F9の雑記帳 -32ページ目

『ある晴れたXデーに』



 マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『ある晴れたXデーに カシュニッツ短編傑作選』(酒寄進一編訳、東京創元社)を読みました。
 この本に収められている15篇の短篇小説は、以前読んだ『その昔、N市では カシュニッツ短編傑作選』に収められた小説と同様、読み進めるうちに不安が募りあたり構わず叫んでしまいそうになったり、読み終えた後(少しの間ですが)小説と現実との区別がつかなくなったりするものが多かったように感じました。
 そんな中でも、戸締まりを厳重にする妻の態度や夫との会話から、最後まで何も起こらないことが意外だった「雪解け」、日が経つにつれて感覚が麻痺していく中で自己観察を続ける主人公に訪れる結末が衝撃的なの「火中の足」、広告塔に大きな写真が貼られ、新聞で連日報道された、誘拐された少年を見つけた主人公の様子を描いた「幸せでいっぱい」、主人公が世界が滅亡するXデーについて詳細に記す「ある晴れたXデーに」、主人公が旅立ちの日の夢で見た(かなり現実に近いが限りなく現実ではない)光景が描かれている「旅立ち」が印象に残りました。

「オフィーリア23号」





 市川沙央「オフィーリア23号」(『文學界』2024年5月号所収)を読みました。
 芥川龍之介賞受賞第一作。
 この小説は『性と性格』を著し、「女は存在しない」と言い、23歳で自殺したオットー・ヴァイニンガーの生まれ変わりであると信じ、彼の主張を広めたい主人公が、三島由紀夫の『憂国』をリアルに映像化して完成後は素人のアダルト動画サイトPornhubにあげて収益化を目指す友人達の行動に(ある意味積極的に)巻き込まれていく日々を中心に描いているのですが、事あるごとに女性性が強調されているように僕には感じられて、読み終えた後取り残された気分になりました。
 もっとも、小説の中で描かれている同性(女性)の友人達との(肉体関係を含めた)交友関係の描写は興味深く読みましたし、病院長である父親と(将来は父親の後継者となる事が約束されている兄、かつては主人公とともに父に殴られていた母親と言う)父親の力が強い家庭環境の描写は「あなたもなかなか大変な経験の持ち主ですね」と主人公に伝えたくなりましたし、主人公と友人達との三島由紀夫のに関する論議等も面白く読んだのですが、この小説の本筋とは余り関係がないので、先に書いた(感想の)内容を否定しきれなかったのかもしれません…。
 あと、個人的な思いなのですが、エロネタ中心の展開は止めていただけると嬉しいです。

「月ぬ走いや、馬ぬ走い」





 豊永浩平「月(チチ)ぬ走(ハ)いや、馬(ウンマ)ぬ走(ハ)い」(『群像』2024年6月号所収)を読みました。
 第67回群像新人文学賞当選作。
 沖縄を舞台とした14の断章からなるで構成されたこの小説に関しては、過去に関する断章の中で(個人的に)幾つか面白いと感じる内容のものはあったものの、読書中には何度も「小説で朗読劇をやらないでくれ」と心の中で叫んでしまいました。
 しかし、この小説の後半になると各断章の関連性が把握しやすくなり、先に書いた叫びの回数は減じて若干安心しましたが、この小説に関しては、登場人物の一人である島尻オバァの「俚諺の解釈」によると、「馬さながらに歳月は駆け抜けてしまいますから、時をだいじにすべし、けれど苦悩は結局なくなるものとして抛ってしまいなさい」と言う「黄金言葉(クガニクゥトバ)」のタイトルに面食らってしまった事が全てのような気がしてなりません…。