日韓年の差夫婦☆バイリンガル☆脱ステ
夜の世界に見切りを付けて
ハワイに留学するまでのお話を
書いています
ホステスを20年間してきた私が
37歳の時にすべてを手放し
ハワイに留学したお話 です
★気軽にコメントくださいね 
アメリカのオクラホマで
事故を起こして落ち込んでいた私。
無口なたくみ君と
怖いモーテルの部屋で
重苦しい夜を過ごし....
彼の純粋で真っ直ぐな性格に
触れるたびに
自分のダークな部分が
際立つように感じて....
居心地の悪さを覚えていた。
そんなお話の続きです
朝になり、オクラホマシティの
モーテルをチェックアウトした。
今日は約250km先の
テキサス州を目指す。

朝食を食べようと
駐車場にたくさんの車が停まっていた
レストランに立ち寄った。
店に入ってみると
そこは地元の人たちが
朝食を食べていて 
昔ながらのアメリカンダイナー
みたいな店内で可愛かった。
注文したのは
分厚い赤身の牛肉のパティが
2枚にチェダーチーズが入った
大きなハンバーガー 

さらに山盛りのフレンチフライと
おかわり自由のコーヒー付きで
たしか3ドル75セントくらい。
当時のレートだと
1ドルは、130円くらいだったから
日本円にすると、500円しない。
店内で朝食を食べている人たちは
ほとんどが地元の人のようで
私たちが入っていくと
みんながさりげなくこちらを見てた。
今になって思い返すと
店員さんが陽気に
話しかけてくるわけでもなければ
かといって横柄な態度を
とるわけでもなかかったけど
ただ、彼らが「よそ者」の
来店にあまり慣れていないことは
なんとなく伝わってきた。
映画の中でしか見たことのないような
まさにこんな感じの店 


いかにもアメリカの田舎らしい
その空間にいると
まるで彼らの日常に
タイムワープしてきたような
不思議な気分になった。
そして、店を一歩出れば
そこには初めて感じる空気と
見たことのない景色が広がっていて。
そんな旅先ならではの景色や刺激に
心を奪われていたからか
昨日の事故を引きずることもなく
旅を続けることが出来た。
私たちは、ルート66を
ただひたすら走り続けていた
わけではない。
途中、小さな街を
通りかかったときには
各家庭が不要になったものを
売っているガレージセールに立ち寄り
アウトドアナイフや
珍しいキャラクターグッズを買ったり。
郵便局で切手を買って
家族や友達にポストカードを
送ったりもした。
私は、そのとき感じていた
気持ちをありのままに書いて
自分宛にも一枚、送った 

たくみ君はというと
車も人もほとんど通らない
ルート66の道路に寝転がり
一眼レフカメラで
よく写真を撮っていた。
そんなふうに
気になるものを見つけては
車を停め
時間がある日は
寄り道を楽しみながら
西のカルフォルニアを目指した。
あるとき、おそらく個人の
牧場らしき場所を通りかかると
柵の向こうに10頭ほどの
馬がいるのを見つけたの。
車を停めて近寄ってみると
凄く人に慣れていて
人間が大好きな馬たちらしい。
私が走ると、馬たちも
柵の向こうを一緒に走り
方向を変えると
また同じようについてくる。
その姿が凄く可愛くて
しばらく馬たちと遊んで過ごした。
そして、その日の夜。
モーテルにチェックインした後
夕食を食べにステーキハウスに行ったの
周囲には、ほかに建物がなく
夕食をとるならそこしかないような。
広い平野の中に
ぽつんと建つ一軒のレストラン。
店内に入ってみると、ほぼ満席。
多分、この辺りの町の住民が
外食には、ここを使っている感じで
店内は地元の人たちと
思われる客で埋め尽くされてた。
本当にこんな雰囲気だった
チャッピー、画像制作上手やん

私たちのテーブルを担当していた
サーバーの女の子
高校生くらいに見えた。
その子がね
すごく態度が悪かったの。
え? なんか怒ってる?
って思うほどで
ただ、オーダーしているだけなのに
注文を受けたあとも
無言で立ち去るし
料理もポンポンと
テーブルに置いて行く感じで。
でも、まっ、気にする必要はないよねと
さほど気にもかけて
いなかったんだけど...。
ステーキを食べ終わって
席で煙草を吸っていたら
(私は30歳までスモーカーでした
)
通路を挟んで隣の席の
40代くらいの
白人カップルの女性の方が
『ライター貸して~』と
声をかけてきたの。
たくみ君が『どうぞ~』
と、火を貸すと
あのサーバー
私たちにも
ほかのお客にも
あんな態度よ
多分、彼氏と喧嘩でも
したんだと思う
普段から、愛想が
良い子じゃないけど
今日は、本当に最悪な態度ね
チップは、なしね
と、言ってきた。
そこから
どこから来たの? と聞かれ
なにもない田舎でつまらないでしょ
みたいな他愛のない会話になって
途中であった馬たちが
本当に可愛くて癒された~
と話したら
あ、それ、私たちの馬よ
明日、ここを去る前に
ぜひ家に寄って
と、招待された。
最後まで読んでくれて
ありがとう 

