Distance~時を超え距離を超えた二人の物語 -18ページ目

第36話〜決心

ひろはしばらくは何不自由なく暮らす日々が続いた。

しかしそう、長くは続かなかった。

ひろは仕事が忙しくなっていき、家を留守にすることが大半になった。
女房のマイは、それまでそんなことがなかったひろをだんだんと疑うようになった。

「出張出張って言って留守にしているけど、
 本当は出張先に女でもいるんじゃないの?」

「いつも同じ街へ行っているけど、そこに彼女でもいるんじゃないの?」

「休みの日はなにをしているの?昔の彼女にでも会っているんじゃないの?」

いつもそんな調子で責められた。

真面目に働いている自分を信用してもらえないのが悔しかった。
そして、マイは人前でもそんなことを言ったり、
バカにするようになっていった。

「きっと家を留守がちにしているから、寂しさからそう言うのだろう」

ひろはそんなふうに解釈していた。

しかし、そんな態度はどんどんエスカレートしていった。

ひろなりに、どうしたらそんなことを言われないように
そんな気持ちにさせないようにしたらいいのか考えたが、
結論は出なかった。

そして別れようと決心した。


『オレはもう、お前を抱く気にはなれない。
 別れよう、オレはここを出て行くよ』

驚き慌てたマイは別れを拒んだ。
しかしひろの決心は固かった。
それが相手のため、いや、なにより自分のためであると思った。

少ししてからひろはカメラと自分の着替えだけをクルマに積み、
探し当てた小さな部屋に移り住んだ。
そして、長く勤めていた会社を辞めた。

第35話〜伝言

みきと最後に会って何年経っただろうか。

ひろは故郷の海へ友だちと向かった。
その海はひろとみきにとって思い出深い、大きく広い場所だった。
そんな海へ向かう途中、コンビニに入った時のことだった。

飲み物を物色しているひろの背後から、
ひろを呼ぶ女の声が聞こえた。

「あれっ?ひろくんじゃない?」

どこか懐かしい声に振り向くと、みきの親友のマチコだった。

「おお!元気か?」
『うん、元気よ!」
「そうか、そりゃよかった」

そしてマチコはひろを覗き込むようにこう言った。

「ひろくん みきちゃん 結婚して広島へ行ったんだよ」
『えっ?‥‥そうかあ』
「うん、それでね、子どももできて、男の子」
『うん。それで?』
「すっかりいいお母さんになったよ」

あのみきが結婚して、そしてそんなに言うほどいい母親になったのか‥‥

ひろは嬉しく思う反面、どこか寂しいような気持ちにもなった。
きっとみきも、オレの結婚を知った時、
同じ気持ち、いやもっと衝撃なことだったんだろうと思い知った。

そして続けてマチコはこう言った。

「あのね、みきちゃんが言ってたよ」

『なんだって?』

「今まで知り合った男の中で、
 あなたが一番優しい、いい男だったって、しみじみ‥‥」

『そうか‥‥‥』

ひろは返す言葉が見つからなかった。
切なくなって涙が込み上げてきた。
そして息を飲み、マチコにこう言った

「オマエが一番いい女だったって、今度会ったら必ず伝えてくれ」

『うん、わかった』

ひろは男冥利に尽きると思った。
正直にみきに向き合ってきた自分がどこか誇らしくも思った。
でも、結局みきと離れてしまったことを心底悔やんだ。

 みき、ごめんな
 オレは自分のことしか考えていなかった 許してくれ
 幸せになってくれ‥‥

それからひろは、
悩み苦しむことがあるたびにみきのことを思うようになっていった。









第34話〜それぞれの道

ひろはごく普通の新婚生活がはじまった。
しかし、仕事が忙しすぎて早朝に出勤して深夜に帰る日々が続いた。
こころのどこかでその方が気持ちが楽だった。

みきはその後また渡米して、夢中になる男が現れた。
日々の仕事も恋もすべてが申し分なかった。

お互いにこの時、二人のことはいい思い出となっていた。
多感な時に一緒に過ごしたいい思い出となっていた。

どこに住んでいるのか、
どんな暮らしをしているのか知ることもなかった。

それでもみきが日本にいる時、一度会ったことがあった。
突然ひろの職場にみきから電話があった。

待ち合わせの場所にみきは、
真っ赤なオープンカーで颯爽と現れた。
そんなみきの姿を見てひろはびっくりした。

どこかの雑誌から、素敵なモデルでも現れたか‥‥

みきはすっかり、大人の女になっていた。
ひろはどこか変わっていない自分と比べたりした。
そして少しそんな自分にガッカリもした。

みきを助手席に乗せて、思い出の多い浜辺に向かった。
風になびくみきは、またとても素敵に見えた。
かっこいい女だった。
自分の立場も考えずにみきはもう、遠い存在に思えた。

