筒美京平のJAZZ歌謡曲(≒無国籍バラード):考
作/編曲家・筒美京平には、歌い手≒アーティスト(そのときどきの事情も)、時代状況、などを踏まえたうえで、職業作曲家としていろいろな曲作りのスタイル=作風があると思われる。筒美が、自分の好みを押さえて、あくまで歌い手の事情に寄り添いつつ、その個性(声質、息遣いなど)を最大限活かせる作品作りを指向しだしたのは、「ブルー・ライト・ヨコハマ」がヒットした1968年ごろだろうか。1968~1975年の約8年間の筒美は、「ブルー・ライト・ヨコハマ」に代表されるバート・バカラックを意識したいわゆる「和洋折衷風の軽み」(無国籍な軽み)指向をひとつの軸にしたように思われる。1969年、西田佐知子の「くれないホテル」(作詞:橋本淳) *最近、藤井風がCOVERしているようだ。西田佐知子 くれないホテル作詞:橋本淳 作曲・編曲: 筒美京平昭和44年(1969)Sachiko Nishida / Kurenai HotelLyrics by Jun HashimotoMusic, Arranged by Kyohei Tsutsumiwww.youtube.com1972年、高田恭子の「貴方の暗い情熱」、(作詞:橋本淳)高田恭子(Kyōko Takada)/貴方の暗い情熱(Anata no Kurai Jōnetsu "Your Dark Passion")橋本淳:作詞、筒美京平:作曲編曲。「ラブ(Rabu "Love")」Side B。Jazzy Mood Soft Rock. 1972。Side A→https://youtu.be/mcURovVQdwsお気に召しましたら是非チャンネル登録を!Arigatō! 🙇🙏 If you like it, plea...www.youtube.comこの2曲は、編曲も含めその後のプロ・ミュージシャンたちにも多大な影響を与えたという。たとえば、「くれないホテル」では、細野晴臣、坂本龍一、山下達郎などが絶賛している。ようするに、「JAZZ歌謡曲」というような領域の開拓者としての評価ということかもしれない。たしかに、この曲の最後の「くれない ホ・テ・ル~」という、Major7を絡めた独特のピチカートはとても印象的だ。しかし、プロの高い評価を受けても、筒美は、この「くれないホテル」については、自嘲気味に「あの売れなかった曲でしょ」と言っている。そして、1975年には、小生の大好きな、平山三紀の「想い出のシーサイド・クラブ」 (作詞:橋本淳、作・編曲:筒美京平)は、いま聴いても名曲だと思う。* * 残念ながら、この曲は、YouTubeにはあがっていない。ーーさらには、バリーホワイト風の名曲「熟れた果実」もちゃんとしたものはない。小西康陽(ピチカート5)との対談で「JAZZはポップスの墓場(と業界でいわれていた)」と証言した筒美は、ヒット曲作りのために洒脱なJAZZバラード路線を意図的に封印してきたきらいがある。たしかに、これまでの作品をふり返ってみると、JAZZ風な工夫がところどころに使われることがあっても、明らかなJAZZアレンジの曲はほとんどない。青山学院大学時代JAZZピアノに傾倒した筒美にとって、JAZZ路線こそが秘かにやりたかったことだと思うのだが。「想い出のシーサイド・クラブ」は、筒美個人の<ほんとうにやりたかったこと>がこめられた稀有な作品と解釈していいだろう。今夜も、この「想い出のシーサイド・クラブ」を聴きながら、ハイボール片手に仕事をしているのだった・・・ ※そこで一句・・・ 秋の夜のピアノクラブのピ・チ・カ・ー・ト ひうち