『儚きことは、なんとやら』番外編~天女の舞~②
日が変わり、藍姫達は件の神社へと足を運んだ。神社の関係者に話し掛け宮司に取り次いでもらい、少し話をしたいと申し出ると神社の敷地内にある母屋の方へと案内され客間に通された。 十分程待ち、客間に宮司が入って来た。 「お待たせ致しました。……毛利探偵から話は聞いてましたが、本当に娘によく似ていますね。そのせいで事件に巻き込まれたようでなんと言っていいのやら……」 「お気になさらないで下さい。事件に巻き込まれたのも偶然ですし、怪我もしていませんから」 「そう言って頂けると気持ちも少しは楽になります。……鏡池の事でお話があるとの事でしたよね?」 宮司から話が切り出されたので、藍姫が神社を訪ねた理由を話す。 自身も神職に身を置く立場で偶然訪れたこの神社の鏡池に不穏な気配が感じられること、このままにしておくと神社や下手したら周りにも危害が及ぶ可能性もあること、行方不明になっている娘さんの代わりに舞を奉納することも可能だということを宮司に話した。 「……なるほど。お話は分かりました。毛利探偵の話によりますと、撃たれた男性が三河さんを見て驚かれた顔をしていたのは手に掛けたのに生存していたと思ったからか、監禁していた筈なのに脱走したと思ったからかのどちらかではないかと。親としては後者であることを願うばかりですが……」 「私もそうであってほしいと思っています。私が代わりに舞の奉納をし続けるのは難しいですから、一時凌ぎになるより一度だけで後は娘さんが今まで通り定期的に舞を奉納出来ることを願うばかりです。何か進展がありましたら、此処に連絡頂けないでしょうか?」 「分かりました。……娘が舞の奉納をしているのを撮ったものです。もし分からないことがあればお電話下さい」 「無理を言って申し訳ありません。後程お返しいたしますから」 宮司との話が終わり、母屋を後にした藍姫達は歩きながら話をする。 「一時的な対処は何とかなりそうですけど、やっぱり娘さんの事件の結果次第になりそうなところもありますね」 堀川が口を開く。 「主さんの提案はほぼ宮司さん受け入れてくれましたけど、奉納の映像見るだけで分かるんですか?」 「大体はね。勿論実際に舞ってみないと分からないけれど、なんとかなると思うから大丈夫よ」 「この後はどうします?一先ず何処かで休憩してから旅館に戻って練習しますか?」 「そうね。確か旅館に戻るまでの間に喫茶店が……」 色々と話しながら神社から離れ喫茶店まで歩いている道中、歩道を歩いている藍姫達の前から白い車が走って来て駐車帯に入って停まり、運転席から人が降りてきた。 「――三河さん達じゃないですか。何処に行かれるんです?」 声を張って藍姫達に声を掛けてきたのは――安室だった。突然の安室の登場に目を瞬かせる藍姫に山姥切と堀川は無表情だが警戒を強める。 「……安室さん?どうしたんですか?こんなところで何を……」 「貴女達にお話しがあって来たんです。近くに海岸沿いを散策出来る場所があるのでそこでどうです?」 安室からの提案を受け入れ、直ぐの場所にある海岸沿いの散策場所へと移動する。人の姿は無く、藍姫達と安室しか居ない。 「それで、話というのは?」 藍姫が安室に声を掛けると、身体ごとこちらを向き話し始める。 「神社での狙撃事件ですが、犯人が捕まりました」 『!?』 藍姫達の反応を見つつも安室は話を続ける。 「被害者を狙撃したのは、宮司の娘さんとは歳の離れた幼馴染の男性です。被害者の携帯を調べたところ、その男性とのやりとりに加えてSNSで見つけたと思しき闇バイトのやりとりも見つかったそうです。闇バイトの内容は、あの神社にある金目の物を盗み出しブローカーに引き渡すというもの。幼馴染の彼もその闇バイトに関係していたようで、神社の金目の物を盗み出す算段を立てる参謀の役目を請け負っていました。 