山道で4時間半の渋滞中に
車内でおしっこをしました...
今回、車内放尿を経験したことで
その後、成人男女の1回の尿量や
車内でいかに効率よく
失敗せずに用を足す方法....を
あれこれ調べて考察したwa 
そんな『尿』と『神社参拝』の
お話の続きです
9kmを4時間半かかり
神社の駐車場に到着したのが13時
朝6時すぎに自宅を出てから
車内でおにぎりを食べて
渋滞中に、持ってきた
オヤツを食べ尽くしたにも関わらず
『お腹が減って力がない...
』
と、旦那がずっとうるさかったので
(空腹耐えられないのは
うちの場合、いつも旦那だけ)
参拝後に山を降りてから
なにか食べようというプランを変更。
参道の入口に2軒、お茶屋があるので
到着して直ぐに向かうと
『全てのメニュー完売しました』
と言われる 
慌てて、もう1軒に行ったら
そこはまだ、大丈夫で
無事に食事が出来たんだけど
私たちが15時過ぎに山を降りた時も
ダムの入口まで車の列が続いていて
駐車場の3台の自販機も
全て売り切れ 

後からくる人たちが
参拝にも間に合わず
食べるものもなく
飲み物買えないって
めっちゃ可哀想っ 

途中、渋滞の列を抜けて
諦めて帰っていく人もいたけど
それは、ほんの数台のはなしでね。
三峰神社の人気って
凄いわ~とあらためて思いました⛩️




前日も当日の朝も、絶好調だったのに
車内で具合が悪くなった娘。
少し、頭痛がする...ダルい...
と、言っていたので
木々のパワーをいただくと...
あら不思議。
木々のエネルギーをもらうと
ここから2時間の参拝中
歌を唄い出すくらいに
娘っ子、元気に

(帰宅してからは発熱したけど)
大好きな狛犬ちゃんたちにも
たくさん、話しかけて....

『 そなたの願いが
成就するよう
我が加護を授けよう。
案ずることなく
己の道に励むがよい 』
(狛犬や神様の声の担当は
いつも私です

)



具合が悪いから
スキップすると思いきや
ビジターセンターの熊との撮影もしっかり。

今回は、これまでのお礼と
大きな願い事のご祈願
そして御札やお守りの
返納を目的に訪れたのだけれど。
(去年は12月に参拝)
⛩️ 神社への参拝は
道中に邪魔が入れば入るほど
大きなご利益をいただける。
私はこれまでの経験から
そう実感しています。
あの大渋滞も
娘の体調のことも
きっと三峰から大きなエネルギーと
お力をいただけたんだなと...
本当に有り難いです 

以下、おしっこの話。
興味ない方は、読まんでね 

今回、旦那はペットボトルで
用を足したんだけどね
1本じゃ収まらず、2本に。
どう見ても700ml は、超えている尿。
私が犬のおしっこシートにした時も
全然とまらんくて、多分
600mlとかは、出てたと思うの。
で、調べてみたら、やはり
成人男性だと1リッター
貯めれるひともいると。
帰宅して、犬のシートの
パッケージをチェックすると
小型犬 30ml 中型犬 50ml の
おしっこ....と(すくなっ
)
なるほどね。
私の尿はマーちゃんの
20倍もあるわけだから
1枚のシートで
キャッチできるわけないのね 
(シート全面に満遍なく放尿すれば
400mlは吸収するのか? )
ってことは
もしも次の機会があるのなら
車内放尿では
凝固剤入りの厚手のビニールと
保険で引く
犬のおしっこシートで
アタフタせずに
いけるんじゃないかなとおもう 
その際、いちを余裕をみて
800mlを吸収する凝固剤の量がいいね
防災グッズの中に
2kgの凝固剤があるんだけど
それとは別に、凝固剤を買って
と
旦那がいうので、Amazonで
ポチッたわ 
水もだけど、車に
万が一のために備えておけば
水分補給と排泄には対応できるものね
って感じで、面白体験つきの
三峯神社参拝でした 
尿の話が出てきます、注意
三連休のど真ん中の昨日
三峯神社に行く道中
車内で放尿をするっていう
すごい体験をしますた 

