『クレムリンの魔術師』

ジュリアーノ・ダ・エンポリ『クレムリンの魔術師』(林昌宏訳、白水社)を読みました。
先日、近所の図書館で本の題名に惹かれて借り出して読んだのですが、きたのですが、ロシアの副首相などを歴任し、ロシアの伝統の重視と国益を重視する「主権民主主義」を提唱した(巻末の“訳者あとがき”参照)ウラジスラフ・スルコフ(1964生まれ)をモデルとする「クレムリンの魔術師」「現代版ラスプーチン」(10頁)と呼ばれていたヴァディム・バラノフ(ヴァディム・アレキゼヴィッチ)の祖父の代からのロシアの権力、特にプーチン大統領の権力掌握や維持の方法に関する熱弁は、実名で登場する他の政治家に関する事柄も含めて、読んでいて大変面白く(個人的に)非常に勉強になりました。
もっとも、この小説の面白さと面白さは、「イタリアとフランスの大手メディアで政治問題のご意見番であり、イタリアとフランスで多数の著書を上梓している」(268頁)著者だからこそ生み出せたのでしょうが。
しかし、この小説はロシアによるウクライナ侵攻より約1年前に執筆されているにも関わらず、巻末の“訳者あとがき”にあるように、侵攻に対する予言が含まれているなあと感じました。「彼❲プーチン❳のような人間はやめることができない。」「過ちを認めることは絶対にしない」(207頁)ですか…。
「地下で生きた男」

リチャード・ライト「地下で生きた男」(『地下で生きた男』(上岡伸雄編訳、作品社)所収)を読みました。
主人公の黒人男性フレッド・ダニエルズが警察から突然犯してもいない殺人の罪で逮捕され、拷問を受けた上に自白書にサインしてしまったものの、隙を見て逃げ出し地下の下水道に隠れると言う小説の序盤は同情するしかないなと思いましたが、中盤で人の弁当や道具箱あるいは保険会社の金庫から金を盗む等して段々と罪を重ねていく様を読み、主人公の心理の変化の描写には驚いたものの「この主人公、何やっているのだろう?」と何だか呆れてしまいました。
そして、終盤の主人公が警察署に赴きかつて自身に罪を着せた男達に罪を告白した後に迎える最後については、男達の恐怖も合わせて良く理解できましたからだと思いますが、それ程悲しくなりませんでした。
しかし、この『地下で生きた男』の半分近くを占めるこの小説に関して、巻末の「編訳者あとがき」にある通り、原稿を持ち込まれた出版社が「内容が衝撃的すぎるということで、出版を拒否した」(373頁)ため、作者は前半の拷問の部分を削除した上後半も部分的に書き換えて雑誌発表にこぎつけたというのは至極もっともな事だなと思いました…。
「私は無人島」


旗原理沙子「私は無人島」(『文學界』2024年5月号所収)を読みました。
第129回文學界新人賞受賞作のうちの一作。
この小説の中で、主人公の占い師である月子は友人未希の堕胎のため、「伝説の墮胎師のえじう」(16頁)を探す旅に出る小説なのですが、不気味な雰囲気を持つ“蛇人”(後に判明する彼の正体が怖かったです…)、旅の途中で立ち寄った島に住むそん婆やみん婆等の登場人物達、あるいは彼女達との会話から墮胎のために必要だと分かった植物”ミレイジャク“、主人公月子がしばしば見る夢の描写等の設定や内容がかなり際立っている上に、全体的に寓話的な雰囲気が漂っていて、読んでいる間に何度となく狐につままれた感じがしました。
ですが、読む速度的にはなかなかに早く、読み終えた後少し意外でした。
そして、ミレイジャクの香りが女性には「うっとりさせるような香り」(44頁)を発散する反面男性を遠ざけたり、主人公月子の夫を含め男性の描写が過剰気味だったりするので、(個人的には)女性の性や出産に対する自由がテーマの小説なのかなと思いました。
あと、タイトルが秀逸だと思いました。