ですが、幼馴染の彼がその闇バイトに関係していたのは神社に危害を加えようとするのを止めるため。自身も含め関係者全員の情報を自首と共に提出するつもりだったようですが……盗みを実行しようとした時、宮司の娘さんと遭遇してしまったんだそうです。盗みは失敗、見られた以上逃がす訳にもいかないと監禁することにしたそうです。 盗みに入った日にちは舞の奉納日である毎月十五日の数日前、宮司の娘さんが行方不明になった時期と重なります。それから五日あまり、娘さんは雑居ビルで監禁されていて、食事等は幼馴染の彼が定期的に持って行っていたそうです。 ところが他の闇バイト連中が娘さんによからぬことをしそうな素振りが見られ、安全確保の為幼馴染の彼が雑居ビルから別の場所へ移動させ数ヶ月匿っていたそうです。それを被害者には「脱走した」と伝えていたそうで、被害者は再度神社に盗みに入るタイミングを窺い貼り付くついでに娘さんを探していたらしく、それを利用して幼馴染は殺害を企て実行した。 実行当日、三河さんを見掛けて幼馴染の彼は大変驚いたそうですよ。貴女に近付く被害者を見て、後に何をするか分からないとみて此処で消すしかない――殺意を持って射殺したと自供したそうです。因みに幼馴染の彼は娘さんを連れて自首してきました。娘さんは念の為検査入院で一週間ほど入院するそうです」 「射殺した時に使った銃は?どうしてその人銃を扱えたんですか?」 「猟友会に所属していて猟銃の免許を持っているそうです。腕前はかなりのものだそうですよ」 「そうなんですね。……事件が解決して良かったです」 そう藍姫が微笑を浮かべながら言うと、安室は面食らった顔をしてこちらを見つめてくる。 「……巻き込んだお詫びになるかは分かりませんが、良かったらポアロにいらして下さい。都内の大学に通っているのなら時間があれば是非。サービスしますよ」 名刺サイズのポアロの宣伝紙を差し出してきたので何となく受け取り、見つめる。 「寄れる時間があれば考えておきます」 「この後はどうされるんですか?」 「旅館に戻るまでの途中に喫茶店があるみたいなので、そこで軽く食べてから旅館に戻ろうって話してたんです」 「良かったら送り届けましょうか?」 そうにこやかに言葉を放った安室に藍姫達は皆目が点になる。 「送るついでに僕が奢りますよ」 「い、いやそんないいですよ!安室さんも探偵の仕事とかで忙しいでしょうし」 「お気になさらず。貴女達に事件解決を伝えるのが今日の僕の仕事ですから。学生は色々と大変ですから、出費を抑えられると思って、ね?」 ね?って……首傾げる仕草がなんとも様になっていることで……私より年上だよね? どう返答すればいいのか困っていると、右隣に立つ山姥切が藍姫の肩に手を置いて声を掛けてきた。 「いいんじゃないか。当の本人が良いと言っているのなら」 「そうですよ。お言葉に甘えましょう、藍姫さん!」 堀川も安室の提案を受けても良いのではと言うので、二振りが良いと言うのなら大丈夫かと思い藍姫は安室の提案を受け入れた。とはいえ何やら山姥切達と安室の間に見えない攻防の壁があるような気もした。 * * * * * * 寄った喫茶店では安室に奢ってもらい、そのまま旅館まで送ってもらうことになった。和やかではあったが、お互い腹の探り合いというかにこやかなのに静かな攻防に決着は付かず、山姥切達と安室の間に挟まれて何とも言えない居心地ではあった。 「すみません、奢って頂いた上に旅館まで送ってもらって」 「いえ、お安い御用ですよ。これで僕の役目も終わったので帰りますね」 これで何とも言えない空気から解放される――と思ったのだが、安室に声を掛けられ開いた助手席の窓から車内を覗き込むと、安室は声を潜めて言った。 