運動会
未明にすごい雷雨が鳴り響き、今日も天気が悪いかと思っていたところ、久しぶりに晴れて各地の運動会も開催された。
やはりベテラン議員や2世議員、あるいは地方議員出身の方と大きく違うのはこのような会にまだまだご招待いただけないこと。ご招待いただけない場合には、ご招待された方にくっついて行くか、調べて押しかけていくしかない。道路わきに立っている自治会掲示板にはとにかく目を凝らすようになった。
順延になった運動会がいっせいに今日開かれたこと、昨日の体調不良の影響が残っていて実はだるさを必死にこらえていたこと(もちろん見せないように踏ん張った)から5つの運動会しか回ることができなかった。少しでも多くの方にご挨拶したいと思っていただけに残念である。
最初の場所ではラムネ一気飲み競争に参加した。ただでさえ若干体調不良だったところ、ラムネを一気飲みして走るという競技はやや過酷であった。しかし、皆さんと一緒にスーツ姿ではあったが、一緒に競技をさせて頂いた喜びでそのような不調さは吹っ飛んだ。もともとスポーツ人間であるのに、このところ運動不足であったため、いい汗をかいたという思いもある。
そしてその後の数箇所を昼飯をほとんど抜きながら必死に回った。このような運動会には純粋に子供たちと家族団らんを楽しもうという方々がいらっしゃっているために、突然スーツ姿であいさつ回りをする議員にとまどうだろうと心苦しくもある。また、他党支持者の方なのか、露骨に嫌な顔をされることも少なくない。私のような庶民政治家からすると、そのような方々のお気持ちもすごく分かる。しかしながら、逆に「ポスターだけしか見たことがなかったから嬉しい」とか、「会ってみると爽やかでいい青年だねえ」とか仰ってくださる方も多く、「頑張ってよ」と言われると、体調不良もどこへやら、「何としても頑張ろう!」というファイトが沸いてくる。ありがたい。
このような中、「耳が悪いので後ろから来る車のクラクションが聞こえない。何か対策を考えて欲しい」という声を頂いた。これからの高齢化社会、まさに重要な問題であり、早速明日以降取り組みたいと思う。このような生の声を頂くことは、政治家として使命感を感じる瞬間である。何とかしたい。
その後は、事務所の家具の購入、整備やご挨拶周りをした後、最後の気力を振り絞って宮原駅にてご挨拶。そして事務所で今このブログを更新している。毎日見ていただいている方はお気づきかもしれないが、実は昨晩は夜7時には倒れてしまったため、ブログを更新することができず、今日の昼に更新をさせて頂いた。この点について、お詫びを申し上げたい。
明日以降、また一週間が始まる。精一杯頑張りたい。
ミニ勉強会
土曜日。今日も天気が薄暗くてこれでずっと週末は悪天候続きである。
朝コスモス祭りに行った。私はどちらかというと都会育ちであり、コスモスというと山口百恵とかその作曲者のさだまさしとかの歌が思い浮かんでしまう。その花をめいいっぱい見ることができることは楽しみであった。そして、実際会場ではたくさんのコスモスが満開に咲いており、胸がいっぱいになった。また、手作りの地元の野菜もたくさん並んでおり、うれしくなってたくさん買ってしまった。西区植水のみなさん、このようなお祭りを10年も続けてくださって本当にありがとうございます。思い出に残りました。
その後は、ご挨拶周り。お世話になった方々全員回るのは大変難しい。また、正直連れて行って頂いたところが多いため、自分では場所が分からないのである。大変、申し訳ない。
4時からミニ勉強会。今日は参加していただいた人数も多くなかったが、極めて有意義な議論ができたと思う。政治に求めるものは?政治についてどう思うか?などについて率直なご意見をもらったことは大変勉強になった。私のほうもずいぶんと自分の思いを述べさせて頂いた。今後とも、このような触れ合い、勉強会を続けていきたいと思う。
