第31話〜婚約
みきが去ったあと、
ひろの生活はマイとのことが中心になっていた。
仕事も順調でエリートのコースを進んでいた。
二人のことを周囲の誰もが認め、
結婚するのは秒読み段階だと思われていた。
次第に雰囲気はそんな流れになっていった。
新しい年になり、
マイの両親が熱心に結婚話を勧めるようになった。
気がつくと、会場や日取りまで考えられるようになっていた。
その勢いはひろには止められないものになっていた。
「このままでいいのか」
自問自答したが結論は出なかった。
ひろには、責任感みたいなものがあった。
マイの体に傷をつけてしまったことに対する
強い罪悪感もあったからだった。
その責任を取るには結婚するしかないと思った。
「これでいいんだろうな、これで」
そして、結婚式の日取りは6月某日に決まった。
1986 Winter
ひろの生活はマイとのことが中心になっていた。
仕事も順調でエリートのコースを進んでいた。
二人のことを周囲の誰もが認め、
結婚するのは秒読み段階だと思われていた。
次第に雰囲気はそんな流れになっていった。
新しい年になり、
マイの両親が熱心に結婚話を勧めるようになった。
気がつくと、会場や日取りまで考えられるようになっていた。
その勢いはひろには止められないものになっていた。
「このままでいいのか」
自問自答したが結論は出なかった。
ひろには、責任感みたいなものがあった。
マイの体に傷をつけてしまったことに対する
強い罪悪感もあったからだった。
その責任を取るには結婚するしかないと思った。
「これでいいんだろうな、これで」
そして、結婚式の日取りは6月某日に決まった。
1986 Winter
第30話〜早朝の公園で
朝早く二人は公園にいた。
その公園は大きなグラウンドがあって、たくさんの桜の木があった。
クルマの窓の向こうには、野球の練習に励む人たちの姿があった。
煙草を燻らすひろにみきはもたれかかっていた。
みきは体を起こしひろにこう言った。
『ねえ、私と結婚して』
「えっ?なに?」
突然、思いもよらない言葉にひろはびっくりした。
『わたしをお嫁さんにして』
「なに言ってんだよ、急に」
ひろは苦笑するしかなかった。
二人で過ごしていたとき、
ずっと一緒にいれたらいいなと思っていたが、
結婚など考えたことはなかった。
いつかできたらいいなあ‥‥そんな程度だった。
「今はできないな」
『どうして?』
「オレにはクルマの借金もあるし、給料も安いしさ」
『なんとかなるでしょ、ふたりなんだから』
「食べていくには大変過ぎるよ」
確かに現実的な答えだったけれど、
それが本当の理由ではなかった。
ひろは、みきのアメリカでの生活に何かあったのだろう
もしかしたら、誰かとの恋に破れ傷ついているのだろうと思った。
自分との結婚などはそれを拭い去るものでないと思った。
でもそれを訊ねることなどしなかった。
「じゃあ、いつできるの?」
『うーん、いつかなあ』
「わたし、どうしたらいいかな」
『急ぐことないさ、ゆっくり考えようよ』
クルマの窓ガラスには桜の花びらが舞い降りてきていた。
あれだけみきのことが好きだったのに、
自分でも驚くくらい冷静なひろだった。
みきに対する思いは、薄くなっていた。
ひろはどうしていいのか分からなかった。
しかし、ひろの読みは当たっているのだった。
みきは行き場を失っていた。
夜になってみきに誘われるままモーテルに行った。
でもひろは何もすることができなかった。
みきにしては珍しい、キスの嵐に応えるだけだった。
そして朝まで抱き合ったまま眠っていた。
みきはそれから少ししてまた渡米した。
ひろに見送られることもせずに、一人で旅立った‥‥
1986 May
桜が舞い散る頃
毎日が君の 洗いたての髪の
香りの中にいた
髪をきりすぎて しょげる僕見て