〈――出来れば今度二人きりでお茶でもどうです?〉 「……はい……?」 「ポアロに来て頂けるの楽しみにしてますね」 何事も無かったかのように去って行く安室の車を見送り、藍姫は溜息を付く。 「何を話されたんですか?」 「ううん、何でもないわ」 旅館に戻るとフロントで声を掛けられ電話がきていると言われた。電話の相手は宮司で、事件が解決したという旨、行方不明だった娘が無事だったことと検査入院でもう暫く家には戻れないこと、次舞の奉納が出来るとしたら来月になるだろうという内容だった。 舞の奉納をしている人が無事に戻ってくると分かれば自分達のすべきことは、淀みを解消して保てるよう繋げること。 藍姫は宮司に「今夜にでも奉納出来るように必要な物を用意してほしい」と迷いなく告げた。 「……疑うわけではないが、本当に大丈夫なのか?主」 「大体六時間くらいですね。根を詰めれば形にはなると思いますけど」 藍姫の思い切った行動に二振りは心配そうな表情で声を掛けてきた。自分でも思い切った事を口にしたとは思ったが、不安は無い。その根拠は何かと聞かれれば上手く言えないが、何故か「大丈夫」だと直感したのだ。 心配する山姥切達に藍姫は微笑み掛けた。 「――ありがとう心配してくれて。だけど大丈夫、私を信じて。まんばくん、堀川くん」 曇った表情だった二振りだったが、藍姫の言葉に表情が和らぎ微笑み返してくれた。 * * * * * * 素性を全く掴めない藍姫達の事が気になり、安室――降谷は旅館の近くで動向を見張っていた。昼前に事件解決の旨を伝える為に旅館を訪ねたが、外出しているというので近くを探したら直ぐに見つかった。 旅館からの移動手段は徒歩。徒歩で移動出来る範囲は最大で神社まで。自然を感じられるよう散策マップが設けられているので、徒歩で自然を感じつつ地域の人々とのふれあいを感じられるのも徒歩ならではだというのかこの辺りの売りらしい。 (マップは手にしていなかったし、三河さん達が歩いて来た方向は神社がある方角……) 一体彼女達は何をしに此処へ来たのだろう。初めて会ったのも神社で、それからまた神社を訪れたとなるとあの神社と彼女達の素性に何か関係があるのかもしれない。 「……もう一度行ってみるしかないか」 盗聴器もGPSもダメになって動向を探れない今、少しでも何か得るためには動くしかない。 「?――あれは……」 旅館から出てくる人影が見え、何処かに出掛ける後ろ姿だけが見えた。向かう方向は神社のある方向、こんな夜の時間に行く理由なんて普通無いが、もしかしたら彼女達かもしれない――そう思い尾行することにした。 神社の鳥居が見えてきてもう直ぐ着くという時、人影が消え見失ってしまった。 「…………幸い神社の敷地内には入れる。探すしかないか」 鳥居を潜って敷地内に入った降谷を木々の影から見つめる山姥切と堀川の姿が。 降谷が神社に到着した頃、藍姫は神社の宮司が用意してくれた鈴を手に鏡池の中心まで伸びる橋を渡った先の東屋の中心に立っていた。関係者しか立ち入れられない正方形の板張りと四方を囲む欄干があるだけのものだが、舞を舞う舞台だけあって神聖な雰囲気を纏い緊張感が漂っている。 宮司は隅の方に立ち、藍姫を見守る。 「……ありがとうございます。余所者が急に言い出して提案した事とはいい承諾して下さって」 「いえ。長年神職をしていますが“本物”だと思ったことは初めてです。ちゃんと向き合ってきたつもりですが、私もまだまだですね……これからは私も本物の神職になれるよう務めます。その為に見守らせて下さい」 宮司の言葉に藍姫は困った笑みを浮かべるが、それも一瞬で真剣な顔付きになり深呼吸をする。 ――シャン……。 藍姫が手にする鈴が音を立てると、その場の空気が一変した。 神社の敷地内に入った降谷は鏡池を目指して歩いていた。