しかし、実は勉強会の途中から激しい頭痛を感じており、その後に予定をしていた芋煮会はご挨拶をさせていただくにとどめた。世界チャンピオンのいる空手道場。地元の誇りである。今後も応援したい。
夕方の駅立ちを予定していたが、さすがに体調不良で断念。立候補が決まった日から、選挙日翌日も含めた休みなしで走ってきたための疲れか。いずれにしても明日以降挽回をして、また頑張り続けたい。
痛み
今日は朝大宮駅東口において朝のご挨拶。45分ほどさせて頂いた。そのまま電車で国会へ。有楽町駅ではホームの端から端まで歩かなくてはならないのだが、今日はこれがこたえた。8時からは医療改革案が示された厚生労働部会に顔を出した後、企業会計制度について論議に参加。いきなり、財務省出身の議員に「君は勢いが良いが浅いな」と言われて、財務省とさんざん掛け合っていたころのことを思い出した。今回の郵政民営化もそうだが、視野が狭い人には大きな改革はできない。細かい点を見ていくと、必ず何かを動かすには不都合があるからだ。日本のバブルを招き、そしてその後破綻させ、回復できず、今財政の破綻を招いたのは財務省に大きな責任がある。この中枢に座り続けた人に偉そうなことを言われる筋合いはない、と思いつつも、企業会計の分野に対する専門知識が財務省の役人に比較して足りないことについては否定できず、これからもっともっと勉強してこの役人上がりの議員をいつかぎゃふんと言わせてやろうと闘志を燃やした。ただし、今でも私のほうが視野が広い。
そして、医療制度改革部会にもう一度顔を出した後、外交の国防・安全保障部会へ。猪口先生の発言にはいつもさすがと思う視点がある。まだまだ私には勉強が必要だ。
国対委員会室に移動して、総務、農水、国土交通について説明を受ける。麻生太郎大臣の話を伺って、あまりの話の上手さに感動。政治家には話のうまい人が多いが、麻生大臣はかなりである。自分も見習っていきたい。
そして、党本部に移動して経済産業部会の繊維業界のヒヤリングに顔を出した後、ユビキタス社会を実現する若手議員の会に出席。ぜひ、この分野で日本が世界のイニシアティブをとることができるよう協力していきたい。
ダッシュで国会に戻って代議士会。そして本会議。今日は主として公務員や裁判官等の給与の引き下げを決議。私の給料も何十万という単位で減額された。今の財政状況を考えると、我々も痛みを共有しなければならず、当然である。
本会議終了後、退職公務員連盟全国大会に出席。その後は、久しぶりに2時間以上事務所にいる時間ができたので、山のように積もった書類をチェック。ほとんど読みきった。
地元に戻ってパーティー二つに顔を出して、本日は終了。
「痛み」-今後のキーワードである。90年代にこの国は破滅的な借金を作ってしまった。これからの一連の痛みを伴う改革は、今改革を行って痛みを伴うことをせざるを得ないのは、すべてこれまで借金を積み上げてしまった人たちの責任である。企業ならばその経営責任を問われるところであるが、財務省も政治家も誰も責任を問われることなく、今後生きていかなければならない世代の責任として、これをさらに先の世代に付回ししないために改革をしていく必要がある。今日も障害者の方々が国会前で寝泊りをして抗議をされている。日本全体にはこれからどれだけの痛みが伴うのであろうか。そのことを考えると夜も寝ることのできないくらいの苦しみを感じる。しかし、改革を止めてはならない。ありとあらゆる知恵を絞って、少しでも痛みを与えないようにして、改革を進めていくことを考え続けたい。
国会TV
今日は朝大宮駅西口においてパキスタン地震の募金活動。既に有楽町において党本部として行ったが、県連としても立ち上がろうということで活動を行った。
