熱心な子とそうでない子:インター校で保護者が知っておくべき「熱意の差」との向き合い方


インター校(インターナショナルスクール)の教室や廊下では、常にエネルギーが溢れているように見えます。騒がしとも言われますね。

 

しかし、よく観察すると、生徒たちのその熱意には明らかな差があります。一つの課題に没頭する熱心な生徒の隣で、何となく時間を過ごしているように見える生徒がいるのは、どの学校でも見られる光景です。

この子どもの「熱意の差」に直面した時、保護者や教育者はどう向き合えばよいのでしょうか。熱心さとは、勉強だけでなく課外活動を含む、学び全体への態度です。この記事では、その両面から、特に「熱心でない」と感じられる子どもへの効果的なアプローチを章を分けて考えます。

1. 「熱心さ」の差を理解する:原因は単なる「やる気」ではない


まず前提として、「熱心でない」状態は、単になまけているのではなく、何かしらの理由があることがほとんどです。特に多様な背景を持つ生徒が集まるインター校では、以下のような要因が考えられます。

言語の壁:授業や活動の内容を十分に理解できていない。

興味の不一致:与えられた課題や活動が、本人の関心や強みと合っていない。

学習スタイルの違い:視覚的、聴覚的、実践的など、その子に合った学び方でアプローチされていない。

心理的要因:自信のなさ、完璧主義による恐れ、または家庭や友人関係でのストレス。

単なる「未知」:その分野の面白さや意義に、まだ気づいていないだけ。

どれに当てはまるか考えてみましょう。

熱心な生徒への対応は比較的シンプルです。 

彼らは内発的な動機を持っているため、過度に干渉せず、必要なリソース(機会、人的サポート)を提供し、安全に挑戦と失敗ができる環境を整えることが最良のサポートとなります。

2. 勉強面での取り組み:内なるエンジンを点火させる方法


勉強に対して熱心さが見られない場合、大切なのは「やらせる」ことではなく、「学ぶこととの接点を作る」ことです。

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DUPE「デュープ」(デュペ)は賢い消費か、倫理的なジレンマか? 学生たちの消費行動の静かな革命


最新のブランドのデザインとほぼ同等のデザイン、素材、品質。それなのに驚くほど手頃な価格。これは偽物ではなく「デュープ」です。

今、生徒・学生たちの間で広がる新しい消費の形が、ブランドと価格の常識を問い直しています。

SNSを中心に、中高生や大学生の間で「デュープ(Dupe)」という言葉が急速に広がっています。これは「複製品(Duplicate)」に由来し、高級ブランド品や人気商品のデザインや機能を模倣しながら、ブランドロゴは付けず、同等の品質を極めて安価で提供する商品を指します。

偽物(コピー商品)とは一線を画し、しばしば「同じ工場、同じ素材、ブランドだけ違う」と説明されます。この現象は、単なる流行を超え、若者たちの価値観と消費行動の大きな転換を映し出す鏡となっています。

「デュープ」とは何か? 偽物(コピー商品)との明確な違い
「デュープ」を理解するためには、従来の「偽物」と何が違うのかを整理する必要があります。

まず、デュープ(Dupe)の法的位置づけはグレーゾーンです。特定のブランドの商標や意匠権を侵害しないよう細心の注意が払われており、ロゴの直接的な複製は行われません。対照的に、偽物・コピー商品は、ブランドの商標権や意匠権を明らかに侵害する違法な商品です。

次に品質です。デュープは「本物に近い高品質」を最大のセールスポイントとしており、「同じ工場で製造された」といった謳い文句が使われることもあります。一方、偽物・コピー商品は、コスト削減が最優先され、品質は二の次となります。そのため、粗悪な仕上がりの商品も少なくありません。

価格面では大きな差があります。デュープは、元となる本物の商品価格の10分の1程度という「驚異的な安さ」が特徴です。偽物・コピー商品も極めて安価ですが、これは往々にして低品質に見合った価格と言えます。

 

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文系ルネッサンス到来? 生成AIが塗り替える「理系有利」という常識


世界を変えるアイデアを、自分でコードを書かずに10分で形にできる。そんな時代に、求められる人材はどう変わるのか。

「理系が有利」——この言葉は、特に日本の大学受験や就職市場において、近年は特に揺るぎない通説のように語られてきました。

しかし、2025年12月、たった10分でプロ級のアプリケーションを生成できる「Claude Code」のAIコーディングツールの登場は、この常識を根底から揺るがしています。