山のふもとのダムを越えてから
山道を登ること約9km。
その先に三峯神社があるんだけど
なんと、このたった9kmを進むのに
4時間半もかかったっていうね 
時速にすると、約2kmよ?
歩くより遅いyo 
私たちがダムを通過したのは
朝8時50分。
連休だし、本当は8時半には
三峯神社の駐車場に
到着したかったんだけど
ダムから神社までは車で25分くらい。
なら、9時半前には到着できるし
まあ、悪くないんじゃ?
参拝後は、ちょっとドライブして
直売所で野菜ときのこを買って
最後は、温泉に立ち寄って...
なんて思っていたんだけども...
秋の3連休に
激甘プランを
立ててたyone

車がまったく動かない間も
車内ではあれこれ話をし
わちゃわちゃと過ごしていたので
そんなにも長い時間が
経っていることに
ぜんぜん、気づいていなかったの。
(娘は爆睡。後に体調不良と知る)
が。
たぶん、渋滞の列に並び始めて
3時間くらい経った頃だったかな。
車の左側、狭い路肩を
必死に歩いていく人が現れた。
えっ?と思って
サイドミラーを見てみると
坂道を黙々と登っていく人が
1人、また1人と増えていく。
あ〜、みんなトイレが
我慢できなくなって
歩いて神社まで行くんだね
でも、ここから
あと何kmあるんだろうね?
なんて、のんきに
話していたんだけど....
(山の中なので電波状況が悪く
チャッピーもGoogleマップも使えない)
てか、老婆ね。
朝6時すぎに自宅を出て
1度もトイレ休憩なしで
車内で1リッター超えの
水分を摂っていたの
当然ながら、私もそろそろ...
とはいえ、車が長蛇の列を
つくっている山道で
突然車を降りて山の中に入っていき
野ションするわけにもいかないし。
だから、みんな
徒歩で神社に
向い始めてるって ワケね 。
でも、ここから
神社まであと何キロあるか
あと、どれくらいで着くかも
わからない....
でもって、まだまだ
時間がかかるっていうことは
景色から見て、明らかだし。
てか、そろそろ私も
トイレに行きたいかも....
最近は、トイレに行きたいな...
って思ってからの耐久性が
著しく低下しているのよ。
じゃあ、切羽詰まって慌てる前に
いっそのこと車の中でしちゃおうか
ってことで……
老婆、人生初の車内放尿に
挑戦することに(笑)
よく旅行をする我が家なので
以前から、万が一の娘用にと
おしっこシートを大量に積んである。
あ、人間用じゃなくて、犬用のね。
そしたらさ
この犬用が曲者でさ 
とうとう、使う時が来たか...
それも娘じゃなくて、私が... 
とか、言いながら
未経験のことへのワクワクして
ヘラヘラと、後部座席の床に
シートを引いて準備をする老婆。
すると旦那が
1枚は汚れ防止でひいて
2枚、3枚使って
そこに出せばいい.....と。
Ok
と、言われた通りに用意して
もしも、汚したら災難だから...と
ズボンもおパンツも
潔く、全て排除。
下半身
スッポンぽん
そして、お股をシートで
包むように覆って
そこに排尿を始めたんだけど...
シートの中で
おしっこをゼリー状に
固めてくれてるのに...
量と勢いに耐えかねたのか
底のビニール素材から
おしっこga
滲んで漏れてくるのが
見えたのよ
でもって、保険で引いてある
下のシートへと漏れはじめてるやーん
あかーーん
無理なやつー
って、ヒィーヒィー騒いだら
旦那が、もっとシートを交換しないと
キャッチしきれないよ、と。
何枚も使って

娘は
ママ
まーちゃんのおしっこは
(老犬マルチーズ)
本当に少量なんだよ 
って。
はよ
教えてよ

で、慌てて、おしっこを止めて
娘に
新しいシートを取るように指示。
止めて、変えて、止めて、変えて...と
結局、6枚のおしっこシートを消費。
うわ、シート1枚じゃ無理だ
と、わかった時に
デカいビニール袋の上に
おしりを乗せ変えたから
結果、こぼすことなく
無事に事を済ませることが
出来たんだけども。
その1時間後には
旦那が耐えられなくなり
後部座席で
ペットボトルの中に放尿 
(だって4時間半の渋滞ですもの)
私は、そのあとも、また行きたくなり
残り、2.5キロの上り坂を歩いて
神社の駐車場のトイレへ行って
自動販売機で水もゲットして
また、歩いて、渋滞中の車に戻り。
てか、尿の話ばかりになってしまい
長くなってしまったので
②に続きます


