日韓年の差夫婦☆バイリンガル☆脱ステ -12ページ目
日韓 年の差夫婦です

バイリンガルの10歳娘の学習や
日本での暮らしの中で感じたこと
などを綴っています
こんばんは~


三連休の最終日
皆さんは、いかがお過ごしですか?
我が家は、娘が1月で
10歳の誕生日を迎えて
欲しいものはないから
竹下通りへ行きたい~ 
との、リクエストだったので
1つだけアッパが買ってあげて
あとの欲しいものは
すべて自分のお小遣いで支払う
という約束で、この週末
3人で原宿へ行ってきました~
私が小6の時に初めて
友達と2人だけで電車で行きたい
と言ったのが、原宿

と、猛反対をしてきたけど
父が『大丈夫だ、行かせろ

』
と、許可してくれて
赤い缶缶バッグを持って
竹下通りでのショッピングと
竹の子族を観に行ったの
(あの時はスマホもGPSもない
帰りが遅くても探す手段がない。
子供への心配が耐えない時代
だったのかな~? )
そんな自分自身の経験からも
親の手を借りずに
友達と行動したい
と、娘が私たちから離れる時が
刻々と迫っているのがわかるので
今回は、娘が
楽しむ

という目的の他に
①娘に一切、声かけはせず
自由に買い物をさせる
②繁華街でのヤバい人
危ない人の見分け方を教える
③場所による犯罪、火災などの
危険性、危機管理
これらを伝えるにも
良きチャンスでした

うちは、『お金の教育』の一貫で
お小遣い制ではなく
小2の夏から仕事をして稼ぐ
ことをさせていまして

10円... 20円...50円...と
チリツモで安いお給料を貯めて
たまーにクレーンゲームとか
セリアで200円買うとか
それくらいしか使わないので
娘のお財布には
5千円以上は持っているの。
今回の
初めての自分のお金での原宿で
欲しい物の値段と
そのエリアの物価を知ること
残金と相談しながら
本当に欲しいものを決めること
それらの学習をするためだから
絶対に娘に1つ以上は
買ってあげちゃだけだよって
韓国人旦那に
凄く言い聞かせて
行ったにもかかわらず
もう、あれもこれも
全部食べさせてあげたい
すべて買ってあげたい旦那が
じゃあ、これはアッパが...
と、隙あらばお金をだそうと
してくるので、すべで阻止

最終的に旦那は
娘が入った店には
そして、店の外で娘を
待っている時間に
次に続く仕事の
モチベーションを高めるためにも
買えないものが
あることを知るのも大事

と、懇々と旦那に説明をして...
わかった ... 
と、何度も言ってたくせに
ぼくも映るから
プリクラ代だけは~

と
シレッと両替まで済ませ
小銭まで用意している始末....
(許してあげたけど)

もうさ
最近では、娘の男の子同級生にも
ガチ切れして
ギャーギャー凄かったり
(リアルタイムなので、まだ
シェア出来ない話だけど...)
まじで、娘が好きすぎて
ヤバイ化してるのよね
うちの旦那っ

(マジで先が思いやられる)
って、前置きが
長くなってしまったけれど
娘は原宿を大満喫して
『 本当に楽しかったな~
ハマる~、お金貯めてまた行く』
と、言ってました

娘の第1目的が
ベビタピ東京

だったのに
11時オープンの前に到着するも
まさかの、オンライン販売の
『ファストパス』がないと
入れないシステム

(これも事前リサーチは娘がやる事)

Youtuber のプロデュース力って
凄いよね~
子供たちがウヨウヨだったわ
と、サクと切り替え
先ゆく娘の後を追い
いざ、竹下通りへ ~
似顔絵 1000円なり~



推しのグッズの店
(なんか色々高いお店だったね)

ロンゲストポテト 800円
(塩はないと言われバター醤油味)
このポテトで
一瞬で娘のジャケットが

うんちっちソフト800円
便座の下にはコーンフレーク入り

娘の食べてるものを味見するアッパ

旦那は、キャメルアップル
クレープを購入。
せっかくなので老婆も
ポテトハムを


ランチは、久々のメキシカン
美味しかった ~(量が少なすぎるけど)

