑な心境になる。　　(勝手だよね……)　冨岡に話したらなんて言うだろうかと考えたが、「……吹雪が俺を想ってくれるのは嬉しいが、隣にいるのは吹雪がいい」――と迫られそうだ。想像しただけで顔が熱くなってきて両手で顔を扇ぐ。　　「……もしまた家に戻って来られそうなら義勇さんに声掛けてみるね。みんなにも紹介したい。……私の、大事な人……」　墓前なのは残念だが、それでも家族には紹介したい。　　「母様。鬼舞辻との決戦、悔いが残らない命を賭けた全力で挑んでくる。どんな結末を迎えても、見守っててね」　立ち上がり、生家に戻る。　烏天狗に修行を付けてもらっている間生家で寝泊まりしている。四年も使っていないと荒れてとても住める状態じゃないだろうと思っていたが、妖達がキレイにして住める状態を保ったままにしてくれていた。お墓の周りも手入れしていて、時折烏天狗が花を手向けに来ていたそうだ。　烏天狗は吹雪の母親の氷柱と面識がある。一度きりだったらしいが氷柱との約束を守り吹雪を気に掛けてくれている。娘を任されて正直迷惑でしかなかっただろうが、こうも気に掛けてくれるのはそれだけではなく、雪女の件もあるのだろう。雪女に気に入られた人間の行く末が気になるだけかもしれない。　とはいえ、今となっては頼りになる第二の家族であると言っても過言ではない。妖だか吹雪にとっては小さい時から共に過ごしてきた者達であることに変わりはないのだから。　家の中に入ると小さな妖達がせっせと布団の準備をしていた。その光景に吹雪は目を細める。　　「……布団くらい自分で敷くからいいって言ってるのに」　人の言葉を話せない代わりに態度で示す妖達は抗議するように声を上げながら跳び跳ねる。　　「『少しくらい天狗さんみたいに私に世話焼きがしたい…？』そう言ってるの？？」　吹雪の言葉に嬉しそうな声を上げる。　　「……義勇さんもそうだけど、天狗さんもみんなもどうしてそんな世話焼きなのかしら……」　自分の周りにはどうも世話焼き気質を持ち合わせた人や妖が多いようだ。助けられているが、そんなに助けられる程困っているように見えるのだろうか。　そんなことを考えながら布団に包まっていたが、いつの間にか寝てしまい朝を迎えた。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　烏天狗に修行を付けてもらってから四日目、修行を始める前に烏天狗は吹雪にこう言った。　　「この三日間は私の動きに付いてこられるかどうかを試していたにすぎない。確かに以前と比べると腕前も上達しているが、それだけでは鬼の始祖には太刀打ち出来ないであろう。――最初に言ったと思うが、殺す気で掛かるから吹雪もそのつもりでこいとな」　――その言葉の後、今までの手合わせが嘘のような烏天狗の隠れた一面を目の当たりにした気がした。　　「――っぐぅっ、ああぁ……はぁっ……げほ、げほっ……！！」　勢いよく背中から巨木の幹に打ち付けられ、全身に衝撃が走り呼吸が止まりそうになる。ずり落ちて地面に座る形となり、直ぐに態勢を立て直そうとしたが思いの外体に受けたダメージが強く衝撃に全身が震えていて、幹を支えにしても上手く立つことすら出来ない。　空から烏天狗が舞い降りて吹雪を見下ろす。　　「吹雪の望む通りだが止めるか？私は構わぬがあいつが黙っていなさそうでな」　ゆっくりだが幹を支えに立ち上がり首を横に振る。　　「……私がそうしたくてお願いしたんだから……この、まま……続けて…………ください……！！」　吹雪の言葉に烏天狗は薄ら笑みを浮かべた。　それから修行を再開したが、反撃はおろか烏天狗の仕掛ける攻撃をかわすので精一杯で、受け身を取っても上手くいかず体を岩や地面、時には水面に打ち付けまともに食らうばかりだった。とてもじゃないが太刀打ち出来ない。動きも早さも今までの比じゃない……それに本気ではない。少し手の内を見せているだけでこれなら烏天狗の本気はどうだというのだろう。こんなこと言うのは気が引けるが、これまで相手をしてきた鬼が霞みさえする。　殺気も上手く隠してこちらに動きを読まれないようにしている。攻撃を仕掛けるその瞬間だけに殺気を見せ、気配も最小限まで隠して近付いてくる。今まで“烏天狗”という妖の姿を見てこなかっただけあって、今目の当たりにしている烏天狗という妖としての姿に「人としての成りをしていてもやっぱり妖なんだ」と思い知らされる。　　「――今日はここまでにする。これ以上は意味がない」　陽は傾き空は夕焼けに染まっていた。苔の絨毯と化した地面の上にうつ伏せに転がる吹雪はぴくりとも動かない。全身ボロボロで微かに覗く顔には汚れが見えるが怪我は見られない。いや、怪我をしても今は治る身なので怪我があるはずもない。　烏天狗の声が聞こえているか分からないが、一目で疲れ果てているのが分かる。　烏天狗は吹雪に歩み寄り片脇に抱えるとその場から飛び立つ。　　「……今は指先一つ動かせまい。大人しく眠ることを勧める」　喋る気力さえなく、吹雪は烏天狗の言う通りに眠るために目を瞑った。　　――　　夜中　　――　吹雪の生家の屋根の上で寛いでいると雪女の気配を感じた。目を開けたが周りにいるわけではないらしい。　　〈――ちょっと、幾ら吹雪が手加減しなくていいって言っても限度があるんじゃないかしら？側から見てると虐めてるようにしか見えないのだけど〉　まさかの頭の中で雪女の声がした。　　「なにを世迷言を。お前も言ったように吹雪が修行を付けてほしいと言ってきたのだ。それに応えるのならば仕方のないことだと思うが」　　〈楽しそうに見えるわよ。貴方のことだから吹雪を傷付けないとは思うけど、考えなさいよ〉　　「……手加減はしない。そういうのに吹雪は聡い。まあ本気にもならんがな」　　〈ふん、どうだか。いざとなったら私が仲裁に入って叩きのめしてあげる〉　　「仲裁もなにも、お前は肉体を持たぬ身だろう。……まさか、吹雪の体を乗っ取るつもりなのか？」　　〈そうさせないように忠告してるのよ。……そうなる場面は出来ればない方がいいけど、いざとなった時は仕方がないわ。その“場面”の意味、烏天狗なら分かるでしょう？こんなところで使わせないようにしなさいよ――〉　雪女の気配が消え、静かで穏やかな夜の気配に戻る。　　(…………吹雪と一つになっても自我は残っているのか。いや、あの鈴があやつの依り代だったな。力は全て吹雪と一つになっただけでそれ以外は自由ということなのか……？)　雪原から雪女の気配が消えていないのだからいなくなっていないのは分かっているが、どうも不思議な感じがする。　　(……やはりあやつ、意識していなくとも気付いていたのかもしれぬな。自身の身の終わりを……)　雪女にとって大きな代償だっただろうが、自身で選んだことだ。今こうして吹雪と一つになることを選んだのも雪女自身……だが、それは雪女にとっては良かったことかもしれないが、吹雪にとって良かったことと言えるかは別だ。思い悩み、苦しみ、嘆き、それでも前を向いて歩く彼女にとっては悲劇といえる。　　(――必然だったのかもしれぬが、複雑なものよ……)　生家の床で眠る吹雪に想いを馳せながら烏天狗は暫し目を瞑った。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　陽が昇り、再び修行を再開する。　一方的にやられっぱなしで凹んでいるかと思いきや、吹雪は凹むどころかやり返す気満々で喜々としながら烏天狗に挨拶をしてきた。身体に支障もないようでグルグルと肩を回して瞳をキラキラとさせている様は鬼殺隊への入隊試験、最終戦別へ向けて修行を付けていた時を思い出す。　あの時より遥かに腕を上げている、それは手合わせをして直ぐに分かった。鬼殺隊で上位の実力と評価され、柱と同等の任務を熟しているのだから上がらないわけがない。それには吹雪自身の研鑽もあるだろうが、それでも――鬼の始祖相手となると、評価は変わる。　正直なところ鬼の始祖の実力は不明だ。始祖自ら戦っている姿を目にしたことはないし、自ら鬼化させた奴等を増やし“上弦”や“下弦”といった幹部、それにも満たない鬼達がいる。鬼達は上を目指して人を食らい被害者を増やし続ける。何の目的があってそんなことをしているかは分からないが意図はあるのだろう。　そんな得体の知れないもの相手に妖である自分との手合わせが役に立つのかは分からない。何もしないよりかは幾分マシになるだけかもしれないが、少しでも生存率が上がるのならそれでいい。　昨日は滅多打ちにあって辛うじて避けるので精一杯だったが、今日は烏天狗の動きが少し見える。とはいえ、こちらも同じように動く必要はない。相手が速いならどう迎え撃つか考えろ。自分に合ったやり方で相手の隙を作る術を、どう対処するかを。　　(待ち伏せは意味がない！直接じゃなく間接的に隙を……――そうだ！あれなら――)　今森の中を逃げ回っているのが幸いしている。天狗さんを囲うように全方位に視界を埋め尽くす程作り出して壊せば！　　「――！！」　烏天狗の視界を埋め尽くす氷塊の出現にすぐさま壊そうとするが、自発的に壊れ視界が白く染まる。と、浮いている真下に吹雪の姿があり烏天狗目掛けて飛んでくる。斬り掛かってくるかと思えば左足首を掴まれ、地面に向かって投げられる。　　(！！羽が凍って――)　体勢を立て直そうとしたが羽が凍って動かない。先程の氷塊が出てきた際に凍らされたか！　別の手段で立て直そうとしたが猛スピードで下降してくる吹雪を視界に捉えた。吹雪は片足蹴りの体勢へと変わり、蹴りをまともに鳩尾に食らい地表を突き抜け地中に埋められる。衝撃は地響きとなって広範囲に轟き、妖を初め鳥類や動物達が山中を逃げ惑う。　凹んだ地面に木々が倒れ込み覆い隠す形となり、吹雪は穴の外から様子見をしていた。　　「……や、やり過ぎた……かな……？」　烏天狗相手だからどうということないだろうと思っていたが――そんな心配をした矢先、穴から突風が舞い上がり木々が吹き飛ぶ。　　「全く……加減要らずといえど周囲に及ぶ影響は考えた方がいい」　　「……やっぱり大して効いてないか……」　平気そうな烏天狗の様子に吹雪はムッとする。そんな吹雪を見つめつつ、烏天狗は内心驚いていた。　　(人の力であれば大して効きはしないが……雪女の妖力が“馴染みやすい”身体が幸いしてか、低下どころか増している。まだ上手く使いこなせていないから安定してないが――雪女より厄介かもしれぬな)　雪女と殺り合い(やりあい)をした時は互角か向こうが一枚上手だった。速さや戦闘力で勝っていても凍らされると分が悪くなってしまうため、妖であれ自然にはやはり勝てない。そういう意味では雪女との相性は悪い。　　(窮地に立たせれば順応する読みは当たったな。どうしても日輪刀を使う鬼殺隊の戦い方が染みている分、能力に頼ることが少ない今の吹雪の戦い方は鬼殺隊として。妖の能力を活かした戦い方を覚えさせれば戦い方の幅が出来て他隊員とは違う戦略が出来る）　鬼との戦闘で命の危機を感じることはあるだろうが、実力があると直ぐに終わってしまう。その余裕が隙を生み、死が近付いてくる。その余裕を消す為に死と隣り合わせの環境に置く……それが烏天狗が考えた修行だ。その目論見通り能力で烏天狗の動きを封じて反撃し、効果があるならそれを利用し続けるはず。　　(――私がそこまで思考を巡らせてとは思っていないだろう。例え汚いのではと言われても、吹雪を生かす為だ。なんと言われようが構いはしない)　　――生かす為、か……随分と人間らしい思考だ。長く吹雪と関わったしまったが故か。　やはり元から自分は妖ながらも妖らしくなかったようだ――そう思うと気持ち的に楽になった気さえする。　　「何が可笑しいの？天狗さん」　　「……こちらのことだ。気にする必要はない。一度反撃出来たからといって気を緩めるでないぞ。ここからが本場だ」　烏天狗の言葉に吹雪の表情が引き締まる。それとは裏腹に烏天狗は始終口元に薄ら笑みを浮かべていた。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　それから五日目、六日目と経ち、最終の七日目になると吹雪は烏天狗の動きが見えるようになった。日輪刀は使わず、雪女の能力を使いこなして烏天狗と交戦していた。　山奥とはいえ災害が起こったのではと疑う程繰り広げられる闘いに、烏天狗の住処に身を置く妖は巻き込まれないように身を潜めていた。稀に力を求めて烏天狗を狩ろうとやってくる妖も凄まじい戦場と化した場では赤子も同然で消され、便乗して付いてきた妖達は脱兎の如く逃げて行き、勇ましくも立ち向かった妖は一瞬で散った。　修行に割って入ってきた他所の妖を始末し、烏天狗は地に降り立つ。　　「……邪魔をするからこうなるのだ。手合わせの邪魔など無粋な真似をしおって」　　「この妖達はなんなの？」　　「学びもせず力を求めて他の妖を狩りに来る愚かな余所者だ。此処に来た奴等は大抵私か雪女に消されるがおちだ」　　「……そう、だろうね……」　想像すると瞬殺される光景が浮かぶ。流石天狗さん達だ……。　　「…………上手く力を使いこなせているようだ。もう手合わせの必要もなかろう。もう休んで明日朝に着くように鬼殺隊の住処に戻るがよい」　　「うん。――七日間、修行を付けてくれてありがとうございました！！」　頭を下げる吹雪に烏天狗は頭を優しく叩いて飛び立ってしまう。残された吹雪は軽やかに山を下りて行き生家へと戻る。　その夜――。　吹雪の生家を山の中から遠目に見つめる影が一つ。　　「……妖とは違う気配……人か？――とはいえ、烏天狗とつるむ奴なのは確かだ。ここ数年雪女を見掛けないが、雪原は健在……。大方何処ぞをふらついているのだろう。雪女の居ないこの機会に烏天狗を仕留めて此処を我が物にしてくれよう！下位の奴等は喰らえばいい。……そうだ！！仕留めた烏天狗も喰らえば少しは力が増すのではないか？手始めにあの小娘を――」　――音がしなかった。ただ分かるのは首から下が地面に転がり血が滴り落ちていることだけ。　　「愚か者。ネズミの様に隠れようが逃しはしない」　妖の頭部を掴むのは烏天狗だった。掴む手に力が入ると指が頭部に食い込む。　　「！？な、何故だ！？何故オレが此処にいることが……！！」　　「貴様が幾度も此処に襲撃に来ているのは知っている。非力な奴から喰らっていることも。先程もいたな？その際に弱そうだと判断してあの娘を狙うであろうことも手に取るように分かる」　頭部に食い込んだ指が更に食い込みピュッと血が飛ぶ。　　「！！？やめ――」　　「――失せるがいい」　頭部は握り潰され、地面に転がった残骸を足で踏み潰す。烏天狗の左手も右手も血塗れで、腰に差す刀で妖の胴体を細かく切り、最後に飛び道具を投げる。投げた先には目玉があり、串刺しにされる。　　「…………手に取るように分かると言っただろう。最後まで愚かな」　妖の亡骸を放置しておくわけにもいかない。烏天狗は翼で風をおこし妖の亡骸を飛ばす。　亡骸を飛ばした先は自らの住処の末端。既に今日始末した他の妖の亡骸も纏められ小さな山が出来上がっている。　　「あっ！旦那！この山燃やしちまっていんだろ？」　　「ああ。頼む。……この辺りにはもう他の妖はいない。吹雪を狙っていた奴も先程始末して山に加えた」　　「よーし！燃やせー！！」　火玉や炎を扱う妖が一斉に火を亡骸の山に放つ。勢いよく燃える火の回りで小さな妖達が輪っかを作って踊り始める。烏天狗は踵を返し歩き始める。　　「火の始末は任せたぞ。山火事にはしてくれるな」　喜々としながら返事をする小物達は楽しそうに踊りを再開する。余所者がやられて嬉しがる様は妖らしい。　　(それは私も同じか。他の妖を殺そうが何も感じない)　空を飛びながらそんなことを考えていた。　長い年月の中で同族である妖を幾ら始末してきたかなんて分からない。まず一々そんなことを思いもしない上に気にもしないのだからその辺りは妖なのだろう。　やってきたのは雪女の縄張りである山頂の雪原。雪女が居なくなってからも此処から雪女の気配は消えずそのままで、ずっと吹雪いていたが今日は止んでいるようだ。目的の目印を探し暫く飛び回っていると、祠を見つける。　烏天狗はその祠の前に降り立ち、ただ静かに見下ろす。　　「…………」　何もないこの雪原にあるたった一つの祠。雪女が唯一残す戒めであり人にとって“幸せ”といえるのと同じものを証明するもの……。　　「“長い付き合いになる”……か……やはりこうなる定めだったとでもいうのか。消したとしてもお前にとっては消えないものなのだろうな。出会いもまた必然……とはいえ、吹雪を巻き込む必要はなかろう？ただの人として終わらせればよかったものを――」　自らと同じにするとは……愛情なのか独占欲なのか我儘なのか……。　　「――お前が人間を愛したように、同じ生き様を吹雪にも味合わせてどうなる。“同族”を手元に置いておきたい勝手な我儘ならお前らしいが、世話まで押し付けるその横暴には呆れる……吹雪が不憫でしかない。お前みたいな雪女はこの先現れないだろう――」　風が吹き、雪が舞い上がる。風の悪戯で祠の扉が開き、中が微かに見える。　　「――お主、よくあの雪女に恋情など抱けたな」　祠の中には氷漬けにされた男性の姿があった。　　　　　　　　「鈴の音が花を氷らせる　(十五)」　終わり
01Sep
- 【ヒーロー×一般人　五話】