そのまま電車に乗って自民党本部へ。エネルギーに関する小委員会。現在日本が置かれているエネルギーの現状、そして今後の政策課題について議論を行った。私からはロシアからのパイプライン、そして東シナ海問題の現状について質問をした。エネルギー政策は実は安全保障の観点からもものすごく重要な分野である。広い視点で政策形成に加わっていくつもりである。
その後、膨大な資料に目を通しつつ、ある金融機関の方と会議。今後の金融のあり方について議論した。
そして、代議士会。本会議。本日の本会議は20分で終わり、銀行法の改正、電波法の改正、小学校の耐震構造の促進などを決議した。
2時30分からは私が事務局として汗を流した公募の会の結成式。改革の「酵母」になろうという積極的な意見も出るくらい、この公募という新しい道を開く素晴らしい制度を発展させていきたいという意欲に燃えている。
3時から財政勉強会。谷垣大臣も途中参加をされて、今日本の置かれている財政に関する状況について詳細に説明があった。私からは、本当の意味での負債残高は何か、ハイパーインフレや通貨切り上げなどの極端な意見もあるが実際のところどうなのか、そして消費税をどうするのか、という質問をした。日本の未来に暗い影を投げかける大切な問題である。
その後政策金融機関からのヒヤリング。今日は国際協力銀行、農林漁業金融金庫、沖縄振興開発公庫から。聞けば聞くほど存続させる必要があるのではないかと思える面もあり、本当に難しい問題である。しかし、民営化を基本原則とした思考過程からしっかりと取り組みたい。
その後、経済に関する税制についての説明を受け、中小企業対策やIT、研究開発投資減税については改めてしっかりとした対策が必要であることを訴えた。さらに、マスコミ取材、そして国際に通用する司法制度の議論をした。また、種苗法という一般にはなかなか知られていない法律について、私から質問したことについて説明を受けた。私はこれから農業は攻めに転じなければならず、その大きなひとつが知的所有権だと思っている。尽力したい。
そして、夜になったが国会TVに生出演。このような発信手段の重要性にいち早く気づかれ、努力をされている田中社長には心から敬意を表したい。マスコミ取材を受けているといつもしゃべりすぎかという怖さも感じるが、根が正直で嘘をつけないので仕方がない。裏表があるよりはいいかという開き直りもあって、まっすぐ対応したい。このような手段を通じてでもどんどん国民の政治の内容に対する一般的関心が高まるといいなあと期待しつつ、明日も頑張りたい。
夢道場
日進駅から一日が始まった。いつも思うが、この日進駅は朝早いにもかかわらず本当に乗降者数が多い。もう少し大きな駅にしても良いのかと思うが、地元の商店街の雰囲気も味があって、かえって今のままのほうがいいのかと思う。
そのまま日進駅で電車にのって、国会へ。農業の基本方針を決める部会に顔を出した後、消費者保護訴訟制度の部会へ。ここでは、弁護士として発言をしたが、とにかく良い制度であるが、濫用されないようにすること、そして実務的に使えるようにすることを目指したい。
そして、9時30分からは経済産業部会。エネルギー政策、中小企業対策など多くの論点が出た。来週は私の質問の番である。今から構想を膨らませている。
その後は、大宮国道事務所の方と会議。17号の渋滞を何とかしてなくしたいというのが私の悲願である。全力で取り組んでいきたい。
そして、新人による83会の幹部会。そして、夢道場へ。ここでは日経の日勢さんのお話を聞けた。素晴らしい話であり、こういう機会を与えてくださった武部幹事長をはじめとする幹部の方に心から御礼を申し上げたい。自由民主党は、本当に真摯に政治を変えていこうという意欲がますます感じられる。最後に、私の「何が今の政治に一番足りないか?」という質問に対し、「官僚に打ち勝つことができるような優秀な政治力」という回答を頂いた。とにかく政策能力を高めるよう努力するのみである。