娘が決めた
スクイーズのフランスパンは
アッパからの誕生日プレゼント
3800円

家を出る前に
自分でお財布に注意のメモを貼り
6千円を持って出た娘

この日、使ったお金は
お財布に千円、残せたね
凄い凄い~

この日、娘は自分で
マネーマネージメントを経験。
その他には....
友達ともハグれた時の集合場所を
必ず、決めておくこと
30分しても相手と会えない場合
トラブルを疑うこと
地下の店で火災があったら
逃げ場がないので出口確認を
怠らないこと
派手派手服の奇妙な人や
勧誘の外国人たちの中にも
ホームレスや
メンタルシックの人がいるので
近ずかないこと
裏通りの店、死角の店には
子供だけ、ひとりで入らないこと
人が集まる所には
スリや詐欺師も来てるので
財布の入れ場所
荷物の持ち方の工夫
助けを求める時の
大人の選び方 
以上のことを教えてみたけど
どれくらい娘の頭に入ったかな?
今回の娘の原宿デビューで
思ったこと。
この歳になっても
悪い人間や場所を感じる
センサーみたいなものは
衰えていないもんだな、と
自分で驚いた

親に嘘をついて、15~16歳の頃
週2で新宿歌舞伎町や渋谷の
ディスコに出入りしてたので
そうなると
親の把握していない
学校以外のコミュニティが
一気に出来て
(ドラッグの売人と知り合ったり
AVに入っちゃう友達がいたりとか)
それなりの修羅場は
数多く経験してると思うので
これから、親元を離れていく娘には
ヤバさに気がつける勘と
逃げ方を素早く考える頭脳を
身につけて欲しいなと。
(これは旦那にも頼まれてる。
私の思考回路を娘に伝授して
欲しいらしい)
そりゃあさ、そんなことに
巻き込まれない環境で
生活をしてて欲しいけどね
でも現実は、普通の人の中に
泥棒もサイコも犯罪者も
一緒に生活しているわけだし
普通に見えて
心は魔物に支配されてる人も
沢山いるわけで....。
そんな話を もう
娘に伝えている
我が家のお話でした....

夜の世界に見切りを付けて
ハワイに留学するまでのお話を
書いています
以前のものはザックリ書いたので
詳細を足しながらの再投稿です
ホステスを20年間してきた私が
37歳の時にすべてを手放し
ハワイに留学したお話
いつも読んでくださり
ありがとうございます
気軽にコメントくださいね 
◆最初から読んでもいいよ
という方はこちらからどうぞ
当時21歳の静香ちゃんが
どのように
自立をしていったのか
少し長くなると思うけど
数回に分けて、そのお話を書くね
(良かったら読んでね)
DV旦那と2歳の子供がいる
静香ちゃんが
週末の2日間だけ
お店に来るようになり
当時まだ、40代前半で
体力もありあまっている、私の母が
あゆちゃんを預かることを
喜んで引き受けてくれたの。
あゆちゃんと遊べる時間を
与えてもらえるだけで幸せだから
と、無償で見てくれてた。
(そこから5年間、母は
預かり役をしてくれました)
私はその頃
当時の彼氏と同棲をしていて
連日、沢山のお客さんが来るし
同伴やアフターにも忙しく
お客さんとの交流もそうだけど
他のホステスの子との
コミュニケーションもある。
なので、閉店後
あゆちゃんを迎えに行く
ほんの短い時間だけで
静香ちゃんと
その日の営業のこととか
彼女がお客さんに
食事に誘われて困ったとか
接客テクニックの相談とか
そんな話をすることが多かったの。
なので、なかなか
静香ちゃんとあゆちゃんが
今まで、どんな生活をしてきて
なぜ、DV旦那と
結婚することになったのか
詳しい事情をゆっくり
聞くチャンスがなかったんだけど。
静香ちゃんが働き始めて
数か月くらい経ったころかな
彼女は家政科の高校を出たらしく
ミシンをやる....と教えてくれた。
夜逃げをしたときね
夜に突然、旦那が帰ってきて
『今から逃げるぞ
荷物は置いていけ』
と、言われたんだって。
その時、すごい急かされて
旦那の顔も引きつり
ヤバそうな顔をしていたので
黙って従うしかなく
せめて、あゆの写真アルバムは