  　サイタマの弟子であるジェノスとある意味衝撃な顔合わせになったが、経緯はよく分かったのでとりあえず何事もなく丸く納まった。アジサイとしては少し複雑なのだが、文句を言ったところでジェノスは何故アジサイがそんなことを思うのか理解は示さないだろう。　ジェノスと顔を合わせたその日、サイタマに話があると言われベランダに出て話をした。何を話すのかと思ったが、ジェノスが同居することになって、家を訪ねてきた時どうするか――という話だった。　カーテンと窓両方を閉めてベランダに出たアジサイとサイタマ。サイタマは気まずそうに頭を掻く。　　「俺は今まで通り来てくれる方が嬉しいけど。アジサイはどうだ？」　　「…………今まで通りに来たいけど……でも……ジェノスくん何でもするんでしょう？それ見てたら……妬いちゃうから見たくないな」　不思議そうな顔のサイタマはそのままアジサイの話を聞く。　　「――ほ、ほら！相手の為に料理作るとか何かしてあげたり……尽くすって言うと違うけど、付き合ってる人の為にしたいっていうか喜んでもらいたいというか……彼氏・彼女の特権というか…………それが弟子とはいえ全部やってるの見ると「私だってしたいのに！」って思うだろうから……」　顔を赤らめながらも説明するアジサイの言いたい事をサイタマはちゃんと理解している。要は、自分が料理や家事をしてあげたいのにそれをジェノスに取られてる事自体も面白くなくて、そもそもやってる自体で妬いてしまう――そうアジサイは言っているのだ。　アジサイがサイタマの家に来たときは必ず料理をしていた。食べた後の片付けはサイタマが進んでしていたし、お茶を淹れたりもアジサイやサイタマがしていたり、どっちかが全てやっていた訳ではない。　サイタマはアジサイの作る料理が好きだし、今まで通り家に来て作って貰いたいがジェノスが居るとそれも出来ないだろう。「俺がやるからお前は先生と一緒に座っていろ」などと言いそうだ。サイタマが料理をしていたら特に何も言わないが……アジサイが作っていたら何と言うだろう。気まずくなったり戦闘的な空気になればジェノスは間違いなく瞬殺されるだろうが……。　　――やっぱり気は進まねーか。　単純に２人きりになれないというのもある。それはサイタマも思う。ジェノスは気にしないだろうがそうもいかない。落ち着かない空間に「今まで通りに来てくれた方が嬉しい」というのはちょっと身勝手だなとサイタマは思った。　　「ん……じゃあこういうのはどうだ？俺がアジサイの家を訪ねるってのは」　今度はアジサイが不思議そうな顔をした。　　「日勤はゆっくり休んだ方がいいだろうから行かねー方がいいか。夜勤明けと休みの日、それならゆっくり２人で過ごせるだろ？」　　「……でもヒーロー活動とか」　　「大丈夫だろ。普段と変わらねーなら暇だし。……まあ俺も２人で過ごしたいしな」　　「……我儘言ったみたいでごめん……」　　「我儘の内に入らねーだろ。俺も配慮してなくて悪かったな……」　サイタマはアジサイの頭を撫でる。するとアジサイはサイタマにゆっくりと近付いて正面から抱き着いてくる。　　「本当にいいの？私の家に来てもらって」　　「おう。今度は逆だな」　そう声を掛けると抱き着く腕に力が入った。――ああ嬉しいんだな――自然とサイタマも抱き締め返し、アジサイの首元に顔を埋める。　　「でもまあ、ジェノスがいない時とかは来て欲しいかな」　　「分からないよ、居ないのか居るのかも」　　「そん時は迎えに行く。もしくは職場に迎えに行くわ」　　「うん」　ベランダとはいえ二人きりになれるのはいい。これが部屋の中だったら……まあそれは何となく想像が付くだろうからあえて言わないでおこう。このままでいたいのは山々だが、長い時間居ればジェノスが割って入ってくるかもしれないから名残惜しいがそろそろ離れよう。　互いにゆっくりと離れ、サイタマがアジサイの手を引きながらドアに手を掛ける。　　「勤務教えてもらっていいか？」　　「うん！紙に書いて渡す方がいい？」　　「んー……カレンダーに印付けるか。その方が俺も分かりやすいからな」　話しながら部屋に戻るとジェノスが見ていたが、気にせず２人はカレンダーに向かってあーだこーだと言いながら印を付けて行く。用が終わりアジサイはカバンを手に帰り支度を始める。　　「帰るのか？」　　「……うん」　名残惜しいが落ち着かない空間には居たくないようで、アジサイが帰ろうとすると見てジェノスは立ち上がりある提案をする。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　ジェノスが提案した事――それはアジサイへの手合わせの申し込みだった。故障が見受けられるから止めて今度にしたらとサイタマが提案したが、どうしてもどんな能力が使えるのか知りたいらしく頑なに譲らない。それを見てアジサイは「いいよ」と言ってしまったのだが……。　　「アジサイ。無理して受ける必要ねーぞ。あいつ手加減なんてしねーからあの辺燃えたり穴凹になったみてーにマジでくるぞ」　　「多分大丈夫だよ」　　「危ねーと思ったら直ぐに止めるぞ。……ジェノスもそれでいいだろ？」　手合わせの場所に選んだのは以前サイタマとジェノスが手合わせをした場所だ。手合わせ後そのままなので、穴も燃えて焦げた跡も残ったままだ。既に距離を取って戦闘モードになりかけているジェノスは構える。　　「さっきは不覚を取ったが今度はそうはいかないぞ。――全力で掛かるので、危険だと判断したら先生後はお願いします！」　　「人の話聞かねー奴だな……」　呆れるサイタマはアジサイに「いざとなったら任せろ」と言って少し離れたところで見守ることにしたようだ。　戦闘モードのジェノスは体から熱気なのか蒸気のようなものが出始めた。アジサイはその様子をジッと見る。　　(私に近付いてきた時も掌から何か出そうとしてたみたいだけど……)　手合わせというものを承諾したはいいが、正直アジサイは今の状況もうまく理解出来ていない。手合わせは武道とかスポーツみたいに対戦相手と競うような感じでやるものなのだろうとぼんやりとしか思い浮かべておらず、とりあえず相手を大人しくさせればいいのだろう――そう結論付けた。ジェノス相手だと下手したら死人が出るレベルだがアジサイはどう大人しくさせる気なのか。　ジェノスはいきなりもの凄い速さでアジサイに突っ込んできて殴り掛かろうとする。だが、アジサイを守るように現れた虹色の球体のバリアが拳を弾きジェノスは弾き飛ばされる。地表を滑りながら次第に止まり、次再び突っ込んできたかと思えば無数の拳で攻撃してきた。弾かれはしないもののバリアが壊れることはなく、アジサイは静かな表情のままだ。　攻撃を止め、頭上に飛び上がり踵落としを仕掛ける。かなりの衝撃だがそれでもバリアが壊れることはなくジェノスは舌打ちをする。　　(これだけの攻撃をしてもビクともしないとは――)　それにアジサイを守るバリアは奇妙だ。最初弾かれ体にとてつもない衝撃が走ったと思ったら次攻撃した時は弾かなかった上に体に衝撃が走らなかった。もしかしてアジサイの意思で変化出来るのだろうか。衝撃に強いなら熱ならどうだ！　着地したと同時に右腕を突き出し熱線をアジサイに向けて放つ。熱線はバリアに触れたと同時に爆発し、すごい衝撃と爆風が吹き荒れる。　土煙が晴れるとバリアに守られたアジサイが姿を見せ、爆風の衝撃はアジサイを中心にバリアに沿って左右に分かれて分散し地面を抉っていた。それでもアジサイは涼しい表情のままジェノスを見ていた。　　(熱も効かないのか！？)　攻撃を受けているだけなのに全て通じない上に無効化されている。肝の冷えるようなことが目の前で起こっているというのに涼しい顔でいるアジサイに少し恐怖に似たものをジェノスは感じた。　　(一般人にしては肝が据わり過ぎていないか？その辺のヒーローよりもヒーローらしいぞ)　このままジェノスの攻撃を受け続けるかと思えば――今度はアジサイが仕掛けてきた。　目で追うのも難しい速さで逆さ氷柱が地表に生えていきジェノスへと襲い掛かる。飛び退いて行く先々、周りが逆さ氷柱で埋め尽くされていきジェノスは焼却で周りを燃やす。かなりの高温だから水蒸気すら現れない筈だが、いつの間にか辺りを霧で囲まれ何も見えない状態にされていた。何を仕掛けてくるつもりなのかと辺りを窺いながら身構えていると――急に手・足首を枷で拘束されジェノスは地面に転がる。　　「――その枷、電気で出来てるからジェノスくんを一瞬で不能にさせられる」　藻掻くジェノスにアジサイが近付いてきながらそう声を掛けてきた。　　「壊れた箇所がなくても枷の電気でどうとでも出来る。まだ続ける？」　虹色の光を纏っているアジサイはまた違う印象だった。大人しい印象だったが、能力を使っている時は別人だ。手や腕を動かして能力を扱っているわけではないようだし、ただ立っているだけで仕掛けられるとは……異能超能力なのかアジサイなのかその両方か……ただの一般人というには底が知れない。　　「終わったみてーだな。まだやんのか？ジェノス」　勝負あったと判断してサイタマが２人に近付いてくる。　　「……いえ。十分です。時間を取らせて悪かったな、アジサイ」　　「ううん」　電気の枷が消え、ジェノスは解放される。立ち上がり一礼して、サイタマに「修理に行ってくる」と伝えて去って行った。　残されたアジサイとサイタマは互いに顔を合わせる。　　「……帰るか。ちょっと俺のとこでゆっくりしてから帰るか？疲れたろ」　　「うん……少し……」　苦笑するアジサイに疲労感は見えないが、ジェノスとの衝撃的な顔合わせでの精神的なダメージの方が大きそうだ。少しだけとはいえ不安にさせてしまったし、もしかしたら自分の事が好きではなくなったのかと思わせていたらそれは違うと訂正しておかないといけない。　手を繋いで帰りながらサイタマは考えていた。　自らの能力に対しての反応、ジェノスの事を説明しようとした時に放った言葉……。　　――…………引かないの？おかしな能力使えるんだよ？　　――……ほ、他にそういう人が居るならっ……言ってくれればっ……！！　意識はしていないのかもしれないが、生まれつき使える不思議な能力を持つ自分へ抱かれる恐怖感、愛想をつかされることは必然のように思っている節――自分は想われる対象ではないのかもしれないと思っているのかもしれない。それを言えばサイタマも怪人を一撃で倒してしまったり、常人離れした身体能力もそうなるのかもしれないが……そんな風に考えたことも思ったことも正直サイタマはない。　　(まあ、誰かに知られたところで相手がどう思おうが俺の知ったこっちゃねーしな)　だがアジサイは怖がられるのは必然のように思っている。もしかすると、能力を使っているところを見られて「怖い」とか「化け物」とか言われたことがあるのだろうか。　　(……俺は何とも思わなかったけどな。普通にスゲぇって思っただけだし、それよりアジサイに「好き」って言われたことの方が嬉しかった)　もしかしたらサイタマに知られたその時は嫌われたり怖がられたりする、と思っていたのだろうか。もし今もいつか愛想をつかされても仕方ないとか心の奥底で思っているのなら、それを払拭してやりたい。そんなことある筈がないのに……どれだけアジサイの事を好きだと――愛しいと想っているか――。　その気持ちを伝えたくて歩みが早くなりそうになったが、アジサイに変に思われないよう抑えた。少し後ろを歩くアジサイに視線を向けると、サイタマの視線に気付いたアジサイが顔を上げて微笑み返してくる。　　(…………可愛い……)　自身の能力を隠していたらこんな表情を見せてはくれないだろう。理解して受け入れているサイタマにだからこそ見せてくれる様々な表情・仕草、アジサイが気を許してくれているからこそ見せてくれるものであって見られるもの。それはきっと当たり前の日常と同じように何気ないけど大切なもの……それを無くすことはサイタマにとってより空虚さを倍増させるだけ。　アジサイは――自分が守らなければ――。　サイタマの住むマンションに戻り部屋へと上がるとサイタマは台所に立ちお茶を淹れる。アジサイは部屋の奥で座ってサイタマを待つ。　　「茶、熱いからな」　　「ありがとう」　アジサイの目の前に湯呑みが置かれ、それを手に取り息を吹き掛け冷ましながらアジサイは口を付ける。何口かお茶を飲むと、後ろからサイタマの手が伸びてきて湯呑みを手の中から取り上げて自分の分と一緒に机に置いた。するとお腹に手が回ってきて机から少し離れたところに座る。後ろから抱き締められた格好になり、急なことにアジサイの頭には「？」しか浮かばない。　　「サ、サイタマくん？どうしたの？」　　「ん？……んー……なんとなくだ」　アジサイの左肩に顎を乗せ、頬同士をくっつける。　　「…………なんか、変な感じだな」　　「え？」　　「俺の部屋で２人きりなんていつものことなのに、これからはあんまりそう出来ねーんだなと思ってな。……まあ、俺がジェノスを部屋に置いちまったからなんだけど」　　「…………」　　「だからアジサイとの時間がスゲぇ大切だって分かった。当たり前みてーに過ごしてたけど、変わるとなるとより分かるもんだな」　サイタマの言葉にアジサイは微かに目を大きくした。　　「あとさ――アジサイ、能力のことでいつか俺に嫌われても仕方ないとか思ってねーか？」　　「――え……」　　「付き合うことになった時とか、ジェノスの事知った後俺に言ったこととか……どっかで思ってんのかなーと思ってさ」　アジサイは何も言えなかった。サイタマに言われたことは的を射ているから。何気ないことから察して問いかけただけなのかもしれないが、不安要素を言い当てられた時どうすればいいのか……アジサイは黙ることしか出来なかった。　問い掛けたらアジサイは黙ったままだった。普段は余り意識していないのかもしれないが、何かの拍子に考えてしまう程度のものだとしても不安に思っているのはアジサイの反応からして確実だろう。自分と居る時はそんな不安を抱いていてほしくない。　サイタマはアジサイの耳元に顔を寄せ囁く。　　《俺はスゲぇとしか思ってねーけど、不安か？》　　「…………ありのままをサイタマくんが受け入れてくれてるのは分かってる、けど……少し、不安はある……。普通はこんな能力誰も持ってないでしょう？普通の女性の方がいいって言われたら……私は、なにも言えないし……」　後半はぼそぼそと声が小さくなっていった。アジサイが不安に思っているのにこんなことを思うのはダメだと思うが、サイタマはそんな姿さえも可愛く、愛おしく想う。　サイタマは耳を隠す髪を掻き分けて耳を露わにすると輪郭を唇でなぞる。続いて舌先でなぞり、耳朶を甘噛みする。腕の中にいるアジサイは微かに体を震わせて刺激に耐えている。　　《普通ってなんだ？能力があってもなくてもアジサイはアジサイだろ？なら、今のアジサイが普通だろ》　ペロッと耳を舐めるとアジサイが小さく声を上げた。　　「～～っ！！み、耳元で喋らないで……！！」　　《アジサイが思ってる以上に俺はアジサイに首ったけだから心配するな。……はぁ、可愛くて、愛しくってのはこういうことなんだろうな……》　アジサイが耳や俺の声、耳元で囁かれるのに弱いのを分かっててそうする。俺を好きだと、愛しいと言ってくれるから彼女は俺にだけそんな姿を見せてくれる。だから自分も精一杯かもしれないけど伝えたい。能力があろうとなかろうと“アジサイ”という君のことが好きで、愛しいのだと。　　《――じゃあ、不安が消えるまでずっと言うぞ。俺はアジサイが好きだ。好きを超して愛しいって思ってる。こんなこと想えるのもアジサイだからだ》　今度は右耳に移動し、髪を掻き分けて耳を露わにすると耳元に顔を寄せる。　　《あんまりこういうこと言うと引かれると思って言ってねーけど……自分で思ってる以上に俺独占欲ってもんがあるみてーだ。だからアジサイを独り占めしてーって思う》　言い終えて耳を甘噛みするとアジサイは体を震わせた。何を思ったのか、アジサイが身を捩らせてサイタマに顔を向けてきた。上気した頬に顔全体を微かに赤らめながら上目遣いでサイタマの顔をジッと見つめてくる。　　「…………」　　「どうした？」　アジサイは何も言わずにサイタマの首に両腕を回して抱き着いてきた。　　「……好き……好き…………本当に、ずっとサイタマくんのことが好きなの……！」　　「……ああ、知ってる」　　「サイタマくんになら好きなだけ独占されてもいいよ。もうこんな気持ち、サイタマくん以外に想えないよ……絶対！」　更にギュッと抱き着いてきた。　　「だから、もう――」　　「――離れるわけないだろ。言われたって手放さねーよ」　右腕をアジサイの体に回し、左手で頭を支えながら床に優しく寝かせサイタマはアジサイの上に覆い被さる様にして目を真っ直ぐ見つめる。　　「だから安心しろ。俺もずっとアジサイのこと好きだからな」　俺がそう言うと、目を見開かせた後穏やかな微笑を浮かべた。――あぁ、キレイな笑顔だな。この笑顔を見る度に“守りたい”と強く思う。　自分の能力で誰かに遠ざけられたりすることがあったとしても、必ずじゃない。少なくとも俺は能力使えることがアジサイにとっては普通で、それも含めて好きになったんだから遠ざける理由はない。それを分かってもらおうと本心を伝えたが……分かってくれたんだろうか。　今目の前の笑顔を見ると、不安そうな感じはしない。分かってくれたのだろう。　今は目の前の彼女を愛でていたいと、優しくキスをした後暫く夢中でキスに酔いしれた。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　サイタマの部屋にジェノスが同居することになりアジサイとサイタマの日常に色々と変化はありつつも、交際に支障はなかった。変わったのは、サイタマがアジサイの部屋を訪ねる頻度が増えたこと。そしてアジサイがサイタマの部屋を訪ねる頻度が減ったことの２点くらいだ。　それもあって、部屋のキレイさを保とうという意識が上がった。　――というわけで、玄関先に少し彩りを加えようと雑貨店へとアジサイはやってきていた。　　「うーん……小さめの植物を置くか小物を置こうかどうしようかな……多肉植物とかサボテンの方が水やりとかそんなにする必要がないから、緑もあっていいかな……」　女性に人気の雑貨店があると同期のアキノが言っていたのを思い出して足を運んだはいいが、思ったより種類が豊富でそれに可愛いので絞るのも大変だ。大幅な部屋の模様替えというわけではないので見合った物を絞りやすいが、種類が多いとどうしようか迷うものである。　　「仕事してると植物だと枯らしそうって思うけど、サボテンなら定期的に水やりする日を決めてやれば大丈夫そうだね」　大きいものから小さいものまであるサボテンの中から、アジサイは小ぶりなものを２つ手に取った。丸いフォルムのものと縦長のものを選び、精算しに行く。　それからそれぞれの階を見て回っていると思いの外時間が経っていて、雑貨店に３時間も滞在してしまった。腕時計を見ると丁度１５時で、そろそろ帰ろうと外に出ようとした時、外が騒がしくなり爆発音のようなものが聞こえてきた。急いで外に出ると建物や歩道、店先見境なく爆発が起こり人々が左から右へと駆けて行く。　　「な、なに？なんで急に爆発が――」　爆発の範囲がこちらに迫りつつある。パニックになった人波が押し寄せてきて流されそうになるが、建物の壁際へと移動してかわす。　　「――俺と戦え！サイタマ！」　え――今“サイタマ”って――。　上を見上げると、男性が宙を跳び回って何かを投げて街並みを破壊している。投げてるのは……手裏剣？手裏剣が爆発してるというの？　　「あの人「サイタマ」って……まさかサイタマくんが此処に！？」　一般人は大半その場から逃げたみたいだが、まだ駆けて来る人達がいる。中には身動きが取れずにその場に蹲ったり隠れている人が何人か残っている。あの手裏剣投げてる人……どういうつもりで破壊なんて真似してるの？　アジサイは人波に逆らって駆け出し、サイタマの姿を探す。　子供を庇うように抱き締めて蹲っている親子の横を通り過ぎようとした時、頭上で爆発が起こりガラスやコンクリートの欠片等が降ってくる。