昼間に訪れた時とは違って厳かさが増し、奥に進む度に身体中に少しずつ重しが足されていく感覚を覚えた。捜査の時や組織の任務の時とも違う本能に直接訴え掛けられている様な警鐘は初めてで、神聖な場所だからこそ何か感じるものがあるのかもしれない。 ――。 何か音が聞こえてきた。 音が聞こえてきた方向は鏡池の方からで、遠目に池の全容が見える位置で降谷は立ち止まり息を呑んだ。池に吸い寄せられているかの様に蛍の様な小さな光が飛び回っていて、鏡池の中心に建つ東屋で舞っている人が居た。 (あれは……) 凛とした姿で迷いない足運びで舞っているのは三河藍姫だった。和装ではないが様になっていて、とてもではないが初心者ではない動きだ。キレの中に混ざる滑らかな仕草や目配せ、正しくプロのものだ。 (舞は一般公開されているのもあって知っているが、出来が全然違う。宮司の娘さんも幼少期から教わって舞うようになったのは高校生かららしいが経験値は決して低くない) それを考慮しても今目にしている三河藍姫の舞は経験値を含めてもそれ以外のものが出来を底上げしているような気がする。纏うものか、この神秘な光景を味方にする知られざる魅力か……ただ今言えるのは――。 「――綺麗だ……」 別名「天女の舞」とはよく言ったものだと思ったが、今目の前の舞はそう言えるものだと素直に思う。もしかしたら教養を受けていると推理した僕の読みは合っていたのだろう。やはりただの一般人ではない。 だがこれ以上見張ったりしても何の情報も得られないだろう。後退も進展もしない、足踏み状態のまま……しつこく付き纏えば相手が何の行動を起こすか分からない。此処が潮時だ。 舞の奉納が終わっても何処からともなく出現した蛍のような光は宙を飛び回っていた。特にそれを気にすることもなく藍姫は宮司の元へと歩み寄って行き鈴を手渡す。 「……鏡池の負の気配は無くなりました。これで次舞の奉納をするまで大丈夫だと思います」 「貴女は一体……」 「説明した時もお話したでしょう?神職齧りのただの学生です。これで私の気掛かりも無くなりましたから、他のところを見て回って勉強してきます。――あ、お借りしていた物お返ししますね。それでは」 一礼して去って行く藍姫を無言で見送る宮司は姿が見えなくなるまでずっと藍姫の姿を目で追っていた。数時間の詰めた練習であそこまでのクオリティーに仕上げてくるなんて思いもしなかった。彼女は齧っただけだと言っていたが、初心者や齧っただけの人がこんな神秘な光景を生み出せる筈がない。 一瞬鈴に目を落として再び藍姫の後ろ姿を探したが見つからなかった。もしかしたら娘の姿を纏った天女だったのではないか、そう思いながら宮司は蛍のような光が無くなるまで鏡池を眺めるのだった。 鏡池から離れて神社の鳥居前まで移動した藍姫に山姥切と堀川が近付いて来た。 「お疲れ様です、主さん。上手くいったみたいですね」 「ええ。……それで、どうだった?」 「思っていた通り、あの安室とかいう男俺達の後を付けて此処まで来たぞ。遠目に鏡池を見ていたが直ぐに去って行った」 「なるほど。調べても何も出てこない、観察しても何も得られない、諦めたとしても陰で調べ続けることはしそうね」 そう言いながらも考え込む藍姫に山姥切と堀川は顔を見合わせる。 「どうかしたのか?主」 「…………気にしなくていいとしても、影でコソコソされるのは気分が悪いからちょっと釘を刺しに行ってみてもいいかもしれないわね」 「釘を刺しにって……大丈夫なんですか?」 「あくまでも素のあの人への警告は効くと思うのよ。向こうも立場がある以上下手に踏み込んで不利になるのは望まない筈……行ってみましょう、明日ポアロってお店に」 * * * * * * 日が変わり、ポアロへの出勤日である安室はポアロの店員として仕事を熟し何時もと変わらない時間が過ぎて行く。