F9の雑記帳 -92ページ目

『不滅の物語』



 イサク・ディーネセン『不滅の物語』(工藤政司訳、国書刊行会)を読み終えた。

 別の作家の小説を読みたくて探しているうちに知った「文学の冒険」シリーズの中で題名に惹かれて桑名市立中央図書館で借りてきたのが読んだ動機なので、作者について(ブックカバーの作家の紹介文にあるような、殆どの作品をデンマーク語と英語で書き、デンマーク語版の場合はカーレン・ブリクセンと言う作家名で発表したと言った)知識もなく読み出したのだが、収められた7篇の小説(「不滅の物語」「満月の夜」「指輪」「カーネーションを胸に挿す若い男」「悲しみの畑」「エコー」「女人像柱──未完成ゴシック物語」)は読んで良かったと思った。

 そして、その中でも、実業家が昔聞いた話を実現させようとする一部始終を書いた「不滅の物語」、若き領主のもとを訪れた乳母から語られる内容が衝撃的な「満月の夜」、ある出来事を切っ掛けに自分の運命に思いをはせる「指輪」、若くして売れた作家が一晩の行動の後に幸福について気づく「カーネーションを胸に挿す若い男」、息子の無実を証明しようと約束の時間までにライ麦畑の麦を刈り取ろうとする母親の姿が印象的な「悲しみの畑」が個人的には印象に残った。作品集であるから、印象に残る小説が多いのは当然だろうが、結構多かったな…。

「コンジュジ」



 木崎みつ子「コンジュジ」(『すばる』2020年11月号所収)を読み終えた。

 第44回すばる文学賞受賞作。父親から性的虐待を受ける主人公、(もう死んでいるのに)彼女が一目惚れしてしまったイギリスのバンド、ザ・カップスのトーマス・リアン・ノートン(リアン)やジム・ノートン(ジム)との妄想(リアンとの妄想は小説の途中まで父親からの行為に対する慰めのように甘い妄想だったのが、小説の後半になると辛辣になったりもし、最後には父になりかけたりとまさに現実と表裏一体だなとと感じた。理想を追い続けるのは難しい…。一方、ジムとの妄想は弟であるリアンについての会話が読んでいて胸に迫ってきた。彼女の一面が良く分かるな…。)、「五百八十六ページ」(43頁)あるリアン・ノートンの伝記本『リアン・ノートン』から分かるリアンの生涯、これらの描写を中心にして小説は進んでいくのだが、最後のリアンの墓の中に一緒に埋められると言う妄想の場面、そして一気に現実に戻される最終行の鮮やかさも含めて色々考えさせられた。他人を理解する事は本当に難しい…。

 ただ、タイトルの意味(ポルトガル語で「配偶者」の意味(受賞者インタビュー(127頁))より)は知らなくても良いと思うし、知っていると少しガッカリすると感じた。

「夜を昼の國」




 いとうせいこう「夜を昼の國」(『文學界』2020年10月号所収)を読み終えた。

 僕はこの小説に出てくる主人公染乃(←実際の事件が起きて幾度か転生している)と久松に起きた出来事や関連する事柄(←「調査が実に細かい!」と僕は感じた。)については知らなかったが、主人公が「宗教のおじさんって家族が呼んでる人」(11頁)の所有する施設に隔離されていたり、主人公のパパやママ(として登場する人物)が何者か分からなかった等人的には多少消化不良気味ではあったものの、現在の状況に色々置き換えて主人公染乃の語りで書かれていて、読んでいる間はかなり興奮した。確かに、江戸時代であろうとなかろうと、(心中)事件の当事者にしてみれば、事実を好き勝手に変えられた形で伝わってしまうのは不快で嫌だろうし、その様な事態における闘いの場は(この小説にもあるように)現在であれば恐らくSNS上になるのだろうし、有能な弁護士を見つけ事実と相違する部分については裁判する、あるいはテキストを書き「ネットの世界へエントリー」(53頁)する等して闘うしかないだろうな。いちいち面倒臭い事ではあるが…。ただ、終盤SFチックな描写を含んだ展開になったのは(個人的には)意外だった。個人に対する誹謗中傷をさせない存在、か…。