そして、ワシントンDC以来のヤングライオンズの勉強での発表。多くの方に集まっていただいた。このような若手勉強会はどんどん参加し、少しでも続いてくれる人たちが増えてみんなで一緒にこの国を創っていきたい。
政策金融機関改革
今日も忙しかった。昨夜は夜12時過ぎまでブログの更新をしていたが、朝は5時30分起床。6時過ぎから大宮駅西口にて雨の中ご挨拶。7時過ぎに電車に乗って通勤。8時から部会に出た。
今日は企業会計制度改革の議員間のフリーディスカッション。私は、日本が世界一透明になってむしろ外国の人が日本に視察に来るくらいの制度設計が必要であることを強く訴えた。投資家保護訴訟制度の創設も提言した。
その後は国対委員会。今日は文部科学省大臣と経済産業大臣による講演であり、専門分野である通商に関して中川大臣に質問をした。日本が交渉リーダーからはずされたのは日本は自ら汗と血を流さないからであるとの私の質問に対する回答にはすごく感銘を受けた。
その後、中国大使館の方と日中関係について会議。さらに、政策系金融機関改革について資料を検討。12時45分から代議士会。1時から本会議。今日は、政治資金法の改正、風営法の改正、テロ特別措置法などについて採決をした。
事務所に戻って第2秘書に決まった方と打ち合わせ。一緒に政策金融機関改革の部会に参加。そして、日中関係の外交問題勉強会に参加し、その後は弁護士会の議員当選会に参加した。
今日のハイライトは政策金融機関改革。私は、かたや郵政民営化を訴えてきた自民党として、原則として民営化を考えるべきで、そうでない場合には重い立証責任を負うと訴えた。圧倒的多数は維持派だったため、あの若造は生意気だ、くらいには思われたかもしれない。しかし、2枚舌ほど私が嫌いなものはない。筋はきちんと通していきたい。
信条を貫く覚悟
月曜日という日は、地方から帰ってくる議員の方々への配慮のせいか、比較的公式の日程がゆったりとした日である。これは国会議員になるまで気づかなかったことであるが、地方の方と東京近郊の方ではずいぶんと議員生活も異なるのである。むろん、東京近郊の方でも東京に宿舎を借りたりして地元にはほとんど帰らない人もいるようであるが、私は毎日毎日地元から電車通勤をしている。どんなに朝早い時でも、それ以上朝早く起きて駅で皆様にご挨拶させて頂いている。どんなに夜遅くとも電車で帰ってきて事務所によって今日のようにブログを更新している。
さて、今日はニューシャトルの大成、加茂宮、東宮原駅においてご挨拶をさせて頂いた。ニューシャトルは私も通勤でよく使うのであるが、結構便利である。都市型交通の良い一つのモデルである。
その後は、ご挨拶周り。今日は、選挙区の歴史および今後の計画についてお話を伺うことが多く、大変勉強になった。これまでの歴史をしっかりと踏まえながら、今後の歴史をどう作っていくか、国際的な経験と、弁護士としての経験、政府内の経験などなどを踏まえつつ、多彩な観点から考えて行きたい。
そして、事務所で打ち合わせもした後、電車で東京へ。今日はある大手新聞社の方とお話をした。その中で、話を出たのが、私といういわば一見新しい自民党や新しい政治家のモデルとなりうるような人間が、今後自らの信条を貫いていけるのか、それとも古い体質に巻かれて結局初心を失うことになるのかに興味があるということであった。私は、自分の信条や正義感に反してまで議員という地位にこだわるつもりはない。日本は今未曾有の危機的状況にあり、この祖国日本の歴史と文化をきちんと守りたいために政治家になったのである。私が、この危機的状況の助長に手を貸すような事態になることはありえない。むしろ、危機的状況に進むようであれば、命を張ってそれを止める覚悟である。何十年後にもこのブログは記録として残る。その時まで、そして私の死後まで、この言葉をここに残し、皆様にお約束したい。