午前中の混む時間帯が過ぎ、昼前のお客さんも一人も居ない静寂な空間に安心しながら片付けをしていると――お店のドアが開き来店を知らせるベルが鳴る。 「いらっしゃいま、せ……」 顔を上げると思いもしない来客に安室は驚きに目を見開かせる。 「こんにちは。近くに来たもので寄ってみました」 来店したのは三河藍姫だった。傍に居た二人の姿はなく、一人で来たらしい。 安室から貰った名刺サイズのポアロの宣伝紙にあった住所に足を運ぶと、お店は開いていて中に客の姿は一人も無く好都合だった。山姥切と堀川には店の外で待機をお願いし藍姫は躊躇いも無くポアロの店内へ。店員は安室一人で、片付けをしながら顔を上げ挨拶でこちらを向いた瞬間驚いた表情で固まった。 店内を見回しながら藍姫は口を開く。 「他にお客さんも居ない時間帯で良かったです。出来れば貴方と二人きりの方が話し易いので」 「二人きりは嬉しいシチュエーションですが、僕と何の話を――」 「本来の貴方へ向けてのお話ですよ。不味いですよね?聞かれては」 そう口にすると安室の顔色が変わった。口元に薄らと笑みを浮かべると、お店の外の札を「close」へと変えてドアを閉める。 「……何処まで知っているんだ?」 「全部です」 「何が目的だ」 「の、前に……録音・撮影・盗聴、或いは第三者へそれ等を提供して保存させようとしている――つまり何かしらの裏も含めての手段全てしないで頂きたいです。こっそりと残しておくのもダメですよ?目の前で全て無くしてください」 「…………分かった。貴女の言う通りにします」 安室は手持ちの携帯、イヤホン、電話を掛けて言う通りにする様に伝えたりと素直に藍姫の要求を呑んで行動する。 「……全て止めましたよ。勿論こっそりというのも全て」 「そう言いつつ実は残してましたってなっても分かるので。……ただ勘違いしてもらいたくないのは、私達は貴方をどうこうしようと思ってもいないので貴方の素性を話すこともありません。私達は成すべきことをしているだけ、それが出来ればいいんです。調べようとするのは勝手ですが意味は無いので」 「それは幾ら調べても何も出ないからということか?それを分かっているということは、やはり貴女は情報が漏らされない自覚があるということ。貴女は一体何者なんだ?」 神社での時とは口調や雰囲気が全く違う。おそらく今は降谷零として目の前に居ることに変わりはないだろうが、素とはちょっと違うのだろう。いつも仮面を付けてその人物になって生活しているとなると、素になる瞬間があるのか私の知るところではないが、心配にもなる。 藍姫は降谷の目を真っ直ぐ見つめて答える。 「そうですね――貴方と同じ守るものの為に命を賭けて戦う――ということですかね」 そう口にしながら本丸の刀剣達や義兄を含めた神宮寺家の面々、幼馴染の事を思い浮かべると自然と表情が緩んでいるのが分かる。嘘は言っていないし、自分にとっては審神者として刀剣達と一緒に歴史を守るというのは皆を守ることと同義だ。 歴史が変われば後世まで残っているものが変わり未来も変わる。自分も含めてそれは多くの人々の家族や友人、大切な人、多くの人々に関わる大事な事だ。歴史修正主義者が何を思って時間遡行軍を送り込むのか理由は分からない。ただ歴史を変えたいから送り込むということだけは事実で、正義だろうと悪だろうとなんであろうと歪めて無かったことや起こらなかったことにするのは違う。この国の千年単位の長い歴史があるから今の自分があるといっても過言ではないのだから。 「それはそうと、貴方ってどの仮面を付けた状態じゃない素の状態の時ってあるんですか?」 「どうしてそんなことを聞くんだ?」 「ふと思ったんですよ。