これからは文系学生の時代が来るでしょう。なぜなら、理系人間が必要になくなってきたからです。

 

本記事では、AIの劇的な進化がもたらす学問とキャリアの新しい地図を描き出します。

一ヶ月前の世界との決定的な断絶:コードの「民主化」
 

昨年12月まで、技術的な価値の多くは「コードを書く能力」に集中していました。複雑な業務アプリケーションやデータ分析ツールの開発には、数週間から数ヶ月に及ぶ理系エンジニアの工数が不可欠でした。そのため、企業は高い給与で理系人材を争い、大学でも情報工学やデータサイエンスの学部が注目を集めてきたのです。

ところが現在、この構造が劇的に変化しています。Claude Codeのような生成AIは、自然言語による指示(プロンプト)だけで、本格的なアプリケーションのソースコードを即座に生成します。

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選挙の日に考える、日本の教育への満足と選択


「小学4年生から受験勉強、中高一貫校を経て推薦で大学へ、そして就活」。このレールに乗って、日本の教育にあなたは満足していますか?

今日は投票日です。教育に携わる一員として、またこの国の未来を考える一人として、今一度、私たちの教育の姿を見つめ直す日にしてみませんか?

 

小学4年生から中学受験対策に明け暮れる子どもたち、中高一貫校で「あまり勉強しなくても」大学まで進める現実、大学では研究より就活。活動は就活のため。大学院では研究費が削られ、ぼろぼろのトイレとエアコンが消された部屋。そして「学歴」とみなされていない大学院。これらの状況を、私たちはどれだけ「当たり前」として受け入れているでしょうか。

選挙は、過去を忘れる日ではなく、未来を選択する日です。過去30年間の教育の在り方を振り返り、そしてここ一年で見えてきた変化の中で、私たちに求められている行動は何なのか。この記事では、教育の現場から見える課題と、投票がその課題解決に果たす役割について考えます。

30年前はそうではなかった。それが良い変化か、悪い変化か。あなたの考え次第です。

焦らされる教育:早すぎる「受験」の季節
 

日本の子どもたちは、早い段階から「受験」というレールに乗せられます。主要な進学塾では、小学4年生の段階で、中学受験に向けた高度で体系的なカリキュラムが始動します。国語では主語・述語・修飾語の関係や要旨のまとめ方を、算数では「つるかめ算」や「過不足算」といった特殊算を学び、社会や理科では入試を見据えた知識を体系的に詰め込まれていきます。

これらの学習は「思考力の育成」を謳いながらも、その実態は「本格化する中学入試のカリキュラム」の一環です。一部の進学校では、小学4年生の時間割は「週2日、60分×3コマ」に及び、夕方から夜にかけて塾通いが日常となる子どもたちも珍しくありません。遊びや様々な経験を通じて自己を形成するべき大切な時期に、子どもたちの時間と可能性が、早期の受験準備へと収斂されている現実があります。

レールとジレンマ:中高一貫校から大学、そして就職まで


受験競争を勝ち抜き、中高一貫校に入学した子どもたちは、確かに安定した教育環境を手に入れます。しかし、その裏には「あまり勉強しなくても大学までいける」という保証と、それが生む意欲の低下という構造的な課題が横たわっています。指定校推薦などの制度は確実な進路を提供しますが、一方で、コツコツと真面目に取り組む姿勢は評価されつつも、一般受験組に比べ基礎学力面での懸念が指摘されることも事実です。

大学に進むと、学生たちは「就職活動」という新たな巨大な壁に直面します。

 

近年、大学は研究機関としての役割以上に、就職予備校的な側面を強めている感があります。研究費は削られ、学生たちは授業よりも就活のエントリーシート(ES)や面接対策に時間を割かざるを得ません。

 

この流れは、大学院にまで及びます。一部では「学歴ロンダリング」(より上位の大学院へ進学して学歴を「塗り替える」こと)という言葉が示す通り、大学院さえもが「研究の場」というより、「就職のための最終学歴」として機能している側面があるのです。

投票が変えるかもしれない、教育と未来


このような教育の現状は、もはや個人や家族の努力だけでは変えられない、社会全体の仕組みに根ざした問題です。そして、その仕組みを変える可能性の一つが、今日の投票にあります。