アジサイは親子の側に立ち、バリアでガラスやコンクリートの欠片を弾き消してやり過ごす。　　「――大丈夫ですか？ここは危ないですから早く離れた方がいいですよ」　　「……あ、貴女が助けてくれたの？建物の瓦礫は？」　　「それは大丈夫です。早くその子と一緒に今の内に逃げてください」　　「お、お姉ちゃん、ヒーローなの？？」　　「私はただの通りすがりよ。お母さん、早く！」　アジサイの言葉に母親は頷いて子供の手を引いて走っていく。距離が十分取れたのを見てアジサイは再び爆発が酷い現場へ向かって駆け出す。すると爆発とは違う音と振動がして爆発が止んだ。空から降ってきた人物が盛り上がったコンクリートの上に降り立つ。靡く白いマントと黄色のヒーロースーツ、サイタマだ。「……これで仕事をしたことになるのかな」「サイタマくん！」「？……アジサイ？なんでここに？」買い物で来ていたとの旨を伝えると、サイタマはムッとしてアスファルトに埋まる人物に目を向ける。「ソニックの野郎……アジサイまで巻き込みやがって。もっと強めにしとけば良かったぜ」「知り合いなの？その人」「なんか俺にしつこくちよっかい仕掛けてくる奴だ。仕事は終わったし、帰るか」　自然と手を差し伸べてくれるサイタマの右手にアジサイは手を添え、手を繋いで帰っていく。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　自宅まで送ってくれるというサイタマの言葉に甘えての帰路、何を買いに来ていたのかという話になりサボテン２つを買って色々なお店を回っていたと伝えた。　　「サボテン？なんでまた」　　「玄関先に何か置きたいって思って、思い付いたのが植物だったの。看護師だと帰ってくる時間もバラバラで枯らすのはかわいそうだから、サボテンなら毎日の水やりはいらないし、何時水やりするか決めておけば大丈夫だからいいかなと思って」　　「なるほどなぁ」　　「……前よりサイタマくんが来る頻度が増えるなら、少しでも彩りある方がいいかなと思って。安らげる方がいいし、緑があるとよりいいかなと思って」　頬を染めながら言うアジサイの横顔を見下ろすサイタマの視線に気付き、アジサイは慌てる。　　「そ、それに私の部屋物が少ないし！サボテンが増えたところで大して変わらないかもしれないけど、ちょっとは変わるかなと思って！」　　「俺は十分だと思うけどな。キレイだし、なによりアジサイがいねーとゆっくもできねーだろ」　　「……そ、そう、かな」　　「そうだぜ。アジサイと過ごせねーと俺は癒しは感じねーかな。１人でいるのもいいけど、アジサイと２人で過ごす方が多いから、逆に違和感感じるわ。今はジェノスもいるしな」　前と違う環境の変化をすんなりと受け入れて戸惑う素振りもない。強くなりすぎたことにより何も感じないとは言っていたが……全ての感覚がなくなったわけではないようだ。本人にその自覚があるかは分からないが。　　「……良い変化だね。賑やかになって」　　「そうだな」　横顔からでは感情を窺えないが、悪い気はしないようだ。少しでも彼の日常に彩りが添えられるならそれでいい。　ふと空を仰ぐと、夕暮れの空と青空が混じったなんとも言えないキレイな光景が広がっていた。　変わっていく空模様同然日常も変わる。ふと気付いた時に案外良いものだと思う時がある。それと同じように、これからの毎日が良いものであり続けますように――そう祈りながらアジサイはサイタマの手を握り直した。　　(大きくて温かい手……それにゴツゴツしてて私の手とはずいぶん違う。この手が、たくさん助けてくれてるんだよね)　指を動かしてサイタマの手の感触を感じながら、指を撫でる。ヒーロースーツの赤い手袋？の上からでも分かる自分の手を触っている時には感じないゴツゴツとした男性の手につい夢中になって撫で続けていたら咳払いが聞こえてきた。　　「……触って貰えるのは嬉しんだけどさ。逆に照れる……」頬を掻きながら言うサイタマの言葉にハッとしてアジサイは撫でるのを止める。　　『…………』　付き合って３年は経っているのに時折お互いに初な反応をする初々しさが、この２人にはある。端から見れば本当にそれなりに付き合ってんのか？と不思議がられるだろうが、経験値は互いに足しても多いとは言えないだろう。　　「――……喉乾いた……早く着かねーかな」　沈黙が耐え難かったのか、サイタマの独り言がハッキリと聞こえた。繋いだ手を握り直し、アジサイは微笑みながら言った。　　――もう少しだから。着いたら冷たい飲み物出すね。　サイタマは頬を緩め、アジサイの顔を見つめた。　何気ない会話。そんなやりとりでさえ心が動く。色々と周りの環境は変わったが、アジサイと過ごす何気ない時間は変わらないでいて欲しい。そんな願いを込めてサイタマは繋いだ手に力を込めた。優しく、包み込むように。　　　　　　　　【ヒーロー×一般人五話】終わり
30Aug
- 【ヒーロー×一般人　四話】
  　夜勤明けの今日はサイタマのところには寄らず、アジサイは真っ直ぐ家へと帰った。帰宅してから少し仮眠を取り、昼食の用意をしているとリビングのテレビからアナウンサーの声が。　　[Ｆ市で暴動を続けるテロリストは“桃源団”と名乗っており……]　テロリストなんて物騒なワードが聞こえてきてテレビを見る。　　[――たった今犯人グループの主犯の身元が判明しました。Ｂ級賞金首のハンマーヘッド。これまでにも数々の暴力事件を起こしており……]　主犯の男の写真が画面に現れる。彼を筆頭に構成員が結成されているようだが、構成員は全てスキンヘッドで構成されているらしい。スキンヘッドを見掛けたら直ぐにその場を離れるようにとアナウンサーが注意を促す。　　「……これじゃサイタマくんも勘違いされる。サイタマくんも同じニュース見てるかな……」　もし見ていたらテロリスト達を倒しに向かっているかもしれない。無茶していないといいが……。　気にはなりつつも、その日は家でジッと過ごすことを決めてアジサイは大人しくした。　それから数日、連勤でサイタマと会えていない日が続いていた。今日は休みだが掃除や片付けで忙しくて会いに行けず、食材や日用品の買い出しで昼から出掛けていて気付いたら夕方になっていた。夕焼けを見ながら土手を歩いていると後ろから声を掛けられた。サイタマだ。　　「なんか久しぶりだな、アジサイ。買い物の帰りか？」　　「サイタマくん！うん、買い物の帰り。サイタマくんは？」　　「俺？……今日“ヒーロー協会”のヒーロー認定試験にジェノスと行ってたんだ。両方受かってセミナー聞いて帰ってるところだ」　話をしながらさりげなくアジサイの左手から荷物を取り、空いた右手でアジサイの左手を握る。　　「ヒーロー協会？そんなものがあるの？」　　「ああ。……趣味でヒーローやってても、協会のヒーロー名簿に登録されてなかったら妄言を吐く変態……としか認識されねーんだと」　それに世間一般でいうヒーローはヒーロー協会に所属しているプロヒーロー達で、更にプロヒーローに入るとランキングが付くらしく、それぞれ“Ｃ級”・“Ｂ級”・“Ａ級”・“Ｓ級”とあるらしい。ジェノスはＳ級、サイタマはＣ級との結果がきたらしい。　　「じゃあ、協会に入ったんだから変わらずヒーロー活動が出来るってことなんだよね？」　　「まあな。……なんか俺がなりたかったヒーローと違う気が……」　　「…………」　アジサイは繋ぐ手に力を加える。　　「……ヒーローって誰かの許可を得て名乗るものじゃないと思うけど……でも世間がそうしないとヒーローなんて言っちゃいけないなら形だけそうして、あとはいつも通りサイタマくんがやってたように活動してればいいんじゃないかな？私はサイタマくんに何度も助けられてるから協会とか入ってなくたって私にとっては“ヒーロー”なんだけど……んーっと……」　何をどう言えば励ましになるのか考えるが上手く言えない。唸るアジサイにサイタマはぷっと笑う。急に笑うのでどうしたのかと思ったが、先程まで悩んでいた表情ではなく晴れたような顔をしていた。　　「……サンキュ。なんか楽になった」　　「私あんまり力になれないかもしれないけど、何でも言ってね。話して楽になることもあるし、私もサイタマくんの力になりたいの」　　「おう。そん時は聞いてくれ」　　「うん！」　途中までで良いと言ったがサイタマは部屋まで行くというので、お言葉に甘えて部屋まで荷物を持ってもらいしまってもらった。久しぶりに会えたからもっと一緒に居たいが、言ってもいいものかと考えているとサイタマが「泊まっていいか？」と言ってきた。嬉しくて満面の笑みで承諾すればおかしそうに笑われたが、サイタマも嬉しそうだった。　あとはもう寝るだけの状態でテレビを見ていると、サイタマがちょっかいを出してきてアジサイをくすぐり始めた。　　「ちょっ、ちょっとっ、サイタマくんっ……あははっ！くすぐったいよぉ！あっはははっ！」　　「アジサイ横腹弱いのな」　弱い箇所を見つけて悪戯をしてくるサイタマの両手を掴んで止めようとしたらソファに倒れ込んでしまい、サイタマに覆い被さられた状態となる。　　「やめてやめてっ！本っ当にやめてっ！笑い死んじゃう！」　　「…………」　　「？サイタマくん……？」　急に大人しくなったと思ったらサイタマはアジサイの胸元に顔を埋めるように抱き着いてきた。そして空気を一杯吸い込み、ゆっくりと吐き出す。　　「…………アジサイって良い匂いするよな」　　「そ、そうかな？私はよく分からないけど……」　　「すっげぇ良い匂い……落ち着く」　胸元から顔を上げたら今度は首筋に移動し匂いを嗅がれる。息が首筋や耳を掠め、伝わる微かな刺激にアジサイは小さく声を漏らす。　　「アジサイ。甘えていいか？」　　「い、いいけど……」　――アジサイは思う。サイタマを好きになったのは中学時代の時に助けてもらったことがきっかけの一目惚れ。それにはサイタマの声も関わっている、と。普段の声も好きだがこうして２人で居る時に聞く真剣な声音の声には胸がときめいて顔が熱くなる。先程の「甘えていいか？」――にも胸がときめきドキドキした。　何だか始終ときめいているのではないかと思うくらいの心臓の跳ね具合に、サイタマを好き過ぎる自分はおかしくないか？大丈夫か？と思う。　　(う～……もう全部……好き……)　顔を覆い内心悶えていると、手首を掴まれて手をどけられ顔を覗き込まれる。　　「なんで顔隠すんだ？」　　「いや、今酷い顔してるだろうからちょっと……」　　「よし。寝室行ってマジマジと見るか」　簡単にアジサイを横抱きにするとサイタマは寝室へと向かう。電気とテレビとエアコンを消し、２人は寝室へと消えた。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　珍しく連休で何をして過ごそうかと考えながら朝食の用意をしていて、ふと以前蚊の集団騒ぎの際にサイタマが服を燃やしたと言っていたのを思い出した。日頃の感謝を込めてサイタマの服を買いに行こうと思い立ち、アジサイは出掛ける準備をする。　お店が立ち並んで賑わう場所に来るのは久しぶりだ。化粧品や服、履物や装飾品に日用品、家具、必要なものを買う時に街に出ることはあるが、看護師の仕事をしていると中々行く機会を作るのも大変で久しぶりの外出にちょっとウキウキしているアジサイである。　それに今日はサイタマの服を選びにきたというのもあってか、ソワソワしている。男性に服を贈るなんて初めてだからちょっと緊張もある……。　　(良い服が見つかるといいな)　お店を探して歩くアジサイに不審な影が忍び寄っていた。　街並みを歩くアジサイをビルの屋上から見つめている人物が居た。　　(あの女……確か少し前サイタマと並んで歩いてた女だな)　あれは偶然だった。住宅街を歩く宿敵サイタマと手を繋いで歩く女を目撃した。一緒にいるところをみるとサイタマとそれなりに深い仲のようで、サイタマを脅す良い駒になりそうだと感じた。見たところ武道の類の心得もないようだし、簡単に捕まえられそうだ。　　(なるべく人目を避けて油断してる時に攫うのが一番だな)　暫くは遠目で女の動向を窺うしかない。　２時間悩んだ末に選んだ服が入った紙袋をアジサイは大事そうに抱えていた。サイタマの着ている服を思い出しながら着そうなものをなるべく選んだのだが……サイタマは着てくれるだろうか。　鼻歌なんて歌いながら気分良く帰っているアジサイは忍び寄っている影に全く気付いていない。　街から移動して家のあるＺ市に戻ってきたアジサイの後を付いてきている忍者風の男は機会を窺っていた。横断歩道を渡って右に曲がり、人通りの少なくなった歩道を無防備に歩く女に忍者風の男は口角を三日月のように広げて笑う。　　(今だっ！！――)　ものすごい速さでアジサイに近付いて首後ろを狙って手刀が入ろうとするが、バチッと音がしたと同時に忍者風の男は弾き飛ばされ、近付いてきた時の倍の速度で何本もの電柱をへし折りながら飛ばされていく。　　(――な、なんだとっ！？あの女何しやがったっ！！？)　　「今何か弾き飛ばされたけど……何だったのかな？」　首を傾げるアジサイが気にしたのも一瞬で、特に気にすることなく歩き始めた。忍者風の男が何処まで飛ばされたかは分からない。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　連休２日目。アジサイはサイタマの家を訪ねる為に昨日買った服を持って向かっていた。どうせなら見てもらって着れそうかどうか判断してもらいたいというのと、一番はサイタマが気に入ってくれるかどうかが最大の問題だからだ。気に入ってもらえなかったら意味がない。　　(あれ？サイタマくんの住むマンションの前……こんな穴凹あったかな……？)　それに周りも道路が割れていたり凹みが見られる。怪人と戦った跡だろうか。　久しぶりにサイタマの部屋に来たというのもあってかちょっと緊張する。アジサイは今一度身だしなみを整えてドアをノックした。何だか慌てた様子の音がしながらドアの向こうが静かになる。そしてドアが開きサイタマが顔を出す。　　「おう。おはよう」　　「おはよう、サイタマくん」　いつもの流れで中に入ったはいいが、玄関先から何やら違和感を感じた。　　(……なんだろう、この感じ……)　廊下を歩いて台所が見える場所に差し掛かった時――人影が見えてアジサイはそっちを見た。するとピンク色のエプロンを付けた男性が洗い物をして台所に立っていた。……男性、なのだが体付きが機械でロボット感が拭えない。　　(え――誰……？？)　エプロンを付けた男性もアジサイに気付いて視線が交わる。　　「先生。客というのはこの女ですか？」　先生――サイタマの方を向いて彼はそう言った。　　「おう。……？アジサイ？どうした？」　台所に居る機械っぽい人物をガン見して固まっているアジサイにサイタマは声を掛ける。だが反応がなくずっと台所の人物を見ている。　アジサイは今一度状況を整理した。サイタマの部屋に入って行くと台所には機械っぽい人物が居て、奥の部屋にはサイタマが居る。玄関先から感じていた違和感は……靴だろう。人が増えているのだからそれは当然だ。　そして台所にいる人物はエプロンをしている。しかも洗い物をしている。………………これは、あれですかね……台所の人物がサイタマの世話を焼いていると見ていいのだろうか。　え――ということは――。　　「――サイ。アジサイ、どうした？」　瞬間とはいえ物思いに耽っていたらしい。サイタマに呼ばれ現実に引き戻されたアジサイだったが、サイタマと台所の人物を交互に見ながら一歩ずつ後退る。　　「…………あー……私、出直してくるね……」　　「え？」　　「じゃあ……お邪魔しました……」　後ろ歩きしながら玄関へと戻り、靴を履いて器用に後ろ手でドアを開けてアジサイは部屋を出て行った。　サイタマは今何が起きたのかよく分からなかった。自分と台所の人物を交互に見ながら去って行った――。　　「――待て待て待てっ！！勘違いしてねーかっ！？アジサイ、ちょっ、待てってっ！！」　サイタマが青い顔をして慌ててアジサイを追い駆ける。その慌てぶりに台所にいた人物は目を向いた。　アジサイはマンションから出て遠ざかろうとしていた。ものすごい速さで階段を駆け下りてきたサイタマはアジサイの前に滑り込む。　　「何か勘違いしてねーか！？あいつは弟子にしてくれって言ってきたジェノスってサイボーグで！！」　　「うん、弟子志願者がいるってこともジェノスって名前も聞いたよ。「先生」って呼んでたし、多分その人だろうなって見当が付くけど…………本当にその人か分からないし………………エプロン付けて洗い物してるってことは……靴もあったってことは、一緒に住んでるの……？」　　――あ……ヤベぇ……。　サイタマはアジサイに弟子志願者が家に巨大荷物を背負って「ここに住んでいいか？」と押し掛けてきたという経緯を話してなかった。確かに部屋に入った瞬間見知らぬ奴がいてエプロン付けて洗い物をしていたら――靴が増えてたら――思うだろう。もしかして自分以外とそんな関係の人物が出来たのか、と――。　　「違う誤解だってっ！！男に興味ねーしっ！！ちゃんと全部話すから頼むから話聞いてくれっ！！」　　「……満足、出来なかったってこと、だよね……私はっただのっ……！！」　ボロボロと泣き始めたアジサイにサイタマはどうすればいいのか分からなくなった。　　「ち、違うっ！！ジェノスとはそういうんじゃなくて……」　　「……ほ、他にそういう人が居るならっ……言ってくれればっ……！！」　　「本っ当違うからっ！！頼むから話を――」　　「――サイタマ先生を困らせているとはどういうつもりだ。貴様」　いつの間にか外にやってきていた台所に立っていた人物――ジェノスは２人に近付いて行く。　　「先生が「大事な客」だと言うから大目に見てもいいと思ったが……走らせた挙句困らせているとなるとそうはいかない」　　「違うんだジェノス。これは俺が――」　　「女だからといって手加減はしないぞ。先生は忙しいんだ、さっさと帰ってもらおうか」　ジェノスは右腕を上げ掌をアジサイに向ける。　　「おい止めろって！」　　「聞こえなかったのか。さっさと――」　　ドゴォンッ！！　ジェノスの体が前傾に倒れ引き込まれるようにコンクリートを通り越して地中に埋まる。右腕を上げて直立した人の形に空いた穴をサイタマが覗き込むと、かなり深く埋まっていた。見事な瞬殺である。　　(そういやアジサイ、異能以外にも普通に超能力使えてたな)　危険を察知して無意識に使ったのだろう。能力を使っている時に現れる虹色の光をまだ纏っているということは、ジェノスに対してまだ発動中ということだ。　　