と持ち出そうとすると
そんなもん、いらねぇ

と怒鳴られたらしい。
で、アルバムを持っていくのは
諦めたんだけど
押し入れにあった
ミシンの存在に気が付いて
お母さんの
形見のミシンだけは
お願い、持っていかせて
と、懇願してみるも
また怒鳴られ、却下されたんだけど
それを無視し
無理やり自分でミシンを
車に詰め込んだんだって。
静香ちゃんは
彼女が小学生の高学年の時
母親が癌で亡くなったらしく。
その頃は、まだ
『がん告知』なんていうのが
一般的じゃなかったので
父親からも聞かされていなくて
お母さんが死んだあと
当時の担任の先生から
『お母さん、癌で大変だったね』
と言われ
あ。。。癌って病気だったんだ
と、知ったらしい。
その後、父親と弟と3人で
団地住まいで
炊事、洗濯、団地の掃除とかも
全部、静香ちゃんひとりで
やってたんだって。
お父さんは
連れが亡くなった寂しさから
益々、仕事に没頭するようになり
大分出身の人なので
近くに親戚が一人もいないし
誰を頼ることも出来ず
家庭のことは、すべて
静香ちゃんに任せっきり。
冷蔵庫には
食材は補充されるけど
衣類が小さくなった
生理が始まり、ショーツがいる
ブラがいる....
お父さんがそんなことにまで
気が回るはずもなく...
父親が異性ということで
恥ずかしくて
言いずらいこともあるし
ようやく、下着が欲しいと伝えるも
女の子の下着の値段も
わからないから
千円しかくれないらしい。
(パンツしか買えねぇー

)
で
これを聞いたときさ
旦那からも千円ずつしか
貰えない静香ちゃんに
なにそれ
千円の呪い?
と、突っ込みを入れたら
めちゃくちゃ笑ってくれてさ

あ、この子
こんなに爆笑する子なんだって
声をあげて笑った静香ちゃんを
初めてみた日なので
今でもよく覚えてるわ
続きのお話はこちら
夜の世界に見切りを付けて
ハワイに留学するまでのお話を
書いています
以前のものはザックリ書いたので
詳細を足しながらの再投稿です
ホステスを20年間してきた私が
37歳の時にすべてを手放し
ハワイに留学したお話
いつも読んでくださり
ありがとうございます
気軽にコメントくださいね 
◆最初から読んでもいいよ
という方はこちらからどうぞ
静香ちゃんの旦那が
冷蔵庫に氷がないことに
腹を立てて
暴力を振るい
2歳の子供の後頭部を
蹴り飛ばすことが出来る人
そんなことを知ってしまった
㉘の
お話の続きです
静香ちゃんが、DV旦那のせいで
生活に困ってることを
知ったとはいえ...
彼女にだけ特別扱いで
高い給料を出すことは出来ないし
すべき事ではない。
でも、正式に
週2で働くとなったからには
喋るのが苦手というのを克服し
『接客』というものを
覚えてもらわないと困る。
静香ちゃんは、本当に声も小さくて
物静かで内向的
論理的に考える人だったんだけど
静香ちゃんみたいなタイプの人と
一緒に働いたことがなかった
当時の雇われママの私は
ホステス達が、それぞれの席で
最高のパフォーマンスで
接客をするためには
私の『仕事の頼み方』というか
それぞれに合った
『指示』『指導』みたいなものが
重要になるってことを
全然、わかっていなかったんだよね
だから、いつも
私のオリジナルの指示の出し方
やり方だけで
相手にものを頼んでいたというか。
簡単に説明すると
私は感覚的に
その場の雰囲気
その人のエネルギーを感じることに
長けているので
初めて訪れてくれたお客さんでも
最初の数分の会話で
その人の好む話題、ノリ
タイプの女性などなどを予測して
それに応じた対応が
出来たんだけども。
その感覚的な方法を
私がいくら実践で見せたり
時には言葉で説明しても
静香ちゃんには、難しく
彼女は一向に上手な接客が
出来なかったんだよね
なぜなら、彼女は
情報や知識を必要とする人で
それを元に行動をしていくので
新しいお客さんの席に付く時に
その人の基本情報があった方が
安心もするし
会話の糸口が掴めて
続く会話に持ち込めることが
できやすくなるの。
逆にそれらの情報が少ないと
考えすぎてテンパってしまい
うまく、話すことすら出来ない。
一方、私はというと
連絡先も交換して
何度も来店しているお客さんの
働いてる会社や仕事
年齢や家族の有無とか
そういう基本情報というか
バックグランドを
あ、そう言えば
聞いたことなかったな~
と、全然知らない場合がよくあって。
そんなことよりも
今、この時を
いかに楽しんでもらうか!
ってことに力を注ぐタイプだったから
静香ちゃんに指示を出すときに
シンプルすぎて言葉足らず
な、ことが多かったんだよね
そんな私と
真逆と言っていいほどの
静香ちゃんが
雇われママをしている時に
入ってきて
その時からかな
『人への指示の出し方』
『教え方』というのを
相手により
変える必要があること
に気が付けたのは。
10人いたら、それぞれのタイプ別で
指示の出し方と教え方がある
相手にあった方法で伝えると
すべてがスムーズに動きやすい。
それが出来るようになると
お互いに仕事の効率があがるし
お客さんの『満足度』もあがるし
3者でwin ×win ×win みたいなね
この時に得た、指導のスキル
みたいなものは
今、子育てでも
本当に役にたってるな.....と思う。
教科1つ教えるのにも
娘が理解しやすい言葉、方向
娘が楽しめる方法を取るので
娘は、いまだに
『学ぶ』『知識を身につける』
っということを
楽しんでくれてる
(この先はわからないけど)
これって
静香ちゃんがきっかけで
学べたことだよな.....と
本当に深く思うわ







