「移民大国日本」の現実と教育の変化:多様なバックグラウンドが学びの場にもたらすもの
「中華系の生徒が多い」という話は、実はもっと大きな社会構造の変化を映し出す窓にすぎません。日本の教室は、確実に、静かに変わっています。
近年、進学校や難関大学、大学院で、中国をはじめとする外国にルーツを持つ学生の存在感が増しています。「中華系が多い」という印象は、その顕著な一例に過ぎません。これは単なる教育現場のトレンドではなく、日本社会そのものが「移民大国」へと静かに変貌していることの必然的な帰結です。本記事では、この現象の背景にある社会構造の変化と、その中で懸命に学ぶ子どもたちの姿を考察します。
最初に伝えておきますが、すでに日本は先進国の中でも移民受け入れが多い国として認知されています。日本国内では、政治的な理由から移民を移民とは呼ばず、数に含めないために、移民は少ないと思われがちですが、働いている外国人は研修などの呼び名を含めて、すべて基本的に移民として扱われます。これを現実として認識することが大切です。
1. 「移民大国日本」という現実:数字が語る静かな変容
「日本は移民を受け入れていない」という認識は、もはや現実とは大きく乖離しています。確かに「移民」という言葉を政策的に避け、「技能実習生」や「特定技能」などの制度を用いてきた経緯はあります。しかし、国際的な統計基準に照らせば、外国籍の労働者やその家族の受け入れは、紛れもなく大規模な移民の流入です。
重要なのは、この規模が「先進国としてトップクラス」に達しているという点です。例えば、日本の外国人労働者数は300万人を超え、その数は過去10年で約3倍に膨れ上がっています。彼らの多くは単身でなく、家族を伴って日本に定住するケースが増加しています。つまり、家族への無条件でのビザ発給もすでに行われています。そのため日本には今、数多くの外国にルーツを持つ子どもたちが育ち、日本の教育システムの中で学んでいるのです。都心・地方にかかわらず日本語ができない生徒が増えていることはご存じであり、認識されていると思います。
2. 教育現場への浸透:移民2世・3世の「当たり前」の成功
この社会構造の変化が、教育現場にどのような影響を与えているのでしょうか。進学校や大学で外国にルーツを持つ学生が目立つ背景には、以下のような要因が複合的に作用しています。
① 教育への高い価値観と投資
多くの移民家庭、特に東アジア系の家庭では、教育が社会階層を上昇させる最も確実な手段であるという考えが共有されています。これは日本社会の伝統的な価値観と合致する部分も大きく、保護者が収入の多くを子どもの教育(塾、家庭教師、教材など)に惜しみなく投資する傾向が強く見られます。しかし、移民当初は子どもの教育にかまっておられず、日本語ができない子供を義務教育学校に入学させているだけの放置が多く見られます。そのまま大人になっていけば、就職先は親と同様でありますが、それでも就職できることに間違いはありません。家族も就労も可能なビザのステイタスです。
② 「逆境」をばねにする学習意欲
移民として新たな社会で生活を築く過程は、往々にして言語や文化の壁、経済的困難を伴います。そのような環境で育った子どもたちは、「学業で成功し、社会に認められなければならない」という強い動機を内在化させやすい側面があります。これは「負けられない」というプレッシャーでもありますが、同時に高い学習意欲と規律をもたらす原動力にもなっています。
教育に力をいれることができる移民と、教育には手が回らない移民がいることを認識する必要があります。日本において、移民にとっても義務教育は格安なので、そんな移民家族の子どもは公立学校に多くいます。
③ バイリンガル・バイカルチュラルな環境の利点
家庭と学校で異なる言語・文化環境に身を置くことは、時に負担となりますが、適切にサポートされれば大きな強みに転化します。生徒は自然に複数の視点から物事を捉える能力(多角的思考力) や、言語習得のメタ認知スキルを自然と身につけ、それが学業全般、特に論理的思考や言語を要する科目においてアドバンテージとなる場合があります。
3. 日本の教育と社会が向き合うべき未来
進学校に「中華系が多い」という現象は、移民の子どもたちが自らの努力で教育システムの中で成功を収めつつある、一つの結果に過ぎません。これは、彼らが「特別」だからではなく、彼らとその家族が日本の社会と教育制度の中で「普通」に努力し、その結果を出していることを示しています。
もちろん、教育の中で成功している生徒ではなく、放置される生徒も多くいます。そんな生徒が多いのが公立学校になります。この変化は日本社会と教育機関に新たな課題も投げかけています。
言語支援の充実:日常会話はできても、教科書や論文を読む「学習言語」としての日本語習得には、体系的な支援が必要です。
多文化理解教育の必要性:教室に多様な背景の子どもがいることは、すべての生徒にとって異文化理解を深める貴重な機会です。これを生かす教育プログラムが求められます。それは、移民優遇ではないことが重要です。
選抜の公平性と多様性の両立:移民家庭の子どもの努力と成功を尊重しつつ、多様なバックグラウンドの学生が公平に能力を発揮できる入試・評価制度の在り方は、今後さらに議論されるべきでしょう。移民優遇にならない配慮が重要です。
「移民大国」への道を歩み始めた日本。その教室で、様々なルーツを持つ子どもたちが机を並べて学び、競い合い、協力する光景は、もはや特別なものではなく、これからの日本の「普通」の姿へと急速に変わりつつあります。この現実を前に、私たちはどのような社会と教育を構想するべきか。今こそ、本格的な議論が始まるべき時です。
重要な選挙が行われています。教育に必要な物がどんどん削られています。これは過去30年間の政権の影響と言われています。しかし、政治が多少でも変化する場合、教育も変化が表れてきます。
教育が過去のままで良いのか、変化すべきなのか。それは選挙でも決めることができます。変化すべきではないのであれば、今までのような政治。変化するべきなのであれば、違った選択をすべきなのでしょう。
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