今回の選挙では、実に36年ぶりとなる2月の投開票が実施され、それは大学入試シーズンと重なりました。このため、「精神的にも余裕がない」と投票を躊躇する受験生もいます。

 

日程が短期であるがために、在外での投票ができなかったり、大雪の影響で投票が難しかったり、受験期であるがために比較的若い層は行動が難しかったり。これは野党に不利にはたらき、与党は確実に表を獲得できる状況だと言われます。


重要なのは、各政党が教育政策にどう向き合っているかです。主要政党の候補者は、所得制限のない教育の無償化、大学授業料の大幅減額、給付型奨学金の拡充など、従来とは一線を画す政策を掲げています。

 

お金のことばかりですが、教育は30年間よい方向に傾いたのでしょうか? なぜそうなったのでしょうか? 

「子どもを差別・分断しない」 ことを強調し、外国時ににまで幼保から大学までの完全な無償化を訴える声。

 

私立の学校を選択肢としていたのに、無償化で選択肢を排除するような動き。

「国が子どもを支える社会に」 変えるため、できたのはこども庁ではなく、こども家庭庁。


教育問題は単なる「子育て支援」を超え、この国の未来をどんな人材が担うのか、という根本的な問いなのです。

変革の一票を、今日という日に


日本の教育は、多くの子どもたちと家族に大きな負担を強いながらも、出口では就職活動という別の競争を生み出しています。幼少期から「受験」というレールに乗り、その先に待つのは「就活」というレール。このサイクルに、私たちはどこまで満足しているのでしょうか。

選挙とは、現状に対する静かな不満を、未来への明確な意思に変える行為です。過去30年間、教育を巡る議論はありながらも、抜本的な変革は先送りにされてきました。しかし、ここ最近の1年で、教育無償化の是非や財源論争がこれほどまでに政治の中心に躍り出たことは、確かな変化の兆しです。なぜそうなったのでしょうか? 野党が活躍できたからと言われます。

今日、投票所に足を運ぶその一歩は、子どもたちの過密な塾通いのスケジュールを眺めながら感じた疑問や、大学の研究環境の衰退に覚える無力感を、変えるための第一歩になります。「教育に満足していない」のであれば、その思いを忘れずに、変革を求める一票を投じる時です。あなたの一票が、子どもたちの時間と未来を、そしてこの国の教育の在り方を、少しだけ良い方向へと動かす力になるかもしれません。
 

「移民大国日本」の現実と教育の変化:多様なバックグラウンドが学びの場にもたらすもの


「中華系の生徒が多い」という話は、実はもっと大きな社会構造の変化を映し出す窓にすぎません。日本の教室は、確実に、静かに変わっています。

近年、進学校や難関大学、大学院で、中国をはじめとする外国にルーツを持つ学生の存在感が増しています。「中華系が多い」という印象は、その顕著な一例に過ぎません。これは単なる教育現場のトレンドではなく、日本社会そのものが「移民大国」へと静かに変貌していることの必然的な帰結です。本記事では、この現象の背景にある社会構造の変化と、その中で懸命に学ぶ子どもたちの姿を考察します。

 

最初に伝えておきますが、すでに日本は先進国の中でも移民受け入れが多い国として認知されています。日本国内では、政治的な理由から移民を移民とは呼ばず、数に含めないために、移民は少ないと思われがちですが、働いている外国人は研修などの呼び名を含めて、すべて基本的に移民として扱われます。これを現実として認識することが大切です。

 

全面改訂版 子供の為に国際バカロレア校を選ぶべきか悩んでいる時に読む本: 学年別、進学のパターンとその実情

 

1. 「移民大国日本」という現実:数字が語る静かな変容


「日本は移民を受け入れていない」という認識は、もはや現実とは大きく乖離しています。確かに「移民」という言葉を政策的に避け、「技能実習生」や「特定技能」などの制度を用いてきた経緯はあります。しかし、国際的な統計基準に照らせば、外国籍の労働者やその家族の受け入れは、紛れもなく大規模な移民の流入です。