「ア、アジサイ……一先ず部屋に戻って話聞いてくれ。ちゃんと説明する」　　「…………」(頷く)　少し落ち着いたのか、涙を拭いながら鼻を啜っている。サイタマがおそるおそるアジサイの右手を握るが拒否はされなかった。拒否されなかったことにサイタマは安堵しつつ、アジサイの手を引きながら自分の部屋へと戻っていく。ジェノスはアジサイの能力で埋まった穴から引き出され、宙に浮きながら２人の後を付いていく。　宙に浮くジェノスには意識がなく、見事アジサイに瞬殺されたのであった。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　サイタマの部屋に戻り、今の状況になった経緯を順を追って説明するサイタマの話をアジサイは時折ティッシュで鼻をかんだり涙を拭いながらも聞いていた。　ジェノスは部屋に戻って暫くしたら意識を取り戻し、サイタマの近くに正座してアジサイを観察し始めた。地中に埋め込まれた影響で顔にヒビが入っていたり、体全体に何らかの支障はあるようだが、今すぐ修理に行くつもりはないらしい。　　「――……話さなくて悪かった……。タイミングなかったとはいえ誤解させちまって」　　「……私の方こそ、ごめんなさい……。気が動転して……」　　「いや今回は俺が全面的にワリぃから、アジサイが謝る必要ねーよ。――ただ言っとくと、俺男に興味ねーからな。そこは理解してくれると救われる」　同性に対してのところはあまりにも必死で、その姿にアジサイはクスリと笑う。アジサイが笑ったのを見てサイタマもようやく安心して穏やかな表情になった。サイタマはアジサイに近寄ると頭をポンポンして撫でる。　　「先生に彼女がいたとは……流石です！先生！」　良い感じの雰囲気を壊すジェノスを振り返るサイタマはいつになく間の抜けた表情で弟子を見る。ジェノスはジェノスで何を書いているのかノートに書き記している。　　「お前少し前まで燃やす気満々だったじゃねーか」　　「かなり焦った様子で追い駆けていたので、てっきりこの女と過去に何かあり、サイタマ先生を慌てさせる程の弱みを握っているのかと思ったんですが。先生は何やら困った様子でしたし、泣き真似で攪乱させて返り討ちを狙っての芝居なのかと」　　「よくそんな考え思い付くよな……つーか修理行かねーのか？結構ボロボロだぞ」　　「――それについて聞きたいことがある。アジサイ、といったか……あの時俺に何をした？怪しい動きはしていなかったように見えたが」　ジェノスは厳しい目でアジサイを見やる。アジサイは鼻をかんでいて、かみながらジェノスに視線を向ける。　　「？……なにって……貴方にかかる重力を倍にして地中に埋めただけ……」　　「重力を操ったというのか？アジサイもヒーローなのか？」　　「アジサイはヒーローじゃねーぞ。生まれつき不思議な能力が使えるんだと。アジサイ自身もよく分からねーらしくて」　　「分からないから、サイタマくんが言ってくれた「異能超能力でいいんじゃないか？」って言葉にそれでいいねって話してて万事解決したものね」　　「おう」　ちょっと得意気なサイタマにアジサイは笑顔を浮かべる。　異能超能力――馴染みのない言葉にジェノスは思考する。　　(どんな能力なんだ？サイタマ先生は見慣れているみたいだが、彼女も先生同様普通ではないということか)　生まれつきとなるとどうして使えるのか本人も説明出来ないだろう。怪人を一撃で倒すサイタマの次元の違う強さのようにアジサイの能力も次元が違うのだろうか。現在ヒーロー協会に所属しているプロヒーローにも２名超能力を使う姉妹がヒーローとして登録されているが……。　　(だが彼女はヒーローではない……)　ほんの少し前までサイタマも趣味でヒーロー活動をしていたのだ。ヒーロー協会に属さない一般人でも実力者がいる、ある一点に強者が集うわけではない――そういうことか。　　(遅かれ早かれ、いずれはアジサイの能力を目にする時がくるか……)　地中に埋まったのは不覚だったが、もし次があった時はそうはいかない――ジェノスの中でアジサイにリベンジを仕掛ける算段が生まれた。　　「普段から能力を使っているのか？」　　「普段は使ってないですよ。たまに怪人と遭遇した時しか能力は使ってません」　　「怪人を倒しているのか？何故ヒーローを呼ばない？」　どう答えたらいいものかと悩むアジサイだが、ポツポツと話し始めた。　サイタマと再会する三年前よりも前から怪人は出現していた。もういつから怪人と遭遇するようになったかなんて覚えていないが、最初は怪人と遭遇してもどう対処していいか分からなかったから逃げていた。だがふと、能力でバリアを張ればいいのでは？――と思いそうしたところ、怪人が自分自身に危害を加える前にミンチになった。それから普段もバリアを張るようになり、怪人と遭遇しても対処出来るのでそうしているという。それにミンチとなった怪人を処理する為に燃やせば環境美化になると気付き、今もミンチや自分で倒してしまった怪人は能力で燃やして処理しているという。　　「…………(災害レベルも気にせず倒しているのか？)」　話を聞いているだけだとサイタマとなんら変わりない。趣味でヒーローをやっているかいないか、進んで活動しているか偶然遭遇して倒すか、倒しているのはサイタマの方が多いだろうが大して変わらないかもしれない。　しかも、ヒーロー協会の存在すら知らなかったというではないか。サイタマと一緒に居る時に怪人と遭遇すれば予想外なこと(サイタマの両手が塞がっている等)がなければサイタマが倒してくれるし、それで今まできていると聞いてジェノスはアジサイもサイタマ同様の実力者だと認識を改めた。　　「そういや、アジサイがさっきから持ってるその紙袋何が入ってるんだ？」　話が終わったと判断してサイタマはアジサイに声を掛けた。部屋を訪ねてからずっと持っている紙袋……聞こう聞こうと思ってやっとタイミングがやってきて聞けたからかソワソワしている。サイタマに話を振られてアジサイも紙袋の存在を思い出したらしく、ハッとした様子で紙袋をサイタマに向けて差し出す。　　「前、服が全部燃えちゃったって言ってたでしょう？着る服が減ったら困ることもあると思って服買ってきたの。気に入ってもらえるといいんだけど……」　　「いいのか？もらって」　　「うん！」　紙袋を受け取りアジサイに確認を取って中身を取り出す。包装を取って中から出てきたのは燃えた服と似たデザインの半ズボンと半袖だった。色は半袖が薄めのオレンジ系、半ズボンはカーキー色だ。　　「おお！同じデザインのやつ選んでくれたのか？」　　「ど、どうかな……？」　　「ありがとうな。大事に着る」　嬉しそうに服を広げて見つめるサイタマにアジサイも笑顔を浮かべる。良かった！気に入ってくれたみたいだ。　そんなやりとりをしているサイタマとアジサイを眺めるジェノスは不思議だった。傍から見れば何気ないやりとりをしている彼等は普通の人間に見える。だが場面が違えばサイタマは悪を一撃で倒せる強さを持つヒーロー、アジサイは一般人だが不思議な能力で自身の身も守れて怪人も倒せる不思議な女……普通の人間の筈なのに次元の違う彼等と並ぶには自分はどのくらい強くなればいいのか――。　師匠であるサイタマの強さに近付くイメージが湧かないと手合わせで感じたばかりだというのに、アジサイに対しても似たような感情を抱いてしまい、ジェノスは複雑な想いでサイタマとアジサイを見つめていた。　　　　　　　　　　　　【ヒーロー×一般人　四話】　終わり
28Aug
- 【ヒーロー×一般人　三話】
  　今日は夜勤で昼から病院に出勤したアジサイ。憩いの場であるスペースの前を歩いていると、そこにあるテレビからニュースが流れ出した。　　「蚊の大量発生だってよ。しかもＺ市も入ってるぞ？」　　「家畜がミイラ化ってとんでもねぇなぁ……こりゃ外に出たら蚊の餌食だ」　蚊の大量発生を報じるニュース、しかも蚊の集団に襲われた家畜はミイラ化しているという画像と共にニュースが報じられる。蚊の集団が移動してるところにＺ市も入っているようだ。それに外では住人は外に出ないようにとの放送が流れ出し、報じているよりも早く蚊の集団がやってきたのか緊張感が漂う。　　(外には出ないから蚊に襲われることはないと思うけど……サイタマくん大丈夫かな……)　怪人をワンパンで倒すとはいえ蚊の集団だとちょっと相性が悪そうだ。それに集団に襲われたら血を吸われてしまうのではないか……そんな不安がアジサイの胸に宿る。　　(夜勤明けにサイタマくんのところに寄ろう)　サイタマの無事を祈りながらアジサイは仕事に励んだ。　次の日を迎えた朝、仕事を終えたアジサイはサイタマの住むマンションへと向かう。早朝のニュースでは大量発生した蚊に付いては解決したような報道が流れていたので、誰かが解決したか波が去ったかのどちらかだろうと思われる。ともかく解決したようで一安心だが、アジサイにとってはサイタマの無事を確認しないことには安心出来ない。　　「？……なんだろう、この辺りこんなに焦げてたっけ……？それになんだか戦闘跡みたいになってる……」　人の姿も見当たらないし、道路に亀裂が入っては周りの建物もボロボロの外観、巨大生物がいたのか血が広範囲に付いた建物とかもあるし……これでは廃墟だ。蚊の集団と関係があるのだろうか。　　『――人っ子1人もいねーから養分蓄えられなくてイライラしてたんだ。女1人とはいえ良い餌にありつけたってもんだ！』　歩いていたらそんな声がした。近くのビルの中から蔓が出てきてハエトリグサみたいな植物の怪人が姿を現す。植物怪人が出てきた拍子に建物は崩壊し、３階建てくらいの図体がアジサイの前に立ち塞がる。　　「植物なのに水じゃないのね。――あ、ハエトリグサだから？虫を食べるみたいに人を養分にするってことなの？」　　『あ～？随分落ち着いてんじゃねーか。面白くねーな……喰われそうになれば少しは泣き喚くだろう、なっ！！』　１０本程の蔓がアジサイに絡み付こうと伸びてくる。が――全て弾け細かな肉片となる。植物怪人は後方に飛び退き、短くなった蔓を見て何が起きたのか理解に苦しむ。　　｟なんだ！！？あの女に巻き付こうとした筈なのに弾け飛んで肉塊に！！？｠　ただ突っ立っていただけのはずだ。何も動きを見せていないのに一体どういうことだ！？　　『貴様、まさかヒーローかっ！？』　　「ただの通りすがりだけど。ヒーローってなに？ヒーローは沢山いないでしょう？おかしなこと言うのね」　アジサイが虹色の光を纏い始める。背後に６つの水球体が現れ、水球体の表面に波紋が広がる。　　「人じゃなくて水を養分にしなさい。植物なら――」　６つの水球体からパチンコ玉くらいの球体が１個出たと思ったら植物怪人に向けて放たれ、次々とガトリングガンのように水球体から玉が発射され怪人を蜂の巣にする。グラリと植物怪人の体が揺れ、後ろに倒れる。　　「――あっ！サイタマくんのところに向かってる途中！」　サイタマの無事をこの目で確かめなければ安心出来ない！――とアジサイは駆け出す。アジサイが怪人の横を通り過ぎると怪人は燃え、あっという間に塵となって消えた。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　マンションに辿り着きサイタマの住む部屋の前にやってきたアジサイはドアをノックする。暫くするとサイタマが顔を出し、アジサイを中へ誘う。　　「夜勤明けか？」　　「うん。それより昨日蚊の大量発生があって集団で移動してたでしょう？Ｚ市入ってたし、サイタマくん大丈夫かなと思って病院出て直ぐに向かってきたんだけど……大丈夫だった？」　　「んー……いやぁ、ベランダで蚊と格闘してたら急にどっか行くから殺虫剤手に追い駆けて……」　会話をしながら部屋の奥へと移動し、机を挟んで向かい合わせに座る。　　「そしたら蚊の集団に遭遇して、変な奴がいて、そいつ蚊のボスにやられてズタボロになって……ウザいから蚊のボスはビンタで倒した」　　「……つまり、サイタマくんは無事だったってこと、だよね？……良かったあぁぁー……」　　「無事だったけど服燃えて全裸になっちまった」　　「なんで！？」　　「戦ってた奴が蚊燃やしちまったからその巻き添え食らって」　　「サイタマくん防御力すごいね。……でも無事だって分かって安心した………………」　机に突っ伏して動かなくなったアジサイに近付き顔を覗き込むと、小さな寝息を立てていた。サイタマはその姿に薄ら笑みを浮かべ、畳んでいる布団を敷きそこにアジサイを寝かせる。　　「……直ぐ寝るってどんだけ安心したんだよ」　アジサイの頬をつつくが反応はない。それは少し寂しいが、仕事を終えて直ぐに駆け付けてくる彼女の気持ちはすごく嬉しい。それにこんなに無防備に眠るのも自分を信頼してくれて、安心してくれているからだと思うと胸が……温かくてくすぐったい。　　「起きたら構えよ」　アジサイの顔が見える位置に座り、サイタマは漫画を読み始める。　　「………………――…………あ、あれ……私、いつの間に寝て……」　目が開きぼんやりとした思考のまま目を擦る。布団に寝かされていることに気付き、部屋の中を見回す。　サイタマは近くにいて、机に凭れ掛かって体育座りで漫画を読んでいた。アジサイが起きたことに気付いて漫画から顔を上げてこちらに顔を向ける。……体育座りして漫画読んでるのが可愛い。　　「おう、起きたか」　　「ごめん、寝ちゃって！布団に寝かせてくれてありがとう。……今何時？」　　「１１時半前か？２時間くらい寝てたぞ」　　「本当にごめんね……」　　「いいって。アジサイの寝顔見れたし、寝言も聞けたし」　　「え！？私何か言ってた！？何言ってたの！？」　　「……内緒だ」　アジサイはサイタマに詰め寄って問いただそうとするが、サイタマは「大したことじゃない」と言ってはぐらかす。　　(俺の名前言ってただけだし……)　本人は不味いこと言ってたんじゃないかって焦ってるけど、内容聞いたらきっと恥ずかしがるだろう。もし教えてもらえなくてむくれるようなら言うしかないか。　とりあえず昼をどうするか――別の話題を振って話を変えたらアジサイも寝言のことは忘れていた。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　結局夜まで一緒に過ごし、サイタマの部屋を１９時過ぎに出てアジサイの住むマンションへと向かう。　手を繋いで話をしていると、サイタマが何か言おうとして止めた。どうしたのか聞くと、蚊の集団発生の時に遭遇した変わった人物が弟子入りを志願してきたという。　　「よく考えずに「うん」とか言った俺も俺なんだけど……どうしたもんかな」　　「その人サイボーグなんでしょ？造った人にそれこそ強靭な強さを持った自分に改造してもらえば強くなるんじゃないの？」　　「…………そう言われるとそうだな」　アジサイに言われるまでその考えが無かったらしく、もっともな意見だと思ったようだ。だがそう言ったとしてもそのサイボーグの弟子志願者が納得するとは思えないらしくサイタマは唸る。　　「……まあ何とかなるだろう。――そういや、最近なんか視線感じるんだよな……」　　「え？見られてるってこと」　　「数多くの悪を倒してきて、その恨みや怒りがあの映画みたいにいつしか歪んだ愛情に変わってたとしたら……」　　「？？」　サイタマが一体何の話をしているのか分からないが、そんな話をするサイタマとアジサイの姿を遠くで見ている者がいた。その者も今自分のことを話されているとは思ってもいまい。　　「……今日は１日あの女と一緒にいたな。あの女も強さの秘密に関係があるのか……？」　何やらノートにサラサラと書き記し始め、アジサイの事が記される。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　職場の休憩室で昼食を摂っている時だった。以前アジサイに告白してきた同期生の男性が休憩室にやってきて「話がある」と言ってきた。　　「……やっぱり俺、君のこと諦められなくて……」　　「付き合ってる人がいますから貴方の気持ちには応えられないと言ったはずです。それで納得してたじゃないですか」　　「その時は納得出来た！諦めるって決めて今まで努力してた！だけど――君と話すとどうしても好きだって気持ちが消えなくて……」　　「私は貴方のこと異性として見たことは一度もありません。これ以上話すことはありませんから」　食べ終わりアジサイはさっと片して休憩室を出ていこうとする。その行く手を塞ぎ、どうにかしてアジサイに耳を傾けてもらおうと男性同期生は食い下がる。　　「頼む！俺に一度チャンスをくれないか！」　　「チャンス？何のチャンスですか？」　　「君に好きになってもらえる為のだ！」　　「……いい加減にしてください。何をどうしても貴方にチャンスなんてありませんから」　ドアの前に立つ男性同期生を無理やりどかして出ようとするアジサイの腕を掴もうとするが、うまく交わしてアジサイは休憩室を後にする。　休憩室からナースステーションに戻ると、女性同期生であるアキノに声を掛けられた。　　「シグレから好意寄せられてるんでしょう？どうして断ったの？」　　「好きな人と付き合えることになったから」　　「あー言ってた中学の同級生？会えたの」　　「うん。偶然だったけど。その人も私の事……す、好きだって言ってくれて……」　後半は照れながら言うアジサイにアキノは驚いた顔をする。　　「……へぇ……アジサイってそんな顔もするのね。見るからに恋する乙女って感じ？」　　「……からかってる？」　　「ちょっとね。でも良かったじゃない。好きな人と両想いで付き合えてるって中々ないわよ？大事にしなさいよ、その人」　　「うん。ありがとう」　笑って返すとアキノも笑ってくれた。　同じ日勤勤務同士で１８時に上がったアジサイとアキノはそれぞれ反対方向に手を振って別れた。歩き始めて直ぐ、目の前から見知った人が歩いてきていた。ヒーロースーツ姿のサイタマだ。　　「よう。今帰りか？」　　「うん！サイタマくんはどうしてここに？」　　「俺をストーカーしてたやつを退治して見回ってたところだ」　　「ストーカー？……前言ってった視線を感じるってあれ？ストーカーだったの？」　　「おう。人のポテトを勝手に盗むような真似だけはするな！って忠告しといた」　　「ポテト……？？」　……よく分からないが、問題が解決したようなので良かったということにしよう。サイタマと帰ろうと隣に並んだ時だった。　　「――ま、待ってくれ！！」　声に振り返ると、同期生のシグレがアジサイの後を追い駆けてやってきていた。どうやらアジサイやアキノと同様シグレも日勤だったらしい。　　　「誰？」　　「同期生の看護師」　サイタマが居ようと気にも留めずシグレは近付いてくる。　　