日本の文化
今日も雨模様。やはり予定していた運動会がいくつか中止になった。なぜ週末ばかり雨が集中するのだろうか。といってもこれだけはどんなに偉い政治家でもどうしようもないことである。
今日は朝は早起き会。4時30分起床であり、昨日もこのブログ更新を夜遅くまでやっていた生活としてはつらかったが、ありがたいお話もあり、有意義であった。その後は、引越し後の家の整理などもしつつ、一つ用事をこなした後、急遽詩吟の発表会に出席。覗かせていただこうと思ったのみだったので、来賓として舞台に上がり、挨拶まですることになって、冷や汗しきり。岩崎会長や小島理事長をはじめとするご出席の皆様とお会いし、お話をすることもできたことは非常にありがたかった。
その後、数箇所ご挨拶周り。といっても、面会予約なしでもあり、また場所が分からないところが多く、会いたい方に多くお会いできないでいることが本当に歯がゆい。10万人でも、20万人でも多くの皆様とお会いしたい。
その後、私の活動に、一日も休みなく付き合ってくれていた妻の体調不良で、しばらくそばに付き添った。妻といい、秘書の木澤といい、私のような休むことのない活動家にずっとつきあってもらい、心から感謝している。私は世界中をほぼ一人旅行で回った。これは旅行に行ったとき、私に付き合える人がほとんどいないくらい動き回るからである。しかし、政治は一人旅行ができない世界である。周りの人を気遣いながら、感謝しながら、前に進みたい。
一つ良い出会いがあった。それは、大宮駅東口商店街を歩いていたときに、ボランティアのバザーをやっていたので、立ち寄り、そこの方々とお話ができたことである。不登校や引きこもりのお子様たちのケアをすることを中心に10数年以上も活動をされているとのことである。教育問題は、極めて重要である。私もアメリカで教育を受け、日本の教育との違いにショックを受けた。今日の出会いを大切に、さらに考えて行きたい。
そして、夕方には土呂駅にてご挨拶。徐々に顔見知りの方が増え、声をかけていただく機会が増えている。これは本当に嬉しいことである。本日は前に紹介をしたTrash Box Jamのファンの方とお会いした。ストリート文化の話は市会議員の方複数とも話をさせていただいているところである。そして、久しぶりに台所にガスがある状況になったので、ステラタウンのスーパーでお買い物。富士重工の工場が巨大なショッピングモールとして生まれ変わり、多くの家族や住人の方が買い物を楽しまれている。街の再生のすばらしい一つのモデルである、この地にはいつも感慨を持って訪れている。
今日の詩吟発表会のご挨拶でも申し上げたが、私はこの日本という国を愛し、この国の歴史、文化、自然、そして人々を守りたいとの一心で政治家になった。文化には我々独自のものと、輸入したものがある。ざりがにやたんぽぽのように、輸入物に国内独自文化が一掃されてしまう事態だけは何としても避けなければならない。その意味で、いわゆる伝統文化を継承されている方々をご支援する仕組みづくりにはこれからも取り組んで行きたい。毎日毎日、いろいろな方との出会いを通じて、新しい意欲がどんどん湧いてくる。ありがたいことである。
住む場所についての悩み
今日は雨の土曜日。週末のたびに雨が降り、運動会を楽しみにしていた子供たちの悲しむ顔が浮かぶようである。何とか週末くらい晴れにして、子供たちの喜ぶ顔が見たい。
