F9の雑記帳 -37ページ目

『楽園』



 アブドゥルラザク・グルナ『楽園』(粟飯原文子訳、白水社)を読みました。
 以前、勤務先からの帰りに立ち寄った書店で、帯に“ノーベル文学賞受賞者”云々と書いてあったのを、近所の図書館の新刊図書の棚でこの本を見つけた際に思い出して借りて読み始めたのですが、舞台が二十世紀初めのドイツ領東アフリカであるのと風俗等に対して勉強不足だったせいか、序盤(6章(「壁に囲われた庭」「山間の町」「奥地への旅」「炎の門」「欲望の森」「血の塊」)あるうちの第1章「壁に囲まれた庭」を読み終えるまで)は読み進めるのに時間が掛かってしまい、正直かなりヘコミました。
 しかし、その山を越えると(?)十二歳で家を離れる事になった主人公ユスフがある商人の下で働き、旅に出たりして出会いや学びを重ね、友情や恋心を育み、悩み苦しみながらも成長していく物語を読み゙進めるのに時間が掛からなくなり、アズィズは商人として偉大だしハリルは面白い男だな、あるいは旅の途中で商品を奪われたり働かされたり本当に大変だなあ等と思いながらも、個人的には読み進めるごとに面白さが増していくような感じがしました。
 ですが、最後の場面がドイツとイギリスとの間での戦争が始まる(第一次世界大戦)前の雰囲気に満ちているのは個人的に受け入れるのに少し時間が掛かりました。
 ああ、一気に現実に引き戻されてしまいました…。
 巻末の解説に書かれているコーランの内容(第十二章「ユースフ」(預言者ユースフ))や19世紀末から20世紀初頭のスワヒリ語のテキスト等を知っていればもっと面白く読めたかもしれません…。
 なお、『楽園』に続き、〈グルナ・コレクション〉としてグルナの作品は順次翻訳される予定(『By the Sea』(2001年)、『Desertion』(2005年)、『Afterlives』(2020年))との事です。

『オリンピア』



 デニス・ボック『オリンピア』(越前敏弥訳、北烏山編集室)を読みました。
 この本は7篇の短篇小説(「結婚式」「オリンピア」「ゴーレム」「ルビー」「荒天」「スペイン」「マドリード上水道」)からなる連作短篇集で、主人公ピーターの視点から、ベルリン・オリンピック(1936年)から始まりバルセロナ・オリンピック(1992年)までのオリンピックを背景にして、家族についての物語が書かれているのですが、それぞれの短篇小説の前に置かれた主人公の祖父母や周辺の人々とベルリン・オリンピックとの関わりが描かれるエピローグの内容が影響しているのでしょうか、読み出した当初は簡潔な文章の連なりの中の緊張感に戸惑ってしまい、なかなか読み進める事ができませんでした。
 ただ、主人公ピーターの母方の叔父ギュンターについての描写や、主人公の妹ルビーが病気になってから亡くなるまでの過程の描写等興味深いものが多く、読んでいる間何度も胸が苦しくなりましたが、どうにか読み終える事ができて安心しました。
 そして、この本は全体を楽しむのが本来だと思いますが、この本に収められた7篇の短篇小説の中では妹ルビーが病気になってから亡くなるまでの過程が描かれている「ルビー」、主人公の父親の趣味、主人公の両親が離れるきっかけについて描かれている「荒天」が個人的にはとても印象に残りました。

「ボート」




 内村薫風「ボート」(『新潮』2024年2月号所収)を読みました。
 主人公である作家の内村の父親の癌が転移している事が判明してから亡くなるまでの日々について、内村の主業であるスポーツ選手へのカウンセリングの様子も交えながらこの小説は書かれているのですが、戦争や痴呆症による徘徊行動や安楽死の問題等も登場し内容としては重いものもあったはずなのに、それ程暗い気分にならず読み終えられたので少々驚きました。
 恐らく、あまり暗くない癌患者の内村の父親、内村のカウンセリングを受けるあるスポーツの日本代表である代々木和彦、内村の父親と安楽死について話すオランダ在住のロッテ(近々安楽死する予定)、午前二時に実家の窓を叩いた痴呆症であるタカダキスケ等の登場人物達の描写が明るすぎず暗すぎないいい塩梅だったため、僕は上記の感想(めいたもの)を抱いたのだと思うのですが、後日再度読み返す事になれば違った感想(めいたもの)を抱く様な気がします…。
 あと、読んでいくうちに分かった題名の意味や、安楽死について書かれている部分等は個人的に非常に勉強になりました。