「頼むから、もう一度ちゃんと聞いてくれ！俺アジサイのこと好きなんだよ！彼氏いたっていい、一度でいいから俺とデートしてくれ！」　　「貴方言ってること滅茶苦茶よ？」　　「アジサイ頼む！」　シグレがアジサイの手首を掴もうと手を伸ばしてきた。身を引こうとするアジサイを後ろに庇いながらサイタマが割って入り、シグレの腕を掴んで止める。　　「嫌がってるだろ。つーかお前相手いるって知っててなに言ってんだよ」　サイタマに掴まれた手を振り解き、シグレはサイタマを睨み付ける。　　「なんだよお前……俺は彼女に用があるんだ！邪魔しないでくれ！」　　「お前か。前にアジサイに告ったっていう看護師は」　　「……随分とアジサイに馴れ馴れしいな。なんなんだよお前」　　「アジサイと付き合ってる者だ」　サイタマの言葉にシグレは目を見開かせて全身をマジマジと見た。おかしな恰好してる上に禿げてて間抜け面のこんな奴がアジサイと付き合ってる？――そんなわけがない。どうせ知り合い程度のくせして俺みたいにアジサイに言い寄ってるだけの負け組だろ。　　「お前が？アジサイと？一体どんな冗談なんだよ」　　「冗談じゃねーよ」　　「もうちょっと上手く言えよ。嘘だってバレバレ――」　　「嘘じゃない。彼と付き合ってるの、私」　割って入ってきたアジサイはサイタマの右隣に立ち手を握る。その行動にシグレは「はっ」と笑い飛ばす。　　「……そんなので俺を騙そうたって無駄だぞ。こいつを彼氏にするやつが何処にいるんだよ！見るからに間抜け面で変な恰好してる変人じゃないか！」　シグレの言葉にアジサイがピクッと反応する。　　「それに禿げてて大してカッコよくもないこんな男の何処が良くて彼氏にするんだよ！彼氏のフリしてもらうならもう少しマシな奴連れてきとくんだったな！態々貶されに来たこいつの身にもなってみろよ？見ず知らずの俺に馬鹿にされるんだ、他の奴に「こいつが彼氏」だって言ったら下手したら笑い者だぞ？世間体とかあるだ――」　　パチンッッッ！！！　シグレの右頬に強烈なビンタが入る。更に今度は左頬にもビンタが入り、良い音が響き渡る。何が起きたのか理解出来ないらしく、シグレは叩かれて固まったままだ。シグレにビンタを食らわせたのはアジサイだった。　　「……世間体ってなに？貴方そんなの気にして付き合う相手選ぶの？外観だけでしかその人を判断出来ないなんてその両目は飾りなの？」　　「アジサイ……」　　「少なくとも、貴方より彼の方が何っっっっ万倍も何っっっっ億倍もカッコいいわ！！人の気持ちも無視して自分の都合だけ押し付けて一体どの位置に立って自分の方が優れてるって言えるの！？駄々捏ねてる子供みたいな真似して自分勝手にも程があるわ！！貴方に彼のカッコ良さ――」　　「帰るぞアジサイ！」　サイタマがアジサイを後ろから羽交い絞めにして引き摺るようにしてその場を去って行く。引き摺られながらアジサイはまだシグレに対して文句を言っている。　　「カッコ良さが分かったら絶っっ対言えないんだからっ！！禿げてるんじゃなくてスキンヘッドなんだからっ！！間抜け面？どこがよっ！！キリッとしてて貴方よりイケメンよっ！！ヒーローなんだからヒーローの恰好しててなにが変よっ！！まだ何か言おうものならおうふくビンタ食らわせて――」　　「いいって！逆に恥ずかしいから！」　姿が見えなくなるまで呆然と見送り、シグレはアジサイに叩かれた両頬に触れ「痛い……」と呟いた。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　「…………」　　(アジサイまだ怒ってんな)　怒り心頭のアジサイをどうにか落ち着かせてアジサイの部屋にやってきた二人。今アジサイはクッションを抱いてソファに座ってむくれている。サイタマも同じソファに座ってアジサイを観察しながら様子を伺っている。　　(あんなに怒ってるアジサイ初めて見たな)　強烈なビンタを２発もお見舞いして同期生の看護師に言い返す……中学の時も再会してから今まで怒ってるところなんて見たことがない。だからアジサイは怒りの沸点が他の人よりも高いのかとサイタマは思っていた。基本穏やかで大人しめで、恥ずかしがったり照れたりするのに時に大胆で、怒るなんて概念がないのかと思える程穏やかなのだ。　それが初めて怒った。付き合っている彼氏を馬鹿にした同期生に対してが初めてでしかもあの怒りっぷりは中々に強烈である。痛そうだったなあのビンタ……。　　(――でも、嬉しいもんだな)　自分の為に本気で怒ってくれるアジサイの姿に自分はそれほど想われてると思うと正直嬉しい。一目惚れして７年間もずっと想っていてくれたって信じられなかったが、付き合って３年という月日が経ち見せてくれる様々な表情や言葉、感じる温もり、抱える悩みを話してくれる信頼、本当に嬉しいと思って見せる笑顔、心配して駆け付けてくれたり、何気ない事で「本気で好きでいてくれている」というのが伝わってくる。　　(…………)　ジワジワと膨れてくるアジサイに対しての愛しさにサイタマはソファから立ち上がった。アジサイが抱えているクッションを抜き取って置き、正面から腰に腕を回して抱き上げ、ソファに座った自分の膝の上に跨らせ座らせる。突然のことに驚くアジサイの顔を下から見上げている光景にサイタマは新鮮さを感じた。　　「サイタマくん……？」　　「いい加減機嫌直せよ。ずっとむくれてるのか？」　　「サイタマくんのこと悪く言ったのは許せない！私絶対に許さない！」　むぅっとするアジサイにサイタマは薄らと笑みを浮かべる。　　「言わせておけばいんじゃねーか？別に俺気にしてねーし。……アジサイが怒ってビンタしたの見てか、何か俺もスッキリしたしな」　　「……もっと叩いておけばよかった……」　　「あいつとんでもねー顔になるぞ」　あの良い音からしてそれを何発も食らってたら顔が分からないくらい腫れそうだ。俺もマジで痛そうだなって思ったし。　アジサイは誰に言われても今日みたいに怒るのだろう。貶されたり馬鹿にされたり笑われたら。おそらくサイタマもアジサイを悪く言われたらいい気分にはならない。同期生の看護師がアジサイに触れようとしたあの瞬間、イラっとした。触られたくない――と。それが俗にいう“独占欲”というやつか。　悪をワンパンで倒す今、日々感情が薄れていっているのを感じるが、アジサイが関わると薄れていると思っている感情に刺激がきて嬉しかったり、嫌だと思ったり、可愛いと思ったり、愛しいと思ったり、怒りを感じたり……まだちゃんと感情があるのだと気付かされる。アジサイは自分に当たり前のものを気付かせてくれる。圧倒的な力に感じる虚しさも――アジサイが隣にいてくれればそれも良いものに感じる。　　「好きだ。アジサイ」　自然とそう言葉が出た。　その言葉にアジサイが頬を赤らめながら微笑みを浮かべる。首に腕を回して抱き着いてきて耳元でアジサイは言った。　　――私も。好きだよ、サイタマくん。　優しくて愛おしさ雑じる声にサイタマも微笑みを浮かべた。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　それから数日経ち、仕事中シグレがアジサイに声を掛けてきた。アジサイは明らかに嫌いオーラを発して警戒心を露わにする。そんなアジサイにシグレは苦笑を浮かべた。　　「……この間は、悪かった」　　「…………」　　「アジサイに叩かれたのは仕方ないと思ってる。あいつのこと、本気で好きなんだな。俺が入る隙なんてないな……」　　「ありません」　きっぱりと言うアジサイにシグレは笑う。　　「……直ぐに割り切れないから、少しずつ割り切れるように努力するよ。もう変に暴走もしない。だからこれまで通り仕事仲間でいさせてほしい。でも…………俺も本気で君のこと好きだったのは、分かってほしい……」　その言葉に対しアジサイは何も言わなかった。シグレはそれ以上何も言わず去って仕事に戻って行った。　ちょっとした騒動も落ち着き、いつも通りの日常が戻ってきた。シグレの件があり、アジサイはふと思った。　彼は表面上の自分のことしか知らない。一緒に仕事したり何気なく交わした会話で感じたことから好感が持てて、それが恋愛感情へと変わったのだろう。そうすると、自分やサイタマも最初はそんな感じで互いのことを好きになったのだとそう言わざる負えない。　となると、一目惚れ何て一体何をもってそう言えるのだろう。　一目で一体その人の何が見えて、何を感じて恋に変わるというのだろう。考えても答え何て出ないし、恋は理屈じゃないと言ってしまえばそれで片付けられる。だが例え一目惚れであっても付き合いが始まって知っていく間により好きになって……愛しいに変わる。それは恋から愛になったと言っていいのだろうか。　　(サイタマくんは……どう、なのかな……)　たまに自分だけが彼を好きなのではないかと不安に思う時がある。好き過ぎて、鬱陶しいとか思われてないかなとか、家に一人で居る時に急に駆られたりする。　　(そんなことサイタマくんに言わないけど……)　普通の人だったら「そんな悩み」で終わるんだろう。だけどやっぱり受け入れられても心の何処かで「怖がられるんじゃないか」って思っているのだろう。自分は普通とはかけ離れてるから。　　(初めて見せたのがサイタマくんで、彼はそのままを受け入れてくれた。だから気にも留めてなかったけど、伯母さんや伯父さんは怖がってたもんな……)　生まれつき使えていた能力。家では気にせず使っていたけど、能力を目の当たりにして伯母や伯父は時にちょっと怖がってた。そう思えばありのままを受け入れるサイタマはなんて懐の深い人なのだろう。　　(そんな人、きっと二度と会えないだろうな)　初めて好きになった人と結ばれて、その人は私の“ありのまま”を受け入れてくれた。きっとこれはどんな奇跡よりも奇跡で、幸せなことだ。　――ふと顔を上げれば、会いたい人の住むマンションが目の前に聳えていた。いつの間にかもう辿り着いていたようだ。逸る気持ちを抑えながら彼の部屋の前までやってきた。呼吸を整えてノックをする。　　「――おう。仕事お疲れさん」　そう労りの言葉と共に顔を見せるサイタマにアジサイは抱き着く。驚いたようだが抱きとめたサイタマは次第に嬉しそうな顔をする。　　「急にどうした？」　　「ふふっ。抱き着いてみたかっただけ」　サイタマは頬をポリポリと掻いて照れているのか少し頬が赤い。　　「……やっぱり時に大胆だよな。まあいいけど」　　「え？なに？」　　「なにもねーって」　サイタマから離れると顔を見られないように振り返って部屋の奥に歩いていってしまう。「？」を浮かべながら部屋に上がりアジサイが後を追う。　こうして何気ない時間が過ぎていく。アジサイにとってもサイタマにとっても彼・彼女と過ごせる時間は何よりも大切でかけがえのないものなのだから。　　　　　　　　　　　　【ヒーロー×一般人　三話】　終わり
- 「鈴の音が花を氷らせる　(十四)」小話
  　――目を開けると、温かな木漏れ日の眩しさに目を細めた。　起き上がると、森の中で眠っていた。立ち上がって歩き出せば直ぐに森を抜け、見慣れた風景が目に飛び込んできた。　それは、自分の生まれ育った生家だった。　生家に歩み寄って戸を開けて中に入ったがもぬけの殻で、吹雪は目を伏せた。　　《――吹雪。お父さんと氷弥が待ってるわよ》　顔を上げると、囲炉裏を囲む家族の姿があった。母の氷柱、妹の小雪、兄の霜壱、三人の姿はあるが父と弟の姿はない。　　《お父さんと氷弥はあっちよ》　囲炉裏のある部屋の隣に視線を向ける氷柱の視線の先は真っ暗だった。その部屋から足先が四つ覗く。そして薄らと全身が見えるくらいまで姿を見せるが、完全に暗闇からは出てこなかった。　　《……すまない、吹雪。姿を見せてもいいが家族を手に掛けてしまった手前躊躇いがあってな……》　　「それは父様の意思じゃなくて鬼になったからで……！」　　《例えそうだったとしても、家族を殺めてしまった事実は変わらない……だからこれで許してほしい》　父――陽一の言葉に吹雪はそれ以上何も言わなかった。何を言ったところで父は家族を殺してしまったのだとの意見を崩さないだろう。認めたくはないが……その通りなのだから。　　《氷弥もそうだ。沢山の人を殺めてしまった……それに、吹雪と顔を合わせるのが気まずい上に恥ずかしいんだ》　　《勝手なこと言うなよ！俺は別に……》　陽一と同様全身薄らと見えるが、一歩下がっているのが見える。　　《…………俺は……ふぶ姉を傷付けたんだ……それに、人殺しになったのは俺の方だから……》　　「氷弥……」　　《…………》　　「もういいの。氷弥は何も知らなかったんだから。だから……人殺し呼ばわりされても仕方ないの」　　《謝れたけど……あの一瞬で許されたなんて、そんなの身勝手で図々し過ぎる……》謝れたとはいえやっぱり罪悪感は拭えないらしい。吹雪を傷付け続けたという事実と沢山の人を殺めたことで人殺しとなった自分がどう姉に顔向けすればいいのか分からないのだろう。反対に自分が"人殺し"と罵られてもおかしくないとも思っているのかもしれない。そんな氷弥に吹雪は苦笑を浮かべる。「全部まだかまりも解けてようやく"家族"に戻れたと思ったけど……まだ何か言い足りない？」《…………人殺しでも、俺達家族なのか……？》「じゃあ私はどうなるの？母様は知ってたみたいだけど、妖と仲良くしてた上に人じゃなくなったのよ？そんな私でも家族なのかなんて言い出したら……キリがないじゃない」吹雪がそう言ってもまだ躊躇いはあるらしいが、ゆっくりと暗闇から出てきて吹雪に抱き付いてきた。四年前は吹雪の肩くらいまでの背丈が今では同じ背丈となっていた。四年間で同じ背丈になったのだから、もっと成長した姿を見れたかもしれない未来は――もう、ない。　吹雪も氷弥を抱き締め返すと、氷弥の腕に力が入る。　　《――家族がいい。ずっとふぶ姉の弟でみんなと家族がいい……！！》　暗闇に居る陽一に視線を向ける。　　「……父様も家族だよ。負い目を感じてたって、私にとってはたった一人の父様だから」　吹雪の言葉に戸惑う陽一の元に氷柱が歩み寄って行く。　　《氷柱……》　　《家族を守れたのに守れなかった……それは私も同じよ。貴方だけが負い目を感じる必要はないわ。それに、私も子供達も貴方に手を掛けられたなんて思ってないわ》　陽一が霜壱と小雪に目を向ける。二人は頷き微笑んで見せた。唇を噛み締める陽一の手を引っ張り氷柱は暗闇から連れ出す。　　《…………ありがとう……》　陽一の元に霜壱と小雪がやってくる。　ようやく家族全員が揃った光景に吹雪は感慨深いものを感じそして、自分以外が死んでしまっているのだと改めて感じた。人でなくなってしまった自分はいつこの輪の中に入れるのだろう……とも思う。　　(私は…………終わりなんてあるのかな……命の、終わりなんて……)　物思いに耽っていて目の前に氷柱が居ることに吹雪は気付かず、頬を軽く抓られる。　　《くだらないこと考えてるの？》　　「くだらなくない！私は――」　　《人じゃなくなったから何時死ねるか？――くだらないわ》　デコピンまでされて額を摩っていると溜息が聞こえた。　　《……烏天狗に忠告されたでしょう？聞かなかったのは貴女、分かってて聞かなかったんでしょう？》　　「…………」　　《選んだのも、貴女。後悔してるの？》　　「してない。……だけど、たまに考えるの。知ってる人達が死んでいくのに、人じゃなくなった私には死があるのかって。……周りには「気味が悪い」って言われるし、友達の天狗さん達にまで見捨てられたら私は一人になる！それが怖かった！……でも今、鬼殺隊では私を気味悪がる人もいない、普通に話し掛けてくれる、気に掛けてくれる人達がいる……そんな人達に会えてたら人のまま何時か終わりが迎えられてたんだろうなって！そうなら――」　冨岡の姿が思い浮かぶ。　　「あの人を置いていくこともないんだろうなって……！」　　《…………》　あぁ――こんな時に気付くなんて。私は、義勇さんのこと――。　気付いた時には氷柱に抱き締められていた。　　《…………ごめんね。私に似たばかりに気味が悪いなんて言われる羽目になって……》　　氷柱の両腕に力が入る。　　《私に似なければ、辛い目に遭うことも烏天狗達妖と遭遇することもなく、普通の女の子として生きていけたのに……そうでなくとも、貴女を受け入れて普通に接してくれる仲間にもっと早く出会えていれば、人として慕う人と終わりを迎えられていたかもしれないのにっ……！苦渋な未来しかないなんてことも、なかったのにっ……本当にっ……ごめんなさいっ……！》　時折鼻声で喋って謝る母に、吹雪は胸の内に隠していた本音を聞いているのだと理解した。こんな時でなければもっと一日中話せた時もあったかもしれない。胸の内を打ち明け合って、違う未来を掴んでいたかもしれない……可能性の話かもしれないが、少なくともそんな未来もあったかもしれない――。　だけど、あくまで可能性の話。そうなっていれば良かったなどと母を責めたいとは思わない。憎んだこともない。――むしろ有難いとしか思わない。　吹雪は氷柱を抱き締め返した。　　「……謝ることないよ、母様。私一度も母様に似なければ良かったなんて思ったことないよ。みんなの思う普通の人生じゃなくても、私は幸せだから。……時間は掛かったけど、良い人達と巡り会えたから――」　だから、この先も私は大丈夫――。　吹雪の言葉に氷柱は安堵の表情を見せた。吹雪から離れ、家族の元に後ろ歩きで戻って行く。　　《……吹雪がそう言うなら大丈夫ね。大丈夫、私達はずっと吹雪を見守ってるから――》　家族全員の姿と風景が薄れていく。　見慣れた家族の風景、今となっては夢や幻でないと見られないものへと変わってしまった。だからこの先永く生きることになっても、絶対に忘れない。　――温かい家族。　――心配して寄り添ってくれる人がいること。　――ちゃんと見てくれている人がいること。 ――笑い掛けてくれる人がいること。　――想う心を教えてくれた人がいること。　後ろ髪引かれる思いながらも吹雪も家に――家族に背を向ける。泣かないと決めたが溢れてくる涙は止められなかった。酷い顔をしていても袖や手で涙は拭わず、そのまま顔を上げて歩く。　今はいい。泣いたって、喚いたって、悲しんでも悔いても、溢したっていい。好きなだけそうして次に顔を上げて生きていけるのなら――。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　目を覚ますと、和室に寝かされていた。部屋から出ると誰かの屋敷だと分かり、その屋敷が冨岡の屋敷だと分かった時は驚いた。てっきり自身の家に居ると思ったから。　１人にするのが心配――冨岡はそう言った。