夜の世界に見切りを付けて
ハワイに留学するまでのお話を
書いています
ホステスを20年間してきた私が
37歳の時にすべてを手放し
ハワイに留学したお話 です
★気軽にコメントくださいね 
私の運転中、まさかの接触事故。
空港でレンタルしていた
携帯電話のおかげで
警察にも連絡でき
事故自体は保険で解決。
大事にはならなかったものの
「私に気を使わないで」
そう言った直後に、結局
たくみ君に助けてもらうことになり
その夜、ひとり落ち込む。
そんなお話の続きです
その日の夜
モーテルに泊まった。
部屋に入ってから、 私は
もう一度あらためて
たくみ君に事故のことを謝ったの。
そしたら、たくみ君は
俺も車線をちゃんと
確認してなかったから....
俺が悪いよ。
保険でカバー
できるんだから
気にしなくていいよ
そう言ってくれた。
でもね。
たくみ君のそんな言葉さえ
その時の私を
さらに落ち込ませたんだよね。
たくみ君が私に
好意を持っていることに気づいてから
彼と一緒にいると、なんていうか...
彼の純粋さとか
真っ直ぐな性格とか
そういうものに触れるたびに
逆に、自分の中にある
汚れた部分が 浮き彫りに
なっていくんだよね。
それが、なんとも 心地悪かった。
お店にいる時も、若い女の子たちから
「たくみさん、かっこいいのに」
「ママにとって、たくみさんの
どこがダメなんですか?」
なんて聞かれたりもしてたし
この旅に出る 少し前のこと。
お店に突然、ものすごい勢いで
30代くらいの男性が
入ってきたことがある。
そして、いきなり
君が、ほうじ茶ちゃん?
たくみの財産が目当てなら
今すぐ手を引いてくれ
と言われた。
『え? 。ざ、財産? 』
『何の話? 』
よくよく聞いてみると
その人は たくみ君の数歳年上の
従兄弟で。
どうやら
「たくみがホステスに
翻弄されている」
みたいな話を聞いて、そりゃ大変だ!!
と、私に物申しに来たらしい。
その時は、お店の女の子が
「熱を上げてるのは
たくみさんのほうです」
「ママは全然その気ないですよ」
と説明してくれたから
それを聞いて少し安心したのか
従兄弟はビールを飲み干して
そのまま帰っていった。
そんなふうに、たくみ君は
周りの人たちから
愛されている人だった。
でも、私はというと
そんなたくみ君から 好意を
向けてもらっているのに
それを少しも
嬉しいと
思うことができなくて
なんだか、「私って、汚れてる...」
って思えてしまう。
だから、その夜もそう。
事故を起こした私を
責めるわけでもなく
むしろ、「気にしなくていいよ」と
優しい言葉をかけてくれる
たくみ君を見ていると
ありがたい
という気持ちより
『私もどこがいいの?』と
罪悪感に似たような...
そんな気持ちが 込み上げてきた。
古いモーテルの部屋は
めちゃくちゃ薄暗くて
何もなくて
とにかく怖い。
「古い!!!」って思うよりも
まず怖さが先にくるような
そんな部屋が多かったんだけど。
その日の夜は、もともと
寡黙なたくみ君と
事故を起こして凹んでいる私。
そんな2人だったから
ただでさえ怖いモーテルの部屋に
さらに暗〜い空気が充満していて。
なんとも言えない
重た〜い夜だった。
夜の世界に見切りを付けて
ハワイに留学するまでのお話を
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ホステスを20年間してきた私が
37歳の時にすべてを手放し
ハワイに留学したお話 です
★気軽にコメントくださいね 
たくみ君に
「私に気を遣わずに
もっと自分らしい旅をしてほしい」
と伝えた、その日の夕方。
初めて運転を任された私は
オクラホマシティーを走行中
隣の車と接触事故を起こす。
相手の車だけでなく
周囲の車からも若い男たちが
ゾロゾロと降りてきて
外に出ようとした私をたくみ君が止め
「絶対に降りてこないで。
俺が話をつけてくるから」
そう言って
ひとりで車を降りていった。
そんなお話続きです
私が接触してしまった車は
若い白人男性が運転していて
友達らしき男性も
同乗していたらしい。
私たちの車の数メートル前で
車から降りたたくみ君と
彼らが何やら話をしてる。
この頃の私は、 英語を
雰囲気で理解するくらいしか
できなかったんだけど
ジェスチャーから読み取ると
どうやら彼らは
「君たちの車が
原因で接触した」
「こっちはちゃんと
ラインを守っていた」
そんなことを
話していたんだと思う。
