「もぬけの考察」

この小説は第66回群像新人文学賞当選作のうちの一篇で、オートロックのマンションの一室(408号室)での出来事を描いた「初音」「末吉」「こがね」「もぬけの考察」の4章で構成されています。
最初の3章では、隣室の住民の行動を見た女性がベランダから落ちたり(「初音」)、男性が睡眠薬入りのコーヒーをを飲まされ手足を縛られて連れ去られたり(「末吉」)、シナモン文鳥が野良猫に咥えられて連れ去られたり(「こがね」)と、最後に様々な形で主人公(と言っていい人や動物)が物語の舞台上から“失踪”して物語が終わりますが、最後の「もぬけの考察」では半ば種明かしの様に語り手であろう“私”自身の過去と現状について描かれています。
正直なところ、個人的にはどの章も展開が意外で読んでいて面白かったですが、物語に登場したくてたまらない人物がこちらに視線を向けている様な、滝口悠生の小説が持っている雰囲気と似たものをこの小説の至る部分で感じました。
まあ、こんな事を考えているのは、きっと僕だけなのでしょうが…。
あと、最後の章のタイトルは別のタイトルにすべきだと思いました。
「もぬけの考察」を章のタイトルにするのははちょっと…。
『裏切りの塔』

G・K・チェスタトン『裏切りの塔』(南條竹則訳、創元推理文庫)を読みました。
この本に収められた4篇の小説と一篇の戯曲はどれも面白かったですが、読み終えてモヤモヤしたものが胸に残り、若干腹が立ちました。
まあ、個人的にはもう少し色々はっきりさせても良いのではないかと思いましたが、それではつまらないのでしょうね、きっと…。
以下に感想(めいたもの)を書いておきます。
・「高慢の木」:途中までのやや仄暗い幻想的な雰囲気を華麗に裏切る展開で終わるのかと思いきや、最後の台詞を読んで軽く顔を叩かれた気分になりました。人の言う事を信じるか否か、重要な問題だな…。
・「煙の庭」:僕は「高慢の木」と同様、モーブレイ家で起こる殺人事件の犯人は分かりませんでした。説明されれば納得はできるのですが、自分で謎を解明できるかと問われると…。
・「剣の五」:この小説で書かれている時代にはまだ決闘したりしなかったりがあったようですが、事件解決にはそれに関しての考察だけでなく、カモフラージュも含めて細かく考えに入れないといけないとは…。
・「裏切りの塔」:最後まで謎が謎の残されていますが、やや暗くても絶望的ではない結末だからでしょうか(?)、読み終えてそれ程悲しい気持ちになりませんでした。
・「魔術――幻想的喜劇」:読み進めるうちに知りたくなるだろう内容は最後まで語られませんが、結末を読んでポカンとなる気持ちになりつつも何だか安心しました。ああ、パトリシア、なかなか素敵じゃないか…。
附記 5月4日と5月5日に春一番2023(@大阪・服部緑地野外音楽堂)を観に行ってきました。
4年ぶりの開催でしたが、あの自由な雰囲気に浸れてとても気持ちよかったです。
個人的には5月4日に出た中川五郎のトピカル・ソングが強烈に印象に残りました。凄すぎる…。
『招かれた天敵 生物多様性が生んだ夢と罠』

千葉聡『招かれた天敵 生物多様性が生んだ夢と罠』(みすず書房)を読みました。
近所の図書館の新刊図書の棚で見かけた際、タイトルとカバーのてんとう虫の絵に惹かれ、早速借りてきて読みました。
この本で紹介されている外来生物等の害虫に対して(生物学的には好まれない)天敵を使う防除の歴史を彩る幾つかの出来事や人物について、自分が無知な分野だからでしょうか、内容全てがとても興味深く、面白かったです。
そして、それらの中でも特に、第二章で登場するオックスフォード大学地質学講座の初代教授のウィリアム・バックランドのエピソードには度肝を抜かれてしまいました。クマ、ワニ、ハリネズミ等入手した動物種をすべて食材にしていたというのも凄いですが、ヨーク大司教エドワード・ハーコートが開いた晩餐会に招待された際、見せられた太陽王ルイ十四世の防腐処理を施された心臓を食べてしまうって…。
また、「はじめに」の中でも軽く触れられている本書の意図が、著者自身の小笠原の父島での経験と絡めた終盤で明かされた時、僕は軽く衝撃を受けました。
著者と同じく「個別的で特殊な意図」(413頁)は普遍性を持つと感じましたが、これだけ細かく記述があったのはこのためだったのですね…。