たった１人の肉親である弟が鬼になり、そして吹雪の手で葬った。その傷心を汲んでそうしてくれたのだとは思うが、少々心配し過ぎだと吹雪は思った。　確かに傷付かなかったわけではない。いっそのこと死ねたらどんなに楽だろう……そう考えた。自暴自棄にはなっていた――だけど、冨岡のお陰で闇に引きずり込まれなくて済んだ。　目が覚めて烏天狗と会った後、冨岡には「ゆっくり休め」と言われ甲斐甲斐しく世話を焼かれた。　　(改めて、腹を括るしかないか)　寝かされていた布団で静養しながら吹雪は漂う緊張感に鬼舞辻との決戦が近いと察した。今のままでは氷弥を鬼にし、家族を殺した怒りと恨みに飲まれて冷静になれない。ならば自分のとるべき行動はただ一つ――。　　「…………」　隊服に着替え、日輪刀を腰に差す。　時間は丑三つ時――通常なら、鬼殺隊は任務に出払っているが今は誰一人任務に出払っていない。隊員や柱の気配が鬼殺隊本部から動いていない。　烏天狗が帰った後、吹雪と冨岡は屋敷の中に戻りその日は屋敷で過ごした。今までにないゆっくりとした時間に落ち着かないながらも静養していたが……ずっとそうしているわけにもいかない。　冨岡が居る部屋の前へとやってきた吹雪は自身を落ち着かせていた。彼には伝えないといけないことが二つある。　　「――吹雪か？」　部屋の中から冨岡の声が聞こえてきた。足音もする……まさかこっちに歩いてきて障子を開けようとしている！？　障子が開かれようとする寸前で吹雪は障子戸を開けさせないように閉じさせる。　　「開けないでください！開けないでください、義勇さん！」　　「？？」　障子戸からは手を引いてくれたようだが、吹雪は念の為障子戸から手は離さず、息を吐く。　　「…………義勇さん。私がこれから何を言っても戸は開けないでそのまま聞いていてください」　　「…………分かった」　　「…………私、これから天狗さんの所に行って修行を付けてもらおうと思います。鬼舞辻との決戦で怒りや憎しみに飲まれない様にする為に七日間修行してきます」　　「……そうか……」　　「…………」　続けて言おうとしたが、本当に伝えていいことなのかどうか吹雪は迷う。これから決戦に備えて鬼殺隊は鍛錬に入るだろうし、皆共通の仇を討つ為に死に物狂いで挑むことになるそんな中……下手をしなくとも必ず鬼との戦闘で死人は出る。自分や冨岡の身に何も起こらないなんてことはない。もしかしたらどちらかが死ぬなんてことも――。　　「吹雪？」　冨岡の声にハッとし、吹雪は呼吸を整えて額を障子戸に付ける。　　「…………本当は、これからのことを考えるとこんなこと伝えるべきではないと思っているんですが、義勇さんに“待って欲しい”と言ってしまっている手前、そうもいかないと思って」　障子戸の向こうにいる冨岡がどんな表情をしているのか分からないが、不思議そうな顔をしているのだろう。　　「ですから、これからのことを考えて伝えるのもいいとも思いました。会えなくなってしまったら後悔することになると思うので」　今自分もどんな顔をしているのだろう。考えても分からないがきっと酷い顔をしているに違いない。そんな有様を冨岡に見られなくて良かった。　　「吹雪、一体何を……」　　「――私、雪代吹雪は――」　障子戸から一歩離れ、吹雪は障子戸の向こうにいる人を想い、微笑を浮かべる。　　「――冨岡義勇……貴方の事をお慕いしています」　吹雪が直ぐにその場を離れると同時に障子戸が開き、伸びてきた腕が吹雪の右腕を掴み部屋に引き込み戸が閉められる。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　「――私、雪代吹雪は――冨岡義勇……貴方の事をお慕いしています」　その言葉を障子戸を隔てて耳にした途端、冨岡は直ぐにでも吹雪に会いたくなり、戸を開けて去ろうとする想い人の腕を掴み、部屋に少々乱暴に引き込んだ。障子戸を閉める音が乱暴だったかもしれないが、そんなことは今はどうでもいい。　部屋に引き込んだ吹雪を正面から抱き締め、肩口に顔を埋める。　　「…………」　　「ぎ、義勇さん……！」　冨岡はそのまま敷かれた布団まで移動し、少々手荒に吹雪を布団に押し倒し腰に跨り、顔の両側に肘を着いた。見下ろした吹雪の顔は驚きで目をぱちくりとさせている。　　「……義勇、さん……？」　　「…………」　今自分の中を占める感情は一体なんなのか……目の前にいるこの人を大切にするように触れたいのにめちゃくちゃにしたい様な……一種の獣みたいな感情が湧いている。　吹雪の頬に手を添え、優しく触れる。　　「吹雪……」　部屋が暗くても吹雪の頬に朱が差しているのが分かる。それを見ると自然と頬が緩み、暴れそうな内心が穏やかになる。　　「……好きだ……」　　「！」　　「好きだ」　　「っ……！」　　「吹雪、好きだ……」　　「っ、ぅ……！」　何か言いたげな吹雪の口を塞ぎ、柔らかい感触を味わって離すと、先程よりも頬を赤くした吹雪がいた。　　「……もう一度、聞かせてほしい」　目線を外す吹雪に冨岡は両耳の耳朶に触れながら強請るように囁く。　　《吹雪……もう一度……》　　「うぅ……！」　吹雪が囁き声に弱いのは知っている。身体を微かに震わせるのが可愛くて、恥ずかしそうにするのを見ると悪戯心に火が点きかけてしまう。自分にそんなものがあったのかと驚くが、相手が吹雪だから湧いてくる感情だろうと思うとこれから自分にどんな感情が湧いてくるのか興味が出てくると同時に少し怖くもあった。これ以上何があるというのか。　目線を背け続けていた吹雪が恐る恐る瞳をこちらに向けてきた。やっと目が合い、自然と表情が緩む。　　「……もう一度だ。吹雪」　　「…………」　　「…………」　　「…………――わ、私……」　耳朶から手を離し吹雪の両頬に手を添えて優しく包み込む。　　「私……義勇さんのことが、好きです……」　　「…………」　　「本当は、言わないままでいるつもりでした！迷惑になると思って！でも！……伝えないのはもっと後悔するとも思いました……！鬼舞辻との決戦でもし会えなくなったら……っ……！」　目尻に涙が溜まりだして流れる。　　「もう……これ以上大切なものを失いたくないっ！！自覚しない方がもっと気持ちも楽だったのに……自覚したら、もう…………」　吹雪の白い手が冨岡の両頬を撫でる。　　「貴方の温もりを感じてしまったら私、私――」　　「――何も言うな」　再び触れ合う唇同士は軽く合わさるだけではなく、お互いの存在を確かめ合うように深いものへと重なりを変える。　吹雪と冨岡の指が絡み強く握り合う。互いに愛しさの中に切なさを感じながら温もりを感じ、求める。　今だけは――鬼殺隊や鬼とか何もかも忘れて愛しい相手の生きている証となる温もりを感じさせてほしい――。　ほんの刹那だとしても――。　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　部屋に差し込む陽の光に冨岡は目を覚ます。上体を起こして辺りを見回すと吹雪の姿はなく、枕元に書置きだけを残して行ってしまったようだ。　　――七日間経ったら戻ります　吹雪――　短い文章だが、冨岡は安心した。安心したと同時に早くも思ってしまう。早く――会いたい――と。　――とある山奥――　山の頂上に位置する木の天辺に立ち辺りを一望している烏天狗は急にその場を飛び立ち、自らの住処へと向かう。　住処に入る手前の地に降り立ち、近付いてくる気配を待つ。　　「……どうした。私の所に来るなんて」　烏天狗の住処に近付いて来ていた気配は吹雪だった。鬼殺隊の隊服姿で神妙な顔付きでこちらに歩いてくる。　　「よく分かったね。私が来てるって」　　「何時から吹雪と一緒に居ると思っている。直ぐに分かる」　烏天狗の言葉に吹雪は苦笑を浮かべる。　　「そうだね。…………天狗さんに頼みがあって此処に来たの」　　「頼み？」　　「稽古をつけて欲しいの。鬼舞辻との決戦に備えて自分を律しながらも仇を討てるように……氷弥の事があって、前よりも冷静になれるかどうか分からないから」　　「それは構わぬが……鬼殺隊や義勇には話して来たのか？」　　「上からはちゃんと許可を貰ってる。義勇さんにもちゃんと話して来た。――七日間、お願いします」　腰を折って頼み込む吹雪の姿に烏天狗はやれやれと溜息を付く。　　「幾ら吹雪相手でも手は抜かん。殺す気で掛かる故、吹雪も私を殺すつもりで挑め」　　「はい！宜しくお願いします！！」　これから七日間、吹雪は妖の烏天狗に稽古をつけてもらうことになった。　　　　　　　　(十四)　小話　　　終わり
25Aug
- 【ヒーロー×一般人　二話】
  　アジサイとサイタマの交際は順調に続いている。　サイタマが筋トレを始めて一年半でハゲてしまった変化以外は特になく、それからもサイタマは筋トレを続けている。アジサイは夜勤明けや休みの日しかサイタマに会えていなかったが、病院の勤務体制の見直しで日勤の際に退勤時間が１８時と定められた為規定時間に上がれるようになった。なのでいつもではないがサイタマの元を訪ねて晩ご飯を一緒に食べたり出来る時間が出来た。　今日は日勤。そして今アジサイはサイタマと一緒にスーパーで買い物をしてサイタマの家へと向かっていた。　　「いいのか？食材使って飯作ってもらって。それ自分で使うやつだろ？」　　「いいのいいの！つい買い過ぎちゃって余らせちゃうから」　女性一人暮らしにしては袋３つ分とは多い量だが、アジサイにとっては普通らしい。大食らいというわけではないが、アジサイは周りの女性より少しよく食べるというだけ。それに料理が好きというのもあってつい買ってしまうらしい。　　「作るのが好きで色々買っちゃうのが悪い癖なんだけど……やっぱり一人で食べるより一緒に食べてくれる人が居ると美味しいから」　　「そっか。アジサイの作る飯美味いから俺は嬉しいけど。使っても結構な量ありそうなら俺が持つわ。送ってくしな」　　「……ありがとう」　アジサイは微かに頬を赤らめてはにかむ。サイタマの家に来た時は必ずアジサイを家まで送ってくれるのだ。　少しでもサイタマと一緒に居られる時間が嬉しい……そう思うと嬉しくてにやけてしまう。　　(嬉しそうだな、アジサイ。……嬉しそうにするからってのも理由だけど、単に俺がアジサイと居たいだけなんだよな)　――結局のところ双方思っていることは一緒。もうすぐ３年を迎えようとするが２人はいつもこんな感じである。　そして――。　　『――おのれ人間っ！毎度毎度溝に飲み物流し捨てやがってっ！飲まないなら買うなっ！！そして捨てるなっ！！流し捨てられた飲み物の恨み、浴びて思い知れぇっー！！！』　と、怪人が割って入ってくるのも常である。　人通りの少ない路地にポツンとある自動販売機。そして側にコンクリートの蓋で隠されている溝からアメーバみたいな紫のスライム状の怪人が飛び出してきてサイタマに襲い掛かってくる。　　(あ、俺両手塞がってた)　袋の中には食材が入っている。此処で手を放せば食材が大変なことになる。　襲い掛かってきたスライム怪人だったが、サイタマに覆い被さろうとする手前で何かに弾き飛ばされ道路を転げる。　　『な、なんだ！？弾かれた！？』　　「溝から出てきたってことはヘドロとみていいの？」　『へっ？？』――とスライム怪人が発して直ぐ、怪人の体が燃え出し火達磨になる。あっという間に塵となって消え、路地が静かになる。　　「……前から気になってたんだけど、普段アジサイ能力でバリアでも張ってんのか？怪人がミンチになるよな」　　「うん、そうだけど。ミンチになるのは……よく分からない。衝撃が跳ね返ってるのかな……？」　　「なるほどなー。――さっきは助かったぜ。バリア張れるって便利だな。……さっきの怪人燃やしたのも能力か？超能力っつうか異能力って感じだな。あ、でも物浮遊するし異能超能力か？」　　「うーん……私にもよく分からないんだよね」　　「んじゃ、異能超能力でいんじゃね？」　　「そうだね。深く考えても分からないし……サイタマくんのお陰で解決だね！」　　「おう、良かったな」　怪人に割って入られようが全く気にした様子もなく会話をして路地を歩いて行く。まるで日常が過ぎているだけかのようだが、常人にとってはそうではない。前より怪人が出現する率は上がっているというのに、そんな変化も感じさせない程アジサイやサイタマにとっては日常化してしまっているのは２人が規格外の強さを持っているから、である。　アジサイとサイタマが出会った約３年前まではそこまで怪人も出現していなかった。それが今では頻繁とまではいかないが、徐々に出現率は上がってきている。そして“ヒーロー協会”なるものが作られ、それぞれの市でヒーローが怪人と戦うという光景も見られるようになった。怪人が出たら協会へ連絡――それが当たり前となってきている。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　サイタマの家で晩ご飯を済ませ、片そうとするとサイタマが「俺やるからアジサイは座ってろって」と言うのでアジサイはお言葉に甘える。洗い物をするサイタマを眺めながらふと、部屋の中に干されている黄色い服と赤い手袋が視界に入り込む。　　(……この服、確かお世話になってた人に貰ったヒーロースーツ……だっけ？)　このヒーロースーツを着てるところは見たことないが、いつか身に付けたサイタマを見られる時がくるだろう。どんな感じなのだろうと想像していると、片付けが終わったサイタマが後ろに立っていた。　　「もう少しゆっくりしてくか？」　　「え！？……うん、少しゆっくりしてから帰ろうかな。食べたばかりでお腹重いし」　　「んじゃ茶入れるわ」　再び台所の方へと戻りお茶の用意を始める。　　(優しいな。サイタマくん)　片付けもそうだし、その後どうするかって聞いてくれるのも、お茶を入れてくれるのも。何だか甲斐甲斐しく世話をされている気分だ。　サイタマの淹れてくれたお茶を飲んで一息付いていると、頬杖を付きながらジーッとサイタマに見つめられていることに気付いてアジサイは慌てる。　　「ど、どうしたの？どこか変なところでもある？」　　「ん？……アジサイの髪、触り心地いいよなーって思ってただけ」　手を伸ばしサイタマはアジサイの黒髪に触れる。指通りがよくサラサラとした動作で持ち上げられた手から落ちていく。それを何度も繰り返すと今度は人差し指にクルクルと巻いていく。　　「髪伸ばしてた時とかあるのか？」　　「ううん。髪長いのに憧れてた時はあったけど……今の髪型気に入ってるからずっとこのままだよ。長い髪の方がサイタマくん好き？」　　「そういうんじゃねーけど、あったのか気になっただけだ」　　「そっか。――あ、それに仕事するとき長いと私はやりにくいと思うからショートボブで良かったと思ってるよ」　　「…………変な患者とか医者とか看護師いたりするのか？」　サイタマの質問に職場を思い浮かべながらアジサイは暫し考える。　　「……居たりする時もあるよ。ちょっと騒がしい患者さんとか、看護師を口説く患者さんもいるし、医者や看護師でも職場で口説いてる人もいるし。女性の看護師さんのお尻触るスケベな患者さんもたまにいるかな。聞いた話だと、既婚者なのに浮気してる医者の人もいたみたい」　サイタマを見ると険しい顔をしていたので、アジサイは両手を振って弁明する。　　「私はそんなことされてないし、口説かれてもないから大丈夫だよ！」　　「俺と会う前に告られてたってのはどうなったんだ？」　　「サイタマくんと付き合うって決まって直ぐ断りの返事をしたよ。職場は同じだけど、仕事以外の話はしてないし」　　「何かあったりされたら俺に言えよ？力になる」　　「うん！」　嬉しそうに笑いながら頷くアジサイにサイタマは内心危機感を覚えていた。　自分で聞いといてなんだが、看護師の職場がどういうものなのかとかアジサイに好意を寄せているかもしれない異性の存在とか……ちょっと心配になった。　　(中学の時しか俺は知らねーけど、アジサイってモテてた……よな)　表立って告白してた奴を見たとかではなく、陰でコソコソとアジサイの名前が上がっているのは知ってる。アジサイ本人は特に何とも思っていないが、男子が自分の事を話していたなんて思いもしないだろう。　　(アジサイに絡んでた１個上のあいつ等もそうだったし……油断出来ねーな)　またそういう恋愛要素の問題が起きないとも限らない。ちょっとそういうの鈍そうなところがアジサイにはありそうだから気を付けておかないと――サイタマはそう思った。　チラッと時計を見ると２０時半を回ろうとしているところだった。　　「……そろそろ行くか？明日も仕事なんだろ？」　　「もう２０時半？時間経つの早いなぁ～」　むくれながらも帰り支度をするアジサイにサイタマを薄らと笑みを浮かべる。その姿がちょっと可愛い。　食材達が入った袋はサイタマが持ち、空いた右手でアジサイの左手と手を繋ぐ。他愛無い話をしながらアジサイの家に向かって二人は歩いて行く。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　アジサイが住むマンションに辿り着き、部屋に入る。食材をしまってくれるというのでその行為に甘えてサイタマを中へ通す。　　「ごめんね、しまうところまで……」　　「いいって。ついでだついで」　台所まで案内し冷蔵庫の場所を教える。サイタマが食材をしまってくれている間にアジサイは冷たい緑茶をグラスに注ぐ。　　「時間があれば部屋でゆっくりしてもらいたいけど……良かったら冷たい緑茶飲んでね。このくらいしか出来ないけど」　　「また今度ゆっくり出来る時に来るって。そう残念そうにするな」　アジサイの手からグラスを受け取り、サイタマは緑茶を飲む。飲み干してアジサイにグラスを返し、軽く頭をポンポンとして台所を去って行く。アジサイはグラスを置いてサイタマの後を追い駆けて玄関先に向かう。　　「ありがとう、サイタマくん」　　「おう。仕事頑張れよ」　踵を返そうとするサイタマの腕を引き、アジサイは近付いてサイタマの唇に軽く触れるキスをした。　　「……気を付けて帰って――ね――」　　「おやすみ」　そう言ってサイタマはドアを閉める。歩き始めたサイタマの頬が微かに赤い。　　(アジサイって時に大胆だよな。そのくせ照れるから)　さっきもそうだ。自分からキスしておいて後から恥ずかしいのか照れるから……。　　(……ちょっとがっつき過ぎたか)　まあ、彼女が可愛かったからつい……。軽く触れるものではなく強めに求めてしまったことは許してもらおう。　サイタマがドアを閉めた後、アジサイは鍵を掛けてヨタヨタと廊下を歩いていたが、途中腰を抜かしてその場にへたり込んでしまう。壁に頭を預け、熱い体に言い聞かせる。早く冷めろ、と。　　