今日は実は引越しをした。ここ埼玉5区という場所は、旧大宮市と旧与野市で成り立っている(旧大宮のうち見沼区を除く)。私は何よりも歴史と文化が好きであり、その土地の歴史や文化は何よりも尊重すべきであると思っている。そのため、選挙事務所も大宮のみならず、与野にも置いた。どちらも私にとっては本丸であり、与野を出城であると思ったことは一度もない。選挙終了後、事務所を大宮駅西口に置いた。そのため、与野の皆さまからは「事務所が大宮なら住むのは与野にすべきである」との声を多数いただいた。これまでは、土手町という大宮駅の東口側、北大宮駅と大成駅を最寄駅として電車で通っていたりした。大家の小川さんも極めてよい方であり、紹介してくださったカインドエステートさんにはまだ私がどこの馬の骨だか分からない段階からご声援を頂いた。そのため、悩みに悩んだが、このたび中央区民になることとした次第である。新しい場所でも非常に暖かいご支援を頂いている。新規一転、頑張って行きたい。また、私が代議士となった生みの地である大宮の土手、大成、東大成とご近所の皆様にも心から感謝している。
引越しの前には朝早くから土曜日にも関わらず営業をしている会社にいくつかご挨拶周り。休日にも関わらず一生懸命働かれている皆様の姿を拝見して、自分も頑張らなければと勇気を頂いた。
その後の引越しでは夫婦で力を合わせて数時間にわたって荷物を運び、階段も何往復もして、何とか引越しを終える。ダック引越しセンターの皆様には複数回の引越しを手伝って頂き、その真摯なお仕事姿にやはり感銘を受けた。なお、引越しには双方の親、叔母も手伝ってくれ、やはり何といっても親族の助けはありがたい。自分は十分恩返しできているだろうかと反省もする。古来の中国の儒学だけでなく、親に対する「孝」の精神もないようでは、政治家である前に人間として足りないのではないかと、自分を戒める。
そして、挨拶周り、引越しを何とか終えた後、北与野駅で約1時間弱にわたり、雨の中で傘をさしながらご挨拶。自らの国会活動と成果、そして今後の主義信条を訴えさせていただいた。
その後、中高の親友であり、第1秘書の木澤一家(北袋在住)と食事。そして、私を実の子のように可愛がって下さった木澤の亡きお母さんにようやくご挨拶をした。私がこの選挙に至るようになったのもおばさんの縁です。本当にありがとう。これからも頑張り続けます。
そしてまた一週間の終わり
今日はまた朝から自民党の政調部会が目白押しであったため、朝は5時起き。6時から大宮駅東口にて皆様にご挨拶。今日は一人で立っていたせいか、ずいぶんと多くの方に「頑張れよ」とのお声を頂いた。勇気百倍である。これだけ毎日毎日朝から晩まで全力投球できるのも皆様のご支援・ご声援あってのことである。ありがたい。
7時過ぎに電車で自民党へ。医療制度に関する委員会に顔を出した後、法曹養成を考える司法制度調査会の小委員会に出席。法科大学院については論文も寄稿したことがあり、また現在では唯一の日本と米国の両方の資格を有する弁護士として、多くの意見を持っている。その旨を真っ先に発言させてもらった。法務関係のドンである保岡先生もおっしゃっていたが、安堵することなく、常に世界一の司法を目指してたゆまぬ改革をしていかなければならない。実際に多くの弁護士や法曹界を目指す若者の生活に影響を与える話でもあるため、冷汗が出るような責任感と緊張感を覚える。
さらに農林水産物貿易調査会に出席し、WTOの農業交渉の現状を聞く。この分野は自分の専門分野ななので、日本の未来にとって何が必要かという観点からやはり積極的に関与していきたい。
さらに、国対委員会では外交と防衛について逢沢副大臣、大野長官からそれぞれお話を伺う。事務所の戻って防衛庁、内閣府からそれぞれ説明を受ける。消費者団体訴訟制度については、もう少し勉強をしたい。やはり実務家として若干の疑問が拭い去れない。
さらに、さいたま市の方からさいたまタワーについて説明を受ける。このプロジェクトについては自分が入ったからには、という気概でとにかく前に進める不退転の決意がある。
そして、新幹線で越後湯沢においてさいたま市議会の皆様と勉強会。夜遅く戻って帰宅。いよいよ忙しく、そして充実してきた。