なぐさめた後で吹き出した君
何度もさようならを言いかけたけれど
本当に離れるとは 思わなかったよ
また春が君を ほほえませたら
僕を思い出して 幸せな時に
杉 真理/春がきて君は
その公園は大きなグラウンドがあって、たくさんの桜の木があった。
クルマの窓の向こうには、野球の練習に励む人たちの姿があった。
煙草を燻らすひろにみきはもたれかかっていた。
みきは体を起こしひろにこう言った。
『ねえ、私と結婚して』
「えっ?なに?」
突然、思いもよらない言葉にひろはびっくりした。
『わたしをお嫁さんにして』
「なに言ってんだよ、急に」
ひろは苦笑するしかなかった。
二人で過ごしていたとき、
ずっと一緒にいれたらいいなと思っていたが、
結婚など考えたことはなかった。
いつかできたらいいなあ‥‥そんな程度だった。
「今はできないな」
『どうして?』
「オレにはクルマの借金もあるし、給料も安いしさ」
『なんとかなるでしょ、ふたりなんだから』
「食べていくには大変過ぎるよ」
確かに現実的な答えだったけれど、
それが本当の理由ではなかった。
ひろは、みきのアメリカでの生活に何かあったのだろう
もしかしたら、誰かとの恋に破れ傷ついているのだろうと思った。
自分との結婚などはそれを拭い去るものでないと思った。
でもそれを訊ねることなどしなかった。
「じゃあ、いつできるの?」
『うーん、いつかなあ』
「わたし、どうしたらいいかな」
『急ぐことないさ、ゆっくり考えようよ』
クルマの窓ガラスには桜の花びらが舞い降りてきていた。
あれだけみきのことが好きだったのに、
自分でも驚くくらい冷静なひろだった。
みきに対する思いは、薄くなっていた。
ひろはどうしていいのか分からなかった。
しかし、ひろの読みは当たっているのだった。
みきは行き場を失っていた。
夜になってみきに誘われるままモーテルに行った。
でもひろは何もすることができなかった。
みきにしては珍しい、キスの嵐に応えるだけだった。
そして朝まで抱き合ったまま眠っていた。
みきはそれから少ししてまた渡米した。
ひろに見送られることもせずに、一人で旅立った‥‥
1986 May
桜が舞い散る頃
毎日が君の 洗いたての髪の
香りの中にいた
髪をきりすぎて しょげる僕見て
なぐさめた後で吹き出した君
何度もさようならを言いかけたけれど
本当に離れるとは 思わなかったよ
また春が君を ほほえませたら
僕を思い出して 幸せな時に
杉 真理/春がきて君は
第29話〜1年ぶりの再会
ひろは空港の駐車場に急ぐようにクルマを停めた。
まだまだ到着の時間には早く、
ロビーの中を急ぎ足でうろうろしていた。
ここでみきを見送って1年が経っていた。
羽田からの到着便のアナウンスが流れた。
そしてボードを食い入るように何度も見つめた。
到着ゲートから
たくさんの荷物を抱えて出てくる人
スーツをビシッと着込んだサラリーマン
幸せそうな家族の姿が見えた。
息を殺し、目を凝らすように出て来る人たちを一人ずつ確認していった。
するとひときわ目立つ女の子が目に飛び込んだ。
ピンクの短いスカート
胸の大きく開いたTシャツと白いジャケット‥‥
それは、紛れもしないみきの姿だった。
ゲートをくぐり抜けひろの前にみきは進んだ。
相変わらずおしゃれなみきが眩しく見えた。
そしてどこか、少しだけ遠い存在にも思えた。
『ただいま!』
「おかえり」
『迎えに来てくれて ありがと』
みきの荷物を受け取り、駐車場へとゆっくり歩いた。
ふたりはあまり話すこともなかった。
なにを話していいのか分からなかった。
まだまだ到着の時間には早く、
ロビーの中を急ぎ足でうろうろしていた。
ここでみきを見送って1年が経っていた。
羽田からの到着便のアナウンスが流れた。
そしてボードを食い入るように何度も見つめた。
到着ゲートから
