F9の雑記帳 -36ページ目

「三脚の椅子」/「並ぶ連なり歩み」


 今日も、『文學界』2024年3月号に掲載されている短篇小説を読みました。

①沼田真佑「三脚の椅子」
 久しぶりに沼田真佑の小説を読みましたが、読み終えて若干寂しい気持ちになりました。
 もっとも、中盤まで主人公を男性だと思いこんで読んでしまっていた精神状態も原因の一部なのかもしれません。
 ですが、身近にいた猫がいなくなったと同時に気になりだした(経営企画部長兼海外事業推進室室長と言う)会社の上司を「心底嫌っていた」(65頁)と気づいた後、自分が触りまくっていた猫があるきっかけで嫌いになるとは…。

②井戸川射子「並ぶ連なり歩み」
 犬持ちや苔貼り、花飾りや獣真似という仮装行列に参加している人々の様子が描かれているのですが、日常が所々顔を出しはするものの、内容が幻想的な雰囲気ではないからなのでしょうか、自分の中で内容を受け入れるのに時間が掛かりました。
 ああ、これはなかなか難しい小説ですね。
 しかし、この小説の登場人物達は、来年の仮装行列には全員出席するでしょうか。
 小説の中では、その流れに乗るような感じでしたが…。

「弥勒の世」/「煙」


 今日、『文學界』2024年4月号に掲載されている2篇の短篇小説を読みました。

①町田康「弥勒の世」
 久しぶりに町田康の小説を読みましたが、設定が破天荒で驚いてしまいました。
 顔が悪いから「どこに行っても疎んぜられ、苦しみと悲しみを抱えて生きてきた」(16頁)主人公の顔も是非見てみたいと思いましたが、何より儲かるからと密輸したガマが出す毒が、人の顔を「『うそぶき』と謂う狂言面」(21頁)に似せるというのは”ちょっと…“と思いました。
 ただ、その毒で「みんな平等な弥勒の世」(24頁)になるのなら良いのかもしれませんが…。

②滝口悠生「煙」
 親戚が集まり、一同が一番年長の親戚を連れて老健施設に入所させるまでが描かれているのですが、自由子(じゅんこ)さんと通路(とおる)さんが個人的には印象的だった登場人物の各々の名前に意表を突かれはしたものの、小説の内容それ自体にはあまり心は動かされませんでした。
 ですが、最後にそれなりの安定を手に入れた深志の姿の描写を読んで、何だか安心しました。ああ、良かった…。

『誰もいないホテルで』


 ペーター・シュタム『誰もいないホテルで』(松永美穂訳、新潮社)を読みました。
 近所の図書館で先日見つけ、表紙の絵も気に入ったので、作者の事はまるで知らないにも関わらず借りてきて読んだのですが、この本に収められた10篇の短篇小説には全体的に不穏な空気が漂いつつも、いざ読み出すと引き込まれてしまい、読んでいる間は途中で一息入れる事が難しかったです。
 そんな小説たちの中で、ロシア文学を研究している主人公が閉鎖された湯治場に住んでいたアナと過ごした数日間を描く「誰もいないホテルで」、地域で孤立してしまった主人公の牧師ラインハルトに起きたある種の奇蹟を描く「主の食卓」が、主人公と(以前は工場だった建物の)守衛ビーファーとの交流を描く「氷の月」、農場で働く主人公のアルフォンスと彼の家に誘われたリュディアのある一日の出来事を描く「眠り聖人の祝日」、ピアノ教師である主人公サラが取る行動と彼女の姿が少し痛々しい「最後のロマン派」、ララとシモンの生活描写からフィクションについて考えさせられる「スウィート・ドリームス」が個人的には比較的強く印象に残りました。