F9の雑記帳 -90ページ目

『セロトニン』



 ミシェル・ウエルベック『セロトニン』(関口涼子訳、河出書房新社)を読み終えた。

 前から読もうと思っていたのに、いざ読み出すとなかなか読み進められず、読み終えるまでかなり時間が掛かってしまった。ここ最近も職場で色々あったのがその主原因だとは思いたくはないのだが…。

 途中までは主人公フロラン=クロード・ラブルストと女性(特に日本人女性ユズ)との関係の描写にややゲンナリしていたのだが、後半に入って農家と保安機動隊の抗争等読んでいて緊張する場面が多くなり若干しんどくなると同時に主人公に対して同情する気持ちが自分の中に出てくるのを感じた。しかし、(小説の終盤で)まさか引きこもりになる展開が待っているとは思わなかった。過去を振り返りたくなる気持ちも分かるが、もう少し違う生き方もあっただろうに、何故選ばなかったのだろう。人それぞれとは言え、淋しい事だな…。

 しかし、タイトルにもなっている「セロトニン」とについて最初は分からなかったが、読み終えてこの小説に相応しいタイトルだと感じた。人にとって必要なものとは何か、か…。

「カカリュードの泥溜り」




 吉村萬壱「カカリュードの泥溜り」(『文學界』2020年11月号所収)を読み終えた。

 普段連作の小説は(読みたいなら単行本が刊行された時に読めば良いと思うから)読まないようにしているのに、最後の“連作5・了”の文字を読む前に読み始めてしまったので読んだのだが、読み終えて嫌な気分になった。実際のところ、甘えられると知ったら徹底的に甘える人間もいるとは言え、「光男」(とキラスタ教折口山支部長を務める兼本歓が名付けた男)の行動は相当なものだし、題名になっている「カカリュードの泥溜り」(←意味等を知りたい方はお読み下さい。)の定義が終盤で兼本歓の中で「百八十度ちがうもの」(174頁)になってしまうのも人間を描くのであれば当然な展開なのだろうが…。残念だが、僕は今のところ吉村萬壱の小説が好きになれないようだ。

『ファミリー・ダンシング』



 今日、デイヴィビッド・レーヴィット『ファミリー・ダンシング』(井上一馬訳、河出書房新社)を読み終えた。

 先日、近所の図書館でやっている「本のリサイクル」(←図書館の廃棄本をいただけると言う企画)の会場から持ち帰り今日読んだのだが、収められた6篇の小説はどれも面白かった。以下、誤解もあるに違いないが感想(と言うか印象)を書いておく。
 
・「巣立ち」:グレッチェン、カローラ、ジルの三姉妹それぞれの描写、ジルの行動や言動(←何で核家族の話をし始めるんだ?(28頁))や独特の遊び、そして、ドナ・リーの存在感が面白くかつ興味深かったが、個人的にはグレッチェンやカローラの言い争いやお互いに対する行動や心理が良く分かる気がした。自分自身の事は誰にも分からないのだから、仕方ないよなあ…。

・「テリトリー」:主人公ニールがゲイだと序盤で分かるので身体が若干重くなるのを感じたが、終盤にかけてニールの中で彼の母親の存在の大きさが再確認されていく展開が読んでいて少し切なくなった。「罪の種類っていうのは土地(テリトリー)によってちがうのさ」(87頁)、確かにそうだが…。他人の目を意識するニールだから余計にそう感じるのかもしれないと思った。

・「残された日々」:癌患者の主人公ハリントン夫人の3人の子供達(その中でも特にアーネスト)に対する気持ちの描写がリアルで胸が苦しくなる場面が多く、読み進めるのが辛かった。もっとも、医師から余命6ヶ月と告げられたら、この小説に書かれている様にもなるか…。また、対比されるローランズ夫妻や息子のグレッグ、また主人公を背の低い女性が見つめる最後の場面も印象的で良いなと思った。

・「失われた別荘」:読んでいる間、主人公マークの母親のリディアの気分の上下と夫に対する愛情の強さに少々うんざりしてしまった。夫アレックスもいくら離婚目前とは言え、家族全員で貸別荘に来ているのに(何時間かとは言え、新しく妻になる)女性と会おうとするだなんて…。しかし、主人公マークはもう少し存在感が強めでも良かったのではないだろうか。

・「犠牲者」:両親が別れたため、従兄弟の家で暮らす事になったダニーの苦しみが身に染みて読み進めるうちに切なくなってしまった。終盤、父の意向に従ったダニーの姿も何とも言えず良かったし…。

・「ファミリー・ダンシング」:この本の表題作だが、読み終えて主人公スーザンに対する娘リネットの思いや行動が、この小説の舞台であるパーティーで披露されなくて炸裂されなくて良かったと思った。周囲に対して棘を立てているリネット、虚しく疲れているスーザン、共に可哀想な人だな…。

 読み終えて、個人的には「テリトリー」と「残された日々」が印象に残った。そして、希望を書いてしまうと、原著に収められているがこの本には収められていない残り3篇の小説も一緒に読みたかった。もしかすると、印象がかなり変わるのだろうか。