(…………倍返し、されてしまった……)　帰ろうとする間際、サイタマに軽く触れるだけのキスをした。その後腰を引き寄せられてキスされた。触れるだけじゃなく求めるような激しいのを返されてしまったのだ。あんな激しいキスを返されるなんて思ってもいなかったが、そのせいで腰が抜けてしまった。　　「はぁ……暫く動けそうにないや……」　まださっきの感覚が唇に残ってる。思い出すだけで湯気が出そうだ。　２５にもなって初心な自分に恥ずかしくなりながらも、誰かをこんなにも好きになれて嬉しいと感じ、噛み締めながらアジサイは目を閉じた。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　日勤の仕事に励んでいると、ナースステーションに居る他の看護師が声を顰めながらも聞こえる声で何やら話し始めた。アジサイは手を動かしつつも話にも耳を傾ける。　　「最近この辺りで女性を狙った不審者が出るって！」　　「えー本当！？」　　「なんでも、急に声掛けてきたかと思えば体触って逃げたり、後付けてきたり、ナイフ突き付けて脅して体まさぐるキモい変質者なんだって！新人の女の子が体触られたって話よ！」　　「１人なの？その不審者」　　「みたいよ。この辺りで起きてるわいせつ犯は全部そいつって噂よ！」　　「超キモいじゃん！」　やいやい言いながらその後も他の人を巻き込んでナースステーションは賑やかになった。アジサイは仕事でその場を外し、入れ替わりに婦長がやってきて注意の怒号が響き渡った。　　(不審者か……)　怪人の出現が増えた変わりに不審者は減っている。だが無くなったわけではないので出てもなんら不思議はない。住んでいるマンションではないが、別のところでは下着泥棒が出て被害が出ているとか。コンビニ強盗や窃盗被害、広く見れば怪人が出るのと同じくらい起こっている。　世の中の治安がこれからどうなっていくのか、それが心配だ。　今日も１８時の規定時間に仕事を終え、アジサイは病院を出て帰路に付く。　　(次はいつサイタマくんのところに行こうかな。休み明けの夜勤明けとかに行こうかな？確か次の日休みだったし)　そんな予定を考えながら歩いていると何やら不穏な気配を感じた。人通りの多い交差点を過ぎてから暫く、アジサイしか歩いていないからか別の気配も感じやすい。　　(……怪人、ではないみたいね。怪人なら大体獲物見つけたら飛び掛かってきてたし、変に目立ちたくなくて尚且つ隠しきれてない視線や気配、それに交じる物色する気持ち悪さ……ナースステーションで話題になってた不審者ね)　人相手でも能力で対処するのは簡単だが、怪人と違ってこの不審者の場合標的を決めたらしつこく付き纏うかもしれない。脅かすような真似が通用するかは五分五分だろうし、大人しくしてるフリをして撃退する方がいいのか。とはいえこのまま家を特定されるのは不味いからどうにかして撒いて逃げるしかない。　アジサイはそのまま気付いていないフリをして路地を右に曲がる。後を付いて不審者も右に曲がるがアジサイの姿がなく狼狽える。　路地を右に曲がった後、アジサイは能力で浮遊し宙に浮いていた。そのまま飛んでマンションまで帰り、この日は撒いて逃げることが出来た。　それから３日経っても不審者はアジサイに付き纏うのを止めなかった。毎回違う場所で撒いて宙に浮いて帰っているアジサイだが、このまま付き纏われては迷惑だからそろそろケリを付けないと不味い。　　(どうしよう……)　今日で５日目だ。付き纏うだけで何もしないが痺れを切らしてそろそろ何か仕出かそうな気がする。　　――何かあったりされたら言えよ？力になる。　サイタマの言葉を思い出し、アジサイは自宅には戻らずサイタマの家を目指すことにした。とはいえサイタマの家まで付いて来られても迷惑なので、信号の変わりそうな横断歩道を駆けて反対側に渡り、大型トラックがその横断歩道へと曲がってきて死角になったのを利用して宙に舞い上がりサイタマの住むマンションへと向かう。　不審者はアジサイを見失い、辺りを見回していた。　サイタマの住むマンションへとやってきてサイタマの部屋の前にアジサイは降り立つ。ノックしようとしたらドアが開いてサイタマが顔を出してきた。　　「よっ」　　「……どうして……？」　　「んー……なんかアジサイが来そうな気がしたから」　中に入る様に促され、アジサイが中に入るとドアを閉める。　　「どうした？何かあったか？」　　「……私でも対処は出来るけど、やっぱり相談しようと思って……」　部屋に上がり、サイタマに今不審者に付き纏われていることを話した。撒いて能力で宙に浮いて帰宅していること、家の場所は特定されていないこと、付き纏われて５日目だということ、職場で噂されている不審者がどういうことをしているか等全て話した。　全て話し終わると、サイタマは明らかに不機嫌になっていた。顔に筋が浮かんでいて目が吊り上がりかけている。　　「――よし。そいつ俺が捕まえてやる」　　「サイタマくん」　　「アジサイに何かあってからじゃ遅いからな」　任せろ――そう言って両拳を合わせる姿はアジサイの目には逞しく映った。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　２日後、日勤の勤務で仕事を終えたアジサイは何時も通り１８時に病院を出て帰路に付く。その姿を確認し、サイタマは周りを警戒する。アジサイが人通りの多い歩道から離れて住宅街の方へと向かい人通りのない路地に入って直ぐ、不審者は現れた。　　(あいつだな)　ヒーロースーツに身を包んだサイタマは怪しい動きでアジサイの後を付けていく男に近付いていく。　「はぁ、はぁ」と荒い息遣いでアジサイの後ろ姿を見つめる男は想像していた。服の下には柔らかい肌や胸があり、服の上からでも分かるスタイルの良い体に跨ったら良い眺めなんだろうなと妄想が広がる。どんな下着を付けてるかどんな顔で泣いて「止めて」と懇願するのか……想像しただけで欲が膨らむ。　流れそうな涎を手の甲で拭い影から出ようとした時だった。　　「――おい。なに気持ちワリぃ顔でジロジロ見てんだテメェ……殴るぞ」　男の背後に目立った格好をしたスキンヘッドの男が立っていた。ものすごい圧を放ちながら拳を握る男に不審者の男は悲鳴を上げた。　頬に拳を食らった不審者男は一発で伸びていた。サイタマは男の襟足を掴んで近くの交番に男を押し付けて去り、交番の警察官は男の額に張られている内容にすぐさま署に連絡をする。　不審者退治を終えたサイタマはアジサイの部屋を訪ねていた。　　「ありがとう、サイタマくん。……紙にあの不審者が何をしてたか書き起こして張り付けたけど、それで大丈夫かな……？」　　「付き纏われてただけつっても色々聞かれるの嫌だろ？大丈夫だろあれで」　スッキリした様子で緑茶を飲むサイタマはヒーロースーツのままだ。アジサイはサイタマの服を手に隣に腰掛ける。　どうしてアジサイがサイタマの服を持っているのかというと、着替え用でアジサイの部屋にサイタマが何着か置いているのだ。その中からアジサイが選んで持ってきたのである。　　「…………ヒーロースーツ着てるサイタマくん初めて見たな」　　「まあ、あんましアジサイの前で着てねーからな」　　「似合うね！そのマント、靡いたらカッコいいだろうね！――今日はどうする？お茶飲んだら帰る？」　　「……いや。泊まってく」　残りの緑茶を飲み干し、テーブルに置く。　　「これ、着替え。ヒーロースーツどうする？洗う？」　　「いいのか？洗ってもらっても」　　「うん、いいよ」　「んじゃ、お言葉に甘えて」と着替えを手に取って着替える為にサイタマはソファから立ち上がる。　着替えたら洗面所の方に持ってくるよう伝え、アジサイはその場から逃げる様に洗面所へとパタパタと駆けていく。　　(危ない危ない……)　幾ら付き合っているとはいえ着替えるところをそんなマジマジと見るわけにはいかない。いや、見れるわけがない。鍛えているサイタマの体はまあ…………見たことがないわけではない、が……。　　(服着てたら分からないんだよね。まさか脱いだら意外とすごかったなんて……)　筋肉でゴツい男性は好きではない。だがサイタマは別、である。ただ単に惚れた相手だから受け入れられてるというだけなのかもしれないが、彼の裸を見慣れることはない。恥ずかしくて直視なんてアジサイには無理である。　　「アジサイ。頼んでいいか？」　洗濯の準備をしているとサイタマが洗面所にやってきた。声に振り返ってアジサイは固まる。上着を着ず上半身裸でサイタマがヒーロースーツを差し出していたから。　　「ひゃーあっ！？サ、サイタマくん！上！何で上着てないの！？」　　「ん？脱いで下だけ穿いて持ってきたんだ」　　「う、上……上、着てよ……！！」　視線を逸らしながらヒーロースーツを受け取り背を向けた時だった。背後から抱き締められ、アジサイは心の中で絶叫した。　　(わああぁああぁぁあああぁっー！！ひゃぁぁぁああああああぁぁっー！！は、はだ……サイタマくんのはだ、はだ、か……がっ……！！)　内心パニック状態で暴れるなんて選択肢が無く、アジサイは体を固くして抱き締められたままになる。　　「初めてじゃねーだろ？俺の裸見るの」　　「そ……そ、それ、は……そうだけ、ど……そういう問題じゃなく、て……！」　　「……そういう反応してると――襲うぞ……？」　最後は耳元で優しく囁かれ、アジサイの顔が一気に上気していく。　　「…………そこは何か抵抗してもいんじゃねーか？」　　「…………」　髪の隙間から覗く耳が真っ赤で、どういう顔をしているのか気になり腕を緩めてアジサイの肩を掴みゆっくりと正面を向かせる。耳と同様顔も真っ赤で、アジサイは上目遣いでサイタマの顔を見上げてきた。　　「…………(ヤベぇ……可愛い……)」　アジサイの反応が面白くてちょっとからかってやろうという気持ちだったが、こんなに真っ赤になっている姿を見るとからかうだけでは済まなくなる。アジサイとはまあ……キス以上のこともやっては、いる。とはいえやっぱりお互いまだ初心さが拭えないのか中学生の恋愛なのかと思う時もある。でもまあそれが俺達らしさなんだよな。　お互い見つめ合ったまま固まり、アジサイの手がサイタマの胸元に触れる。　　「……直視するのが恥ずかしいってだけで……その……」　　「ワリぃ、ちょっとからかい過ぎた」　苦笑するサイタマはアジサイの頭にキスをしてゆっくりと離れる。　　「ちゃんと上着て向こうで待ってるぞ」　サイタマは洗面所から去って行き、残されたアジサイは胸に抱えるように持ったままのヒーロースーツの存在を思い出し、洗濯ネットにヒーロースーツを入れ洗濯機の中に入れる。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　晩ご飯を済ませた後は少しゆっくりして、お風呂に入って、もう寝るだけの状態なのだがアジサイとサイタマはリビングのソファに座ってテレビを見ていた。　　「最近怪人多いね。大丈夫？サイタマくん。怪我とかしてない？」　　「ワンパンで終わっちまうからな。大丈夫だ」　　「そっか。ならいいんだけど」　　「…………」　　「…………」　それからテレビの音だけがその空間に響き、二人は沈黙する。気まずいとかそういうのではなく、くすぐったい空気が２人を包み込む。アジサイがチラッとサイタマの方を見るとサイタマもこちらを見ていた。どちらからとかではなく同じタイミングで２人共距離を詰め肩同士が触れる。　そしてサイタマがアジサイの手に触れる。それに応えてアジサイもサイタマの手に触れ、恋人繋ぎをする。　　「…………寝るか」　　「…………うん」　テレビと部屋の電気が消され、２人は手を繋いだまま寝室へと向かう。　アジサイはベッドで寝ているので、布団で寝慣れているのなら用意すると言ったのだが、アジサイの部屋に来た際はベッドで寝たいとのことなので２人は同じベッドに入って寝る。ベッドはダブルベッドなので２人で寝るのに何の問題もない広さだ。　ベッドに入って３０分が経った。横を向いていたアジサイだが、サイタマが気になり後ろを気にする。　　(サイタマくん、もう寝ちゃったかな……)　……それは少し寂しい。　やはり不審者に付き纏われていたという恐怖があった為か恋人の温もりにすごく安心した。洗面所での出来事も恥ずかしかったが嫌ではなかった。苦笑を浮かべたサイタマは、自分の反応に傷付いたりしていないだろうか。ちゃんと気持ちを伝えないと誤解させたままになったりしないだろうか。　　「――まだ寝てねーぞ」　背後から聞こえてきた声にアジサイは起き上がる。するとサイタマは背中を向けていたがこちらに体を向け頬杖を付く。　　「ほら」　自分の傍をポンポンと叩き「来ていい」と合図する。アジサイは少し恥ずかしながらもサイタマの傍に行き、横になって顔を隠すように胸元に額を押し付ける。タオルケットを掛け直し、サイタマも横になる。　エアコンが付いてるとはいえ冷えたら困るだろうというサイタマの気遣いだ。　　「…………あの、サイタマくん」　　「ん？」　　「……不審者に付き纏われて、私やっぱり怖かったんだなって思ったの。サイタマくんが隣に居て、温もりを感じることにすごく安心するの」　　「……ん」　　「――洗面所でのことは！その！……恥ずかしいだけで嫌とかじゃないから。サイタマくんが言ったことに抵抗しなかったのは…………触れてもらえるのが嬉しいから」　アジサイは恐る恐るサイタマの背中に腕を回し、服をキュッと掴む。　　「……捕まえてくれてありがとう、サイタマくん。私にとってサイタマくんはヒーローだね」　　「…………ヒーローがこんなことするか？」　サイタマの手が服の裾から中に入ってきて背中を伝う。その動きにアジサイの体はピクッと反応する。　　「アジサイにとって俺が彼氏でありヒーローだっていうなら、するだろうけど」　　「……分かってて言ってるんでしょう？ズルいよ」　　「そうか？」　　「うん。でも――好き。大好きだよ、サイタマくん」　惹かれ合うようにお互いの顔が近付き、唇が合わさる。　不思議な能力があったって怖いものは怖いんだ。自分で対処出来るとしても、やはり頼りになる人に助けを求めてしまう。それがどんなに些細なことでも。そして気付く。怖いって感じて、助けを求めて、頼りになる大好きな人の温もりに安心する……そんな人間として当たり前のことを感じることが出来ると分かった今日この日は、私にとって大切な日だ。　彼にとっても私がそうであるといいな――。　彼は悪いやつを“ワンパン”で倒せる圧倒的な力を得てから何かに悩んでいる。それを私には言わないが、きっとそれは私と同じなのかもしれない。私は不思議な力に――彼は圧倒的な力に――。　似たもの同士で惹かれ合ったなら、私にとって彼の存在が大きくて大切だと気付いたように、彼を支えられる存在になりたい。　私は貴方のことを好き――いえ、愛しているから――。　手が重なり合っているように寄り添って、これからも一緒にいようね。　　　　　　　　　　　　【ヒーロー×一般人　二話】　終わり
22Aug
- ワンパン夢　【ヒーロー×一般人　一話】
  　――自分でも、馬鹿だと思ってる。　７年も片想いなんてよく出来たものだ。相手に知られたら「重い」って言われそう。　中学時代の同級生を想い続けて現在２２歳になる、看護師として働く私はごく普通の一般人である。　この“摩訶不思議”な能力がなければ――。　　「…………」　　『ゲハハハハハッ！！この辺りには好い女がいないと思ってたが、予想以上の女みーっけっ！！いたぶって泣かせるのがいいかなぁ？全部暴いて舐め回してやろうかなぁ？ゲフフフフッ』　夜の帰り道、人気のない緑道公園の遊歩道を歩いていたらいきなり空から“何か”が降ってきた。狼男みたいな外観で長い舌が二股に分かれて動いていて気持ち悪い。前からそうだったのか分からないが時折こうして化け物が現れる時があり、ニュースや新聞にも載るがそこまでの話題ではない。遭遇したら皆悲鳴を上げて逃げているが、女は驚くこともなく静かな表情で化け物を見上げていた。　　『あまりのカッコよさに言葉も出ないか？オレみたいな男に会えてお前は幸運だっ！たっぷり可愛がってやるよっ！』　　「狼男を相手に選ぶほど見境ないまでに落ちぶれてはないから……謹んでお断りします」　女はペコリと一礼して狼男の横を通り過ぎる。軽やかに無視された狼男は怒りに震えて体が徐々に大きくなっていく。　　『優しくしてればつけ上がりやがって……！！恐怖を与えて殺してやらあぁっ！！』　振り返って女を追い駆け、狼男の大きな手が女の背後に迫る。だが――。　狼男の手が女に触れようとした瞬間、バチッと何かに触れ途端に狼男が細かく霧散して体液が広範囲に飛び散った。静かになり、女が立ち止まって振り返った。　　「……バリア張ってるだけでこうミンチになるのも不思議だけど……まあそれはいいとして。このままだと遊歩道なのに歩き辛いから片さないと」　――すると、女と地面や木々に霧散した狼男の残骸が虹色の光を纏い、狼男の残骸や体液が宙に浮き球体となる。　　「確か河川敷の方に物を焼いてるドラム缶があったはず。そこで燃やそうっと」　女に付いていくように球体も動き、遊歩道を歩き出す。　遊歩道を抜けた先の河川敷にあるドラム缶に球体が入ると燃え出し、女は去って行く。　　「――よし、片付け終了！……もう変なのに遭遇しないといいな」　何事も無かったかのように女は階段を上って行き、向こう側へと消えていった。　――そう。いつから何て覚えてない。気が付いたら不思議な力が使えていた。浮遊も炎も力の一部……こんな力が使えるなんて誰にも話していない。どうして使えるのかなんて分からない。　ただ分かるのは、きっとこの力を知れば怖がるか、興味を惹かれるか、特に何とも思わないかの３パターンに分かれるだろう。だが基本は上げた一つ目と二つ目の両極端になるだろう。　……あの人は、どう思うんだろう。　女は何処にいるかも分からない片想いの相手を思い浮かべて、星々が瞬く夜空を見上げた。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　女の名前はアジサイ。親元を離れてＺ市に住み、看護師として働く普通の一般人。ショートボブの黒髪で身長は１６０ｃｍ、歳＝彼氏いない歴の特に変わった特徴もない女性である。ただ一つ・二つ上げるとするなら、本人は平凡と思っているが整った顔立ちとスタイルの良さは持って生まれた恵まれたものだ。　と、そんな風に思わないアジサイは夜勤明けで朝を迎えた今帰宅しているのだが、浮かない顔をしていた。　　(……まさか同期生から告白されるとは……)　帰ろうとしたところを同じ病院で勤務している同期生の男性に引き止められ、想いを告げられた。