日常会話でも話して良いこととそうでないこと、隙を見せないこと、気を抜いた状態を見せない様に生活してたら自分でも気付かない内に負荷が蓄積して大変じゃないかと思ったんですよ。そんなこと何一つ気にせず話せる人でもいたら大分違うとは思うんですけど、貴方はどうなのかなと思って……でも貴方器用みたいですし、そんなこと言われる筋合い無さそうですね」 一先ず降谷に言いたい事は言えたし、此処に居る必要も無いと思いポアロを後にしようとドアに向かうと――。 「――折角来たんですから、食べて行ってください」 その言葉に後ろを振り返ると、随分と穏やかな表情でこちらを見つめてくる降谷と目が合う。 一体何者なのか……そう問い掛けて素直に答えてくれることは期待していなかったが、思ってもいない返答に何を言えばいいのか分からなかった。 ――そうですね――貴方と同じ守るものの為に命を賭けて戦う――ということですかね。 そう口にする彼女の表情は晴れやかな笑顔で眩しく感じられた。「命を賭けて戦う」なんて真剣な顔付きで言いそうなものを笑顔で口に出来る……人によっては異常と言うかもしれないが、彼女にとって守るものの為に出来ることが嬉しいのだろう。自分より年下だと思っている相手が今まで見てきた人々より遥かに大人に見える。 ――そんなこと何一つ気にせず話せる人でもいたら大分違うとは思うんですけど、貴方はどうなのかと思って……。 まるで知り合いに僕と同じ様な人が居る口振りだ。だがその人物は素で話せる相手が居て僕とは違う……そんな風に受け取れる。 (僕は素にもなれず仮面を付け替えて生活してると三河さんは思ったということか) 素でいる瞬間が無い訳じゃない。確かに気は抜けないし、公安・黒の組織・探偵とその時々で顔を使い分けているのは事実、そんなことを気にせず話せる相手がいるかというと難しいことではある。 (何時何処で知られたりするか分からないからな。逆に何も気にせず話せる相手を見つける方が難しい――) そう内心思ったがその条件に当て嵌まる人物が目の前にいるではないか。自分の素性は知られているし、こちらが何一つ把握出来ないのがもどかしいところではあるが敵意は無い。寧ろ興味すら持たれていない。それなのに心配したりするのは根が優しいのだろう。興味が無いのなら知らんぷりをしていれば良いのに、そうやって不意な優しさを見せるのは良くない。 (悪い人だ……逆にこちらの興味を引くとは) 話が終わったと判断したのかポアロから出て行こうと出入口に向かう藍姫の背中に降谷は声を掛ける。こちらを振り返った藍姫はきょとんとした間抜けな表情をしていて、なんだか毒気を抜かれた気分になり表情が緩む。 「毛利先生がご迷惑を掛けたお詫びも兼ねてサービスしますよ。今日は彼等は一緒ではないんですか?」 「外に居ます。ちゃんと全員分お金は払いますから」 「いいんですよ」 「ダメです。代わりに貴方が払うんでしょうがこちらはお客としての立場ですから」 「仮を作らない為、ですか」 「分かってるじゃないですか」 笑顔でそう言うと、ポアロの外に居るらしい連れの彼等を呼び入れる。 * * * * * * ポアロには話をしに行っただけだったのだが、まさか安室から「食べて行って」と言われるとは思わなかった。事件解決の旨を伝えに来た時に「サービスする」とは言ってたが、こういうことだったのだろうか。 料理はおまかせでお願いしたので、最後にとっておきのデザートを用意すると言ってたが何を作るのだろう。ホットカフェオレを飲みながら安室の手際をカウンターから眺めていると、安室が口を開いた。 「今作ってるのは試作なので、これに関しては代金は要りません。何度か試作をして調整を重ねた最終段階なので」 「お店で出すものを私達が食べていいんですか?」 「大丈夫ですよ。店長や梓さんには三河さん達の後に食べてもらう予定で数に入れて作ってますから」 手際良く作業を続ける安室の手付きに藍姫は感心していた。