紫陽花の咲く頃 -2ページ目

ミョウガと亡父の思い出



今年初、家の庭先に自生しているミョウガを採った。

まだ小さいミョウガ。


結婚するまで、ミョウガは、スーパーで買っていたし、そのほとんどは母が食べていた。

1人で食べているので、子供心に不思議だった。


私が結婚して間もなく、母が大腸がんで、手術、入院を長期間した時があった。


その頃、亡父はまだまだ仕事は現役で車の修理工場の工場長をしていたので、朝早くから、夜遅くまで働いていた。

私も少し手が空いた時は実家へと足を運んで、おかずや味噌汁を父の為に作り置きした。


ちょうど、行ったその日は父も休みの日で、庭先で草むしりをしていた。

お昼ご飯に、と家から持ってきた家庭菜園で採れたトマトやなす、ピーマン、ミョウガでおかずと味噌汁を作った。


味噌汁はじゃがいもとミョウガで。


家に入って来て台所にいる私に話しかける父。


父)母さんは、ミョウガが大好きで、何にでも入れるんだよ、味噌汁とか。俺は大っ嫌いなんだよなー、ミョウガは。


私)んっ!今日の味噌汁にミョウガたっぷり入れたよ。🫢


その時の父の沈黙と、やばい!となった顔は今でも忘れられない。


その時、初めて父がミョウガ嫌いと言うのも知った。


だから、母は自分だけの味噌汁に刻んだミョウガを入れていたんだと知った。


私が作ったその味噌汁を父が飲んだのかどうか、すっかり忘れてしまっている私。


どうだったのかなー。


そして、ピーマンも嫌いな父。

実家の食卓に登場する事も今思えば少なかった。


子供みたい!と子供の孫達に笑われていた事も思い出す。


そんなミョウガとピーマンで父の事を思い出して笑えるから、ミョウガ&ピーマン様様かな。


私は美味しくいただきます。😆









暑い日のご馳走、ご馳走様でした

特養に入所する義母の夏用服を買いに出た際、その近隣のスーパーで夕食の材料を買い物した時、土用の日が近い事を知る。


うなぎかー、食べたいけど高いよな。


この前、お刺身買って食べたしなー。


見なかった事にして通り過ぎた。


そうめんにしよう!おかずは余り物で。


そう、買い物を終え、家に着いたと同時に主人の従姉妹のお姉さんが、お中元を持って来てくれた。


いつもの缶ビール。😆(主人が1番喜ぶ)


そして、今夜の夕飯に!と鰻重を3人分買って来てくれたのだ。


私の心の声が聞こえた?って位のタイミングだったので、すごく嬉しくて、何度もお礼言ってしまった。


お姉さん)たまには楽して、ゆっくり食べてね。手抜きしていいからね。


そう言ってくださった。


手抜きはいつもだけど…。


猛暑日だったその日の夜は、エアコン全開で涼しくゆったりいただきました。


ご馳走様でした。





明日の夕飯とのギャップが怖いな。😅



友人と同じ気持ち

久しぶりに同じ地区で次男の同学年の女の子のママ友に我が家前の道で行き会った。


仕事へ行く途中だった様だが、私の姿を見て、車で数10メートルバックして来た。

(田舎道なので)


Aちゃんらしい。


次男の保育園時、保護者役員を一緒にしてからのお付き合い、たまにランチをしたりする、同地区で唯一の友達だ。

(友人が少ない私)


先日、同居しているAちゃんのお義父さんが亡くなり、その時香典を渡していたお礼を言われた。


具合いが悪く、診察してもらった時点で、末期膵臓がん、1か月の余命宣告をされ、家での見取り看護をして、本当に宣告された1ヶ月で亡くなってしまったとの事だった。


体調が悪くなっていく姿を見るのが1番辛かったと、Aちゃんの目に涙があふれてきた。


上手く返す言葉が見つからず、私も涙目になってしまった。


Aちゃんは、

「義理の父でこんなにも辛いから、〇〇さん(私の名前)お父さん亡くなって辛かったね!」

そう私を気遣ってくれた。


会話の中でAちゃんとお義父さんの関係は良好だったんだなとすごく感じられた。


以前、足を悪くして、出かける時は車椅子だと聞いていた直後、Aちゃんが車椅子に乗ったお義父さんとスーパーで買い物をしている所にばったり会った時がある。


息抜きに連れて来たと、普通に笑顔で話をしていたが、私の義母も車椅子だったので、その大変さはよく分かる。


車椅子から車に移動するのにも、車椅子を収納するにも手間がかかる事だ。私には真似出来ないなと思った。


いつも前向きで、明るくてちょっとおっちょこちょいのAちゃんが、お義父さんが亡くなって涙する姿が見ていても辛かった。


又、ゆっくり話そう、そう伝えて別れたが、何だか、私も父の事を思い出して、涙が出て来てしまった。


Aちゃんのお義父さんが亡くなった日は、私の父の命日と同じだ。


きっと、これからずっとこの日をAちゃんも私も同じ気持ちで迎えるんだなと思った。


Aちゃんの心が少しずつ癒えます様に。