静香ちゃんのことを話していたら
このことを思い出したので
今日は、書いてみたんだけど
最後、静香ちゃんが
どうなったか
を先に言うと
彼女は、DV旦那と別れ
私が留学するために店を閉めた
最終営業日まで
一緒に働いてくれました
私と誰よりも長く
一緒に働いてくれた人
それが、静香ちゃんです。
彼女が、どのように離婚を決め
自分の足で歩き始め
人生を切り開いていったのか
もう少し、お話は続きます
その他にも、こんなお話があるよ

ベストフレンドが子供を虐待していた話

夢の国で子供に
唾を吐く母親に遭遇した話

韓国の義理弟の彼女が寄生ファミリー。
何千万と食われてしまう話
韓国の義母が自死により
この世を去ってしまった話
続きはこちらになります
夜の世界に見切りを付けて
ハワイに留学するまでのお話を
書いています
以前のものはザックリ書いたので
詳細を足しながらの再投稿です
ホステスを20年間してきた私が
37歳の時にすべてを手放し
ハワイに留学したお話
いつも読んでくださり
ありがとうございます
気軽にコメントくださいね 
◆最初から読んでもいいよ
という方はこちらからどうぞ
静香ちゃんの子供の身体に
アザがあったことから
彼女の旦那が子供にまで
手を挙げていることを知った...
そんなお話の続きです。
私は、その頃から
『気が強い』『鋼のメンタル』と
言われることが多くて
(未だに自覚はないけど)
だからと言って
感情的になるタイプではないし
相手に怒りの感情があったとしても
ある程度貯めて時期を待つというか
自分の目的に応じて
戦略を練って行動するというか
要するに
要領が良いんだと思う。
それに、不思議と若い時から
DV男を見極める
臭覚みたいなものも
備わっていたし
なので、こんな性格でも
静香ちゃんからその話を聞いた時
私は22~23歳だったけど
腕力で適うはずのない相手
女、子供に手を挙げる男は
自分のパートナーには
絶対に選ばない

という考えの持ち主だったし
たとえ、暴力が1度きりで
もしくは
余程の理由があったにせよ
それは、理性が効かない
弱者にだけ強くでる人間という
現れにもなると思っていたので
その人と関わるのが無駄な時間

