『儚きことは、なんとやら』番外編〜天女の舞〜③
藍姫がポアロを訪れてから数週間が経ち、安室は出勤して通常通り仕事を熟していた。何時も通りのポアロでの日常だが、安室の胸の内はモヤついていた。 というのも、藍姫のことが気になり件の神社を訪問し宮司に話を聞いてみたのだが……。 ――彼女はもしかしたら天女様だったのではないかと思うんです!娘に話したら自分も同じ様に夜に鏡池で舞ってみると言い出して、ですが蛍のような光は現れず、あの時感じた芯から震えるような身体に染み渡る温かさは感じなかった……神社を想って現れた天女様が娘に姿形を似せて救ってくれたのではないかと思うんです! 宮司はすっかり三河藍姫のことを天女だと思い込んでいるようで、奇跡を目の当たりしたと家族には話しているらしい。家族以外に話さないのは「そんなバチ当たりなことは出来ない」からだそうだ。 奇跡という点では安室も宮司と同じ様に思うところがある。あの光景がまた見れるかというとそれは無理に等しいと思う。彼女が天女かどうかは置いておいて、別に褒め称えられたいからやったわけではないだろうし、それは安室に対して素で話せる相手が居るかどうか言ったこともそうだろう。 (彼女はただ自分が力になれるのならと手を差し伸べただけ……) それで相手が自分をどう思おうがそこまでは気にしていない。興味もないなら放っておけばいいのに、そうしないから引き付けられる――。 (あの人は相当な人たらしだ) 彼女の側に居た彼等もそうではないだろうか。そうだとすると益々何者なのか分からない。 (このカウンターに彼女達が座っていた事も夢幻だったのかと思ってしまうよ) 確かにこの目で、目の前で彼女達と話していた筈なのに白昼夢だったのかすら疑いたくなる。 (正面向かって彼女と話してみたかった) 何者だとか何処に所属しているとか関係なく、三河藍姫という人と何の気兼ねもなく話してみたかった――その気持ちは安室の本心そのものだ。 そんなことを安室が思っているとはつゆ知らず、その頃その人物とはというと――。 * * * * * * 遡行調査を終えて自身の本丸に戻った藍姫達は何時もの日常に戻っている。戻ってから数日後、藍姫は執務室で遡行調査の結果と提出書類の受け取りで訪問してきた沖浩宮と二人きりで話している。 「――……以上が調査結果になるわ」 「なるほど……事件に巻き込まれた以外は問題無さそうで安心したよ。いや、一人藍姫達に興味を示した人物がいたね」 「興味じゃなくて仕事ととして調べてただけよ。国を守るのがあの人の使命、それ以上でもそれ以下でもない」 「そうは言っても、素でいられる時間があるか気にして助言してあげたんだよね?現に「話し相手になってくれ」と言われたとあるのは、藍姫になら何事にも縛られることなく話せると相手が思ったからじゃないかな?」 「話し相手になるなんて私一言も言ってないんだけど……」 沖浩宮の質問に困った表情で答える藍姫は不満気だ。そんな反応をする藍姫に沖浩宮も困った表情を浮かべる。 (さり気なく見せる優しさが気に入られる要因なんだけれど……言っても理解は難しいかな) 藍姫が気に入られようなんて下心を持っていないからそういう結果になるだけだ。それが霊的だけでなく人にも効果があると知ってしまった立場としてはこの先不安になる。 (でも恋情ではなさそうで安心したよ。公安の彼はどちらかというと友愛の意味合いだろうからね) おそらく自身と似たような境遇だと親近感を感じたのだろう。何かしら同じものを感じれば身構えも緩まるというもの。 それに藍姫の態度からしてこれからまた同時代に遡行調査をしたとしても、公安の彼との接触はなるべく避ける様に動くと予想される。面倒そうな相手と接触してしまったと分かりやすく顔に書いているからだ。 (まぁ彼のことは一先ず置いておいて……) 今回の調査は事件が起きた故に生まれた自然発生だったが、他のものはどうだろう。歴史修正主義者によるものが紛れているとしたら、これまで過去ばかりだったものが何故近代に移ったのか疑問だ。若しくは時間遡行軍を装って過去への攻撃に紛れて特定の何かを狙ってのものだとしたら――。 (そうなれば考えられるのは神宮寺家の血筋を狙ったもの……) 年代的に俊樹さんよりも前になるが、現在に結び付く人物が生まれるきっかけから絶とうということになる。 