本丸の厨で燭台切や歌仙が調理している姿も見たことはあるが、遜色無い気がする。気持ち燭台切達に軍配が上がるかといったところだろうか。 (燭台切が此処に居たら、色々聞いて話に花を咲かせてるんだろうな。調理に関しては得意な刀剣達に任せっきりだし、出来る人と話とかさせた方が刺激が得られてタメになるんだろうけれど……) 今回はあくまで遡行調査として刀剣の同行が許されているから一緒に動けるが、基本的に時間遡行軍が現れる時代への派遣や時の政府内までしか動けず時の政府外である現世には出られない。だからこの遡行調査で全振りは無理でも少しでも何かしらの経験をさせて見聞を広げてあげたい。 「…………」 「考え込んでどうしたんです?」 「……自分が作ったものを嬉しそうに食べてもらうのは好きですか?」 「自分で食べるのは勿論、誰かに食べてもらえる方が作り甲斐はあるかな」 「良い主夫になれますね」 「三河さんは食べる専門ですか?」 クスクスと笑う安室は楽しそうで、どうやら基本的に誰かの為に何かをするのは好きなのだろう。 (悪い人ではなさそうなのよね……) おそらく良い人だとは思う。そこから顔見知り、知り合い、友人と仲を深めたいかどうかは私自身だったら遠慮したい。少ししか関わっていないが、色々と面倒くさい事が起きるような気がしている。強引で押しが強そうなところは義兄とはまた違った面倒くささに思えてそういう類の人間は義兄だけで十分だ。 デザートも食べ終え、お金も三人分支払って帰ろうとする藍姫達を安室が引き止める。 「最後に一つ構わないか?」 「なんですか?」 「自分の発言に責任を取るつもりはあるかの確認だよ」 安室が何を言っているのか分からず藍姫が首を傾げていても、安室は続ける。 「僕の話し相手になってくれるんだろう?そうすると約束をしないなら帰すつもりはない」 「…………はい?」 不敵な笑みを浮かべる安室の顔を藍姫は瞬きを繰り返しながら見つめる。話し相手?いやそれはそういう人が居るのかどうかって話しただけで私がその相手になると言った覚えはないんだが。 状況が良くないと感じたのか、山姥切と堀川が傍に来る。 「大丈夫。まんばくんと堀川くんは外で待ってて」 「だが――」 山姥切が食い下がろうとするが、藍姫が微笑んで見せその姿に口を噤み、言葉通り堀川と共にポアロの外に出る。 (――さて、まさかの提案に驚いたけれど……) 安室を振り返ると依然として不敵な笑みを浮かべたままだ。藍姫は溜息を付く。 「……どうして私が貴方の話し相手に?素で話せる相手云々の話はしましたけど、私がその相手になるとまで言った覚えは無いんですけど。まだ素性を探ろうって魂胆ですか?」 「まさか。貴女達の素性を調べるつもりはない。僕としては折角の縁を無駄にするのは良くない、たまにでも気兼ねなく話が出来る人がいたら良いなと思っただけのこと。何か問題でも?」 「貴方結構強引な手法を取るんですね……(まぁ、そんな手法取られようと折れるつもりはないけれど)」 此処までされれば大抵なら相手の思い通りにするしかないのかもしれないが、身近に安室よりも癖の強い人物・人達が居ると緩和されて可愛らしく感じてしまう。自分で言うのもなんだがそこまでか弱いとは思っていない。 フッ――口元に笑みを浮かべた藍姫の顔付きが変わる。 「残念ですがお約束は致し兼ねます。そんなつもりはありませんからこれで失礼します」 「どうして――」 「鏡池での事を見ていたのなら分かると思いますが、一時の夢幻(ゆめまぼろし)ですよ」 そう言い残し藍姫はポアロを出て行く。安室は直ぐに後を追ってポアロの外に出たが、藍姫達の姿は無かった。言い残した「夢幻」の様に一瞬で姿を消したのだった。 『儚きことは、なんとやら』番外編② 終わり