という考えがあったの。
そんな私が
静香ちゃんの旦那の暴力を知って
真っ先に彼女に対して
思ったことが
子供もいるのに
週に2~3千円しか
くれない男で
子供にまで暴力を振るう...
なんで
彼といるんだろう?
その時は言わなかったけど
心の中では、そう思ってた。
で、具体的に聞いてみたのよ
旦那は、どんな内容で怒り
どの程度の暴力なのか? って。
そしたらさ
マジで、世の中に
そんな人間がいることをまだ
知らなかった私は
旦那が突然帰ってきて
氷を使おうと、冷蔵庫をあけたら
氷が切れていた
おい
なんで氷くらい
(ここで髪を捕まれ
平手打ち)
ある日もまた、突然、帰ってきて
履こうと取りに来た黒い革靴
磨かれてなくて、旦那激怒

家に居て
なにやってんだよっ
(蹴りとグーパンを食らう)
暴力を振るわれる時は
いつもそんな理由らしく
(てか、それが暴力の
理由になる事が信じられん...

)
そして
旦那の怒鳴り声と暴力に怯えて
あゆちゃんが泣くと
うるせぇ、泣くなっ
と、あゆちゃんの腕をつかみ
布団が積み重ねてある所に
あゆちゃんを投げるらしい。
(静香ちゃんは、布団に投げるから
旦那はまだ理性があると思うと
言っていたけど
いや、もうそれするだけで
アウトでしょっていうのが私の考え)
そして、この間は遂に
怖くて震えて泣くあゆちゃんの
後頭部に延髄蹴りを入れ
あゆちゃんが
部屋の隅まで吹っ飛んで
声が出ないほどに
泣いていた....と。
そこで『やめて

』と言うと
旦那はいつも
更にヒートアップするから
ヤバいんだけど
その時ばかりは、さすがに
あゆちゃんが死んでしまうと
全力で旦那にしがみついて
止めたんだって。
そして静香ちゃんも、また
蹴り飛ばされたらしい。
(旦那は180cm超えの大男)
うわ... そんな奴がいるんだ...
って、思いながら
静香ちゃんの話を聞いていたけど
本当に、この間はあゆが
死んじゃうんじゃないかって
焦りました.... って言うだけで
静香ちゃんの口からは
別れたいとか
逃げたいとかの言葉は
まだ、なかったんだよね
あとで、その事を母に伝えたら
やっぱり、そう思った...
って。
母が言うにはね
実家に置いて行かれた当初
あゆちゃんは
声を出さないで泣くんだって。
声を出さず、押し殺して
大粒の涙だけを
ポロポロと流して

2歳なのに、ありえない程
物分かりがいいというか
手がかからないというか
寝る前の間も
ぐずりもほとんどなく
こんなに小さい子が
そんな泣き方をすることに
違和感があったらしい。
そして、食べ物に関しても
限度がわからないのか
限度がないのか
あるものは
全て食べてしまう勢いで
よく食べる子で
この子、家でちゃんと
ごはんを貰えてるのかな?
と、そんなことを思っていたらしい。
その時、母のことを
さすが、3人の子育ての経験者ね
と、そう思ったのを覚えてる。
読んでくれてありがとう