重要なのは、この規模が「先進国としてトップクラス」に達しているという点です。例えば、日本の外国人労働者数は300万人を超え、その数は過去10年で約3倍に膨れ上がっています。彼らの多くは単身でなく、家族を伴って日本に定住するケースが増加しています。つまり、家族への無条件でのビザ発給もすでに行われています。そのため日本には今、数多くの外国にルーツを持つ子どもたちが育ち、日本の教育システムの中で学んでいるのです。都心・地方にかかわらず日本語ができない生徒が増えていることはご存じであり、認識されていると思います。

2. 教育現場への浸透:移民2世・3世の「当たり前」の成功


この社会構造の変化が、教育現場にどのような影響を与えているのでしょうか。進学校や大学で外国にルーツを持つ学生が目立つ背景には、以下のような要因が複合的に作用しています。

 

海外大学 合格の 手引き

 

① 教育への高い価値観と投資
多くの移民家庭、特に東アジア系の家庭では、教育が社会階層を上昇させる最も確実な手段であるという考えが共有されています。これは日本社会の伝統的な価値観と合致する部分も大きく、保護者が収入の多くを子どもの教育(塾、家庭教師、教材など)に惜しみなく投資する傾向が強く見られます。しかし、移民当初は子どもの教育にかまっておられず、日本語ができない子供を義務教育学校に入学させているだけの放置が多く見られます。そのまま大人になっていけば、就職先は親と同様でありますが、それでも就職できることに間違いはありません。家族も就労も可能なビザのステイタスです。

② 「逆境」をばねにする学習意欲
移民として新たな社会で生活を築く過程は、往々にして言語や文化の壁、経済的困難を伴います。そのような環境で育った子どもたちは、「学業で成功し、社会に認められなければならない」という強い動機を内在化させやすい側面があります。これは「負けられない」というプレッシャーでもありますが、同時に高い学習意欲と規律をもたらす原動力にもなっています。

 

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教育に力をいれることができる移民と、教育には手が回らない移民がいることを認識する必要があります。日本において、移民にとっても義務教育は格安なので、そんな移民家族の子どもは公立学校に多くいます。

③ バイリンガル・バイカルチュラルな環境の利点
家庭と学校で異なる言語・文化環境に身を置くことは、時に負担となりますが、適切にサポートされれば大きな強みに転化します。生徒は自然に複数の視点から物事を捉える能力(多角的思考力) や、言語習得のメタ認知スキルを自然と身につけ、それが学業全般、特に論理的思考や言語を要する科目においてアドバンテージとなる場合があります。

3. 日本の教育と社会が向き合うべき未来


進学校に「中華系が多い」という現象は、移民の子どもたちが自らの努力で教育システムの中で成功を収めつつある、一つの結果に過ぎません。これは、彼らが「特別」だからではなく、彼らとその家族が日本の社会と教育制度の中で「普通」に努力し、その結果を出していることを示しています。

もちろん、教育の中で成功している生徒ではなく、放置される生徒も多くいます。そんな生徒が多いのが公立学校になります。この変化は日本社会と教育機関に新たな課題も投げかけています。

言語支援の充実:日常会話はできても、教科書や論文を読む「学習言語」としての日本語習得には、体系的な支援が必要です。

 

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多文化理解教育の必要性:教室に多様な背景の子どもがいることは、すべての生徒にとって異文化理解を深める貴重な機会です。これを生かす教育プログラムが求められます。それは、移民優遇ではないことが重要です。

選抜の公平性と多様性の両立:移民家庭の子どもの努力と成功を尊重しつつ、多様なバックグラウンドの学生が公平に能力を発揮できる入試・評価制度の在り方は、今後さらに議論されるべきでしょう。移民優遇にならない配慮が重要です。

「移民大国」への道を歩み始めた日本。その教室で、様々なルーツを持つ子どもたちが机を並べて学び、競い合い、協力する光景は、もはや特別なものではなく、これからの日本の「普通」の姿へと急速に変わりつつあります。この現実を前に、私たちはどのような社会と教育を構想するべきか。今こそ、本格的な議論が始まるべき時です。
 

重要な選挙が行われています。教育に必要な物がどんどん削られています。これは過去30年間の政権の影響と言われています。しかし、政治が多少でも変化する場合、教育も変化が表れてきます。

 

教育が過去のままで良いのか、変化すべきなのか。それは選挙でも決めることができます。変化すべきではないのであれば、今までのような政治。変化するべきなのであれば、違った選択をすべきなのでしょう。

 

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