そして、 私たちの車を
取り囲んでいた何台もの車から
降りてきた男の子たちは
服装や年齢を見る限り
おそらく彼らの友達だと思う。
ぶつけられた友達の車を見たり
こちらを見たり...。
この先、
どうなっちゃうんだろ。
そんなことを思いながらも
落ち着け、落ち着け
と、自分に言い聞かせながら
彼らのやり取りを
注意深く見守っていた。
すると
たくみ君が車に戻ってきた。
勢いよくドアが開いて
警察を呼ぶから
ほうじ茶ちゃん!
携帯、借りていい?
「うん」....そう言って
助手席のダッシュボードに
入れておいた携帯電話を渡した。
この携帯電話。
実は最初
借りていくつもりはなかった。
でも母から
「何かあった時のために
連絡は取れるようにしておかないと」
と何度か言われ
まあ
役に立つかもしれないし....
くらいの気持ちで、成田空港で
レンタルしてきたものだった。
当時は今みたいに
海外で気軽に携帯電話を
使える時代ではなくて
私の記憶では、その携帯で
国際通話の通話使用料が
1分300円以上だった。
完全に 『緊急用』として
借りてきた携帯電話。
まさか、 アメリカに来て
こんなにも早く
本当に役に立つとは.....
Aiが作ってくれたイメージ画像 
アメリカで交通事故なんて
もちろん初めての経験だったから。
このあと、 一体どうなるのかも
全くわからなくてドキドキした。
警察が来たら
事情聴取されるのか。
レンタカー会社にも
連絡しないといけないのか。
ものすごく面倒なことに
なるんじゃ....
と、ひとり車内でやきもきしていた。
ただ、最初に勢いよく
車のドアを叩いてきた白人の男の子が
今はたくみ君と
穏やかに話をしている?
その様子は、私を少し安心させた。
そして、あとから聞いた話では
この日、 オクラホマシティーでは
かなり大きなイベントだか
フェスティバルのようなものが
行われていたらしく
近くに配置されていた
パトカーがすぐに来てくれた。
警察官は、 2台の車の傷を
サッと確認して
私の国際免許とレンタカーの
保険関係の書類をチェック。
そして、しばらくすると
たくみ君が車に戻ってきて
もう大丈夫。 行こう
と言った。
え?
もういいの?
どうなったの?
あまりにもあっさり
話が終わってしまったので
私の運転で
この日の宿へ向かいながら
さっきの事故が
どういう流れで話がまとまったのか
たくみ君に聞いた。
最初、相手の白人の男の子は
「僕には落ち度はない」
「そっちのミスだ」
と訴えてきたらしい。
それに対して、たくみ君は
こちらのミスだったことをすぐに認め
きちんと謝罪。
そして
「レンタカーには
フルカバーの保険を
つけているから
車の傷はすべて
こちらの保険で修理します」
と伝えたところ
「それをしてくれるなら問題ない!」
と、相手も納得。
そこで、ほぼ話は
まとまったらしい。
ただ、念のため、事故の記録は
残しておいた方がいいからと
「警察を呼んで
事故報告を取ってもらおう」
と
たくみ君が提案すると
相手もそれに同意。
そんな流れだったと
教えてくれた。
あれだけ周りを車に囲まれて
一時は
これ、一体どうなるの?
と、思ったのに
話を聞いてみれば
驚くほどあっさり。
こちらの非を認めて
保険でちゃんと対応すると伝えたことで
相手とも必要以上に
揉めることなく終わった。
旅の最終日、 ロサンゼルスで
レンタカーを返却した時。
事故の時についた傷を見た
スタッフから
「凹みがないから
修理も必要ないよ」
みたいな感じで言われて
これには本当にびっくりした。
だって、 相手の車の
塗料もついていたし
30cm以上はあるような
わりと目立つ擦り傷が
しっかり残っていたのに
凹んでなかったら
問題ないって....
すごいな
なんというか
ちょっとした
カルチャーショックだった。
そんな感じで、 私の
アメリカでの事故初体験は
運良く、 大事になることもなく
終わったんだけど.....
その日の夜ね
私はものすごい
自己嫌悪に陥ったの。
バツが悪いというかさ....。
だって
「私にそんなに気を使わないで」
「もっと自分らしく旅をして」
なんて言った
その日に
運転を代わった途端
からの事故。
しかも、 事故のあと相手と話をして
警察を呼んで
全部対応したのはたくみ君。
私はというと「車の中にいて」
と言われるまま
何もせずに待っていただけ。
なさけな....ほんと、なさけない。
そんな気持ちで いっぱいだった。