F9の雑記帳 -51ページ目

『白鶴亮翅』


 多和田葉子『白鶴亮翅』(朝日新聞出版)を読みました。
 この小説には途中で隣人には同性のパートナーがいたりバリアフリーについて等と言った現代的な問題を描いた部分もありますが、夫と分かれて10年以上ドイツに住む主人公の女性と隣人、彼に付き添いを頼まれ向かった太極拳学校で出会った人々との交流の描写が多く描かれており、太極拳関連の内容も含めて全体的に親しみやすく、何だかジワジワと面白かったです。
 また、細かい事ですが、主人公が小説の中でクライストの小説「ロカルノの女乞食」を訳しており、終盤でその小説絡みの様な出来事に遭遇したりするというのは、多和田葉子が書いた小説だからなのかなと思いました。
 ただ、(個人的に感じるだけだと思いますが)多和田葉子の小説にありがちな“敷居が高い”的な雰囲気がなかったのは少し意外でした。
 もしかして、新聞での連載小説を単行本化したからなのでしょうか。
 あと、個人的には、主人公にだけ聞こえるCDプレイヤー等の家電製品の声が馬鹿馬鹿しく可笑しく好きになりました…。

『アントンが飛ばした鳩 ホロコーストをめぐる30の物語』


 バーナード・ゴットフリード『アントンが飛ばした鳩 ホロコーストをめぐる30の物語』(柴田元幸・広岡杏子訳、白水社)を読みました。
 この本には著者の第二次世界大戦前・戦争中・戦後の日々について書かれた30篇の文章が収められているのですが、著者が長年雑誌のカメラマンとして働いていた時期があったからでしょうか、各々の文章に登場する著者が出会った人々(や物事)からの距離感が絶妙だなと感じると同時に、人間は状況によって様々な顔を見せるのだという事をしばしば考えたりしました。
 また、(著者が経験した)収容所生活は勿論の事、著者の小学校時代の友人やポーランド地下活動収容所で出会ったロシア人捕虜や更にはナチスに関係の深い女性…、著者が戦時下で出会った人々への態度や感情の描写を読んでいると、人間はどんな状況に置かれても希望は見つけられるし、見つけないといけないのだなと思いました。
 そして、この本に収められた30篇の文章に対して優劣は本当につけられませんが、個人的には離れ離れになっていた家族との再会について書かれた「再会」と父親が「ナチス党の大物だった」(264頁)ドイツ人女性について描いた「インゲ」が特に印象に残りました。
 しかし、自分の波乱万丈で一部悲惨な状況に置かれた体験を書き出すまで、40年ぐらい掛かっているのか…。

「ジューンドロップ」



 夢野寧子「ジューンドロップ」(『群像』2023年6月号所収)を読みました。
 第66回群像新人文学賞当選作のうちの一篇。
 主人公の偏頭痛持ちの女子高校生が、母親と再婚した相手との家庭の中に自分の居場所を確保しようともがく小説なのですが、(過去に流産を経験している母親の不妊治療や実の父親の自殺等)若干重たい雰囲気が漂いがちなのにも関わらず、ふと気づくと自分がこの小説に惹きつけられているのが分かりました。
 ただ、小説の大部分の部分を占める偶然知り合い頻繁に会うようになった女子高校生との交流、あるいは主人公の親戚の家に行く/行かないに代表される複雑な人間関係等、色々と気にしておくべき内容が盛り沢山で、読み進めるうちにそうなった理由は納得できはするのですが、小説の面白さを若干削いでいる様に感じました。
 もっとも、先に書いた様な形で小説が展開していくからこそ、最後の場面読んで僕も少々胸が苦しくなったのだとは思いますが…。