いきなり言われても何も答えが出ず、考えさせてほしいと言って帰路についているのだが……正直どうすればいいのか分からない。とはいえアジサイの胸に秘められた想い――中学時代の同級生である彼に一目惚れしてから彼以外に目がいかなくなってしまい、同期生の想いには答えられない。だから断りたいのだが……中学卒業から考えて７年。彼を想い続けても何時会えるかも分からないのに、想い続ける必要があるのだろうか。　　(多分気持ち悪いって思われるよね……向こうも覚えてるか分からないし)　中学２年の時だった。1つ上の先輩数人に絡まれて困っていた時、彼が現れて助けてくれた。彼は先輩達に殴られてしまいボロボロになったが、引かなかった。そんな彼に「興が冷めた」と言って去って行った先輩達がいなくなって直ぐアジサイは彼に駆け寄って上体を支え起こした。　　――…………おい……大丈夫か……？　　――私は大丈夫だけど、○○○○くんボロボロだよ？逃げても良かったのに……。　　――逃げる？……逃げたら、お前があいつ等に何されるか……分からねーだろ……。　笑いながらそう言う彼にアジサイは目に涙を浮かべながらも微笑んでそっと彼の手に自らの手を添えた。　あれから何度か話し掛けて話している内に仲良くはなったのだが、気持ちを伝えることはなかった。　　(もう……忘れた方がいいのかな)　想い続けるべきか忘れるべきか、今まで考えてこなかった事に直ぐに答えは出ない。だが、会えるかも分からない人を想い続けてもきっとこの先叶うことはない――そう、僅かながらも思ってしまった。なら同期生に告白されたことをきっかけに少しずつでも忘れていけるようにしていく方がいいのかもしれない。　　「…………」　１日が始まったばかりの朝だというのにまるで地獄に叩き落された気分だ。溜息しか出ない。　帰路の途中に近道で公園の中を通って帰るのだが、何気にふと顔を上げると――青いジャージを着た男性がスクワットをしている光景に目が留まった。　　(……筋トレしてるんだ。朝から頑張ってるんだなぁ……)　横目に見ながらその青ジャージの男性を眺めて歩いていて、顔がよく見える位置に差し掛かった瞬間アジサイの足は自然と止まった。次第に両目は見開かれ瞳が揺れ出す。　　「――９９っ……１００っ！！…………あ？」　スクワットが終わったのだろう。青ジャージの男性がアジサイに気付いた。体が正面を向き、アジサイと向き合う形になる。　　「…………サ、サイタマ……くん……？」　　「…………俺のこと知ってんの？」　――ああ。この声……中学の時と変わって声替わりしているのかもしれないが、アジサイには直ぐに分かった。変わっていても根は変わらない。サイタマくんの声だ！　青ジャージの青年――サイタマは首を傾げた。その仕草にアジサイはハッとしてサイタマに駆け寄る。　　「ご、ごめんなさい！急に声掛けて！……覚えてるか分からないけど、私中学時代の同級生で――」　　「ああ、アジサイだろ？」　　「……お、覚えてくれてるの？」　　「最初は分かんなかったけど、近付いてくるまでの間に思い出した。変わってねーな」　微笑むサイタマにアジサイは胸がきゅっとなる感覚を覚え胸を押さえた。それを隠すように直ぐに話題を振る。　　「――筋トレしてたみたいだけど、体鍛えてるの？」　　「ああ。悪いヤツを一発で倒せるヒーローになるためにな！」　　「ヒーロー？へぇ……カッコいいね！」　　「そ、そうか？」　　「私を助けてくれた時もカッコよかったよ。正しくヒーローだったよ！」　　「俺ボロボロだったじゃねーか」　　「ボロボロでも、何度も立ち上がって先輩達に挑んでたじゃない？私にはヒーローに見えたよ」　アジサイの言葉にサイタマは「そ、そうか？」と頬を掻きながら照れくさそうに視線を這わす。そんな仕草でさえアジサイには胸をときめかす要因でしかなく、心臓が口から出そうな程心拍数が上がり、頬も上気していく。　急な想い人との再会に思考も感情のコントロールも上手く出来ない。胸を占めるのは「今を逃してはいけない」ということだけ。もう二度と会えないかもしれない、やっと会えた、７年経とうと変わらない「好き」だという気持ち……。　　「どうした？急に黙って」　サイタマに話し掛けられてアジサイは顔を上げる。　　「――あのっ！！私、助けてもらったあの時からずっとサイタマくんが好きですっ！！」　声を張ってそういうアジサイにサイタマは驚愕の表情で固まる。　　「おかしいと思われると思うけど、一目惚れで……少ししか話してないけど好きで……今までずっと忘れられなくて…………少しずつでも忘れようと思ってたら急にサイタマくんと会えて……！！会えてこうして顔見て話してたらやっぱり好きだなって思って……！！」　　「…………」　　「！？あ、いや、だからどうこうじゃ、なくて……ただ気持ち伝えたくて……だから、その……！！」　驚愕の表情でジーッと見つめてくるサイタマにアジサイはやっと我に返った。少しずつ後退りながら距離を取る。　　「えっと……あの、その…………私…………――ごめんなさいっ！！」　急に恥ずかしくなってアジサイは踵を返してその場から走り去る。サイタマの呼び止めも耳に入らないのか、あっという間に背中も見えなくなってしまう。　その場に残されたサイタマはというと、引き止めようと伸ばした手をゆっくりと下げ、頭を掻く。　　「…………言い逃げってなんだよ……」　アジサイがタコみたいに顔を赤らめていたそれが移ったのか、サイタマの顔も赤くなっていた。同級生に再会するなんて予想外だったが、まさかアジサイと再会するとは思ってもみない展開だった。　　「……俺があんた助けたのは、カッコつけたかったからなんだけどな……」　顔も腫らしてボコボコだったのに、まさかあれからアジサイに好意を向けられていたとは知らなかった。話し掛けられたのは嬉しかったし、少しは同級生から気にしてもらえる奴に昇格したと思えて調子付きそうだったが、それは何とか抑えた。　話すようにはなったが、それといって進展もなく卒業してしまいアジサイとも会えなくなった。淡い恋心も一時の青春もそれで終わった。２２になるまでどう過ごしてプライベートはどうかって話は割愛するとして、要約するとサイタマもアジサイに好意を抱いていたということだ。　　「……また会えっかな……」　次会ったら言い逃げなんてさせない――そう決めてサイタマは筋トレメニューの続きを始めた。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　その日の夜、アジサイは朝やってしまった自らの醜態に項垂れていた。湯舟に体育座りで口まで浸かり、ブクブクと泡を作っていた。　　(あー…………何やってるんだろう私！７年ぶりに再会していきなり「好き」だなんて告白してしかも逃げるって……超最低じゃない！)　サイタマの驚愕で固まった表情……あれはまさか好意を寄せられていたとは思ってもみなかったという反応だ。しかも７年もずっと？引かれたかもしれない。　　(…………あーあ……終わっちゃったな……)　秘めすぎて抑え込んでいたものが爆発してしまったんだ。それが良いにも悪いにも転じようがもうどちらかしかないんだ。開き直りかもしれないけど腹を括れアジサイ！　　(…………明日、休みなんだよね…………同じ時間帯に行けば会えるかな……)　会えなくてもサイタマと会える可能性は今日再会した公園しかないんだ。会えるまで行ける時は行って、いきなり告白なんてしてしまったことを詫びて、それから――。　　(それから……どうなるっていうんだろう)　想いを伝えてどうなろうというんだろう。付き合う？――いや付き合いたいから告白したとかではなく……ただ、「好き」だって気持ちを伝えたかっただけ。それだけなんだ。だがそれはアジサイの勝手であり、サイタマにとっては迷惑でしかないかもしれない。もしサイタマに相手が居るならアジサイの告白は邪魔でしかないし、居なかったとしてもどう受け取るかはサイタマ次第。　後先考えずに動いたら今みたいに後悔しかしないという事をアジサイは学んだ。衝動のまま動くものではない、抑えが効かなかったらどうしようもないが。　　「…………でも、こんな“能力”があるって分かったら嫌われるかな。化け物なんて言われたらどうしよう――」　　――早く逃げてっ！！もう父さんは人じゃない……化け物になってるのっ！！早く逃げなさいアジサイっ！！――　一瞬のフラッシュバック、女性は何かに踏み潰され床に血だまりを作った。女性を踏み潰した巨体がこちらを見下ろす。　　「――っ！！…………なに、今の……！！」　何時見た光景だろう。自分の名前を呼んだ女性に見覚えはない。父さん？あの巨大化した怪物が？分からない――私の父や母は既に死んでいると聞かされていた。なら今のは――。　何かが矛盾している――そう思うと頭を鷲掴みにされたような痛みに襲われ、アジサイは頭を抱える。　　「っぅ………………なんだったの？……」　痛みは一瞬で引いた。今の映像は……。　　「………………いつの？…………分からない…………」　醜態を晒したり何時見たか分からない映像がフラッシュバックしたりとおかしな１日をアジサイは過ごした。　　　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊　次の日の朝、昨日と同じ時間帯に出勤時の通り道の公園へとやってきた。サイタマの姿を探すが、見当たらずアジサイは肩を落とした。　　「……はぁ……」　いつも決まった時間に公園で筋トレをしているわけではないのか。それとも、自分と顔を合わせる時間帯を避けて他の場所で筋トレをしているか時間帯を変えたのかもしれない。と――。　　「――あ、いた」　背後から聞こえた声に慌てて振り返ると、昨日と同じ青ジャージ姿のサイタマがいた。　　「また来ると思ってたけど早かったな。来るか分かんねーから見える場所で筋トレしてたんだ」　　「あ……おはよう、サイタマくん……」　　あれ？意外と普通……？　てっきりぎこちなくなるとばかり思っていたが……案外サイタマは気にしていないのかもしれない。それはそれでちょっとショックだけど。　　「……あ、あの。昨日は――」　　「あー待った待った！……また言い逃げなんてされても困るから俺から先言っていいか？」　途中で遮られたがアジサイはサイタマに続きを促した。すると咳払いを一つし、サイタマは口を開く。　　「……昨日のことだけど、無かったことにとか言わないよな？」　　「え……？」　　「いや、無かったことにされると俺も困る」　　「？？」　　「つまりだな…………俺も、アジサイのこと好きだから。俺と付き合って下さい」　手を掴まれてジッと目を見てくるサイタマは真剣な表情だ。見つめ返していると手を握るサイタマの手に若干の力が加わる。反射的にアジサイが「はい」とだけ答えると、サイタマは表情を緩めた。　　「……こんな返事が来るとは思ってなかったって顔だな」　　「……思ってもないよ……」　視界が滲んでいき涙が零れる。涙を拭っているとサイタマの手が伸びてきて、指先で目尻の涙を拭われる。顔を上げると微笑みを浮かべていて、釣られてアジサイも微笑み返す。　　「……あの、サイタマくん」　　「ん。どうした？」　　「……言わないといけないことがあって」　アジサイの言葉にサイタマは瞬きをする。　　(本当は――言わない方がいいのかもしれないけど……)　気持ちが先走って告白して、結果的にお互い想いあっていたという両想いだと分かった。いい感じに落ち着いたのにそれを自ら壊そうとする私は、どうしようもない馬鹿なのかもしれない。だけど一緒に居ることが増えるなら、この力のことは話しておかないといずれ知られることになる。もしそれで遠ざけられることになっても――。　　「実は――」　途端地響きと共に地面から巨大ミミズが出現した。先端の口が開き、幾つもの鋭い歯が覗き獲物――アジサイを捕らえて喰い掛かる。だが何かに阻まれてミミズは飛び散り肉塊となる。　　「ミミズが、ミンチになった……」　唖然とするサイタマは直ぐに何かに気付いた。落ち着いたと思ったのも束の間、今度は５匹の巨大ミミズが出現しアジサイとサイタマを捕らえて咆哮を上げる。　　「おいおい、数が増えたぞ！……アジサイ？」　　「……人が話そうとしてるのに邪魔して……楽しい？」　アジサイが虹色の光を纏い、巨大ミミズ等を振り返る。　　「――大人しくしててくれない？大事な話をしようとしてるんだから」　何の前触れもなく空から雷槍が降ってきて巨大ミミズの先端から５匹それぞれに刺さり地面に突き刺さる。止めに一回り大きな雷槍が５匹の中心に落ち、地面の中に押し戻し雷鳴が轟く。　地中から煙が上がり、焦げ臭い臭いが辺りにたち込める。　　「すげぇな今の！アジサイがやったのか！……お、地面に開いた穴が塞がってく」　穴を覗き込むサイタマが辺りを見回す。虹色の光を纏った飛び散った土が開いた穴を塞いでいき、元通りに戻ったのを見届けたサイタマはアジサイを振り返る。　　「今のアジサイがやったのか？」　　「……うん」　　「超能力？いやちょっと違うか……」　　「…………引かないの？おかしな能力使えるんだよ？」　　「アジサイはアジサイだろ？漫画に出てきそうなすげぇ能力じゃねーか！大事にしろよ！」　笑ってそう言うサイタマにアジサイはボロボロと泣き出し、サイタマは傍に駆け寄ったはいいがどうすればいいのか分からずオドオドするだけであった。　アジサイの摩訶不思議な能力も受け入れられ、晴れてアジサイとサイタマは無事付き合えることになった。　アジサイは看護師という仕事もあり夜勤明けや休みの日しかサイタマに会いに行けないが、以前より楽しい毎日を送っている。サイタマは毎日筋トレをして、時に怪人を倒しに行ったりしている。怪人と争った次の日とかにアジサイと会うと見るからにボロボロで傷だらけだからアジサイが半泣きで心配する羽目になり、手当をされながら「大丈夫」と宥める。　そんな日々が流れ１年半を過ぎたころ、サイタマに変化が見られた。　仕事が休みの日、朝何時もの時間に公園へとやってきたアジサイはサイタマを待っていた。青空に浮かぶ雲を眺めていると、声を掛けられた。サイタマだ。　　「おはよう、サイタマくん。違うところで筋トレしてた……の……？」　声のする方向を振り向いて、アジサイは瞬きをした。いつも見る青いジャージ姿はサイタマなのだが……髪が……な、い……？？えっ！？髪の毛が、ない！？？　　「――ど、どうしたのサイタマくん！？？そんな思い詰める程の悩みがあるなら言ってくれれば幾らでも相談に乗って――いやもしかして病気！？病気だったの！？今から精密検査！あーいや問診？触診？まずは看護師として出来るところから――」　　「慌て過ぎだ。落ち着けって」　取り乱すアジサイを宥め、近くのベンチに二人は腰を下ろす。　　「悩みもねーし、病気でもねーから。だからそんな心配しなくても俺は大丈夫だ」　　「ほ、本当？病気じゃないの？」　　「ああ」　落ち着かせるように微笑むサイタマにアジサイは胸を撫で下ろした。肺に溜まった空気を目一杯吐き出すと、体から力が抜けていく。　　「よ、良かったぁ～！」　　「……何でハゲたかは分かんねーけど、思い当たるのは筋トレしてたことくらいだな。それになんか強くなった」　　「筋トレしたらハゲるの？メカニズムが分からないね」　　「…………いいのか？」　質問の意味が分からず首を傾げていると、真剣な面持ちのままサイタマは続ける。　　「彼氏がこんな有様で。気にするだろ？隣歩くの……とか、冷めちまった……とか」　　「どうして？」　　「いや、見る目変わったとか何か変化はあるだろ。俺のこと――」　サイタマとの距離を詰め、アジサイは頬にそっとキスをした。キスされると思ってなかったサイタマはアジサイの行動に目を白黒させる。サイタマの左腕に腕を絡め、アジサイは肩に頭を預ける。　　「髪の毛があるかないかだけで気持ちが変わる程軽くないよ、私。……７年の片想い、甘く見ないでほしいな」　　「…………」　　「カッコいいよ。スキンヘッドになったって。サイタマくんはサイタマくんだから」　　「…………」　　「――ひゃぁ～恥ずかしい！見ないでほしいな何か照れるから……！！もうサイタマくん好き過ぎる重症者で呆れられそうだからー！！」　瞬時にベンチの裏側に移動して小さくなるアジサイにサイタマは思わず吹き出してしまう。笑いを堪えながら自身も裏側に周り、アジサイの頭を撫でる。　　「重症者って…………一緒だな……」　最後何を言ったのかうまく聞き取れなかったが、アジサイが顔を上げると分かっていたのか、サイタマの顔が近付いてきていた。　――馬鹿げていると思っていた。　長年の片想いなんてどうしてしていたのか、そんなものはアジサイでさえも分からない。そうなるようにサイタマとの出会いも定められていたのか、摩訶不思議な能力もそうであるのか、幾ら考えてもそれはきっと神と呼べるものが居るならそれにしか分からないのだろう。　でももしそうであるとするなら、悪くないのかもしれないとアジサイは思った。　　「…………」　元居た所を追い出され、新しい家を見つけることが出来たサイタマの新居に今、アジサイは居る。夜中に目が覚め起き上がると、カーテンの隙間から月明かりが部屋へと入り込んでいた。隣を見ると、サイタマがぐっすりと寝ている。一人分の布団に身を寄せ合うようにして寝ていたとはいえ、心地良い眠りだった。　眠るサイタマを起こすつもりはないが、ちょっとした悪戯心が生まれ、頬を軽くつついてみる。微かに動きはしたものの、起きる気配はない。　　(ふふっ)　これ以上は何もしないでおこう。気持ち良く寝ているのに起こすのは忍びない。　　(……満月か……月明かりってキレイよね……)　能力でカーテンを開き月を拝む。久しぶりに見る満月は溜息が出る程キレイで、そして何処か儚げにも見えた。　　(…………)　何故か、何故か満月の光を浴びる今、フラッシュバックしたあの映像が頭を過る。映像の風景を思い出しながら、アジサイは何かを悟った気がした。普通で、平凡で、長年の片想いをする変わった自分は何処にでもいる普通の一般人だと思っている。だけど今――今は――。　　(――私は――何かを忘れている――)　平凡な人生を歩むと思っているが、いつの間にか忘れ去られているものを思い出したら――それでも平凡なんて言えるのだろうか。思い出したら――それでも普通のままなのだろうか。　　――アジサイはアジサイだろ？　サイタマがそう言ってくれた。　何か忘れていてそれを思い出しても、私は私だ。隣で寝ている貴方が……サイタマくん、貴方がずっと一緒にいてくれるなら……私は私だと、そう言える気がした――。　　　　　　　　　　　　【ヒーロー×一般人　一話】　終わり