そうではなく全て自然発生した現象であればこちらの想定の域を出なかったという事にはなるが、可能性であったとしても芽は潰しておかなければならない。 (俊樹さんや巴に繋がる全て、例え過去だろうと存在そのものを無かったことになんてさせない。それを確かめる為にこの調査を秘密裏に行っているんだ) 妙な動きをしている政府役人がいると高智から情報も得ているし、その人物が関わっているのか見定めて処分を下さないといけない。 (結果次第ではあるけれど、どうしてあげようかな) 誰からもお礼を言われることは無いだろうが、そんなことを求めてやる訳ではない。大事な家族である妹と恩人の為に自分がしたいからしているだけなのだから。 先も見据えて策を練りながら報告書の続きに目を通していると、藍姫が席を立った。 「飲み物が欲しくなったから取りに行ってくる。何かいる?」 「藍姫と同じ物でいいよ」 「分かった」 執務室を出て行った藍姫を見送り、沖浩宮は報告書の続きに目を通す。 * * * * * * その頃、藍姫の本丸内のとある部屋では刀剣数振りが集まっていてちょっとしたお茶会のようになっていた。 「で、妙に絡んできてたっていうその男……主に変なことしてないよね?」 「僕や兄弟が見ていた時は何も無かったですよ。二人きりで話したのが一回あったけど、主さんも警戒はしてたし大丈夫だったと思います」 「それなら良いけど。――でも主がそいつを気に入ったりしなくて安心した~。そいつのこと好きにでもなったら審神者辞めるとか言い出すんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたー」 加州清光と堀川国広が会話をし、堀川の答えにお茶を飲みながらさり気なく爆弾を投下する加州に大和守安定が反応する。 「清光!変な事言わないでよ!」 「今回の遡行調査と沖浩宮が調べたっていう調査内容もおれ達に共有されて、その男が女の人に人気だって情報もあったじゃん。だから万が一主が惹かれたりしないかって心配したから、それを山姥切と堀川にも知ってほしいから話したんだけど」 「僕と清光が話してただけだよ?それに勝手に主の好みを決め付けてるみたいで良くないって止めたよね?」 「だからって陰でコソコソするのも違うでしょ」 「それはそうだけど……」 「――主は全く興味無かったがな」 加州と大和守の会話に山姥切が割り込む。 「俺達は主のことを詳しくは知らない。それにそういう内面的な事は俺達にとってもまだ分からないことばかりだ。だが、主があの男に対して何かしら特別なものを感じてる素振りは無かった。それだけはハッキリと言える」 「僕も兄弟と同じです。相手が悪い人じゃないのは理解してたけど、警戒心の方が強くて加州さんや大和守さんが気にしてたようなことにはならないと思います。……これからも絶対無いとは断言出来ないですけど」 山姥切や堀川の言葉を聞いて一先ず落ち着きを見せた加州や大和守は顔を見合わせて顔を綻ばせる。 「もういっそおれ達が主の伴侶でいいじゃん。他所の男に手垢付けられたくないし」 「全振りは無理じゃない?」 「そう?良いあいであ(アイデア)だと思うんだよねぇ。全振り無理だとしても主を特別視してる刀剣は居るんだし?」 悪戯な笑みを浮かべて加州は山姥切を見つめる。そんな加州の視線に山姥切は眉間に皺を寄せる。 「……何故俺を見る……」 「気付かれてないと思ったら大間違いだからね~。ねぇ、鶴丸?」 ずっと黙って事の成り行きを見守る鶴丸国永に加州は話を振った。急に振られたとはいえ鶴丸は落ち着いていて、静かにお茶を飲んでお茶請けを頬張っている。 「ははっ!なんだなんだ?好敵手が増えるとかそんな話かい?」 「話聞いてたくせになに言ってんだか……」 「……まあ俺や山姥切だけに言える話でもないしな。此処にいない刀剣もその男の話を聞いて内心気が気でないんじゃないか」 「そう言う割に余裕な感じだね、鶴丸」 「その男より信頼されてると思ってるからな。――だが次調査があるなら立候補するぜ。牽制って名の驚きをくれてやろうじゃないか!」 「なんか妙な火が点いてる……」 鶴丸の何時になくやる気ある姿に大和守は苦笑を浮かべる。 