たくさんの荷物を抱えて出てくる人
スーツをビシッと着込んだサラリーマン
幸せそうな家族の姿が見えた。
息を殺し、目を凝らすように出て来る人たちを一人ずつ確認していった。
するとひときわ目立つ女の子が目に飛び込んだ。
ピンクの短いスカート
胸の大きく開いたTシャツと白いジャケット‥‥
それは、紛れもしないみきの姿だった。
ゲートをくぐり抜けひろの前にみきは進んだ。
相変わらずおしゃれなみきが眩しく見えた。
そしてどこか、少しだけ遠い存在にも思えた。
『ただいま!』
「おかえり」
『迎えに来てくれて ありがと』
みきの荷物を受け取り、駐車場へとゆっくり歩いた。
ふたりはあまり話すこともなかった。
なにを話していいのか分からなかった。
第28話〜知らせ
春になった。
突然、ひろのもとへみきから電話があった。
それは帰国を知らせるものだった。
「ひろ、来月の10日に帰るから迎えに来て」
突然の知らせにひろは驚いた。
1年ぶりの再会を素直に喜び待ちわびた。
でも少しだけ気にかかることがあった。
「帰ってくるって、もうあっちには行かないんだろうか?」
電話でそんなことは訊けなかった。
まだ帰ってきているわけでもなく、
少し情けない自分をみきに見せたくなかったからだった。
そしていま付き合っているマイとのことも気になった。
「まだ、間に合うかもな」
「みきとオレ、そしてオレとマイはどうなって行くんだろう‥‥」
そして、再会の日がやってきた。
ひろはいつもより丁寧にあの白いクーペを磨き
みきの降り立つ空港へいつもよりクルマを飛ばした。
突然、ひろのもとへみきから電話があった。
それは帰国を知らせるものだった。
「ひろ、来月の10日に帰るから迎えに来て」
突然の知らせにひろは驚いた。
1年ぶりの再会を素直に喜び待ちわびた。
でも少しだけ気にかかることがあった。
「帰ってくるって、もうあっちには行かないんだろうか?」
電話でそんなことは訊けなかった。
まだ帰ってきているわけでもなく、
少し情けない自分をみきに見せたくなかったからだった。
そしていま付き合っているマイとのことも気になった。
「まだ、間に合うかもな」
「みきとオレ、そしてオレとマイはどうなって行くんだろう‥‥」
そして、再会の日がやってきた。
ひろはいつもより丁寧にあの白いクーペを磨き
みきの降り立つ空港へいつもよりクルマを飛ばした。
第27話〜捨て去れない気持ち
新しい年になった。
その頃ひろは、職場のマイと仲良くなっていた。
マイは部署こそ違うがすぐ近くの席にいた。
そして、ひろの同僚や上司とのやりとりをいつも耳にしていたから、
ひろのことを少しは知っていた。
会社の飲み会ですっかり二人は意気投合した。
いつしか付き合うようになり、
職場でも、それぞれの家でも、二人の交際が暖かく見守られていった。
周りは二人がきっと結婚するものと思っていたくらいだった。
マイもそんな気持ちになっていった。
しかし、ひろはそんなつもりは、まだ、なかった。
ひろの心のどこかに、いつもみきの存在があったからだった。
それはその後もずっと宿るのだった。
1985 Winter
その頃ひろは、職場のマイと仲良くなっていた。
マイは部署こそ違うがすぐ近くの席にいた。
そして、ひろの同僚や上司とのやりとりをいつも耳にしていたから、
ひろのことを少しは知っていた。
会社の飲み会ですっかり二人は意気投合した。
いつしか付き合うようになり、
職場でも、それぞれの家でも、二人の交際が暖かく見守られていった。
周りは二人がきっと結婚するものと思っていたくらいだった。
マイもそんな気持ちになっていった。
しかし、ひろはそんなつもりは、まだ、なかった。
ひろの心のどこかに、いつもみきの存在があったからだった。
それはその後もずっと宿るのだった。
1985 Winter