続きのお話はこちら
夜の世界に見切りを付けて
ハワイに留学するまでのお話を
書いています
以前のものはザックリ書いたので
詳細を足しながらの再投稿です
ホステスを20年間してきた私が
37歳の時にすべてを手放し
ハワイに留学したお話
いつも読んでくださり
ありがとうございます
気軽にコメントくださいね 
◆最初から読んでもいいよ
という方はこちらからどうぞ
うちの店で稼げると気づいた
静香ちゃんの旦那。
彼の『使ってやってください』
という要望から
静香ちゃんは、週2で
お店を手伝うことになりました....
というお話の続きです
静香ちゃんが2日間のイベントの
手伝いをしてくれてから
正式に働きはじめるまでに
2ヶ月くらいの間が
あったと思うんだけど...
まだその事が決まる前にね
私はお客さんと
ディズニーランドに行ったの
お土産を見てる時に
ミッキーのプリントがしてある
白地のトレーナーが目に入り
あ、あゆちゃんの
毛玉だらけの短い服...
っというのを思い出して
あとは、大きいクッキー缶と
チョコレート缶も。
それを静香ちゃんに渡したいけども
また、彼氏に言付けをし
あのダメンズ臭の漂う旦那に
土産を預けたくないな...
と思ったので
静香ちゃんの住むアパートは
送りの時に知っていたし
昼間に直接、行ってみたのね
そしたらさ
夜は暗くて
気が付かなかったんだけど
エライボロボロの
三階建てのアパートでさ。
たしか3階っ言ってたような...
と、恐る恐る登って行くと
1つの部屋の玄関扉の脇にだけ
錆びたビニール傘2本置いてあって
当てずっぽうだけど
住民が居そうなのは、そこだなと
ノックしてみたら
見事、ビンゴ

で
中から静香ちゃんが出てきたの。
彼女は、まさか私が来るとは
思ってもいなかったので
凄い驚いていたけど
ディズニーのお土産を
あゆちゃんに持ってきたよ
と言うと
さらに、驚いて
本当にすいません...
ありがとうございます
あゆが喜びます...
と、何度も頭を下げていた。
静香ちゃんに会ったのは
それが最後で
次に会ったのが
うちで働くってことになった
初日の日。
その日から
静香ちゃんは
2歳のあゆちゃんを連れて出勤し
私だけで、あゆちゃんを
車で実家に送り届けて
閉店後は、静香ちゃんを乗せ
また実家に行き
寝ているあゆちゃんを受け取り
で、静香ちゃんの家に届ける
そんなコースだったんだけど。
最初の数回は
置いていかれることに
不安なあゆちゃんが
シクシク泣いていたけど
すぐに慣れてね。
時々、営業中に
うちの母から店に電話があり
あゆちゃんが、キッチンで
ちょっちょろーち
って
何度も言うも
なんのことを言ってるのか
わからないの... と、母。
(爪楊枝が欲しかったと
後に判明)
あゆちゃんは実家に行く前に
ご飯もお風呂も済ませてるんだけど
色々と食べたがるので
あげても良いか?
うちの母と一緒に
お風呂に入りたいと言うので
入れてよいか?
などの確認の電話が度々あった。
で、毎回、毎回ね
あゆちゃんは、私のあげた
ディズニーのトレーナーを
着せられてるんだけど
頂いたものだし...と
気を使ってるのもあるのかな?
なんて思っていた、ある日。
用事があって実家に寄ると
うちの母が、神妙そうな顔つきで
こう言ってきたの。
最近、あの子が
入りたいって言うから
一緒にお風呂に入ってるでしょ?
静香ちゃんには
言わないで欲しいんだけど
あゆちゃんの肌着がさ
擦り切れて
何ヶ所も穴があいてて....
本当にボロ雑巾のようでね
それにサイズも小さいし...
あんなにボロを着せられてる子
ちょっと、なにか
あるんじゃないの?
あと、何回かも確認したから
見間違いじゃないと思うけど
あやちゃんの腕と背中に
アザもあったんだけど....
静香ちゃんから
なにか聞いてないの?
と.....。
なので、母には
静香ちゃんが
生活に困っていることを話し
とにかく
あゆちゃんの身体に
付いている、アザの真相の件は
早急に知る必要があるので
翌週の静香ちゃんの出勤の時に
母が気がついた
ボロボロの肌着とアザのこと
それを母も私も
凄く心配していること
そのまま、ストレートに
聞いてみたのよ。
そしたらね、案の定
肌着までは買う余裕がなく
見えないものだしと
ボロでも着せていたこと
アザに関しては
静香ちゃんの旦那が
時々、切れて、静香ちゃんに
手を挙げるらしく
それに怯えて、あゆちゃんが泣くと
うるさい

と言って
矛先があゆちゃんに向き
あゆちゃんに手を出す...と。
あ、ありえない
んだけど...
この後、さらなる
信じられない
彼女たちの生活状況を
聞くことになります....
読んでくれてありがとう

続きのお話はこちら