夜になって、
港でクルマのライトを使ってみきの写真を撮った。
その写真はみきがモデルの応募に使い採用された。
それは今でもみきのアルバムに残っている。

ひろはみきと別れたことを一瞬悔やんだ。
でも、そうしたのも自分なんだと自分を責めた。

大人の女に変わっていったみきが
かっこいいとか素敵だとか思ったからではなかった。
理由は自分でもよく分からなかったが、
そんな気持ちになった。

会うことはきっと、もうないのだろう‥‥
ひろはそう思った。




第33話〜衝撃の告白

6月にしては真夏のような暑い日
二人はファミリーレストランの窓際に座っていた。

「みき、大事な話があるんだ」
『なに?』
「あした、結婚式なんだ」
『誰の結婚式なの?』


「オレの」

『えっ?うそでしょ?』

「いや、うそなんかじゃない。本当なんだ』


みきの、アイスコーヒーを持つ手が震えた。
そしてストローを落ち着き無く回しながら、こう言った。

『そうなんだ‥‥おめでとう』

「ありがとう。ゴメン‥‥」

どうしていいか分からなかった。
自分はなにをしてきたんだろう、本当はどうだったらいいのだろう。
そればかり考えていたけれど、答えは見つかるはずもなかった。

みきの目から大粒の涙が流れた。
そしてひろにこう言った。

『ねえ、ひろ。それじゃ、最後にわたしのわがまま聞いて』

「ああ、いいよ。どうすりゃいいんだ?」

『明日の朝までずっとわたしといて』

「わかった」

その夜、二人はたくさんの思い出の場所へ行った。
あまり会話はなかった。
時間が急速に早くなっていく気がした。

ひろは、みきをこのまま乗せて、どこかへ消えたいと思った。
でも真面目だったひろには、それはできないことだった。
ひろは今までのことを悔やんだ。

本当の自分の気持ちはどこにあるのか。
周りの目やちっぽけな正義感や責任感などを気にしていた自分‥‥
それに気がつくのはまだまだ先になるのだった。

もう二人はこれでもう、別々の道を進むことになった。








第32話〜突然の帰国

ひろの職場にみきからの電話が入った。
それは帰国を知らせるものだった。
飛行場までひろは、みきに頼まれるまま迎えにいった。

みきがとても大人に見えた。
見違えるほどきれいになっていた。

「おかえり」
『ただいま』
「急に連絡きたからびっくりしたよ」
『ゴメンゴメン』

また帰るのか、訊くことができなかった。
それより、自分の結婚のことをいつ話そうか考えていた。
みきの笑顔を見ていたら、頭の中が混乱していった。

その日、ひろはみきの家に招待された。
ひろは緊張して家を訪ねた。
居間のテーブルにはたくさんの料理が並んでいた。

どうしていいか分からなかった。

みきと母親が席を離れたとき、
みきの父親はひろに向かってこう呟いた。

「うちのみきを、ひろ君が嫁にもらってくれたらなあ」
『えっ?』

隣に座っていた弟も小さく頷いた。

お父さんのその言葉と、弟の様子にひろは凍り付いた。
急に涙が込み上げてきたけれど我慢した。

「オレって、なにしてんだろ」

お父さんはきっと、
自由奔放に生きるみきのことが心配だったに違いない。
それならば、ひろと結婚することで落ち着き、
少しは安心できるのではないかと、ひろは後で思った。

ひろは、
テーブルに並んだ料理をほとんど口にすることができなかった。
自分から話題を出して話す余裕もなかった。
精一杯の笑顔を作ることしかできなかった。

早くこの場所から逃げたいと思っていた。