自身の本丸内にある一室でそんな話がされているとは知らず、藍姫は執務室に戻っていて沖浩宮とお茶をしていた。 「……やっぱり藍姫の好みの味を再現するのは難しいね……」 「??何の話……?」 「家に帰って来た時に好きな物を飲めるようにと思って研究してたんだよ。少しでも近付けれたらと思って色々試してたんだけれど……なるほど、こういう味か……」 「別に全く同じ味じゃなくてもいいよ。味付けは個人で自由にとかでも」 「ブラックからと元から混ぜてあるのとからでは違う。それに、好きなものが飲めるなら少しは気軽に帰ろうかなと思えるだろう?」 「…………(そういうやる気もっと別のところにも発揮すればいいのに……)」 義兄はやる気の有るものと無いものとがハッキリとしていて分かり易い。父さんと同じように大事なものを守る為に手段を択ばないところは見た目だけで舐めてきた相手には効果覿面で、そんな人達は二度と同じような態度は取らない。触らぬ神に祟りなしといったように距離を取って様子を窺うようになる。 (でも、私の知らないところで色々苦労してるのよね。涼しい顔をして、なんでもないように守ってくれて……) だからこうして自分は無事でいられた。そう考えると、こっちからもっとこうした方がとかそんな指図みたいなことは言えない。義兄さんの好きなようにさせている方が身動きも取り易いだろうし。 ふと顔を上げると、飲み足り無さそうな顔をしてカップを見下ろす沖浩宮の顔が目に入る。 「…………おかわり要るなら厨に行く?私が何時も作ってるやり方見たら参考になるんじゃない?」 「……いいのかい?」 「二足の草鞋で忙しいのに、研究なんてする時間あるなら休養に回したら?少しは自分の心身を案じても罰当たらないでしょ」 「心配してくれるの?嬉しいなぁ」 「…………」 嬉しそうな沖浩宮の顔を見つめながら藍姫は肩を竦める。それなりに一緒に暮らしていても義兄はやはり掴みどころがない。前より自分なりに歩み寄ってみたが、それでも義兄を理解するのは難しい。 自分ではそう思っているが、至や勇は沖浩宮が前よりシスコンが増したとかなんとかこっそり教えてくれた。……これまでと大して変わらない気がするが。 (義妹をそこまで可愛がることが出来る姿勢は相変わらず謎だけれど) 何かと謎が多い義兄ではあるが、今回の遡行調査を請け負ったのは何か理由があるのだろう。時の政府の為にというのはあり得ないし、考えられるのは神宮寺家関連で父さんか私が関係している。水面下で動き何事も無かったかのように振舞うのは私に知られたくないのか今は知らせられないからなのか……蚊帳の外だと守られているという実感は薄いが、本来ならそんな風に思いながら生活出来る家ではないのに私がそう感じる様に動いていたという事実は最近気付いたばかりだ。 (今回私に調査を任せているということは、対象の狙いを見極める為ってところかしら。危険性が低いから私に任せて狙いの本丸は自身で調査し判断を下すってところね) 時の政府から預かったというのも嘘だろう。相手に悟られないように下準備もした上で、神宮寺家の古参達と関係があったか探りを入れているんだろう。 (色々と突っ込みたい事はあるけれど、知らん顔のままで良いわよね。詳細が分かれば後に教えてくれるだろうし) 生家に居た時と変わった義兄との関わり方は別に嫌ではない。家に居場所が無いのならと審神者になったが、家の古参達が居なくなり好きな時に生家に帰れるというのなら義兄との接し方も変わるというもの。これからどう関わっていくべきなのか、少しずつでも模索していくしかない。 「――これが私のやり方。最近は甘味を黒蜜に変えて飲むのがお気に入りなの」 「へぇ……黒蜜に変えてもいけるね。これで生家でも再現出来ると思うよ、ありがとう」 「別にお礼言われることじゃないよ」 藍姫の言葉を聞いているのかいないのか、緩んだ表情でカップに口を付けている沖浩宮に藍姫と燭台切光忠は顔を見合わせて苦笑し合う。 遡行調査先で出会った降谷のことなど忘れて日常と化している本丸で刀剣達と過ごす藍姫、再度遡行調査に行ったとしても会うことはないだろうと考えていたとしたら、その認識が甘かったと知るのはまだ先のこと――。 『儚きことは、なんとやら』番外編③ 終わり